RXがギンガを助けた頃、クウガは言葉を失っていた。呼びかけられただけではない。その声に聞き覚えがあっただけでもない。振り向いた先にいた相手が、自分の知る姿ではなかったからだ。
白いバリアジャケット。赤い宝石のついた杖。そして二つに纏めた髪。それらはクウガの記憶と完全に一致している。だが、その肝心の相手の背丈がまったく違う。
「な……なのは、ちゃん……?」
「うん。そう、だよ、五代さん……」
対するなのはは涙目だ。クウガにとってはつい先程の別れでも、彼女にすればもう五年以上前なのだから当然と言える。瞳を潤ませ、嬉しさを顔に滲ませて微笑むなのは。それにクウガは確かに目の前の相手がなのはである事を実感していた。
(五代さん……帰ってきたんだ。帰ってきてくれたんだ!)
なのはは喜びを噛み締めるもクウガの傍にいる少女を見て表情を引き締める。今は感慨に耽っている場合じゃないと。この数年間で人としても局員としても成長を遂げたなのはは、凛々しい顔に戻るとクウガへ声を掛けた。
「五代さん、その子は私が連れて行きます」
「……あ、うん。お願い」
なのはの申し出にクウガは意識を切り替えスバルを抱き上げる。それに少し驚くも、スバルはなのはの腕に移されその温もりに笑みを見せる。それになのはも笑顔を返し、上を見上げて何かに気付く。
そして、クウガへ済まなさそうにこう言った。道を作るのでもう一度この子を抱いててもらっていいですか、と。そんななのはにクウガは自分の知るなのはの面影を強く感じ、嬉しそうに頷くとスバルを預かった。
「行くよ、レイジングハート」
”いつでもどうぞ”
「ディバイィィィン……バスターっ!」
なのはの言葉に呼応し、レイジングハートはカートリッジを排出する。そして、放たれた閃光は天井を貫き道を作り出した。それを魅入られたように見つめるスバル。クウガは最後に見た頃よりも若干強力になったように感じ、なのはの成長を感じ取っていた。
だが同時に思うのは、自分がほんの半日を過ごした間にこちらではどれだけの時間が経過したのかという疑問。しかし、今はそれを聞き出す暇はない。周囲の状況は未だ緊迫しており、一刻も早く脱出を図らねばならない事に変わりはないからだ。
クウガはスバルをなのはへ預け返すと、彼女が知らない存在の事を伝えた。
「実は、ここに俺の先輩がいるんだ。俺、その人と一緒に脱出するから」
「先輩? 翔一さんは一緒じゃないんですか?」
なのはの言葉にクウガはやや躊躇いながらも頷く。それに思う事があったのだろうが、なのははそれを言わずに頷き返した。
「……分かりました。五代さん、後で色々聞かせたい事と聞きたい事があります」
「うん。必ず会いに行くから」
なのはの言いたい事を理解し、クウガはサムズアップを見せる。それになのはも笑顔でそれを返し、スバルと共に炎の中から出て行った。それを見送り、クウガはRXへ連絡をした。アマダムとキングストーンの共鳴を使った通信能力だ。
先程RXへギンガの事を伝えたのもこれによるもの。クウガはその意識をRXへ向ける。
<先輩、五代です>
<クウガか。こっちは無事救出した>
そこから告げられるRXの話を聞き、クウガは驚いた。何とRXはフェイトと出会ったのだ。そして彼が仮面ライダーだと告げると驚き、クウガの事を話すと更に驚いて涙を見せたらしい。それを聞き、やはりなのはと同じでフェイトも本質は変わっていない事を理解し、クウガは喜んだ。
RXはギンガをフェイトに預けてこちらを目指していると告げる。残りの救助者も魔導師達やライドロンとアクロバッターが助け出し、もう残っている者はいないだろうと予想するも、クウガに確認するよう頼んだ。
それに応じてクウガもペガサスフォームへ変わりそれを確認し、RXへ残っているのは自分達だけと告げた。それにRXは安堵の息を吐き「そうか」と返す。
<じゃ、俺達も>
<ああ、脱出しよう。彼女が言うには、この姿を見られると問題があるからと落ち合う場所を教わった>
<分かりました。なら、そこへ行きましょう>
そう答えてクウガは動き出す。RXから落ち合う場所を教えてもらいながらそこを目指して。同じようにRXもそこへ移動を開始する。だが、RXはある事を考えていた。それは助け出したギンガの事だ。
そう、RXの目には見えていたのだ。ギンガの体が普通ではない事が。改造人間である自分にどこか似た体をしていた事。機械を組み込まれたその体に、RXは悲しみと怒り、そして喜びといった複雑な想いを抱いていた。
(あの体を受け入れ、あんな風に優しく強く生きている。だが、あの技術を使い、いたいけな少女を改造した存在がいる。それは、絶対に許さんっ!)
