No.444372

恋姫異聞録149  ― 日常と非日常 ―

絶影さん

朝、秋蘭が起こしに来ないとこうなりますw

今回から、少し拠点の話をさせて頂きます
呉の人との絡みと、季衣と流琉の話

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2012-07-01 21:40:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9927   閲覧ユーザー数:7096

時は遡り、美羽が雪蓮達と共に呉へ立って翌日の事

翠は、客室に敷かれた布団に包まり、静かな寝息を立てていた

 

「お姉様起きて、もう朝だよ」

 

「ん・・・んぅ・・・」

 

従姉妹である蒲公英に躯を揺らされ、ゆっくり瞼を開けて差し込む光を眩しそうに眉を顰める

差し込む陽の光に、そろそろ起きなければいけないと感じてはいるが、暖かく柔らかい布団の温もりが

翠の躯と心を離さない。後少し、もうちょっとだけこうして瞼を閉じて、柔らかい温もりに包まれていたいと思うが

蒲公英に布団を剥がされ、温もりを奪われた翠は、不満そうに上半身を起こして手を組み、躯を伸ばした

 

「う~ん、もう少し寝かせてくれたって良いだろう、どうせ後ニ日はゆっくりしていくんだから」

 

「何言ってるの、後二日しか無いんだよ?今日は、秋蘭お姉様が新城を案内してくれる事になってるんだからっ!」

 

ボーっと開けられた襖から見える庭から差し込む光を受けながら、大きな欠伸をしていた翠は、そうだったと

慌てて髪に櫛を入れて梳いていく。寝心地が良すぎたせいか少しだけ頑固なクセがついてしまい、何度か櫛を通すが跳ねた髪は戻らず

困り果てる翠を見て、蒲公英が湯を貰ってこようかと襖を開ければ、炊事を終えた秋蘭が様子を見に来たらしく蒲公英とぶつかりそうに

なってしまう

 

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

「かまわんよ。おはよう、よく寝れたか?」

 

「うん、おはようお姉様」

 

ふわりと身を躱し、蒲公英を受け止めて頭をなでて寝間着姿のまま鏡の前で慌てる翠の後ろに座り

化粧棚から取り出した香油を手に着けて、翠のクセのついた髪に馴染ませていく

 

「あ・・・」

 

「良い香りだろう?昭が私に買ってくれたものだ」

 

「うん、桃のいい香りだ。いいのか?」

 

「ああ、構わない。無くなれば、今度は一緒に買いに行く口実が出来る」

 

柔らかい桃の香りが気に入ったのか、それとも秋蘭に髪を梳かれるのが心地よいのか翠は、眼を閉じて素直に髪を

梳かされるままになっていた。蒲公英は、その様子を少々羨ましそうに見ながら、何故、客室に香油の瓶が置いて有るのか

聞けば、娘が間違って口にしないようにという最もな答えと、ある一部の部下達の身を守るためだと不思議な答えが返ってくる

 

「身を守るため?」

 

「此れは少々手に入りづらくてな、流行に敏感な者は、手を出したくなる」

 

「この香油、すっごい良い匂いだもんね。蒲公英も、あったらちょっと使いたいって思っちゃうから分かるかも」

 

先日、華琳が叱られた事を聞いたから理解出来たのだろう。部下に流行に敏感な者が居て、前に一度、秋蘭の持ち物で

昭からの贈り物につい手を出してしまい、先日の華琳のような目にあったのだと理解し、蒲公英は複雑な笑を浮かべていた

 

等と話しているうちに、翠の栗色の美しく長い髪は、彼女の特徴である牝馬のような美しい尻尾の形に纏められていた

 

「良し、此れでいい」

 

「有難う、秋蘭姉様。今日は、よろしくお願いするよ」

 

「ああ。だが、その前に少々頼まれてくれないか?」

 

香油の瓶を片付け、手ぬぐいで手に残った香油を落とす秋蘭は、良く見れば普段の旗袍(チャイナドレス)ではなく

引き締まった露出の少ない黒の長衣を纏っていた。普段、見慣れている様子とは違い、少々以外な印象を受けるが

此れは此れでとても似合っている。男装の令嬢と言う言葉がピッタリ当てはまる

 

「へぇ、なんか格好良いな」

 

「【ぱんつすーつ】と言うそうだ。すまないが少々呼び出しがかかってな、直ぐに戻ってくるから昭を起こしてくれないか?」

 

「兄様を?別に構わないけど・・・嫌なのか?」

 

大した事では無い申し出に翠は、二つ返事で頷くが、振り返れば翠にも分かる程度に秋蘭の眉が眉間に寄っていた

なんとも悲しげな表情と斜めに落とす目線に、何故か自分が悪いことをしているような気分にさせられてしまう

 

