■3話 曹操に狙われて
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曹操の元に帰ってきて早々に囲まれました。
なんて下らない考えていると綾から冷たい視線を浴びた……変なこと考えてましたすみませんでした。だから心を読むのをやめて下さい。
当たり前ではあるが心の中で謝っている俺を置いて事態はきちんと進行している。
「……それで? 戻ってきたのは褒めてあげるけど、賊はどうしたのかしら?」
ここで少しでも不振がられる態度を取れば怪しまれることは確実だ。だから平然と答えなければならない。
「ちゃ、ちゃんと討伐しましたよ」
詰まるとか、やっちまった………。
「首は?」
「……忘れました」
「その子は?」
「助けてきました」
一刀の首に鎌がそえられる……。ああ、曹操さん、そんな恨めしそうな、馬鹿にしたような顔で俺を見ないでくれ…。
「まったく、馬鹿なのかしら? …まぁいいわ。秋蘭、幾人かつれて確認してきなさい。春蘭、あなたはこの男と手合わせなさい」
「「っは!」」
えーっとやっぱりまずかったみたいですね。今から取りに行ってもダメですかね? ダメですよね。そうですよね……。
あれ? 今魏武の大剣相手に手合せしろとか聞こえたんだけど気のせいだよね。今あんな人とやり合ったらマジで殺されてしまう。
若干の命の危険を感じて拒否の意思を示すも完全に無視する曹操。そして満面の笑みでこちらを見る夏候惇、なんだこの絶望的な状況は………。
もうどうにでもなれとばかりに相手をしようと前へ出ようしたのだが、何故か綾が行く手を阻んで前へと進み出る。
「待ちなさいよ、時雨は一人で賊を討伐したんだから。それだけでも十分だってのにこれ以上疑ってかかるのなら私が相手になるわ」
格好よく堂々とそう発言する綾。背中に携えている大剣が自信を後押しするように鈍く光っている。
そんな綾の傲慢とも言える態度を見て短気な夏候惇は体を若干プルプルさせていた。恐ろしく迸る殺気がお肌をチクチク刺してくる。紫外線より凶悪かもしれない。
けれど殺気を気にする様子もなく綾は大剣を正面に構え、かかってこいと首で示唆する。
「なんだとっ、華琳様は私とその男の対戦をご所望なのだ……貴様などに構ってはいられるわけがないだろう! さっさとどけぇぇええええええっ」
ガキンッと金属音が空気を震わせる。
夏候惇が幾度となく無造作に剣で切りかかり、綾がその剛腕を生かして受け止める。その時に散る火花は見るものを圧倒するかの様に盛大に辺りに飛び散っていく。
「私に止められる程度の腕なんて時雨が出るまでもないのよ! この馬鹿!」
「っっ………、貴様今私を馬鹿にしたな? 私より馬鹿っぽいのに私を馬鹿するとは……もうゆるせんっ! その首もらいうけるぞ」
互いに扱う大剣が空気を纏い、震わせ金属音を打つならしていく。戦場ならではのその音楽が周りの兵士の声を止め、空気を張りつめさせていく。
正直迫力のある戦いはずっと見ていても飽きないとは思う、けれど綾に頼ったまま呑気に観戦しているわけにもいかない、相手が相手だけに。
「おい綾、俺は別に構わないから」
「ダメに決まってるでしょ! 時雨は引っ込んでてよね……これは、これは女の戦いなの!」
いやいや、最初から俺をご指名だったんだが……いつの間にすり替わったんだか。全く夏候惇もそうだが綾も熱くなるのが早い。
「いいわ、春蘭やりなさい」
曹操も曹操でなんで可愛い笑顔浮かべながら乗ってくるんだか………、俺だけじゃなく仲間の綾の実力も把握したいのか?
