No.431469

 真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 第二十五話 空からこぼれたSTORY

YTAさん

 どうも皆さま、YTAでございます。
 前回の初お気に入り作品は、如何でしたか?
 今回は、幾つか消化していなかった事を消化する為の、比較的静かなお話になります。次回から本格的に日常エピソードに着手しますので、御期待下さい。

 尚、あとがきにて、これから書く予定の日常エピソードの候補を紹介しています。ご興味をお持ちの方は、そちらも併せてご覧下さい。

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2012-06-02 14:14:13 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:3171   閲覧ユーザー数:2478

                                  真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                  第二十五話 空からこぼれたSTORY

 

 

 

 

 

 

 

 北郷一刀は、都の片隅にあり、五斗米道が主導して運営している“養生所”の中にある、鍼灸を行う為の簡素な施術台に、下着一枚で仰向けに横たわっていた。この養生所は、主に貧民救済を目的として、五斗米道の指導者である張魯の訴願で設立されたもので、五斗米道のティーチングホスピタルとしての側面も併せ持っている。

 

「で……どうなんだ、華佗?」

 一刀は組んで枕にしていた腕から顔を上げ、首を捻って、寝台の横でじっと一刀の身体を見詰めている華佗に問い掛けた。華佗は本来、『宮仕えは性に合わない』と言って、個人の診療所を開業しているが、今回は一刀が帰還してすぐに華佗の診療を受けると知れる事で、回りの人々に心配を掛けたくないと言う理由もあり、養生所の視察の次いでに、華佗に治療を依頼した為、此方まで出向いてくれていたのだった。

 

「……まぁ、正直に言わせてもらえば……」

 華佗は、呆れた様に溜め息を吐いて、一刀に視線を合わせた。

「よくもまぁ、生きてるもんだな、お前……」

「あはは、ズバリきたねぇ……」

 

 一刀が苦笑いを返すと、華佗はもう一度、溜め息を吐いてから、鍼を刺す前に一刀の身体を(ほぐ)す為、足の方から、ゆっくりと指圧を始めた。

「くぅ!効っく~!!?」

 決して強いとは言えない華佗の指圧は、一刀の身体に、電撃を流した様な衝撃を与えた。

 

「治り始めているとは言え、全身の経絡はボロボロ、身体の中も同様だ。普通なら、とっくに死んでいるぞ。痛くて当たり前だろう」

「うぅ……卑弥呼にも言われたっけな、それ……」

「卑弥呼から、お前の丹田に埋まった“石”やお前自身の体の話は聞いているが……これは恐らく、一度で完治とは行かないな。あと一・二回は、鍼を通す必要があるだろう」

 

 

 

「そうか……世話を掛けるな、華佗」

 一刀が恐縮気味にそう言うと、華佗は朗らかに笑って、両手を太腿から腰骨の辺りに移した。

「なに、これが俺の仕事だよ、“御遣い殿”。それより……一刀、お前、ここに来るまでに、誰か強い氣を持つ女人(にょにん)と性交をしただろう?」

 

「ん……あぁ、愛紗とな……それが?」

 一刀は、他の誰かの口から出れば吹き出してしまいそうなその問いに、さらりと答えを返した。この華佗と言う男は、からかい半分にそんな質問をする男ではないから、その言葉は純粋に、治療の為の確認事項なのだろうと思ったからである。

 

「成程、関羽か……どうりでな。どうやら、その事が幸いしたらしい」

「痛だだだだ……へ?愛紗と“した”事が?」

 一刀が、間の抜けた声で問い返すと、華佗は頷きながら、指を徐々に上半身へと移動させていく。

「あぁ……それが房中術に似た効果を上げて、お前の回復を早めたんだ。お前の持っている“石”の力を鑑みれば、彼女ほどの氣の持ち主となら普通に性交を行うだけでも、それ位の効果があっておかしくない。関羽と性交した翌日辺りから、大分、調子が良くなったんじゃないか?」

 