「自分で起こしたいなら、義兄様を起こしてから行けば良いんじゃないのか?」

 

「・・・そうしたいのは山々なのだが、歯止めがきかなくなる」

 

「歯止めって、どういう意味だ?」

 

「詳しくは、言えないが、私が昭を起こすのは少々時間がかかるのだ」

 

溜息混じりの酷く残念そうな答えで蒲公英は、なんとなく理解したのだろう

「これ以上は、無粋だよお姉様」と、首を傾げる翠の耳元で伝えれば翠は、やはりよく解らなかったのだろう

何を言ってるんだ?無粋?どういう意味だと蒲公英に聞き返し、説明に困った蒲公英が顔を赤くしていた

 

「良くわからないけど、そういう事ならアタシが義兄様を起こすよ」

 

「ああ、そうしてくれ。多分、二人では起こすことが出来ないだろうから、隣に・・・いや、今日は腹か、涼風を先に起こしてくれ」

 

「起きない?涼風を先に?なんだか良くわからない事ばかりだけど、まあ良いや」

 

「素直な義妹で助かる。直ぐに戻る、涼風の相手をしていてくれ。要件が済んだら街を案内しよう」

 

夫と娘をよろしく頼むと言い残し秋蘭は、襖を音もなくゆっくり開けてその場を後にした

行動の一つ一つがとても涼し気な義姉に翠は、少し自分も真似をしてしとやかになったほうが良いのだろうかと

一度、脱ぎ捨てた寝間着を綺麗に畳んで布団の端を揃えて押入れへ仕舞い込んでいた

 

「ど、どうしたのお姉様?そんな事したこと無いじゃない」

 

「うるさいな、アタシも少し義姉様を見習おうかと思っただけだよ。胸はって義兄様の妹だって言えるように」

 

「うん、蒲公英は、すっごく良いことだと思うよ!お義兄様もきっと喜んでくれるよ」

 

珍しく、誂うわけではなく褒める蒲公英に調子を崩したのか翠は、頬をポリポリと掻き特に言い返しもせず

鏡の前で自分の衣装の着付けを見て、身だしなみを整えて部屋を後にした

 

後から着いてくる蒲公英は、義兄と知り合い兄妹になってからお姉様は見違えるようになったと

少し広くなったように感じる翠の背を見て誇らしい気持ちになっていた

 

廊下を通り、客間から出て突き当りを左に曲がり、二部屋目が義兄夫婦の寝室。右隣は、義姉である春蘭の部屋、左は衣装部屋

因みに、突き当りの書斎は、軍師でありこの家に居候として滞在している風の部屋、書斎の隣は義弟一馬の部屋である

真桜の(最近は、凪達も寝泊まりしている)部屋は、春蘭の部屋の真正面に位置している

 

どうもこの家は、魏の将達が足を運び好き勝手に寝泊まりしているようで、一言で言えば溜まり場

最初は、この家の特殊な状況に面食らっていた翠達だが、段々と理解し、最後は、皆家族なのだから当たり前かという結論に達し

家族ならば、家に返ってくるのは当たり前で、皆で食事を取るのも当たり前。何らおかしいことは無いのだと納得していた

 

「義兄様、入るよ」

 

「おはよー」

 

襖を開ければ、畳に布団を川の字に並べて大の字で寝息を立てる昭の姿

腹の上には涼風が全く同じに、大の字に両手両足を広げて寝息を立てていた

 

「そっくりだね」

 

「流石親子だなー」

 

翠達は、初めてこの家に来た時、靴を脱いだのも驚いたが、寝台が無く、布団を畳に敷いて寝るという変わった寝方に一番に驚いていた

今まで経験したことが無い、地面のように足で歩く場所に寝具を敷いて寝ると言う、何か悪いことをしているような

不思議な感覚に加え、畳の良い匂いに一度ためしてみたところ病みつきになってしまい、寝起きが辛くなっていた

 

「寝台から落ちないってのは、良いよな」

 

「そんなのお姉様だけだよー」

 

「なんだと?」

 

余計な一言に翠は、握りこぶしを顳かみにグリグリと押し当て、蒲公英が悲鳴を上げる

涙目で二人が驚いちゃう!と訴え翠は、そうだったと拳を離して二人に振り返るが変わらず静かな寝息を立てていた

 

「肝が太いっていうのか凄いな、結構大きい声だったのに」

 

「もー!酷いよー」

 

頬を膨らませ、抗議する蒲公英を他所に翠は、昭の肩を叩くが一向に眼を覚ます様子がない

少々力を入れて揺さぶっても眼を開ける事はなく、仕方なく頬を軽く叩くが死んだように眠ったまま起きる事がない

 

