No.438256

fortissimo 夢現の森

夢現の森……島人の記憶から忘れられたその場所へ2人の『召喚せし者』が足を踏み入れる

2012-06-17 01:57:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:5160   閲覧ユーザー数:5067

 

今は眠り。柔らかな時を刻む夏木立。

陽光と針葉樹が織り成す木漏れ日が幻想的な斑模様を奏でる。

ここは『夢現の森』と呼ばれる広大な森。10数年前に発足した『月読島観光プロジェクト』の一環として世界のあらゆる書物を収集・保存を目的とした巨大図書館が森の中心に建造された、しかしオープンを待たずして不可解な現象が多発。

幸い死傷者を出すことはなかったものの原因は解明できず、結局は開館することなく閉館し、今や誰一人として図書館へ近づく者のいない魔境と化していた。

その中心で多くの歴史的書物を残す図書館。見る人が見れば宝箱のようなその場所を求める少女が2人、ゆっくりと眠る森へと足を踏み入れる。

先頭を歩く少女は穢れなき白を基調とした制服を纏い、高貴に染まった紫髪、魅了することを運命付けられた紅玉の瞳。星見学園生徒会長を3年間務め、頭脳明晰・容姿端麗・温厚篤実と三拍子揃った才女――雨宮綾音。

もう1人はやや小柄な少女。雨宮とは対照的に活発的な印象を受ける紅髪、自然な艶かしさを宿す翠玉の瞳。自由奔放・大胆不敵・唯我独尊の言葉を体現する少女――里村紅葉。

自然が紡ぐ道を迷うことなく歩いていると、ざわめく木々達の声が風となり2人の髪を撫でる。

「涼しい……それにいい香りね」

木の葉、草花、大地、それらが混じりあった特有の香りが漂い。

雨宮は無意識に足を止め、瞼を閉じ、耳を澄ました。

光の、風の、木の、土の、動物達の声による心地よい五重奏(クインテット)

世界が脈動する感覚に全身が粟立ち、その圧巻の演奏に呼吸をすることも忘れて森と一体化してしまいそうになる。

「……」

「ちょっ、いきなり止まるな~」

「きゃっ」

自然の抱擁を背後から上品さの欠片もない声と『ぽふっ』という小さな衝撃が阻害し、さらに腰に回された両腕から伸びた指が豊かな胸を掴む。

「いたたっ、んっ?これは?」

それは性別を超えた人の習性か本能なのか、無意識に柔軟さを揉みしだく五指の動きに甘い果実のような声が漏れる。

途端に夢から醒め、嘆息。

「あら、紅葉、貴方が男性に興味が無いのは知っていたけど、こういうのが好きだったのね」

僅かに赤みを帯びながらも悪戯な笑みを浮かべ、少女の手に指を滑らせる。

「んひゃぁっっっ」

艶かしい指の動き、直感的危機を感じ取り慌てて跳び退く紅葉。

「ふふっ、冗談よ」

「ななっ、いきなりなにすんのさ~~~」

「いきなり、なんて。襲ってきたのは紅葉のほうよ、私は被害者なのに」

「ちっ、ちっーがう、わっ、私はかいちょーが急に止まるから、ぶつかって……」

「そう、そのドサクサに紛れて、卑劣だわ」

「うぅ~~~、ちがう、ちがう、ちがう~勘違いすんなーーー、この被害妄想馬鹿いちょーーー」

静寂の中で拳を戦慄かせ涙目で訴え叫ぶ紅葉、その愛くるしい反応に小さく幸福そうな感情を宿し笑う雨宮。

そんな2人を森の奏者達が微笑ましく見守っていた。

 