「あぁ……言われてみれば、確かに……」

 あの時は、他の面子から散々にイジられたせいで、それどころではなかったが、改めて聞かれてみれば、随分痛みや気だるさは改善していた様に思う。

「まったく、いくら感謝してもしたりないよ……」

 

 一刀はそう呟くと、華佗の指圧の痛みに耐えて、唇を噛んだ。まさか、面と向かって愛紗に礼を言う様な無粋な真似は出来ないが、何か甘い物でも買って差し入れる位なら、不審には思われないだろう。

「さて……と。ここからが本番だぞ、一刀」

 暫くの後、華佗は、一刀の頭の先まで指圧を終えると、そう言って布の巻かれた木切れを取り出して、一刀の目前に差し出した。

 

「今回だけと思うが、かなり痛むぞ。舌を噛まない様に、“これ”を咥えていると良い」

「あー、そんなに?今よりも痛いの?」

 一刀が冷や汗を垂らしながら、華佗の顔を見上げてそう問うと、華佗は些かの迷いも見せずに頷いた。

「あぁ、今の比じゃないだろう。全身の傷付いた経絡に、俺の氣と言う“消毒液”をぶちまける様なものだからな」

 

「はは……キッツいわぁ……」

 一刀は、華佗の情け容赦ない率直な物言いに苦笑いを返して、大人しく木切れを咥えると、せめてもの抵抗とばかりに、しっかりと目を閉じた。

「……では、往くぞ。身体の力を、出来るだけ抜いていてくれよ。鍼が通らないからな」

 

 

「わふぁった(解った)」

 一刀がそう言って頷き、身体の力を抜くと、華佗は鍼を取り出して、再び一刀の身体に手を添える。

「よし、ゆっくりと呼吸していてくれ……」

「―――ッ!!?」

 

 次の瞬間、一刀の全身に、身体の内側から金槌で叩かれた様な鈍痛が走った。今まで何度か華佗の鍼を受けた事があったが、こんな事は初めてである。

 何時もは、『本当に刺しているのか?』と疑いたくなる程、何も感じないのだ。それがこれだけ痛むと言う事は、やはり、相当ダメージが蓄積しているらしい。

 

 元はと言えば身から出た錆であるから、まさか逃げ出す訳にも行かず、一刀は全身から汗が噴き出すのを感じながら、唯々、噛みしめた木切れの感触だけを(よすが)にして、激痛に耐えるしかなかった―――。

「ふぅ……よし!これで、鍼は全て通し終わったぞ。後は最後の一本と共に、氣を流し込むだけだ……よく耐えたな、一刀」

 

「は、ははは……でも、その最後が一番キツいんだろ?」

 一度、木切れを放し、強張った顎を動かしていた一刀の皮肉めいた言葉に、華佗はまたしても素直に頷いた。

「あぁ、勿論だ。だが、氣を流すのは、今、鍼を通していたよりも短い時間だからな。その事に関してだけはマシだと、自信を持って言えるぞ」

 

「そりゃあ、ありがたいね……ふぁあ、ふぁっふぁとひゃってくれ(さぁ、さっさとやってくれ)」

 華佗は、一刀が木切れを喰え直して呼吸を整えるのを確認して鍼を構え、全神経を鍼の先に集中させた。瞬間、癒しの氣がそこに集約されて、淡い光を放出する。

「はぁぁぁぁ……元気に、なれぇぇぇぇ!!」

 

「――――――――!!!!」

 一刀は、木切れのお陰で唸り声にしか聴こえない絶叫を上げて、両の拳を握り締める。最早、その痛みは筆舌に尽くしがたい程の大波となって、一刀の身体を飲み込んでいた。

 口の中の木切れが軋みを上げる音だけが、何故か明瞭に聞き取れている。永劫にも思える苦痛の中で、一刀はとうとう意識の糸を手放し、深い闇の中に墜ちて行った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一刀が華佗に揺り起こされて目を覚ましたのは、それから四半刻(約三十分)程した後の事であった。施術台に敷かれていた薄い布団は、一刀の髪同様にびっしょりと濡れ、掌には、自分の爪が食い込んだ半月状の血の痕がくっきりと残っていたが、昨今稀に見る程に身体の軽さを感じていた一刀に取っては、そんなものは至極些細な事に思えた。