「お・・・起きないぞ。結構、強く揺さぶったんだけど」

 

「うん、っていうか代わりに涼風が起きちゃったね」

 

強く揺さぶったせいだろうか、腹の上で眠っていた涼風が眼を覚まし、両手で眼を擦りながら欠伸をしていた

二人がおはようと挨拶すれば、ボーっとしたまま挨拶を返して「おかあさんは?」とキョロキョロ周りを見ていた

 

「義姉様は、小用で宮へ行ったよ。直ぐに戻るって」

 

「ふぁ~・・・ぅん」

 

「所で、お義兄様が起きないんだけど」

 

依然として眼を覚まさず、涼風が起きた事だしとガクガクと強く揺さぶるが決して眼を覚ます事はなく

もしかして、本当に死んでるのかそれとも変な病にでもかかったのか?と心配したが、義姉の言葉を思い出した翠と蒲公英は

涼風に義兄を目覚めさせてもらおうとするが、涼風は忽然と消えていた

 

 

 

 

「あれっ!?何処行ったの?」

 

「さっきまで居たのに、寝間着のまま何処に行ったんだ」

 

とりあえず、年齢以上にしっかりしている涼風なら変な事はしないだろう。もしかしたら小用かも知れない

先に義兄を起こそうと再度、躯を揺さぶり耳元で名を呼ぶが、反応が一切無く寝息が聞こえるのでとりあえずは

生きているとだけ確認した二人は途方にくれていた

 

「どうしよう、涼風も何処か行っちゃったし」

 

「義兄様・・・」

 

仕方が無いから涼風を待つしかないと二人は、義兄が寝息を立てる隣で座っていれば、勢い良く襖が開けられ

現れたのは服を着替えた涼風。手には濡れた手ぬぐいを持っていて、どうやら顔を洗ってきたのだと理解した二人は

早速、義兄を起こしてもらおうと涼風を呼ぶが、涼風は、何か鼻歌を歌いながら手ぬぐいを振り回し

 

「お~らぁ~っ!!」

 

仰向けで寝息を立てる昭の額に目掛け、ヘッドドロップをぶちかます

真横に立ち、倒れこみながら涼風の額がモロに昭の額に直撃し、「ぬんっ!?」と不思議な音を立てて昭は衝撃に身悶えていた

 

「えっ・・・」

 

「・・・」

 

ジタバタと額を抑えて、突然襲う衝撃に転がる昭の横で、呆気に取られる翠達にアピールをする涼風

更には、うつ伏せで苦悶の声を漏らす昭の背に足を乗せて更に勝利のアピールをすれば、襖から滑りこむように沙和がカウントを始める

 

「わーん、なのー!」

 

「えっ!なになにっ!?」

 

「なんだ、何が始まるんだっ!?」

 

急な展開についていけず意味が解ら無い翠と蒲公英は、突然入ってきた沙和に戸惑うが、二人の戸惑いなど関係なく

開かれた襖から更に何やらちゃぶ台を持つ真桜と凪が部屋に入り、翠と蒲公英の隣に座る

 

「いやー始まりましたなー、第47回起床ぷろれす。今回は、解説に魏軍歩兵部隊隊長の一番槍、楽進将軍に来ていただいとりますー」

 

「どうも」

 

「開始から【へっどどろっぷ】とは、なかなかの奇襲ですがどうですか」

 

「隊ちょ・・・ゴホンッ。対戦相手のだんすきんぐ選手の弱点を突く素晴らしい攻撃だ、今までの戦いが十分に生かされている」

 

「全くですねー。目覚めの一発が硬い額での一撃とはー、対戦者のだんす選手はこのまま決まってしまうかもしれませんねー」

 

「最悪は、その可能性もある。回避不能の寝込みを襲った素晴らしい攻撃、試合巧者だと言えるだろう」

 

「なるほどー。おーっと此処で、沙和ぁっとちゃうかった。れふりーから三つ目のかうんとがー」

 

三つ目のカウント、沙和が畳を叩く瞬間、昭は躯を捻って涼風の足から脱出すれば沙和は、滑るようにギリギリで畳を叩かず

立ち上がってカウントは二つだとアピールする

 

「おーっと返したっ!かうんとは二つですっ!!流石、魏の中でも耐久度に定評のあるだんすきんぐ選手、一撃で決められなかった

さんだーくらうど選手は体格差があるため厳しい試合になりそうですなー。どうですか凪さん」

 

「その通りだ、体格差がある以上、隊ちょ・・・だんす選手に有利。だが、だんす選手は、さんだーくらうど選手の動きが

読めない。勝つならば体躯を生かし疾さで攻めるべきだな」

 

