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真・恋姫†夢想 夢演義 『再演・胡蝶の夢』 ~桂花EDアフターより~ 第三話「紅焔の」

狭乃 狼さん

ハイ、第三話です。

似非駄分作家、挟乃狼で御座います。

今回のメインは及川、恋、そして焔耶の三人。

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2012-06-09 20:04:13 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:6397   閲覧ユーザー数:5206

 第三幕「紅焔の」

 

 

 「で、だ。先ずは聞きたい。及川お前……何時から管理者なんてものをやってるんだ?」

 

 安定の政庁、その奥まった場所にある一つの部屋にて、用意された長椅子に桂花と並んで座る一刀が、対面の机、それにもともと付随していた一人がけの椅子に腰掛ける高順こと及川祐へと、そんな問いかけを投げつける。

 

 「何時から、か。せやなあ、一億と二千年前から?」

 「どこの機械の天使よあんたは。冗談は抜きにしてまじめに答えなさいよ」

 「んー、半分ほどは冗談でも無いんやけどな。まあ、あの世界の現実(リアル)時間に関していえば、五歳位の時からやけど」

 

 古い記憶を脳の奥から引きずり出すためか、こめかみを指で突付きながら、高順は自分が貂蝉や卑弥呼らと同じ管理者になった、その当時の年齢を一刀達に答え返して見せた。

 

 「五歳って……そんな、子供でもなれるようなものなのか、管理者ってのは?」

 「肉体の実年齢は関係あらへんよ。実際に関係してくるんは、魂の成熟度やしな」

 「魂の成熟度?」

 「まあ簡単に言ってしまえば、それまでの魂の記憶、つまり前世以前をどれだけ覚えていられるか、っちゅうことや」

 『前世……って、マジで?』

 「マジや」

 

 人に限らずあらゆる存在には魂が宿り、そしてそれらの魂は何度も何度も形を変え姿を変え、生まれ変わりを繰り返す。いわゆる輪廻転生という考え方であり、それは仏教のみならず、非公式ながらも一部、キリスト教系の教えの中にも含まれる、世界の理を示す理論の一つである。

 高順いわく、管理者になるための必須条件は、その輪廻転生による前世や過去世を、その候補者としての器を持つ者がどれぐらい覚えているか、というものがその一つだとのこと。

 

 「ワイの場合で十回、時間計算では二千年分ぐらいか。まあ、ほんとに最低限必要な水準を満たしてるってとこやな。もっと上のほうの連中、たとえば貂蝉はんや卑弥呼はんのレベルの管理者になると、それこそさっき言うた一億年なんて数字はざらになって来るしな。……って、かずぴー、桂花はん?ワイの話、聞いとるんか?」

 「……あ、ああ。聞いてはいる……けど」

 「……いまいち信じられないのよね。その話をしてるのが、馬鹿でスケベでどうしようもない変態の、私にとってはミジンコ並みの存在価値しかないあんただってことを差し引いても、話が壮大すぎるわよ」

 「……何気にワイのことをさらっと罵倒するあたり、桂花はん……そこまでワイのこと嫌いなんか……」

 「ああ、私は別にアンタのこと嫌いじゃないわよ?「ホンマか?!」異性として全く興味無いだけよ」

 「……どーせどーせ……」

 

 わずかに首をもたげた希望をいともあっさり一蹴され、これ見よがしに落ち込む高順を歯牙にもかける事無く、桂花はその視線を隣に座る一刀へと移す。一刀もまた友人である高順の話のその全てを、一概には理解できていないのか、まるで狐にでもつままれたかのような顔をして、床に指でのの字を書いていじける、自らの自称大親友の事を見ていた。

 

 「……とりあえず、此処までの話は一応分かった。で、だ。貂蝉たちがお前の事、俺達の協力者だと言う風に言っていたけど、具体的には何を」

 「……ん?ああ、実際のワイの役目か?そら簡単や。かずぴー、そして桂花はん。二人の力に影ながらなることや」

 「……それだけ?」

 「そや、それだけや。この先、かずぴーと桂花はんがどういう風に、どんな道を辿るかについては、二人の裁量に全部任せる事になっとる。このまま月嬢ちゃん様の所に所属するんも良いし、前の時同様曹操はんの所に行くも良し。他の群雄んとこに行くのも、自分たちで独自に動くんも、な」

