No.442654

そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works8

水曜更新。
忙しすぎて更新夜に。
UBWも第8話。ようやく終末が見えてきました。
今回書いていて、凛ルートのエロは不自然だと改めて思いましたとさ。

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2012-06-27 22:09:43 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1679   閲覧ユーザー数:1610

 

そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works8

 

拙作におけるそらのおとしもの各キャラクターのポジションに関して その12

 

○イカロス(UBW):本編のラスボス。言い換えれば英雄王。智樹総受けのリアルBLの夢を叶える為にカード争奪戦に参戦している。そしてこのリアルBLとは智樹が究極の総受けとなる為に、地上にいる全ての女を滅し男だけの世界で、しかも全ての男が智樹のみを果てしない性欲の対象とみなし欲望のままに動く滅亡が約束された世界を言う。故にイカロス自身に人間を害するつもりはなくても彼女が勝てば地球は滅びてしまう運命が待っている。

 

○桜井智子(UBW):本編の葛藤の中心。言い換えればアーチャー。本編は智子とイカロスの存在があったからこそ成り立っている。特に智子が拙作においては智樹と完全に分離した存在であるということを強調しているのでUBWの執筆に入れた中心人物。元々カードには興味がなく巻き込まれる形で参戦。智樹が絡むと何であれ世界の危機へと話が発展してしまうので智樹と自分を滅ぼすことで何とか世界の平穏を保とうと考えるようになった。

 

 

 智樹と智子の決戦は智樹の勝利に終わった。しかし──

 

「……楽しませて頂きました。偽者同士、実に下らない三文芝居でした」

 

 空女王は2人の戦いが終わるのを待ってから攻撃を仕掛けてきた。数十のアルテミスの矢嵐が智樹たちを目掛けて襲ってきた。

「チッ!」

 智子は智樹の肩を掴むと自分の後方へと思い切り放り投げた。その行為はアルテミスの標的を全て自分に向けることと同義だった。

「智子ちゃ~~~~んっ!!!」

 そはらの叫びが聞こえるのと智子の身体の周囲で大爆発が立て続けに起きるのはほぼ同じタイミングだった。

 

「……理解して頂けましたか? それが本物の重みというものです。BL愛です」

 イカロスは智子が爆炎に包まれるのを見ながら無表情のまま笑ってみせた。

「……偽者は早くゴミになってください」

 それは確かに無表情。けれどもイカロスは笑っていた。

「智ちゃんや智子ちゃんが偽者ってどういうこと……?」

 そはらには今でもイカロスが智樹たちに大して攻撃を仕掛けたことが信じられないでいた。

「……簡単な話です。私のマスターは総受けな白濁マスターです。総受けでないマスターは偽者(フェイカー)です」

 イカロスはごく静かに淡々と自分の見解を述べた。

 それがそはらに一つの仮説を確固なものとしてしまった。

「イカロスさん……現実と妄想の区別が付かなくなるぐらいに……狂っちゃってる……?」

 イカロスの思考は今完全にどこかがおかしくなってしまっている。

 BLの野望にとり憑かれておかしくなったのか。それとも戦闘を通じて何かが致命的に故障してしまったのか。

「……マスター総受けの世界を想像していると鼻血の出過ぎで電子頭脳に酸素が回りません」

 イカロスは僅かによろめいた。

「酸素欠乏症が狂っちゃった原因なのっ!?」

 そはらは一つの仮説に辿り着いた。それはかなり信憑性の高い仮説だった。

 だが何にせよ、今のイカロスなら智樹を攻撃することに何の躊躇いも持たない。それだけは確かなことだった。

「……マスターの肉片の1欠片でもあれば、その情報を基に私が理想の総受けマスターとして生き返らせます。だから今は安心して死んで下さい」

 イカロスが右手を振り上げ、そして下ろした。次の瞬間、また数十のアルテミスが智樹たちを襲った。

「智ちゃんっ!」

 そはらはチョップを構えながら助けに入ろうとする。だが、とても今からでは間に合いそうになかった。

 そしてアルテミスの大群は一斉に……

 

「智樹的七大総衣装(トモキズ・パレード)ッ!!」

 

 煙幕の中から発生した障壁へと吸い込まれていった。その障壁を張った人物に智樹は勿論心当たりが合った。

「智子~~~~っ!!」

 智樹を愛する者には絶対の防壁である筈の7大障壁が見るも無残に砕かれていく。

 爆炎の中の智子が無事でいるとは智樹にはとても思えなかった。

 

