■5話 独走します
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「ぁ゛あ゛〜〜〜〜。なんで私だけ仲間はずれ……」
東門に向かいながら私は一人だけ時雨たちと別行動なのをぼやく、別れた後時雨がかごめの手を引いて歩いていたのが印象に残る。仕方ないとは思うけど羨ましくて仕方がない。
それにあの楽進ちゃんとかいう子、あの子絶対時雨に気があると思う。あの朴念仁な時雨はどうやら無自覚な女たらしだったらしい。村を出て初めて気づくなんて幼馴染として不覚である。
「しかたないなの、これも街の人を守るためなの!」
私の言葉をどのように受け取ったのかは分からないが、斬新で可愛らしい格好している割に真面目な事を言う子だ。最初の印象はもっと浮ついた感じだと思ったに私よりもちゃんとしている。何か悔しい。
「わかってるよー。せめてご飯だけでも食べられてたら………」
ギュリュルルルルル、盛大に鳴り響くお腹。今の私は限界が近いんです。だから真面目な事を言わないで、昔村で流行った時雨の言い方を応用するなら、もうやめて! 綾の胃袋ゲージは0だよ! という所だろうか。
時雨は村に居た時から何処か変わっていた。ガキ大将だった私を事も無げに倒しておきながらその事実に気づいていないし、優しく頭を撫でられるたびに私が惹かれて行っている事にも全然気づかない。結構恥ずかしいアピールをしても無駄なのが痛い。
ああ、なんだか気分が落ち込んできてしまう、せめて、せめてご飯が食べられれば。お腹いっぱい、いや、お腹からはみ出るほど美味しいご飯が食べたい。食べたいったら食べたいのだ。
「………。ご飯ならこれが終わればきっと紀霊さんが一杯たべさせてくれるなの! それまで頑張るなの!」
こんな状況でご飯が食べたいといった事に若干笑顔を引きつらせるだけで抑えて私を応援してくれるなんて、この子いい子だ……。
「そ、そうだよね……。頑張って早く終わらせよー」
「お、おー! なの」
于禁に励まされながら、これが終わればご飯、ご飯食べられれば幸せになれるという儚い希望にすがって綾は東門へと足を運んでいく。
◇◇◇◇
「これは厳しいかもしれないな……」
南門に着くなり夏侯淵は周りの兵に聞こえない様そう呟いた。想像していた規模よりも大きすぎるのだ。
目先に見える黄巾党はさながら黄色い波が打ちよせるようで数でこちらと比較すればもう絶望的としか言えない。
さらにはこちらは少数の兵に黄巾党を前に怯えている義勇軍、兵の質も大して変わりがない。正直に言えば望み薄だ……けれど現場を仕切る私が悲観しているわけにもいかない。
勝ち目は薄いが防御に徹していれば必ず華琳様と姉者がきてくれるはずだ。ならばその間に私は私のできることをせねばなるまいと心に言い聞かせ、兵士たちに目線を向ける。
「皆の者! 良く聞け。相手は所詮寄せ集めの賊共だ、我らが一丸となればこの街一つを守りきることなど雑作もない! この勝負……我らが貰い受けるぞ!」
騒ぎ立てていた者たちのの元に夏侯淵の声が響き渡り一瞬の静寂のあと熱い雄叫びが次々と上がる。歴戦の猛者を目の前に奮い立たない愚か者は幸いにしてこの場にはいなかった。
「「「「「「ぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」」」」」
己の激を発した事によって生まれ出たその光景を見て夏侯淵は微笑む。そして黄巾党がいる方へと鋭い視線を向ける。
この戦いで重要となる他の門も気にはなるが今は目の前の事に集中するしかない。この勝負絶対に乗り切ってみせると今は傍にいない曹操と夏候惇に誓いを立てた。
