No.436505

エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件2

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
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Fate/Zero

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2012-06-13 01:23:25 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3505   閲覧ユーザー数:3367

 

エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件2

 

 

5.白井さんの行方と最強への挑戦状

 

 

 支払いを済ませてファミレスを出たら案の定白井さんの姿はもうどこにも見えなかった。

 右を向いても左を向いてもそれらしい人影なし。白井さんが大暴れしている声も聞こえない。

「完全に見失っちゃった、わね……」

 仕方なくとりあえず白井さんに電話してみる。

 けれど──

『現在お掛けになった番号は受話器が強烈な電撃によって完璧に容赦なく無慈悲に破壊されておりお繋ぎすることが出来ません』

 白井さんは電話に出なかった。

「仕方ない。クライアントに連絡を取って類人猿に関する追加情報をもらおう」

 “ですのっ!”に連絡を取ってみる。

 アドレスを入力してメールを送る。

 ところが──

『現在お送りになったメールは端末が強烈な電撃によって完璧に容赦なく無慈悲に破壊されており受信することが出来ません』

 クライアントにメールが届かない。

「何でこんな時に端末が壊れてるのよっ!」

 クライアントへの連絡手段がなくなってしまった。これでは事件に関する情報は聞き出せないし成功後に報酬がきちんと払われるのかも微妙だ。最悪過ぎる展開。

 

 大きな溜め息が出てしまう。と、その時、私の携帯が大きな音を立てて自己主張を始めた。

 もしやと思いスマートフォンのディスプレイを見る。

『初春・パンツ・飾利』

 ディスプレイには電話の発信者が初春であることを表示していた。

 電話の主が白井さんやクライアントでなかったことに少しガッカリしながら電話に出る。

「は~い。どうしたの、初春?」

『実は大変なことが起きたんですよ、佐天さんっ!』

 初春の声は切羽詰っていた。甲高くて途切れ途切れな声が耳を刺激する。

 もしかすると今頃になって初春のパンツと私の体操服が交換されていることに気付いたのだろうか?

「そんなに焦っちゃって、一体どうしたって言うのよ?」

『実は……白井さんがっ、白井さんが黒コゲ・アフロヘアになって病院に運び込まれたんですっ!』

「何ですってぇ~~~~っ!?」

 人通りの多い往来だということも忘れて大声を出してしまう。でも、それも仕方ないぐらいに衝撃的な展開だった。

 

 白井さんは類人猿を追って店を出た。その後、何者かに暴行を受けて病院にかつぎ込まれた。その事象が意味することはただ1つしかない。

 即ち、白井さんは類人猿に戦いを挑み敗北したのだ。

「それで、白井さんの状態はどうなの?」

「王大人が死亡確認したので生きていることは間違いないのですが……強い電撃を浴びた影響で当分は面会謝絶で絶対安静だそうです」

「そう……っ」

 白井さんはレベル4の高位能力者。しかもジャッジメントとして実戦経験も豊富。そんな彼女を短時間で病院送りにしたのだから類人猿は相当な使い手に違いない。

 しかも初春の話に拠れば電撃で白井さんを倒したということになる。類人猿は御坂さんと同系統のエレクトロマスター(オノデン坊や)である可能性が高い。

 そして御坂さんを圧迫していることから彼女以上の電撃使いである可能性が高い。

 学園都市最強の電撃姫を上回る電撃使いってどんだけチートな存在なのよっ! 

 本気で学園都市の暗部が御坂さんを潰そうとしているんじゃないかと疑いたくなる。

 ハッ!

 そう言えば、クライアントの端末も電撃により破壊されたと自動音声で知らされた。これはもしかすると、ううん、絶対に類人猿に襲撃を受けて破壊されたに違いないわっ!

 

 つまり……類人猿はこの件に関与しようとする者を次々に排除して回っているっ!

 

 そう仮定すると御坂さんが白井さんを遠ざけようとした理由がよく分かる。

 御坂さんは白井さんが類人猿に襲撃されることを恐れていたのだっ!

 我ながら一部の隙も見いだせない完璧な推理を展開してしまっている。探偵として食べていこうか真剣に悩んでしまうほどに。

 

「あの、佐天さん?」

 初春が心配そうな声を出した。

「あっ、ごめんごめん。あまりの展開にぼぉ~としちゃった」

「心配なのは分かりますけど、気をしっかり持って下さいね」

 初春に心配を掛ける訳にはいかない。そして巻き込む訳にはもっといかない。

「それで、犯人の目星は付いているの?」

「今の所実行犯は分かっていません。ですが話を聞く限り犯人はどう見ても……」

「ストップ~~~~ッ!!」

 初春の言葉を大声で遮る。

「初春はこれ以上この件には関与しないこと。約束だかんねっ!」

 初春が類人猿に辿り着いてしまったらこの子もきっと白井さんと同じ目に……。

「初春がこれ以上この事件に関わったら、私、初春と絶交した上で毎日パンツ下ろしするからね~~っ!」

「えぇええええええええぇっ!?」

 これだけ恐ろしい脅しを掛けておけば初春ももうこれ以上この件に関わろうとはしないだろう。我ながら鬼な提案だけど初春を巻き込まない為には仕方ない。

「とにかく、これ以上初春はこの件に関わらないこと。いいね?」

「うっうっうっ。何だかとっても理不尽な気がしますが…分かりましたぁ」

「それで良し」

 これで初春は少し危険から遠ざかった。

 後は──

「大丈夫。私は生きてこの難事件を解決してみせるから」

 自分の決意を述べてみせる。もう事件に両足を踏み入れてしまっている私がこの1件を解決することでしか初春や御坂さんを救う術はない。

「へっ? あの、佐天さんは一体何を言って?」

「だから……初春は何も心配しないで良いから!」

「何ですか? その、死亡フラグ立ちまくりの意味深な言葉は? 佐天さんは一体何に首を突っ込ん--ブッ」

 通話を途中で切って、端末の電源も切る。

「白井さん、クライアント”ですのっ!”……貴方達の仇はきっと私がとるからっ!」

 もう手が届かない存在となってしまった、今現在は大空に笑顔でキメている白井さんと”ですのっ!”に誓う。

「行くわよ、最強っ! 最弱の意地を舐めないでよねっ!」

 レベル0の一介の女学生とレベル5さえも手玉に取る類人猿との戦いが今ここに本格的に始まりを告げたのだった。

 

