No.443379

Open Your EYES

「絵描きさんや立体の人は途中経過をよく出すけど、文章書きは出さないよね」

 という話があったため、世界観設定、登場人物、プロット、初稿→調整中→公開 など、普段どんな流れで文章を作っているかを一式まとめて公開してみよう……という企画を立ち上げて作ったお話です。単発。

 その時の作成記事はこちらにありますので、良かったらどうぞ。

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2012-06-29 21:25:03 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:445   閲覧ユーザー数:445

 

「絵描きさんや立体の人は途中経過をよく出すけど、文章書きは出さないよね」

 

 という話があったため、世界観設定、登場人物、プロット、初稿→調整中→公開 など、普段どんな流れで文章を作っているかを一式まとめて公開してみよう……という企画を立ち上げて作ったお話です。単発。

 

 その時の作成記事はこちらにありますので、良かったらどうぞ。

 http://labcom.exblog.jp/15663663/

 

 豪、という轟きは、辺りを舐め尽くす紅の炎の舌の這いずりか、崩れ落ちる構造材の断末魔か。

 少女が恐れに閉ざしたまぶたの向こう。

 視界を赤く染めるそれは……今はもう、無い。

「目を、開けて」

 声だ。

 燃えさかる炎の音でも、屋敷の崩れる音でもない。

 優しい、穏やかな、人間の声。

「目を開けて」

 怯え竦んだ心をじわりと溶かすその声に、娘は恐る恐る目を開ける。

「……っ!」

 そこにあるのは、巨大な影。

「大丈夫だよ。助けに来たんだ」

 背負った炎の影で、相手の顔は良く分からない。けれど救助用パワードスーツに身を包んだそいつは、娘の足を挟み込んでいた瓦礫を易々と取り除き、小さな体を優しく立ち上がらせてくれた。

「なら、行こう」

 

 二人が走り出した背後に響き渡るのは、全てが燃え尽き、崩れ落ちるさらなる轟音だ。

 

 

●Open Your EYES●

 

 

 見上げた空は、どこまでも青い。

 雲一つ無い青空に伸びるのは、古びた鉄に覆われた無数の塔だ。

 大地からまっすぐにそびえ、時折左右に分岐を伸ばすそれらは、さながら荒野に広がる針葉樹の森。

 だが、そこは死の森ではない。

 塔の間を飛び交うもの。

 塔の壁面階段を歩くもの。

 塔の階層部分に暮すもの。

 いずれも人だ。

 この巨大な塔を我が家、我が街とする、人間達。

「ナナ。どう? 何か視える?」

 そんな古鉄の針葉樹林の一角に生まれたのは、少女の声。

 塔の周りを飛び交う、小さなひとつ。

「……異常なし。周辺に火災はありません」

 飛行機能を組み込んだ、サイドカーに似た機械である。ハンドルを握る小柄な娘の問いに、助手席に腰を下ろした少女がぽつりと返答を寄越す。

「OK。なら、次の層に行こうか」

 エンジンを軽く吹かしたその時、飛んできた声は空の彼方から。

「やっほー! ワンコー!」

 見かけよりもはるかに離れた、塔と塔。その間を行き来出来る数少ない交通手段として、タクシーがある。

「マトじゃない。どしたの?」

 小柄な車体の運転席から手を振っているのは、さらに小柄な女の子。

「ワンコにおみやげがあってさ! 会えて良かった!」

 空中で制止したサイドカーの脇にタクシーを停めると、運転席のマトは機械の手で小さな包みを差し出してみせる。

「これって……」

 受け取った包みの中にあるのは、パックに入った菓子だった。フタには青い魚に似た生物のイラストが描かれている。

「イルカプリン!」

 イルカという生物がこの世界から姿を消して久しい。ワンコも記録映像で見た事があるだけだったが……。

「海洋塔でクローン再生されたんですよね」

「朝イチで見学に行くお客さんを連れて行ってね。百円の安物だけど、ワンコとナナと、妹ちゃんの分」

「エイトのぶんも? ありがとうございます」

 サイドカーのダッシュボードにプリンの包みを大事そうに仕舞い、ナナも小さく頭を下げた。

「いいなー海洋塔。行ってみたいなー」

 ワンコのサイドカーは塔内の巡回用で、塔の間を行き来するほどの航続力はない。故に、他の塔に向かう時はマト達タクシー乗りに頼る事がほとんどだ。

「私とワンコの仲じゃない。デートに誘ってくれたら、いくらでも連れてってあげるのに」

「ホント!? じゃ、次の休みにデートしよ!」

「先輩……」

 満面の笑みのワンコに、脇のナナは小さくため息を一つ吐き。

「……どしたの、ナナ」

「三層上に」

 そのひと言で、既にワンコはサイドカーを始動させている。

「マト、プリンありがと!」

 残るのは元気いっぱいの言葉と、全速のサイドカーが起こす風。

 長い髪とふわふわのドレスを風に揺らしながら、タクシー屋の娘は後ろ姿をじっと見上げるのだった。

 