そんな決意を抱き、RXは空港を脱出した。見れば、クウガも離れた場所にいる。そこへ向かうRX.。その後ろからアクロバッターとライドロンも姿を見せ、その後を追うように走り出した。
こうして空港火災は本来よりも犠牲者を出さずにその幕を降ろす。その影に、二人のヒーローと二台のマシンの活躍を隠して。
火災の鎮火を終えたはやては疲れる体を物ともせずある場所目指して走っていた。引継ぎやその他の雑務を指揮官として現れてくれたゲンヤ・ナカジマに任せ、親友二人が教えてくれた場所に向かって急いでいたのだ。共にいたユニゾンデバイスであるリインフォースツヴァイが驚いて置いていかれる程の慌しさで。
ちなみにゲンヤは仕事をはやてに押し付けられたのではなく、彼女が何か落ち着かないのを察し始めの方を指揮してくれた礼だとそれを自主的に引き受けてくれた。それにはやては心から感謝し、現在に至る。
(五代さんが……仮面ライダーが帰ってきてくれた! カリムの予言が本当なら翔にぃも一緒にいるかもしれん!)
はやてが局員となって出会った友人の一人であるカリム・グラシア。彼女はレアスキルとして未来予知のような事が出来るのだが、それがクウガとアギトの再召喚を予言していたのだ。それを知っていた事もあり、はやては全速力で走っていたのだから。
やがてその視線の先に見覚えのある青年の顔と親友二人、それに見知らぬ男が見えてくる。そこに、いるだろうはずの翔一はいない。はやては湧き上がる不安を押し殺し、徐々に速度を落とした。
そして五代達の目の前で止まり、息を弾ませながらその顔を確認する。五代は急いできたはやてにどこか驚きながらも、彼女が視線を向けると笑顔を浮かべた。それにはやては嬉しさを感じた。あの闇の書事件解決の立役者の一人である五代。その彼は、何も変わっていないと感じたからだ。
(ああ、五代さんはやっぱ変わらへんな。ん? でもちょうおかしい気が……)
だが、そこではやては違和感に気付く。五代がまったく変わっていないのだ。内面ではなく外見が。あれから五年以上経過したにも関わらず、五代はあの頃と同じままなのだ。
それにはやてが戸惑いを感じた時、なのはがやや躊躇いがちに告げた。五代は、あれからたった半日しか経過してないと思っていたらしい事を。それにはやては愕然となった。
確かに次元世界同士の行き来でも僅かな時間の誤差は生じる事がある。しかしそれはあくまでも僅かでしかない。五年以上も誤差が生まれるなど聞いた事もないため、はやては信じられないとばかりに問いかけた。
「ほんまなんですか……?」
「……うん。だから、最初なのはちゃんに会った時は驚いたんだ。俺は半日ぐらいだと思ってたら五年以上も経ってたなんて……ね」
きっと、五代も自分と同じ気持ちなんだろう。再会出来て嬉しいのだが経過時間に差があり過ぎてどこか素直に喜べないのだ。そうはやては理解し、気になっていた人物へと視線を向けた。
「で、そちらの方は?」
「あ、こちらは俺の先輩で……」
「初めまして。南光太郎です」
「こちらこそ初めまして。八神はやて言います」
互いに挨拶を交わす二人。そして、それを見届けてから五代はなのは達に話した。光太郎の事や自分に起こった事、そして翔一とはぐれた事を。それを聞いてはやては崩れ落ちそうになった。だが、それを素早くなのはとフェイトが支える。
そのはやての様子に五代も慌ててこう続けた。翔一とはぐれはしたが、自分が戻ったようにきっと彼も戻ってくるはずだと。その根拠はただ一つ。
「だって、翔一君も仮面ライダーだから」
その言葉にはやては顔を上げる。その言葉に込められた想いを気付いたからだ。五代は真剣な声でそう告げた。つまり、まだこの世界は仮面ライダーを必要としている。それを感じ取っているからこそ、五代はそう言ったのだろう。そんな気がしたからだ。
