一刀達が去った後、渓谷に残された黄巾党の屍が転がっていた
無残に
残酷に
徹底的に駆逐され尽くした死体の数々が
そこには転がっていた
しかし―――
その蹂躙され尽くした死体の中、静かに動く一つの影が存在した
……どうやら奴らは行ったようだ
俺は静かに這い出ると辺りに転がる仲間たちの骸を見回した
周囲には無数の矢に貫かれ、全身を深紅の血に塗れた―――一目で絶命しているとわかる仲間たちの姿があった
指揮官「くそっ!!」
俺はその光景を見て、忌々しげに舌打ちをすることしか出来なかった
俺は仲間たちの屍を乗り越えて歩を進める
地獄のような谷の中を
ただ
漫然と
焦燥的に
少しでも
一秒でも早く
この地獄のような谷を抜けることのみに全神経を集中して歩を進めた
足を一歩進めるごとに怒りで脳が沸騰する
あいつさえ―――
あの白服の男さえいなければ
俺の仲間が
俺の心が
これほどまで打ち壊されることはなかったはずだ
指揮官「―――あの男さえいなければ!!!」
だからこそ
あの男に対する俺の殺意は留まることを知らなかった
だが、今の俺にあの男を殺す術は持ち合わせていない
力も
兵も
何もかもが足りな過ぎる
だから俺は逃げるのだ
黄巾党の本隊に戻れば今の何倍もの兵がいる
本隊に戻り、兵を引き連れ
今度こそ奴らの何倍もの戦力で
一部の容赦も
一縷の希望も
余すことなく
蹂躙してやる
そう心に誓って俺は更に歩を進めた
しかし、そんな俺の決意も虚しく
谷を抜けようと足を一歩踏み出した時―――
一刀「―――そんなに急いでどこに行くんだい?」
横の岩陰から死神の声が俺の耳に木霊した
一刀「―――そんなに急いでどこに行くんだい?」
俺の耳に入った声は俺の仲間を殺した―――憎きあの男の声
俺は静かに振り返った
恐怖に支配された己が体がその行為を強制したからだ
指揮官「……何故、お前が……ここにいる?」
俺は恐怖に支配されたまま、そんな間抜けな問いを口にした
俺に問われたことで目の前の男はしばし、思考する『フリ』をすると
一刀「……ふむ、何故―――とは深い問いだね。しかし、浅慮な俺では君の望むような答が言えるとは思えないが……その問いに俺なりの答えを口にするなら至って明瞭だ」
死神は愉快そうに答えを述べた
一刀「―――君を……『殺すため』だよ」
俺の心は凍り付いた
殺すと宣言されたから?
逃げられないと悟ったから?
……違う
そのどれもが違いすぎる
俺が真に恐怖した理由はそんな『どうでもいい』ことではない
俺が真に恐怖したのは―――この男が
俺を殺すと宣言したこの男の瞳が
俺の事など、『少しも見ていない』ことに恐怖したのだ
こんな男に殺されたくない
俺は奴の言葉を聞いた瞬間、一目散に逃げ出した
場所などどこでもいい
奴のいない所ならどこでもいい
走った
走った
走った
走った
走り抜いた
そして、奴とは逆の渓谷の出口に差し掛かり
助かったと確信した俺の前に
岩陰から三度奴が姿を現した
指揮官「な、なん……で?」
俺は恐怖で声がかすれた
目の前の男は俺の声が聞こえたのか淡々と話し始める
一刀「俺がいることに驚きかい?さっきまで君の後ろにいたはずの俺が君よりも早くこの出口に立っていることが驚きかい?」
奴は俺に問う
俺は無言で頷いた
一刀「ははっ……素直だね君は。だけど、答えは思いの外簡単さ。―――答えは至って単純、俺が君より『速く動ける』から……ただ、それだけのことさ」
奴はあっさりととんでもないことを口にした
一刀「驚いたかい?絶望したかい?だけど、これが現実さ。君は俺から逃げられない。そして……本隊に戻ろうとしている君を俺は絶対に逃がさない」
そして、奴は絶望的なまでの死刑宣告を俺に告げた
指揮官「……う、うわああああああああああ」
俺は奴の言葉を聞いた瞬間、恐怖に支配された俺は奴に向かって斬りかかった
指揮官「死ねやああああああああああああ!!」
手に握った唯一の短刀を俺は奴の頭に振り下ろす
奴の頭を捉えた!
