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真・恋姫✝無双外伝 ~~受け継ぐ者たち~~ 第十一話 『夜空に咲いた花束を』

jesさん

十一話目投稿です。

今回はやたらと長くなってしまいましたが、どうしても書きたい話だったので飽きずに最後まで読んでいただけるとうれしいです。

かなり劉禅びいきの話になってますので、劉禅拠点だと思って読んでください。

2012-05-31 21:29:13 投稿 / 全22ページ    総閲覧数:1660   閲覧ユーザー数:1518

 第11話 ~~夜空に咲いた花束を~~

 

 

 「あ~・・・・やっと終わった」

 

執務室の椅子に座って書類とにらめっこしていた俺は、手にしていた筆をおいて思いっきり伸びをした。

朝からかれこれ数時間背中を丸めっぱなしだったからこれがかなり気持ちいい。

 

途中仕事の合間に麗々が手伝いに来てくれていたんだけど、一時間ほどしたところで次の仕事があると言って行ってしまった。

まぁあの子は俺なんかよりずっと忙しいから、少し手伝ってくれるだけでも非常にありがたい。

 

そのおかげもあってか、珍しく午前中でおおかた仕事が片付いてしまった。

というわけで、午後からは有意義に自分の時間に使うとしよう。

 

と、その前に・・・・・

 

ぐぅ~・・・・・

 

 「まずは腹ごしらえだな」

 

思い出したように空腹を感じて、自己主張する腹に手を当てる。

集中していると時間が過ぎるのは早いもので、そろそろお昼時だ。

 

とりあえず厨房に行って何か食べよう。

 

という訳で、厨房に向かおうと執務室のドアを開けると・・・・・

 

ガチャ。

 

 「お?」

 

 「ああ、晴」

 

ドアを開けたところで、丁度部屋の前を通りがかった晴がいた。

 「よ。 どこか行くところなのか?」

 

 「・・・・・・・・・」

 

変だな。

俺が喋りかけても、晴はお決まりの半眼で俺の顔をじ~っと見るだけで返事が無い。

 

 「どうしたんだ? 晴」

 

 「むぅ・・・・。 すまないが、君は誰だったかな?」

 

 「・・・・・・はい?」

 

まじですか・・・・?

この子は平然とした顔で本気でそんな事を言ってるんですかね?

 

晴が極度の忘れ症なのは愛梨から聞いて知ってるし、初めて会ったとき実際に経験はしているけど、最後に会ったのは昨日の夜だぜ?

いくらなんでもたった一晩で人の顔を忘れるとか・・・・怒るのを通り越してもう泣きそうだよ。

俺の顔ってそんなに印象薄いかなぁ・・・・

 

 「はぁ~・・・・」

 

いまだに俺の顔をじっと見たままの晴の目の前で、俺は大きくため息を吐いた。

今からまた俺の事を思い出させなきゃいけないのか・・・・

 

 

どうしたものかと頭を抱えていると・・・・・

 

 「・・・・フフ」

 

 「?」

 

そんな俺の様子を見ていた晴が、不意に小さく笑った。

 

 「冗談だよ、章刀。 いくらボクでも、こんなに早く君の顔を忘れたりしないさ」

 

 「はぁ~、勘弁してくれよ。 晴が言うと冗談に聞こえないんだから」

 

せっかく仕事を終えて晴々した気分だったのに、なんだか一気に疲れてしまった。

 

 「フフ、済まない。 キミの顔をみたらついからかいたくなってしまってね」

 

 「それはそうと、晴は何してたんだ?」

 

 「ああ。 ボクは愛梨に付き合わされて、兵の調練をしていたんだよ。 全く・・・愛梨のヤツは人使いが荒くて困るね」

 

そう言いながら、晴はふぅ・・・と小さくため息を吐く。

それでもその顔には大して疲れの色が見えないあたりは、さすがって感じだな。

 

晴はこの城に帰って来てからというもの、こうしてしばしば兵の調練を手伝わされている。

愛梨曰く、『お前は政務を任せても集中力が続かないのだから、せめてこちらで役に立て!』

・・・ということらしいけど、晴は不満そうながらもしぶしぶ付き合っている。

 