「っと!早速おかえしだとばかりに、小ささと速度を生かせぬままだんすきんぐ選手に捕らえられるくらうど選手

そのまま肩に担がれー【かなでぃあんばっくぶりーかー】の体勢だー!」

 

涙目で起き上がった昭は、涼風が頭突きを食らわせたのだと判断し、足元の布団を引っ張り転がして捕まえ

仰向けで肩に担いで上下に優しくユラユラと揺さぶっていた

ガクンガクンと揺さぶられ「にゅあーっ!!」と変な声を出して眼を回す涼風

 

「先ほどの攻撃のお返しだ、どうだ、これでこのまま決めてやる!そう言わんばかりの猛攻だーっ!」

 

「これはマズイな、早めに脱出を決めなければ、このまま布団に沈む事になる」

 

「そうこうしているうちにー完全に眼を回したくらうど選手!三半規管を壊し、更にはお前の頭も破壊してやると

頭を下に向け、高角度から【ですばれーぼむ】の体勢だーっ!!」

 

抱え上げ、涼風を逆さまに持ち上げてゆっくりと布団に、ふわりと寝かせようとする昭

だが、ここで眼を回したままの涼風は、隣の部屋に届くよう叫び声を上げた

 

「おねーちゃーんっ!!」

 

「応っ!!」

 

呼び声に応えるように襖から飛び出し、最早ついていけない二人の横を通り過ぎ、低空ドロップキックを昭のくるぶし辺に放ち

落ちる涼風をキャッチして立ち上がるのは、隣の部屋で今まで寝ていた根巻き姿の春蘭。涼風の声に反応し、即座に起床して

隣の部屋へと駆け込んできた

 

「悲痛ならいばるの叫び声に応え、颯爽と鋭い剣をきんぐのくるぶしに突き立てたのは、びゅーてぃふるくれいもあ選手!」

 

「足元を掬うように放たれた文句のつけようが無い攻撃だ、何時見てもくれいもあ選手の攻撃は美しい」

 

「何時もは、らいばるとして意識しあっている二人ですが、らいばるの窮地によって結ばれましたねー。私以外に倒されるなと

言うことでしょうか、以外な組み合わせ、新たなたっぐの誕生ですなー」

 

「今後の試合展開に期待しよう」

 

眼の回った涼風をゆっくり布団に座らせ、転倒してヨロヨロと起き上がる昭に猛然と突撃を開始する春蘭

 

「早速攻撃に移るくれいもあ選手。彼女の攻撃は、美しく隙がありませんねー」

 

「全くだ、だが今度は、試合が解らなくなったな。さっきは、何方かが波に乗れば一方的に終わる試合だったが今回はそうじゃない」

 

「ほう、といいますと?」

 

「組み合いは、以前一馬が四手を組まれ、握力に屈して試合を決められていた。覚えているか?」

 

「確かに、あの時は、手を握り潰され膝を着いた所に頭突きが入り、そのまま【たいがーどらいばー91】で布団に沈みましたからねー」

 

「そのとおり、多彩な技をもつきんぐ選手は、四手を組めば幾らでも試合を覆せる。要注意だ」

 

しかし、その心配を他所に春蘭は、昭の差し出した手を払わずガッチリと組んでしまう

 

「おーっと!出された手を素直に掴んでしまう、これはくれいもあ選手、自爆か死出の旅路に一歩ふみこんだかーっ!?」

 

「なにっ!?」

 

「此れは予想外っ!手を組んだ瞬間、くれいもあ選手の頭突きときんぐ選手の頭突きが激突っ!互角に思われた攻撃は

くれいもあ選手に軍配が上がったーっ!!」

 

組んだ瞬間、頭突きを放つ昭に合わせ春蘭は、思い切り首を後ろに振りかぶり、昭の額目掛けて自分の額を叩きこめば

弾けるように昭は、眼から涙を流してのけぞった

 

「どういう事でしょうか凪さんっ!」

 

「あの一瞬、先に攻撃を加えたくらうど選手と同じ場所を狙ったんだ。蓄積された衝撃に、きんぐ選手は

耐えられなかった。流石だ、なんと美しい攻撃をするんだ」

 

「なるほどー、ここでフラフラと体制を崩すきんぐ選手!くれいもあ選手は、相手のまたの間に腕をいれて高く持ち上げるー!

おーっとこの体勢はっ!得意技の【ぱわーすらむ】だーっ!」

 

股の間に腕を入れられ躯を逆さにされて抱え込むと春蘭は、昭の躯に自分の躯を乗せて布団へと叩きつける

春蘭の体重と勢いで押しつぶされた昭は、口から再び変な音を出していた

 

「得意技が炸裂するも、だんすきんぐ選手、伊達に魏で一番の耐久力と呼ばれていない!