 

 喉元過ぎれば何とやらとは言うが、全く人間と言うのは現金なものだと、一刀は内心で苦笑いを禁じえなかった。

「ありがとう、華佗。お陰で、随分と楽になったよ」

 一刀は寝台に腰掛けながら、華佗が渡してくれた服に着替えて、上機嫌にそう言った。

 

「相変わらず頑丈だな、お前は。もう少し、休んでいても良いんだぞ?」

 目が覚めて身体を拭くなり、そそくさと身支度を整え出した一刀に、華佗は微苦笑を浮かべて答えた。

「いや、こんなに爽快になったんだし、早く外に出て見たくてね。それに、別邸の普請の様子も見に行かなきゃ。午後から、華琳も顔出してくれるって言ってたからな」

 

「あぁ……あの、城の北西の方に建築中って言うやつか。しかし、お前も物好きだな。わざわざ、鬼門の方角に家を新築するなんて……」

 華佗が、治療道具を片付けながら呆れた様に言うと、一刀は、「鬼門だから、俺が住むのさ」と、言って意味深に笑い、施術台から立ち上がった。華佗は、暫く考える素振りをして「成程、そう言う事か」と呟き、得心して頷く。

 

「まぁ、確かに、物好きではあると思うけどな……そう言えば、華佗。俺が持って来た本、読めそうか?」

 一刀が、白いロングコートを羽織りながら思い出した様に尋ねると、華佗は嬉しそうに笑って頷き返した。

「ああ!読み辛い所は、後で纏めて聞きに行くが、それを差し引いても、素晴らしい医学書だ!流石は天の国の医術だな!俺が今まで見た事もない施術の方法や、不明だった病の原因が、山ほど掲載されていたよ!」

 

 

 華佗の言う医学書とは、一刀が愛用のブリーフケースに入れて持って来た、中国語で書かれた現代の物だ。とは言っても、初歩的な物や、高度な科学知識や設備の無いこの時代でも実践可能な物に限ってではあったが。

 勿論、この時代に使われている文字でもないので、華佗が全ての知識を物にして、それを他の医師に伝えるまでには、かなりの時間が必要だろうし、人々の迷信を打破するには、更に長い時間を掛けなければならないだろう。しかし、これは、三国の少女達の誰もが望む物であると信じて、最もブリーフケースの容量を割いて持って来たのだった。

 

「色々と代替え品も必要だから、実践には時間が掛かるだろうけど、その辺りも各所に開発を依頼してるし、随時、出来る事は増えて行くと思う。宜しく頼むぞ」

「あぁ、任せておけ!……そうだ、次回の診察だが、俺が城まで行く用事があるから、その時の次いでで構わないか?」

 

「あぁ、構わないよ。それだけ間が空けば、余計な心配をさせる事もないだろうし」

 一刀は、簡単に服装の乱れを確認すると、施術室の扉に手を掛ける。

「そこまで気にしなくても良さそうなものだけどな。実際、お前は忙しいんだ。鍼灸を受ける位、誰も不思議には思わないと思うが……」

 

「ウチは、勘が良い娘が多いからな……実際、今日みたいな所を見られたりしたら、色々と気を使わせそうだしさ……じゃ、ありがとうな、華佗。また今度」

「あぁ。次は今日ほど痛まないから、安心して待っててくれ」

 一刀を送り出した華佗は、微苦笑を浮かべて小さく首を振ると、再び治療道具の片付けに戻るのだった―――。

 

 

 

 

 

 

「う~ん!身体は軽いし、空は蒼い!言う事ぁないねぇ!」

 養生所の門を出た一刀は、大きく伸びをしてそう独りごちると、足取りも軽やかに繁華街に向かって歩き出す。ちょうど昼食時でもあったので、このまま普請場に向かう次いでに、何処かで昼餉(ひるげ)を済ませる積りだったのだ。

 

 

