No.447011

垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】――  BOX―19 対立

第十九話

2012-07-06 01:06:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2256   閲覧ユーザー数:2202

 約束は守るもの。

 

 誓いは果たすもの。

 

 例え、どんなに愚かであっても。

 

 例え、どんなに間違っていたとしても。

 

 ――132回目の≪僕≫――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「さて。さてさてさて、滅多に会おうとしてくれないから隙を見て強制的にこっちに引っ張り入れてみたわけだけれど、とりあえず僕は久し振りだけどご機嫌いかがかな、と若干の憤りを込めて訊いてみようと思うんだ。いやいや決して寂しかったわけじゃないんだよ? 球磨川くんに封印されちゃって多少の制限があるとはいえ、僕には『腑罪証明(アリバイブロック)』という便利で重宝してるスキルがあるからみんなの心や夢の中くらいは自由に入り放題で動き回れるし? 悪平等(ぼく)の分身だって七億人もいるからその気になれば話し相手には困らないし? 例えるなら引きこもりだけどネットには友達がいっぱいいるんだぜーみたいな? コミュニケーション能力はこう見えてばっちりなんだよ、あっははははははははははは……ふぅ。……空しい、虚しいよ。僕は今、身の内から溢れる虚しさで溺れてしまいそうなんだよ。この教室くらいなら簡単に満たしてしまいそうなくらいにね。だいたい七億人いるからって何になるんだよ。いくら自分と自由と自我と個性と意志と事情と感情と過去と生活がそれぞれあると言ってもさ、大元の僕からしてみたらさ、鏡に向かって一所懸命話しかけてるようなものじゃん? 何その自己満足の自作自演。どれだけイタイ奴だってんだよ僕は。話が長くなったけど、とどのつまり僕が何を言いたいのかと言うとだね、よくも今まで独りぼっちにしてくれやがったな会いたかったぜコノヤローってわけなんだよ、ふーくん?」

 

 長々と。

 それはもう長々と不満を言うなじみを前に、不和はなす術がないとばかりに肩を竦めて溜め息を吐いた。

 普段は人を食ったような物怖じのしない性格である彼女も、どういうわけか、安心院不和を前にした時だけ、女子中学生の外見に相応した性格になるというか、下手をすれば中学生どころか小学校低学年よりも低い、かなり幼い言動をとるようになるのだ。

 あーあ、あーあ、と日向で微睡(まどろ)む猫のように、やる気なく教卓に寝そべるなじみ。七億人の悪平等を総べる人間――もとい、人外とはとても思えない体たらくである。

 顔を伏せて、艶のある黒髪の合間からジト目で不和を見て、

 

「めだかちゃんや半袖ちゃんとばっかり仲良くしちゃってさ。何? そんなにお兄ちゃんって呼ばれるのが嬉しいわけ? 妹キャラ萌え? だったらお姉さんキャラの僕だけど、ふーくんが望むならいくらでも妹キャラを演じてあげちゃおうじゃないか」

 

「演じなくていいです。黒神さん()真黒(ヘンタイ)さんじゃあるまいし、傍系2親等の家族に使う呼称で呼びかけられて喜び悶えるような趣味は持ち合わせていません。それに、キャラと言うなら貴女は姉キャラじゃなくてボスキャラでしょう」

 

 不和はばっさりと切り捨てて一蹴する。

 夢の中とは言っても、悠長に構えるつもりはなかった。

 中で過ごした十時間が現実では十秒しか経っていない――そんな、不和にとって都合の良い空間であったなら、このままなじみと取り留めのない話に興じるのも悪くないと少なからず思っている。だが逆に、浦島太郎の竜宮城のように、中での一分が現実では一日が経過しているということもざら(・・)であるため油断できない。

 ただでさえ今は危機的状況にあるのだから尚更だ。

 

「……で、現実の僕は薬漬けにされて前後不覚になってぶっ倒れて理科実験のカエルよろしく解剖一歩手前の状況に陥っているわけですが、息子がフラスコ計画の礎にされかけてるこんなときに、一体全体何の御用でございましょうかお母さん?」

 

「そのフラスコ計画の事だけど、ふーくんってなんだかんだ言いながらも計画のために自分を犠牲にしそうじゃない? どんな対価を払ってでも天才を作り出すことが僕達の悲願ではあるのだけれど、でも、だからと言って僕の数少ない同属を――時間をかけて育て上げた君を失うのはもったいないって言うか気が乗らないって言うか……」