 「あ、それなら昼飯はまだだよな? 俺も今から食べに行くとこなんだけど、晴も一緒にどうだ?」

 

一人で食べに行くつもりだったけど、一緒に食べてくれる人がいるに越した事は無い。

そう思って誘ったものの、晴は申し訳なさそうに首を振った。

 

 「むぅ・・・・。 せっかくの誘いだけど、遠慮しよう。 朝早くから愛梨に起こされて眠いんだ。 今から部屋に戻って寝ることにするよ」

 

いいながら、今度はため息の代わりに小さなあくび。

どうやら本当に眠いみたいだ。

まぁいつも眠そうな顔してるからいまいち分からないんだけど・・・・・

 

 「そっか。 それじゃあゆっくり休んでくれ」

 

 「ああ、すまないな。 じゃあ・・・・・」

 

軽く手を振って、晴は廊下の向こうに歩いて行った。

少し残念だけど、当初の予定通り一人で厨房に行くとしよう。

 

 

――◆――

 

 「はぁ~、喰った喰った」

 

ポンポンと腹を叩きながら、廊下を歩く。

愛梨あたりが見たら『だらしないですよ!』と怒られそうだな。

 

なにはともあれ、とりあえずの目的である空腹を満たすと言う事は達成した。

あとの時間は街に出てみてもいいし、晴みたいに部屋でのんびりなんてのも捨てがたい。

 

そんな風にこの後の予定を考えながら歩いていると、反対側から楽しそうに話している二人組が歩いて来たのが見えた。

 

あれは・・・・向日葵と愛衣だな。

 

 「向日葵。 愛衣」

 

 「あ! お兄様!」

 

 「え? あ、ほんとだ!」

 

俺の呼びかけに先に気付いたのは向日葵。

つづいて愛衣も気付いた様子で、二人して俺の方に走ってきた。

 

 「兄さま、もう今日はお仕事終わったの?」

 

 「ああ、何とかね。 二人は何してたんだ? 随分楽しそうに話してたみたいだけど、もしかしてまたいたずらの相談でもしてたんじゃないだろうな?」

 

この末っ子コンビの手の込んだいたずらは、ある意味では我が北郷家の名物だ。

いつもいつも姉たちにいたずらを仕掛けては後で愛梨あたりに怒られるんだけど、それでも懲りずにまた二人で新しいいたずらを計画する。

 

そんな二人の行動に俺を含めた姉たちは頭を抱えながらも、既に半ばあきらめているので微笑ましくすらあるわけだけど。

 

でもどうやら今回はいたずらの相談ではなかったようで、二人して俺に抗議の目を向けて来た。

 

 「もぉ、違うよ~! 今年のお祭りはどうやって楽しもうかなって、ひま姉さまと話してたの!」

 

 「お祭り? そんなのあったっけ?」

 

 「お兄様ったら忘れちゃったの? もうすぐ平和際の日でしょ?」

 

 「あ! そう言えば・・・・・」

 

言われるまですっかり忘れていた。

なんせその単語を聞くのも八年ぶりだもんな・・・・・

 

平和際―――――――――――

 

赤壁の戦いで勝利し、この蜀漢という国が一時の平和をつかみ取ったあの日。

この国のさらなる発展と、これから先の平穏を願って、毎年その日に国を上げて祝うことになった。

その日だけは全ての国民が仕事を休み、祭りを楽しむ事が許されている。

間違いなくこの国で最大のイベントだ。

もちろんいろんな屋台も出るが、最大の見どころと言えば・・・・

 

 「今年も綺麗なんだろうな~、花火」

 

 「うん! 楽しみだね♪」

 

そう。

この祭りの最大の見どころは、最後に打ち上げられる盛大な花火だ。

もちろんまだこの世界に花火はなかったので、父さんが何人かの職人に頼んで作ってもらったもの。

夜空に高々と打ち上げられる花火は、毎年国民たちの一番の楽しみになってると言っても過言じゃないだろう。

 

 「すっかり忘れてたよ。 もうそんな時期なんだな」

 