笑う膝を押さえつけ、膝を着いて状態を起こすーっ!」

 

「駄目だっ!隊長っ!!」

 

膝をついて躯を起こし、フラフラになりながら息を整えている所に、回復した涼風が昭の膝を踏み台に飛び上がり

今度は、額に膝を叩きこみ昭は、ゆっくりと布団に沈んでいった

 

「決まったっ!今度こそ文句なしに、きんぐ選手の意識を断つくらうど選手の得意技っ!【しゃいにんぐ・ういざーど】だーっ!!」

 

「おおおおっ!」

 

「くれいもあ選手が流れるよう【ふぉーる】!そこに、すかさずれふりーがかうんとをーっ!!」

 

「わーん、つー、すりーなのーっ!!」

 

崩れ落ちた昭の肩を春蘭が布団に押さえつけ、涼風は腹にダイブを決めて、スリーカウント終了後に

昭を足で踏みつけ、勝利のポーズを決めていた

 

「いやー、いい試合でしたー。新たなたっぐの誕生と共に、新たな連携技の誕生!私たちは歴史の証人となりましたねー!!」

 

「確かに、今後もこのたっぐには、目が離せないな」

 

「本日の試合は、魏国新城夏侯邸特設りんぐにてお届けいたしましたー。それでは皆様さようならー」

 

手を振りながらちゃぶ台を持って、部屋を後にする凪と真桜

その後を勝利者の手を掲げる沙和と、肩に涼風を乗せた春蘭が部屋から出ていき、残された翠と蒲公英は、互いに顔を見合わせ

布団で再び深い眠りに着く義兄の躯を揺すっていた

 

「だ、大丈夫?生きてるお義兄さま?」

 

「お姉様、あまり動かさない方が良いんじゃ無いかな・・・」

 

起こしに来たはずが何故こんな事になったと二人は混乱し、気絶する昭を起こそうにも、もう一度涼風を呼べば

同じことが繰り返されるのでは?と呼ぶに呼べず、途方に暮れていた

 

その後、秋蘭の作りおきした食事を居間に出し終えた凪達が、涼風と一緒に部屋で膝を抱える翠と蒲公英の元へ訪れ

倒れる昭の腹の上に涼風を置き、涼風は昭の頬をピタピタと触ると直ぐに眼を覚まし、翠と蒲公英は最初からそれで起こせばいいのにと

凪達に伝えれば、真桜がそれでは面白くないし、此れが隊長と涼風の遊び方だと言われ、二人はとりあえず頷くしかなかった

 

 

 

 

 

額を押さえつつ、何処かにぶつけたか等と言って、記憶が無いのだろうか昭は、涼風を膝に乗せて食事を取り

春蘭は、食事もそこそこに着替えを済ませて仕事へと向かい、凪達は食事をとった後、片付けを済ませてそのまま居間に残っていた

 

「今日は、秋蘭様と出かけるんやなかったん?」

 

「聞いてないか?朝、小用が出来たって宮に行ったよ」

 

「隊長、良いのですか?」

 

どうやら重要な話が有るようで、昭は皆を此処に集まるように言っていたらしい

翠は、そういう事なら少し外そうか?と申し出るが昭は、別にかまわんよと言って

膝で父の赤くなった額をさする涼風を翠の膝へと移していた

 

「大事な話ってなんなのー?急にそんな事言うから、沙和すこしだけびっくりしたのー」

 

「そうやな、あんま隊長はそういう事言わへんから」

 

「何か、私達が大きな過ちでも犯したのでしょうか?」

 

少し緊張気味の三人に昭は、そんなに緊張するな失敗などしていないと茶を啜り、三人の顔を一人ひとりよく見て

何処か柔らかい雰囲気を纏う

 

「お前達、戦が終わったらどうするつもりだ?」

 

「戦が終わったら、ですか?」

 

「そうだ、無論負ける等と考えはしない、だが何方にしろ俺達は生き残ればこの先の人生を歩むんだ」

 

昭が言うのは、勝つにしても負けるにしても何も無いでは、路頭に迷うだろう

戦うことしか出来無いと言うなら、警備隊に残る事も良いと思う。だが、本当にそれで良いのか

自分のしたいことは、心の中で思っている夢と言うのは無いのだろうかということ

 

これから先のことを質問され三人は、顔を見合わせて不安な顔をしてしまう

もしかしたら隊長は、自分達を煩わしく思っているのでは無いのだろうか、それとも躯が消えると言うことを

今でも危惧していて、自分達に道を残そうと考えているのではないかと

 

「勘違いしないようにはじめに言っておくが、お前達が煩わしいなんて考えていない」

 