見れば、光太郎も同じように頷いている。そこで五代はなのは達へ告げた。彼も五代達と同じく仮面ライダーで、しかも翔一が言っていた”仮面ライダー”を名乗っていた存在。それを聞き、はやて達にも五代の言葉を信じる事が出来た。
「それで、これからの事なんだけど……」
三人が事情を理解し、はやてが立ち直ったのを見て光太郎はそう切り出した。彼は、三人にライドロンやアクロバッターの置き場所を頼んだのだ。二台は普通の車やバイクへの偽装能力を持たない。そのため、このままでは色々と問題が起きると。
そう告げて光太郎がその名を呼ぶと、二台はゆっくりと建物の影から姿を現した。その外観を見て三人はその言葉に納得し、はやてがどこか貸し倉庫でも借りて対処すると告げると光太郎は感謝すると共に申し訳なさそうに頭を下げた。
そして、今度は五代へ三人から質問が浴びせられたのだが、そこへ遅れて来た者がいた。その外見に五代と光太郎が若干驚きを見せる。とはいえ、五代と光太郎の驚きは違うベクトルだったが。
「はやてちゃ〜ん、ヒドイですぅ〜」
「小人? いや、妖精なのか……?」
「え? リインさん……?」
リインに似ている。そう思った五代だったが、それになのはが彼女についての説明をした。一方、ツヴァイはそんな五代と光太郎を見て首を傾げていた。どうしてはやて達が人気のない場所で民間人の男性二人と会っているのか理解出来なかったためだ。
「はやてちゃん、このお二人はどちら様ですか?」
「えっと、紹介するなリイン。こっちは南光太郎さん。そして、驚くんやないでリイン。そっちがあの五代さんや」
「え〜っ!? あのお姉ちゃんを助けてくれた仮面ライダーさんですかっ?!」
突然の大声に驚くも微笑む五代と光太郎。なのはとフェイトはツヴァイの反応にやっぱりといった表情を浮かべた。ツヴァイは目を輝かせて五代の前へ行き、敬礼をする。やや興奮気味に自分の肩書きを述べるツヴァイに五代はどこか微笑ましいものを感じていた。
そして自分の懐からある物を取り出しツヴァイへ差し出す。それは名刺。それを受け取り、書かれている文字を眺めてツヴァイが不思議そうに読み上げる。
「夢を追う男……二千の技を持つ男……五代雄介」
「うん、よろしく。えっと……リインちゃんでいいかな?」
「はいです!」
五代の呼び方に笑顔を返すツヴァイ。それに五代だけではなくなのは達も笑顔を返す。するとツヴァイが受け取った名刺を上から覗き見ていたはやてが笑顔で呟いた。
「リインはええな。五代さん、わたしもそれ欲しいです」
「あ、じゃあ上げるよ」
はやての言葉に五代はもう一枚名刺を差し出す。それを見てなのはとフェイトも欲しがり、五代は笑顔でそれを渡す。光太郎はそんな光景を見て苦笑していた。彼は五代と出会った際、同じように名刺を貰った事を思い出していたのだ。しかも、その後光太郎はある理由から更に名刺をもらう事になったのだから。
こうして五代となのは達は再会する。その後、二人は行く当てもないため、はやて達三人の判断により海鳴へ一度行く事となった。それは、三人の誓いの一つでもある事を実現するためでもある。
翌日、五代と光太郎はフェイトの手を借りて海鳴の地を踏む事になる。そこで待つのは五代に会いたがっていた少女と女性。そして、光太郎には信じられない事を知るキッカケにもなる。
彼が助けた少女。それと同じ存在がそこにもいる事。そして、彼女達の真実を聞きRXは思い知る。人間の業の深さとその愚かさ、そして優しさを……
「……そうですか。ここがミッドチルダ……」
「ああ。それで、あんたは一体何者なんだ?」
あの後、ティーダはアギトにゴウラムと共に隠れてもらい、犯罪者をやってきた陸士隊へ引き渡した後、こうして路地裏で話していた。だが既にそこにゴウラムはいない。アギトが言うには、まるで何かに呼ばれるように飛んでいったとの事。
それを聞いて、ティーダが内心で「あちこちで騒ぎになりませんように」と願ったのは言うまでもない。実はゴウラムはクウガの元へと向かったのだ。この世界へ来るキッカケは翔一の願いだが、ゴウラムは元々クウガの相棒なのだから。