 

 この外史世界における物語の主役はあくまで一刀と桂花の二人なのだから、二人がどんな道を選ぼうともそれは自由であり、それに異論を挟む権利を自分は持ち合わせて居ない。自分は主人公である二人を補助する役目だけを与えられた、高順と言う名のお助けキャラに過ぎないと。

 高順はただそれだけをきっぱりと言い切った後、最後にこう付け加えて話を締めくくった。

 

 「このリプレイ外史がどんな形になっていくか、それはワイにも分からん。実際、もう既に、お二人さんが曹操はんのとこではなく、月嬢ちゃん様、董卓はんのとこに降りた時点で、流れは変化し始めとるからな。これから先を決めるんは」

 「決めるのは?」

 「……大いなる意思(ウィル)と、時の神さんの気まぐれ、そして……“ヒトの意思”や」

 

 

 擁州は安定県。

 漢の旧都である長安より、シルクロードの到達点である涼州西域を目指す場合、この地はその途上でもっとも人や物資が良く通る、交通の要所と呼べる土地である。それ故に、この地は統治と言う観点からはとても困難な場所であるとも言える。

 人や物が良く集まると言うことは、自然と、それを狙った山賊や盗賊などの野盗達が、よりその活動を活発に行ない、それらの財を頻繁に狙うことへと繋がる。それらから領内を通過する商隊をしっかりと守り、尚且つ、領内に在住する民達の生命や財産も守り、さらには、北部国境より時折雪崩れ込んでくる異民族、匈奴をも退けなければいけないと言う、それだけの武威を確実に示すことが、安定県を治める県令には求められるのである。

 

 「しかし、現実ってのは厳しいものよ。月…董県令の持つ戦力それだけでは、到底その全てを守りきるのは難しいわ」

 「確かに、野盗とかはともかく、匈奴の戦力まで相手にするとなると、生半な戦力じゃあ対応しきれないでしょうね」

 「実質、安定の兵力はどれほどあるんですか、張遼将軍?」

 「せやなあ。ざっと見て一万と五千っちゅうところかな。と言っても、その内すぐ事に対応できるんは、その半分ほどやろけどな」

 

 一刀と桂花が董卓の保護を受けて既に三日。あの夜、高順の話を全て聞き終えた二人は、翌日董卓と直接会ってその言葉を直に交わし、その人となりを十分に吟味した上で、結果、この地に残る事を選択した。

 暴虐非道の君主というメージの強い史実の董卓と違い、この外史世界における同人は全く正反対の性格で、慈愛に満ち溢れたまさしく聖母というに相応しい人物だった。ただ、威厳と風格という点から見れば、彼女はまだその蕾を完全には花開かせてはいないものの、時折言動の端々にそれらを匂わせる様をその儚げな少女に見た一刀と桂花は、揃って董卓という少女のその秘めた可能性に心惹かれたのであった。

 

 「……兵の半分はほとんどが農民との兼業やさかいな。いっそ、全部の兵を専業兵士にでも出来ればええんやろうけど、それもまだちっとばかり難しいしな」

 「そうね。馬鹿佑の言に賛成するのは癪だけど、専業の兵士だけで軍を作るとなると、資金も手間も時間がかかり過ぎるしね」

 

 兵士と農民との完全分離、いわゆる兵農分離は、日本で言えばかの織田信長がその先駆けと言われる、農繁期、農閑期問わず、常時その戦力を集結させやすくする手法である。しかし、専業兵士のみで軍を組織するとなれば、兵の俸給のみならず、武器や軍馬、糧食も、常時相当量を備蓄して置ける、それだけの潤沢な財も自然と必要になってくる。

 現在董卓の治める安定県は、確かに擁州でも指折りの交易拠点として賑わっているが、その董卓の意向によりこの地では通行税や関税といったものが取られておらず、税収はあくまで、安定に永住している人間のみからしか徴収されて居ないため、この地の財源はけして裕福とはいえないのが実情である。

 