 その時、爆炎の中から声が聞こえた気がした。

 

「……空女王はアンタが倒しなさい。アンタなら……勝てる」

 

 智樹は爆炎の中に一瞬、智子の姿を見た気がした。

「智……子ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!!」

 智樹の絶叫と共に智子の姿は再び煙の中へと消えていった。

 

「ここはひとまず逃げるわよっ! 智樹~~~~っ!!」

 次の瞬間だった。真っ暗な空の中から透明な羽を生やした小柄な少女が急降下してきた。

 小柄な少女、ニンフは智樹の脇を右手で掴むと小脇に抱え、そのまま水平方向に飛んで今度はそはらの脇を掴んで再び小脇に抱えた。

 そしてそのまま上空に向かって急上昇を続ける。

「Pステルスモード全開ッ!!」

 ニンフ及び智樹とそはらの姿はその言葉と共に一瞬にして掻き消えた。

 

 イカロスはニンフ達が姿を消した上空をジッと見ている。

「……絨毯爆撃で炙り出してやっても良いのですが、今日の所は止めておきます。マスターを嬲る役割をおう男達が傷ついては困りますからね」

 イカロスは空を眺め続ける。

「……明日の夜、決着をつけましょう。明日の夜、この世界は生まれ変わります」

 ニンフたちはこの付近で自分の話を聞いているに違いないと確信を持ちながら。

「……では私はこれで失礼します。明日の祭りの準備で忙しいので」

 それだけ述べるとイカロスは闇に染まった神社の森の中へと姿を消していった。

 

 ニンフは姿を消し続けたまま桜井家へと向かって飛行を続ける。そして両脇に抱えている智樹とそはらに向かって話し掛ける。

「オレガノはアルファと手を組んでいると言っていたから……アルファはおそらく五月田根家でカードを発動させるつもりね」

 ニンフは自分が得ている知識から最も可能性が高い選択肢を述べた。

「攻め込むんだね」

 そはらの言葉に首を頷いてみせる。

「そはらは空女王を門の所で食い止めて。私と智樹は裏から回り込んでカードを破壊する。あんなもの、あっちゃいけない」

 ニンフの言葉に智樹はハッとした表情を見せた。

「ちょっと待ってくれ」

「何?」

「そはらがイカロスと戦うのは不利だ」

 ニンフとそはらの顔が一斉に智樹へと向く。

「どうして、智ちゃん?」

 そはらは自分の右腕を見ている。

 その右腕に宿る聖剣殺人チョップ・エクスカリバーはイカロスのアポロンをも上回る威力を秘めている。

 それは智樹もよく知っている。だが、それでも智樹はそはらがイカロスと戦うのは不利だと述べていた。

「イカロスの強さは戦争そのものだ。同じ類の力じゃなきゃ対抗出来ねえよ」

「じゃあ、誰が?」

「イカロスは……俺が倒すっ!!」

 智樹は力強くそう宣言した。

 

 

「同じ類の力……」

 桜井家に辿り着いた3人は居間で体を休めながら作戦会議を開いていた。

「イカロスは俺が倒すっ!」

「それはさっき聞いたわ」

 ニンフは智樹に背を向ける。

「イカロスのアルテミス、ゲート・オブ・アポロンに対抗する為には智子の固有結界しかないわよ」

「でも、今の智ちゃんに智子ちゃんと同じ結界が張れるとは思えないのだけど……」

 そはらが言葉を付け足した。

「自分で補えない分は他所から持ってくれば良いのよ」

 ニンフは振り返りながら笑ってみせた。

「だから……ね……」

 ニンフが頬をポッと赤らめた。

「きょっ、今日の所はよく眠っておきなさいよっ! あっ、明日、最高のジャミングシステムを掛けて智樹の力を最大限に引き出してあげるんだから」

 ニンフは腕を組んでプイッと首を背けた。

「「へっ?」」

 智樹にもそはらにも訳が分からなかった。

 こうして決戦前夜の桜井家の夜は更けていった。

 

 

 空美神社の森の奥深くから男のわめき声が聞こえてきていた。

「ぎゃぁあああああああぁっ!! う、腕がぁあああああああぁっ!?!」

 アストレアの攻撃により体を強打され腕を抑えて苦しみもがく鳳凰院・キング・義経の姿がそこにあった。

 そしてそんな彼の元に空から天使が舞い降りてきた。

「……鳳凰院・キング・義経さん。探しましたよ」

 イカロスは地上に降りると義経に向かって笑い掛けた。

「えっ?」

 義経はイカロスの笑みを見て無性に恐怖を感じた。

 義経は常日頃イカロスの笑顔が見てみたいと思っていた。

 だが、それが叶ったというのに心は少しも晴れない。

 それどころか怖くて仕方がない。

 何故今、少しもおかしくないこのタイミングで笑うのか?

