No.448208

インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#16

高郷葱さん

#16:戦の後に………

2012-07-07 17:38:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2401   閲覧ユーザー数:2311

[side:一夏]

 

 

「―――――ぅっ…」

 

全身の痛みに呼び起され、俺は目を覚ました。

 

状況が判らない。

 

周囲を見回すと、どうやら保健室らしかった。

 

カーテンで仕切られたその狭い空間は息苦しさと同時に安堵を与えてくれた。

 

ぼんやりとした頭で考える。

 

ええと、空が俺たちを庇って墜とされて、俺があのISに斬りかかって………

 

 

恐らく、倒せたハズだ。

 

倒せたハズだし、倒せなかったとしても先生たちが居た。

俺たちなんかよりもずっと格上の操縦者である、先生たちが。

 

 

「気がついたか。」

 

しゃっ、とカーテンが引かれて現れたのは、千冬姉だった

 

「体に致命的な損傷はないが、全身に軽い打撲はある。数日は地獄だろうが、まあ慣れろ。」

 

「はぁ……」

 

まだぼーっとする頭で千冬姉の言葉を聞く。

 

「それにしても、無茶な事をする。衝撃砲の最大出力を背中から受けたんだぞ。しかも絶対防御をカットした状態で。…よく死ななかったものだ。」

 

今一つ、身に覚えがない。

 

確かに衝撃砲の最大出力をイグニッションブーストに流用はした。

 

けど、絶対防御をカットなんてしたのか?

 

そもそも、そんな事出来るのか?

 

「まあ、なんにせよ無事でよかった。家族に死なれるのは、もう御免だからな。」

 

そう告げる千冬姉の表情はいつもよりずっと柔らかで、辛そうだった。

今や唯一の肉親である俺にしか見せない、見せなくなった表情。

 

「そうだ、空は?」

 

俺たちを庇って、撃墜された筈だ。

大事に至って無ければいいんだが……

 

「千凪は、まあ無事だ。撃墜こそされたが絶対防御と操縦者保護機能がフルに働いたおかげで命に別条はない。」

 

「そっか。」

 

「心配なら見舞いにでも行ってやれ。学園の医療センターの方に搬送された筈だ。」

 

「わかった。―――千冬姉。」

 

「ん?なんだ?」

 

「いや、その―――心配かけて、ごめん。」

 

俺の言葉にキョトンとした千冬姉は小さく笑った。

 

「心配などしてないさ。お前はそう簡単には死なない。なにせ、私の弟だからな。」

 

千冬姉の照れ隠しに俺も小さく笑う。

 

「では、私は後片付けがあるので仕事に戻る。お前も、もう少し休んだら部屋に戻っていいぞ。」

 

それだけ言い残して千冬姉は颯爽と保健室を出て行った。

 

仕事は真面目な千冬姉は、確かに俺の『理想の大人像』の一つだ。

 

「あー、ごほんごほん!」

 

千冬姉と入れ替わりに誰かが入って来た……というか、わざとらしい咳払いと声で誰だかすぐわかる。

 

箒だ。

 

じゃっ、と半開きになっていたカーテンが全開にされる。

 

別に開ける必要ないんじゃないか?

 

「よう、箒。」

 

「う、うむ。」

 

腕組みしてふん、と鼻息を漏らした箒は怒ってる訳でも上機嫌と言う訳でもなさそうだった

 

「あ、あのだなっ。今日の戦いだが……」

 

「ん?ああ。そう言えば試合はどうなったんだ?やっぱり無効試合か?」

 

「当然だろう。あんな事件が起こってはな。」

 

まあ、それもそうか。

もし再戦があるとすれば体が治ってからだと有り難いな。

治る前でもやれるだけやるつもりだが。

 

「お、お前は何を考えているんだ!」

 

「へっ?」

 

いきなり怒られた。

 

「勝てたからいいようなモノを……あのような事故、先生方に任せておけばいいだろう!」

 

いや、怒ってるように見えるがコレは怒ってるわけじゃなさそうだ。

 

これは、――別の感情を隠す為に怒ったふりをしてるように見える。

 

「過剰な自信は身を滅ぼすという言葉を知らんのか!?」

 

「勝ったのか?俺。」

 

「あんなのは『勝った』とは言わん!」

 