 人波に揉まれながら繁華街を暫く歩くと、程良い混み具合の定食屋があった。外から覗いてみると、出入り口の近くの席で、如何にも肉体労働者と言った感じのゴツい親父が、丼山盛りの白米の上に青菜と叉焼(チャーシュー)をたっぷり乗せた物を掻っ込み、冷酒(ひや)を煽っていた。

 その様子が余りに旨そうだったので思わず暖簾を潜ると、威勢の良い女給が、人数の確認をしに来る。一刀が一人だと告げると、女給は元気に頷いて、先程、一刀が見た親父の隣に導いた。

 

 女給の様子や他の客層を見るに、どうやら男の一人客は、大して珍しくもないらしい。冷酒を頼み、「こちらの方と同じ物を」と女給に告げると、親父が僅かに微笑み、自分の瓶子(へいし)を突き出して、一刀に一杯奢ってくれた。

 そんな些細な事が、(かつ)ての日常を取り戻した証の様な気がして、とても嬉しかった。一刀は、注文した物を待ちながら、親父とポツポツと話をして過ごした。何処から来たのか、仕事の景気はどうか……。

 

 傍から見れば他愛のない世間話だが、こう言う他愛ない話にこそ、(まつりごと)の本質が隠れている。以前、孫策こと雪蓮から教えられた事だ。そうこうしている内に、一刀の前に湯気を立てた叉焼丼が置かれた。

親父がそれと入れ替わりに挨拶をして出て行ったので、一刀は、食事に集中する事にする。バラ肉の叉焼は、箸を入れると崩れそうな程に柔らかく、タレは、丼もので在る事を意識してか餡になっていた。一口食べると、甘辛く濃いめに味付けされた叉焼が白米と絡み合って、思いの他、美味い。

 

 青菜の食感がきちんと残っているのも好印象で、成程、酒に良く合う筈である。半ば無我夢中で食べ終わった一刀が清算を頼むと、女給は、「先程の方がお支払になっていかれましたよ」と言って笑った。

 一刀は、ありがたく相伴に与る事にして、女給に、「彼が今度来たら、これで酒を呑ませてやってくれ」と言って、食事代より気持ち多めに金を払うと、良い気持ちで定食屋を後にした。どんな時代でも、都会で思わぬ人の親切に出会うのは、嬉しい事だ。

 

 店を出た一刀は、少し寄り道をする事にして、都の中心にある広場へと足を向けた。いずれは公園として整備する腹積りのそこは、今はまだ、数本の木々があり、一部に芝生が敷かれただけのものだったが、過ごし易い季節だからか、多くの人々が昼寝をしたり木陰で涼んだりして、思い思いに過ごしていた。

 一刀は広場を突っ切ると、その片隅で長椅子を出して営業している、移動式の屋台に近づいて行く。

 

「よっ、久し振り!」

 一刀がそう声を掛けると、屋台の中でしゃがみ込んでいた初老の男が立ち上がり、一刀の顔を見て嬉しそうに笑った。

「……旦那!?旦那じゃございませんか!随分とお見限りだったじゃねぇですかい!」

「悪かったね、親父さん。仕事で、ずっと南蛮に行ってたもんだから……宮仕えの辛い所さ」

 一刀が微苦笑を浮かべてそう言うと、屋台の親父は、得心した様に頷いた。

「そうだったんですかい……どうりで、随分と貫録がお付きになった訳だ……あ、何時もので宜しいんで?」

「おう、宜しく。それから、土産に二升ほど、同じ物を用意しといて貰えるか?入れ物は、買い取らせてもらうから」

 

 

「へい、毎度!」

 一刀は長椅子に腰掛けると、懐からマールボロと携帯灰皿を取り出して早速、火を点け、美味そうに紫煙を吐き出した。紫煙が、初夏の青空に吸い込まれて行くのをぼんやりと眺めていると、親父が大振りの茶碗を盆に載せて、一刀に近づいて来くる。

 