「ところで紅葉、貴方本当についてくるの?退屈なだけよ」

「へーきへーきっ、森に眠る図書館、草食系のれーじを肉食系に変える曰く付きの本とかありそうな感じだしっ」

「はぁ、そんなのは無いと思うわ、それに愛しの人を落とすなら先ずは自身を磨くべきじゃないのかしら」

「やってるよっ、マッサージも、牛乳も、良さそうなことは全部、欠かしたことだってないんだからっ」

小さな胸に手を当て唸る紅葉。

「みてろ~、絶対にかいちょーやなぎさを超えて、れーじを悩殺してみせるんだからっ」

「ええ、期待しているわ」

「むきゃーーー、何だその上からの物言い、萎め、垂れろ、この淫乱」

「ふふっ、女の嫉妬は醜いわ」

普段の生徒会室トークを交えていると森の奥に異質な白い巨箱が浮かび上がってきた。

徐々にはっきりとしてくるそれは月読島最大の図書館『ハヴァマール』

『ミルキーウェイ』と同様の規模を誇る『ハヴァマール』は人が離れ10数年の経つというのに外観は色褪せることなく真珠のような純白さを保ち、まるで別世界に存在しているように周囲から這い寄る深緑を寄せ付けない。

「着いたわ」 

「ふ~ん、思ったよりも全然綺麗じゃん」

薄暗い入口をくぐり、館内に入ると言葉を失う光景が広がっていた。

多彩な色模様の書架が所狭しと並び、エントランスの巨大な噴水を囲む気品溢れる机達。天井に張り巡らされたステンドグラスは巨大な魔法陣のような模様をあしらい、空から降り注ぐ虹色の光が館内全てを余すことなく照らしている。

「「綺麗……」」

その壮観さに溜息のような2人の声が漏れる。

管理者も、利用者も、誰もいない。世界からも、時のしがらみからも解き放たれ、数多の書物と共に静かに眠るその場所は『夢現』の中心に相応しい神秘を体現していた。

不意に奔る鍵盤楽器の旋律。

「んえっ?何か聞いたことあるような?」

「これはレント・コン・グラン・エスプレッシオーネ!!」

その曲は紛れもなく敬愛するショパンの夜想曲第20番『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』

「れんこー?グラス?ぷれっしー?」

小首を傾げる紅葉を横目にただならぬ『精神力(マナ)』と『生命力(オド)』の高まりを感じた雨宮が構える。

何故?こんな場所で、と疑問を抱くと同時に魔力の波紋が広がり、天空から降り注ぐ極光。眩い七色閃光が2人を、全てを覆いつくす。

七色の奔流に抱かれなおも続く黙想の調べが止み、そして光が明ける。

「今のは何?」

視線を向けるが傍らに紅葉の姿は無く、たった1人、先刻まで陽光の温もりが支配していた世界は変わらぬ姿のまま、凍りつくほどの異質な冷気と壮大な魔力を漂わせる大海へと変質していた。

悠久の幻影(アイ・スペース)?いえ、違うわ」

雨宮の類い稀なる第6感が警鐘を鳴らす。ここは異なる『概念魔術空間(がいねんまじゅつくうかん)』だ、と。

「―――魔術兵装(ゲート・オープン)―――」

周囲の異変と合わせ、雨宮がマホウを具現。

不意に現れたウエディンググローブが両腕を漆黒に染め、指先から澄み切ったピアノ線(ストリングロード)を靡かせ臨戦態勢。

紅玉の眼光を奔らせるが、見渡す限り人影は皆無。だがここが概念魔術空間(がいねんまじゅつくうかん)である以上、確実にその根源の使用者『敵』が存在しているはず。

「いいわ、何処に隠れても見つけ出してあげるわ」

ふっ、と双眸を閉じ、全神経を指先に集中させ『いきなさい』と命じるように腕を振るう。

流麗な動き、瞬間的に紅煌としたラインが浮かび、すぐに宙に溶けた。

魔力によって強化を施した第6感、天駆ける光の使者(スキンファクシ)と、あらゆる現象の動きを捉えることのできるストリングロードを併せた能力。月読島全体をカバーするほどの広域索敵。

