~ボース市内・居酒屋 『キルシェ』~
ボース市内を探してようやく見つけたエステル達だったが、そこには酔っぱらって机に伏せているナイアルを見つけた。
「ういー……チクショウ……。ったく冗談じゃねーぞぅ……。……うーん……ヒック……」
「見つけはしたけど、ベロンベロンに酔ってるわね~。取材拒否されたことがそんなにショックだったのかな?」
昼間から酔っているナイアルにエステルは呆れて呟いた。
「男のクセにだらしないわね。酒は呑むものであって、呑まれるものじゃないのに。」
「全くじゃな。このような少量の安酒ぐらいで酔うとはだらしないの。」
ナイアルの状態を見てシェラザードは溜息をつき、酒瓶の匂いで判別したリフィアは呆れた。
「底なしのシェラ姉と一緒にされてもねぇ……」
「リフィアお姉様、さすがに私達が飲んでいるのと比べるのはちょっと……」
シェラザードの言葉にエステルはジト目でシェラザードを見て呟き、皇族であるため良い種類のお酒以外はあまり飲んだことのないプリネはリフィアの言葉に苦笑した。
「失礼ね、底なしっていうのはアイナみたいな女を言うのよ。あの女、いくら飲んでも顔色変わらずに平然としてるしね。あたしみたいに気持ちよく酔っ払う酒飲みと一緒にしないでちょうだい。」
「よくゆーわよ。いくら酔っても潰れずに、ひたすら周囲を巻き込むくせに。ねえプリネ、もしかしてシェラ姉、そっちでも迷惑をかけなかった?」
「あはは……それを言うのは控えさせていただきます。」
「シェラさんがザルとしたら、アイナさんはタガって感じかな。どちらも底なしには違いないと思いますけど……」
「むう……」
エステルの言葉に反論したシェラザードだったが、エステルとヨシュアの言葉と苦笑したプリネに黙ってしまった。
そしてエステル達が騒いでいると机に付していたナイアルは起きた。
「……うーん…………うー。ここは……?」
「目、醒めたみたいですね。飲み過ぎは体に良くないですよ?」
「く……頭がズキズキしやがる……。……ってなんだぁ?新米遊撃士どもじゃねえか。おいおい、なんで俺がロレントなんかにいるんだ!?たしかボースまで歩いて……」
ヨシュアの心配する言葉に気付いて、エステル達を見たナイアルは酔っているせいか見当違いな答えを言った。
「なに寝惚けてんのよ。あたしたちもボースに来たの。」
ナイアルの様子にエステルは溜息をついて答えた。
「ふぃーっ……まったく驚かせやがるぜ……。おっと、こらまた色っぽい姉ちゃんと一緒だな。」
エステルの言葉に安堵をついたナイアルはシェラザードに気付いた。
「初めまして、記者さん。シェラザード・ハーヴェイよ。この子たちの先輩にあたるわ。」
「シェラザード……。おい、もしかして『風の銀閃のシェラザード』か?」
シェラザードの名前を聞いたナイアルは驚いてシェラザードを見た。
「あら、光栄ね。あたしの名前を知っているの?」
ナイアルの様子にシェラザードは嬉しそうにしながら答えた。
「ああ、噂くらいだがな。若手遊撃士の中じゃあ、1、2を争うこととメンフィル関係者以外じゃ数少ない魔術の使い手らしいじゃねえか。噂によってはあの”闇の聖女”の弟子っていう噂もあるんだが……ちょうど良い機会だ。あの噂は本当なのか?」
「ええ、そうよ。師匠とは6年ぐらいだけど魔術に関する事では師弟関係にあるわ。」
「マジかよ………!!ちなみにこのことを記事にしていいか!?」
シェラザードの噂の真実を知ったナイアルはシェラザードに記事を書いていいか尋ねた。
「私個人はいいんだけど、師匠がなんて答えるかしらねぇ……記事を書くにしても師匠やメンフィル大使に許可を取ってもらわないとダメよ。」
「クソ、やっぱりか……許可なしで勝手に書いてメンフィルに抗議される訳にもいかないしな……かと言ってしばらく大使館には近寄れねえし……ハァ……まあいい。そんな有名な遊撃士がボースにいるってことになると、お前さんたちも例の事件を調べに来たわけだな?」
シェラザードの答えを聞いたナイアルは肩を落として溜息をついた後、気を取り直して聞いた。
「まあ、ね。そっちは何か情報集まった?市長さんちの前で見かけたけど、なんだか困ってたみたいじゃない。」
「くそ、あれを見られてたのか……。ああ、そうだよ!ネタが無くて困ってたところさ!」
エステルの答えと質問にナイアルは逆ギレした。
「あ、やっぱり?」
ナイアルの様子にエステルは苦笑しながら答えた。