まあ、相討ちだろうな。

 

それにしても……

 

「心配かけたみたいだな。」

 

「なっ!――私は心配などしていない!」

 

夕日とは関係なしに真っ赤になった箒。

 

「ああ、そうだ。明日、空の見舞いに行こうと思うんだけど、箒も行くか?」

 

「わ、私はいい。」

 

そっか。そりゃ残念だ。

 

「先に部屋に戻る。」

 

ぷい、と顔をそむけて俺に背中を向ける箒。

 

「………一夏。」

 

「ん?」

 

「その、だな。戦ってる時のお前は……か、かか、かかか、」

 

壊れたラジオみたいに『か』を連発する箒。

 

蚊でもいるのか?

 

「か、格好良かったぞ。」

 

 

ぼそり、となんとか聞きとれるレベルの呟きを残して箒は逃げるような早足で保健室を去って行った。

 

 

 

ドアもカーテンも全開のままだ。

 

出来れば閉めて欲しかった。

 

 

 

疲労のせいか瞼が重い。

 

急激に襲い来る睡魔に俺はさして抵抗もせずにベッドに横たわる。

 

 

 

 

 

覚醒状態と睡眠状態の境目を漂う、心地よいまどろみ。

 

…………

 

どれくらい時間が経っただろうか。

 

なんだか人の気配を感じて俺の意識は覚醒へと傾いた。

 

 

「――――― 一夏、」

 

声で判った。

 

この声は…

 

「鈴?」

 

「ッ!?」

 

俺が目を開けたら、なんとびっくり鼻先三センチの場所に鈴の顔があった。

 

「なにしてんだ?お前。」

 

「おっ、起きてたの!?」

 

「お前の声が聞こえたから、起きたんだよ。で、どうした。何をそんなに焦ってるんだ?」

 

「あ、焦ってなんかないわよ!勝手な事言わないでよね、この馬鹿!」

 

そう言うなら、そう言う事にしておいてやる事にしよう。

 

「あー、鈴?」

 

「何よ。」

 

「色々、すまなかったな。悪かったよ。」

 

試合は無効になった。

 

とはいえ、非は俺にある。

 

少なくとも、俺は一つ謝らなくちゃならない事がある。

 

「ま、まあ、あたしもムキになってたし…いいわよ。もう。」

 

「そっか。ありがとな。」

 

 

ふと、懐かしい光景が脳裡によみがえって来た。

 

 

「そういえば、昔こんな風に夕暮れに二人ってなった事あったよな。」

 

確か、小六の時だ。

 

場所は教室。

 

「あんときは驚いたぜ。『料理が上達したら毎日あたしの作った酢豚を毎日食べてくれる?』なんて言って来てさ。」

 

「え?あ?う……な、なによ………覚えてるんじゃないの。」

 

しどろもどろになって視線はあちこちを泳ぎ、俯く鈴

 

「お前はすぐに冗談だって言ってたけど、言われた瞬間はプロポーズされたかと思ったぞ。」

 

その途端、鈴の表情が絶望一色に染まった気がした。

 

「ああ、小六当時のあたしの馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「り、鈴?」

 

いきなり壁に頭をぶつけはじめた。

 

どうした?何があったんだ?

 

「ところで鈴。」

 

「ん、なに?」

 

「明日の放課後、空の見舞いに行こうと思ってるんだが、鈴も来るか?」

 

「そうね。余計なお世話とはいえ、助けてもらった訳だし。」

 

「それじゃ、明日の放課後に教室で待っててくれ。」

 

「りょーかい。」

 

さてと、そろそろ部屋に戻ろう。さすがに腹も減ってきたしな。

 

俺は鈴と一緒に寮までの道を、懐かしい話や最近の話をしながら歩いた。

 

 * * *

[side:   ]

 

一夏が鈴と一緒の保健室を出た数分後、

 

 

「一夏さん、具合はいかがですか?わたくしが看病に来て――――あら?」

 

やって来たセシリアを待っていたのは、無人の保健室だった。

 

 

「一夏さんは何処に?」

 

行き先を知らないセシリアは訳も判らないと言った風に首をかしげるしかできなかった。

 

 

 * * *

[side:一夏]

 

部屋に戻って、箒の作ってくれた夕飯(なんと味の全くしないチャーハンだ)を食った後、鈴と和解した事を話したら疑わしい物を見る目で見られて事情説明が大体終わった時、

 

「あのー、篠ノ之さんと織斑くん、いますかー?」

 

と、気の抜けたノック音を携えて山田先生が部屋にやって来た。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「あ、はい。お引越しです。」

 

 

引越し?