 「へぅ……。やっぱり、私の方針が間違っているんでしょうか……」

 「いや、“月”の方針事態は別に間違っては居ないとは思うよ?けど、安定県は確かに要衝には違いないけど、如何せん、管轄域が狭いっていうのがな」

 「も少し広い領地、例えば擁州全域を月嬢ちゃん様が治めていたら、その事情も変わってくる。かずぴーはそう言いたいんか?」

 「まあ、言ってしまえばそう言う事ね。結構分かってるじゃない、好色及川のクセに」

 「……なあ桂花はん?せめてもうちっとだけでも、ワイの評価というもんをやな」

 「ところで“霞”?呂布将軍とその軍師はまだ戻らないの?」

 「……華麗にスルーかいな……シクシク」

 

 桂花の自分に対するその冷たい態度と言うか評価に対し、せめて少しはそれを改めてもらえないものかと、そう高順はやわらかく抗議しようとしたのであるが、当の桂花はそれを全く意に介さず彼に背を向け、董卓軍の将でこの場に居ない、そしてまだ一刀ともども顔すら合わせていない残りの二将の事を、張遼へと問いかける。

 

 「恋とねねやったら、今朝方早うに荊州へ向かって出発したばかりやからな。あっち方面から北上してきてるらしい黄巾どもを追っ払ったら、すぐにでも帰ってくるやろ」

 「呂布さんと陳宮さん……だっけ?二人とも、兵はどれだけ連れて行ったんだ?」

 「二人だけや」

 『……は?』

 

 一瞬。一刀と桂花は己のその耳を疑った。さもありなん。張遼の口から出た、一刀の問いに対するその返事は、余りにも常軌を逸していたのだから。

 

 「霞……さん?今、なんて」

 「せやから、荊州に行ったんは恋とねねだけや。兵は一人も連れてっておらへんよ」

 

 一刀と桂花が張遼の言葉に唖然としていた同時刻。荊州は南陽、宛県近郊にて、“それ”は繰り広げられていた。

 

 

 それは、阿鼻叫喚の地獄絵図、という表現しかしようが無い光景だった。

 

 「ぎゃああああっ!」

 「ひいいいいいっ!」

 「お、お助けっ……!」

 「……雑魚は邪魔……恋の敵は張三姉妹だけ……それ以外は寝てる……」

 

 身体の一部が欠損した状態で宙に舞う者、五体は満足なれど最早息の無い者、あるいは元の原型を留めないほどの無残な姿を晒す者。逃げようとし、物言わぬムクロとなったかつての仲間達の上を必死でもがく者、恥も尊厳もかなぐり捨て、失禁しながらその状況をただの一人で創り上げた“それ”に、泣いて許しを請う者。

 それら全てのモノの中央を、無人の荒野を行くが如く闊歩するは、真紅の髪の一人の少女。自身の身の丈ほどもあろうかと言う巨大な戟をその手に、向かい来るモノ全てを薙ぎ払い、跡には紅の大河を遺す。

 

 「ね、姉さん早く逃げて!このままじゃ追いつかれちゃう……っ!」

 「で、でもちーちゃん、党のみんなが……っ!」

 「いいから!皆には悪いけど、ここであたし達が死んだら、それこそ全部が無駄になるわよ!」

 「地和姉さんの言う通りよ、天和姉さん。あの鬼から、真紅の旗を掲げる呂奉先から逃げるには、皆に犠牲になってもらうしかない……っ」

 

 先ほど逃げてきた遥か後方を見やりながら、必死の形相でそんなやり取りをしているのは、肌も露わに少々派手な格好をした三人の少女。荊州は南部方面から、漢の都である洛陽を目指し、仲間の黄巾党軍三万人と供に進んでいた、その首魁である張角、張宝、張梁の、通称張三姉妹である。

 彼女らが洛陽を目指して進んでいたその理由は、これまでの活動拠点であった青州が、陳留太守曹操によって急襲、陥落してしまった事にその端を発する。

 

 「青州が落とされた以上、私達はもう次の拠点となるべき所を手に入れないといけない。何時までも根無し草のままだと、党の人たちを食べさせるどころか、私達自身も立ち行かなくなるから」

 

 張三姉妹は、今でこそこうして黄巾党という大集団を率いて各地を席巻する、その旗頭の位置にいて党の者達からは敬われ、崇め奉られているが、元を糺せば彼女達はただのしがない一旅芸人でしかなかった。

