No.439487

俺妹 あやせたん エイプリルフーる 後編

京介が刺されて死ぬだけのお話の後編です。

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
http://www.tinami.com/view/433258  その1

続きを表示

2012-06-19 23:48:50 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:2514   閲覧ユーザー数:2355

あやせたん エイプリルフーる 後編

 

 

「4連敗、だよなあ……」

 エイプリルフールということで知り合いの女の子たちにプロポーズして驚かせようと思い立った俺の作戦、

 黒猫、麻奈実、沙織にはまともに相手にされなかった。

 そして桐乃に至っては俺たちに血の繋がりがないという嘘を重ねて返されてしまった。

 桐乃の真に迫った演技に俺は完敗だった。

「少し散歩でもして気分転換しよう」

 結婚詐欺師としての才能がない俺は独り寂しく外へと出た。

 

「もう4月だって言うのに……風が冷たいぜ」

 背中に吹き付けて来る風が寒すぎる。

 今にも泣いてしまいそうな厳しさを感じながら俺は住宅街をトボトボと歩いていた。

「誰か俺の今の全所持金300円をあげるから……癒しを俺にくれないか?」

 風に向かって呟いてみる。

 エイプリルフールがこんなに過酷な日だとは思ってもみなかった。

 やはり根が正直で真面目であだ名が眼鏡になってもおかしくない俺に嘘は無理だったのだろうか?

 辛い。辛すぎる。

「あっ、京介お兄ちゃんだあ~っ!」

 と、正面から少女の甲高い声が聞こえて来た。

 幼くて、この日本人とはちょっとイントネーションが異なる声の持ち主は……。

「ブリジットちゃんっ」

 イギリスから日本へとやって来たオタク美少女モデル小学生のブリジットちゃんだった。

 

「おうっ、元気にしてたか?」

 久々に会った小さな友達の顔を見て憂鬱だった気分が少し晴れた。

「うんっ♪」

 ブリジットちゃんは元気いっぱいに返事をした。

「今日は一体どうしてこんな所に?」

 ブリジットちゃんがどこに住んでいるのかはよく知らない。けれど、この付近ではない筈だった。

「今日はカナカナちゃんの所に遊びに来たんだよ。お外に出ていたらちょっとはぐれちゃったんだけどね」

「そっか。ブリジットちゃんと加奈子は仲良しだもんな」

「うんっ♪」

 ブリジットちゃんは加奈子に懐いている。昔は何で加奈子にと思ったこともあったが、最近の加奈子の精神的な成長ぶりを見るとブリジットちゃんには先見の明があったのだと思う。俺やあやせよりも加奈子についてよく知っていたのだ、この幼い少女は。

 

「それより京介お兄ちゃん。随分落ち込んだ表情していたけれど、何か良くないことがあったの?」

 ブリジットちゃんが顔を覗き込んで来た。とても心配そうな表情で俺を見ている。

 俺は相当に分かり易く落ち込んでいたらしい。もうじき大学生だというのに、小学生に心配されてしまうとは情けないな、俺は。

「大丈夫だよ。大変なことなんて起きてないから」

 実際に大変なことは何も起きていない。

 ただ、エイプリルフールの嘘に失敗しただけ。俺が落ち込んでいる理由は本当にそれだけ。思い直してみるほどにどうでも良い悩みにしか思えない。

「でも、お顔が暗いよ」

「心配してくれてありがとうな」

 つまらないことで悩んでいることを自覚してしまうと余計悲しくなって来る。

「う~ん。何とかわたしが元気にしてあげられないかなぁ?」

 ブリジットちゃんは頭を傾けて悩んだ。

「あっ、そうだ♪」

 そして今度は目をパッと開いて両手を叩いた。

「カナカナちゃんから落ち込んでいる男の人の慰め方を前に聞いたことがあったんだ」

 ブリジットちゃんは満面の笑みを浮かべながら俺を上目遣いで見た。

 そして両手を合わせながら彼女は言った。

「京介お兄ちゃん。わたしが何でもしてあげるから。だから、元気出してね♪」

 ブリジットちゃんの上目遣いの使い方はアニメやゲームのキャラよりもよく洗練された完璧なものだった。その言葉と行動を見て俺は思わずにいられなかった。

「加奈子の奴っ! 何てとんでもないことをブリジットちゃんに教えやがったんだ」

 加奈子の奴、今は更生したとはいえ、アイツが残した負の遺産は世に多過ぎる。

 純真なブリジットちゃんに何て危険なことを教えやがる。

 相手がロリコンだったらやばいぞ、今の告白は。

「俺はロリコンじゃねえ。俺はロリコンじゃねえ。俺はロリコンじゃねえ。俺の元彼女は女子高校生。俺はロリコンじゃねえ。小学生は最高だぜ……じゃねえ」

 何度も何度も口に出して俺という人間を確かめてみる。検討の結果、俺はロリコンでないことを再確認した。よってこの胸の動悸は外を歩いて運動したことにより発生したものであることが判明した。

「いいか。ブリジットちゃん」

「なあ~に~?」

 自分の言動の危険性に気付いていない少女に大人の男として優しく注意を施す。

「今みたいなことを絶対に他の男の前で言っちゃダメだからな」

 世の中には犯罪的性癖の持ち主が多いのだ。少なくとも俺の知るエロゲー世界の中では主人公は相手が小学生だろうが嬉々としてエロイベントを起こす。

 きっと現実世界でもそういう変態は多いに違いない。だから俺のような紳士オブ紳士が彼女を守ってあげないといけない。

「大丈夫だよ」

「何が?」

「わたし、こんなこと京介お兄ちゃんにしか言わないから。だってわたしは京介お兄ちゃんのことが大好きだから♪」

 ブリジットちゃんはニッコリと微笑みかけた。その笑顔が傷ついた俺には眩し過ぎた。

 おのれ、昔の加奈子め。

 ブリジットちゃんにここまで隙のない連続攻撃を仕掛けるように指導したというのか。

 恐ろしい女だ。

 

「京介お兄ちゃんはわたしのこと、好き?」

 年上男を翻弄するブリジットちゃんの攻勢が続く。

やるな、加奈子の弟子よ。だが、相手が悪かったな。俺は紳士の中の紳士。そんな攻撃ではやられはしない。

「ああ、俺もブリジットちゃんのことが大好きだぞ」

 大人の余裕で肯定してみせる。慌てるのは犯罪者っぽいからな。

「じゃあ、わたしと結婚してくれる?」

 ブリジットちゃんはキラキラした瞳で尋ねてきた。

「えっ? 結婚?」

「うん。結婚♪」

 小学生にプロポーズされる高校生。世が世なら微笑ましい話なのかもしれない。けれど、現代社会においてはその返答の仕方次第で俺の社会的生命は終わる。

 一体、どうやって返すべきか?