 

 

幕間1 とある少女の勇気と日常

 

 

「今日こそ…今日こそはアイツとの関係を進展させてやるんだからっ!」

 少女は手鏡に映った自分の顔をチェックしながら大声で自分に宣言していた。

「今日こそ絶対に私のことを恋愛対象としてアイツに意識させてやるんだからねっ!」

 鏡に映る自分の顔は真っ赤に染まっている。恥ずかしいことを言っているのが鏡を通して自分でも丸分かりになっている。

 けれど、どれだけ恥ずかしくても今が少女にとって好機なのは紛れもない事実だった。

「あの子がアイツに関するデータをロストしている今なら邪魔が入らないっ!」

 少女は力強く右拳を握り締めた。

 

 それからしばらくして少女は少年とよく遭遇する公園の自販機の前に立っていた。

 少年の連絡先を知らない少女に出来る遭遇方法は偶然を期待することだけ。

 けれど、そんな偶然がそうそう起きないことは少女が経験則から一番良く知っていた。月に1、2度しか会えないのが普通。

今日も既に1時間以上この公園に立っているのにも関わらず少年は現れない。

 そして少年が現れない現実に少女の意欲は目に見えて下がっていく。そして代わりに不安の色が時間を経るごとに濃さを増していく。

「でも今日は週末だし……アイツだって遠くまで出掛けているかも知れないわよね」

 少年がこの付近にいる保証は何もない。口に出すほどに落ち込んでしまう。

「可愛い女の子とデート中……の可能性もあるのよね」

 少年に関する噂話を思い出すとその可能性は否定出来ない。それどころか考えれば考えるほどにデート中という可能性しか思い浮ばなくなって来る。

 サッパリした性格で知られる少女はその実、恋愛に対しては酷く悲観主義者だった。

「こうしてぼぉ~っと突っ立っている間にもアイツは他の女の子と楽しくお喋りしたり、手を繋いだり、キッ、キスしてたりするの……かな?」

 煌めく太陽の下で少女の周囲だけが深い闇に沈んでいる。うなだれる少女は今にもダークサイドに落ちてこの世全ての悪と化しクスクス笑ってゴーゴーしかねない雰囲気を纏っている。

 けれど、天はこのいじらしい少女を見捨ててはいなかった。

 

「ゲッ!? お前はぁっ!? 何でこんな所にっ!?」

 少女が完全に塞ぎ込んでしまう直前のことだった。少女は学生服姿の男に声を掛けられた。とても聞き覚えのある声だった。

 恐る恐る顔を上げる。すると正面にツンツン頭の高校生ぐらいの年齢の少年が立っているのが見えた。

「あっ!」

 驚きの声が漏れる。そのツンツン頭の少年こそが少女の待ち焦がれていた人物だった。

「フッ。何でですって? そんなこと、決まっているでしょうがっ!」

 少年に向かって勇ましく声を掛ける。その様には先程まで纏っていた陰鬱な影がどこにも見て取れない。全身から自信とエネルギーが満ち満ちている。それは少年が知る普段通りの少女の様子。

 むしろ陰鬱なままであれば少年に心配されていつもとは違う展開を迎え、或いは恋仲への進展という可能性があったのかも知れない。

 けれど少女の極度の見栄っ張りはいつもと同じ展開へと2人の仲を導いてしまっていた。これには天もガッカリに違いなかった。きっと舌打ちして唾吐いているに違いない。

「今日こそアンタと決着を付ける為に決まっているでしょう。だから私と勝負しなさいっ!」

 やたら躁状態になった少女は畳み掛ける様にいつもと同じ口上を叫んでいた。少年に向かって人差し指を突き刺しながら。

 少女はこの時点で今日わざわざここに来て1時間も待っていた理由を完全に失念してしまっていた。完璧に普段通りに振舞っていた。

 

「ようやく学校の補習から解放されたと言うのに、性質の悪い女子中学生に絡まれるなんて……不幸だ」

 少年は右手で顔を覆いながら大きく溜め息を吐き出した。不幸を本気で嘆いている。その態度が少女の心を苛立たせ、本来の目的とは真逆の方向に事態を進ませてしまう。

「何よっ! この私がわざわざ勝負してあげるっていうんだから、ありがたく決闘を受けなさいってのよ!」

 少年に強く迫る少女。

根が不器用な少女は決闘という形を採ってしか少年と接点を作れないでいた。会いたいから会いに来たとはどうしても素直に言えなかった。

 けれどそんな歪な求愛方法がまだ大人とは言えない高校生、しかも色恋沙汰に対して鈍感を極めている少年に通じる筈もなかった。

「今日は大事な用事があって忙しいんだ。なのに週末までコイツに決闘を吹っかけられるなんて……俺って不幸だぁあああああぁっ!!」

 少年は少女に背中を向けて全速力で逃げ出した。

「待ちなさいよ。私を放っておくなってのよぉっ!!」

 少女は少年を追い掛けながら叫んでいた。

 そしてこの段階になってようやく自分の失敗に気付く。気付くと同時に顔が青ざめる。

「何でいつもと同じ展開になっちゃっているのよぉっ! これじゃあ進展が全然ないじゃないのよぉ~~~っ!!」

 心の中で半泣き状態になりながら少年を必死で追い掛ける。逃してしまえば本当に今日の進展は望めなくなる。だから必死に追い掛ける。

 追い掛ければ追い掛けるほど自分でフラグをへし折っているのが実際なのだが。

「いつまで追って来るんだぁ~~っ!? 俺ってば、週末なのに不幸だぁ~~~~っ!」

「いい加減止まりなさいってのぉ~~っ!」

 不毛、というか逆効果しか生みそうにない追い掛けっこは延々と続いたのだった。

 

 

 

 

6.謎の男子高校生との邂逅

 