雨宮はただ優雅に女王の如き佇まいで周囲の情報を手に入れる。

「どういうこと?」

ピアノ線(ストリングロード)を通じて伝わってくる情報に雨宮は愕然とした。

既に月読島を掌握できるほどの距離を奔ったピアノ線(ストリングロード)、しかし敵を捉えることはなく、果てし無く続く書架と虚無の出入り口のみを伝えてくる。

「完全な閉鎖空間……でも妙ね、奏者が見当たらないし、仕掛けてくる気配もないわ」

『悠久』という高度の擬似空間を創りだす敵。

既に不可能に近い奇跡を具現するその魔力は雨宮の存在を容易に消滅させることができると証明している等しい、にもかかわらず敵意や存在をまるで感知できない。

「これ以上は無駄ね」

雨宮は嘆息し広域索敵を止め、自身から数メートルまで範囲を縮めた。

魔力消費を最小限に抑え、無に還った少女(ブリーシンガメン)の展開へと切り替える。

それはこの状況で最良の選択。

明確な目的の分からない敵を探し悠久の索敵に多大な魔力を消費し疲弊していくなど愚策。

今は防御に徹して相手の出方を窺い、この空間を一つ一つ理解し打破していくべき。

夢と現実がない交ぜになった世界に雨宮の乾いた足音が響いた。

 