 それがなぜ、これほどの大集団のトップにまでなったのかというと、確かに、元もとの彼女たちの芸人、いや、アイドルとしての素養と実力もあるにはあったが、全ての切欠は次女の張宝が手に入れた書物、『太平要術』に起因するといっても過言ではない。何故なら、彼女らが公演に使う派手な舞台装置も、声を大きく遠くにまで飛ばすことの出来る拡声用の杖も、太平要術無くして生まれなかったものだから。

 だが、彼女らには大きな誤算があった。

 その件の太平要術は、そこに書かれている術を行使すればするほど、周りの人間のみならず、術者本人すらも狂気の念に捕らえてしまう、そんな機能を含んでいたことに、張宝も誰も気付けなかったのである。そして、そんな太平要術の力と、張三姉妹の元々の素養、つまり人を(特に男性)を惹きつけて止まない魅力が、そうして重なり、悲劇は大きくなっていった。

 

 「(歌い手として)私達で天下を取りま~す!みなさーん、どうか私達に協力してくださいね~!」

 

 長女張角のその何気ない一言で、火は一気に大きく燃え上がり、さらには元から民達の間に根付いていた漢王朝への現状への不満も後押し、太平要術によってさらに肥大化した狂気は、大陸中に居る黄巾党員と、それに関る全ての人々、そしてその狂気にあてられた賊集団をも取り込んで、黄色い暴風となって大陸中に巨大なその牙と爪を剥いた。

 これが、世に言う『黄巾の乱』、その派生理由の全てである。

 話を元に戻すが。

 始め、張三姉妹たち自身も自分達の活動に心底から酔いしれ、実情がどうなっているかなどお構い無しに、大陸各地を興行のために縦断。黄巾党の者達やそれに追従する荒くれ達の手で制圧された各地の街で興行を打ち、そしてまた次の街へと移動するという日々を繰り返しては、一番最初に手に入れた活動拠点である青州に戻って身体を休め、再び興行に出て行く。

 青州には専用の屋敷もあり、また、ほとんどの黄巾党所属の者達が、その地の出であると言うこともあって、時折その心身を休めるにはもってこいの、まさに自分達の家と言うべき土地だった。

 しかし、先日荊州は南部の長沙方面へと彼女らがこれまで通り出張った時、その地の太守であった孫堅文台によって返り討ちにあい、彼女らは初めて徹底的に叩きのめされ、興行を打つのに失敗してしまった。しかも、その時の戦でその孫堅が不運にも流れ矢に当たって戦死してしまった事が、彼女らに更なる追い討ちをかけた。

 孫堅の長子である孫策に率いられた孫家の軍勢が、その怒り天をも焦がさんとの勢いで、背走する彼女らを追撃。張三姉妹は已む無く荊州を北上して青州へと帰還する道を取らざるを得なくなったのだが、何とか孫家の追撃を振り切った所に齎された、その更なる報せに彼女らは愕然とする。

 

 「青州の街が、陳留太守曹操によって、陥落しました!」

 

 青州の屋敷には、例の太平要術の書が、厳重な警備の元で保管されていた。普段から持ち歩く事を何故か良しとしなかった張梁の判断だが、これにより、切り札とも言うべきその書を、拠点ともども失った彼女達は、起死回生の手として都である洛陽での興行を打つことを決めた。

 衰退しつつあるとは言え、仮にも漢の都である洛陽で興行を打てば、また、自分達に手を差し伸べる、援けてくれる者達が現れるかもしれない。そんな、淡い期待を抱いての、洛陽進軍だったのだが、あと一歩のところで、それは阻まれてしまった。

 

 「我が使命は獣の屠殺……だから……黄巾党首魁、張三姉妹。お前たちは……ここで、死ね」

 

 真紅の呂旗。

 天下にその人ありと謳われた飛将軍、呂布、字を奉先が、血に染まりし旗を掲げ、彼女らの道を遮った。そして、先の殺戮戟が、荊州は南陽の地のその荒野にて、繰り広げられたのであった。

 

 「恋どのーっ!」

 「……ちんきゅ。どうしたの?」

 「はあ、はあ、はあ。そ、それ以上進んではまずいのです!袁術との契約で決められた進入許可予定地の、その限界なのです!」

 「……そうなの?じゃあ……これ以上進んだら……月に迷惑……かける?」

 「はい」

 「なら……ここまで。ちんきゅ、安定に帰ろ。……おなかすいた……」 

 「御意ーっ!」

 