 まるで分からない……。

「……義経さんには新世界のアダムとアダムのアダム役になっていただきます」

「あの? それは一体どういうことでしょうか?」

 義経が恐る恐る尋ね直す。

 それに対するイカロスの回答は……瞳を蘭々と赤く輝かせることだった。

「……私の作る新世界の男達はみんな美男子でなければなりません。貴方は、その基です」

「はっ?」

 義経はイカロスの言葉の意味を図りかねて首を横に捻った。

 だが、次の瞬間、義経の視界は突如漆黒の闇によって飲み込まれてしまった。

「えっ?」

 そして何かを意識するまでもなく一瞬にして混沌状態へと陥ってしまった。

「イカロス…………さん…………?」

 その言葉を最後に義経の意識は完全に無へと落ち去った。

「…………マスター、鳳凰院さん、カオスの一部さえカードに使用すれば、私の望みはより完璧な形で叶います。マスター総受けの理想世界が……」

 イカロスは再び闇の中へと姿を消した。

 

 

 

「……って、何でこんな夜中に目が覚めるんだ?」

 激闘と披露の極地にいる筈なのに智樹は真夜中に目を覚ましてしまった。時計を見れば午前2時34分。

「神経が……高ぶっているのかな? まあ、そうだろうな」

 智樹は上半身を起こして溜め息を吐いた。

 今日1日で色々なことがあり過ぎた。

 美香子が守形が、そして智子が戦場の露となって消えた。

「何でこんなことになっちまったんだろうな……?」

 どんな願いも叶えてくれるというシナプス最高の効力を持つカード。そのカードを巡ってあまりにも多くの血が流れすぎていた。

「何で中学生とほのぼの未確認生物による争いで世界の終わりを賭けて戦わないといけないんだか……」

 また溜息が出る。

「コイツだったら……ウエスト減らしたいとか英語の発音を良くしたいとか無害な願い事しかしないだろうから安心なんだろうがなあ」

 隣で寝ているそはらの顔をジッと見る。

「智ちゃ~ん♪ えへへへへへへへ♪」

 どんな夢を見ているのかは分からないがそはらは幸せそうな寝顔で智樹の名を呼んだ。

「まったく……この非常時だってのに」

 智樹は呆れた表情を見せる。けれどすぐに優しい表情を見せた。

「明日からも安心して眠れる世界を絶対に作ろうな」

 智樹はそはらを起こさないように静かに立ち上がった。

「…………智ちゃん。大好き……」

 そはらの寝言は廊下を歩く智樹には聞こえなかった。

 

 智樹は何か飲もうと思い1階へと降りてきた。

 すると居間の襖が僅かに開いて光が漏れているのが見えた。

「そういや……アイツらは眠らないんだよな」

 ふとしたことで思い出す人間とエンジェロイドの違い。智樹やそはらが寝ている間もエンジェロイドは眠らない。活動を続けている。

 それが智樹には少しだけ不思議で新鮮でちょっとだけ悲しく思えた。

 音を立てないようにそっと居間へと入っていく。

 電灯は付いていたがテレビやラジオの類はついていない。それどころか居間の中央にいるニンフは両手を合わせ静かに目を瞑っていた。それは祈っているように見えた。

「ニン…フ……」

 見たことがないニンフの様子に智樹はつい声を掛けてしまった。

「ああ。智樹……起きちゃったの?」

 ニンフは目を開いて智樹を見た。

「ああ、まあな。で、お前こそ、その、どうしたんだ? 手なんか合わせちゃってさ」

 智樹は恐る恐る尋ねた。

「ああ。これは人間の真似かしらね。エンジェロイドの私は神様なんて信じちゃいないけれど……それでもやっぱり祈りたいって思ったの」

 ニンフは智樹を見た。

「今日は、日付を越えちゃったから正確には昨日は……悲しいことが多すぎたから」

 ニンフは俯いた。

「そうだな。ハーピー、カオス、先輩、会長、智子。みんなもういなくなっちゃんだよな。たかがカード1枚の為にさ」

 智樹が同調して溜め息を吐いた。

「そのカード1枚の為にデルタもオレガノも逝っちゃったけどね……」

 ニンフの声は涙掛かっていた。

「アストレアも死んじまったのかよっ!?」

 その突然の知らせに智樹は大きく驚いた。

「うん。私を助ける為にオレガノと相打ちになってね……」

 ニンフの瞳には涙が滲んでいた。

「そっか」

 智樹はニンフの頭の上に右手を乗せた。

「ならさ……アイツに助けてもらった命……大事にしないとな」

 智樹はニンフのその青い髪を優しく撫でた。夜風の涼しさに身を引き締められながら撫で続けた。

 