拮抗する状況を崩そうとに綾が夏侯惇に向かって思い切って鋭く懐に飛び込んでいく。
「この荀正の一撃受けきれるものなら受けてみなよっ! セイッ! ハァァアアアッハァアア!」
ガキンッ ガンッ ガンッと止まらない鉄の音がさきほどから行われている戦闘の激しさを物語っている。
「くぅっ! き、貴様……なかなかやるではないか! だが華琳様のまえでこの夏侯元譲負けはしない!」
夏侯惇は嬉しそうに笑うと綾の一撃を受け止め、跳ね返し、すぐさま反撃に移る。
「我が大剣の切れ味とくと味わうがいい! っはぁぁあああああああ! っせぇやぁああああ!」
「っっ! 強い…」
「どうした! こんな…ものかっ」
夏候惇の猛攻に綾が少しずつおされ始める。それを安心してみていられるわけもなく、俺は慎重に介入の糸口を探す。
「なんっっの、まだまだーーーー! ッハァァアアアアァァアアアアア!」
ガンガンと止まぬ音と掛け声が異様に周りの熱を高まらせていく。
傍目には綾も頑張って善戦している様に見えるが、やはり今の状態では夏侯惇の方が実力的に上だという事がわかってしまう。
「っく、はぁ……はぁ……」
「なかなか楽しめたぞ、だが私の相手ではない」
不敵に笑い夏侯惇は綾の大剣を容易くはじき飛ばす。
十分接戦だったように見えたのにそれを簡単に覆す夏侯惇はバケモノだという事が良く分かる。しかも綾の体力がピークなのに対し、夏候惇は疲れを見せていない。さすがに今のままでは実戦経験と訓練の密度が違い過ぎる。
綾の親切? で結構休ませてもらえたし、現状打破の糸口は見つけた。そろそろ出番だといわんばかりに綾の前へと進み出ていく。
「綾、お前じゃ無理だ。替われ」
「なっ! 時雨ふざけないで、私はまだ負けない!」
負けず嫌いな綾が駄々をこねるのは分かっていたので、抑えていた殺気を一気に放ちながら声に凄みを効かせる。本当はこういうのは好きじゃないが怒っているのを見せないと落ち着いてくれないのだ。
「お前が俺より先に死ぬことは許さない! 替われ!」
強く言われて綾はしょぼくれながら後ろへと歩いていく……、悪いとは思うが今はこうするより他ない。後で撫でて慰めてやろうと思う。
「待たせて悪いな……」
「ふんっ、今度は貴様か。まあ、誰がやっても同じ事だ! 華琳様の前で戦う限り私は負け等ありえないからな!」
「お前の理屈などどうでもいいが、俺はこれでまた一つ大きく成長することが出来る。そのことについては感謝するぞ!」
確かに夏侯惇はすごいとは思うが、肝心の武器がついてきていない……綾のおかげで楽にいけそうだ。といってもかなりの集中力を要する状況だ。
だというのに俺は笑みを浮かべずにはいられない。瞬間的に俺の精神が研ぎ澄まされていくのが分かる、鋭く尖る殺意、それを十全に体に満たしていく。今この瞬間も俺は成長しているのだ。
そして準備が整った瞬間、夏候惇させ気づかないうちに太刀を僅かに抜き、身体を低く落としてその状態を保ちながら、太刀を横たえ簡単な居合の様な構えを取りつつ一歩踏む。
「ん? 何を言っているか良くわからんが我が豪撃にて貴様の首もらいうける!」
「それは叶わん。お前には悪いが、この一撃で全てを終わらせようか!」
夏侯惇が上段から振り下ろしてくるのに対し、俺は居合いの要領で太刀を横に滑らせ狙いの場所へと一閃する。
ガギーンッと一際甲高い音が鳴り響いたかと思うと次の瞬間には空気を裂く靡かせながらその物体が時雨達から離れた地面へと突き刺さる。
その飛んで行った物体を見て夏侯惇が思わずポカーンと立ち尽くす。そしてそれを見逃すほど俺はアホじゃない。すぐさま太刀の切っ先を夏候惇の首筋に当てて動けないようにする。
「今回は運がよかった……綾との戦闘でお前さんの武器はボロボロだった。後はその武器が壊れるよう後押しするだけでいい。殺す気はなかったけど一歩間違えれば殺していた、それは謝る。だからこれで許してはもらえないだろうか?」
「何を勝ち誇っている! 私はまだ負けていないぞ! か、華琳様!」
負けず嫌いは綾といい勝負らしい、夏候惇は折れた大剣を投げ捨てると新しい大剣を手にもう一度戦いたいと華琳へ訴えかける。
「春蘭もういいわ。丁度秋蘭も戻ってきたようだし……」
それを軽くあしらう華琳を見てもう相手しなくていいんだとホッと息をつく。こんなのいくつ命があっても足りやしない。
「そ、そんなぁー。華琳さまぁーー」
華琳に要望を聞いてもらえずどこか絶望した感じの夏侯惇……ちょっと悪いことしちゃったかなと思いつつ太刀を収める。今の自分の強さでは絶対に戦いたくない相手である。せめて俺がもうちょっと強くなってから来てください。
「大丈夫よ春蘭、あなたの働きは見ていたから……。後でお仕置きするから閨にきなさい」
「はっ、はい! 華琳様!」
そこで頬を染めるあたりやっぱ魏はゆりゆりしいなーなんて思っていると夏侯淵が華琳のそばへと戻って来た。
「華琳様、ただいま戻りました」
「秋蘭、ご苦労様。それでどうだったの?」
「ッハ! 数人の女の死体と賊の頭と思われる者と数名の男ものとらしき肉片が確認されましたがそれ以外は……」