そう思った瞬間―――俺と奴はまるですり抜けるように交錯する
後ろを振り返ると奴は無傷だった
俺は改めて奴と俺との実力の差を思い知った
しかし、同時に好機だと思った
先ほどの一合で俺と奴は交錯した
それはつまり奴と俺との場所が入れ替わったことを―――逃げることが出来ることを意味していた
指揮官「……へ、へへっ!馬鹿め……馬鹿め!!しくじったな、優男!俺の一撃を避けるためにお前はとんでもない失敗をした!」
一刀「…………」
指揮官「お前はまんまと俺に逃げ道を与えちまった!これは致命的なまでの失敗だったな!?お前をこの場で殺せないのは悔しいがこの借りは次の機会に返してやる!首を洗って待ってやがれ!!」
そう言い残し、俺はその場を後にした
文字通り、逃げるようにその場を後にした
しかし――
俺が逃げようとその場から歩を進めたその時、後ろにいるあの男が静かに口を開いた
一刀「ああ、首を洗って待っててあげる―――と言いたいのは山々だけど……残念ながら、それは無理だ」
俺は走りながら奴の言葉を聞いていた
無理?何が?
一刀「―――だって君は……もう」
俺が?何?
一刀「―――『死んでいる』のだから……」
その不可解な言葉を聞いた瞬間、俺は不思議な光景を目にした
それは俺の視界に『俺の体が映っていた』のだ
俺の瞳に映った『それ』は首から上がなくなっていて、夥しい量の血を噴出していた
やがて噴出していた血は収まり、それと同時に俺の体は地面へと伏した
その時、ようやく俺は気付いたのだ
ああ……俺は
死んだんだ……
黄巾党の指揮官『だった』男はその場で絶命した
首から上を切り落とされ、夥しい量の血で己が体を深紅に染め地面に伏していた
一刀「……ふぅ」
一刀はその死体を一瞥するとため息交じりにその場を後にしようした―――その時だった
星「貴方の方こそどこに行くつもりですかな、天の御遣い殿?」
岩陰から星が姿を現して、一刀に問うた
一刀「……君か」
一刀は心底面倒臭そうに呟いた
星「『君か』……とは、その様子では私がいたことはどうやら見抜かれていたようですね?」
一刀「ああ」
星「ならば……何故、私に実力を見せるような真似をしたのですかな?私はずっと貴方から警戒されていると思っていたのですが?」
一刀「警戒はしていたさ。……ただ、俺の実力なんて今更君に知られたところで不利益になることはないと踏んだから見せたまでさ」
星「……ほぅ、それはどういう意味ですかな?」
一刀「先の戦で俺の指揮能力は十分に見せた。君の挑発通り一人の犠牲も出さずにやってのけたんだ。あれだけでも君に疑われる要素としては十分すぎるほど充分だ。『こいつはまだ何か隠しているんじゃないか』……てね」
星「なるほど……そして事実、貴方は武の方でも実力を隠していた……と言うわけだ」
一刀「…………」
星「先ほどの一瞬、素人には分からないが……あなたは敵の指揮官と交錯した瞬間、その腰の刀を一閃し、敵に斬られたことすら気づかせずに殺した。これは相当の実力の持ち主でなければ出来ぬ芸当。つまり、それは貴方が我々と同じ―――いや、それ以上の腕を持った達人である証」
一刀「…………」
星「未だに貴方が私たちに隠し事をしていたことは遺憾ともし難い……だが、今の私は貴方の実力よりもそれ以上のことに、それ以外のことに、貴方に対して憤慨している!」
一刀「……それは、何に対してかな?」
星「私が憤慨していること―――それは『何故逃げようとしている男を殺したのか』ということです!」
一刀「……あの男を殺したことで何で君がそこまで怒るんだい、趙雲?」
星「これが怒らずにいられますか?貴方はすでに戦意のない相手に―――逃げようとしている相手を無残にも切り殺したのです。武人として恥ずかしいと思わないのですか?」
一刀「…………」
星「我々武人は自身の武を誇りに思っている。向かってくる相手にのみ己が武を奮うべきなのです。決して逃げようとしている相手を殺すためのものじゃない!なのに貴方は……」
そして星は忌々しげに一刀を睨み付ける
その視線に気づいている一刀は深いため息を一つ吐くと冷めた瞳でその答えを口にする
一刀「……ふぅ、これだから『英雄』なんて言われる奴は好かないんだ」
星「……何?」
一刀「誇りだの名誉だの正々堂々だの……そんな的外れな綺麗事を口にしているから戦が―――争い事がこの世からなくならないんだよ」
突如として一刀は冷めた口調で星を睨み付けた
その瞳は先ほどの黄巾党の兵士に向けたものと同等の瞳だった
星「なっ!?」