◇◇◇◇
夏侯淵のいる南門で雄たけびが上がっている頃、西門では兵士たちではなく許緒が1人猛っていた。それはもう困るほどに1人だけ猛り狂っていた。
「街を襲うやつらなんてボクが許さないよ!」
何か思う所があるのだろう、先ほどから1人単独で突っ走ろうとするのを何度も止めに入り、説得している。だというのに暴走は止まる気配を見せるどころか黄巾党が近くに寄って来るにつれてどんどん歯止めが効かなくなってきている。
「いや、そういうのはわかるんやけどな。ここは守りに徹したほうがええって……」
泣く泣く再度説得を試みるも許緒の瞳に宿した炎は揺らぐ気配を見せず、結局さきほどと同じように僕が行かないといけないと喚いていた。正直これにはかなわんと思ってしまう。
「ボクは強いんだから! みんなの先頭に立つんだ! 春蘭さまもそういってた!」
「いやな、それはわかる。痛いほどわかるんやけどな、今は守った方がほんまにええって」
そんないつまで続くかもわからないやりとりを(あー、これは貧乏くじひいてしもたわ)と李典が心で愚痴りつつ生き残るためには仕方ないと説得を続けているのだった。
◇◇◇◇
楽進、かごめと共に北門につくと早速守るための準備にかかる。外を見ればそれが普通の対応だとは思う、相手のほうが数は上なのでこちらが攻めにでても何もいいことはないからだ。
けれど俺は黄巾党が来ているという話を聞いた時既に決めていたことがあった。それを実行する為には楽進に悟られてはいけない。真面目な彼女の事だ、必ず反対する。
なので楽進対策の為にかごめを担いで楽進のもとへと走る寄る。担いでいる間何も言わないかごめを妙に感じたものの都合がいいのであえて放置することにした。ただ妙にかごめの顔が赤かったのが気にかかったがもし病気なら丁度いいので気にしない事にする。
「楽進さん……でいいのかな?」
「その、私は別に呼び捨てでも構いませんが」
「そっか、なら楽進に頼みたいことがあるんだけど」
「紀霊殿の頼み…ですか、なんなりとお申し付けください!」
何だか力みすぎている気がする。これで戦場に入ったら命を落としてしまうんじゃないだろうか、ちょっと心配だ。でもこれが成功すれば何のことはないか。
「その、かごめを頼みたいんだ。俺はちょっと試したいことがあってね」
「李福殿をですか?」
「んと……その、よろし…く」
言葉を詰まらせながらも丁寧にお辞儀をする。その姿が可愛らしいと思っていたらかごめがこちらに振り向き目を見つめてきた。かごめの瞳には理解と決意の色が浮かんでいる……この町に入る前から思ってはいたが、かごめは頭がかなり頭が切れる。
恐らく俺の性格と今の状況をかんがみて俺が何をするかわかってしまっている。けれど何も言わないという事は別にかまわないのだろう。
「ああ、それじゃ頼んだよ!」
そういってかごめの想いの籠った瞳に後押しされたように走り出す。後ろの方で楽進が突然走り出した俺に何か言っていた気がするが今はただひたすらに飛影のもとへと走り寄って行く、途中木の枠に刺されていた長剣を2本取り出し、呼びかける。
「飛影!」
俺の呼びかけに飛影が一鳴きして飛影の方からもこちらへ向かってきてくれる。こういうのって以心伝心っぽくてこんな時でもなんだか嬉しい。
近寄った飛影に飛び乗ると、まだ呑気に閉まりきっていない北門を目指して加速する。その際周りから色々な声が上がるがあえて気にせず、飛影の赤い残像を残して俺は外へと飛び出した。
◇◇◇◇
紀霊殿が北門から馬に乗って出ていってしまった。