「なにせ、軍による情報規制のせいで事故かどうかも判らない状況なんだ。直接、モルガン将軍に会いにハーケン門に行こうとしたら検問に引っかかるし……ならせめて、噂の美人市長にインタビューしようと思ったら、メイドから門前払いを喰らうし……。おまけに、あのトンチキ娘は事あるごとにヘマをしでかすし……メンフィル大使館の取材も記事は真面目にして、ついでに闇の聖女達の写真を入手して表紙にしようと思っていたのにあのトンチキ娘は………!!おお、女神(エイドス)よ!俺が何をしたっていうんですか!」
ナイアルは今まで溜まった鬱憤を晴らすかのように話した後悲壮な表情をした。
「追い詰められているわね~。そんなに情報が知りたければ、教えてあげないでもないけど……」
「へ………?」
エステルの答えにナイアルは呆けた。
「あたしたち、メイベル市長に協力する形で事件を調べてるの。市長さんの紹介があったから一応、モルガン将軍にも会ったわよ。」
「……………………マジで?」
エステルの説明にナイアルは信じられない表情でエステル達を見た。
「うん、マジで。」
ナイアルの様子にエステルは得意げな表情をした。
「おおおおおお!これぞ女神の助けだぜっ!どうか頼む!その話、俺にも教えてくれっ!」
エステルの答えを聞いたナイアルは目を輝かせ、喜びの叫び声を上げて深々と頭を下げた。
「それは構いませんけど……。ナイアルさん、こういう時のルールを忘れていませんか?」
「……え?」
ヨシュアの予想外な一言にナイアルは呆けた。
(フフ、ヨシュアさんってば遊撃士に成り立てなのによくわかっていますね。)
(フム。確かにあやつは取引の基本というのをわかっておるな。)
(キャハッ♪もしかして、これが裏の取引ってやつ?)
(エ、エヴリーヌお姉様………それはちょっと違うと思います………)
エステル達の会話を黙って聞いていたリフィア達はエステル達には聞こえないぐらいの小声で会話をしていた。
「フフ……情報はタダじゃないってこと。代価が必要だって言ってるわけ。」
「ミ、ミラを取るつもりかよ?自慢じゃねえが、取材費なんざとっくに使いきっちまったんだ!」
シェラザードの答えにナイアルは青褪めて答えた。
「情報屋じゃないんですからミラを取ったりしませんよ。ナイアルさんは事件直後にボース入りしていましたよね?色々と、面白そうな話を耳にしているんじゃないですか?」
ナイアルの様子にヨシュアは呆れながら尋ねた。
「チッ、大人しそうな顔をして、なかなか喰えない小僧だぜ。言っておくが、こっちのネタはそれほど大したもんじゃねえぞ?」
ヨシュアの答えを聞いたナイアルは舌打ちをした後、念を押した。
「事件に関係あることだったら、どんな些細な情報でも構いません。ただし……出し惜しみは止めてくださいね?」
「わかった、わかりましたよ!こちらが出せるネタは2つある。そいつで手を打ってくれ!」
ヨシュアの冷ややかな答えにナイアルは必死に頼んだ。
「決まりですね。」
ナイアルの頼みにヨシュアは頷いて、エステル達もメモやペン等を出してナイアルの情報を聞く姿勢になった。
「最初のネタは、西の方にあるラヴェンヌ村での目撃情報でな。ちょうどボースを訪れていた村人から聞いた話なんだが……。事件があった夜、空飛ぶ大きな影がある村人によって目撃されたらしいんだ。」
「空飛ぶ大きな影?そ、それって……」
ナイアルの話にエステルは身を乗り出した。
「ああ、例の定期船だって誰が聞いたって思うだろ?だが実際、軍の部隊が行っても何も見つけられなかったらしい……」
「なーんだ。期待して損しちゃった。」
「つまり、単なる見間違い?」
しかしナイアルの答えを聞いたエステルは肩を落とし、シェラザードも溜息をついた。
「だから言っただろうが!大したネタじゃないって!こんなネタでも、情報規制下じゃ集めるのに苦労したんだからな!」
2人の様子を見たナイアルは吠えるように答えた。
「ご苦労さまです。それで、もう1つのネタは?」
「くっ……。……もう1つは、軍の情報部が動き始めているらしいってことだ。」
先を促すようにしたヨシュアの態度に弱冠の悔しさを覚えつつナイアルはもう一つの情報を話した。
「情報部?」
「噂は聞いたことがあるわね。最近、王国軍に新設されたばかりの情報収集・分析を行う集団だって。」
なんのことかわからないエステルにシェラザードは説明した。
「ああ、王室親衛隊と並ぶほどのエリート組織だって触れ込みだぜ。司令を任されているリシャール大佐という人物がこれまたキレ者っていう噂でな。今回の事件も、彼にかかったら解決確実と囁かれているらしい。」
(………リフィアお姉様、ご存じでしたか?)