 いや、それ以前に何故ブリジットちゃんは俺に突然結婚の意志を確かめてきた?

 もしかするとこれは、ブリジットちゃんが仕掛けてきたエイプリルフールイベントなんじゃないか?

 そうに違いない。そう決まった。

 となればその挑戦、降りる訳にはいかない。

 5度目のリベンジを果たしてくれる!

「そうだな。ブリジットちゃんが結婚できる年齢になったら、2人で結婚式を挙げようか」

 桐乃の時と同様に恥ずかしくなって降りたら負け。

 けれど、今度の相手は桐乃より遥かに手強いかもしれない。

 何しろ相手は小学生。結婚という単語を口に出すことに躊躇いがないかもしれない。

 勝負を仕掛けてからしまったと思ったがもう遅かった。

「じゃあ、わたしたちはこれで婚約者同士だね♪」

「そうなるな」

 やばい。ブリジットちゃんは結婚や婚約という単語の使用に何の問題も感じていない。

 これじゃあ最初から俺に勝ち目なんてないじゃないか……。

 何てアホな勝負を挑んでしまったんだ、俺は。

「じゃあ、早速このことをツイッターで流そうっと♪」

「へっ?」

 ブリジットちゃんはスマートフォンを取り出すと、俺よりも遥かに慣れた手つきで操作して何かを打ち出した。

「いや、それはちょっと……」

 止めようと思った。

 けれど、遅かった。

「送信完了っと♪」

 ブリジットちゃんは良い笑顔で今の出来事をインターネット上に流したことを告げた。

「……エイプリルフールの冗談だって、みんなわかってくれるよな?」

 わかってくれなきゃ、俺はロリペド野郎のレッテルを貼られることになる。

 ここはみんなの寛容な精神に期待するしかなかった。

 ブリジットちゃんとの勝負に固執して、俺は色々なモノを失ってしまったかもしれない……。

「それじゃあわたし、カナカナちゃんを捜しにそろそろ行くね」

「おっ、おう」

 完璧にブリジットちゃんのペース。

「結婚の話、忘れたらメッ、だからね」

「あっ、ああ」

 俺の方が7歳も年上の筈なんだが……そんな威厳がまるで出せない。

「じゃあ、またね~~♪」

「またな……」

 大きく手を振りながら遠ざかっていくブリジットちゃん。

 これで、エイプリルフール5連敗が確定した。

 

 

 

「小学生にもしてやられるとは。どんだけ嘘の才能がないんだよ、俺は」

 エイプリルフールの冗談とはいえ、ブリジットちゃんの婚約者になってしまった。

 ツイッターに何と流したのか知らないが、俺の社会的生命は限りなく終わった気がしてならない。

 エイプリルフール。何て恐ろしい日なんだ。

「もう、嘘を吐こうとするのは止めよう。これからは今まで通りの真面目な好青年に戻ろう」

 数々の傷つくイベントを経て俺はその結論に辿り着いた。

「おうっ、京介じゃねえか」

 正面から加奈子が歩いて来た。

「よお、加奈子」

 ブリジットちゃんが捜している少女は俺の前に現れてしまった。

「実はちょっと前にブリジットとはぐれちまったんだけど、京介見なかったか?」

「ブリジットちゃんならついさっきまでそこで会って話していたぞ」

 俺は先ほどブリジットちゃんと会話していた地点を指差す。

「そっか。ならこの近くにいるのは間違いねえな」

 加奈子は軽く息を吐き出して止めた。

「なあ、京介」

「なんだ?」

 加奈子の奴、急に思い詰めた表情で俺を見て来た。

「ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど……良いか?」

「ああ。そこの公園に行って話そうぜ」

 俺と加奈子はあやせとの面会場にいつも使っている公園へと足を運んだ。

 

 昔々、俺と桐乃が一緒によく遊んでいたこの児童公園。

 最近はいつ行っても人影がほとんどない。最近の子供は公園で遊ばないのだろうか?

 そんなことを考えさせられる静かな公園。

 その公園で俺と加奈子はブランコを漕ぎながら時を過ごしていた。

「で、話ってのは何なんだ?」

 タイミングを見計らって話を切り出す。

「う~ん。何から話すべきか?」

 加奈子はブランコを漕ぎながら空を見上げる。

「まず、あたしとブリジットがはぐれた原因からだろうな」

「原因って?」

 ブランコがキィキィと大きな音を奏でる。幾ら小柄とはいえ、もう高校生になる加奈子が全力で漕いでいるので遊具は悲鳴を上げている。

「あたしはさ、姉貴の家に居辛くなったからブリ公と一緒に外に出たんだ」

「何故居辛くなった?」

「姉貴の家に両親が訪ねて来たんだよ」

「そうか……」

 加奈子の家の事情は聞いている。

 両親同士が、両親と加奈子が、そして両親とお姉さんが不和であると。

「あたしがこれ以上姉貴の所に厄介になるのは……もう難しいかもしれねえなあ」

 加奈子は高く高く漕ぎ続けながら大きく息を吐き出した。

「で、イライラしながら外に飛び出したらいつの間にかブリジットの奴を置いて来ちまったんだよ」

「なるほどな」

 加奈子は加奈子で重い悩みを抱えていた。

「これから住む場所……どうすっかなあ?」

 加奈子の言葉には暗に加奈子にはもう安心して住める家がないことを示していた。

 お姉さんの所に居候を続けるのも苦しい。かといって実家にも戻りたくないという加奈子の気持ちが込められていた。

 