 

誰が、何処に?

 

教員である山田先生が既に二人入ってる二人部屋に引っ越してくるなんてあり得ないだろうし…

 

「……先生、主語を入れて喋ってください。」

 

「は、はいっ。すみませんっ!」

 

箒が鋭い視線を向けるものだから、山田先生は小動物みたいにびくっ、と身を竦めた。

 

こらこら、いじめるな。

 

「えっと、引越しするのは篠ノ之さんです。部屋の調整がついたのでそちらに移動です。」

 

そういえば、俺と箒の同居も部屋の都合故の一時的なものだったな。

 

二ヶ月近くも一緒だったから忘れかけてたぜ。

 

「えっと、私もお手伝いしますから、すぐに準備をしちゃいましょう。」

 

「ま、ま、待ってください!流石に今すぐは……」

 

手伝うと言ってきた山田先生に箒はストップをかける。

 

山田先生はそんな事言われるとは思ってもみなかったのかぱちくりと目を瞬かせる。

 

「ですけど、いつまでも年頃の男女が同室というのは問題が有りますし、篠ノ之さんもくつろげないでしょう?」

 

「わ、私は……」

 

まごついた言葉を返しながら俺の方をちらっ、とみてくる。

 

このパターンは、アレだな。

しゃーない。助け舟を出してやるか。

 

「山田先生。」

 

「なんですか?織斑くん。」

 

「山田先生は秘密にしたいことってありますか?」

 

「それは、当然ありますよ。」

 

「それじゃあ、もしそれが部屋にあったとしたら、部屋の片づけを誰かに手伝ってもらったりします?」

 

「うーん、少なくとも秘密にしたいものは先に自分で……ああ、そう言う事ですか。」

 

「そういう事でお願いします。」

 

俺が言いたいのは、箒が秘密にしたいことがこの部屋にあるとしたらそれを暴くような事はしないで上げて欲しい、と言う事だ。

 

本当に秘密にしたいことがあるのかどうか知らんけどな。

 

「では、部屋の番号は教えておきますから、なるべく今夜中、消灯時間前にはお引越しを済ませてくださいね。」

 

それじゃあ、おやすみなさい。と、箒の引越し先の部屋番号を告げた山田先生は去っていく。

 

 

「ふぅ。どうだ、箒。これでいいk―――ふべぇっ!?」

 

何故か殴られた。

 

なんでだ?

 

「お前と言うやつは………」

 

なんだよ。人が善意で『無理に急げない理由』をでっち上げたというのに。

 

「あれでは私が見られたくないものを部屋に隠しているようではないか!」

 

「だから『そう言う事にしておいてくれ』って言ったんだよ!」

 

便利だよな、この言葉。

事情は聞かないでくれって言ってるようなものだからな。

使いどころを間違えると大惨事だが。

 

「さて、消灯時間まであと何時間かはあるな。引越し準備、手伝うぞ。」

 

「い、いらん。」

 

俺が申し出たら突っぱねられた。

 

ので、仕方ないから作業の様子を眺めることにする。

 

 

………む、

 

「箒、ちゃんと畳まないとシワになるぞ。」

 

「う、うるさい!お前は私の母親か!」

 

「一応、織斑家の主夫だからな。ほら、貸せよ。畳んでやるから。」

 

そんなこんなで俺が衣服を畳み、箒は箒で私物を纏めてゆく作業を進める事おおよそ一時間弱。

 

「これで全部か?」

 

「ああ。」

 

箒の荷物はすっかりまとまってボストンバックに詰め込まれていた。

 

「それじゃ、同室のヤツと仲良くしろよ。喧嘩して、飛び出してきても泊めないからな。」

 

「よ、余計なお世話だ!」

 

「それじゃ、また明日な。」

 

 

「ああ。また、明日。」

 

箒を見送り、俺は部屋に入る。

 

 

箒の私物が無くなった部屋は妙に広く、まるで面積が倍になったかのような錯覚に陥る。

 

「まあ、なんだかんだで寂しいもんだな。一人部屋って。」

 

とはいえ、同じ屋根の下にクラスメイト達が沢山いる事はいる。全員女子だけど。

 

 

「さて、とっとと寝ちまうか。」

 

部屋着=寝間着な俺に死角はない。

 

このままベッドに入ってしまえばそれでオーケー―――

 

 

ドンドンドン!