 呂布専属軍師(自称)のその少女、陳宮のその静止を素直に受け入れ、呂布はその矛を収めて逃走しつつある張三姉妹からその背を向けた。

 

 「あ……帰っ……た?」

 「追撃……してこない……助かったあ~……」

 「でも、これからどうしようか、地和ちゃん、人和ちゃん」

 「……南に行ったら孫策が居る。西に行ったら呂布の後を追うようなもの。なら、東に行くしかないわね……」

 「青州に帰るの?」

 「……帰るところがあれば、ね……」

 

 余談であるが、それから数ヵ月後。張三姉妹が曹操の手で討たれ、その遺体は彼女らの陣と供に全て焼けてしまったとの報告が、洛陽の何進大将軍のもとへと、その曹操の手によって届けられていること、明記させていただくものである。

 

 

 張三姉妹が死亡し、黄巾の乱が終結したと、そう宣言が都から出される、その少し前。再び安定の街へと場面は戻る。

 一刀と桂花が董卓の元に正式に仕官してから、既に三月。一刀は張遼や高順、呂布らとともに武官として、桂花は賈駆、陳宮の二人と供に軍師として、それぞれに多忙な毎日を過ごしていた。三ヶ月前に呂布が張角らの率いる黄巾党部隊を単身殲滅せしめて以降、各地の黄巾やそれに乗じて暴れていた賊達の活動も徐々に下火となり、今では随分世の中も落ち着きを取り戻し始めていた。

 とはいえ、董卓軍に属しこの安定に駐留する者達にとっては、黄巾よりも北の異民族である匈奴の方が、その脅威の度合いを占める部分が大きいので、例えこのまま乱が落ち着いたとしても、そう簡単には気の抜けない状況である事に変わりはないのであるが。

 しかしそんな最中であっても、人には一時の休息が大事であることには違いがなく、今日は久々に一刀と桂花、そして高順こと及川の三人が、揃って非番になった珍しい日である。

 

 「さて。とりあえず、及川。お前に一つ聞きたい事がある」

 「うん?なんや、かずぴー」

 「この外史が、色んな意味で正史からかけ離れた、常識はずれな所があるのは、俺も前回で良く知っている。けどな」

 「けど?」

 「……なんで!ココに!『アン○○ラーズ』があるんだよ?!」

 

 びしいっ!と。

 高順への問いかけの声と供に一刀がその指を向けたそこには、思い切り当て字であろう漢字で書かれた、その店の屋号を示す看板が、かなり煌びやかと言うか、派手な装飾と供にその存在を誇示していた。

 

 「かずぴー。一つだけ訂正さしてもらうで。ここは『アン○○ラーズ』やない。『餡菜魅羅(あんなみら)』、や!でないと色々引っかかるさかい、そこんとこ、気ぃつけ!」

 「……あのまんまなウェイトレスの制服も、お前の発案か?」

 

 くい、と。立てた親指だけを向け、店の外でチラシ配りらしき事を元気良く行なっている、餡菜魅羅の店員達を指し示す一刀の顔は、呆れの表情一色。そんな一刀の冷たい視線など全く気にもせず、高順はこれでもかと言うぐらいに胸を張り、鼻高々といった感じで自分の“成果”を自画自賛し始めた。

 

 「勿論や!店の外装、内装、メニューは言うに及ばず、全てはこのワイ、高順こと及川佑様の完全プロデュースや!全てに徹底的にこだわり、一切の妥協もしとらん!これぞ完璧と言わずしてなんと言おうか!」

 「……はあ。その情熱、もっと違う方に発揮すればいいのに……やっぱ馬鹿でしょ、あんた」

 「何を言うねん桂花はん!これは男っちゅう生き物の(さが)や!特にあの衣装!あれの再現に、ワイがどれほどの情熱と歳月と小遣いをつぎ込んだか!かずぴー!かずぴーなら分かるやろ!?一週目の時、女子の衣装にあれだけの情熱を注ぎ込んだかずぴーなら!」

 「そ、それは……っ!」

 

