高校2年になって1カ月月ほど、ようやくクラスにも慣れ始めてきた5月のある日、俺がいつものようにてくてくと徒歩で20分かけて帰宅すると、玄関に女の子が所在なさそうに立っているのが見えた。妹を待っているのかなと思い会釈して通り過ぎようとしたら、彼女は見た目よりはやや大人びた声で俺を真っ直ぐ見つめながらこう言った。
「おにーさん、お願いがあるんです」
声をかけられて初めて意識して彼女を見てみると、ジーンズに空色のTシャツをあわせて上から薄手の白いコートを羽織っている。身長170センチの俺の肩程度の背丈に、栗色のショートヘアー、少し怒ったようなグレーがかったまん丸の瞳、うっすらと桜色に染まった頬、そして夕日を浴びてキラキラ光る控えめな唇。綺麗と可愛いの奇跡のバランスは俺の理想のタイプと言っても間違いじゃなかった。女らしさを振りまくでもなく、かといってがさつってわけでもない。ピンで留めた前髪の隙間から見える少し広そうなおでこは、熱が無くたって額を当ててみたいと思わせるし、身長なりに多少控えめではあるけど体のラインは十分に女性らしさを感じることができた。色素の薄そうな肌は―――
「おにーさん聞いてる?お願いがあるんだけど……」
彼女に再びそう言われて、一瞬で現実に引き戻された。
「わりぃ、ちょっと考え事をしてたからさ、いいよ何でも言って」
彼女に見とれていた事実を即答することで隠そうとしたけれど、上手く行ったかどうか少し自信が無い。
「本当にいいの?ちょっと面倒な事かもしれないんだけど」
少し困った顔をして彼女が念を押してきたけれど。
「いいっていいって、俺が力になれることなら何でもするから」
少し早口でそう答えた。自分の理想のタイプの女の子から上目遣いでお願いされて断れる男なんて正直どうかしていると思う。
だけど……俺は浅はかだったのかもしれない。
「アリガト、それじゃ……あまり人に聞かれたくない話だから」
はにかみながら彼女はそう言うと、屈んで耳を貸すように促した。
膝を折り曲げ彼女に身長を合わせると、ドキドキを気取られないように体を少し引いて彼女に耳を差し出す。
彼女はそんな俺の緊張を気にすることもなくその小さな唇を僕の耳元に近づけてくる。
シャンプーなのか香水なのか、シトラスを少し甘くしたような香りがした時、俺の胸のドラムはまともなリズムを刻めなくなっていた。
(なぁ?このシチュエーションって絶対なんかのフラグ立ってるよな??)
「私と一緒に……」
小さな声でそう言った彼女はそこでいったん言葉を区切ると、意を決したようにさらに耳に顔を近づけてきた。思わずゴクリと俺の喉が鳴る。そして、とうとう彼女の吐息が耳をくすぐるくらいまで二人の距離は縮まった。
彼女のはく息が俺の耳をじっとりと濡らす。
そして彼女はさらに声をひそめると、一音ずつはっきりとこう続けた。
「コ・ノ・セ・カ・イ・ヲ・シュ・ウ・リ・シ・テ」
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書きかけの乱文