No.442299

アイマスシンデレラガールズ二次創作 新天地

ピッグさん

やだ佐久間ちゃん怖い

2012-06-26 22:49:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:520   閲覧ユーザー数:498

・新天地

 アイドルにとって、移籍は必然とも言って良いイベントの一つである。

 理由は人それぞれだが、共通するのは、皆アイドルとしての新たなステップを踏もうと、僅かに燻る不安を期待で押し包み、新天地へと降り立つ。

 

 そんな中、時折、他のプロダクションで相応の実績を上げている状況で移籍を行う、中堅とも言って良いアイドルもいる。

 そういったアイドルは基本的に他の事務所から引き抜く形になるので、通常のアイドルよりも幾分面識がある状況からスタートする。

 

 今、プロデューサーの前に座る少女も、そんな一人だった。

 

 「じゃあ当面の方針は以上の形でいいかな?」

 「勿論ですよ。だってまゆ、プロデューサーさんにプロデュースして貰うために来たんですから」

 

 パーティションで区切られただけの応接室の、上等とは言えない簡素なソファーに身を収める少女は随分と華奢ではあったが、凛としていた。はっきりと受け答えをする。疑問に思った事に関しては要所要所でしっかり確認を取る。その場慣れした雰囲気に、彼は安堵を覚えた。

 

 彼女、佐久間まゆは、彼が広島営業に赴いた際に引き抜いたアイドルだった。

 出会った当時、既に他の事務所で読者モデルとして実績を持っていた有望株であった彼女に、是非ウチのプロダクションにと持ちかけたのが最初の出会いであった。

 このような引き抜きの場合、当然の社会常識として、時間を掛けてゆっくりと先方と調整を図るのが常である。だが、今回は彼女は当人の強い希望という理由から、意外にもあっさりと移籍が決まったので、拍子抜けすると同時に不安を覚えた。

 

 ひょっとして経歴や賞罰、素行調査でこちらが把握していない箇所があるのではないかと。

 

 だが、広島から戻り彼女との初ミーティングに臨む前に四方手を尽くして調べたが、これと言って問題は見つからない。ならばミーティングの時にそれとなく探りを入れるかと構えていたのだが、これまでの所で特別気に掛かる部分はなかった。

 

 (まあ、この感じならプロデュースする分には問題ないか。顔は一部で売れてるし、声も悪くない。映像でアピールすれば割合短期で売れる素養はあるし、先方には申し訳ないがありがたい)

 一先ずの結論をだし、机の上に出されていた麦茶を彼女に勧めつつ、自身もグラスを手に取る。

 

 その時、彼の背後から、ばちんとなにかが弾ける音の僅か後、ガラスの砕ける大きな音が響いた。

 音に身を縮こまらせていた彼が慌てて後ろを振り返ると、壁には四角いまっさらな枠が浮かび上がっている。

 まさかと、ソファーから身を乗り出し床を見た彼の視線の先には、A4サイズのフォトフレームがガラス片をまき散らして横たわっていた。

 

 「ありゃま……。卯月に付けて貰ってたのが不味かったかなぁ」

 

 苦笑しつつ、それを拾い上げると、適当に回して傷を調べた。裏を見ると紐千切れてその両端が解れいてる。古い押しピンで留めたのが不味かったかなぁ、と、独りごちながら、フレームの傷みを確認する。縁そのものは可愛らしい彫刻が入った木製であったため、少々ガラス片が刺さっていたが、裏張りのアルミがあるお陰で、割れる程の被害は出ていなかった。

 ガラス片を慎重にゴミ箱へ落とし、中の写真が傷ついてないか確かめる。

 あばら屋の様な古い社屋の部分は少々ひっかき傷が付いているものの、弾けるような笑顔の前川みく、彼女に抱きつかれ照れくさそうに笑う島村卯月、その両隣にいる鯱張った表情の自身と、今と変わらない力強い笑顔の千川ちひろは傷一つ無く写っていた。

 

 「プロデューサーさん、さっきから気になってたんですけどその子達って……」

 

 背後から聞こえた声に振り替えると、佐久間が彼のすぐ脇から写真を見つめていた。

 

 「俺が初めてプロデュースした子達だよ。あの頃は必死だったからなぁ、社屋もこんなボロボロな建物だったし。でもみんなで頑張ってここまで来たんだ」

 

 新社屋へと引っ越しする前日、折角だから記念写真を撮りましょうという卯月の提案で慌てて撮影した写真。最初はセロハンテープで直接貼り付けようかと思っていたが、引っ越し記念ですと卯月とみくから差し出された包みに、このフレームが入っていた。

 こんなにもうちのプロダクションを……。と、柄にもなく目頭が熱くなった事を暫くからかわれた事を思い出し、思わず苦笑する。

 ひたむきな努力で、彼女たちに売れっ子アイドルとして忙しく走り回る日々が訪れた今現在。初心を忘れるべからずの証として、プロダクションの面子は皆この写真を気に入っていた。

 

 「あ……」

 

 その時、佐久間が声を発した。

 

 「ん?あ、指切っちゃってたか」

 

 彼女の視線はフレームを掴む彼の指に注がれていた。切った痛みはなかったが、指先にはぷくりと赤い珠ができている。まずい事に、フレームにも少し付いてしまっていた。慌てて机からティッシュを取ろうとしたその時、佐久間のか細い手が指に添えられた。そして、彼女はごく自然に、自身の口に運んだ。

 彼の指先に、唇の柔らかさと傷を撫でるように這う舌の艶めかしい感触が伝わる。

 