「えっと、学生寮とかは?」

「あたしが通っているのは桐乃と同じ学校だぞ。そんなもんねえことぐらいは知ってるだろ」

「じゃあ、事務所が住む所を用意してくれるとかは?」

「そんなの、あやせクラスの超売れっ子じゃなきゃ無理だっての。うちの事務所にプロと称される契約モデルが何十人所属していると思ってるんだ?」

 加奈子は首を横に振った。

「あたしの稼ぎじゃ、駐車場1台分のスペースを借りるのが精々だな。テント張って暮らしてみっかな」

「女の子がそんな生活しちゃダメだっての」

 いろんな意味で危険過ぎる。

「でも、そうなると後はもう……男の所に転がり込んで同棲でも結婚でもするしかないな」

「だからそういう危険な選択肢を述べるんじゃないっ!」

 加奈子の奴、半分自棄になってやがる。

「そうか? あたしは相手さえきちんと選べば結構良い選択肢だと思ってるぜ」

 加奈子が俺に流し目を向けてきた。

 

「京介はさ、大学入ったら独り暮らし始めないのか?」

「俺は実家から通うことになるな。東京の大学まで片道2時間近く掛かるが、独り暮らしをする必要がある距離でもないからな」

 近くから通いたいからという理由で独り暮らしをするには東京は高過ぎる。秋葉原+4~50分と考えれば耐え切れない距離でもない。

「そっか。京介が独り暮らしを始めるなら、あたしは京介と一緒に住みたいって思ってたんだけどな。残念だ」

 加奈子は寂しそうに呟いた。

 けど、その呟きは俺にとって看過出来る類のものじゃなかった。

「俺と一緒に住むって、お前……」

 頬が急激に熱を持っていく。

「前にも言わなかったっけ? あたしは京介のこと好きだぞ」

 頬の熱が更に高まっていく。

「好きな男と一緒に暮らしたいと思うのは別に変なことじゃないだろ?」

 昔の加奈子はとてもガキだった。でも今の加奈子は俺よりも遥かに大人なんじゃないかとよく思う。

「まっ、京介の気持ちがあたしを向いていないことぐらい知っているから気にすんな」

「気にするなって言われてもなあ」

 一緒に住みたいとまで言われて気にするなってのはちょっと無理です。

 俺、そこまでリア充になれません。

「まあでも、京介の気が変わってあたしを嫁にしてくれるってんなら、いつでも嫁いでやるかんな。そうなりゃ住居の問題もあっという間に解決だ」

「その解決の仕方はどうかと思うぞ……」

 俺も養われている身だからなあ。今すぐ嫁さんを養えと言われてもかなり困る。

「まあ、冗談だよ」

「そ、そうかあ」

 加奈子に冗談だと言われて安心する。

「京介が本気になってくれるまではな」

「えっ?」

 それは、俺が加奈子を娶ると言ったら加奈子は本気で俺の所に嫁に来るということか?

 何て、重い言葉を投げ掛けて来るんだ。恐ろしい……。

 これ、エイプリルフールの冗談なのか?

 違う、よな……。

「ブリジットもあたしのことを捜しているだろうし、そろそろ捜しに戻るな」

「あっ、ああ」

 生返事しか返せない自分を情けなく思った。

「じゃあまたな」

「お、おお」

 加奈子の背中を気まずい気持ちで見送る。

「こんな時こそ冗談で加奈子を元気付けてやらないとダメだろうが……」

 どうでも良い時につまらない嘘を吐いて、肝心な時にユーモアの一つも発揮できない自分を情けなく思った。

 

 

 

 

「何でこう、今日はやること成すこと全部裏目に出るかねえ……」

 嘘を吐こうと思えば通じず、真面目になろうとすれば肝心な時に元気付けられない。

 こんなにも自分の無能ぶりを実感したのは久しぶりのことだった。

 自分が腹立たしくて仕方がない。

 ブランコを強く激しく漕ぐ。

 勢いつけて1回転するぐらいの勢いで思い切り漕ぐ。

「畜生っ! 畜生っ! 畜生、畜生、畜生っ!」

 ブランコに八つ当たりしているのが自分でもわかる。

 でも、それを途中で止められない程度に俺は激しく苛立っていた。

 そしてその苛立ちは俺を危険へと晒した。

 遊具は正しく遊ばないと危ない。

 そんなことさえ俺は頭から抜け落ちていた。

「うわぁあああああああぁっ!?」

 危ない、と思った時にはもう遅かった。

 高く上がり過ぎたブランコでバランスを崩した。力を入れ過ぎて右足を踏み外してしまったのだ。

 ヤバいと脳が認識した瞬間、既に俺は空中へと放り出されていた。

 上に向かって放り出された俺は多分、3m以上の高さに放り出された。

 しかも体勢を崩しながらだ。足から綺麗に着地とはとてもいきそうになかった。

 簡単に言えば、スーパーマン姿勢で地面に向かって墜落している。

 最悪だ。

 そう認識する間もなく俺は地面へと墜落した。

 そして、激しい痛みが襲い一瞬にして視界が暗転した。

 

 

 

 

「積極的に動くと決めたものの、一体どうしましょうか?」

 朝起きて、お兄さんに対して積極的になると決めてから早数時間。何一つ具体的な方策が取れません。

 とりあえずノートを広げて勉強もどきをしていたもののまるで手に付きません。

「やっぱり、わたしから誘わないとダメでしょうかね。でも……」

 以前のわたしはお兄さんを呼び出すのに躊躇いがありませんでした。そこに恋愛感情はなかった。少なくとも自覚していなかったからです。

 でも、今は違います。お兄さんをわたしから呼ぶのはとても勇気が要ります。

 去年の夏のことを思い出してしまいます。

 思い切ってお兄さんを家に招待したら、彼女自慢をされて、おまけにわたしにはもうセクハラする価値さえない無価値な女の子と暗に言われてしまったあの日のことを。

「やっぱり、わたしから呼び出すなんて怖くて出来ないです」

 1年前に比べてわたしはお兄さんに対して随分臆病になったと思います。

 お兄さんに嫌われる。お兄さんに眼中にないことを告げられる。その可能性を考えてしまうとどうにも電話を掛けられません。

 嫌だけど会ってあげる。そういう上からポジションで会えた昔を懐かしく思います。

「電話、掛かってきませんかね……」

 積極的に行くと決めたのに受身になっているわたしがいました。

 そしてそんなわたしを恋愛の神様は見捨てていなかったのでした。

 わたしの携帯が振動しながらメロディーを奏で出したのです。

 ディスプレイを見ると『高坂京介』の文字が。

「電話来たぁあああああああぁっ!!」

 思わず大声で叫んでしまいました。

 でも、それぐらい嬉しい出来事でした。

 

「はっ、はい。新垣あやせですっ!」

 お兄さんがわたしに電話していることは明白なのについ大声で名乗ってしまいます。

 わたし、興奮してます。

『あやせか。今、平気か?』

「はっ、はい。今日は特に予定を入れていませんので何時間でも平気です」

 我ながらちょっとテンション高過ぎる回答をしています。

 でも、自分の興奮を抑えられませんでした。

『じゃあさ、ちょっといつもの公園に出て来てくれないか? 大事な話があるんだ』

「喜んでっ!」

 受話器に向かって叫んでいました。

 いつものわたしらしくありません。普段はもっと大人びているのが新垣あやせの筈なのに。でも、お兄さんに呼び出されたことが嬉しくて、つい叫んでしまいました。

 それから二言三言交わして通話を終えたわたしは、お兄さんが最も気に入ってくれるに違いないコーディネートと万が一の事態に備えて黒の下着を身に着けて颯爽と家を後にしました。

 新垣あやせ、一世一代の決戦ですっ!