止めようにも李福殿が私の服の裾を強く握っていて動くことが出来なかった、きっと紀霊殿は私が止めに走ると踏んで李福殿を預けたのだろう、頭の切れる御仁である。けれど手をこまねいている私ではないと知っていただきたい。
「誰か! 誰か紀霊殿をお止しろ!」
叫びを上げて紀霊殿を止めるよう促す。さすがにとっさの判断でここまで出来るのだから少し褒めて欲しい。と思ったのだが偉い立場でもない私の声に反応するものは少ない様だった。しかも今の彼、飛影という赤兎馬に跨った彼を止められる人がいるわけもなく、結局は見送りしかできなかった。
最後に見た彼の瞳は決意に満ちていて、何処か切なさもたたえていて不思議に感じた。紀霊殿は何を想って外に1人飛び出して行ったのか私にはわからない。けれど1人で出て行って無事でいられるはずもない事は十分わかっている。
それが顔に出てしまっていたのだろう。隣にいる李福殿が服を引っ張って私に力強い視線を浴びせる。
「だい……じょうぶ。時雨…は……負けな…い」
私は自分の愚かさを感じ入った。私より幼い李福殿は紀霊殿を信頼しきっている、私よりもずっと心配なはずなのに、私よりもずっと怖いはずなのにだ。全く私はなにをしているのか。
紀霊殿の策略で私はここから眺めていることしか出来ないのはわかりきっている。ならばせめて彼の勇士を見届けよう。そして助けに入ることが出来るならその時は助けに走ろう。李福殿を横目で見ながら私は決意したのだった。
◇◇◇◇
「いやー、なかなか壮観な眺めだね……」
黄巾の前まで来るとなおさらにわかるその数、正直ビビりまくりなのだが……此処で引いてしまったら此処まで無理をして来た意味が無くなってしまう。それは俺を見送ってくれたかごめにも申し訳ない。
俺は俺の思う様に、ただやればいいんだ。何が正しくて何が間違っているかなんて関係ない、俺は俺であればいい、そして今から俺はやり遂げる。自分の意志を貫き通して
「黄巾の兵よ!街を襲わず、今すぐ降ればまだ見逃そう。だがそうしないのであればこの紀霊が鬼となりて貴様らを屠らん!」
大気が震えるほどの大声を張り上げ、自分に出来る最大限の殺気を放ち、言葉を紡ぐ。これは忠告であり最後通告だ。これを無視すれば俺は確実にこいつらを殺す。そんな意味を載せて、微かに期待を載せて言葉を紡いだ。
っぶ
誰かが噴出す。それを皮切りに笑い声が広がっていく……。要するに俺の期待は裏切られ、最後通告は冗談だと思われたのだろう、考えてみれば当然の反応ではある。誰かを見せしめに殺したわけでもないのだから……けれど期待を裏切られた感はやはりある。
最後通告は聞き届けられなかった。だけど俺は諦めきれなかった、こいつらももとを正せば善良な市民だったはずだ。こんなこと好きでやってるわけではないはずだと、そう思ってまた言葉を紡いでいく。
「再度言おう! 街を襲って何になる……貴様らも元は庶人なら庶人を殺すな! 今ならまだ許すぞ、降れ!」
俺の言葉は届かなかった。今度は嘲笑ではなく思い切り罵詈雑言が飛んできたのだ。どうやらこいつらは屑らしい……人から落ちぶれた屑だ。人を人とも思わぬ屑だ、ならば遠慮する必要はない。力の限りを殺し尽くすことを決意する。
「屑が! だがその屑も俺の糧としてやる……俺はこれでまた一つ強くなれる。せいぜいお前らは憑りついて俺を呪えばいいさ! その分俺は強くなろう」
まだ甘さの残った言葉を吐き出し、俺は自己嫌悪しながら腰の刀ではなく元々準備していた長剣を両手に構える。単騎駆け、確か恋姫でも誰かがやってたっけ………。まさかこれほど恐ろしいとはものとは思わなかった。
一人きりという孤独。目の前の大衆から突き刺さる視線と殺意、恐怖を感じずにはいられない。だがやらねばならぬならやり通すだけだ! 我を通すだけだ!