 「そうだよ。 もう街の人たちも楽しみで皆ウキウキしてるんだから♪」

 

 「兄さまは中心になって計画しないといけないんだから、しっかりしてね?」

 

 「ああ。 俺も久しぶりだし、思いっきり派手な祭りにしないとな」

 

 「うん! 私たちにもできる事があったら遠慮なく言ってね!」

 

 「りょーかい。 しっかり計画しとくよ」

 

そう言いながら軽く手を振って、俺は相変わらずご機嫌な二人と別れた。

 

 

 

――◆――

 

 

思いがけない・・・・というか完全に俺が忘れていただけだけど、突然舞い込んできた仕事の為に、午後からゆっくりなんて言っている場合じゃなくなった。

 

二人と別れた後、俺はすぐさま璃々姉さんの所に相談に行った。

確認すると、なんと平和際までもうひと月程にせまっていた。

 

それを聞いて、何も準備できていないと焦っていた俺だけど、そこはさすが我が城の縁の下の力持ちである璃々姉さんだ。

なんと、平和際で出す屋台の配置や材料の手配などは、既に一通り終わっていると言われてしまったのだ。

 

『一言言ってくれれば俺も手伝ったのに』と言ったら・・・・・

『まさかお祭りの事を忘れてらっしゃるとは思わなかったので』と優しく笑われた。

 

全く、我ながら情けなくて返す言葉もなかった。

 

そんな訳で、結局祭りの日までに俺がするべき事は大して無くなってしまったので、今は愛衣と向日葵の様にどうやって当日を楽しむかを考えながら廊下を歩いている。

 

 すると、廊下の手すりに両手をついてなにやら物思いにふけっている桜香の姿を見つけた。

今日はなんだかよく廊下で人に会う日だな。

 

 「あ、お兄ちゃん」

 

俺が声をかける前に、どうやら気配で俺に気付いたらしい桜香がこちらを向いた。

相変わらず人の気配を感じる事に関しては大したものだ

 

 「よ。 こんなところで何してるんだ?」

 

 「ううん、別になんにも。 風が気持ちいいから、ちょっと涼もうかなって」

 

そう言って俺に笑いかける桜花だけれど、その表情にはどこか暗い影を落としているように見える。

 

 「どうしたんだ桜香? なんか元気無いみたいだけど・・・・」

 

 「え? そ、そんなことないよ」

 

俺の問いかけに少し慌てたように両手を振るけど、動揺しているのは明らかだ。

どうやら、俺の勘違いじゃなさそうだな

 

何か元気づけられる話を・・・・・あ、そうだ!

 

 「言いたくないなら無理には聞かないけどさ、元気出せよ。 ほら、もう少しで平和際だろ?」

 

 「あ・・・・・。 うん・・・・そう、だね」

 

 「桜香?」

 

なんだろう?

祭りの話をすれば元気が出るかと思ったんだけど、なんだか桜香の表情は更に暗くなって・・・・・・・・あっ! しまった!

 

 

 「ごめん! 桜香は、お祭り好きじゃなかったな・・・・」

 

こんなことも忘れてたなんて、俺はバカか・・・・・!

 

桜香は、昔から平和際が嫌い・・・というよりは苦手なんだ。

理由は言うまでもなく、生まれついての盲目のせい。

 

平和際の日には、もちろん街には溢れかえるほど多くの人が集まる。

目が見えず、人の存在を気配で知るしか術を持たない桜香にとって、祭りの日に街に出る事は道の分からない真っ暗な森の中に放り込まれるようなものだ。

 

しかし、それは極端な話祭りの日に外に出なければ良いだけだが、一番の問題は平和際の最大の目玉である花火の方だ。

 

見る事ができない桜香にとって、花火は正体の分からない巨大な音でしかない。

そしてそれは幼い桜香にとっては、恐怖の対象でしかなかった。

 

だから昔から祭りの日には、桜香は母親の桃香さまと二人だけ城に残り、部屋で耳を塞いで震えていた。

 

もちろん、当時この件に関しては父さんもかなり悩んでいた。

けれど、国民の年に一度の楽しみを我が娘一人の為に奪うのは、さすがに忍びなかったらしい。

 