「えっと、仮面ライダーアギトっていいます」
「仮面ライダーアギト? 変わった名前だな」
「それと……津上翔一とも言います。好きに呼んで下さい」
話している途中でアギトの体が光ったかと思うと、そこには人の良さそうな青年がいた。ティーダはあまりの出来事に目を見開いて驚いた。だが、執務官として様々な事件などに関わってきた彼は、すぐに冷静になって考えた。
きっとレアスキルのようなものだと。そう結論付け、ティーダは翔一へ頭を下げた。助けてくれた礼を述べるために。それを聞いた翔一はやや慌てて手を振った。彼としては当然の事をしたまでなのだ。そんな反応にどこかで翔一を恐怖していたティーダは自身の醜さを実感する。
そして、もう一度頭を下げた。今度は翔一を恐怖した事に対して。ティーダの行動に戸惑う翔一へ彼は正直な気持ちを告げる。
「すまない。俺は、あんたをどこかで怖がった。同じ人間だって思えなかった……最低だ」
「えっと、仕方ないですよ。俺だって、逆だったら少し戸惑いますし。ティーダさんの気持ち、分かります。だから頭を上げてください」
「……すまない。そう言ってくれると助かる」
翔一の心からの言葉にティーダは噛み締めるように言葉を返す。執務官として差別などしてはいけない。どんな相手にも平等且つ公正に対処すべし。そう考えていたティーダだったが、翔一にはそれが出来なかった。それを彼は心から反省したのだ。
ティーダの反応に翔一はどこか困ったような表情を浮かべる。と、そこで何か思い出したのか翔一はティーダへある事を尋ねた。
「そうだ。あの、ティーダさんは執務官なんですよね?」
「あ、ああ。それがどうした?」
「同じ執務官で、クロノって子知りません?」
翔一から出たクロノの名前にティーダは首を傾げた。彼が知る限り執務官にクロノという者はいなかったのだ。そう、この頃クロノは昇進し、アースラの艦長をしていた。役職も提督になり、執務官を退いていたのだ。
それを知らず、ティーダは翔一に自身の知る範囲ではいないと答えた。それに翔一は驚きを見せるが、落胆したように「そうですか……」と呟いた。もし、ここで翔一がはやての名前を出していれば、展開はまた違っただろう。だが、彼ははやてが管理局に入った事を知らない。故に、有名人となっていたはやて達の名前を出す事はなかったのだ。
一方、ティーダは落ち込む翔一を見て事情を尋ねた。それに翔一はこう答えたのだ。自分はある人にこのバイクと伝言を伝えなければならない。その人がどこにいるかは分からないが、必ず捜し出してみせるのだと。
それを聞いて、ティーダは自分が力になると申し出たのは当然と言えた。助けてもらった礼もある上、何よりも翔一には当てがない。その点自分ならば局の情報や伝手を使って色々と分かる。そう考えて翔一へ告げたのだ。
「えっと、ティーダさんの申し出は嬉しいです。でも、本当にいいんですか?」
「俺達局員の本分は困っている相手を助ける事だ。それにあんたは俺の命の恩人でもあるしな。礼をさせてくれ」
それに翔一は嬉しそうに笑みを見せるが、それでも素直に頷けずどうしようかと決めかねていた。そこにティーダが悪戯めいた笑みを浮かべ、寝床などはどうすると告げた瞬間、翔一は答えに詰まった。
更に畳み掛けるようにティーダが通貨も文字も違う場所での生活は色々大変だと言い切る。それに翔一は困り顔をし、ティーダを見つめた。それが観念した顔と理解し、ティーダは笑みを見せて遠慮するなと告げたのだ。
「……分かりました。それじゃ、お言葉に甘えて有難くお世話になります」
「ああ。でも、俺は仕事上家を空ける事が多いんだ。それだけは理解してくれ」
「そうなんですか。じゃ、俺は留守番してれば?」
「基本そうなるんだが、俺には寮生活の妹がいて時々家へ顔を出しに来るんだ。ティアナって言うんだけどな」