 「……っ! 何をやってるんだ!」

 

 慌てて腕を引っ張ると、名残を惜しむような吐息と共に口から離れた。僅かに糸を引いていた指先に、唾液で滲む血液がじわりと広がる。

 

 「ばい菌が入るから舐めたんですよ。それにプロデューサーさん以外にはしませんから安心して?」

 「そういうことを言ってるんじゃなくて……」

 

 動揺を隠すように素早くティッシュで指を押さえると、ロッカーの上に置いてあったセロハンテープでそれを乱暴に巻き始める。

 必要以上に巻き付けた後、テープを切って、具合を確かめるように指を揉む。極力、彼女の方を見ないようにして、混乱する頭に無理矢理指示を出す。

 (突飛な言動は別段珍しいものじゃない。しかし、なんだこの感覚? いままで担当していたアイドルと勝手が違うという範疇で考えて良いものじゃない。まずい、なにかがおかしいぞ)

 

 「駄目ですよぉ、ちゃんとしないと困った事になっちゃいます」

 

 混乱する頭に不思議と耳に響いてきた声に、思わず顔を上げる。その瞬間、佐久間の薄く藍がかった瞳に目を奪われた。先ほどまでの印象とは違う。なにか得体の知れないものが彼女の瞳を見続けるようにと、真綿の様な柔らかな手で顔を押さえつけられているような、不可解な感覚。

 何か話題を逸らさないといけない。そう考えるも、プロデューサーの口は真一文字に閉じられたまま開く事は敵わなかった。

 その時、彼女の柔らかな口が開いた。

 

 「この二人ってTVでよく見ますけど、プロデューサーさんがプロデュースしたんですか?」

  

 その言葉と共に不可解な感覚も雲散霧消した事に安堵しつつ、相手に悟られないように努めて平静を装いながら言葉を絞り出す。

 

 「……うん。今思うとキツかったけど楽しかったなあの頃は」

 「えへへ、まゆとならもっと楽しくなりますよぉ」

 「ははは、言ってくれるね。それだけの自信があるなら安心だ。……ちょっと倉庫に行ってくるよ。確か予備のガラスがあったと思うから探してくる。ちょっと待っていてくれ」

 

 言うが早いか勢いよく飛び出した彼の背に、佐久間の声が触れる。

 

 「ええ、いつまでも」

 

 足早に事務所奥へと進む。浮き出た脂汗が首元に溜まり酷く気持ち悪い。彼はネクタイを乱暴に緩めた。

 ガラスの捜索なんて彼女が帰ってから好きなだけすればいい話だ。そもそもミーティングは既に終わっている。

 お疲れ様。じゃあ次のスケジュールの日に。そして玄関まで送る。それだけでよかった。それでも彼女から一刻も早く離れたかった。

 

 異様な様子を察したのか、千川ちひろが声を掛けてきた。しかし、一声も返すことなく彼は奥へと進む。

 応接室を出てから割れ鐘の様に響く音は。それは自身の心臓が発しているのか、それとも心が発しているのか。倉庫へと逃げるように入り、意識を逸らそうと必死に予備のガラスを探す彼には理解する余裕はなかった。

 

 

 

 

・まっさらなフレーム

 

 プロデューサーは、確か予備のガラスがあったはずだから取ってくるよと言い残し、事務所の奥へと向かっていった。

 佐久間まゆは、ロッカーに置き去りにされていたフォトフレームを手に取った。フレームの端にプロデューサーの血が付いている。ソファーへと戻り、バッグから取り出した淡い桜色のハンカチで押しつけるように拭き取る。

 血を拭き終えると、ハンカチに幾つか咲いた赤い花を満足そうに撫でながら、唇を震わせる程の声で、「やっぱり運命なのね……」と、呟いた。

 

 彼女は、破片の残るフォトフレームを見つめる。

 事務所を移籍してから初めてのミーティング。その最中に、紐が切れて落ちた写真。

 

 まゆがいる時に、プロデューサーさんが最初にプロデュースしたアイドルの写真が落ちるなんて。

ハンカチをそっと口元へと運び、プロデューサーの血に口づけしながら、彼女は沸き上がる感情に心を委ねていた。

 

 咄嗟に口に含んだ時に広がった彼の血の味は、彼女の心を震わせた。

 彼の優しさが体中に流れ込んでくるようだった。

 自身を手に入れる為に心血を注いで追いかけてきたプロデューサーは、やはり間違いなく自分を幸せにしてくれる存在なのだと理解した瞬間だった。

 だから自身もプロデューサーを全身全霊で愛する事が運命なのだと、細胞の一片一片が沸き立った。

 運命を、確信した。

 

 視線をあげる。先ほどまでプロデューサーの座っていた席の背後、フォトフレームがあった場所は、周囲の汚れを撥ね付け、設立当初の色合いを浮かび上がらせていた。彼女は、スゥッと息を吸い込み目を閉じる。

 そして、凛とした声で語りかけた。

 

 「プロデューサーさん、あなたたちの時よりずっと楽しくお仕事するわ」

 

 薄く目を開き、端が赤く染まったハンカチを愛おしそうに撫でながら視線を落とす。

 

 「だって、まゆはプロデューサーさんの為ならなんでもするもの」

 

 浅い歴史を留めた僅か数十センチ四方の白い壁紙に、自身とプロデューサーの写真が収まる夢想を続けながら、割れたガラスの向こう側、そこに収まりいつまでも微笑み続ける島村卯月と前川みくに微笑み返していた。


 
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