俺が知っているのは子供の頃までだけど、幼いころ覚えた恐怖というのはそう簡単に払しょくできるものじゃない。

今の桜香の反応を見る限り、やっぱり今でも祭りが苦手なのは変わらないようだ。

 

 「気にしないでいいよ。 別にお兄ちゃんが悪いわけじゃないんだから」

 

必死に謝る俺に笑いかけてくれる桜香だけど、その表情はやっぱりどこか暗いまま。

 

 「・・・やっぱり、まだ苦手なのか?」

 

 「うん・・・。 情けないよね、もう子供じゃないのに。 どうしても、あの花火の大きな音を聞いちゃうと、身体が震えちゃうんだ」

 

 「情けなくなんかないだろ? 見えないものが怖いのは当たり前だよ」

 

そう、情けなくなんてない。

むしろ、盲目のままここまで明るく元気なままに育ってくれた桜香はとても強い子だと俺は思う。

 

 「ありがとう。 でも、皆は花火をすっごく楽しみにしてるんだよね。 私には音しか聞こえないけど、すっごく綺麗なんでしょ?」

 

 「・・・・ああ。 綺麗だよ」

 

ここで素直に頷くには桜香に対して躊躇いがあったが、俺は肯定した。

気を遣って嘘をついたところで、桜花はそれを信じたりはしないだろう。

 

 「そうなんだ。 私も、一度でいいから見てみたいなー。 もし一度でもこの目で見る事が出来たら、もう怯える事もないかもしれないのに・・・・・」

 

そう言いながら桜香はうつむいて、その表情には自分の境遇を憂う様な寂しいものに変わってしまう。

けれどそれは一瞬だけで、桜香はすぐに顔を上げていつもの笑顔に戻った。

 

 「なんてね♪ 生まれつきの事をどうこう言っても何も変わらないもんね。 もっと前向きに行かないと!」

 

 「桜花・・・・」

 

 「お兄ちゃんも、私の事は気にしないでお祭りを楽しんでね。 お兄ちゃんが思いつめた顔してたら、皆も楽しめないよ!」

 

 「・・・・ああ、わかってる」

 

 「じゃあ、私はもう部屋に戻るね」

 

そう言って、桜香は笑顔のまま手を振って、自室へと戻って行った。

俺もそれに応えるように、固い笑顔で見送ることしかできなかった。

 

全く・・・・・無理しやがって。

 

 

 

 ――◆――

 

 「・・・・さて、どうしたもんかな」

 

結局俺は、桜香と別れた後一人で街へ来ていた。

あのまま部屋に戻っても、桜香の事が気になってとてもゆっくりなどできないと思ったからだ。

 

だから気を紛らわせるためにこうして街に来てみたのだが、どうしても先ほどの桜香の悲しそうな顔が頭から離れず、結局集中力も散漫なまま街をブラブラと歩いている状態だ。

 

 「あ! かんぺいさまだーっ!」

 

 「ほんとだーっ! かんぺいさまーっ♪」

 

 「ん?」

 

ボーっとしたまま歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。

振り返ると、どうやら通りで遊んでいたらしい数人の子供たちが俺の方めがけて元気よく走ってきていた。

 

 「かんぺいさま、こんにちはー♪」

 

 「ああ、こんにちは。 皆元気だね」

 

満面の笑みで挨拶してくれた子供たちに俺も笑顔で返して、一人ずつ頭を撫でる。

子供たちの前で、思いつめた顔なんてしていられないもんな。

 

 「ねぇ、かんぺいさま。 もう少しでお祭りの日だよねー?」

 

 「今年もきれーな花火やるんでしょ?」

 

「あ・・・・ああ、もちろんやるよ。 今年はうんと派手なのにするから、皆楽しみにしておいて」

 

 「ほんとー!?」

 

 「わーい♪」

 

俺が笑顔で頷くと、子供たちは全員両手を上げて大喜び。

俺が思っていた以上に、みんな祭りと花火を楽しみにしているようだった。

 

 「ねぇ、今度は向こうであそぼー」

 