一刀「……正直、最初は君が売ってきた喧嘩で……君が負けたことに対する負け惜しみだと思っていたけど……どうやら違った。今の君の言葉で確信したよ。君もどうやら愛紗達同様、骨の髄まで武人のようだ」
星「何が……言いたいのですかな、貴方は?」
一刀「言葉通りの意味だよ。君は聡明そうだから……もしかしたら戦の本質を理解しているかも……と最初は思ったが所詮は誇りだの名誉だの……そんな不確かであやふやなもののためにしか剣を振るえない武人に過ぎなかった。……ただそれだけのだよ」
一刀は蔑むように口にする
星「……その言は我々武人に対する侮辱か、天の御遣い殿?」
一刀「怒るなよ……その行為が俺の言葉を肯定してしまっていることに何故気付かない?そんなことだから……先の俺の行動の意味に気付かない」
星「…………」
一刀「君はさっき言ったな?『何故、逃げる相手を殺したのか』―――と……」
星「……ええ」
一刀「君の問いに答える前に……逆に聞くが君はあの男を見逃した場合、どうなると思う?」
星「……それは」
一刀「わからないだろう?わかるはずがない。君のように己の正義を信じて疑わないような妄想家にはあの男を逃がすことで被る被害など考え付くはずがない」
星「…………」
一刀「……教えてあげるよ。あの男を逃がすとね―――今回殺したこいつらよりも遥かに多くの数の敵がこの都を襲いに来る」
星「なっ、何だと!!」
一刀「ようやくわかったようだね。……そう、あの男を逃すということは―――公孫賛軍の壊滅を意味している」
星「馬鹿な!!確かに最近賊の動きは活発化しているが、だからといって……」
一刀「信じる、信じないは君の自由さ。だけどね……仮に俺の言うことが本当だとしたら、それによって最も被害を被るのは誰だい?俺たちが守ろうとしている『力なき民』だろう?」
星「くっ!」
一刀「もし、さっきの男を見逃して、次も今回と同じように戦が起きてしまったら今度こそ誰かが死ぬことになる。……君や愛紗みたいに真の強者なら生き残るかもしれない。しかし、他の兵士達はどうだ?他の兵士達は言ってみれば俺たちに無理矢理戦場に駆り出された―――正規の訓練を受けていない徴兵された兵なんだぞ?」
星「…………」
一刀「そんな彼らが死んでしまったら残された家族はどうなると思う?君はそんな悲しみに暮れる家族を前に『誇りのため』だとか『勇敢だった』とか―――そんな上面だけの言葉で片付けるつもりなのか?」
星「違う……私は…私は―――」
星は狼狽する
しかし、それでも一刀の糾弾は終わらない
一刀「君の誇るものなんてその程度の価値しかないんだよ。そんな言葉で満足するのは自身の力に自惚れる―――血を流す行為の愚かさを知らない馬鹿者だけだ!!」
そして一刀は激昂する
星「私は……私は……」
一刀「君が俺の行為を蔑もうが構わない。悪と罵ろうと構わない。だけど……これだけは知っておけ。俺たちの行為、俺たちの判断が守るべき者達にとっては死刑宣告と同義だということを……それを胸に刻めぬのなら兵士の命を預かる資格などありはしない。戦場を地獄と認識出来ないのなら戦場に立つ資格などありはしない。それらを胸に刻み、自身が最悪の罪人になる覚悟を持つ者のみが初めて戦場に立てる条件だ」
そう言い終えると一刀は星に背を向けてその場を後にしようとする
星「ならば―――」
しかし、去ろうとする一刀に星は決意を持って話しかける
星「ならば……あなたは何故戦場に立つ?貴方の行為は貴方の理想と矛盾している!貴方の目指す結末とは……一体何だ!?」
力の限り、懇願するように問いただす
そんな星に対して一刀は背を向けたまま
その答えを口にする
一刀「俺が目指す結末は――――――――――――――だよ」
しかし、一刀の答えは風によって掻き消される
その答えを唯一聞いた星はその場に立ち尽くし、静かに呟く
星「……貴方はそれで良いのか?それでは――――それでは貴方があまりに……報われない」
あとがき
どうも勇心です
前回の続きでした。
正直思うがままに書いたので文章めちゃくちゃです
星のキャラが読んでる方にとっては違うなと思うかもしれませんがそのあたりはあまり厳しいコメントは勘弁してください
そして次回予告
次回は一応……兵衛の話に戻ろうと思います
あっち行ったりこっち行ったり意味わかんなくなると思いますが
それでも読んでくれる方々はどうかこれからも付き合いください
それではまた次回会いましょう……
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前回の予告通りです
少しでも読んでいただければ幸いです