「とはいえ……勢い込んではみたものの進展がさっぱりだぁ~」

 類人猿との戦いを固く決意してから1時間。私は大きく溜め息を吐きながら途方に暮れていた。

 類人猿探しは難航していた。というか情報が少な過ぎて最初から行き詰まっていた。

 服装が白いワイシャツの男の子なんて人口の8割が学生であるこの都市では最もありふれた存在。

 白井さんもやられてしまった以上目印もなくなってしまった。

 そんなこんなでもう完璧に行き詰まってしまった。

「あ~もぉ~。少し休憩しよう」

 時計が3時を指した所で一区切りとして休憩することにする。

 気付けば自宅の近くまで来ていた。結構な距離をあてもなく歩いて来たことになる。

「アイスでも買って少し頭を冷やそう」

 自宅近くの公園でアイスクリームの屋台を開いている自動車へと近づく。

「レモンとストロベリーのダブルでお願いしま~す」

 お金を払ってソフトクリームを受け取る。

周囲を見回しながらベンチまで持っていって座って食べようかと考える。

 けれど、そのベンチには高校生らしいカップルが座っていた。

その隣にももう1つベンチはあるけれどそこには近寄り難い。あの幸せラブラブオーラを横から浴びながらアイスを食べるのは嫌。

「行儀悪いけど、ここで立ったまま食べちゃおう」

 結論を出して公園の真ん中で立ったままアイスを舐め出す。疲れた頭にアイスの冷たさが気持ち良かった。

 

 アイスを半分ほど食べ終えたその時だった。

「ふっ、ふっ、不幸だぁあああああああああぁっ!!」

 制服らしい黒いズボンに白いワイシャツ姿の高校生ぐらいの男の人が公園の中へと駆け込んできた。

 首は後ろを向いたまま必死に手足を動かしている。どうやら誰かから逃げているらしい。

 そのツンツン頭の見知らぬ男の人は真っ直ぐに私のいる方角に向かって走ってきている。

 えっ?

 前を見ていない男の人が自分に向かって走って来ることの意味に気が付いた時にはもう遅かった。

「きゃぁあああああああああああああぁっ!?」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおぉっ!?」

 私は男の人とぶつかって後ろに吹き飛んだ。一瞬だけ視界が黒に染まりながら地面に倒れた。

 

「わっ、悪ぃっ! 大丈夫かっ!?」

 ぶつかっても倒れなかった男の人が私に向かって右手を伸ばす。

「はいっ。大丈夫です」

 しまったという顔をしている男の人の手を取りながら答える。

 エージェント佐天さんは能力が使えない分、体はよく動かせるように鍛えている。今も咄嗟に受け身は取れたので体にダメージはない。けれど、まずい点を強いて言うなら……。

「あっ!」

 私の手を取った男の人の動きが急激に止まった。石の様に固まっている。

 そして彼の視線は私の制服のスカート、正確には裾が捲れ上がって露わになってしまっている乙女の秘密へと向けられていた。初春と(強引に)お揃いにした縞々の秘密に。

「いやぁ、お兄さんってエッチですね♪」

 ニヤッと笑いながら男の人を見る。

 初春のパンツを毎日覗き、そのお返しに自分のパンツをよく見せている私はこれぐらいでは取り乱さない。

まあ、男の人にこんな風に思い切り見られたのは今回が初めてなのだけど……。

「ちっ、ちっ、違うぅうううぅうううううううううううぅっ!」

 ツンツン頭のお兄さんは私を立たせると同時に激しく取り乱した。

「そんなに女の子のパンツが見たかったんですか?」

 お兄さんの反応が面白くて顔を覗き込みながら更にからかってみる。

 お兄さんは私より頭半分大きくて身長は大体170cmぐらい。体格は太っている訳でも痩せている訳でもない。腕を見る限り結構逞しく、意外と筋肉質なのかもしれない。

「だからぁ~、違うってぇええええぇっ! 俺は別に君のパンツが見たかった訳じゃなくてぇ~~っ!」

 必死になって弁明を重ねるお兄さん。キリッとしていたら結構格好良さそうな顔だけど、今は年上とは思えない程に泣きそうな情けない表情を見せている。

 年上なのに凄く可愛い。そう思った。

 そして同時にもう少しだけからかいたくなってしまった。

「そんなに私のパンツが見たいなら……もっと見せてあげましょうか? フッフッフッフ~」

 スカートの裾を摘んでパタパタと揺らしてみせる。見えそうで見えないのは勿論お約束。

「ぶつかったのもパンツ見ちゃったのも俺が悪かったから、もう許してくれぇ~~~~っ!」

 お兄さんは空に向かって絶叫した。

「やっとアイツから逃げ切ったと思ったのに今度は別の子に……不幸だ」

 お兄さんは凄く落ち込んだ表情を見せている。さすがにからかい過ぎたかなと反省する。

 と、その時になってようやく気付いた。お兄さんのシャツの右わき腹の辺りに黄色と赤のアイスがべっとりと塊のままついていることに。

 

「あっ! 私の食べ掛けのアイスがシャツにべっとり付いちゃってる。すぐに洗いますからお兄さんはそれを脱いでください」

 言葉と同時にお兄さんのシャツを脱がせ始める。

「自分で脱ぐから大丈夫だってば」

「恥ずかしがらないでさっさと脱いで脱いでっ!」

 実家にいる弟を相手に磨いた服脱がせのスキルを惜しみなく発揮してみせる。

「年下の女の子に良いように扱われる俺……不幸だあ」

 始めは抵抗していたお兄さんも最後には従順になって服を脱いでくれた。ワイシャツを脱いで赤いTシャツ姿になってガックリとうな垂れている。

 このお兄さんには女難の相が出ているのかも知れない。

 けれども私はフォローを入れる間も惜しんで水飲み場へと急行。べっとりこびり付いたアイスと早速格闘を始めた。けれど──

「う~ん、これは、漂白剤に漬けるか洗濯機に掛けないとちょっと無理かな……?」

 洗い始めてすぐに気付く。コイツは手ごわい汚れになっていると。着色料おそるべし。

「それじゃあしょうがないから上条さんはそのシャツを着て帰るのは諦めますよ」

 男の人はまた大きく溜め息を吐いた。

「ダメですよ。すぐに処置しないと落ちなくなっちゃうかも知れません。あっ、そうだ!」

 パッと名案が閃いた。

「私の家はすぐそこなんで、うちで洗濯します。だからお兄さんも私と一緒に我が家に来てください」

 我ながら名案だと思った。シャツは綺麗になるし、お兄さんをTシャツ1枚で寒い思いさせることもなくなる。誰もが幸せになれる提案。

「いや、でも、名前も知らない女の子の家を突然お邪魔するというのは紳士な上条さん的にはちょっと問題が……」

「な~に恥ずかしがっているんですか? 私は全然気にしませんからどうぞどうぞ~」

「いや、君が気にしなくても俺が気にするっていう話でだねっ!」

「女の子が気にしないって言っているのに何の問題があるって言うんですかあ? さあ、どうぞどうぞ~」

「ああっ。年下の女の子に好き勝手に振舞われて逆らえない俺……不幸だ」

 渋るお兄さんの背中を押しながら私は自宅を目指して歩き出した。

 