「へい、蜂蜜水、お待ちどう。へぇ……そりゃ、南蛮の煙草ですかい?」

「あー、そうだよ。変わってるだろ?」

 一刀が、自分の手元を繁々と眺める親父に笑い返すと、親父は、感心した様に頷いた。

「へい、随分と長く燃えるんですねぇ……しかし、旦那が煙草をお吸いなさる様になるなんて、長生きはしてみるもんだ。前は、ちっともそんな感じじゃなかったのにねぇ」

 

「まぁ……それなりに苦労したんでね。煙草くらい覚えないと、やってられなくてさぁ……」

 一刀は、おどけた口調でそう言って、蜂蜜水に口を付ける。

「……んま~い!やっぱり、親父さんトコの蜂蜜水は最高だな!」

「ははは、そいつぁ、どうも。じゃ、あっしはお持ち帰りの分を作ってきますんで、どうぞごゆっくり……」

 

「あい、ありがとうさん」

 一刀は手を振って答えると、チビチビと蜂蜜水を飲みながら、紫煙を燻らせていた。一刀がこの店を見つけたのは、一刀からすれば、十三年前に遡る。

 以前、袁術こと美羽に飲ませて貰った蜂蜜水が美味だった事もあり、街の警邏の途中で商っている店はないかと意識して探していた時に、偶然、屋台で蜂蜜水と簡単な甘味を出す所があると聞いて訪ねたのが始まりだった。

 

 以来、こってりとした食事をした後や疲れ気味の時などには、必ず立ち寄る事にしていたのだが、若い女性を伴って来る様な小洒落た店ではないので一人で来る事も多く、一刀は密かに、自分の隠れ家的な店に認定している。

 小鳥の囀りや葉擦れの音、子供達の歓声などが心地良い旋律を奏で、柔らかい太陽の日差しが、広場で憩う人々を優しく照らしていた。それはまるで、罵苦の脅威など存在しないかの様な穏やかな光景であり、一刀と少女達が、文字通り命を掛けて欲したものでもあった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一刀が、蜂蜜水の入った二つの酒瓶を両手に持って、揺らしながら普請場に着いたのは、太陽が西に傾き出してから一刻(約二時間)が過ぎようとしていた頃の事であった。館自体は勿論、塀や門などの基礎が、職人達によって雨のあとの筍の様な勢いで作られていて、現場は活気に溢れている。

「御苦労さん、差し入れだよ」

 

 一刀が、棟梁に向かって両手の酒瓶を掲げると、如何にも職人然とした壮年の棟梁は、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「こりゃどうも、北刀様……恐れ入ります」

「まだ仕事中だと思ったんで、蜂蜜水だけどね……疲れには甘いもんが一番だって言うし、良ければ皆で飲んでくれ」

 

「へい、それじゃあ、午後の休憩の時に、ありがたく―――おおい、お前等!北刀様から、蜂蜜水を頂いたぞ!!」

 棟梁が、大声でそう言うと、現場の彼方此方(あちこち)から、「御馳走様で~す!!」と言う返事が返って来る。

 

「いやぁ、棟梁のとこの若衆さん達は、何時も溌剌(はつらつ)としてて気持ちが良いね」

 一刀が笑いながらそう言うと、棟梁は嬉しそうに頭を下げた。

「恐れ入ります―――で、進捗具合をご覧になりますか?」

「えぇ、宜しく」

 

 一刀は頷くと、案内の為に先に立って歩き出した棟梁の後に付いて歩き出した。この屋敷は、表向きは“道士・北刀”の屋敷と言う事になっている。北郷一刀の別邸であると公言などしては、関係各所に多大な迷惑を掛ける事になるし、そもそも、幾ら他の将軍クラス人々の屋敷に比べて簡素であるとは言え、公的資金を使ってまでそんな物を建てる理由がないからだ(因みに、資金は月賦(げっぷ)で返すからと朱里に頼み込み、立て替えてもらった)。

 

 