 

「つまり何ですか?」

 

「うん。ぶっちゃけるとね、君の好きなように行動していいよって話。何者にも縛られず、従わず、命じられることもなく、自由気ままに思うがままに。極論的にはフラスコ計画が潰れるくらい盛大に引っ掻き回しちゃってもオーケーだよ?」

 

「は?」

 

 一瞬、彼女が言っている意味が分からなかった。

 

「いや、あの、どこまで本気なのか判断しかねるんですけど……」

 

「少なくとも、君が思っているよりは真面目な話をしているつもりさ。それに、フラスコ計画は数百年も前から、それこそ『試験管計画』と呼ばれていた時から続いているんだよ?」

 

 君一人が暗躍したくらいで頓挫するような計画だったら、とっくの昔に他の誰かが潰しているさ、と。

 潰せるものなら、やってみなよ、と。

 そう言って、そこでようやくなじみは顔を上げ、彼女らしい――寒気がするほど優美な笑みを浮かべた。

 

「さ、分からないだろうけど、あれからもう十二時間以上は軽く経っている。そろそろ薬も抜ける頃だろうし、現実(むこう)に帰って思う存分遊んできなさい。でもいくら『既述死(デッドワード)』があるからと言って、あまり無理はしないようにね」

 

 まるで母親のような台詞に、『外』へと繋がる扉に手を掛けながら、不和は苦笑を返すのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 強制的な眠りを余儀なくされていた不和は知る由もないが。

 

 名瀬が不和に接触してきたのとほぼ同時刻に。

 黒神めだかと人吉善吉の二人は『十三組の十三人(サーティン・パーティ)』筆頭である『創帝(クリエイト)』都城王土、『狭き門(ラビットラビリンス)』行橋未造と遭遇していた。

 もっともこの四人の邂逅は、必然でありながら偶然によるものでもあったため、主に都城王土の言い知れぬ――理不尽とも言える能力の一端を紹介するだけの展開となって最終的には事なきを得た。

 

 そして、不和がなじみの愚痴を聞いている頃。

 

 自分が無力であると痛感しためだかと善吉は、一年ぶりに、黒神家長男にしてめだかの実兄――変態でお馴染みの黒神真黒の下を訪れていた。

 この黒神真黒。

 現在こそ打ち捨てられた旧校舎――通称『軍艦塔(ゴーストバベル)』の管理者としてひっそりと暮らしているが、箱庭学園に在籍していたときにはフラスコ計画に携わる一員、ひいては前統括者として研究を続けてきた人間なのだった。

 本人曰く、『メンバーとソリが合わなくってすぐに辞めちゃった』らしいが。

 内臓の多くを代償にして。

 以上のような経緯があって、彼はフラスコ計画の全容を聞き出そうとするめだか達には返答を控え、ただ単純に鍛えることだけを優先したのだった。

 その効果もあって――もちろんめだかと善吉の素質によるところも大きいのだろうが――早朝に指定された都城との『デート』で、めだか達は都城本人の口からフラスコ計画の最終目的を聞かされることとなった。

 全校生徒を犠牲にする。

 その物言いに憤っためだかは今日中にフラスコ計画を叩き潰すと大言し、善吉と――そして駆けつけた阿久根や喜界島とともに研究施設へ乗り込んだのだった。

 

 

 だが。

 

 

 忘れてはいけない。

 この物語(・・・・)の主人公は、あくまで安心院不和という、人外(ノットイコール)に造られた一匹の人外(マイナス)である。

 時計塔の地下に広がる研究施設。

 その地下一階、迷路において繰り広げられた『棘毛布(ハードラッピング)』――打撃戦最強を謳う高千穂千種との死闘も。

 地下二階、庭園での殺せない殺人鬼――『枯れた樹海(ラストカーペット)』宗像形との血で血を洗った末の和解も。

 不和にとっては取るに足らない、蛇足とも言える出来事でしかなかった。

 安心院不和を主人公とする物語は、研究施設地下三階の動物園にて、生徒会書記職・元『破壊臣』阿久根高貴が、『黒い包帯(ブラックホワイト)』名瀬夭歌と『骨折り指切り(ベストペイン)』古賀いたみの仲良しコンビの襲撃を受けた、その少し後からが『始まり』なのである。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 遠くで――いや、もしかしたら目と鼻の先ほどの距離かも知れないが――ガラガラと瓦礫が崩れるような音を目覚まし代わりに、安心院不和はゆっくりと目を覚ました。