「……何で…………アイツと…………佐天さんが…………?」

 

 お兄さんの背中を押しながら歩くのに夢中な私は気付かなかった。

 私達が影から謎の人物に見張られていたことに……。

 それが新たな悲劇の幕開けとなるだなんて全く考えもしなかった。

 

 

 

幕間2.とある少女と逢瀬の目撃

 

「何でアイツが……佐天さんとあんなに楽しそうにじゃれ合っているのよ……?」

 少女には公園の中で繰り広げられている目の前の光景が俄かに信じられなかった。自分が必死に追い掛けていた少年が他校に通う年下の友人と楽しそうに交遊している光景が。

 その光景を直視出来なくて樹の後ろへと移動する。けれど2人から目を逸らすことも出来なかった。

「私にはいつも迷惑そうに適当にしか接してくれない癖に……何で佐天さんとはあんな親密で楽しそうに接しているの?」

 少女の位置から2人の声は聞こえない。けれど、聞こえなくても2人の会話が弾んでいることは雰囲気から分かる。それは少女が渇望し、いまだ得られないでいる光景。

「大体アイツ、用事があるからって私の誘いを断った癖に……」

 少女の脳裏に思い出すのはつい先程の光景。

 

『今日は大事な用事があって忙しいんだ。なのに週末まで決闘を吹っかけられるなんて……俺って凄く不幸だぁあああああぁっ!!』

 少年は少女の誘いを面倒臭そうに断って尚且つ全力で逃げ出した。

『待ちなさいよ。私を放っておくなってのよぉっ!!』

 少年と少女の追い駆けっこは延々と続いた。

『おっ姉様ぁあああああああああああああああぁっ!!』

 後輩のツインテール少女に進路を妨害されるまでは。

『邪魔っ』

『ひぃでぶぅううううううううううぅっ!?!?』

 少女の言葉と共に発生した高エネルギーの電流によりツインテール少女は黒コゲになって倒れた。

 けれど、ツインテール少女に気を取られていた僅かな時間に少女は少年の行方を見失ってしまった。

 

少女が再び追い付いた時に少年は髪の長い少女と共にいた。髪の長い少女は少女の大切な友人だった。

 2人はとても楽しそうな雰囲気を纏いながら会話を弾ませていた。少女に一つの悲しい確信を抱かせてしまうほどに。

「アイツの用事って……佐天さんとのデートのことなの?」

 少女にはそうとしか考えられなかった。そして自分の発した言葉に傷付き、目の前の光景に更に傷付いていく。

滲み始めた視界に映るのは少女の大切な存在同士のデートシーン。

 その光景は少女の恋愛観の根底を大きく揺さぶり崩していた。まるで自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)が根本から喪失していくかのように。

「アイツ、中学生はガキだから嫌なんじゃなかったの? 佐天さんは、私よりも年下なのよ……」

 以前不良にしつこく絡まれて頼んでもいないのに介入して来た少年と初めて出会った時に聞かされた言葉が少女の脳裏に浮かび上がる。

 

『まだガキじゃねえかっ!』

 

 少年は少女をガキ、つまり恋愛対象に含められない子供だと評した。その言葉に少女は深く憤慨し、そして傷ついた。

 そして少女はそれから自然と考えるようになっていた。少年が自分を恋愛対象と見倣さないのは自分が中学生だからだと。高校生の少年は中学生少女に興味がないのだと。少年との進展がない理由をそうやって自分に納得させていた。

 けれど、目の前の光景はそんな少女の思い込みを粉々に壊してしまうものだった。少年と逢瀬を交わしている長髪の少女は自分よりも年下であったのだから。

 言い換えれば、少年に好かれていないのは、認められていないのは中学生というポジションではなく自分自身。

「やだ……そんなの、やだよ…………っ」

 少女の目の前の現実が黒く塗り潰されていく。

 息が不自然に荒くなっていく。思考がまとまらない。体が小刻みに震えだす。

 自分の感情を制御するように長年訓練を積んで来た筈なのにまるで役に立たない。

 自分が今何をすべきなのか、何がしたいのかもう何も分からない。

 

 少女が呆然と立ち尽くしていると目の前の事態が動き出した。髪の長い少女が少年の背中を押しながら公園から移動し始めたのだった。

「……何で2人がそんなに親しい仲なのよ? いつの間に親しくなっていたの?」

 少女には目の前の光景が信じられない。分析できない。けれど、目の前の光景は現実。

呆然としながらも少女は距離を2人の後をこっそりと尾けていた。

 何故2人を尾行するのか。少女はその理由を考えなかった。考えたくなかった。

 そして2人は間もなく少女もよく知っている低層マンションの前へと到着した。

 

「じゃじゃ~ん。ここが私の住むマンションですよ~」

「へぇ~。お洒落なデザインで良いマンションだなあ。俺の住む学生寮なんて味も素っ気もない無個性殺風景建築物の見本だからなあ」

「女の子が独り暮らしするんですからセキュリティーも外観もこだわるに決まってますよ」

「その女の子の独り暮らし空間に素性も知れない上条さんを上げちゃって良いんですか? 俺がお父さんなら大泣きしますよ」

「男の人を部屋に上げるのは初めてですけど、まあ気にしません。今は何よりお洗濯の方が重要ですから。ええ、最優先事項です」

「良いのか、それで? それにしても年下の女の子の誘い1つ断れない俺……不幸だ」

 

 少女の位置からは2人の会話はよく聞き取れない。けれど2人の会話が先程までと同様に弾んでいることは2人の喜怒哀楽の変化を通じて見て取れる。特に、自分といる時は面倒臭そうな表情しか見せない少年が表情を多彩に変えている様が目に焼き付いた。