 智樹がニンフの頭を撫で始めてから10分ほどが過ぎていた。その間、2人は一言も話すことはなかった。

 そして更なる時間が過ぎて智樹はようやく口を開いた。

「アイツ……アストレアは最期に何て言ってたんだ?」

 最も親しく気兼ねなく接することが出来た少女の最期を知らなければならない。

 智樹は強くそれを思った。

「智樹のこと……私によろしくってさ」

「えっ?」

 ニンフは再びその双眸からポロポロと大粒の涙が流れ始める。

「私が、分かったって言ったら……智樹のことは絶対に死なせないって言ったら……安心して逝けるって言って……そのまま……そのまま……」

 ニンフの瞳からは途切れることなく涙が流れている。

 悲しみに暮れる少女を智樹は正面から抱き締めた。

「ごめんな。辛いことを思い出させて」

 強く強くニンフを抱き締める。

 少女の悲しみを少しでも自分が背負えるように。

 智樹はニンフを抱き締め続けた。

 

「もう……大丈夫だから」

 長い時間が経過してニンフは小さく智樹に告げた。

 智樹がニンフをじっと見る。本当に離して大丈夫なのかちょっと戸惑った瞳。

「智樹が私のことをずっと抱きしめていたいのならこのままでも私は構わないけどね」

 ニンフはクスッと笑ってみせた。

 智樹は頬をポッと赤くしてニンフの腰から手をパッと離した。

「もう……そんな勢い良く離すことないじゃない。乙女心が分からないんだから」

 ニンフはプクッと頬を膨らませた。

「少年のナイーブな心は乙女心以上に繊細なんだよっ!!」

 智樹は顔を真っ赤にしながら腕を組んで顔をニンフから逸らしていた。

「こんなアンタのことをデルタから任されちゃったのよね、私は」

 ニンフは智樹の手を上から握った。

「可愛い後輩の頼みだから、ちゃんと聞き届けないとね」

 ニンフは智樹の手を持ち上げて自分の頬に寄り添わせた。

「…………ああ。頼む」

 智樹はますます顔を赤く染めながら顔を背け続けた。

 

「あ~っ!! ニンフさん、智ちゃんとイチャイチャしている~~っ!? 1人だけ…ずっ。ずるいよ~~っ!」

 いつの間にか1階へと降りて来ていたそはらに2人は寄り添っている姿を見られてしまった。

「いっ、いや、これはだな……っ!?」

 浮気を妻にみつかった亭主の様に驚く智樹。

「あらっ? そはらには言っていなかったかしら? 私と智樹の夜はいつもこんな感じ。ううん。これ以上に濃厚なのよ♪」

 フフフと不敵に笑みを浮かべてみせるニンフ。意味ありげに腹部に手を置いてさすっている。

「智ちゃんとニンフさんが既にそんな深い仲になっていたなんて……そんな~~~~っ!」

「え~い。そはらはそんな出鱈目を信じるなっ! そしてニンフは馬鹿正直なそはらに嘘を吹き込むんじゃないっ!」

「智樹っ。子供の名前は何にしようか?」

「俺は子供が出来るようなことはしていねえってのぉ~~っ!!」

 あっという間に騒々しい雰囲気に包まれる桜井家。こうして決戦前夜は賑やかに過ぎていった。

 

 

 翌日。空女王イカロスとの決戦までいよいよ残り数時間となった。

 日没を跨げばいよいよ世界の滅亡をもたらさんとする最強のエンジェロイドとの決戦が控えている。

 桜井家の居間では対イカロス戦に向けて最後の作戦会議が行われていた。

 

「今夜の決戦の第一目標はカードの破壊。もしくはイカロスの願いの無効化よ」

 ニンフはシナプスの技術を用いたスクリーンを空中に投影しながら今回の決戦の目標を述べた。

「たとえアルファに戦闘で勝利しても、アルファの願いが叶ってしまうのなら世界は滅びる。逆に、アルファに戦いで勝てなくても、カードさえ使えなくしてしまえば世界が滅びることも智樹が総受けになることもないわ」