 眠っている間に新たに投薬でもされたのか、睡眠薬とも筋弛緩剤のそれとも違う、酩酊感にも似た気怠さと頭痛に苛まれる。それでも動けないほどではないが、全快と呼ぶには程遠いポテンシャルだった。

 薬学に対する専門的な知識を持ち合わせていない以上、注入された薬の種類も症状も、いつまで効果が継続するのかも、考えたところで意味はない。

 思考を切り替え、眼球だけを動かして周囲を観察する。

 真っ先に目に入ったのは青いタイル張りの壁と、視界を覆うほどに巨大な無影灯だ。

 視覚情報と、不和を拉致した名瀬の言動や立場、鼻につく消毒用アルコールの匂いから、ここが何処であるかおおよその見当をつける。

 不和は手術台の上に寝かされていた。

 手術室と言うよりは実験室、手術台と言うよりは解剖台と言った方が的確かもしれない。

 金属特有のひんやりと冷たい感触が、裸に()かれた上半身に伝わってくる。

 解剖台を囲むように、不和には用途不明の機械類が所狭しと並べられていた。胸にペタペタと張られた電極から伸びたコードの先が計器の一つに繋がっていて、心拍数でも計測しているのか、心臓の鼓動に合わせてモニターに映った波形が変化している。

 ひた、と素足のまま、不和は冷たい床に立つ。

 実験室に窓はなく、出入り口も一か所だけ。

 取っ手に力を掛けると、意外にもあっさりと、特に抵抗もなく扉は開いてしまった。

 顔を出して右を見る。扉の並んだ廊下延々と続く。左を見る。こっちも同じように廊下。振り返り、出てきた扉を見る。『第二実験室』とあった。

 

(……学園敷地内ではあるんだろーが、すぐには出られそうにねぇな)

 

 ひたり、ひたり、と不用心に足音を響かせながら、不和は探索を開始した。

 何処まで行っても窓が見当たらないことから、この施設が地下に建てられた物だと推測する。

 

(一般生徒に見つかるような場所に造るわけねぇか)

 

 地下だというのなら、とりあえず上へ上る階段でも探そう。

 ぼんやりとした頭をぼんやりとさせたまま、うすら寒い廊下を進む。

 制服もパーカーも脱がされ、不和が今身に着けているのはズボンのような青い検査着一枚きりだ。当然、制服や身体に仕込んでいた工具も、念入りに隠しておいたもの以外は全て取り上げられてしまっていた。

 

(まあ、途中で手術器具か――なけりゃその辺の機械でも調達して、鈍器として活用すりゃあいいかね)

 

 不和にとって武器は武器でしかなく、後生大事に持ち歩かなければならないような、自分の半身というわけではないのだった。それこそ、ホームセンターに行けば手に入る物ばかりなのだから。

 廊下の突き当たりに差し掛かる。

 現れた選択肢は、右に曲がる道と、他のに比べて重厚な雰囲気を放つ両開きの扉の二つ。

 特に迷うこともなく、不和は目の前の扉を押し開く。

 部屋の面積こそ軽く五倍はあったが、様相としては、不和が寝かされていた実験室とさして変わらない光景が広がっていた。

 わけのわからん数値を測定する機械類。大量のファイルや薬品のビンが収まったスチール棚、棚、棚。

 そして。

 不和が立っている出入り口の反対、向かいの壁一面に――大小様々な大きさのモニターが備え付けられていた。その近くには、パソコンのキーボードだけが十台ほど、ケーブルの先を壁に埋め込んだ状態で置かれている。

 エンターキーだけを順番に押してみた。

 コンピューターは休止状態にあったらしく、モニターのいくつかが文字を無数に羅列し始めた。

 

(この施設の見取り図でも見つかりゃあいいんだが、…………こういうのあんまし得意じゃねぇんだよなぁ。マウスもねぇみてぇだし)

 

 パソコンが得意な人間が見たらじれったくなりそうな、慣れない手付きで入力を繰り返していく。

 どうやらこの部屋は、名瀬がこれまで行ってきた実験データを保管するのと同時に、フラスコ計画の実験体達――『十三組の十三人(サーティン・パーティ)』の研究データも管理している、それなりに重要な部屋であるらしい。