「では、隊長の躯のことでしょうか」

 

「ああ、其れもあるが、次の戦で俺は絶対に生き残るなんて保証は無い」

 

急に何を言い出すのですかと三人は、昭に飛びつくように身を乗り出して言葉を荒げるが

そんな三人を見て昭は、嬉しそうに口元を緩めて三人の頬を順番に撫でていく

 

「落ち着け、そしてよく考えろ、人生は何が起こるか解らない。もしかしたら、今日警邏をしている時に

暴漢に刺されて死ぬかもしれない。急に病にかかり、病の床で死ぬかもしれない。もしかしたら馬に蹴られるかもしれない」

 

「そんなこと絶対にさせないのー」

 

「有難う。だが、何事も絶対は無い。だから、お前達が道を決めていないなら、少しだけ俺が用意した道を歩いて欲しいんだ」

 

優しく落ち着いた雰囲気に感化され凪達は、少し目を伏せて不安が心を襲う

見えない未来、自分達の思い等考えず唯、がむしゃらに走ってきた。其れも全ては魏の為、王のため、目の前の尊敬出来る人の為

此のままずっと続くと思っていた生活。だが、目の前の大切な人は、続きなど無い。必ず終わりが来ると言っている

勿論、三人はこの時間が永遠等と考えたことはない。だが、生き続けている限り続くものだと思っていた

 

「戦が終われば私達に、軍を離れて勝手に暮らせと仰るのですか?」

 

「いや、違う幸せ、違う道を求めて居るかもしれないと考えただけだ、例えば真桜なら絡繰が好きだろう?」

 

「ウチが絡繰で食っていけるような道ってこと?そりゃ、あったら嬉しいけど、ウチの絡繰は、隊長や華琳様しか認めてくれへんよ」

 

「魏には相当知れ渡っている。真桜の腕を買いたいと言う人間は幾らでもいるだろう

沙和なら、女の子らしく服屋なんてのも興味有るんじゃないか?」

 

「あるけど、でもでも・・・そんな事いったら寂しいのー」

 

益々顔を俯かせる三人に蒲公英は、此処に居たら気まずいというか、お邪魔になるかもしれないと思ったが

翠は、義兄の言葉に真剣に耳を傾けていた。自分には、戦が終わった後に何があるのだろうか。西涼の復興や諸侯の意志の統一等

やることが沢山ある。だが、負けたときはどうするのだろう、まだ戦い続けて行くのだろうかと

 

「私には、戦うことしかありません。沢山の事を経験させて頂きましたが、私にはやはりこの拳をもって国に皆の役に立つことしか

お願いです。隊長の用意した道を教えてください、きっと私は貴方の用意された道ならば、真直ぐ歩めると思います」

 

「凪ちゃん・・・沙和もなのー!真桜ちゃんも、三人一緒にっ!」

 

「・・・ウチは、隊長の道を聞いてからや。其れが納得いかんもんやったら断る」

 

悪いな、変な申し出だったら幾ら隊長の言葉でも聞けないと言う真桜に沙和は、手をあわせて少しだけ眉を寄せて悲しそうな

顔をすると真桜は、三人一緒なのは、何時でも変わらない。だけど、隊長が死ぬ前提の話は簡単に頷けないと言い

沙和は、少しだけ表情が和らいだ。其れを見て昭は、一呼吸置いて眼を閉じた

 

「俺が用意した道とは、軍をそのまま続けることだ。外敵は幾らでも居る。だが、外敵から皆を守る事だけが目的の軍ではない

俺は軍を作り替える」

 

「作り変えるっ!?軍をですかっ!」

 

「そうだ、主な目的は、民の幸せを守ること。敵は人だけじゃない、自然災害を敵に戦う。飢饉や飢餓、洪水、旱魃、地震

台風、あらゆる民の障害となるモノが敵となる」

 

自然災害を敵に戦うと言う昭の言葉に二人は言葉を無くす。一体どういう事なのだろう、想像つかない

敵が人であるならば、剣を持ち撃ち倒せばよいだけ。だが、飢饉や洪水などどうやって戦うのだと

だが、一人、真桜だけは理解を示し、難しい顔をして顎に手を当て、次にニカッと笑ってみせた

 

「そか、そんならウチの絡繰も必要となる。掘削や、鉱山事故なんかで使う組み木や、工作機械を創りだすんがウチの仕事や」

 

「その通りだ、戦うは災害や事故だ。救うのは、被災者達。凪の気硬術は、素手で岩を砕き木を切り裂く。倒壊した家屋から人を

救うのに、此れほど適した人材はいない。そして沙和、お前は覚えた気功術がある。衛生兵を引き連れ、負傷者を回収、治療の指揮を

取ってもらう。真桜は、お前が言ったとおりだ、工作兵に掘削機等の使用法を習得させ、落盤事故や治水に役だってもらう」

 