 一刀としては、色々と思う所があってこの屋敷を建てる事にしたのだが(華佗に話した事も理由の一つである)、どうせ建てるなら出来る範囲で拘りたいと言う事で、図面引きの段階から自分の考えを大工達と話し合う程に入れ込んでいて、大工達も、今までにない様式の、質素でありながら趣向を凝らした一刀の考えを意気に感じて、精力的に取り組んでくれていたのだった。

 

「親方~!!北刀様~!!」

 一刀が、棟梁から縁側の間取りに付いて説明を受けていると、若衆の一人が、二人の名を呼びながら小走りに駆けて来た。

「北刀様、お客様ですぜ。金色の髪のお嬢さんと、キリッとした感じのお付きの方が……両方とも凄い別嬪さんで、お名乗りにはならず、北刀様に来客だと言えば解るから、と……」

 

「あぁ、解ったよ。じゃあ、俺が行って案内するんで、皆は休憩でもしててくれ」

 一刀は、棟梁に向かってそう言うと、急ぎ足で玄関まで引き返した。如何なお互いにお忍びとは言え、彼女を必要以上に待たせたら、どんな大目玉を頂戴するか分かったものではなかったからだ―――。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、華琳、秋蘭。よく来てくれたな」

 一刀がそう言って出迎えると、華琳は鷹揚に頷いて、笑顔を見せた。伴っている秋蘭共々、何時もよりも地味な服装をしている。

恐らく、春蘭と秋蘭が買い貯めた衣装の中から、地味目の物を選んで来たのだろう。

 

「お邪魔するわよ、一刀。名乗らなくて悪かったわね。名を偽ると言うのは、どうにも好きになれなくてね」

「いや、お忍びで来てくれって言ったのは俺の方だしな。気にしないでくれ」

 一刀がそう言って、仕草で二人を門の中に招くと、華琳は歩き出しながら、小さく首を振った。

「あなたに言われずとも、堂々と来る積りは無かったわよ。この曹孟徳が道士の家を訪ねたなんて知れたら、『とうとう“そっち”に傾倒し出した』なんて噂が立ちかねないもの」

 

「……成程、現実主義者の華琳らしいな。そう言えば、春蘭はどうした?華琳が外に出る時に傍にいないなんて、珍しい」

「姉者は、留守番だ」

 一刀の言葉を受けた夏侯淵こと秋蘭が、穏やかに微笑んで、華琳の代わりに答えた。

 

 

「何せ、姉者は風貌にも性格にも特徴があり過ぎるからな」

「あ~、確かになぁ」

 一刀は苦笑いを浮かべて、夏侯惇こと春蘭の顔を思い浮かべた。あれだけの美貌に派手な眼帯と来れば、確かに誤魔化しが利く風体とは言い辛い。

 

しかも、あの性格では、先程の様な状況でも、大声で名乗りを上げる位の事はしてしまいそうである。

「どの道、あの子は最近、書類仕事を溜め過ぎているから、連れて来る暇なんてないのよ。これ以上は、政務に影響が出かねないわ」

「ははは、ちょこちょこ片付けておいた方が、後が楽なのになぁ」

 

 一刀のもっともな指摘に、秋蘭が溜め息混じりに微苦笑を浮かべた。

「そうは言ってもな、北郷。姉者だぞ……」

「だよねぇ……」

「それは兎も角、一刀、こちらが庭に続いているのかしら?」

 

 一刀は、華琳が指差した方に顔を向けて頷いた。

「そう……と言っても、今はまだ何にもないけどね。その内、藤か何か植樹するつもりだよ。でこっちに……」

 一刀は、反対の方角を指差した。

 

「池を引こうかと思ってるんだ」

「池?それなら、庭の中に造れば良いのではなくて?何故、態々(わざわざ)、分ける必要があるの?」

 華琳が訝しげな顔でそう問うと、一刀は悪戯っぽく笑った。

「今はまだ秘密さ。完成したら、改めて招待するから、その時の楽しみにって事で」

 

「これはまた、大きく出たではないか……実に楽しみですね、華琳様」

 秋蘭が、やや芝居掛かった口調で華琳に水を向けると、華琳も面白そうに頷き返す。

「えぇ。楽しみにしているわよ、一刀。精々、私を失望させないで頂戴?」

「いや、そりゃあ、頑張るけれども……何でお前等って、俺への難易度を無暗に上げたがるのさ……」

 