夏侯淵の報告を聞き終えて不機嫌そうにこちらへと顔を向ける曹操。あれ? 俺何かまずっただろうか。
「紀霊といったわね…、これは一体どういうことなのかしら?」
「俺は確かに賊を討伐するとはいったが無駄な殺しは好まんのでな、頭とその側近以外は怖い目にあってもらっただけで追い散らした」
その言葉を聞いた華琳は猛禽類のような鋭い視線を時雨へと飛ばす。どうやらこの答えは曹操の御気に召さなかったらしい。
「とてつもなく甘いわね。全て殺しつくさねばその子の様な、新しい犠牲者がでるわよ」
「その時は俺が責任をもって……」
「図に乗るな紀霊! 人一人ができることなどたかがしれている、お前一人に一体何ができると言うの!」
「っ! 確かにそうだが……そもそもそれは可能性でしかないはず! それならば生き残ったものが今度は逆に人を助けるかもしれない!」
「だが犠牲が出るかもしれない。紀霊、お前の言っていることは所詮夢物語だ……全てを殲滅することで犠牲がでないなら全てを殲滅すべきよ!」
華琳が言っていることが正しいのは嫌でも分かってしまう。けれど俺の心はそんなに直ぐに割り切れるほど簡単には出来ていないのだ、あんな場面に遭遇したからと言ってすぐに慣れるわけでもないのだ。甘いとは理解しているが幻想は捨てたくない。
「しかし!」
「今被害を被っているのは民! お前はその民の悲しみを受け止められるのか! そもそもお前はその少女を助けたといったが、助けた時何も感じなかったのかしら?」
「………」
「紀霊、お前は知らなさ過ぎる………天の御使いとやらと一緒に私の元で学びなさい。そして世界を見つめ結論をだしてみなさい」
魅力的に聞こえるその提案は打算と好意で出来ていることぐらいわかっている。厳しくも可愛らしい曹操の事だ。きっと俺が受け入れると思ってるだろうな………。だがしかし
「曹操殿、確かに貴方の言い分は正しいように思う。ならば貴殿の元で学ぶ前に俺は世界を見てくることにする!」
どれだけ言われようとやはり今すぐに割り切るのは難しい、だからといって曹操の元で学びたいともまだ思えない。決して怖いわけじゃないからな!
「そう、でも私は欲しいと思った者を逃しはしないのよ」
「それは残念………なら御使いは置いて行くからそれで勘弁してもらおう」
「え?」
曹操の性格は心得ているからすぐさまぽけーっとしていた一刀を生贄にする。もちろん囮である。とはいえ後で必ず迎えに来るから怒らないでいて欲しいな……なんて虫が良すぎるだろうか。けどお前なら生き延びられるはずだから! 頑張ってくれとと心の中で叫びながら飛影へと走りよる。
「飛影、綾、かごめ! 行くぞ」
一刀が何か発言する前に飛影に綾と共に飛び乗りかごめの手を掴んで引き揚げ、俺と綾の間に乗せる。
「すまん、北郷殿。3人が限界だ」
これは本当であって決して言い訳ではない。だからそんな恨みがましい目で見ないでくれ。
そんなことを思いつつ逃げようとする俺達を捕まえようと囲いが狭まる。だからといって手をこまねていてるわけにもいかない、囲いを崩すため太刀を滑らせ兵を峰打ちで気絶させていく。
正直雑兵に構っている暇などない、怖い人の準備が終わるまでに逃げなければならないのだから。
「ッハ!」
綾の声と共に聞こえた風を切る音が聞こえたかと思うと次の瞬間には金属音が鳴り響いた。どうやら夏侯淵の弓矢を放ち、それを綾が叩き落したらしい。対応がさすがに速い。
「時雨、うしろは任せて!」
背中を気にしなくてすむのはありがたい事このうえない。飛影には無茶させることになるが飛ばして距離を取る事にする。
「飛影、さっきからすまないがもうちょっとだけ頑張ってくれ」
さっきからぶっ通しで無理をしてもらってる飛影を優しく撫で、言葉をかける。
「ブルルッ」
飛影が答えるように嘶き、走る速度を上げてゆく。この馬のスペックは一体どこが上限なのかさっぱりわからない。
「ありがとな」
無理をしているかどうかは関係ないと思い、礼を言ってひたすら前へと走らせる。
暫くは知らせ続け、曹操軍の喧噪がどんどん遠ざかっていくがわかる。弓矢が風を切る音も、金属音も既に聞こえない。もうここまでは届かないだろうと確信し、馬上で3人で笑いあった。
◇◇◇◇
「あやつめ! 華琳様の誘いを断るとはどういう了見だ!」
曹操は遠ざかっていく紀霊をみながらため息をついた。
「まさかこの曹孟徳から逃げきるなんてね……。面白いわ、絶対に物にして見せる……。」
そういって決意した後曹操思考をすぐさま切り替え、紀霊の置き土産こと天の御使いを見た。
「あの……俺は一体どうしたら?」
戸惑う男はどうやら何も理解できていないらしい………こんなのが役に立つのかしら? まあ、役立たなかったらそれまでね。
「天の御使いだったわね……あなたには聴きたいことがあるわ、ついていらっしゃい」
「あ、ああ……」
紆余曲折あったものの、結局賊は討伐できたので曹操軍と一刀は特に何もせずその場を後にするのだった……。
◇◇◇◇
うひゃーーーーーー、あっぶなかったーーーーー!