 そして2人の到着地が髪の長い少女の自宅だったということが何より大きな衝撃だった。

「佐天さんはアイツを部屋に招き入れちゃうぐらいに“深い仲”な訳なの?」

 心臓の鼓動音がやけにうるさく感じる。前に立つ2人と友人宅の玄関だけが視界にカラーで映り、残りの部分は全てが黒く塗り潰されていく。

「それじゃあ佐天さんルームへご案内しますね~」

「あっ、ああ。お邪魔します……」

 長い髪の少女が玄関を開けて少年が部屋の中へと入っていく。2人が室内へと消えて玄関が再び閉じられた。

 少女の目に映るのは2人が入っていった玄関だけとなった。

「嘘……。信じたくない。こんなの、信じたく……ないよ。こんなの、嫌だよぉ……っ」

 少女はその光景を階下から呆然と見守っていた。その顔は大粒の涙で濡れていた。

 

「お姉さまぁああああぁっ! こんな所にいらしたのですねぇ。わたくしは愛の力で瀕死の重傷から奇跡の復活を遂げましたわよ。さあ、この傷を癒す為にお姉さまの全身を使って優しくマッサージしてくださ……ぎゃぁあやぁああひゃあああぽあああああぁっ!?」

 全身を包帯で巻かれたツインテール・アフロヘアの少女が突如発生した強力な電撃を浴びて黒コゲになって倒れた。

 少女はその件に一切の関心を払わなかった。ただただ2人が消えた部屋だけを見ていた。

 

 

 

 

7.レベル0仲間

 

「さあさあ、どうぞどうぞ。ここが私のお部屋ですよ~」

「はっ、はあ。どうもお邪魔いたしております」

 初めて家族以外の男の人を部屋に上げるという行為にエージェント佐天さんともあろう者が浮ついてしまっている。

 でも、考えてみれば本当に凄いことをしている訳なんだし緊張するのも仕方ない。

 一方でお兄さんの方も女の子の部屋に訪れることに慣れていないのか室内の様子を目で確認しながらちょっとビクビクしている。

この行動を見る限りお兄さんには彼女がいないっぽい。年齢=彼女いない歴なのかな?

 まあ、お兄さんに彼女がいようがいまいが関係ない訳だけど。彼女がとても嫉妬深い人でお兄さんを部屋に連れ込んだ私に嫉妬して血の惨劇……なんて展開にならない限りは(伏線)。

「じゃあ私、シャツを洗濯して着ますから、適当に座ってくつろいでいて下さい」

「あ、ああ。頼む」

 借りて来た猫みたいに大人しくなったお兄さんからワイシャツを受け取る。と、その時に気が付いた。

 部屋の中にちょっとした異臭が混じっていることに。

 異臭の原因はすぐに判明した。目の前のお兄さんから汗の臭いが発せられていた。

「お兄さん、ちょっと臭いますよ」

「えっ? マジで?」

 お兄さんは自分のシャツに鼻を付けるとその臭いを嗅いだ。

「ええ。女の子の部屋で臭うのは男性としてアウトの極みですね」

「さっき、アイツから逃げ回るのにずっと全力疾走を続けていたからなあ。汗も掻くわな」

 お兄さんは疲れたように首をガックリと落とした。

「という訳で、臭いの元をいつまでも放置してはおけないのでお兄さん。今すぐお湯を沸かしますのでお風呂に入って下さい」

 昔の漫画の名言に従って汚物は消毒しないといけない。臭う男性は煮沸消毒して綺麗になってもらわないと女の子の部屋にいさせる訳にはいかない。

「いや、さすがにそれは……。名前も知らない女の子の家のお風呂を借りるだなんて、常識人で紳士な上条さんには出来ませんのことですよ」

 お兄さんが冷や汗を垂らしながら上半身を仰け反らした。お兄さんの言葉に従うなら私の次の行動は決まっていた。

「私の名前は佐天涙子。柵川中学の1年生です。お兄さんのお名前は?」

「えっと。俺の名前は上条当麻。第7学区のあまりよろしくない学校に通っている高校1年生でございますよ」

 上条さんはツンツン頭をポリポリと掻きながら自己紹介してくれた。

 なるほど。上条さんは高校1年生。私より3歳年上という訳か。

「じゃあこれで私と上条さんはもう立派な知り合いですね。という訳で臭いを絶つ為に早速お風呂に入って下さいね」

「だからそれはマズイだろうって!」

 上条さんは焦りながら右手をブンブン左右に振っている。

「佐天さんは上条さんをお風呂に漬けるってもう決めましたからねえ。拒否するならトイレの洗剤を原液のまま頭から掛けて洗いますよ♪」

「選択肢が酷い。酷すぎるぅ。ふ、不幸だ……」

 上条さんは再びガックリと首を落としながら降伏を宣言した。

 

 

 上条さんに沸かしたお風呂に入ってもらい、その間に私は彼が着ていた服一式を洗濯する。人間が臭っている以上、服が臭うのも当然。

『ぱ、パンツだけは勘弁してください。男のプライドも少しは考慮してくれないと上条さんはマジ泣きしますよぉ』

 本当に泣き出しそうな瞳で見るので、パンツを洗うのだけは諦めた。私は弟やお父さんのパンツを洗うのも慣れているので別に気にしないのだけど。

 そんなこんなで今私は上条さんの大洗濯中なのだ。

 ちなみに私も部屋着に着替え直した。

「まあでも、上条さんを私の家でお風呂に入れたことが彼女や上条さんを好きな女の子に知られたら、佐天さんも大ピンチに陥ったりするのかなあ?(伏線)」

 血の惨劇への下準備は十分。そんな割とどうでも良いことを考えながら時間を潰す。

 と、自宅に戻って電源を入れ直した携帯が音楽を奏で出した。

「あっ。初春からのメールだ」

 事件に巻き込みたくない親友からのメールだった。

 ちょっと嫌な予感がしながらメールを開いてみる。文面には驚愕の出来事が書かれていた。

 

 

 危篤状態から復活した白井さんが病室を抜け出して、

何者かによってまた攻撃を受けて黒コゲになりました。

現場は佐天さんの家のすぐ近くです。

何か変わったことがありましたらお知らせ下さい。

 