 右上にあるモニターに、施設の全体図らしき画像が映る。

 時計塔の地下に建造された研究施設は全部で十三層からなる巨大なもので、ワンフロアに一人、それぞれ担当するメンバーが『住人』として研究を行っているようだ。あまりの規模に馬鹿馬鹿しくなってくるが、自分が地下四階にいて、地上まであまり距離がないとわかっただけでも良しとしよう――と前向きに考えることにした。

 名瀬を含め、理事長室にいた六人、それに計画から抜けた雲仙、さらには不和も知らなかった残りの六人の名前も正面のモニターに表示される。

 

(面白そうではあるが、じっくり見てるヒマはねぇな。このまま地上(そと)に出るとして、ぶつかりそうな奴の情報だけ(あさ)っていくとするか……)

 

 この時点で、地下一階と二階はめだか達が制覇してしまっているのだが、そのことを知らない不和は『四人』の詳しいデータを――主に弱点や付け入る隙がないかを――目を皿のようにして読破していく。

 

 高千穂千種。とにかく逃げる。

 

 糸島軍規。反則っぽいけど過負荷使用。

 

 古賀いたみ。スタミナ切れを狙う。

 

(ほいラスト――っつーかコイツと一番初めに当たる確率が高ぇんだよな。このフロアの住人だし)

 

 名瀬夭歌の情報をモニターに出して――

 

「……………………はぁ?」

 

 安心院不和は、動きを止めた。

 キーボードを叩く指も、思考も、呼吸すらも。

 それほどに、不和にとっては衝撃的な事実が、モニターには映っていた。

 名瀬夭歌のデータ――文体としてはカルテに近いが――とにかくその情報には、本人の有する異常性などが事細かに分析され、記載されていた。

 顔写真と共に(・・・・・・)

 さすがに、顔面包帯に短剣を挿したままの人相では、研究に支障をきたすと考えたのだろう。

 彼女は――名瀬夭歌は。

 黒神くじら(・・・・・)としての(・・・・)――素顔の写真を載せていた。

 

「……かっ、かは、かはははははははは、はぁっはははははははは!!」

 

 ――潰せるものなら、やってみなよ。

 不和の脳裏に、なじみの言葉が蘇る。

 

「はっはははははははは――――ぁあああああフザケんなぁ!!」

 

 吠え、叫び。

 不和は握った拳を、くじらの顔が映る画面――その隣にあるモニターに叩き込んだ。

 タイミングを計ったように、嘲笑うかのように、モニターの一つにある映像が流れる。

 くじらが、めだかと対峙している――そんな受け入れ難い()だった。

 

「潰してみろだと!? 何もかも貴女の掌の上じゃねぇか! 最初から、僕が、あいつのために! 自分から(・・・・)協力する(・・・・)と分かってて言いやがったな!?」

 

 唐突に。

 カクン、と。

 糸が切れた人形のようにだらりと腕を下げて、不和は俯いた。

 

「ああ、いいよ。あの時(・・・)と何も変わらねぇ」

 

 やがてゆっくりと、天井を見上げたその目には何も映ってはおらず。

 床に脱ぎ捨てられていた白衣を羽織り。

 両腕と顔を隠すように包帯を巻きつけて。

 

「過負荷として、悪平等として、貴女の最高失敗作として、そして何より、あいつが信じた僕としての有り様を貫いてやる」

 

 安心院不和は。

 忘れられた自分として、忘れられた約束を果たすために。

 幽鬼の如く、屍人の如く。

 友しかいない戦場に舞い戻る。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 攻撃を――受け止められた。

 くじらの横をすり抜けて突然現れた白い影に攻撃を受け止められたのだと、めだかは遅まきながらに理解した。普段の彼女ならば、乱入者が誰であるか即座に看破してはずだ。

 だが幸か不幸か、今の黒神めだかは普通(・・)の少女でしかなかった。

 

『ノーマライズ・リキッド』。

 

 前統括・黒神真黒が開発し、現統括・名瀬夭歌――いや、黒神くじらによって改悪された、異常者(アブノーマル)普通(ノーマル)化する薬だ。投与すれば全身を激痛が襲う副作用があるため、異常者(アブノーマル)にとっては劇薬と言ってもいい代物である。

 その効果ゆえに、めだかは上手く働かない頭を『普通』にフル回転させて、眼前に立つ乱入者が敵――『十三組の十三人(サーティン・パーティ)』の誰かであると『普通』に誤解し、『普通』に距離を取った。