ティーダの話を聞き、翔一は相槌を打ちながら考えた。記憶を失ってから今まで、世話になる所には必ず年下の女の子がいると。そんな事を思いながら、ティーダの案内に従って翔一はビートチェイサーを押しながら歩き出す。
ティーダの話すティアナの事を聞きながら翔一は思い出す。それはティアナと歳の近かった真魚の事だ。
(上手くやっていけるかなぁ? 真魚ちゃんとも色々あったし、女の子って難しいからな……)
こうして翔一はミッドチルダに滞在する事となる。そして、彼の存在が本来あるべき未来を変える。寂しがりやで劣等感を持つはずだった少女。その心を大きく変える存在へと。それもまた、人知れず人を助ける事。
ゼスト隊との交渉から一年以上が経過し、真司は相変わらずの生活を送っていた。訓練や家事をし、時に妹分のセイン達と遊んだり、時にはウーノ達と生活環境向上などを話し合ったりと忙しい毎日を。
そんな真司だったが、この頃から妙な事が起き始める。それは、極稀に見る夢。しかも悪夢と呼んでいい内容のものだ。その一つがこういうものだった。
そこで彼は同じミラーモンスターの大群と戦っていた。それをサバイブで片付けた彼が元の世界に戻った後、何故か力尽きて倒れる。車にもたれかかるように眠る彼へ必死の形相で声を掛ける蓮。そんな光景を見るのだ。そして最後に、連が何かを決意したようにそこから去って行くところで目が覚める。
「……また、か」
この日、その夢を見た真司は全身から汗を掻いて目を覚ました。じっとりとした何とも言えない不快感に顔を歪め、真司は着ていたシャツを脱ぐ。
その汗に濡れたシャツを床に置き、真司は代わりのシャツを着て立ち上がる。その手に脱いだシャツを持って彼は部屋を出た。向かう先は洗面所。そこにある洗濯籠へシャツを放り込み、顔を洗う。水の冷たさが心地良く感じ、真司は顔を拭いて鏡を見た。
「うしっ!」
気合を入れ直す真司。鏡に映るのは、いつもの自分の顔。”ここに来た頃と一切変わらぬ顔”がそこにはあった。そう、髪の長さから髭の長さまで全て同じ顔が。真司はそれに疑問さえ抱かず、普段通り動き出す。
「今日は朝食どうするかなぁ。昨日はチンクちゃんのリクエストだったし、今日はクアットロにでも聞いてみるか」
そう言ってキッチンへ向かう真司。こうして今日も一日が始まる。彼の望んだ、平和で穏やかな日々が。
「チンクちゃん、それ取って」
「これだな?」
「セイン、そっちはもういいぞ」
「は〜い」
「ディエチ、これ並べてくれるか?」
「うん、分かった」
賑やかなキッチン。エプロンを着けた真司を司令塔に、チンク、セイン、ディエチが助手として動いている。元々キッチンはそこまで広くなかったため、現在は多少手狭になってきていた。そのため中々作業が辛い。と言っても、三人は自分から率先してやっているので不満はない。
真司は、この状況と今後の人数が増える事を考え、キッチンの厨房化をウーノ達へ頼んでいた。これはジェイルも納得し、現在真司がウーノと相談して調理器具の置き場所からコンロの位置まで、入念に話し合っている。
そんなキッチンの声を聞きながら、トーレはセッテと将棋を指していた。元々はチェスしかなかったのでそれを代用していたのだが、地球へ例の調査をしに行ったクアットロが土産として買ってきたのだ。
後は、真司が頼んだ煎餅などのお菓子類だったのだが、それは開封僅か十数分で全員の胃の中へ消えた。以来、その味を気に入ったのかラボには煎餅やあられなどが常備される事となった。こんなところにもラボの日本化が起きていた。
「……王手」
「むっ……」
セッテの角がトーレの王将を捉えた。王手銀取り。中々の手だ。それを見てトーレに焦りの色が浮かぶ。対するセッテはどこか嬉しそう。そんな二人を眺め、口元に微笑みを浮かべるクアットロ。だがその手は止まる事無く動いている。