 一刀は以前、現代の衣装を幾つか再現し、それを所属していた曹操軍の皆に着せて目の保養を行なっていた、なんていう過去があったりする。その事をそこで持ち出された以上、一刀にはそれ以上、高順の事をとやかく言うことが出来なくなってしまった。 

 

 「……ほんとに、男って生き物はどうしてこう……一刀」

 「はひ!なんでしょうか桂花さま!」

 「店の子に、色目使ったら承知、しないからね?(にっこり)」

 「(ぞー……)はっ!き、肝に銘じて!」

 

 といった店の前でのやり取りの後、せっかく此処まで来た以上は中に入らないのも勿体無いという事で、渋々な表情を隠そうともしない桂花をなんとか宥め、餡菜魅羅の店内へと入った三人を出迎えたのは。

 

 「い、いらっしゃいませー!あ、餡菜魅羅へようこそー!(ヒクヒク)」

 

 白とピンクの二色に染められた、胸元が超絶に強調された、例の“あの”制服を着た、メッシュの入った黒髪少女、魏延のものすっごい引きつった笑顔だった。

 

 (くっそ~……路銀のためとは言え、何で私がこんな格好を……!城に行ったら行ったで新規の仕官は受け付けていないと言うし、挙句のはてにはこんな所の給仕しか働き口がないだなどと……!こんな姿、桔梗様に見られたら……くぅ~……っ!)

 

 目の前の少女が、引きつった笑顔の下でそんな事を考えているなど、当然一刀達には分かる筈もなく。

 

 「おろ?嬢ちゃん新入りさん?始めてみる顔やけど」

 「あ、ああ。……じゃない、あ、はい。数日前に、路銀を造るため、入らせていただきました。魏文長と言います」

 「ほか。ワイは此処の一応、オーナー…経営者っちゅうことになっとる。高順、っちゅうもんや。路銀稼ぎのためなら短い間かも知れんけど、ま、宜しゅう頼むな」

 「……お前……経営も兼任していたのかよ……って、桂花?どうかした?」

 

 何気に発覚したさりげない事実に、一刀が半ば呆れているその横で、桂花は一人、魏延の方を見て何事か思案をしていることに、一刀が気付く。

 

 「なんや、もしかして、桂花はんも制服(アレ)、着てみたいんか?だったら止めといた方がええで?あの服はやっぱ、部分的に残念な体型の娘には無rぼげえっ?!」 

 

 何処にとは言わないが、思い切りクリティカルな一撃を背後から桂花にお見舞いされ、その場にのた打ち回る高順。

 

 「やっかましい!くだらないセクハラ発言かます奴は、【ピー】を蹴り潰して宦官にしてやるわよ!?」

 「いや、もう蹴ってるって……っ!!おおお……っ」

 「うわあ……」

 「そんなことより!アンタ今、魏文長、って名乗ったわよね?」

 「あ、ああ…じゃない。はい。あの、私の名前が何か?」

 「あ。魏文長って……ひょっとして蜀の」

 「っ!」

 

 言葉の捉え方という物は、言った本人と聞いた本人とでは、少々ズレが生じることもあるもので。

 

 「貴様……何故私の素性を知っている!?」

 「あ、いや、それは、その」

 

 先ほどまでの作り笑いは魏延の顔の何処にも既に無く。その顔は戦場における武人のそれそのものとなり、自分の素性など知る筈も無いはずの一刀達が、自分の出身地を言い当てたことに魏延は警戒の気をその場で発し始める。

 そんな、自らの失態で魏延を警戒させてしまった一刀は、この状況を何とか打破できないものかと、その思考をフル回転させ、隣に立つ桂花もまた、一刀同様どう魏延を説得するかを考えていた。……まあ約一名ほどは、その状況に関れる状態にはなれず、相も変わらず床で悶絶していたが、そこにその声は突然飛び込んできた。 

 

 「止めて!お願いだからうちの子を離して!」

 『?!』

 

 

 店の外から突然聞こえてきたその声に、一刀と桂花はほとんど反射的にその身を翻して、店外へと飛び出していった。

 

 「か、かずぴー、桂花はん……ちょ、待っ……ワイも……ぐおおおおっ……!」

 「ちっ、仕方ない。おい、お前はそこで休んでろ。二人の後は私が追う!」

 「ぎ、魏延はん……た、頼んます……」

 