 誰も動けない。

 動けない。

 めだかも、阿久根も、真黒も、古賀も、……くじらも。

 めだかの一撃を点滴台で防いだ何者かは、怪人と呼ぶのが相応しい風貌だった。

 裸の上半身に白衣を纏い、下は青い検査着、顔と両腕を包帯で隠した人物。素足のままここまで走り、その際に瓦礫で切ってしまったのか、()の足は血で染まっていた。

 

「…………誰だ、お前。どうしてここに居る?」

 

 くじらの言葉に、めだか達は目を見開く。

 敵でもなければ味方でもない。

 三つ巴の空気が漂う中、安心院不和は言う。

 いつものように、気怠げに。

 

「ここに拉致同然で連れてきたのはお前だろーが。つーかあの後、僕に何の薬打ちやがったんだ? 頭痛が全っ然治まらねぇんですけどぉ?」

 

「――っ!? お前!?」

 

「お――兄ちゃん?」

 

「その声、もしかして不和くんかい!?」

 

 三者三様の驚き方を見せる三人。

 古賀と真黒は驚きよりも戸惑いの方が大きいようで、呆然と口を開けたままだ。

 

「かっははははは、もしかしなくても僕だっつーの。お前らよりも一足早く乗り込んでましたって言えりゃあよかったんだけどなあ。けどまあ、生憎と今の僕は――」

 

 決して軽くはない点滴台を。

 まるでバットのように軽々と持ち上げて。

 まるでバトンのようにくるくると回転させて。

 

「これ以上ねぇほどに分かりやすい生徒会(おまえら)の敵だ」

 

 めだかを殴り飛ばした。

 単純に殴るのではなく、いつぞやの雲仙戦のように、点滴台の全体を使って弾くように押し飛ばした。

 

「さぁて、めだかちゃんに高貴、ついでに真黒(ヘンタイ)さん。それに古賀いたみちゃんに元・黒神くじら――現・名瀬夭歌ちゃん。各々言いてぇことは沢山ございますでしょうが、メンドイんで訊かれる前にお兄さんがお答えしまっす」

 

 瓦礫の山に背中から突っ込んだめだかを注視したまま、狂気を含んだ言動で誰彼かまわず威圧する不和。

 

「その①、なんで僕がここに居るのかー。さっきも言ったとおり薬でぶっ倒れて拉致られました。その②、どうして僕はめだかちゃんの敵になってくじらちゃんの味方になったのかー。それはとある御方との約束だからでーす。この件に関してはこれ以上はノーコメントで。その③、僕がこれから何をしようとしているのかー。これが一番重要っちゃあ重要です。とりあえず生徒会の連中がフラスコ計画の邪魔をしないよう適度に痛めつけます。反論も説得も受け付けませんのでそのつもりで」

 

 そこでグルリと首を回し、背後に立つ古賀と名瀬を見た。

 古賀はくじらを守るための盾となる位置で不和を睨み付け。

 くじらも古賀のフォローをするために注射器を装備する。

 互いに友を守ろうとする。

 そんな二人の様子に、覆われた包帯の下で満足げに微笑む。

 

「めだかさん、大丈夫ですか!?」

 

「問題ない。それよりも、だ!」

 

 めだかは瓦礫を押し退けながら立ち上がり、凛とした視線で不和を射抜く。

 矢のような視線も意に介さず、点滴台を肩に担いだ不和は笑う。

 

「それで、どうする? いきなり敵になったお兄さんと楽しく喧嘩するかい、めだかちゃん?」

 

「…………敵対する理由ならば聞いた。これから何をしようとしているのかも理解した。お兄ちゃんが私達の――生徒会の敵になるというのなら私は止めぬ。本音を言えば、一度手合せしたいと思っていたほどだ。正直、嬉しいとすら思っている。だが! 理不尽で醜い私の心を白状するのなら! 私よりもお姉さまに味方する貴方に! どうしようもない怒りを抱いている!」

 

 乱神モードは使えない。

 なぜなら今のめだかは『普通』だから。

 勝機はあるのか。

 あるとするのなら、それは、どちらにとっての勝機なのか。

 

「そうかい。……じゃあ遠慮なくかかって来な。駄々をこねた妹分に付き合ってやるのも、たまにゃあ悪くない」

 

 めだかは跳躍し。

 迎え撃つために不和は大きく振りかぶった。


 
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