 「うん! それじゃあかんぺいさま、またね~♪」

 

 「ばいばーい♪」

 

 「ああ、怪我しないようにな」

 

子供たちは皆大きく手を振って、俺の方を何度も振り返りながら走って行ってしまった。

そのいくつもの小さな背中を見送りながら、俺はふぅ・・・と小さく息をつく。

 

 「あんなに楽しみにしてるんだ。 やっぱり、花火を中止になんてできないよな・・・・」

 

それに、桜香自身もそんな事は望んでいないはずだ。

あの子は、自分の幸せよりも人の笑顔を喜ぶ子だから。

 

きっと、昔父さんもこんな気持ちだったんだろうな。 

 

・・・・仕方が無い。

やっぱり、桜香には今年も我慢してもらうしかないか・・・・・。

 

 「そこにいるのは、もしかして関平じゃないか?」

 

 「え?」

 

諦めて立ちつくしている俺の後ろからかけられた声は、今度は子供のものではない。

振り返ると、そこには赤い髪の男性が堂々とした様子で立っていた。

 

 「やっぱりそうか。 いやー、見違えたぞ」

 

そう言って笑う男性の顔に、俺は見覚えがあった。

 

 「!・・・・華佗先生っ」

 

 

――◆――

 

偶然にも通りで出会った俺たちだったが、立ち話も何なので近くにあった茶屋へと入った。

俺の向かい側に座る男性・・・・華佗先生は、目の前に置かれたお茶を一口飲むと、再び俺の顔を見て嬉しそうに笑う。

 

 「いや、本当に久しい。 立派になったな関平。 父親にそっくりだ」

 

 「ありがとうございます。 華佗先生こそ、元気そうでなによりですよ」

 

 「ははは。 俺はこれでも医者だからな。 医者が身体を壊しては話にならんだろう?」

 

冗談交じりにそう言って、先生はまた笑った。

 

この人は、華佗元化。

大陸中を旅してまわる医者で、五斗米道という針治療の使い手である。

父さんたちとは、俺たちが生まれる前からの友人らしいけど、詳しい事は知らない。

でも医者としての腕は確かで、俺たちが子供の頃病気になった時なんかはよくお世話になったものだ。

昔に比べて髪が伸びているし、少し歳を取った印象はあるけれど、まだまだ見た目には若く見える。

 

 「それで、先生はどうしてこの国に?」

 

 「風のうわさで、お前が帰ってきたという話を聞いてな。 顔を見ておきたかったのさ」

 

 「わざわざありがとうございます」

 

 「まぁ、本当はそれだけじゃないけどな。 ほら、もうすぐ平和際だろう? 俺もあの祭りは毎年楽しみにしているんだ」

 

 「あ、ああ・・・・なるほど」

 

やっぱり、先生も楽しみにしてくれてるんだ。

喜ばしい事だけれど、今の俺にとっては少し複雑だ。

 

ん・・・・待てよ?

先生なら、もしかしたら・・・・・・

 

 「華佗先生っ!!」

 

 「おわっ!? どうしたんだ急に・・・・」

 

突然身を乗り出して真剣な表情に変わった俺を見て、先生はかなり驚いた様子だった。

でも、俺は構わずに話を続けた。

 

 「実は、先生にお願いがあるんです・・・・」

 

 「?」

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

―――――――――――――――――――

 

―――――――――――

 

俺は、先生に今回の事のあらましを全て話した。

俺の話を静かに聞いていた先生は、全て聞き終えると考えるように目を閉じて、少ししてからゆっくり口を開いた。

 

 「・・・・なるほど。 お前の言いたい事は分かった。 つまり、劉禅に花火を見せてあげる為に、彼女の目を治せないか・・・・ということだな?」

 

 「はい」

 

先生の問いかけに、俺は静かに頷く。

 

先生の五斗米道なら、もしかしたら桜香の目も治せるかもしれない。

俺は、そう考えたのだ。

だけど先生は、少しの間の後小さく息をついた。

 

 

 「結論から言おう。 悪いが、俺の五斗米道でも劉禅の目を完全に治す事はできない」

 

