プロローグ
辺りを硝煙の臭いが包んでいた。
常に聞こえる銃火の音と人間の悲鳴は、この場のBGMとして彼を興奮させていた。
ここは、戦場。
戦っているのは正規軍ではない。反政府組織と正規軍、それに傭兵だ。
「~~~~~♪」
その戦火の中、煙草をふかしながら暢気に鼻歌を歌っている青年が一人。二十歳はいっていないであろう、本来なら青春を謳歌しているはずのその傭兵の青年は、右肩に担いだ軽機関銃(LMG)、PKP ペチェネグの重さを感じさせる事無く岩に腰掛けていた。
(報酬は良いが…。如何せんワンパターンでつまらねえな)
彼は傭兵だが、大人数で部隊を組んでいる傭兵ではない。彼自身に指揮能力とが無いという点もあるが、彼は統率力…集団行動というのに非常に苦手意識を持っていた。
「何か面白え…いつもと変わった刺激的な生活はねえもんか…」
戦場の第一線にいる人間にこれ以上の刺激とは何かと問いたくなるが、その声に答える者がいた。
「ロバート・ヴァレフスキと言うのは貴様か?」
突如聞こえたその声に、青年は驚きに目を見開きながら腰のM29をコンマ数秒で構える。
「…テメェ何者だ?何故俺の名を知ってやがる?」
銃を構えた先にいたのは、パリッとしたスーツに身を包み、如何にも営業マンという風貌の男だった。ただ、革製であろう黒い靴は戦場(ここ)の影響か赤黒くなっていた。
「私が何故貴様の名を知っているのか、そんな事は些細な問題だ。私は貴様に協力をする者だ」
「あぁ?協力だぁ?」
問いを無視し、自分の用件のみを押し通してくる男に苛立ちながらも、一応は聞き返す。
「ああ。貴様に面白い物を見せてやろう、とな。我が主からの言い付けだ」
"面白い物"。それを言われ、彼の目に少しだけ妖しい光が射す。彼は面白い事に目がない。例えそれが人を殺める事であっても、世界を歪める事であっても。
「日本(ジャパン)は東京にある、東京武偵高。貴様はそこに所属してもらう。勿論拒否権はあるが、な」
既に答えは見えているだろうに、と男はわざと拒否も可能だという表現をする。
それに対する青年の答えは至極当然の事のようだった。
「…テメェの主だかなんだかが何者なのかは知らないが…、
"面白い"
やってやるよ」
ニヤリと、狂気の混じった笑みを男に返す。対する男は終始表情を変えることなく頷く。
「枠は2つ用意してある。貴様のパートナーと共に所属しろ。詳細は追って連絡する。今日のところは帰らせて貰おう」
ざっと踵を返し、弾が飛び交う戦場の奥……遥か彼方へと歩を進めていく。
「…アヒャヒャヒャヒャ!」
その男の後ろ、岩に座った青年は、両目を歪ませながら狂笑を上げる。その表情はとても愉しそうで、何度か目にした"武偵"という存在、未だ経験したことのない学校というものに、期待を持ったものであった。
狂い舞う彼の行く末には、元来とは異なる結果が待っている。だが、その結末を知る者は誰もいなかった。
「…そうか。あの贋物を予定通り誘導したか」
時を同じくして、男からの通信で先程の事を知った者がいた。
「計画通り…。ゲヒャヒャヒャヒャ!」
その笑いは何故か青年の物と酷似していて、薄暗がりに見える彼の表情は笑いにより邪悪に歪んでいた。
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戦場を駆ける傭兵の青年…後に紅月飛牙(こうづき ひゅうが)と名乗る男は、パートナーと共に東京武偵高へと転入してくる。
ただひたすらに面白いことを望む彼は、武偵という世界で何を見るのか?