 ニンフはスクリーンに 『カードの破壊・無効化 > 空女王の打倒』 と示した。

「アルファは昨日の話し振りからどうもじっくりと時間を掛けて何か儀式…様式を整えてカードをより完璧な状態で発動させようとしていることが推測できる。だから、私達が取る方針は2つ」

 ニンフはVサインを作って2人に示す。

「カードがまだ本格的に発動していないようなら、何でも良いから他の願いを叶えてカードを使っちゃえば良いわ。あのカードは1度しか発動出来ないからアルファの野望を断つことが出来る」

「それじゃあ、俺がモテ男になって世界中の美女に揉みくちゃにされるとかもありか。ムッヒョッヒョッヒョ」

 智樹はスケベな笑い声を発した。

「「それは絶対に駄目っ!!」」

 ニンフとそはらは間髪入れずに大声で却下した。2人とも目を剥いて怒りを露にしていた。

「ちょっと言ってみただけじゃんかよ……」

 智樹は涙目でいじけていた。

「とにかくっ! カードがまだ発動していない場合は他の願いを叶えることでアルファの野望を阻止する。これが最も重要なことよ!」

 ニンフは智樹を睨みながら念を押した。

「あっ、ああ。分かった」

 智樹は半分ビビりながら頷いた。

「次の場合、カードがもう発動直前である場合は……全力をもってカードを破壊する」

 ニンフは表情を引き締め直した。

「けれど、相手はこの世の理さえも書き換えてしまう超強力な力を秘めたカード。発動中のそれを破壊するなら同じくこの世の理さえも断ち切ってしまう力。即ち、そはらの殺人チョップ・エクスカリバー以外には不可能なことでしょうね」

 ニンフの視線がそはらの右腕へと注がれる。

「だから……今日の作戦の一番の要はそはらね。そはらがカードさえ破壊さえしてくれればアルファの暴走も収まるかも知れない」

「そうだね。頑張るよ」

 そはらは力強く頷いた。

「だから私達はそはらがカードを破壊できるように全力でサポートする。それが役目よ」

「分かった」

 智樹もまた力強く頷いた。

 

「それで、カードの位置と敵戦力だけど……」

 ニンフはイカロスが現在アジトにしている五月田根家の見取り図を映す。

「センサーで探った結果、カードは内庭の一角に存在する温泉にあると見て間違いないわ」

 ニンフは温泉マークが表示されている部分を指差した。

「あの温泉って、昔俺が知らずに入って会長の家のオヤジさんに殺され掛けたあそこのことだろ? ああ、すっげぇ~嫌な記憶が蘇ってきた」

 かつて智樹は誤って五月田根の一族以外には入ってはいけない露天温泉に入ってしまい、しかも美香子と鉢合わせた罪で殺されそうになったことがある。

 結局はイカロスが武を示したことで事態は解決を見た。そしてその時以来五月田根家はイカロスに心酔している。

 だが、あの時に本気で殺されそうになった体験は智樹の中でトラウマになっていた。

「偶然なのか、それとも智樹のトラウマを逆手に取ったのかは知らないけれど、カードは五月田根家の温泉にある。そして──」

 ニンフは『五月田根家』と書かれた部分を凝視した。

「五月田根の頭首以下の武闘派連中はアルファに従っているか操られているか……どちらにしても敵として現れるでしょうね」

 ニンフは目を瞑りムッとした表情を見せた。

「確かに私達にとって、武器を持っているとはいえただの人間の戦闘力は決して高くない。でも……彼らの存在がアルファを呼ぶ為の時間稼ぎに使われるのならとても厄介よ」

「そうだよね。邸内で見つかってイカロスさんを呼ばれたらカードまで辿り着けなくなっちゃうもんね」

「それだけじゃねえ。そはらの殺人チョップ・エクスカリバーは発動まで時間が掛かる。しかもその間はかなり無防備だ。温泉の周囲にあの怖いおっさん達がいたんじゃカード破壊が出来ねえ」