 

 

 ブランコから落ちて地面に叩きつけられてから妙に頭がすっきりしていた。

 そして俺はそのすっきりした頭であやせを呼び出していた。

 俺のエイプリルフールはまだ終わっちゃいない。

 まだ新垣あやせという最高の獲物が残っている。

 あやせを俺の華麗な嘘で騙して虜にするっ!

 俺の明晰な頭脳はそれを最大の目標に打ち立てていた。

 

「お兄さん、お待たせしました」

 あやせがやって来た。

「へぇ~。いつもより気合入ってんな。俺と会う為にお洒落して来てくれたのか?」

 ファッションのことはよく分からない。

 けれど、あやせのスカートがいつもより短い。桐乃並みのミニを穿いている。おかげでその美しい太ももが存分に見放題。

 でもそれは、あやせの性格からすれば撮影以外ではあり得ない服装だった。

「別に、お兄さんの為にお洒落した訳じゃありません。家でずっとこの格好だったんです。自惚れないで下さい」

 あやせは横を向きながら拗ねた。

「まあ、そうだよな。あやせが俺の為にわざわざお洒落する筈もないか」

「何でそこであっさり引いちゃうんですか……」

 何故かあやせはまた拗ねた。単に本当のことを指摘しただけなのに。

 だが、まあ良い。本番はこれからだ。

 

「ところでお兄さん?」

「何だ?」

「頭に大きなコブが出て来ていますけど、大丈夫なんですか?」

 あやせは俺の頭の頂点付近を指差した。

「ちょっと転んで頭をぶつけただけだ。特に痛くないし気にすることはない」

 さすがにブランコからダイヴしてぶつけたとは言えない。

 だが、まるで痛みはないし放っておいても問題なさそうなのは事実だ。

「そう、ですか」

 あやせは尚も心配そうに見ている。あやせの心配はありがたい。

 だが、今日あやせを呼び出したのはコブの心配を貰う為ではない。

 俺がエイプリルフールを満喫する為に犠牲になって貰う為だ。

 いよいよ、ラブリー・マイ・エンジェルに犠牲になってもらうことにしよう。

 

「あやせ、大事な話があるんだ」

 俺はあやせの瞳を見ながら話を切り出した。

 最高の獲物に最高の嘘をお見舞いしてやる。

「あの、それで大事な話とは一体何でしょうか?」

 あやせは首を捻った。何故呼び出されたのかまるでわからないという表情。

 それはそうだ。お前を呼び出したのは今さっき思い付いた悪戯心によるものなのだから。

「あやせは一体、俺が何の用で呼び出したと思うんだ?」

 意地悪く質問に質問で返す。

「質問に質問で返すのはずるいですよ」

 あやせは唇を尖らせながら不満を述べた。

 だが、根が真面目なこの少女は俺の質問に対して一生懸命に考え始めた。

 そしてしばらくの逡巡の後、躊躇いながら答えを出した。

「愛の告白、でしょうか?」

 正解だ。俺は心の中で拍手した。

 もっとも、ただの告白では決してないのだが。

「でも、お兄さんのことですから、もっと捻った無茶苦茶な話をしてくるのでしょうね」

 そしてあやせはすぐさま追加条件を提示して来た。

 それは俺の意図を正確に読み取っているものだった。

「さすがはあやせだな。俺のことをよくわかっている」

 あやせの俺に対する理解度の高さに驚かされる。そしてそれがとても楽しく感じる。

 俺はそのあやせの更に1歩先を行くのだと思うと。

「お兄さんの意地悪ぶりはよく知っていますから。それで、お話とは何ですか? また、いつもみたいにプロポーズですか?」

 あやせは大きな溜め息を吐いた。

 あやせは俺の行動を全部先読みしている。

「ほんと、あやせは何でもお見通しだな」

 感心の声を上げる。あやせは俺の行動パターンをよく知っている。

 だが、心理に対する分析がもう1歩足りない。

 その不足はあやせにとって予想外の驚きになるに違いなかった。

「えっ?」

 俺はあやせに電話する前に商店街に行って入手しておいた四角い箱を取り出してあやせに向かって見せた。

 中に入っているのはダイヤ……に似せたガラスが乗った指輪。

 今日の頭脳明晰な俺は、いつもとは一味違うんだ。

 行くぜ、新垣あやせ。

 俺の最強の一撃を受けてみろっ!

 

「俺と、結婚して欲しい」

 

 俺は指輪を見せながらあやせにプロポーズしてみせた。

 あやせにプロポーズしたことは今まで何度もある。だがその度にセクハラ扱いされて撃退されて来た。

 だが、今回の俺は違う。

 本気を見せ付けるという高度のセクハラ&嘘だ。

 どうだ、これならあやせも俺の甘いマスクと甘い言葉の前に屈服せざるを得まい。

 