 

「類人猿がまた白井さんを襲った? 類人猿は私のすぐ近くにいた?」

 白井さんがまた襲われたことは恐ろしい。けれど、類人猿が私の家のすぐ近くに出没したという情報はもっと恐ろしい。

「類人猿のターゲットに私も加えられているってことかしらね?」

 類人猿が偶然この家の付近で犯行に及んだとは思えない。明らかにそこには意図がある。

 類人猿はこの1件に関わろうとする者を容赦なく排除して回っている。

 “ですのっ!”と白井さんを排除している類人猿のことだ。私の存在も既に把握しているに違いなかった。

「こっちはまだ、類人猿の正体さえ掴んでいないってのに……劣勢も良い所ね」

 大きな溜め息が漏れ出る。

 けれど、ものはやっぱり考えよう。

 類人猿が私の存在を知っているのなら、向こうからアプローチを仕掛けて来る可能性も高くなる。闇雲に探し回らなくても犯人に辿り着く可能性は高まった。

 気付いていないだけでもしかすると私はもう類人猿に辿り着いているのかも知れないし。

「よしっ。ポジティブシンキング、ポジティブシンキング」

 こんな危機的状況でこそ、皆が知る明るく元気な佐天さんのキャラクターを貫かないと。そうじゃないと自分を奮い立たせることも出来ない。

「エージェント佐天さんを舐めんなよ、類人猿っ!」

 不敵に笑ってキャラを作りながら携帯のメールを閉じた。

 

 

「風呂と服をどうもありがとうな」

 グレーのスウェットの上下を着た上条さんが浴室から出て来た。

「いいえ、どういたしまして。それは以前お父さんが泊まりに来た時に置いていった服なんですけど、上条さんとサイズがピッタリで良かったです」

「上条さんは標準体型が売りですから服の汎用性は最も高いですよ。サイズだけならですが」

 お風呂に入って服も洗濯されて色々と諦めたのか上条さんはだいぶ落ち着いていた。

「さっ、入浴後に冷たい麦茶をどうぞ」

「サンキュー」

 テーブルを挟んで2人で座る。

 上条さんが部屋に上がってから約1時間。洗濯したり飲み物を準備したりとずっと動いていたからか思ったよりは緊張していない。

 そして緊張していない以上、黙ってお茶を飲んでいるなんて静かな状況に私は耐えることは出来なかった。それは佐天さん失格の行為。佐天さん1級資格試験に合格できない所業。

「上条さんって」

「何?」

 上条さんが目をパチクリと瞬きさせながら答えた。

「私とぶつかった時に誰かから逃げているみたいでしたけど。一体誰に追われてるんですか? 彼女さんとか?」

 あまり女の影のしない人だけど、修羅場から逃げていたとかだったら凄く面白い。

「恋人に追い回される。そんな素晴らしい経験を1度で良いからしてみたいもんですがね」

 上条さんは大きく溜め息を吐いた。そのマジっぽい動作を見る限り浮気がバレて彼女に追われていた訳ではなさそう。

「じゃあ、誰に追われていたんですか?」

 上条さんは天井を見上げて考え込む。

「そうだな。強いて言うなら……ケダモノ、かな?」

 上条さんはコップを置きながら再び溜め息を吐いた。

 

「ケダモノ、ですか?」

 上条さんのその言葉を聞いた瞬間に体がビクッと震えた。“ケダモノ”という単語からあるものを連想してしまった。

「もしかしてそれって、類人猿ですか?」

 白井さん達を襲撃した犯人と上条さんを追い掛けていた犯人が同一人物かも知れない。

 そんな突拍子もない可能性が頭にふと浮かんだ。

「いや、類人猿はないんじゃないかな? アイツだって一応女の子なんだし。その言い方はさすがに失礼かと」

「女の子?」

 頭の中に混乱が走る。

 白井さんは類人猿のことを“あの男”と呼んでいた。白井さんの話通りなら上条さんを追い掛けていた人物と類人猿は別人になる。

「じゃあ、どんな女の子に追い掛けられていたんですか?」

 少し安心しながら問い直す。

「どんな女の子って言われてもだなあ……ガサツっていうかワイルドな感じで、危険極まりないモノを平気で作り出す器用さを持ち合わせて、尚且つ手癖がすっげぇ悪い子かな?」

「それって類人猿の条件そのものじゃないですかっ!」

 初春が語った類人猿像とあまりにも一致し過ぎている。

「えっ? そうなの?」

 目を丸くして驚く上条さん。けれど、同じように私も驚いている。

 類人猿は男の筈。なのに、上条さんを追い掛けていた女の子と条件が合い過ぎている。

 これは一体どういうことなのだろう?

 と、その時、私は今回の事件のクライアントである“ですのっ!”のことを思い出した。

彼女は常盤台中学の制服を着ていた。でも彼女が本当に常盤台中学の生徒であるのか、それ以前に女性であるのかも私には怪しかった。

 私がそう疑った理由。それは──

「上条さんを追い掛けていたその女の子に胸はありますか?」

 そう。私はクライアントの胸がまっ平らだったから彼女が本当に女性か疑ったのだ。

「あの、それはどういう意図の質問なのでせうか?」

「大事なことなんですっ! ちゃんと、答えて下さい」

 引いている上条さんを逃さずに目を覗き込む。

「え~とぉ……」

 上条さんは額に汗を大量に浮かべている。

「中学生の女の子にしては……薄い方なんじゃないかと思います。その、佐天さんに比べてもかなり小さいかと……いやっ、セクハラじゃないですからね。誤解しないで下さいよ……っ」

 上条さんは私のとある1点を見ながら更なる冷や汗を垂らした。

「やっぱり……」

 疑問が徐々に確証へと変わっていく。

「つまり上条さんは、その胸の小さな襲撃犯の子が本当に女の子であるかどうか確かめたことはないと」

「女の子かどうか確かめるってっ! そんなことをしたら、俺は本気でアイツに殺されますよ! 断言しますっ! 電撃食らって黒こげの炭焼き上条さんの出来上がりですって!」