「かいちょー、かいちょー、かいちょーってば」

紅葉もまた雨宮同様に別の『概念魔術空間(がいねんまじゅつくうかん)』に引き込まれていた。

「う~ん、やっぱりいない……まあ『始まりの大地(イザヴェル)』や『悠久の幻影(アイ・スペース)』と同じ感じがするから当然といえば当然なんだけど」

『召喚せし者』ではない会長がいるはずはない。決して立ち入ることのできないコチラ側の世界だと紅葉は思い、そして理解した。

「またアイツの仕業?」

数日前に突如現われたお子ちゃま――有塚陣の姿が過ぎる。

そいつが使用した空間と目の前に存在する空間は景色こそ違えど創りは『同類』と呼べた。

酔いそうなほど夥しい数の本棚。出口のない不気味な入り口。何より直感的に感じるヤバイ魔力の奔流。

「はぁ、最近こんなのばっか……まだ完治しきってないってのに」

本来の3割も発揮できない自らの能力。今度こそ『消滅』するかもしれないという不安に自然と愚痴が零れる。

ダメだ、弱気になるな、生きなきゃ、勝たなきゃ、春花のためにも、なぎさや会長との日常のためにも、零二のためにも、私は絶対に負けられない。

昂ぶる闘志に不退転の決意を宿し、そして叫ぶ。

「―――魔術兵装(ゲート・オープン)―――」

呼応する7つのクリスタル。

紅葉の意思によって動く遠隔操作式小型魔法砲『七つの大罪(グリモワール)』煌く宝石を想わせるその姿は今にも砕け散りそうな脆さも内包していた。

――瞬間。巨大な魔力の奔流が急変、前方に魔術粒子(エーテル)の螺旋が浮かぶ。

「くっ……ル、ルシファー、ベルフェゴール」

先陣の切る紅と翠の閃光。螺旋を穿ち、魔術粒子(エーテル)の光が鮮やかに爆ぜる。

満身創痍の魔力では七つの大罪(グリモワール)の性能を引き出すにも限界がある。

戦闘が長引けば長引くほど紅葉の魔力は疲弊し不利になっていく。故に短時間に速攻で勝負を決したい。

祈るように大気を彩る魔術粒子(エーテル)の翠を見つめる紅葉。だがその想いを嘲笑うかのように魔術粒子(エーテル)は再び螺旋を描き、燐光を纏った化身が姿を現した。

「嘘!」

対峙する敵。それは屈強な戦士でも妖艶な魔法使いでもない。半壊寸前の七色クリスタルを展開し不敵に笑うもう1人の自分。

「……私?」

「ええ……そう」

違和感に溢れた混声と作り物を想わせる淡白な笑いに驚きが苛立ちに変わる。

「最悪っ、相手を写す能力なんて、しかも出来も悪い」

「違う……私は貴方」

不気味な笑みを浮かべゆっくりと近づく足音と抑揚のない言葉。

「私は……里村紅葉」

「黙れ偽者っ」

サタンとレヴィアタンを斉射。

橙と黄の閃光が音を裂き紅葉もどきへと奔る。

――だが、閃光を相殺する橙と黄の光が重なり爆ぜ、偽者を裁くことはなく霧散。

「止められた!くっ、まだ」

僅かな魔力を糧に青、藍、赤、橙、黄、緑、紫の宝石が空を錯綜し、一斉に光が奔る。

縦横無尽な七つの大罪(グリモワール)、全方位から逃げ場の無い閃光が奔る。

――が正確無比な迎撃によって完殺される閃光。

「んなっ、全部!」

「思考も」

淡々と語り近づく不気味さにバックステップで距離を取る。

今のは何?いくら本調子で無いにしても7つの光線を瞬時に迎撃するなんて在りえない。

しかも同色の光を衝突させ相殺させるなどもっての外。

困惑している間にも紅葉もどきは1歩、また1歩と距離を縮め、あと数メートルの距離まで迫っている。

「ああっ、もうっ、考えが纏まらないのにっ」

時間を稼ごうと再度大きくバックステップ。

揺れる紅髪と制服。若干よろめきながらも着地。

これで少しは時間が稼げる、と思った次の瞬間。

「行動も」

今までの緩慢な動きが嘘であったように大きく跳躍する敵が一瞬で眼前に到達する。

予想外の事態に認識が追いつかない。ただ敵の術中に嵌っていく感覚が全身を支配していく。

恐怖で足が縺れ躓き、氷のような床にへたり込む。

「そして貴方が……」

「あっ、アスモデウスっ」

遮るように天から振り下ろされる紫の断光。

――が当然のように撃ち払われ燐光が舞う。

「そんな……」

構造は分からないが思考や行動を先読みし絶対的な迎撃能力を有する写し身。

「背負う罪も悲しみも……全てを知っている」

意思のない翠玉の瞳が発する言葉。

それは誰よりも重い罪を背負った紅葉にとっては禁忌とも呼べる言葉だった。

「はっ、全部知ってる?あんたが?ふざけるのもいい加減にしてよ」

両手を前に構え意識を集中させ、7色の魔力が収束を始める。

「事実……私は貴方なのだから」

「あんたに……あたしの罪の何が分かるのさ、鏡みたいなあんたにーーー」

昂ぶる感情と魔力を乗せ超至近距離から『極光の断罪者(ジャッジメント)』を放つ。

――されど敵には届かない。

魔力の収束などせず、ただ鏡のように写しだされ極光の断罪者(ジャッジメント) を制す極光の断罪者(ジャッジメント)

巨大な魔力の衝突。均衡した力が轟音を上げ煌々と輝く。

「無駄……貴方と私は同じ……意味など無い」

「……あんたは確かにあたしと殆ど同じかもしれない……けど違うよ、あたしには『決意』がある、春花やなぎさや会長や零二への大切な想いが、例えどんな結末になっても後悔しないって覚悟が」

だから諦めない。再度収束、今度はより高く、強く、濃密な想いと魔力を集める。

収束(あがれ)収束(あがれ)、もっと収束(あがれー)……」

奪わせない。春香との絆と過去も、なぎさや会長との日常と想い出も、零二との未来も全部――想いの全てを魔力に捧げていく。

収束限界解除(リミットブレイク)……」

限界を超えなおも上昇する魔力の渦。想いが生んだ一度きりの奇跡。

「これは止められない……だってこれはあたしの『決意』と『想い』だから……拡大収束完了(ハイチャージ・エンド)

紅葉の想いに驚異的な魔力の嵐が応え空間が軋む。

極光の断罪者(ジャッジメントーーー)

全身全霊の一撃が大気を揺らす。

――刹那。虚無から出現する同等の一撃。

――だが、力が均衡することはなく一方的に世界を撃ち抜いた

勝者は満足気な笑みを浮かべ消えていくもう1人の自分を見た。

「もう大丈夫ね」

そう言い残し敗者はゆっくりと姿を消し、紅葉は再び七色閃光に包まれた。

 