 あやせは俺にプロポーズされて呆然とした表情を見せている。

 怒りと呆れに満ちたいつもの視線と違う。明らかに戸惑った瞳で俺を見ている。

 普段と違った弱々しい表情をあやせは見せていた。それを見て、俺はいけると思った。

 ここは一気に攻勢あるのみだ。

「あやせ、俺と結婚して欲しいんだ」

 俺は繰り返してプロポーズの言葉を述べた。

「いつもの、セクハラですか?」

 あやせは俺から視線を逸らし地面を見つめながら弱々しく声を出した。

 効いている。俺のプロポーズは確実にあやせに届いている。

「セクハラはもうしないって半年ほど前に告げたと思うんだが?」

 今俺がしているのは確実にセクハラだ。いや、気合を入れている分だけ結婚詐欺とでもいうべきものか。だが、それを教えてやる義理はない。

「セクハラじゃなかったら何だって言うんですか?」

 あやせが強い瞳で睨んでくる。だが、その瞳は左右上下に激しく揺れていた。

 あやせの内心の戸惑いを表しているようだった。

 なら、その不安をもっと大きくさせてやるのがエイプリルフールの醍醐味だろう。

「俺は本気だ。本気であやせと結婚したい。大好きだから。愛しているから」

 あやせは堪らずに俺から視線を逸らした。

 チョロイな。どんなに態度が大きかろうが大人ぶっていようが所詮は15歳の小娘ということか。

 新垣あやせ、恐れるに足りずってな。

「わたしまだ、中学生ですよ。結婚なんてまだ早過ぎます……」

「中学ならもう卒業しただろ?」

「そうですけど。でもわたし、まだ高校生にもなっていないんですよ。お兄さんだってこれから大学生。まだ4年間は学生じゃないですか」

 あやせは無意識にだろうが後ずさり始めた。

 俺のプロポーズに激しく動揺しているのは間違いなかった。

 なら、怯える獲物を更に追い詰めてやるまでだ。

「別に学生だからって結婚しちゃいけないってことはないだろ? あやせだって今年中に16歳になるんだしさ」

「でも、そうだとしてもおかしいですよっ!」

 あやせが大声を上げた。対して俺は冷静というか冷徹な声で返す。

「何が?」

「だって、わたしとお兄さんは付き合ってもいないんですよ。それなのにいきなり結婚だなんてっ!」

 あやせは喋りながら後退を続け、遂にジャングルジムに背中をぶつけた。

 もうコイツに逃げる場所なんてないのだ。

 

「だったら付き合おうぜ。俺たちが結婚する為にさ」

 あやせの耳に口を近づけて甘く囁くように提案する。耳に息を吹きかけられるのは誰だって弱いからな。あやせもこれで陥落か?

「そんなの順番がおかしいですよ。交際の後に結婚話が出るものです」

 俺の息を避けながらあやせは必死に反論して来た。

 だが、俺はあやせを逃さない。

「見合い結婚なんてそんなもんじゃないのか? 結婚が前提にある付き合いだろ、あれ」

 右手であやせの肩に触れる。そして左手をあやせの頬に添えて身動きを封じる。

 そして顔を彼女へと近づける。近くで見るほどに美少女モデルの顔の精巧な作りにうっとりさせられる。

 ただの獲物じゃなくて、俺の方も本気になってしまいそうな程に上玉だった。

「だけど、でも……。お兄さんとわたしじゃ今の話とは前提が違うじゃないですか。わたしは、別にお兄さんのことなんて……」

「俺のことなんて好きじゃないってか?」

 顔を逸らそうとするあやせを押さえ付けて正面を向かせる。

 彼女は小刻みに体を震わせながら懸命に俺を睨んでいる。

 子猫が大型犬に脅されてそれでも必死に抗っているような感じだ。

「そ、それは……」

 あやせは質問の返答に窮していた。

 迷っている所を見ると俺のことはそこまで嫌いではないらしい。

「でも、だけど……」

 あやせは続けて答えに迷っている。

 こんな風に迷うということはだ。もしかしてコイツは俺のことが好きなんじゃないか?

 そんな自分にだけ都合の良い考えが浮かんで来る。

 なら俺はその自分にのみ都合の良い道をひた走るだけだった。

 

「あやせ、答えを聞かせてくれ。俺のプロポーズを受けてくれるのか?」

 俺は重ねてあやせに尋ねた。

 だが、先ほどまでとこの質問は意味合いが異なる。

 何故なら俺はこの新垣あやせという女に本気で興味を示し始めていた。

 ただ騙すのではなく、ものにしてしまいたい。

 そんなドス黒い欲望が俺に渦巻いていた。

「わっ、わたしは……」

「私は?」

 あやせへと更に顔を近づける。

 この女が欲しい。

 あやせを間近で見て匂いを感じる程にそう思う。

 俺はこの世界で一番美しい少女に本気になっていた。

 そして、そんな俺の想いに答えるようにあやせは返答した。

「わたしは、お兄さんのことが……好き……です」

 あやせの返答を聞いて、俺は天にも昇る心地がした。

 だが、俺はここで満足してしまう訳にはいかなかった。

 あやせの心を完全に手に入れたい。

 そんな欲求が俺を支配する。

「よく聞こえなかったなあ。悪いけれど、もう1度聞こえるように大きな声で言ってくれないか?」

 あやせは戸惑った表情を見せた。だが、観念するかのように俯き加減に自分の気持ちを吐露した。

「わたしは……お兄さんのことが好きです。1年前からずっと好きでした」

 あの新垣あやせを屈服させた。その事実が俺の心を燃え上がらせた。

「そうかそうかそうかぁ~。あやせは俺のことが好きなんだな。うんうん。わかったわかった」

 笑いが止まらないとはこのことだ。

 だが、今の状況で満足してしまう訳にはいかない。

 あやせをもっと完全に俺の女にしないとな。

 はっはっは。こりゃあもう冗談でも何でもないな。本気で落とそうと思ってるだけだ。

 即実行に移るとするか。

 