 上条さんは切羽詰った口調で全身を震わせた。

「なるほど」

 大きく頷いてみせる。

 上条さんの言葉に一つの仮説が強固に成立した。

 白井さん達を襲撃した類人猿と上条さんを追い回している“女の子”とやらは同一人物かも知れないと。

 犯人は今流行っている“男の娘”、もしくは“男装の麗人”だと考えれば色々なことに説明がつく。

即ち、白井さん達の前では男として振る舞い、上条さんの前では女として振舞っている。

 ワイルドで手癖が悪いという性格は一致しているし、類人猿と上条さんを追い掛けている“女の子”は共に高位電撃使い。人々を躊躇なく襲い、その電撃の毒牙に掛けようとしている点も一致している。

 そしてこの家の付近で白井さんが襲われたことの意味。上条さんを追い掛けて来た類人猿の“女の子”が私と彼の関係を疑ってこのマンションを張り込んでいた所で白井さんと遭遇。これを再び仕留めたとなれば全部辻褄が合う。

 勿論2人が本当に同一人物なのかはまだ分からない。けれど、無関係と判断してしまうのは早計というものだろう。

 この仮説、深く胸に留めておく必要がありそうだ。

 

「じゃあさ、佐天さんこそあの公園で1人何をしてたんだ?」

 事件の真相を推理していると上条さんに話を振られてしまった。

「何をしてたと言いますと?」

 まだ想像の域を出ない私の仮説を知られないように細心の注意を払いながら明るい佐天さんで答える。

「いや、もしかするとデートの待ち合わせの最中を邪魔しちゃったんじゃないかと、ふと心配になって」

 上条さんは頭をポリポリと掻いてみせた。

「いやぁ~残念ながら佐天さんには生まれてこの方お付き合いした男子がいたことがありませんので」

「そうなのか? 佐天さん、可愛いし男に対しても気さくな態度で接するからモテそうな気がするんだけどなあ」

 上条さんが首を捻った。

「社交辞令をありがとうございます。でも、私は恋する乙女らしくちょっぴり理想が高いんですよ」

「ほぉほぉ。いや、社交辞令じゃありませんよ。上条さん、そこまで失礼じゃありませんからね」

 デリカシーはあまりなさそうだけど一応女性を誉める程度の気概は持ち合わせているらしい。さすがは高校生という所か。うちのクラスのガキ男子とはその辺が違う。

「上条さんの知り合いで年収7百万以上で格好良くて優しくて面白い男の人がいませんかね。年の差も5歳ぐらいまでなら我慢しますから」

「中高生にどんだけ無茶な条件を提示してんだ、君は?」

「年収7百万って言っても、奨学金の額じゃ駄目ですよ。奨学金は学園都市を出たら貰えなくなっちゃいますから」

「ハードルこれ以上あげてどうするんだよ……」

 上条さんが呆れ顔で私を見ている。

「じゃあ、この際ですし、せっかく知り合ったんですから上条さんでも良いですよ。今すぐ年収7百万稼いで下さい。そうしたら特別大サービスでお婿に貰ってあげますよ」

「無理だからっ! そんな稼げるなら貧乏学生やってないから。ていうか、7百万って数字はどっから出てるの?」

「婚活中で専業主婦になりたい女性達の望む夫の希望年収ラインですが何か?」

「今の日本の結婚適齢期の男でそのラインを満たしている奴がどれだけいるの? 10%もいないよね、そんな男!?」

 窓が閉じた室内なのに寒風が吹き込んだ気がした。

 

「さて、私があの公園にいた理由ですよね?」

 先程の会話をなかったことにして話を仕切り直す。

 上条さんにどこまで話して良いものか迷う。けれど、類人猿と“女の子”が同一人物である可能性が捨て切れない以上、適度に情報を共有し合う方が良いかも知れない。

 大きく息を吸い込んで慎重に言葉を選びながら喋り始める。

「実は……友達がストーキング被害に遭っていてその犯人を捕まえようと捜していた途中だったんです」

「ストーキングっ!?」

 上条さんの表情が一気に引き締まる。ちょっと格好良い好みのタイプの顔だった。

 でも、今はそんなことでチャラチャラしている時じゃない。御坂さんの1件の情報共有を上手くしなきゃいけない。

「はい。かなり悪質なようで、その友人は私や他の友達にも相談出来ないぐらいに深く悩み込んじゃっているみたいで……」

「それは相当精神的に追い詰められているな……」

 上条さんの顔が苛立ちと悲しみに歪む。

「俺はそういう陰湿な手口を採る奴が大嫌いなんだよ。ほんっと、腹立つなあ」

 何となくそんな気はしていたけれど、上条さんは正義感の強い人のようだ。女の子からの押しに弱い優柔不断なだけの人ではないらしい。なら……。

「よろしければ上条さんもストーキング犯を捕まえるお手伝いをして貰えませんか?」

 上条さんの顔をジッと見る。

「ああ、構わないぜ。俺に何が手伝えるか分からないけどな」

 上条さんはニッコリと笑って返してくれた。

「上条さんは優しいんですね」

 事情もろくすっぽ聞く前から危険な事件に首を突っ込もうなんてなかなか出来ない。

 もしかすると、この人は本物の正義の味方。なのかも知れない。

「こう見えても上条さんは弱きを助け強きを挫く正義の味方ですから」

「その言葉、信じますよ」

 こうして私には事件解決に向けて心強い仲間が1人加わった。

 