「我が一撃で天寿を全うしろ! ぜぇやぁぁあああああああああ!」
馬上で両手で持っている長剣を構え、一瞬で突撃し敵を切り刻む。鍛錬はしてきたが実践でコレを試すのは初めてだ、死ぬかもしれないが死なないかもれしれない。俺は俺自身に命をかける。
片手の長剣を大きく振って敵を斬り、もう片方の長剣で敵の攻撃を捌きつつ、突きを放ちながら相手を翻弄し、片手の回転数を上げていく。
グサッ グサッ ザシュッ、グサッとリアルな感触と共に肉を絶つ音が剣を伝って伝わってくる。
どこを向いても人人人人人、飛んでくる血飛沫にさえ気を使いながら紙一重で迫りくる死を回避していく。時折かすっていく斬撃が体に痛みを与えていく、そしてさらに押し迫る死。
気が狂いそうになりながら、ぎりぎりの所で踏ん張り、狂った様に長剣を振るい喉を裂き、腕を切り落としていく。時には片方の長剣で防ぎ、時には回転数を上げたもう片方の長剣で力任せに敵の武器ごと粉砕していく。
ザクザク、ザシュッ ガス、グサッ プシュッとまた音がなる。
これが戦場の狂った音楽なのだろう。重なる打撃音、金属音、肉の食い込む音、血の飛び出る音、人間の悲鳴。全てが狂乱している。
「せ゛あ゛あああああぁぁあ゛ああああああああああああああああああ!!」
ただ黙々と斬り続ける。生き残る為に、己の為に、誰かの為に斬り続ける。狂ってしまうほどの切り刻んでいく、頭の中はもう敵を斬る事で埋め尽くされている。
切り刻め、切り刻め、切り刻め、敵を斬り刻み、駆逐しろ、ただただ斬り続けろ。
グサッザスッグサッザスッと今までよりも速いテンポでその音を刻んでいく。
初めての大規模な戦闘、初めての孤独な戦い、すべての要素が俺に冷静さを奪わせ鬼人と化していく。顔には余裕などなく、鬼気迫る程の殺気を放ち、命を削り、鬼の化身のごとく剣を無理回し、さながら死神のように命を狩っていく。
飛影が嘶く、真っ赤な体毛を炎の様に靡かせながら、もっとやれるとばかりに力強く嘶きを上げ、後ろ足で敵を蹴り上げ、敵に突進し、血を滾《ほとばし》らせている。
ならば俺も……俺も滾らせよう。さらにこの命を、己が全身全霊を注ぎ込んでこの賭けに勝ってみせようじゃないか。
鋭く尖った意識をさらに尖らせていく。これが終わりではない、これが全てではない、見習い神様がくれた成長はこんなもんじゃ止まらないはずだ。もっと、もっと、もっとだ。
どうすれば回転数を上げられる。どうすれば敵の刃が俺に届く前に防ぎきれる。どうすれば敵を皆殺しに出来る。
あえて狂うんだ。そうだ、今だけ狂ってやる。余裕がない今だけ俺は本気を出して狂おう、大地を真っ赤に染め上げて見せよう。
「まだまだ足らぬぞ! 我を満足させてみせろ、お前らの命を散らせてみせろ! 我は存命也、我命ある限りお前らを狩り続け、血でお前らの罪を償わせようではないか!」
「三度言おう! 我ここに有り! 我存命也!」
俺の叫び応じる様に戦場は混沌としていく、俺一人を中心に戦いは激化の一歩をたどっていった。
◇◇◇◇
いつの間にか我を忘れ魅入っていた。いや魅入らざるをえなかったと言った方がいいだろう。
紀霊という名の武人に、その命の輝きに誰もが目を奪われた。その叫び、その動き、紀霊と呼ばれるその者が放つ輝きに皆魅せられた。
街でやっていた剣舞とは比べ物にならないその動き。2振りの長剣は彼の周りを踊り狂い、血の飛沫を散らしながら彼の剣技を舞へと昇華させていく。
戦場と言う名の舞台に1人の武人と馬が息を合わせ、赤い花を咲かせてゆく。それも1人ではとてもなしえない程の大輪の花を綺麗に咲かせていく。
あれはまるで鬼神……。凡人が見れば畏怖の念を抱かざるを得ないだろう。まさか彼がここまでの武を持っているなどと思いもしなかった。
どれほど私は魅入っていただろうか。そしてどれほどの人が彼に魅入っていただろうか。輝きを失わないその動き、声、瞳、すべてが永遠の様にも感じられた。
そして皆が気付けば彼は1人で北門の敵を殲滅してしまった。千に届くか届かないかのその数を彼は1人で殺しつくしてしまったのだ。