(………いや、情報部やリシャールとやらは余も知らぬ。恐らく最近できたのであろうな。しかし「情報部」か……)
(…………念のためにお父様に調べて頂いたほうがいいのでは?)
(………そうだな。まあ、例え情報部とやらが余達を探っていたとしても、余達の弱みは握れまい。兵達の情報徹底はしているし大使館の警備も固いしな。)
(ええ……お父様の弱みとなるであろう方はいますが、傍にはお父様を含めメンフィル屈指の戦士達がいますし、その情報は私達を除いて”過去のあの方”を知っている人しか知りませんしね……)
ナイアル達の会話を黙って聞いていたプリネ達はきな臭さを感じて警戒する会話を小声でしていた。
「ふーん……。でも、あたしたちの捜査には役に立たない情報のよーな。」
プリネ達の会話に気付いていないエステルはナイアルの情報に辛辣な意見を言った。
「悪かったな、役に立たなくて!だが、約束は約束だ!お前たちも喋ってもらうからな!」
エステルの言葉にナイアルは叫んでエステル達を睨み、ヨシュアに記事の内容になるであろう情報の提供を求めた。
「ええ、それはご心配なく。」
ナイアルの言葉にヨシュアは冷静に答えてモルガンから得た情報を一通り伝えた。
「空賊団の『カプア一家』……王家と飛行船会社に身代金要求……メンフィルの静観。それだ!そーいう決定的なネタが死ぬほど欲しかったんだよっ!」
ヨシュアが話した情報にナイアルは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「気に入ってもらえましたか?」
ナイアルの様子からわかっていながらもヨシュアは尋ねた。
「おうよ!これで記事が書けるってもんだ!こうしちゃいられねえ……ドロシーのヤツを見つけないと!それじゃあ、またなッ!」
そしてナイアルは店員に勘定を払うとその場から飛び出して行った。
「す、すっごい勢い……」
「よっぽどネタに困って追い詰められてたんだろうね。協力できて良かったよ。」
ナイアルの行動にエステルは驚き、ヨシュアは笑顔で答えた。
「それよりあの記者の方から得た情報をどう扱いますか?」
これからの方針を考えるためにプリネは提案した。
「うん……それなんだけど、あたしは空飛ぶ大きな影の話、気になったんだけどみんなは気にならなかった?」
「ラヴェンヌ村の目撃情報だね。軍の調査が入ったってことは何もない可能性が高いと思うけど。」
エステルの質問にヨシュアはナイアルから得た情報から仮の結論を言った。
「でも、その調査が完璧とは限らないじゃない?モルガン将軍じゃないけど、軍人ってアタマ堅そうだから見落としてることもありそうだし。」
「確かに……。ダメもとで調べてみる価値はありそうだね。」
「ええ、私もエステルさんの考えには賛成です。」
「うむ、余もそう思うぞ。メンフィル領内で起こった事件も軍では得れなかったが遊撃士では得れた情報も過去数例あったしな!」
エステルの説明にヨシュアやプリネ、リフィアは賛成した。
「ふふ、あんたたちも色々身に付いてきたじゃない。ラヴェンヌ村は、西にある果樹栽培が盛んな小さな村よ。西ボース街道の途中から北に向かう山道の先にあるわ。さっそく行ってみるとしますか。」
「うん!」
そうして、エステルたちは空飛ぶ大きな影の真偽を確かめるためとさらなる情報の獲得のため、プリネ達には引き続きボース市内や市外にあるヴァレリア湖にある宿屋での聞き込みを頼みエステル達はラヴェンヌ村へと向かった……………
Tweet |
|
|
3
|
1
|
追加するフォルダを選択
第33話