「あら、それだけ期待していると言う事じゃない。光栄に思って欲しいわね……さ、他を案内して頂戴な」

 華琳はそう言って、項垂れる一刀を愉快そうに見遣るのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一刀。宛城での事なのだけれど」

 粗方を観終わった華琳は、周囲に素早く目を配ってから、(おもむろ)に口を開いた。

「あぁ」

「宛城は罵苦に強襲され、城主である張繍(ちょうしゅう)がこれに抗うも、奮戦虚しく兵は全滅。居合わせた私達とあなたで罵苦を撃退せしめた―――と言う筋書きにさせて貰ったわ。これなら、兵の遺族に補償金を出して上げられるし、魏としても、身内から罵苦に寝返った者が出たなんて言う醜聞も防げる―――多少、無理があるけれど、桂花達に練り上げておく様に言ってあるから、公式発表までには大分マシになっている筈よ」

 

 一刀は、すっかり長くなった夕暮れをみながら、暫し黙考した。一刀自身、多忙な華琳が態々こんな所まで出向きたいなどと言い出した時点で、何が目的なのかは分かっていたのである。

「そうか……世話を掛けたな……」

「謝罪を受ける謂われは無いわ。元はと言えば、こちらの不手際ですもの。あなたは唯、援軍に来ただけじゃない」

 

「……そう……だな……で、張繍はどうなった?」

 一刀が、まだ高い夕日から視線を外して、華琳に向けると、華琳は、感情の読めない表情で、淡々と答えた。

「あれきり、元に戻らないわ。髪の毛は真っ白で、まるで老婆の様よ。表向き、処断する訳にも行かないし、あの様子では、十分に罰は受けたと、私は思う。だから役を免じて隠居……と言う事にさせてもらったわ」

 

「華佗の話では、罵苦が与えた宝玉が破壊された衝撃が、一緒に心を壊してしまったのではないか、と言っていた」

 秋蘭が、あくまでも事実を話しているだけだ、という様な事務的口調でそう言うと、華琳は何とも言えない表情のまま、小さく頷いた。

 

 

「私としては……このまま、張繍の心が壊れたままでいる事を望むわ。もし、万が一、彼女の心が戻る様な事があれば、その時は……今度こそ、“処理”しなければならないもの」

「あぁ。そうならない事を祈るよ」

 一刀は、遣る瀬無さそうにそう言うと、二人に許しを得て、煙草に火を点けた。

 

「張繍の事より、お前自身はどうなのだ、北郷。天和達の話では、その……相当、重傷だったそうだが……」

 秋蘭が、気遣わしげに問い掛けると、一刀は呆れた様に肩を竦めた。

「あいつら……内緒にしとけって言ったのにさぁ……」

「あの娘たちを責めないで上げてね、一刀。私が無理矢理、聞き出したのよ」

「あぁ。分かってるさ」

 

 一刀が負傷した事に関しては、当事者達に緘口令を敷いていた。この話が広がれば、重臣達は兎も角、民の間に不安が広がりかねないとの危惧からである。

 下手をすれば、張繍の様に罵苦に寝返りを画策する輩も出ないとは限らなかった。

「今日も華佗の治療を受けて来たし、もう大丈夫さ。ほら、ピンピンしてるだろ?」

 

 一刀が、朗らかに笑って両手で力瘤を作って見せると、華琳は、溜め息を吐いた。

「どうかしらね?あなたは昔から、大丈夫じゃなくなっても大丈夫と言い張る様な人間だもの」

「うわぁ、信用ないのね、俺……」

「少なくとも、その一点に関しては、全く無いと言って良いのではないかな?」

 

「うぅ、秋蘭まで……本当に大丈夫だって……」

 一刀が、秋蘭の言葉に項垂れながらも食い下がると、華琳は微苦笑を浮かべて首を振った。

「分かったもんじゃないわね……で、どうなの、一刀?」

「どうって?」

 