雨宮は一通りの探索を終え、エントランスで1人の少女と対峙していた。

癖のあるふわふわした紫髪に清楚なワンピース、分厚い本を抱き純真無垢に笑う、かつての自分。

悪意や敵意のない真っ直ぐな笑顔。

今の自分では決してできない表情に疎ましさを感じる。

「でも、良かったわ、召喚せし者ではないみたいで」

雨宮は以前の悠久の幻影(アイ・スペース)発動時に既に全ての召喚せし者の人数を把握していた。

目の前に立つ幼き頃の自分はその中には含まれていない。

なら容赦はしない。たとえ自分の過去と重なる存在でもだ。

「ごめんなさいね、小さな妖精さん」

片目をつぶり、紅煌とした線が瞬く『裏切りの女神(ダウィンスレイヴ)

触れる全てを切断する剣が、首へ、足へ、腕へ、腰へと奔る。

――だが裏切りの女神(ダウィンスレイヴ)は繰り出された無に還った少女(ブリーシンガメン)によって力を失い堕ちた。

「私は貴方の全てを知るもの」

幼き姿に似合わぬ物言いが迫る。

幾度となく攻勢にでるが全てが見透かされたように迎撃され堕ちていく。

攻め続けながらも雨宮は相手の言葉が引っ掛かっていた。

全てを知るもの。もし自分の考えを読み迎撃をしているなら複写されているなら能力も相まって勝敗はつかない、いや魔力と体力切れで敗北を喫することだろう。

でも、もしそうだとすれば突破口はある、私にも知りえないことをすればいいのだ。

「試してみようかしら」

悪戯な笑みを浮かべ両腕を振り上げる。

「自由に踊りなさい」と命じ裏切りの女神(ダウィンスレイヴ)を天に放つ。

巨大な魔法陣の極光に煌々が瞬き、消えた。

乱舞する線は空を、床を、書架を、最後に少女の四肢を切裂いた。

魔術粒子(エーテル)を飛散させ地に伏せる幼き少女。

「良かったわ、貴方が複写だけでなく自律するようなら勝ち目がなかったもの」

勝者は微笑み、敗者は言葉もなく消えていく。

「おやすみなさい、ゆっくりとね」

跡形もなく消えた幼き自分。

いずれはこうなる時がくるのだろう。自分にも紅葉たちにも。

「少なくてもあと数回の戦闘で私たちは各々の『決断』を迫られて互いに争い合う運命なのよね」

最終戦争(ラグナロク)は最後の1人になるまで続く、既に参加者を全員把握している雨宮にはいずれ訪れる悲劇が容易にイメージできていた。

七色閃光が再び広がり、光に包まれながらも見上げるその表情には悲しみの色が滲んでいた。

ハヴァマールのエントランスを照らす極光。

2つの影が浮かび上がり互いに目を合わす。

「本物だよね、かいちょー」

「あら当然じゃない、それともなぎさのような雌豚に見えるかしら?」

片目をつぶり、普段通りを装い応えると有無を言わさず胸に飛び込む紅葉。

腰を締め付ける腕、制服を強く握る手、胸に触れる暖かい涙と吐息。

泣いている。恐らくは自分と同様がそれ以上の夢現を体験したのだろう。

安心から感情のコントロールが効かなくなったんだと雨宮は感じ、そっと頭を撫でた。

「紅葉。大丈夫?」

小さく首を縦と横に交互に振る回答が帰ってくる。

「ふふっ、それはどっちなの?」

「うるさいっ、もう、その、両方なの両方」

「はいはい、じゃあもう少しこのままの方が良さそうね」

雨宮は微笑み宥めながら想う。

きっと自分に紅葉やなぎさは殺せない。でも殺されてあげる気にもなれない。

だから今はこの最終戦争(ラグナロク)首謀者(オーディン)を探しゲームを終わらせよう。

もし、見つからず互いに争いあうことになったのなら、その時は……分からない。

だが今はその瞬間までは抗っていこう、と。

茜色に染まる空を見上げ、胸に埋まる紅葉を強く抱き締める。

大切なぬくもりを感じながら紅玉の瞳に決断の炎を灯した。

 

 
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