 3人は顔を見合わせて溜め息を吐いた。

「そういう訳で役割分担が重要になって来るわ」

 ニンフは再びスクリーンへと顔を向けた。

「私が正面から乗り込んで可能な限り五月田根一門の気を惹く。同じく正面から突入する智樹はアルファの足止め。そしてそはらが裏手から侵入してカードの無力化よ」

 智樹とそはらは無言のまま頷いた。

「でも、これはあくまでも基本形。アルファも私達の出方ぐらいは当然理解している筈」

 ニンフは大きく息を吸い込んだ。

「アルファも私達の作戦を妨害するように出向いて来る筈」

 鋭い瞳が2人を捉える。

「だから途中で作戦が崩れてしまっても構わない。誰がどんな形でも良いからカードをアルファの望む形では使用させないこと。それが一番大事なことよ」

 2人は改めて頷いた。

「目標を達成出来るように2人にはジャミングシステムで能力を一時的に強化してもらう。特に智樹は智子と同等の力を持ってもらう訳だからちょっと大掛かりになるわよ」

「ああ」

 智樹は再び力強く頷いた。

 

「じゃあ、私は先にそはらの能力を強化するから、30分したら私の部屋まで来て」

「あっ、ああ……」

 何故そんな時間を置いて、しかも他の場所で行うのか分からなくて智樹は戸惑う。

「分かったらとっととこの部屋を出て行きなさい。30分経つまで自分の部屋にいること。いいわね!」

「わ、分かったよ。一体、何だってんだ?」

 智樹はブツブツ言いながら居間を出て行った。

 ニンフは智樹が出て行ったのを確認してからそはらへと振り返る。

「じゃあそはら。強力なジャミングシステムを掛けるから服を脱いで裸になって」

「へっ?」

 そはらの口が半開きになり目が点になった。

 

 

 30分が経過した。

 ニンフに言われた通りに自室に篭っていた智樹は、今度は1階のニンフの部屋、要するに客間の前へと足を運んでいた。

「わざわざニンフの部屋で儀式って一体何だってんだ?」

 先ほど廊下ですれ違ったそはらがポ~として上の空だったのが気になった。

「入るぞ」

 声だけ掛けてニンフの返事を待たずに入っていく。

 室内は昼間にも関わらずカーテンが締められており電気も付いておらず薄暗かった。

 そして、その薄暗い部屋の中央にニンフは立っていた。

「って、ニンフっ!? おまっ、何て格好してるんだあっ!?」

 智樹はニンフの姿を見て驚いていた。何故ならニンフはシンプルな白のパンツとブラのみという下着姿で立っていたのだから。

「きょっ、強力なジャミングシステムを発動させる為には必要なことなのよ……」

 ニンフは顔を真っ赤に染めて目を逸らしていた。

「ジャミングシステムは普通私が一方的なプログラミングの書き換えを行うの。でもね、より強力な力を引き出そうとするなら私と対象のシンクロが重要になって来るの。シンクロするのに衣服はない方が良いのよ」

 ニンフは俯いて智樹と視線を合わさない。

「だから智樹にね……私を心と体でいっぱいに感じて欲しいの。そして私も智樹をいっぱいいっぱい感じたいの」

 ニンフは俯いたまま大きな声で述べた。

「だから……ね。智樹がしたいこと……何でも私にして良いよ……私のこと……好きにして良いから……」

 ニンフは体中を真っ赤にしてそう掠れるような声で小さく呟いた。

「なあっ!?」

 智樹が上半身を仰け反らせる。

「おっ、女の子がっ、如何なる理由があろうとそんなことを男に簡単に言っちゃいけません……っ」

 智樹はニンフから顔を逸らしながらモラルを訴えた。

「簡単じゃ…ないよ」

 ニンフが近付いてきて智樹の手を握った。

「私がこんなことを言うのは……これまでもこれからも……智樹1人だけよ」

 ニンフが智樹の両手を上から握り締めている。とても強い力を感じる。そして彼女の吐息をごく近くで感じる。

 智樹は自分がどうにかなってしまいそうだった。

「私は智樹のことが大好きだから……智樹に色んなことをして欲しい。私、智樹にだったらどんなことだってしてあげられるから」

 智樹の体がビクッと震えた。小刻みな震えが止まらない。

 心臓の鼓動がやけに高鳴ってうるさくてまともな思考が出来ない。

 今ニンフと視線を合わせたら自分が彼女に何をしてしまうのかもう分からない。

 