「これで俺たちは両想い、カップル成立だな」

 戸惑っているあやせの唇を一気に奪う。

 あやせの唇の感触を丹念に味わう。

「えっ?」

 あやせは自分が何をされているのか理解していない。

 いや、理解しているのかもしれないが脳と体が適切な判断を下せないでいる。

 あやせは俺の成すがままに唇を提供してくれた。

 ラブリー・エンジェルの唇をたっぷりと30秒以上味わってからゆっくりと離す。

 顔を離すと美少女モデルはようやく正気に戻ったようで激しい剣幕で俺を睨んだ。

「なっ、なっ、何てことをしてくれるんですかぁっ!」

「何って、恋人同士なんだからキスぐらい当たり前だろ?」

 あやせの不満を平然と受け流す。

 あやせはもう俺の女なのだからどう扱おうと文句を言われる筋合いはない。

「当たり前じゃありませんっ! わたしはまだ恋人同士になったことを認めた覚えはありませんよ」

 あやせは唇を拭おうとしていた右手を直前で止めた。このキスをどう処理すべきか葛藤しているのが見て取れた。

 つまり、心の底から嫌がっている訳ではない。それだけわかればもう十分だった。

「でも、あやせって俺のことが好きなんだろ? 俺もあやせが好き。なら、2人は恋人同士じゃないか」

「それは、その……確かにわたしたちは両想いなのかもしれません」

 あやせは落ち込んでいる。それはその筈だ。俺たちの間に少しも恋人らしい甘い雰囲気は流れていないのだから。

「でもわたしは、お兄さんに交際して欲しいと言われたわけではありません」

「言ったじゃないか。“だったら付き合おうぜ。俺たちが結婚する為にさ”ってさ」

「そんなの、本気の申し出と思う人はいませんよ」

 あやせは拗ねた声を出して子供みたいにむくれている。

「まあとにかく、俺は交際宣言したし、キスも済ませた」

「両方ともわたしの承諾を得ずにしたものじゃないですか。……ファーストキスだったのに酷いですよ」

 あやせはとうとう唇を尖らせながら俯いて拗ねてしまった。

 でも拗ねた態度を見せているということは本気で嫌がっている訳ではない。

 あやせはもう俺の手の中にいる。

 後はコイツにその事実を認めさせるのみ。

 

「とにかく手順はちゃんと踏んだ。だから、俺と結婚してくれ」

 俺は3度プロポーズの言葉を口にした。

 後はもう押しの一手あるのみ。

「わたしは、その、もうお兄さんの彼女なのかもしれません。でも、だからといってプロポーズを受けなければならない理由はないと思います。早すぎますよ」

 必死に抗うあやせ。だが、その抗い方自体が俺にあやせ攻略法を教えてくれていた。

「なら、真面目に頼めばあやせは俺を受け入れてくれるのか?」

「えっ?」

 全身を震わせながら俺を見上げるあやせ。

 俺を拒もうとしながらこの少女はもう俺の虜になっていた。

「改めて言うぞ」

「…………はいっ」

 俺は再び指輪を取り出してあやせへと見せた。

 それはただのガラス玉だったが、あやせは指輪の持つ輝きに心奪われていた。

「あやせ」

「はい」

 もうあやせの声に抵抗は感じられない。

 だから、俺は今までで一番の本気を見せてやった。

「俺と結婚して欲しい。俺は、本気だ」

 あやせは俯いた。そして地面を向いたままただ静かに考え事をしていた。

 それからしばらく経ってようやくあやせは俺を見上げながら答えを述べた。

「わたしは、お兄さんのことを信じて良いのですか? 一生を任せて良いのですか?」

 それは質問ではなく確認だった。信じたいという意思の表れだった。

 だから俺は答えた。

「信じてくれ。あやせを幸せにすると約束する」

 あやせを正面から抱きしめる。熱く熱く抱きしめる。

 この美女がこれから一生俺だけのものになるのかもと思うと異常に興奮した。

「ずるいです。お兄さんは本当にずるいです……」

 あやせはずるいと言いながら俺の腰の後ろに手を回した。

 俺達は熱い熱い抱擁を交わしていた。

「お兄さんに……京介さんにそんな風に真剣にプロポーズされたらわたしが断れるわけがないじゃないですか」

 真っ赤に染まったあやせの顔がすぐ側にあった。

「じゃあ」

「京介さんのプロポーズをお受けいたします。わたしを幸せにしてくださいね。ううん、2人で幸せになりましょう」

 そう言って今度はあやせから俺に向かって顔を重ねて来た。

 再び重なる2人の唇。

 こうして俺は新垣あやせという最高の美女を手に入れることに成功したのだった。

 嘘から出た真。

 エイプリルフール、最高じゃねえか。

 

 

 本当に夢のような気持ち良さがわたしの全身を包み込んでいます。

 何とわたしは京介さんにプロポーズをされてしまったのです。

 夢じゃなくて現実でです。

 わたしもう、嬉し過ぎて死んでしまいそうな感じです。

 プロポーズもお受けしたのでこれでもう2人の未来はバラ色確定ですね♪

 って、ここで安心してはいけません。

 毎度のパターンで言うとこの辺でお邪魔虫が乱入して来て結婚の約束自体がお流れになってしまいかねません。

 じゃあ、どうすれば京介さんとの結婚を確実なものにできるでしょうか?

 答えは簡単です。

 既成事実があればもう京介さんは逃げられません。

「わたしを……京介さんの部屋に案内してくれませんか?」

 京介さんの右腕を両腕でガッチリ挟みながら訴えます。胸を当てるサービス付きでです。

 勿論これはただお部屋に上げてもらうという訳ではありません。

 わたしを京介さんのお嫁さんとして認めて貰うことを意味しています。

 勿論、その為の対価として……わたしの体を好きにして貰おうと思います。

 絶対に京介さんに結婚してもらう。もうそう決めました。

「いいのか? 俺は欲望を抑え切れないぞ、きっと」

「二度は言いません。行きましょ」

 京介さんと腕を組んだまま歩き始めます。

 と、そこで悲劇が起きました。

「うわぁああああああぁっ!?」

 何とお兄さんは落ちていたバナナの皮に滑って転倒。頭からもろに地面へと激突してしまったのです。

 それは悪夢としか言えない出来事でした。

 

 

 