彼女がしているのは残りの姉妹の調整ではない。厳密にはそれに当たるのだろうが、彼女の中ではその感覚は薄いのだ。クアットロがしているのはチンクやトーレの武装改良案。トーレはブレードの材質強化を完了し、もうする事はないと本人は思っている。だが、クアットロから見ればまだ改良するべき点はあるのだから。
(トーレお姉様もチンクちゃんも事があれば前線に立つだろうし、出来るだけの事はしたいものね)
そして、チンクはそのコート。高い防御力を持ったそれは『シェルコート』と呼ばれているのだが、クアットロはその強化を考えていた。龍騎のデータを解析し、ジェイルはその一部を実用化したためだ。
武器の強度を近付け、今はボディースーツの改良にまで取り掛かっている。龍騎と同じとまではいかないが、それに近付けるようにとしているのだ。
「おはよう、みんな」
「おはよう」
クアットロがそれを思い出しながら視線を画面へ戻そうとした時、食堂にジェイルとウーノが現れた。それを見て、そこにいた三人が時間を確認し同じ事を思った。もうそんな時間か、と。
ジェイル達はこのところ決まって同じ時間に現れるようになっていた。それを合図に真司達が料理を並べ始めるぐらいに。今もフレンチトーストを並べていたディエチが、二人に挨拶を返し、やや急いでキッチンへ戻って行った。
「おはようございます、ドクター」
「おはようございます、ウーノ姉上」
「おはようございま〜す」
それぞれ挨拶を返し、二人が席についたところで真司達が料理を持って現れる。今日はクアットロの注文で、どこか優雅さを感じるものになった。まぁ、真司がそれにどこまで応えられるかをクアットロは楽しみにしていたのだが、出てきた料理に彼らしいと全員が頷いた。
まずトマトサラダ。ほうれん草とベーコンを混ぜて炒め、その上に目玉焼きを乗せたポパイエッグ。そして、人参と玉葱、キャベツを入れた野菜スープ。とどめにハムステーキだ。それにフレンチトーストとミルクという洋食式。以上が真司なりの優雅さを感じさせる朝食だった。
並べ終えた真司達も席につき、誰もが視線を彼へ向ける。それに頷いて真司が手を合わせた。
「いただきます」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
それに残り八人も続いて食べ始める。やや甘味を抑え目にしたフレンチトーストの味にチンクは満足そうに頷いて、セインがスープの美味しさに顔をほころばせれば、同じようにウーノもその味に笑みを浮かべる。
セッテとトーレがポパイエッグの卵を最初から崩すか崩さないかで少し揉める横で、クアットロはサラダをディエチに取り分けてもらって礼を述べれば、ジェイルは真司の方がハムが大きいと文句を言って真司が反論する。
そんな賑やかで和やかな時間。そして、食事時の定番といえば雑談。最近の話題は、もっぱらキッチンを含めたラボ全体の改造案。真司が要望したのは実はキッチンだけではない。
そう、温水洗浄室。つまり風呂もそこには含まれていたのだ。ジェイルはそもそも自分以外の男性がここに来る事を想定していなかった。そのため、風呂に関してはあまり考えていなかったのだが、真司としては現在のままでは気兼ねなく風呂に入れないと文句を言っていたのだ。
その背後には、未だにふざけて入浴しようとするセインの存在があった。しかし、真司はそれを誰にも言っていない。それは、セインがいつも真司に懇願するからだ。姉達に知られたら自分だけでなく真司も怒られるし、何より自分は真司の背中を流したいだけなのだと。
それ故に真司はセインの事を黙っていた。まぁ、さすがに真司が一度本気で「女の子なんだから、もっと自分の体を大切にしろ!」と怒った後は水着を着てくるようにはなったが。
「で、どうなんですぅ? 男性用のお風呂の方は」
「それなんだけど……本当にあれでいいのかい?」
「いいの。俺とジェイルさんが入って手足伸ばせるぐらいで」