災害との戦い方を一人ひとり指示し、目的を述べれば三人の顔に力がみなぎる

 

【此れにより、俺達の軍隊は、世界で一番人を救った軍隊となる】

 

そして、最後の言葉で凪は拳を思い切り握りしめ、歓喜に震えていた

この拳が、血に染まり乾くことのなかった拳が、人を救うために使われることになるのか!何と素晴らしいことなのだろう

やはり、私が望んだこの人の用意する道は間違って居ない、私はこの為に生まれて来たのだとボタボタと涙を落とす

 

「沙和、お前は更に医療術を学んでもらう。あと、服をもっと追求してくれ。頑丈で破りやすく、包帯の代わりを熟すような物を

作って欲しい。美羽に言って、麻や綿を用意させる。真桜も同じだ、更に絡繰を研究してくれ、少ない氣でも稼働させられる

小型の螺旋槍を作ってくれ」

 

「いきなり無茶言うなー、でもエエで!そんだけウチの腕を見込んでくれとるんやろ、職人冥利に尽きるわ」

 

「沙和も沙和もー!衣装を考えて、いろいろ作っての構わないのなのー?」

 

勿論だ、その為の金は出すし、適した職人も用意させる。との答えに沙和と真桜は大喜びで、歓喜に震えていた凪を抱きしめていた

 

「そんで、その新たな軍隊の隊長は、勿論、隊長やろ?」

 

「いや、春蘭にやってもらう。もう既に、俺の知識を少しずつ春蘭に教えている。皆が迷うような時も、即断出来る春蘭の胆力は

此処ぞと言う時に力強く、皆の士気を鈍らせることはない」

 

「えっ!それじゃ、隊長はどうするのー?まさか消えるとか思ってないのー?」

 

心配する三人に昭は、柔らかく笑を作って仕方がない奴らだと乗り出すように顔を近づける沙和の額を軽く指で弾いた

 

「警備隊はどうするんだ、自衛隊を作った後も、警備隊は在るんだ。お前達にも力を貸してもらうぞ」

 

「あ、そうかなのー!」

 

「新たな軍の名は、自衛隊と言うのですね」

 

「そうだ、既に華琳に話は通してある。装備に関しても、追々、真桜に竹簡で渡しておく。訓練に関しては詠に

統括するのは春蘭だ。何かあれば、俺の警備隊と連携をとらせ、他国へ派遣することもある。念頭に入れておいてくれ」

 

魏だけではなく、呉へも派遣するほど活動範囲が広いことを伝えれば、本当に人を救うための部隊なのだと三人は改めて

顔を引き締めて昭の言葉を拝命する。自分達は、戦が終わり次第、新たに設立される自衛隊に所属し、民の幸福の為に戦うと

 

「勿論、警備隊の訓練や警邏も任せて欲しいのー!」

 

「せやな、警備隊はウチらの居場所や」

 

「隊長の部下であることは、どんな事が起きようとも変わりません」

 

期待しているとの言葉に三人は頷き、一斉に礼を取って昭に敬意を払う

三人を見てゆっくりうなずき、安心したように小さく溜息を着く昭を見て蒲公英は、本当にお義兄様は、普通の人が

考えないような事を考えるのだと感心していたが、隣で昭の顔を見詰める翠は、違う思いを抱いていた

言葉を聞いて何故か翠は、何か不安というか小さい焦燥を感じてしまう。そういえばあの時見た義兄の躯が消えるのは一体何だったのか

上半身が消え失せ、反対側の景色が見える等、今まで見たことがない。黄金に輝く躯の傷もそうだ、取り出した軟膏のようなものを

腕に塗った瞬間、消え失せた躯が元に戻り、金色の亀裂が義兄の躯を包んでいた

 

何か関係が有るのか、そう感じたが、義兄の変わらぬ様子に言葉だけで不安を感じてしまう等とおかしな事だ

此れは聞かなかったことにしよう、何方にしろ魏にいる間の事は決して誰にも話さない。勿論、朱里にだって話すことはない

本当ならば自分は、此処に居るはずがないのだ。密偵でも、此処に居ることは出来はしないはず。義兄の眼から逃れる事など

そうそう出来る訳が無いのだからと翠は、小さくくびを振り膝の上の涼風の頭を撫でた

 

「改めてよろしく頼む、それでは解散だ」

 

「今日は、沙和が夜勤やったな。寝とかんと大丈夫なんか?」

 

「うん、前にお友達になった娘の所にいくのー。おばあちゃんに刺繍を教えてもらうのー」

 