「智樹は……私のこと、好き?」

「す、好きだよ」

 智樹は反射的に答えていた。

「お嫁さんにもらってくれる好き?」

「えっと……それは、その、まだ分かんねえよ。俺、まだガキだから……」

 智樹は酷く戸惑った。

 性の対象としての女性は人一倍以上によく理解している。というか追い求めている。

 けれど一方で連帯対象としての女性は智樹にはどうしてもよく分からないものだった。

 いや、考えることをずっと避けてきた。エンジェロイド達が地上に降りてきてからそれを考えることを今まで以上にやめていた。

 だから、急にそれを問われると自分の思考の整理が追い付かない。

 人間、考えていないことは突然尋ねられても上手く回答できない。

「智樹は……私のことを愛してくれてないの?」

 ニンフがとても悲しい瞳を自分に向けているのが視界の隅に映った。その瞳を見た瞬間、智樹の全身の血が一気に加熱した。

「愛してるに決まってんだろっ!! 俺はお前が大好きなんだよっ!! ……えっ?」

 智樹は叫んでから自分に驚いた。

「ありがと……智樹」

 ニンフが智樹の胸に抱きついてきた、

 智樹は自分の発言とニンフの行動に硬直してしまい、石のように硬くなって何も言えない状態に陥っている。

「私……あなたの所に降りてこられて……幸せだよ」

 そう言ってニンフは背伸びをして──

 智樹の唇に自分の唇を重ねた。

 

「大好きだよ……智樹」

 

 智樹は硬直したまま呆然とニンフの唇を受け入れていた。

 その唇はとても温かなものだった。ニンフの体温、いやニンフという存在そのものの温かさなのだとすぐに気付く。

 そしてその温かさが智樹にはとても心地良かった。心の奥底から温かいものが込み上げてくる。ニンフの温かさと自分の温かさが混じり合う。

 それは智樹がかつて得たことがない心の充足をもたらしてくれた。

そう。智樹は幸せを心から、存在全てから感じていた。ニンフとのキスを通じて。

 そしてニンフの唇と触れ合いによって智樹の奥底に眠っていた何かが目覚めていく。

 漠然としたそれはニンフの温かさの手助けもあって鮮明に、色鮮やかに形を作っていく。

 智樹が忘れていたこと。そして智樹がまだ知らない筈のものさえも明瞭に形成されていく。

 智樹の中で、多くのものが繋がり、そして新たに生み出されていった。

 

 気が付けば智樹は自分からニンフの腰に手を回し抱き締めていた。更に長い間、より激しくニンフの唇を味わおうと強く抱きしめる。

 けれど、智樹は人間だった。唇を塞がれた状態で長時間活動できるように出来てはいなかった。

「プハッ!」

 最後は窒息寸前となり酸素を求めるようにして顔を離した。

 顔を離してから改めて自分が抱きしめている少女を見る。

 この子と……キス、したんだ。

 智樹の胸がかつてない程に高鳴っていた。それも今にも空に飛び立ってしまいそうな程に気分が高揚していた。

「あの……さ……」

 何か声を掛けなければと思う。けれど、何と言えば良いのか分からない。

 すると先に言葉を繋いだのはニンフの方だった。

「はいっ。ジャミングシステム発動完了よ」

 ニンフはさらっと説明を付けた。

「えっと……?」

「今の智樹は智子と同等の能力、ううん。智樹のオリジナルの力もあるから、智子以上の力を発揮出せるわよ」

「あの……」

 智樹は言葉を上手く発せない。けれど、この展開はちょっと違うんじゃないかと思った。

 智樹の気分はかつてない程に盛り上がっている。目の前にいるニンフが愛おしくて堪らない。このままもう1度キスを、そしてその続きさえしたいと思っている。彼女の全てを手に入れたい。

なのに、そのニンフは能力の説明に入っている。

 今、聞きたいのはジャミングシステムの説明じゃない。ごちゃごちゃした頭でそう考えていた。

「という訳でジャミングシステムの強化は完了したわ」

 それだけ言うとニンフは智樹の腕を離れてタンスから着替えを取り出して、服を着だしてしまった。

 それを見ている智樹は体と心のモヤモヤが止まらない。

「あの……ニンフさん?」

「じゃあ私は居間でおやつ食べてくるわね」

 ニンフは智樹の脇を抜けて室外へと出ていこうとする。

 智樹はニンフに向かって手を伸ばすが、その手を掴んで良いのか判断が付かない。そして躊躇している内にニンフは遠ざかっていき、扉を前にした所で振り返った。

「次のキスは……智樹からしてよね。私、待ってるから」

 ニンフの顔はトマトよりも更に赤かった。その瞳は潤んで熱を帯びていた。

「そして絶対に勝つわよ、今日の決戦っ!」

 ニンフは勇ましく叫ぶと部屋を出ていった。

「ニンフ……このジャミングシステムは効果抜群過ぎだっての」

 智樹は尻餅をついて頭から横に倒れた。

 少年は少女が今までとは違う特別な存在になったことを認めない訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 午後7時。太陽が沈むの待って出発した智樹達一行は五月田根屋敷から100mほど離れた畑の中にステルスモードで身を隠していた。