 「そう・・・・ですか」

 

自分で聞いておいて何だけど、心のどこかでこの答えは予想していた。

そもそも、もしそれが可能なら、華佗先生はもっと早く桜香の目を治してくれているはずだ。

 

俺が勝手に期待していただけだけど、やっぱりこの事実は辛い。

 

 「だが・・・・・」

 

 「?」

 

目の前で落ち込んでいる俺に、先生は言葉を続けた。

 

 「劉禅に花火を見せたいということなら、方法が無いわけでもない」

 

先生の口から出たのは、思いがけない言葉だった。

俺はその言葉に喰いつくように、再び身を乗り出した。

 

 「ほんとですかっ!? でも、さっき治すのは無理だって・・・・・」

 

 「確かに、劉禅の目を完全に治すのは不可能だ。 そのかわり、俺の施術で体内の気を活性化させれば、一時的にだが目が見えるようにすることは可能だろう」

 

 「そんな事が出来るんですか!? だったらすぐにでも・・・」

 

 「ただし、この方法は、医者としての立場から言わせてもらえば賛成はできない」

 

 「どうしてですか? もしかして、何か副作用があるとか?」

 

 「いや、そういった類のものじゃない。 失敗しても成功しても、劉禅の身体に影響が無い事は約束しよう。 俺が心配なのは、体ではなく心の方の影響だよ」

 

 「心・・・・?」

 

先生は、終始真剣な表情で話を続ける。

だけど俺には、先生の言っている意味がいまいち分からない。

 

 「劉禅が今まで盲目である事を気にせず明るいまま育ってこれたのは、もちろん彼女自身の強さもあるが、一番の要因は彼女にとって今まではそれが当たり前だったからだ。 “目が見える”という事を経験したことが無い彼女は、自分と他の人間が違うと言う事は理解していても、それがどう違うのかは分かっていない。 だが、もし一度でも光のある世界を知ってしまったら、次にまた暗闇の世界へ戻った時、彼女は自分の境遇の辛さを嫌でも感じてしまうだろう。 そうなったとき、お前は劉禅が元の明るい彼女に戻れると思うか?」

 

 「それは・・・・」

 

俺は、その質問に答える事が出来なかった。

確かに、先生の言うとおりだ。

 

俺は、とにかく一度でも桜香に花火を見せられればそれでいいと思ってた。

一度その美しさを知ってくれれば、もしまた目が見えなくなっても怯えることなく、明るい桜香のままでいてくれると思ってた。

 

でも、そんなのは俺の思い込みでしかない。

もし先生の言うように、俺の身勝手な考えのせいで桜香の笑顔を奪うことになってしまったら取り返しがつかない。

 

それでも・・・・・・

 

 「それでも、俺はどうしても桜香に花火を見せてやりたいんです!」

 

確かに、先生の言う事は正しい。

でも、この気持ちだけは譲りたくなかった。

年に一度、国の皆が笑顔でいられる特別な日に、桜香ひとりが怯えなきゃいけないなんてもう嫌だから。

 

 「・・・・・・はぁ。 本当にお前は、父親に似て頑固になったものだ。 それとも、母親似か?」

 

少しの間、俺の顔をじっと見ていた先生だったが、ふと呆れたようにため息をついてガリガリと頭をかいた。

 

 「お前の気持ちは分かったよ。 だけど、こればっかりは劉禅自身の問題だ。 本人の意思を確かめて、それでも意見が変わらなければ俺は全力で協力しよう」

 

 「ありがとうございます、華佗先生っ!」

 

 

――◆――

 

華佗先生を連れて城に戻った俺は、早速玉座の間に皆を集めた。

桜香だけでなく、他の皆にも話を聞いてほしかったからだ。

 

俺が事のあらましを告げると、全員が少し困惑した表情だった。

無理もない。

みんなも俺と同じで、桜香に花火を見せてあげたいけど、その後の事を考えると不安なんだろう。

 

 「良いんじゃないか? ボクもあの花火は大好きだ。 あれを知らないままというのはもったいないと思うが?」

 