「この間、服に入れてもらった刺繍は綺麗だったな、鷹の刺繍、また入れて貰って良いか?」

 

小気味よい返事をして再び礼を取り、立ち上がった三人はそれぞれに仕事へと向かい、昭は涼風の頭を撫でて

戸棚から竹簡を幾つか取り出していた。どうやら、昭もこのあと直ぐに仕事へ向かうようで、立ち上がって外套を羽織

涼風を抱き上げて頬を擦りつけていた

 

「義兄様もお仕事?」

 

「ああ、明日は最後だ、一日お前達に付き合う。一緒に街を回れたのは一度だけだからな」

 

「もしかして、それで朝から仕事しにいったり、帰り遅くなっちゃったりしてる?」

 

返事をせずに微笑む昭をみて蒲公英は、ごめんなさいと謝るが、首を振って蒲公英の頬を指先で撫でて

「気にするな、妹達と遊びたいだけだ」と言っていた。翠も、同じように「ごめん」と言っていたが

涼風が昭の真似をして「きにするな~!」と答え、昭は涼風の頬に自分の頬を当てていた

 

「遅くなった、もう鐘が十、鳴ってしまったな」

 

「お帰り、出かけてくるよ」

 

「ただいま、似合っているか?」

 

屋敷に戻り、昭の姿を確認した秋蘭は、黒のパンツスーツを袖を掴んで広げ、次に腰に手を当てて回転してみせた

昭は、良く似合っている。何を着ても、秋蘭は綺麗だよと答えれば、嬉しそうに涼風ごと昭を抱きしめていた

 

「世辞ではないだろうな」

 

「そう聞こえるかい?」

 

「いいや、昭は私に嘘をつかない」

 

頬を少し染めて、満面の笑を見せる秋蘭に、翠と蒲公英は鼓動が少し早くなっていた

見たことがない、美しく喜びに溢れる笑。人を愛するというのは、此れほど人を美しくするのかと二人は見惚れて居た

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

そんなふたりを他所に昭は、涼風を秋蘭に預けると屋敷を後にし、兵舎へと足を向けた

 

「では行くか、着替えてくるか少々待っていてくれ」

 

「えっ、あっ、う、うん」

 

「着替えちゃうの?」

 

少々残念そうに、スーツ姿の秋蘭を見ていたが、秋蘭は「すまない、あまり汚したくないんだ」と片目を瞑り

人差し指を口元に当てる。昭に褒められたのが嬉しかったのか、秋蘭は少し茶目っ気のある返事をしてみせ

蒲公英は再び跳ね上がる心臓の音に顔を手で扇いでいた

 

「秋蘭お義姉って、綺麗で可愛くって、大人っぽい所もあって落ち着いてて・・・なんかズルイよね」

 

「そ、そうだな。完璧ってああ言う人の事を言うんだろうな。アタシには無理だ」

 

料理も出来るし、このクマのぬいぐるみも作ったらしいと、華琳が抱きしめていたぬいぐるみを抱き上げて

同じ女性だというのに歴然とした差に翠は、大きく肩を落として溜息を吐いていた

 

「涼風も、大人になったら義姉様みたいになるのかな」

 

「きっとそうだよ、もしかしたらお義兄の娘だから、もっと美人で大人っぽくて礼儀正しくって」

 

「だめだ、落ち込んできた。今日は、少しでも義姉様に学ぼう」

 

二人の決意に良くわからない涼風は、首を捻ってニコニコしていたが、直ぐに着替えを済ませた秋蘭が

翠の膝の上に座る涼風を抱き上げた

 

「さあ、行こうか」

 

「うん、今日は宜しくお義姉様」

 

「何処に連れて行ってくれるの、秋蘭お義姉様」

 

「そうだな、私が休日に廻る順路で良いか?食事をして、風呂に入って、甘いものを食べて、躯を整体で解してもらうんだが」

 

甘いものっ!?と食いつき、直ぐに行こうと玄関に走る蒲公英。其れをみた翠が、義姉様になるのは道が険しそうだ

お互いにと、同じように高揚している自分の心に呆れて頭を掻き

 

まあとりあえず、秋蘭義姉様を目指すのは、今日と明日を楽しんでからでも良いか、と自分を納得させると

翠も同じように玄関に「待てよ、蒲公英」といって追いかけていた

 

「さて、私の案内で楽しんでくれれば良いが」

 

「だいじょーぶだよー」

 

「そうだな、昭の妹だ。なんだって楽しんでくれる」

 

うん!と頷く涼風の頬に、自分の頬を寄せる秋蘭は、子供のようにはしゃぐ二人の妹を見ながら

姉が二人増えたようだと微笑んでいた


 
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