黄巾党の最後を見届けた彼は馬に身を任せ、ここを目指してゆっくり戻ってくる。北門に居た者は戦いが終わってもその姿から目を離すことが出来なかった。
彼がやっと門をくぐり終えた時、初めて気づいた様に辺りで次々と勝ち鬨が上がってくる。私自身も自分が異様に興奮しているが良くわかる。これはきっと戦場にいた紀霊その人に当てられたに違いない。
けれど私のやる事は皆と同じように喜びを交し合う事ではない。まずは夏侯淵様に伝令を出して現状を伝えなくてはいけない。そして無謀な事をした紀霊殿に説教する為早く出迎えねばいけない。そう思い伝令を他の兵に頼んだ後すぐさま門へと向かおうとする。
するとその前を横切って我先にと李福が走って行った。誰もが遠目で姿を見る中彼女は気にする様子もなくただまっすぐに彼の懐に飛び込んだ。
この時私は改めて思い知らされていた。やはり彼女も心配だったのだ………そして戦の勝利と言う余韻も、彼の戦いへの興奮も無く、ただ純粋に彼の無事を願って喜んだのだ。
そんな光景を見せられて羨ましくなってしまった。彼らの信頼に、強さに、その光景を形作る一部に私もなれたらと、憧れを抱きながら私は門へと、李福殿に続いて彼の元へと走って向かった。
◇◇◇◇
ザシュッ
最後の一人を斬り終わり、俺は飛影に持たれかかりお疲れの意味も込めた優しく撫でてやる。ここまで激戦だったというのにこの相棒は十二分に答えてくれた。
「ブルルッ」
「ありがとな飛影、ひとまずココは終わったな……。とりあえずは俺の勝ち、か………」
今はとりあえず戻ろう。文句を言われるかもしれないが、それどころではない。ココが終わったのなら他の場所へ向かわねばならない。
ここではないどこかでまた人の命が無残に散っていると思うとやるせないのだ。かごめの様な犠牲者はもう出したくない、その為なら人だって殺せる。
別に屑だから皆殺していいと思っているわけではない、だがそうして殺すことにほんの少しの正当性だけでも持たせないと自分を見失ってしまいそうで怖いのだ。
だから俺は俺のために、誰かのために屑を、己のエゴで敵を殺す。そしてその敵を喰って強くなる。恨みたければ恨めばいい、呪いたければ呪えばいい、俺はそれに耐えうるだけ強くならなくてはいけないのだから、そしてその分重みを知り逃げられなくなるのだから。
決意を新たにしていたら、そろそろ門が近いと飛影が嘶き教えてくれる。こいつは本当にいい馬だ。気配り屋さんだ、人間だったら惚れてる所だ。
それにしても予想していたとはいえ、遠目で見て楽進が思いっきり怒っているように見える。でも今はあんな迎え方でもありがたい。
そう思ってあれ? 俺ってMなんだろうかと((恍|とぼ))けたことを考える。いやいや、そんなはずないよな。俺はどちらかといえばSのはずだし。
と馬鹿げたことを考えていると予想に反して楽進よりも先にかごめが飛び込んできた。気張って俺を見送ってくれたかごめもやはり怖かったのだろう。安心しきった笑顔が天使の様に見える。そんな姿を見ると少し罪悪感を感じてしまうが、これでいいのだと自分に言い聞かせる。
その後は案の定俺の元へと来た楽進に怒鳴られた。勝ち鬨の声で少し抑えられていたのがせめてもの救いだろうか。
「紀霊殿っ、なんて馬鹿げたことをしたんですか!」
「ちょっと自分を試してみたくてー……ってやっぱりダメ?」
「ダメにきまってます!」
「すまない、心配かけたみたいで……」
何処か怒りきれていない楽進にそういって頭をゆっくり撫でる。短い付き合いとはいえ彼女にも不安を与えてしまっていたことが情けない。
「こ…、こんなことでは誤魔化されませんよ」
怒った顔から一転して真っ赤な顔で困ったように言われても全く説得力がない。そうして楽進を落ち着けた後、空気を読んで黙っていたらしいかごめが呟いた。
「おか…えり」
「ただいま……」
少しくすぐったくなるやり取りをした後、楽進を撫でていた手をかごめに移し、同じように撫でてやる。
優しく撫でるたびに目を細めるのは相変わらず愛らしい、そして俺が戦場からちゃんと帰ってきたんだと実感させてくれて、少し胸が温かくなる。