『遅えぞワンコ!』

 通信機を揺らす男の怒鳴り声を聞きながら水平飛行に移れば、不自然な位置で燃える炎はすぐに見えてくる。

「周辺感知終わり。要救助者は、三区・四番に二人、五番に一人、八番に三人」

『エイトの感知と同じだな。五番の一人は任せる!』

 通信機に返事を投げつけ、ワンコはさらに機体を加速。

「ナナ!」

「了解!」

 燃えさかるビルの直前で。

 その機体が、割れた。

 丸みを帯びた機首は胸甲に。

 両手を覆う風防は腕甲に。

 ナナが乗っていた側車も変形し、脚や背部の推進器の一部へと変わる。

 そこに、感知能力を備えた彼女の相棒の姿は既にない。

「突入!」

 

 

 ぱちぱちと爆ぜる炎の中。耐熱装備をまとうワンコは、その脚をさらに早めていく。

「先輩。熱くありませんか?」

 サイドカーの装甲と、緩衝と断熱を兼ねた保護ゲルに包まれた彼女の耳元に響くのは、相棒の声。

「平気。ナナが守ってくれてるから」

 装甲はサイドカーが転じたもの。

 そして、いま彼女を包む保護ゲルこそが、相棒の真の姿であった。

 塔の科学によって生み出された、流体生命。

 高められた感知能力によって周囲の火災や生存者を見つけ出し、隊員のサポートを行う、人工の生命体。

「次は右」

 そんなナナの誘導を受けながら、ワンコは迷いなく前へ。

 そこに、いた。

「天井の強度が限界です。間に合いません」

「間に合わせるの!」

 叫びと共に、ワンコは機体をさらに加速させる。

 

 

「目を、開けて」

 掛けたのは、声。

 迫る炎にも、構造材の悲鳴にも負けぬ強さで……けれど、相手を怯えさせない優しさを込めて。

「目を開けて」

 その想いが届いたのか。

 倒れ伏す少女は、必死に閉じていた目を恐る恐る開いてくれた。

「……っ!」

 息を、飲む。

「大丈夫だよ。助けに来たんだ」

 炎を背負うが故の影で、ワンコの顔は分からないだろう。装甲をまとう姿は、大きく、恐ろしいはずだ。

 故に優しく……そして頼もしく聞こえるよう、ワンコは言葉を紡ぐ。

「なら、行こ……」

 少女の足を挟み付けていた瓦礫を慎重に取り除き、小さな体をそっと立ち上がらせて。

「先輩!」

 その瞬間だった。

 天井の強度が、限界を超えたのは。

 

 

 軋むのは、装甲の音。

「先輩……」

「ナナ。あの子は?」

 眼前に落ちてきた瓦礫のせいで、視界は最悪だ。崩れた瞬間、必死に庇った覚えはあるが。

「先輩が支えになってますが……」

 彼女達の背中にかかる重量は、機体の強度限界をはるかに超えている。助けが来るのが早いか、機体が限界を迎えるのが早いか……それとも、炎に巻かれるのが先か。

「……だから、無理だと」

 助けに入る前から、天井の強度は限界に達していた。少なくともあの段階で判断していれば、二人が巻き込まれる事はなかったはずだ。

「でも、この子は守れた」

 今のところは、だ。

 装甲の軋みは、さらに不安を増す音色に変わっている。今のままでは定型を持たないナナはともかく、救助者の少女とワンコが助かる見込みはない。

「……諦めるもんか」

 豪、という轟きは、辺りを舐め尽くす紅の炎の舌の這いずりか、崩れ落ちる構造材の断末魔か。

 だが、少女はもうまぶたを閉じたりはしない。

 今は助けを待つ立場では無い。

 彼女が、助ける側なのだ。

 そしてそんな彼女達に掛けられたのは。

「目を、開けて」

 優しい、穏やかな、人間の声。

 

 見上げた空は、どこまでも青い。

 黒煙が向かう青空に伸びるのは、古びた鉄に覆われた塔たちだ。

「……助かった、ね」

 火災現場から少し離れた所で、装甲を脱いだワンコはぼんやりと空を見上げていた。

「結果論ですが」

 助けた少女の外傷はかすり傷程度だという。念のために病院に運ばれるそうだが、次の日には帰れるだろうという話だった。

「あの機体、誰だったんだろ」

 だが彼女が助かったのも、ワンコ達が生き延びられたのも、瓦礫を取り除いてくれた謎の機体がいたからだ。

「周辺の塔でも登録のない機体でした」

 背負った炎の影で、表情は見えなかった。ワンコの物より大型の機体自体も、見覚えの無いものだ。

 しかし。

(あたしは、あの声を……)

 あの言葉を。

 忘れるはずが……。

「補給終わったぞ、ワンコ!」

「はーい。ナナ!」

「了解です」

 とはいえ今はその事を考える時ではない。

 炎はまだ、治まってはいないのだ。

 

 

 眼下に広がるのは、炎の戦場。

「頑張ってね。ワンコ」

 放水ユニットを背負い、再び炎の中に飛び込んでいく機体を見つめ、そいつは穏やかに呟いた。

「良いのですか? 名乗らなくて」

 タクシーのコンソールを彩るのは、流体生命の転じた無数の計器たち。

「いいよ、別に」

 相棒の言葉に、小さく笑みをひとつ。

 機械の指でイラストの描かれたフタを開け、そいつは中身をそっとひと口。

「百円でも美味しいわね。このイルカプリン」

 

 
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