「じゃあ、最終確認よ」

 バトルコスチューム姿のニンフが息を潜めながら作戦の概要を説明する。

「私と智樹が姿を消したまま正門をぶち破って五月田根家に突入する。そして正面突破で中にいる武闘派組員をねじ伏せていく。アルファが出てきたら智樹に相手をしてもらう。出て来ないのならそはらが邸内に入り易くなるように露払いをしておくわ」

「ああ、分かった」

 ニンフの説明に智樹が頷く。

 その2人の様子が先程までとは違う空気を纏っていることにそはらはどうしても気づいてしまう。

 2人の間に全幅の信頼関係というか、それ以上のものさえも感じてしまう。

「やっぱりさっきあの部屋で2人に何かあったんだ……っ」

 そはらはジャミングシステム発動する為にお互い裸で頬にキスをしあった。その衝撃の大きさ故に智樹とニンフが2人で何をしていたのか確かめることが出来なかった。

 けれど、自分とニンフの間に起きたことかそれ以上のことが2人の間に起きたのではないか。そんな気がしてならない。

「ニンフさんも智ちゃんも……お互いに好き合っているだもんね」

 そはらは言葉を発してその内容に自分で驚いて大きく溜め息を吐いた。

 カード争奪戦が起きる前は自分にも勝ち目があるのではないかと密かに思っていた。

 けれど、この戦いを通じて智樹と絆を深め合っていったのは自分ではなくニンフの方だた。それを認めない訳にはいかない。

「あ~あ……辛いなあ」

 自分が智樹のヒロインになれるそんな世界があれば。そんなことをつい考えてしまう。

「でも今は……イカロスさんを止める方が先だよね」

 仮にこの先逆転のチャンスがあるのだとしても、この世界が男だけのものになったのではそはら自身も消失してしまう。

 だからまずは世界を救うことが優先だった。

「それにわたしは……智ちゃんもニンフさんも大好きだからね」

 自分の発した言葉にまた驚いて溜め息が漏れ出た。

「そはらは私達が突入した5分後に塀を飛び越えて裏の方から温泉を目指して。強化した今のそはらなら塀の高さぐらいは何でもないから」

「うん。分かったよ」

 力強く頷く。

 今は余計なことを考えている場合ではない。それは確かだった。

 

 それから間もなく智樹とニンフは姿を消したまま正面から五月田根家に強襲を掛けた。

「パラダイス……ソングッ!!」

 ニンフが門を突き破り中へと侵入していく。すぐに邸内では戦闘、というか姿を消した智樹とニンフが組員たちを撃退していく音が鳴り響き始めた。

「よしっ、わたしも移動しなきゃ」

 闇夜に紛れて敷地の反対側へと移動する。ジャミングシステムの強化のおかげで驚くほど俊敏に、そして静かに移動できた。塀付近の木の影に身を隠す。邸内からは戦闘の音がひっきりなしに続いている。つまり囮が有効に機能しているということだった。

 時計を確認する。午後7時14分50秒。智樹たちが突撃してから4分50秒が経過。間もなく突入予定時刻だった。

 そはらは陸上のクラウチングスタートのような姿勢を取る。それから頭の中でゆっくり5つ数えていく。

 そして5を数えた瞬間だった。

 邸内から男達のとても大きな悲鳴が幾つも聞こえてきた。ニンフ達の戦果に違いなかった。悲鳴をスタートの合図としてそはらは全速力で塀に向かって走る。塀を手前にして垂直に飛び上がる。

「体が……軽いっ!」

 3mほどもある塀を余裕でひとっ飛びする。塀を一気に飛び越え、敷地の中へと足を付ける。

 この調子ならばすぐにでも温泉に辿り着けそうではあった。

 実際に動き出したそはらは瞬時に温泉へと接近していた。それは彼女に任務達成を予感させていた。

 その人物、いや、ソレを見るまでは。

「へっ?」

 ソレを正面に見てそはらは止まらざるを得なかった。

「ふぉっふぉっふぉっふぉ。アリじゃよ。アリ」

 ソレはそはらを見ながら笑っていた。

「何? あれ? スイカの……オバケ?」

 そうとしか表現できないソレがそはらの前に立ちはだかっていた。

 

 

 つづく

 

 

 


 
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