「紀霊殿、まだ黄巾党は残っているんですよ! 夏侯淵殿から指示が来ていますし、次の場所に行きますよ」
と楽進がいきなり不機嫌になり、ずんずんと西門へと向かっていくのを俺とかごめは飛影に乗って笑いながら追っかけていった。
◇◇◇◇
頭あまり強くない2人が担当するという事で苦戦すると思われていた東門では綾が意外な才能を発揮して、兵士を導いていた。
「私はお腹が減っているのでさっさと殲滅しちゃおうと思います!」
そんな綾の発言にぽかーんとする于禁と兵達……。けれどそれを気にする綾ではない、思いっきり突っ走り続ける。
「そうですね。弓兵の方は横に二列になって交互に撃つように……槍兵の方二人一組になり、于禁ちゃんと共に敵の出鼻をくじいて、その後は私が出るので剣兵さんは私に続いてください。手持ち無沙汰になった組は弓から逃れた人と前衛が討ち漏らした敵をやっちゃってください。私からは以上です。さっさと準備を進めて終わらせましょう」
「………わ、わかったなの!」
綾の一気にまくしたてる様な指示に慌てる于禁と兵達。武将でもない彼女があまりに的確に、尚且つ有無を言わせず言い放った為誰も逆らわず従っていく。
「餓鬼になっている私に勝負を挑んでくるなんて……ぐふふふ………ふふふふふふ」
空腹の苦しみ、時雨への苛立ち、ご飯への欲求を全て何かにぶつけてやろうと綾から真っ黒なオーラが立ち上る。
そのあまりの不気味さと恐ろしさから于禁と兵は死兵となり己が全てを出し尽くした。そのかいあって東門の敵はみるみるうちにすくなくなってゆく。
ちなみに戦闘中、綾がお腹を鳴らしながら敵を殺しまくっている姿はまさに餓鬼であったとかなかったとか
綾の活躍もあって東門の敵を殲滅し終えるのはそう時間はかからなかった。
◇◇◇◇
南門に居る夏侯淵の元に北、東、西それぞれから伝令がやって来た。
どうやら北門は既に殲滅し尽されたらしい、あの紀霊と呼ばれる男はさすがに華琳様が目をつけられただけの事はある。そして東門は善戦している、これには驚いたがどうやって善戦しているかは後で調べればいいことだ。今気になるのは西門だけが多少の混乱が見えるという情報だ。
季衣にはやはり辛い状況だったのかもしれないな……懸念してはいたが、状況から察するにその懸念は当たってしまったらしい。
それならばと新たに北門へ向けて伝令を頼む事にした。夏侯淵の才たるところはその判断力ともいえる。
「そうか、紀霊殿が北門を殲滅したのか……。それならば北門に伝令を、数人の兵を残して西門の援護に行くよう伝えろ。東門は現状維持させ、そのまま殲滅に徹しろと伝えてくれ」
「っは!」
夏侯淵の言葉を持って伝令役はまたそれぞれの場所へと走っていく。今は時間が惜しい、早く北門に届けてくれるといいが……。
そんな心配ごととはまた別に新たに来た伝令の言葉を聞いて夏侯淵は考えさせられていた。華琳の慧眼を改めて感じ入ってしまったのだ。正直紀霊には荷が重いと思っていた、あれは意表を突くことには長けているがそのほかはからっきしだとそう思っていたのだ。
だというのに実際は1人で正面から堂々と渡り合い、千人前後を皆殺しにしてしまったという。これが本当なら私の姉、夏候惇とも並ぶとも劣らない実力を持っていることになる。
紀霊が西門で活動すれば存外華琳様と姉者が来る前に終わってしまうかもな……いや、終わらせてしまうのもまた一興だ。うまくいけば姉と華琳様の上機嫌な顔が見られる。
「兵達よ!既に北門と東門は勝利した、これに我らも続くぞ!」
そんな事は考えていると表情には億尾にも出さず、凛々しく声を張り上げて指示を出す。そしてそんな事を考えてるとは思えない兵から気合いの入った声が上がる。なんとも滑稽だが所詮は夏侯淵にしか分からない事である。
「行くぞ、我に続け、この街に来たことを後悔させ、殲滅しつくすのだ!」
◇◇◇◇
夏侯淵から伝令を受け、西門に到着してみるとここは思った以上に混乱していることがわかった。というよりそれしかわからなかった。