俺寿命がかなり縮んだきがするんだ……。いやはやさすがは曹操というか、女の子でもあの威圧感。相手している間ずっと生きた心地がしなかった。
曹操軍が見えなくなってから森に入り、飛影から降りて木の陰になっている地面に座り込み、人心地つく。
「ねー、時雨はこれからどうするの? もう帰る?」
「いや、とりあえず洛陽に向かおうと思う」
「え? なんで洛陽?」
何でと問われれば説明が難しい、ここが恋姫の世界だとするならあそこに一刀をおいてきてしまったために董卓がどうなるかわからないから……なんていってもわからいだろうし。
というか恋姫のストーリーとだいぶ異なってるんだが………いったいどうなってるんだろうか? 正直これからの展開が読めない。とはいっても董卓討伐ぐらいはあるだろし、結局洛陽に行くしかない。
などと説明して通じる気は全くしないのでとりあえずスルーすることにした。
「それよりもかごめをじじばばに預けようかと思ってるんだが? かごめはどうする?」
そういうとかごめが俺の服のひっぱりだし、うるうるした瞳で俺を見上げてくる、………なんて破壊力だ。
「私……も、つい…てく…」
「ん? そうか? わかったよ」
たどたどな言葉が萌えとしか思えない可愛いかごめを撫でて気づいた。つい承諾しちゃったじゃないか!
「んー」
気持よさそうに目を細めながら頬を染めているのが可愛らしくて、これは仕方がないと思うのは果たして俺だけなのだろうか……。
こんなかごめを見ているとなんかもっと撫でたくなるな……っは! これが母性本能か!? いや、俺は男だからこういうときは父性本能なんだろうか?
そういった風に撫で続けていたのだが、横からむーっとした顔で綾が覗き込んできているのに気が付いた。
「どうかしたか?」
「べっつにー、洛陽向かうんだったらちゃっちゃっと向かっちゃいましょうよ」
そういって綾は立ち上がり歩いていく。
あわてて立ち上がり飛影にかごめを乗せてこちらもついていく。
「ちょっと、お前も行くのか?」
「なによー! いっちゃだめだっていうの? 私がいないとダメなくせに」
否定したいが否定できないのは痛い。でも普段だと逆の立場なんだが、そこまで自信持って言えるってことは、綾の中でおれはいったいどうなっているのだろうか……謎は深まるばかりだ。
「鈍感は地獄に落ちればいいんだ………」
ぐちぐち言いながら目がすわりはじめている綾が怖い……ここは機嫌取るしかない。さっき助けてもらった事もあるし、今の俺は立場の弱い。
「いやー、綾に付いてきてもらえるなんて嬉しすぎて信じられなくて、ついね………」
ちょっと苦しい感じはしたものの、そういった俺を綾はジーーっと見ると
「そっか、そうだよね! ふふっ」
と機嫌をなおしてくれた。まったく、綾は単純で助かるな………。そう思いつつ頭を撫でてさらに機嫌を取る。
洛陽に行くことは決まったのだが、考えてみれば洛陽が攻め立てられるまで時間がだいぶある。なのでとりあえずは飯が食える場所を探そうと飛影に乗っかりとぼとぼ洛陽に向けて歩き始めるのだった。
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■後書き■
編集していると書いていた時の事を思い出してなんだか懐かしい。
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