「あれっ? 俺は今まで何をしていたんだ?」

 頭を摩りながら起き上がる。

 すると何故か俺の腕に絡み付いている組んでいるマイ・ラブリー・エンジェルの姿があった。

「大丈夫ですか? 頭を強く打ったみたいですけれど」

「ああ。大丈夫だよ」

 返答しながら考える。俺の身に何が起きたのかを。

 俺がはっきりと覚えている記憶はこうだ。

 ブリジットちゃんには圧倒され、葛藤する加奈子を元気付けられずに俺は落ち込んでいた。

 それで確かイジけてブランコを漕いでいて空中に放り出された所までは覚えている。

 で、体を思い切り地面に打ち付けられた。

 そこまでは覚えている。でも、それがそのまま今という時間に繋がっている訳でないことは俺にもわかる。

 何故ならあの時、俺の隣にあやせはいなかったから。

 そしてこの場所は幾らなんでもブランコから離れ過ぎている。幾ら俺の漕ぎ方が激しかったからといっても10m以上飛ぶ筈がない。

 だからあの後、俺はまた何かアクションを起こしていたのだ。

 どんな行動を取ったのか必死になって思い出してみる。

 何となく断片的に思い出す。本当に起きた出来事なのか、夢なのかよくわからない幾つかの光景が思い浮かんだ。

 1つ目の光景で俺はガラス玉の指輪を買っていた。

 2つ目の光景で俺はあやせと向かい合って話していた。話の内容はわからない。

 3つ目の光景で俺はあやせの唇を奪っていた。何でそうなったのかは不明。

 4つ目の光景で俺はあやせを抱きしめていた。何でそうなったのかはやはり不明。

 で、現在、俺はあやせと腕を組んだ状態で立ち上がろうとしている。

「全くわからん」

 何がどうなっているのか全く理解不能。

 だが、このあやせの密着ぶりから見ると、俺と彼女の間に何か親密になるようなイベントが起きたことは間違いなかった。

 本当にキスしたり抱き合ったりしたのかもしれない。いや、そう考えないとあやせの俺へのこの親密ぶりを説明することはどうやっても出来ない。

「わたしのことをちゃんとお嫁さんにしてくれるまで死んじゃ嫌ですからね」

 あやせは心配そうな瞳で俺を見ている。でもその瞳には熱っぽさが感じられて、平たく言えば俺への好意が溢れている。こんな俺への愛情に満ちたあやせを見たのは初めてだ。

 本当に一体何が起きたというんだ?

「ああ、そう簡単に死んだりしないよ」

 あやせを安心させるように力強く頷いてみせる。

 よくは分からない。よくは分からないが、俺とあやせはどうやら恋人同士になっているらしい。

 どんな天変地異だよ、それは?

「それじゃあ、早く京介さんのお部屋に行きましょう。わたしをお兄さんの本当のお嫁さんにしてもらいますから」

 あやせは顔を赤くした。

 しかも何、この展開?

 どんなエロゲーだよ、これは?

 よくは知らん。よくは知らんが……

「早く俺の部屋に行こうぜっ!」

 この状況を手放してしまうなんて健全な性欲を持つ男の子である俺には出来なかった。

「京介さんの……エッチ」

 エッチと言いながらあやせは俺よりも前を歩き出した。

 幸せと言う名のゴールが近付いている。

 それを感じさせる1歩をあゆみ出す。

 俺は今、最高に幸せです。

 

 

 

「ここにいたのね、京介。随分捜したわよ」

 俺の歩み始めた幸せは少女の一声で崩れ去ることになった。

 そう、崩れ去ることになったんだ……。

「黒猫?」

 午前中に俺のプロポーズを軽くあしらってくれた元彼女が俺たちの前に立っていた。

 黒猫は思い詰めた暗い表情で俯いていた。

「えっと、どうしたんだ?」

 一体何がここまで彼女を思い詰めさせたんだ?

 それ以前に黒猫は桐乃や沙織と一緒に秋葉原に出掛けているんじゃないのか?

 あやせがいる手前、あまり他の女の子と会話していると逆鱗に触れてしまう。

 横目であやせを見ると、ちょっと拗ねた表情で黒猫を見ている。

 早く話を済まさないとな。

「あの後、ずっと考えていたのよ。でも、ようやく決心が固まったわ」

 黒猫は顔を上げ、そして俺の目を見ながら力強く訴えた。

「私、京介のプロポーズを受けて貴方のお嫁さんになるわっ!」

「「えっ?」」

 俺とあやせの声が揃った。

 体中から冷や汗が沸き出て来るのを感じながら尋ねる。

「えっと、瑠璃さん?」

「何?」

「あの、瑠璃さんは私のプロポーズを軽くあしらったのではなかったのですか?」

 いや、だってあの時、エイプリルフールの悪戯に燃えていた俺を呆気なく一蹴してくれた筈。なのに何故?

「私はちょっと考えたいことがあると言っただけで、断るなんて一言も言ってないわよ」

 黒猫はサラッと言ってのけた。

「それで、京介は私にプロポーズしたのに何で右腕にスイーツ2号を巻きつけているの?」

 黒猫の邪気眼が俺に向かって容赦なく放たれる。

「わたしにもどういうことなのか説明して欲しいですね、京介さん? まさか、私以外の女の子にもプロポーズしてたんですか?」

 そして俺のすぐ側からはヤンデレった視線が飛んで来た。

 何かヤバくね、このシチュエーション?

 

「きょうちゃ~ん。結婚のご挨拶をしに来たよ~」

 今度は麻奈実が手を振りながら公園へと入って来た。

「って、麻奈実っ!? あのプロポーズの返事は冗談じゃなかったのかよ?」

「何を言っているの~? わたしはいつだって本気だよ~。きょうちゃんのプロポーズも全身全霊を込めて受けたんだよ~」

「そんな馬鹿なぁっ!?」

 あんなやる気のない声が本気の返答だったなんて普通思わないぞ。

「で、京介? 貴方は私とそこのスイーツ2号以外にも田村先輩にまでプロポーズしていた訳?」

「京介さん。詳しい説明をお願いします」

 2人の視線がキツイ。キツ過ぎる~っ!

「えっ? きょうちゃん。わたし以外に黒猫さんとあやせちゃんにもプロポーズしていたの~?」

 麻奈実は笑顔のまま。だが、その懐から団子を突き刺す串を取り出した。

 付き合いの長い俺にはわかる。麻奈実はあの串で俺の脳天を突き刺す気だ。

 

「お~い、京介殿~。父上や母上、それにグループの重鎮を説得するのに時間が掛かってしまいましたが、拙者たちの結婚の許可を頂きましたぞ~」

 今度は高級そうな外車に乗って沙織が駆けつけて来た。

「お前もなのかよっ!?」

 どう考えても冗談にしか聞こえない受け答えをしていたというのによぉ。

「おや、そちらの女性陣は?」

 沙織の目が黒猫たちを向く。

「京介、貴方は一体何人にプロポーズしたら気が済むの?」

「京介さんは結婚詐欺師なんですか?」

「きょうちゃ~ん。女心を弄ぶのはダメなんだよ~」

 黒猫たちは俺を取り囲んだ。

「フム。どうやら状況から察するに京介殿がプロポーズしたのは拙者1人ではなかった様でござるな。フム。なるほどなるほど」

 沙織は怒った様子を見せない。けれど、車から体長2m近くありそうな屈強な筋肉ダルマのボディーガードが2人出て来た。その2人は日本国内で所持が禁止されている筈の黒光りしたものを持っている。

 ちょっ、ちょっと待ってくれよ!