 名乗っても居ないはずの自分の名、それを高順が呼んだことに一瞬だけ疑問をその頭によぎらせた魏延だったが、それをすぐに頭の片隅へと追いやり、一刀達の後を追って店の外へと飛び出す。そうして彼女が店を出ると、まず桂花が、次いで一刀が、少し向こうの裏路地に入っていく姿がちらりとその視界の端に捉える事が出来た。

 

 「向こうか!……って待てよ?あの先は確か、ろくでもない連中の溜まり場じゃなかったか?……まずいな」

 

 どんなところにも、食い詰めた挙句に、悪さばかりをする連中というのはいるもので、安定の様な比較的治安の落ち着いた街でもそれは例外ではない。

 

 「くそっ!二人とも、無茶するんじゃないぞ!……っ、しまった、剣は店の裏に……ええい、ままよ!」

 

 二人のその後を追おうとして駆け出した魏延だったが、今は仕事中でその手には何も得物をもってい無い事にはたと気がついた。しかし、武器を取りに裏手へと戻って居る暇など無いと判断した彼女は、すぐ傍にあった焚き付け用の薪を一本その手に取り、再び路地を目指して走り始めた。

 魏延が二人に追いついたのは、それから十分もした頃だったか。そこで彼女が見た光景は、ガラの悪い連中に捕まり、ほぼ半裸状態にひん剥かれている桂花と、大柄な男に背後から捕まった状態で、複数の男たちに、良い様に袋叩きにされている一刀だった。

 おそらく、先に無頼漢共に追いついた桂花は、別の男に抱えられている幼い子供を人質にとられて、身動きが出来なくなり。そして後から追いついた一刀も、人質が居る故に下手に抵抗が出来なくなった。それが今の状況を生んだ此処までの状況であろうことは、物陰からその様子を窺っている魏延にも簡単に察する事ができていた。

 

 「ちょっと!一刀を放しなさいよ!……お願いだからもう止めて!それ以上やったら一刀が死んじゃうわよ!」 

 「あ~?なんだ姉ちゃん、彼氏の心配してる場合か?自分がどういう状態かわかってんのかよ?へっへっへ」 

 「ちょ!変なとこ触んないでよ、この汚物!生きてるだけ無駄のケダモノ!」

 

 この状況でよくあんな強気でいられるものだ、と。魏延は呆れ半分、感嘆半分でその男達と桂花のやり取りを聞いていた。

 

 「……また随分気のつえー姉ちゃんだな。……こりゃ、犯りがいがあるってもんだぜ」

 「そうだな。泣いて許しを請うぐらいになるまで、いや、もっとしてくださいって言うぐらいまで、たっぷり味あわせてもらうとするか」

 「ひっ?!」

 (……っの下衆どもが!……桔梗さま、私闘は禁ずとの仰せでしたが、戒めを破ること、どうかお許しください。この状況で、連中を見捨てることの方が、武人として、いや、人として我慢なりません……っ!!)

 

 益州から旅に出る前、魏延は師である巴郡太守厳顔に、ただ一つだけ、きつく禁じられたことがあった。

 それは、私的感情による、私闘である。

 武人たる者常に冷静にあれ。一時の感情をもって動くは、将である以前に武人である者にとって、致命的とも言える愚行だと。それが常日頃から師の口に上る教えの一つだった。

 だが、その厳顔の言葉を例え破ったとしても、今だけは動く事を魏延は選んだ。自分は、将である前に、武人である前に、人間、魏延文長なのだから、と。

 

 「……おまえ、ら。それ以上、桂花に、手を出すな……。彼女と、子供を、逃がすんじゃ、なかったのかよ?俺が、言うことを聞け、ば」

 「ああ?そんなこと言ったけかな~?覚えがねえな~。けっけっけえっ(ごすぅっ!!)ぎゃあっ!」

 

 桂花を捕まえていた男が、一刀の言をあざ笑い、下品な笑い声を上げたその瞬間、彼は横合いからいきなり出てきた拳によって顔面を殴りつけられ、その勢いのまま大きく曲線を描いて吹き飛んだ。

 「て!手前!突然出てきて何しやがる!?」

 「……単に、下衆に鉄槌を下しただけだ。それからそっちのお前」

 「あ?」

 「……頭上には気をつけろ」

 「何?」

 

