No.448383

Fruity KISS

杜亜希さん

メイド+猫耳というテーマで書いた創作掌編 *** 数年前に発行した合同誌「FruityKISS」より *** 元は漫画にする予定だったとか…

2012-07-07 20:53:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:479   閲覧ユーザー数:473

最初に言っておくけど、別に、あいつを喜ばせたいとかそんなんじゃない。

ただ、その仏頂面の、他の表情がみたいと―そう、思っただけ、なんだけど。

 

―そんなこと考えるから、こうなるのよね―。

 

さすがに、この状況はあたしも想定してなかった。

もたもたしてるわけにはいかないのに、どうにもならないこの状況。

何かがひとつ違うだけでも―例えば、そこに誰もいないとか、こんな格好じゃないとか、時間的にもう少し余裕があるとか―そうすれば、何とか、なりそうなものなんだけど。

そうじゃないから、何ともならないのであって。

―さて、どうしよう。

優秀な探偵さんなら、ここからあたしがどう動けば良いのか、即座に言い当てるのかしら。

 

「お嬢様。」

 

イライラした、あからさまに不機嫌そうな声が聞こえる。

シズ。そう、彼。相当、怒ってるみたい。

そりゃそうよね。もうそろそろドレスに着替えるかしないと、馬車が来ちゃうもの。

 

「いつまでそうしていらっしゃるおつもりです。」

「も、もう少し待って。」

 

さっきから、この堂々巡り。

ほんと、察して欲しいくらいだわ。

あたしはベッドの上、布を1枚深くかぶって。

彼はたぶん、扉の前で仁王立ち。

この、あたしの部屋には最低限の普段着しか置いていないから、着替えるなら別の部屋から着替えを持ってこないととか―そうなるんだけど。

ミオもやきもきしてるわね。

―うぅん、あたしが来ないとかじゃなくて、別の意味で―

 

はぁ。って。大きなため息が聞こえた。

 

「―全く、そろそろ着替えて頂かないと、

 間に合いませんよ。」

「わ、わかってるわよ。」

 

それが出来れば苦労はしないわ。

でも、そこからシズが退くかしないとどうにもならないじゃない。

けど、退けとは言いたくない。何でだかは解らない。

それくらい一人で出来る、そう言えばたぶん、すべてが終わるのに。

 

―もうっ、ミオのせいだわ―馬鹿―!

 

布をさらにきつくかぶって、あたしは、ぐっと唇を噛んだ。

 

 

「―お嬢様、

 シズ様を驚かせてみたいとは思いませんか?」

 

それは、つい数時間前の話。

ミオはにやにやしながらそう切り出した。

こういう顔をするときは、決まって何か悪巧みを考えているもの。

いつもなら流してしまうけど、シズという名前が出てきたところで、あたしはほんの少しだけ身を乗り出した。

 

「何をする気?」

「いえ、お嬢様。

 実は、こういうものを手に入れたんですよ。」

 

まるで時代劇の悪代官みたいに声を潜めるミオ。

そうして背中からすいと取り出したのは、小さな三角のついた、黒いカチューシャだった。

 

「今、町娘の間で流行ってるんですよ、コレ。」

「ふぅん―」

 

見た目、普通のカチューシャ。別に、これといった仕掛けとかはないみたい。

 

「これをつけると、髪の間から黒い三角が見えて、さながら猫の耳がついたみたいになるんですよ。」

「へぇ―」

「猫好きのシズ様にぴったりじゃありませんか?」

 

あぁ―成る程ね。

そこでようやく、あたしはミオが企んでいる内容を飲み込んだ。

曰く、これをつけてシズの前に出て、びっくりさせろ、ということ。

―でも、そんなのでうまくいくかしら。

 

「大丈夫ですよ、お嬢様!」

 

怪訝そうなあたしの顔に気付いたのか、ミオがそういってどんっと自分の胸を叩く。

 

「男たるもの、きっとカワイイ格好の女の子とかは、

 ぐっとくると思うのですよ!」

「―そうかしら。」

 

あのシズでも、そんな顔、するのかしら。

そうだとしたら―見てみたい気も、しないでもないわ。

カチューシャを貰って、あたしは、そっとそれをつけてみた。

途端、ミオがきゃあっと歓声を上げる。

 

「可愛い!お嬢様、よくお似合いですよ!」

「―そう?」

「ついでにお召し物も取り替えてみては如何でしょう!もう少しこう、ですね…」

 

 

「…お嬢様。」

 

シズの声。あたしははっとする。

そう。そうだわ。諸悪の根元はミオよ。

あんな風におだてるから、結局こんな格好で隠れる羽目になっちゃったんじゃない。

まぁ…それに乗った、あたしもあたしだけど。

 