 「私も! 桜香ねえさまにも花火を見て欲しいな」

 

集まった皆の中でも、比較的早く受け入れてくれたらしい晴と愛衣はそう言うが、その隣では愛梨が眉をひそめていた。

 

 「まぁ待て二人とも。 そう簡単な問題ではないのだぞ?」

 

 「むぅ・・・・・」

 

 「じゃあ愛梨姉さまは反対なの!?」

 

 「そうは言っていない。 私とて、桜香に祭りを楽しんで欲しいとは思うが、先ほど兄上も言っていただろう? これは桜香自身が決める事だ。 桜香自身が後で後悔しない道を選ばなければならん」

 

そう言った愛梨に続いて、そこにいた全員が桜香の方へと目を向けた。

全員の視線を感じたのか、今まで考えを巡らせていたらしい桜香が顔を上げた。

 

 「私は・・・・・」

 

少し思いつめた様子で、桜香は言葉を詰まらせる。

いきなりすぎて、まだ考えがまとまっていないんだろう。

 

 「桜香、俺たちに気を遣う必要はないんだぞ? 桜香が本当に後悔しないと思う方を選んでくれ」

 

 「うん。 ありがとうお兄ちゃん」

 

俺がそう言うと、桜香は笑顔で答えてくれる。

そしてもう一度考えるように少し下を向いた後、何かを決心したように静かに頷いた。

 

 「・・・・私は、花火を見てみたい。 たとえ一度きりでも、皆と一緒にお祭りを楽しみたい」

 

静かに、だけどはっきりとした口調で桜香は言った。

 

 「それで、後悔しないか?」

 

 「後悔なんてしないよ。 また目が見えなくなったって、もとに戻るだけだもん。 それを不幸だなんて思ったら、今の私を否定することになっちゃう。 私は、今のままでも十分幸せだから♪」

 

 「・・・・・そっか」

 

強がりなんかじゃない。

そう言った桜香の笑顔は、嘘いつわりのない心からのものだと思えたから。

俺以外の皆も、桜香のその笑顔を見て安心した様子だった。

 

 「それにね、花火だけじゃなくてもう一つずっと見たかったものがあるんだ」

 

 「見たかったもの?」

 

 「うん。 私ね、皆の顔を見てみたい」

 

 「!・・・・・・・・・」

 

その答えは予想していなかった。

他の皆も、少し驚いた様子だ。

 

だけど、考えてみれば当然かもしれない。

俺たちはいつも桜香と当然の様に会話してきたけれど、桜香は生まれてから一度も俺たちの顔を見た事がないんだから。

 

 「気配なんかじゃなくて、ちゃんと目で皆の存在を感じて、皆の目を見てお話したい。 ずっとそう思ってたんだ」

 

 「桜花・・・・・・。 ああ、わかったよ」

 

桜香には見えないだろうけど、俺はそう言って静かに頷いた。

そんな何気ない事でも、桜香にとってはずっと夢見ていた願いなら、俺たちは全力で答えよう。

 

 「全く・・・お前たちときたら、どいつもこいつも親ゆずりの性格らしい」

 

 「先生・・・・」

 

俺たちのやりとりを黙って聞いていた華佗先生だったが、桜香の答えを聞いて少しあきれた様子で笑っていた。

 

 「劉禅自身が決めた事なら、もう俺に反対する気は無い。 俺の全身全霊をかけて、お前の目を見えるようにして見せる!」

 

 「はい。 おねがいします」

 

気合を入れて拳を握りしめる先生に、桜香は改めて頭を下げた。

 

 「フム、そうと決まれば、今年の祭りは一層派手なものにしなければなりませんな」

 

 「ウフフ、そうね。 桜香様にとっては初めてのお祭りになるわけですものね」

 

 「よっしゃー! どうせなら、今までで最高の祭りにしようぜっ!」

 

 「はい♪ 頑張りましょう!」

 

 「・・・・・“コクコク”」

 

 「皆・・・・ありがとう」

 

その場にいた全員が、桜香の為に最高の祭りを成功させようと気合をいれた様だ。

俺も負けちゃいられない。

どうせなら、桜香が一生忘れられない様なお祭りにしてやろう! 