 魏延の言葉に子供を抱えた男とが怪訝そうな顔をした途端、彼の肩口から反対側の腰の辺りにかけて、一本の斜線が描かれた。

 

 「あ、あれ?俺の身体……これ、ずれ……」

 

 男が声を発せたのはそこまでだった。ずちゃっ、と。斜め半分になった男の上半身が、路地の薄汚れた地面に落ち、赤い水溜りを作り出した。

 

 「おい……かわ……?」

 「おー、かずぴー。なんや、随分ぼっこぼこにされとるやんけ。ほれ、子供はもう助けたで、後はもう大丈夫やろ?」

 「……恩に着るよ、親友。……さて、と」

 

 高順の顔を見、その声に応え、そして桂花と子供の安否をその目で確認した一刀は、次の瞬間には彼を捕まえていた大男を、これまた綺麗な曲線を描かせて宙を舞わせ、魏延の立っていた直ぐ傍の横の壁に激突させた。

 

 「ピュゥ♪……やるじゃないか、アンタ。見た目はただの優男にしか見えないのに」

 「お褒めに預かりどうも。それじゃあ後は、と」

 ぎろ、と。残りのごろつきどもを睨みつける、その場の八つの目。

 「……悪餓鬼どもには、官憲に突き出す前にちょっとばかり、お灸を据えておかないとな。……泣いてももう許さんぞ?」

 『ひっ……!』

 

 

 「……ふ。そうか、あの馬鹿娘。ようやく、将としての極意、その一端を掴んだか」

 

 とある街の一角、酒家の看板がかけられたその店の軒先で、杯を片手に笑顔で一通の紙片に目を通している人物が居た。

 

 「あら。今日はこんな所で休憩なのかしら?」

 「んん?おお、紫苑か。なあに、たまには自分の部屋以外で飲むのもおつだと思ってな」

 「ききょーさま、なんだか今日は、とってもうれしそー」

 「はは、璃々にも分かるほど、今のわしの顔はほころんでおるか」

 「ええ、とっても。……ねえ桔梗?もしかして、焔耶ちゃんから?」

 「ああ。……ほれ」

 

 桔梗、と呼ばれたその女性が、機嫌のせいか酒のせいかはともかく、高潮した顔を笑顔にしたまま、紫苑、と。そう自らが呼んだその女性に、手にしていたその紙片を手渡した。

 

 「……まあ。破門希望、ですか」

 「ああ。わしが言った戒めを、理由はともあれ破ったのは事実。だから、私を破門してくれとな」

 「それで、どうするの?」

 「……鈍砕骨をな、ついさっき、安定にいる焔耶の所に送っておいた。太守の董卓殿宛ての手紙にわしの、巴郡太守厳顔の名を添えてな」

 

 くいーっ、と。空になった杯の代わりに、まだ半分近く残っていた陶器製のジョッキの中身を、厳顔はそのまま一気に飲み干す。

 

 「ふう。……これで当分、人手不足になってしまうが、黄巾の乱も落ち着いた今の内であれば、なんとかわしとお主とで回せるじゃろう。わしの我侭で迷惑をかけるが、暫し頼まれてくれるか、紫苑。いや、黄漢升?」

 「ええ、もちろん。けどその代り、お酒の量、今よりちょっと減らしてもらうわよ、桔梗?」

 「ぬ。……まあ、それ位は仕方ないじゃろ。……ふふふ」

 「うふふふ」

 『はっはっはっはっはっは!』

 

 益州は巴郡の街の一角に響き渡る、心底からの笑い声の共演。それは、弟子の更なる成長を願う師匠と、その喜びの裏にある寂しさを知る友人の、互いに相手を想うが故の二重奏であった……。

 

 ~続く~

 

 

 後書きと言うか追記。

 

 

 6p目の焔耶の絡み部分の件ですが。

 

 お気付きの方はお気付きかもですが、あの部分は以前に投稿した『ツン!恋姫†夢想』の第二話から、その一部を流用して書きましたこと、ここに一応、注釈させていただきます。

 

 その事ご理解いただいたうえで、ご感想等、いつも通りしてくださいませ。

 

 

 ではまた次回投稿、仲帝記、もしくはこれの四話にて、お会いしましょう。

 

 

 再見~!w 


 
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