 

 

ドアがノック…というより盛大に殴られる音がした

 

「はいはい、どちら様?」

 

と、扉を開けたら今さっき出て行ったばかりのハズの箒が荷物を持ったままそこにいた。

 

まさか、もう喧嘩して飛び出してきたのか!?

 

「どうした?忘れものか?」

 

「い、いや。そうではない。」

 

「ならどうしたんだよ。相手が部屋に居なかったとか?とりあえず入れよ。」

 

「い、いや。ここでいい。」

 

変な箒。

 

「………」

「………」

 

「用がないなら寝るぞ?」

 

「よ、用があるから来たのだ!」

 

あ、左様ですか。

 

「で、用件は?」

 

 

「ら………あ………」

 

「らあ?」

 

 

「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが………」

 

それは確か、完全に自主参加制の個人戦で、学年以外の制限はないそうで、専用機持ちが圧倒的に有利だ。

 

けど、時々大番狂わせが起こるらしく個人参加もそれなりに多いという。

 

それがどうしたんだ?

 

「わ、私が優勝したら………」

 

箒は頬を紅潮させ、何が恥ずかしいのか目は俺を見てるようで明後日の方向を向いている。

 

びしっ、と箒の人差し指が俺に突き付けられた。

 

「つ、付き合ってもらう!」

 

「……はい?」

 

 

 

 

「で、ではな!」

 

そして逃げるように去っていく箒、取り残される俺。

 

何がなにやらよく分からないが、宣戦布告されたようだ。

 

「………寝るか。」

 

とりあえず、箒が優勝したら何かに付き合う必要があるようだ。

 

 * * *

[side:箒]

 

 

ああああああ、言ってしまった。

 

だが、これで……私が優勝さえすれば…………

 

 

「ハッ!?」

 

ふと気付けば目的地である部屋に辿り着いていた。

 

 

部屋の番号と鍵の番号を確認してあってる事を確かめ、ノックする。

 

コンコン。

 

 

『はい?』

 

どうやら、新同室は中にいるらしい。

 

「新しく同室になった者だ。今、入っても問題ないか?」

 

『どうぞ。』

 

がちゃり、と鍵の開く音がしたので遠慮なくドアを開く。

 

「篠ノ之箒だ。よろしく頼む。」

 

 

「篠ノ之?―――もしかして、篠ノ之博士の?」

 

ドアの影から出てきた、物静かそうな眼鏡の少女の言葉に私は顔をしかめる。

 

大分慣れた事ではあるが、やはり比べられるのは癪だ。

 

私が胸を張れる部分は、姉さんと全く違うからな。

 

 

「………篠ノ之束は私の姉だ。」

 

「あ、ごめんなさい。私は更識簪。」

 

私が不機嫌になった事に気付いたのか、彼女、更識は謝って来た。

 

「気にするな。もう慣れっこだ。」

 

「そっか―――――出来すぎた姉を持つと、妹って大変だよね?」

 

ぼそり、と呟いた言葉に私はハッとして、全てを悟った。

 

 

彼女は、私の同類だ、と。

 

 

更識、更識……確か、IS学園(ここ)の生徒会長の苗字も更識だったな。

 

IS学園の生徒会長とは学園の生徒の中では最強である事を意味する。

 

…確かに、な。

 

「お互い、苦労をしているようだな。」

 

「うん。理解してくれる人が一人いれば一気に違うけどね。」

 

 

あはは、ははは、と乾いた笑いがこぼれる。

 

 

「まあ、よろしく頼む。簪。」

 

「うん。よろしく、箒。」

 

瞬時に判り合えた故、出来すぎた姉のせいで『不出来な妹』のレッテルを張られてきた同士として、名前で呼び合う。

 

彼女とは、仲良くやれそうだ。


 
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