なんでも許緒が飛び出し、それを李典が追って、その李典を兵が追った感じなのだとか、もうさっぱり意味が分からない。せめて誰かが指示を出せばいいのに戦場が初めてなやつが多いのだろう、混乱しかしていない。
もう戦線はめちゃくちゃで立て直すのさえ難しい状況だ。元々こちらが不利だったはずだが、今はもっとよろしくない状況だといえる。
「俺はそのまま戦場に入る。楽進は此処にとどまり、兵を指揮してくれ」
「そんな、紀霊殿はさっき黄巾を殲滅したばかりではありませんか! 私が出ますからここの指揮は紀霊殿がやるべきです!」
楽進の思いやりの籠った言葉はありがたいと思う、けれど俺にも思惑というものがある。ここは楽進に我慢してもらうしかない。
「んーー、そりゃちょっとは疲れたけど。今はそうしたいし、今回は他の人も連れて行くから……それに曹操の部下に恩を売っておくのも悪くないと思ってね。すまないけど楽進にはここを頼みたいんだ」
前回は知らせずに突撃したので、今回は本当の事を素直に話して優しく笑いかける。真面目な楽進の事だ、きっとこの方が効果がある。
「ひ、卑怯です。そんなにお願いされては断れないではないですか……」
「ん、ごめんな」
案の定俺の言葉聞き届けてしまう真面目な楽進の頭を優しく撫でてやる。頬を少し膨らませてあさっての方向に視線をやる姿が何処か微笑ましい。
「かごめ、もうちょっとだけ待っててもらえるか?」
「うん……かごめ、まつ…よ」
もちろんかごめに声をかける事は忘れない。そして心配してるのに送り出してくれるかごめに対してありがとう、とそう言ってかごめを飛影から降ろし、数人の兵を連れて許と李典がいるところへと急がせる。
西門を出て戦線に近づくにつれ、場の乱れっぷりが良くわかる。陣形もクソもあったものではない、敵味方が完全に入り乱れ、阿鼻叫喚の地獄絵図がひたすらに広がっている。見ているだけで胸糞が悪くなるその光景を放置するわけにはいかない。
「街の兵達よ我の声を聞け! 3人1組になり門まで後退しろ。怪我をしているものを優先し、まだ力あるものはその補佐に回れ。後は我らが引き継ぐ」
俺の声をきちんと聞いた者たちが少しずつ集まり、徐々に後退していく。さて、兵はこんなものでいいだろうとは思うのだが肝心の許緒と李典はどうなっているかというと……
完全に前に出すぎてしまっている。許緒と李典を助けるだけだがあそこまで行くのはなかなか骨が折れそうだ。けれど見捨てたりするはずもなく2人の為に急ぎ救出に向かう為に指示を出す。
つれてきた兵に周りをサポートする様指示を出してから1人で向かう。正直飛影に乗ってる俺1人で行ったほうが早いのだ。
「俺はこれから許と李典を助けに向かう、お前らはここに残り後退するもの達の手助けをやってくれ」
「っは!」
兵が一斉に動き出すと同時に紀霊自身も再度長剣を構え再び飛影と共に戦火へと身を投じていった。
◇◇◇◇
「でやぁぁああああああ!」
掛け声とともに許緒が鉄球を操り敵を潰していく。そしてさらに奥へと向かおうとするその姿を李典は視界に収め、もう何度目かわからない言葉を投げかける。
「ちょっとですぎやって、このっ! もうさすがにもたへんよ……」
そう弱音を吐きつつも許緒の後ろに陣取り螺旋槍で敵を凪いでいく。ドリルの様に回転しているそれがかすれるだけで肉が抉れ、敵は甚大な被害をこうむっている。
グシャシャシャと音もグロイが李典は慣れている為気にしない。これで敵の勢いが弱まればいいと思っているほどだ。
「おんどりゃぁぁああああ! ええかげんにせえよ!」
叫んでは敵を倒す、これが門を出てからのパターンだったのだが、ここに来てそれが崩れ始めた。問題は李典の体力にある。普段発明をしている彼女が、力と体力が有り余る許緒にいつまでも付いていけるはずもないのだ。
「これじゃきりがあらへんって許緒! ウチから離れすぎやって!」
追いつくのが遅れたその隙に許緒がいつの間にか隔離されてしまっていた。さすがにこうなるとまずすぎる。許緒が1人になるという事は李典も1人になるという事なのだ。
「これはまずいで……」
◇◇◇◇
ドゴーン!
