No.446191

焦燥のウリエル

叶璃さん

1.しょう‐そう【焦燥/焦躁】  [名](スル)いらいらすること。あせること。

2012-07-05 01:29:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:589   閲覧ユーザー数:589

 

 それは普段温和な人物として知られる彼にしては珍しい光景。

 何をそんなにイラついているのか、先ほどから彼はその細く長い指で執務机をカツカツと叩いている。彼にしては到底似つかわしくない、足を組んで。

 そんな日頃の彼とは違う様子は小さな羽を生やしたグリゴリは怯えて近寄らず、部下でさえ尻込みをしてしまうほどに珍しい。

 既に今日持ち込まれた書類は数十という束になって部下たちの手元にある。が、上司の彼があの調子では執務室に持ち込むことすら躊躇われてしまうのだ。

 どうするべきかと悩みあぐねる彼らの元に救いとも呼べる男が訪れたのは数分の後の事。

 軽快な足取りと共に訪れた彼、ラファエルは同じエレメンツであるウリエルの執務室前で固まる部下たちに目を止めると軽く手をヒラつかせながら近付いた。

「よう、お前ら何してんだ?ウリーちゃん不在なの?」

 金の柔らかな髪をふわふわと揺らしながら問いかけるラファエルを見た部下たちは言うまでもなく、彼に助けを求めたのだった。

 

「ウリエル、入るぞ?」

 一つ声をかけると相手の答えを聞くより早く執務室の扉を開けてラファエルは中へと身体を滑り込ませた。

「え?…あぁ、ラファエル…何か?」

 考え事をしていたのであろうウリエルは相手の声に一瞬反応が遅れ、既にぱたりと扉を閉めている相手を見て小首を傾げた。確か今日は会議などもなく通常職務のはず。

「なんだよ、お友達の顔見に来ちゃいけないわけ?土産持ってきたんだけど」

「友達ではなく同僚です。俺は貴方と友人関係を築いた覚えはありませんよ。貴方の友人はミカエルでしょう?」

 土産という言葉に何か反応を見せるでもなく、辛辣に述べる相手を眺めてラファエルは小さな溜め息をつく。

 何かあったのだろうというのは今の彼の言葉で容易に想像がつくのだけれど、原因が何か、というところまでは推測がつかない。

「やけに機嫌が悪いな。ガブリエルになんかされたか?」

 思いつく原因は同僚の一人なのだが、問いかけに首を振るのみで彼は原因を口にする素振りすら見せない。

「なんでもありません、ガブリエルも関係ないですよ」

 取り繕ったような笑顔で誤魔化せると思っているのか、この少年は。

「ならその態度を改めろ。グリゴリをあまりビビらせるなよ、あいつら精霊天使はちょっとしたことですぐに消えるんだからな…」

「そんなに今日の俺はおかしいですか?彼女たち今日は全然こちらに来てくれなくて・・・」

 自覚がないのか、首を傾げながら尋ねられればラファエルは執務机に腰を掛け、彼の額を小突いた。

「おかしいんじゃない、機嫌が悪いんだろ。それを怖がって遊びたいのにグリゴリは扉の前で立ち往生だ」

「うぅん、後で謝らないと…。何かあったというわけじゃないんです、ちょっと…」

 そこで言葉を切るとまたしても笑って誤魔化そうとするつもりらしいウリエルにラファエルは何度目かの溜め息をつく。

「お前、俺をバカにしてんのか?あぁ?」

 口元を苛立ちの笑みで引き攣らせた彼はウリエルの頬を抓りこれでもかと引っ張る。痛みに顔を歪める少年を見下ろし、漸く解放するように手を離すと頬を押さえる相手が口を開くのを待った。

「…天下宮でちょっと。グリゴリが犠牲になっていて…。仕事で近くにいたこともあって駆け付けたんですが、時既に遅くて」

 ウリエルはグリゴリと仲が良い。彼女たちグリゴリはウリエルには必ず懐くし、ウリエルも彼女たちをとても大切にしている。

 犠牲、という言葉でラファエルは何となく、本当に何となくだが予想がついた。粗方グリゴリが下級天使たちの遊び道具に使われたのであろう。ウリエルはそれを直接目の当たりにしてしまった、というところではないだろうか。

「彼らにはそれなりの処分をしましたが、俺の中で整理がつかなくて・・・」

「お前はグリゴリに対して肩入れし過ぎなんだ。そんなのはよくあることだろう」

「でも、彼女たちに何の罪もない。遊んで捨てるだけなんて、天使のすることじゃないとは思いませんか?」

 天使は慈悲深い、なんていつの時代の話をしているのか。天下宮の下級天使にそれを望むなど無理な話だ。天界の最下部は荒れている。いや、廃れている、という言葉の方が正しいかもしれない。

 神が交代してからというもの、天界の衰退は著しい。いつ堕天使らに攻め込まれるかわからない状況とも言える。

「グリゴリに対してだけ言えば、ガブリエルより慈悲深いよお前は…」

 苦笑混じりにラファエルは呟いて机から腰を上げる。ウリエルはというとラファエルに話したせいか先程より落ち着いた、普段の彼と近い表情に戻っていた。

「いなくなったものは仕方がない。今は傍にいるグリゴリを大事にしてやれ」

「……そう、ですね。少し彼女たちと休憩してきます」

 未だ何か言いたげな顔のウリエルはそれを押し留めて笑みを口元に乗せると椅子を立ち上がり、扉の外に待つグリゴリたちの元へと向かう。

「ありがとう、ラファエル。友達思いな貴方が俺は好きですよ」

 扉を開ける手前、振り返ったウリエルはそれだけ言って出て行った。

 残されたラファエルは苦笑したまま彼を見送り、渡しそびれてしまった地上の土産を懐から取り出して手の内で持て余すと執務机の上に置いて執務室を後にした。

 

 

 

Fin.


 
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