「そろそろ、お時間ですよ。」

 

咎める様な口調。さすがに、そろそろ出て行かないと本気でまずいのだろう。

 

「わ、わかってるわよ。」

 

そう、出て行けば良いだけの話だわ。

布をまくって、颯爽と歩いて、扉まで向かえばいい、それだけの話じゃない。

扉から出ちゃえば、きっとそこにはドレスを持ったミオが立ってるわ。

きっと、きらきらした瞳で結果を聞きたがるだろうけど。

 

でも。

あたしは、また、布を握った。

だめ、出来ない。そんなこと、出来ない。

けど、このままシズが去ってしまうのも、―。

 

そこまで、考えた。

まさに、その時だった。

 

ばさぁっ―

 

風が吹き込んでくる、その寒さを肌で感じて、

あたしは初めて、自分の上に乗っていた布が消えたことを知った。

 

「―!」

 

起きあがる。振り返る。

舞い上がる白い布越し、見えたのは―

 

「―あ、」

「―…っ!」

 

ばっと、彼は顔を背けた。

左耳に付けたピアスが、その名残を残して揺れた。

でも、見えたのは、そこまでだった。

 

「…きゃっ!」

 

呆然としたあたしの視界が、再び、白に覆われる。

布をかけられたのだ。

 

「ちょっと!何するのよ…っ」

「早く着替えて頂けませんか。」

 

聞こえてきた声。

いつもの彼には似つかわしくないほど、焦っているように…みえた。

そう、焦っているところを無理矢理押さえ込もうとしている様な、

そんな不自然な響きの。

勿論、そんな声。今まで聞いたことない。

 

「そんな格好でまさか、お出かけになるおつもりですか。」

「ば、馬鹿言わないでよ。これから着替えようと思っていたところだわ。」

「…なら、良かった。」

 

…ん?

良かった?

最後、呟く様に聞こえたその言葉に、あたしは眉をひそめる。

こんな格好で出て行くと、名家の名に傷が付くとでも言いたいのかしら。

期待はずれというか…ある意味、期待通りの態度に、

何か少し、がっかり。

 

ひとつ、ため息をついて。あたしは布をかぶったまま、ベッドから足を伸ばした。

つま先にスリッパを引っかけたとき、あからさまな視線を感じて、顔に掛かる布を少しだけまくる。

こちらを見つめる目と目が合った。

シズ。いつもの仏頂面。何にも変わらない。

何かちょっと、ムッときた。

 

「…何よ、とっとと着替えてくるから退きなさいよ。」

「…。」

 

動かない。そればかりか、すいと視線をずらす。

完全に興ざめだわ。ミオに、そうやって言わないとだめね。

あいつは唐変木だから、あたしがどんな格好したって驚かないわよって。

…なんかちょっと、寂しいけど。

 

そうして彼の手前を通り過ぎ、ドアノブに手をかけた刹那。

何かが、聞こえた気がして、振り向く。

シズがこちらを見ている。

相変わらず、顔はそっぽを向いているけど。

 

「…何?」

「…ミオを、呼んで参ります。」

「良いわよ。あたしが行けば済むことでしょ。」

「そんな格好で屋敷内をうろうろされては―」

 

あぁもう何なのこいつ。

誰のためにこんな恥ずかしい格好してやったと思ってるのかしら。

 

「布を巻いていくから関係ないでしょ。」

「そうではなくて―」

「じゃあ何なのよ。」

「―。」

 

そこまで話して、なんだか、様子がおかしいことに気付いた。

歯切れが悪いというか。何か不自然というか。

そう思って見ているうちに、彼の耳が徐々に赤くなっていく。

 

―あら?

 

「あ、あなたのそんなお姿を、―」

 

あら、あら?

 

どんどん赤くなっていく。まるで、リンゴみたいに。

 

「その、―…」

 

…!

 

それだけ言って、彼は、耐えきれなくなったかの様に部屋を飛び出した。

廊下を、ばたばたと走っていく音が聞こえる。

あとに残されたのは、あたし。

シズみたいに、真っ赤になって、立ちつくす、あたし一人。

 

『…その、あなたのそんなお姿を他の輩に見せるのは…許せない。』

 

確かにそう言ったはず。

最後、全然聞こえなかったけど。

 

これって、…これって。

 

あたしは、へなへなとそこに座り込んでしまった。

そうして、混乱した頭の中で何とかそれを整理しながら、

 

…これって、どうやってミオに伝えれば…

 

そればかり、考えてた。


 
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