ボクがやるんだ、ボクがやるんだ、ボクがやるんだ。
そう自分にいい聞かせ、許緒は李典と離れたこともわからずどんどん突き進んでいく。
「でやぁぁああああああ!」
体力はすでに尽きかけている。あるのはただの使命感のみ、それに突き動かされて許緒はいつもとは違う精彩を欠いた動きで突撃していた。
「せやぁあぁああああああああああ!」
だがそれもいつまでも持つはずもなく、鉄球の動きと共に体の動きもどんどん鈍くなっていく。そして次第に敵が近づいてくるようになっている。
「うぅ、春蘭さまみたいにはやっぱりいかないや……」
ボクなんて事をしたんだろうと今更自分がどんなことをしでかしたのか、ここにきてやっと理解した。
熱くなった心は既に冷静になっており、剣や槍が迫ってくるのが良く見える。けれどここまで無理をした結果体が思うようにもう動かない。
もうダメだと目を閉じ、死を覚悟する。けれどいつまでたってもなにも襲っては来なかった。
恐る恐る目を開くと太陽を背に血まみれの男がこちらに優しく微笑みかけていた……。
◇◇◇◇
危なかった……そう思わざるをえない。
後一歩遅ければ目の前にいる許緒の命はなかった。目を瞑る彼女はまだ若く、これから無限の可能性を秘めているように思う。
こんな子を死なせてなるものか……そう思い優しく微笑みかける。他の有象無象など二の次だ。
「大丈夫?」
「えっと、その。大丈夫だよ」
「そうか、でも一度戻ろうな。ここはもう持たない」
そういって回りを見やる。連れてきた元気な数人の兵と李典以外はもうあらかた撤退しているし、他にあらがうすべがもうない。そして何より貴重な戦力の一端である李典の疲労の色が隠せていない……すぐにでも撤退しなければこの戦場で死ぬ羽目になってしまう。
「我が名は紀霊! 我が一撃は死を意味することを知れ!」
先ほどの戦いのせいなのか今は落ち着いて周りを見ることが出来る。いきなり現れて周りの敵を一掃した俺に畏れをなしているのか黄巾党の残党は俺の様子を見るにとどめる様だ。
「ちょっとごめんよ」
「う、わわ!」
もちろんこんな好機逃す手はない、敵が怯んでいるうちに許の身体を片手で持ち上げ自分の後ろへと乗せ、素早く飛影に指示を出して駆ける。
「それじゃ戻ろうか。飛影」
答える様に飛影は嘶きを上げ敵の群れへと突進する。それにあわせて俺も長剣を振るい、敵の首を正確に切り飛ばしていき、李典の元まで下がる。
「大丈夫か?」
「大丈夫にみえんの?」
「見えないが、大丈夫だろ」
そういってお互い苦笑する。
「一度門まで引く、しんがりは俺がやるから早めに引いてくれ」
「おおきに、それじゃ皆の衆いくで!」
李典と許緒が撤退していく。俺がこいつらを守る、そう思うと単騎駆けの時よりもだいぶ楽に感じて笑みを浮かべてしまう。
「紀霊殿!私と共に貴方も引いてください」
だというのにいつの間にか来ていた楽進が後ろからそう進言してきた。そして周りに集まっていた兵もそれに賛同するように頷く。全くもって有難い限りだ。
「わかった、一気に駆けるぞ!」
そういって敵に一撃を浴びせ楽進たちと共に一気に引いていく、なんだかどっと疲れてしまった。門についたら一休みさせてもらおう……そう思いながら仲間と門まで一緒にかけてぬけた。
―――――――――――――――――――
■後書き■
仕事だというのに頑張ってしまった。きっと眠さと戦う1日になるなこれ……。
そういえば支援なんて機能もあったんですね…。少なからず支援してもらっていたとは本当にありがたい事です。おかげで無理して投稿するほどテンションがハイです。
お気に入り登録も着実に増えているようですし、これからも編集&投稿頑張ります。
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