「で、ストーキング被害を受けている友達のことをもっと教えて欲しいんだけど? 同じ中学の子か?」

「それがですねえ……」

 上条さんの質問にまた頭を捻らす。幾ら協力してくれることになったとはいえ、今回の1件は御坂さん本人にも内緒でエージェント佐天さんとして捜査を進めている。

 上条さんに御坂さんのプライベート情報をポンポンと流すわけにはいかない。

「被害を受けているその友人は同じ中学の子じゃなくて、あの常盤台中学に通う心優しくて気さくで優雅で可愛いものが大好きな本物のお嬢様なんですよ」

 嘘は何も言ってない。私の知る御坂美琴さん像をそのまま語ってみせた。

「なるほど。常盤台中学の子か。あそこは超名門お嬢様学校として有名な分、歪んだ視線で見る輩も多い所だからなあ」

 上条さんは何度も頷いてみせた。

「それで、今回は凄く敏感な問題でその子自身もこの件に誰かが関与して来るのを拒んでいるんです。だからその子の名前とか個人情報を教える訳にはいかないんです…」

「まあ、そういう事情は俺にも分かるよ。俺が表立って介入してその子と佐天さんの仲が気まずくなるのも困るしな」

「すいません。協力をお願いしたのに肝心な部分が話せなくて」

 上条さんに頭を下げながら内心でホッとする。上条さんはこういう事件に介入することに相当慣れているらしい。だから踏み込むべき場所と引くべき場所も弁えていると。

「俺のクラスメイトには女の子の情報を集めるのが得意な奴がいるからさ。常盤台でストーカー事件が起きていないか聞いてみるさ」

「それは助かります」

 白井さん以外の情報源があると事件の核心に更に触れ易くなることは間違いない。

「後、常盤台には知り合いの女の子がいるからさ。会う機会があったらその子にもさり気なく聞いてみることにするよ」

「えっ? 上条さん、常盤台中学の生徒とお知り合いなんですか?」

 それは何ていうか、凄く意外な言葉だった。

 常盤台中学は名門学校ばかりが建っている学区に立地し一般の生徒は足を踏み入れることも出来ない。だから他の学区の生徒が常盤台のお嬢様達と知り合いになれる機会はほとんどない。

 私だって初春を介さなければ御坂さんや白井さんと知り合うことなんて出来なかった。その初春にしても、ジャッジメントのパートナーが白井さんだったから常盤台への通路が開けただけ。それほどまでに常盤台のお嬢様と知り合いになるのは難しいのだ。

 ましてや男子高校生である上条さんがどうして常盤台と縁があるのか不思議でならない。妹さんとか親戚が通っているとかだろうか?

「ああ。こう見えても上条さんは多方面にパイプを繋いでいるのでございますよ」

 上条さんはあっけらかんとして述べた。

「常盤台中学にもパイプを繋いでいるって……もしかして上条さんって凄い能力者だったりするんですか? 色んな所が顔パスになるぐらいに」

 上条さんは何ていうか……あんまり凄そうな能力を持っているようにはどうしても見えない。

 御坂さんはとても気さくな人だけどやっぱり高位能力者特有の凄い雰囲気を纏っている。白井さんにしても婚后さんにしてもそう。

 そういう凄い人特有のオーラを上条さんからは感じない。けれどそれは私の単なる勘違いで実は凄い人なのかも知れない。

 でも、上条さんの次の言葉は私の予想とは全く違う方向のものだった。

 

「いや、俺はレベル0の無能力者だけど」

 

 上条さんの言葉に一瞬室内が静まり返った。

 

「えぇえええええええぇっ!? 上条さん、レベル0なんですかぁああああぁっ!?」

 大声で絶叫してしまう。

「やっぱり、常盤台に友達がいるような佐天さんから見るとレベル0って珍しい存在なのかなあ」

 微妙に寂しそうな表情を浮かべた上条さんの手を両手で上から熱く握り締める。

「とんでもないっ! 何故なら私も正真正銘のレベル0の無能力者ですからあっ!」

 レベル0というのは決して世間様に誇れる事象じゃない。そのせいでいつも馬鹿にされるしコンプレックスの種にもなっているし。非常に息苦しいし気持ち悪い。

 でも、だからこそ同じレベル0の人と出会うとそれだけで何となく親近感を覚える。

 上条さんがレベル0だと知った瞬間に距離が一気に縮まった気がした。

 そしてそう思ったのは私だけではなかったようだ。

「そうかそうかあ。佐天さんも俺と同じレベル0だったのかあ。苦労しているんだなあ。うんうん」

 首を何度も縦に振って頷いてみせる上条さん。

「そうなんですよ。レベル0は苦労が多いんです。その主要原因と言えば……」

「だよな。やっぱりあの問題が一番大きいよな」

 上条さんと顔を見合わせて互いに向かって人差し指を差す。

「「レベル0(無能力者)は奨学金が少ないっ!!」」

 私と上条さんの声が重なる。

 そう、私達が抱えている問題はとても面倒で複雑。

 差別、自己実現と言った問題もとても重要。

でも、それよりも厄介になって来るのが経済的な問題。

 お金がなきゃ人間はそもそも生きられない。なのにレベル0は奨学金の傾斜配分というシステムを通じてそのお金に恵まれていないのだ。

 世間では学園都市の犯罪を低レベル能力者と容易く直結させて考える傾向が存在する。更に低レベル能力者はいとも容易くビッグスパイダーのような無法者と同一視され排除される。

けれど、そこにはレベル0の多くが貧窮に喘いでいるという経済的な問題が根本的に横たわっていることにもっと目を向けて欲しい。

「いやぁ~。俺も毎月毎月本当に金欠でさあ~。今日だって本来ならスーパーの特売に並んで貴重な蛋白源及び必須栄養素を確保する筈だったのに。アイツに追い掛けられて全部パー。不幸だ……」

「分かりますよ。私も常盤台のお嬢様との交遊費を確保する為にエージェント佐天さんとして働き、この学園都市の暗部に身を置く者ですから」

「エージェント佐天さんっ!?」

「ええ。クライアントの要求に応じて、お皿洗いからお風呂掃除まで、庭の草むしりさえもやる万能エージェントとして糊口を凌いでますから」

「確かに中学1年と言えばまだアルバイトも出来ない年齢。非正規の闇稼業に身を置かなきゃお金稼ぐことも出来ないもんなあ」

「レベルが1になるだけでも、だいぶ奨学金の額も変わるんですけどね」

「だよなあ。レベルが0って本当に辛い」

 2人揃って大きな溜め息を吐く。

「でも、今日はせっかく上条さんと知り合えた記念です。エージェントとして稼いだお金もありますから奮発してガンガンおやつ出しちゃいますからね。冷凍ピザトーストも投入です!」

「おお~っ! ピザ凄ぇ。チーズなんて特売でさえ滅多に手が出せない嗜好品。ピザ凄えぞぉ~っ!」

 レベル0仲間、というか貧乏仲間の私と上条さんはその後貧乏談義で凄く盛り上がった。

 とても楽しいひと時を過ごしたのだった。

 

 だから私は外から誰かが私達のことをずっと覗いているなんてまるで気付かなかった。

 

 

つづく

 

 

 


 
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