「暫くは、ゆっくり出来そうなのでしょう?」

「どうかな……まぁ、卑弥呼も暫くこっちに居るって言ってるし、少しはね……まだ、ゆっくり話せてない娘も居るしさ」

「そう……なら、良かったわ」

 

「ありがとな、華琳。心配してくれて……秋蘭も」

「ふ……ふん!あなたに死なれたら色々と面倒なのよ。自覚なさいな」

 華琳が顔を赤らめてそっぽを向くと、一刀と秋蘭は、顔を合わせて互いに微笑んだ。

「あぁ、分かってる。でも、出来るなら少しでも多く、皆と平和な時間を過ごしたいな……」

 一刀はそう言うと、再び夕陽に視線を向けて、すっかり短くなった煙草の煙を深々と吸い込み、茜の空に紫煙を吐き出したのだった―――。

 

 

         あとがき

 

 

 

はい、今回のお話、如何でしたか?

 今回は、一刀が都に帰って、一呼吸置く為のジャンクションポイント的なお話で、後に複線になる所なども併せて書いておこうと言う思惑もあり、盛り上がりの左程ない、静かな回になってしまいました。

 とは言え、宛城の後始末の事などは、一応、消化しておかねばならない箇所だったので、ある日の一刀の一日、とでも思って頂ければと。

 

 さて、今回のサブタイ元ネタは、名探偵ホームズOP

 

 空からこぼれたSTORY/ダ・カーポ

 

 でした。穏やかで清々しい、良い曲です。

 

 次回からは暫く、休閑話題的な話を書いて行こうと思います。何せ、ずっとバトルを書いていたので……。候補としては、

 

・ある日、桃香の元に母が倒れたと言う手紙が来るのだが、桃香は親の居ない仲間達に遠慮して言い出す事が出来ず……桃園の三姉妹編『家族になろうよ』

 

・一刀の銃に興味を持った真桜は、こっそりとそれを持ち出して……真桜メインの三羽烏編『Angel Night』

 

・呉の本国、建業で、遂に一刀念願の鰹節が完成したとの報告が入るが……呉軍編『鰹節ラプソディー』

 

・三国会議の後、そそくさと席を立つ一刀。その様子を不審に思う少女達に『一刀が最近、頻繁に麗羽と“でぇと”に出掛けている』との情報が入る……麗羽編『SUPER GIRL?』

 

・一刀と桃香の心遣いで長めの休暇をもらった紫苑は、璃々を伴って久々に故郷へと帰り、亡くなった夫の墓に参る事にするのだが……紫苑・璃々編『木蓮の涙』

 

・雪蓮と一刀は、冥琳の力を借りて、一刀が仕入れて来た知識を元に蒸留酒造りに着手する事に……雪蓮・冥琳編『酔って候』

 

・都に突如として出現した、“新生むねむね団”の脅威に、華蝶連者と仮面白馬は壊滅の危機を迎える!そこに現れたのは……華蝶連者・仮面白馬編『初夏のヒーロー祭り!?華蝶連者VS仮面白馬・倍功夫!!』

 

・再び開催される事になった三国合同演習。一刀は、蜀の軍師達と、必勝を期す策を練る……『中原の覇者、再び』

 

・一刀はひょんな事から、思春・明命コンビのマン・ハントにまたもや巻き込まれる事に……『マン・ハント・リベンジ』

 

・馬謖少年と女の子王平との恋を一刀達が応援する話(タイトル未定)

 

 などなど、貯めに貯めていたネタの中から、何本かを発表する積りです。後は、華琳様とか春蘭・秋蘭ネタもあるのですが、まだ構想が固まりきっていないので、ここには入れていません。書いてる内に纏まったら、その時に改めてあとがきにて発表します。

 

 「これが早く読みたい!」と言うエピソードがあったら、コメント欄などでお知らせ下さい。出来得る限り、善処いたします。

 何時もの様に、支援、コメント、ショートメールでの感想などなど、励みになりますので、お気軽に頂けると嬉しいです。

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 


 
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