そう、ジェイルは何度も真司に確認しているのだ。その広さが二人でゆったり出来る程度なのでもっと広くする方がいいとジェイルは何度も言っている。だが、何故か真司は首を縦に振らない。その理由は言うまでもないだろう。セインの乱入をさせないためだ。
しかし、真司は肝心な事に気付いていない。例え浴槽が狭くてもセインには関係ないと言う事を。そう、むしろ好都合でさえあるのだ。遠慮なく密着出来るのだから。そんな事を真司達の話を聞きながらセインは考えていた。
(まぁ……さすがにあたしでもそこまで出来ないけど、ね)
そう自問自答し、セインは小さく頬を掻いた。真司を兄と呼んでいるセインだが、この頃からどこかで別の扱いにしたいと思い始めていた。そう、兄ではなく男と。
自分の愛する男性。そう呼びたいと意識しだしたのは、やはりあの競争での一言。どうやっても普通の人間では勝てないにも関わらず、真司は次は勝ってみせると言った。あの瞬間、セインは真司の考え方を再確認し、そして思ったのだ。
(あたし達を”普通の女性”として見てくれるのは、真司兄しかいない……)
そう考え出したら、後はもう坂道を転がるようにセインは急速に真司を意識していった。例の風呂の一件も、真司が怒ったからだけではなくセイン自身も恥じらいが芽生えたために水着を着ただけ。
そう、真司の一言はセインの女性としての自覚を促したのだ。もし、真司がセインをちゃんと女性として普段から見ているのなら、彼女が二人っきりでいる時、少し頬を赤くしているのが分かったはずだ。
「あ、そういえばノーヴェって起きるのいつ頃になりそうなんだ?」
セインが気が付いた頃には話題は妹達の事になっていた。真司の言葉に声を掛けられたクアットロが少し考え、その口に入れていたハムを咀嚼してから答えた。
「……まぁ、来年にはならないわ」
「そっか。つまり今年中か」
「そうよ〜。あ、でもでもぉ、もしかすると少し遅れるかもしれないから、確定って訳じゃないわよ?」
嬉しそうに頷く真司へ念のために釘を刺すクアットロ。だが、それを聞いて真司以外がどこか笑みを浮かべる。そう、知っているのだ。クアットロが真司を誤魔化し、驚かそうとしている事は。
真司はそれに少しだけ残念に思いながらも、クアットロへ信じてるからなと告げた。その言葉に少し嬉しそうにするクアットロ。それを見たジェイルが何か思い出したように呟いた。
「……ドゥーエ、呼び戻した方がいいかね?」
「くしゅんっ!」
クラナガンにある地上本部の廊下。そこで一人の女性がくしゃみをした。幸いにしてその姿を誰も見ていなかったが、彼女は周囲を見回し、安堵の息を吐く。彼女は、ナンバー2ことドゥーエ。ISで姿を変えてここに潜伏中なのだ。
一応、レジアス中将の秘書として働いている彼女は知的なクールビューティーとして通っている。そのため、先程の姿を見られたのではないかと思ったのだ。
「……ドクターかウーノ辺りでも噂したのかしら……?」
小さく首を傾げ、彼女は歩き出す。彼女は知らない。自分がいなくなった後、ラボがどんどん明るく賑やかで、そして暖かい雰囲気になっている事を。彼女がそれを知り、少し不貞腐れるのはこれから大分先の話である。
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真司は今回である程度予想出来るでしょうか? でも、これが実際あった事なのかはまだ……
翔一はニアミス。まだ彼だけは再会できず。一方五代はあの二人と再会です。光太郎は、少し昭和ライダーらしい描写を予定。
翔一のチェイサー関連の描写は次回に。そしてティアナとのやり取りもそこで。
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炎の中で再会するクウガとなのは。そこから動き出す物語。
一方、RXはギンガと出会った事で密かにある決意をする事となる。
アギトも魔法世界へ戻るが、二人とは違う場所へと導かれとある人物を助ける事となるのだった。