 

「京介っ。やっぱりアタシ、自分の気持ちに嘘を吐けない。地球の裏側でもどこでも良いから、2人で誰も知らない土地へ行って夫婦になろうよ。アタシもう、これ以上京介とただの兄妹でいるのに堪えられないよっ!」

 今度は桐乃が泣きそうな表情で公園にやって来た。

「あの、桐乃……?」

「何?」

「さっきの一連の会話に嘘は混じっていましたか?」

 嫌な、とても嫌な予感がしながら聞いてみる。

「アタシは真面目に話す時は絶対に冗談は言わないもの。全部本当のことよ」

「そう、ですか」

 ということは、俺と桐乃は本当に血の繋がりがないことになる。

 話していた時は桐乃は演技が上手だなと思っていたけれど、そうでなくて本物だったと。なるほど。

「だから京介。アタシを貴方のお嫁さんにしてっ!」

 桐乃は涙を流しながら訴えた。

「へぇ~。京介は実の妹にまでプロポーズしていたのね」

 黒猫の怒りに満ち満ちた視線が俺を貫く。

「何で黒いのたちがここにいるの?」

 桐乃は首を捻った。

「つまり桐乃も京介さんにプロポーズされた結婚詐欺の被害に遭った女の子の1人なのよ」

「きょうちゃ~ん。桐乃ちゃんにまでプロポーズしちゃうのは幾ら何でもやり過ぎなんじゃないかな~?」

「はっはっは。京介殿は鬼畜主人公を地でいきたかったのでござるな。己の命を捨てても」

 俺を取り囲む包囲網がますます厚くなっていく。

「それじゃあ何? 京介はアタシが5年間も苦しんできた想いを弄んだって訳?」

 桐乃が魔法のステッキ……と呼ぶにはあまりにも破壊力があり過ぎな金属の棒を振り上げた。

 

「京介お兄ちゃ~ん。わたしたちの婚約をツイッターにあげたら、世界中からすっごい大きな反響が着ているよ~♪」

「京介。ずっと考えたんだけど……やっぱりあたしをアンタの嫁にしてくれっ! アタシ、何でもするからよっ!」

 そしてやって来た最後の2人。

 ブリジットちゃんと加奈子は口々に俺との結婚を訴えた。

「どうしてカナカナちゃんが京介おにいちゃんに結婚を申し込むの? 京介お兄ちゃんはわたしと結婚するんだよ」

「京介が結婚するのはこのアタシだ。オメェみたいなガキが結婚できる訳がないだろ」

 仲良しな2人の関係にひびが入ってしまう。

 何で、こんなことに?

 いや、原因はわかっている。でも、誰も俺のプロポーズを本気になんてしなかった筈なのに~っ!

「京介……見た目ロリと真正ロリにまでプロポーズというのは人間として終わっているんじゃないかしら?」

 黒猫はどこに隠し持っていたのか知らないが、よく研ぎ澄まされた包丁を取り出して俺に向かって構えてみせた。

「きょうちゃ~ん。幾ら女の子に無差別にプロポーズしているからって、やっぱり幼女はダメだと思うよ~」

 麻奈実が両手に串を構える。

「残念でござるよ。京介殿は普通の性癖の持ち主だと思っていたのでござるが」

 沙織の後ろのボディーガードたちが撃鉄を下ろした。

「最低っ! 最低っ! 最低~~っ!」

 桐乃が金属の棒を振り上げる。

「京介お兄ちゃんは浮気者だったんだね……残念だよ」

 ブリジットちゃんが背中から忍者刀を抜いた。

「京介……来世ではさ、相手は1人に絞れよな。それで、出来ればアタシを選んでくれよ」

 加奈子はツインテールを外して鎌のように構えた。

 全員……俺をやる気だ。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよっ!」

 必死にみんなの注意を惹き付ける。

 ここで失敗すれば俺は死んでしまう。

 何としてでも、今日がエイプリルフールで騙された方が悪い的な流れに持っていかないと……。

「今日は4月1日。エイプリルフールだろ? なっ、嘘を吐いても良い日だろ? なっ?」

 必死に訴える。 

 だが……。

「何を言っているの? 今日は3月31日。エイプリルフールは明日よ」

「えぇええええぇっ!?」

 黒猫に言われてハッとする。

 そう言えば新しく買ったスマートフォンの日付設定で苦労して、正確な日時を入力しなかったかもしれないことに。

「状況がこんなになってから~エイプリルフールのせいにするのは~苦しいと思うよ~」

 麻奈実は笑顔で俺の弁明を切って捨てた。

 もう、俺に逃げ場はない。

 俺に残された生存への手段はただ1つ。

 途中から会話に加わらずに黙っていたあやせに助命を請うことのみ。

「あっ、あやせ~~っ!」

 俺は必死になってあやせにしがみ付いた。

 あやせがみんなを説得してくれれば或いは。もうその可能性に賭けるしかなかった。

 

「お兄さん? わたし以外の女にもプロポーズしていたってどういうことですか? お兄さんはわたし1人じゃ満足できないということですか? わたしはこんなにもお兄さんを愛していると言うのに?」

 

 だが、現実は過酷だった。

 あやせが俺に向けたのは誰よりも激しい憎悪の瞳だった。そして振り上げられた包丁だった。

 あやせは怒り過ぎて黙っていただけなのだ。

 そのことに気付くのが遅すぎた。

 その大きな判断ミスは、俺の人生に幕を下ろすことに直結した。

「や、やめるんだ、あやせ。その刃物を下ろすんだ。落ち着いて話し合おう。そうすれば誤解も解ける筈……や、やめろ。そんなものを振り上げるんじゃ……ぎゃぁあああぁっ!」

 あやせの攻撃を合図にみんなが襲い掛かって来た。7つの凶器が一斉に俺の命を奪い去っていった。

 プロポーズをネタに嘘を吐くもんじゃないな。

 それが俺が人生で最期に得た教訓だった。

 

 

 

 3月31日。

 千葉県の千葉市で1人の青年が銀河鉄道に乗って別の世界へと飛び立っていった。

 高坂京介は星となって今も千葉市を優しく照らしているのだった。

 

 

 デッドエンド♪

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
6
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択