 

 

 

――◆――

 

桜香が祭りに参加する事が決まったあの日から、皆全力で祭りの準備に取り組んだ。

麗々と煌々は、璃々姉さんと一緒に出店の配置などを再確認。

愛梨と昴は、当日混雑するであろう街中の区画整理について検討。

涙、向日葵、愛衣の三人は、出店などに使う資材調達に奔走していた。

普段は仕事に乗り気でない心と晴も、今回ばかりは積極的に皆の手伝いをしてくれていた。

 

それぞれが、桜香に楽しんでもらいたいという一心で、自分にできる事を一生懸命やってくれた。

 

そして―――――――――――――――――――――

 

 

とうとう、この日がやってきた。

平和際の当日。

 

皆の祈りが通じたのか、空は雲ひとつない快晴だ。

これなら今日は雨の一粒も降らないだろう。

 

 「さぁ、いよいよだな」

 

気合の入った表情で、華佗先生が呟いた。

華佗先生に呼ばれ、俺と桜香は城の医務室に来ていた。

ついに、桜香の目の治療が始まるんだ。

 

 「桜香、怖くないか?」

 

寝台に腰かけている桜香に問いかける。

すると桜香はいつもの笑顔のままだが、その表情は少しこわばっているようだった。

 

 「うん。 少しだけ怖いけど、大丈夫だよ」

 

 「心配する必要はない。 痛みは全くないからな」

 

そんな桜香を元気づけるように、先生は笑いかける。

先生が言うんだから、本当に痛みは無いんだろうけど、それでも桜香が不安を感じるのは仕方ないよな。

 

 「はい、ありがとうございます。 ねぇ、お兄ちゃん?」

 

 「ん?」

 

桜香が、少し遠慮がちに俺に話しかけて来た

 

 「手・・・・握っててくれないかな?」

 

 「ああ、いいよ。 先生、良いですか?」

 

 「ああ、構わない。 しっかり安心させてやるといい」

 

 「ありがとうございます」

 

先生が許可してくれたので、俺は桜香の正面にしゃがみ込んで左手を取った。

すると、桜香は俺の手の上から残った右手を重ねてくる。

心なしか、さっきより表情も柔らかくなったみたいだ。

 

 

 「以前説明したように、効果は今日一日限りだ。 それでいいんだな?」

 

先生の問いかけに答える前に、桜香は俺の手をとったまま深く息を吸った。

 

 「・・・・・はい。 おねがいします」

 

 「では、はじめよう」

 

そう言うと先生は桜香の背後に立ち、一本の金色の針を取りだした。

それをゆっくりと振り上げると、先生はなにやら気合を込め始めた。

 

 「はぁ~・・・・・・」

 

先生が目を閉じて集中すると、振り上げた金色の針が淡く光り出した。

その光は徐々に強くなっていき、やがて部屋全体をその光が満たした。

 

光が極限まで強くなると、華佗先生は閉じていた目をカッと見開き、振り上げていた金色の針を桜香の首筋へと勢いよくつき立てた。

 

 「元気になれーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 

その瞬間、針が放っていた金色の光が一気に桜香の身体に流れ込むように桜香を包みこんで行った。

 

 「ん・・・・・」

 

俺の手を握る桜香の手の力が、少しだけ強くなる。

桜香自身、自分の身体に変化が起きているのを感じているんだろう。

 

やがて桜香の身体を包む光も徐々に薄れて行き、先生が持っている針そのものの光も収まっていった。

そして完全に光がおさまると、先生は桜香の首筋から針を抜いて大きく息をついた。

 

 「ふぅ~、これで治療は完了だ」

 

そう言う先生の顔は、かなり汗をかいていた。

どうやら今の治療でかなりの体力を使ったらしい。

 

 「先生、それで桜香の目は・・・・・」

 

疲れている先生には申し訳ないけど、俺は我慢できずに先生に問いかけた。

すると先生は、必死な表情の俺を見てにっこり笑った。

 

 「安心しろ。 治療は無事に成功したよ。 劉禅、目をあけてみるといい」

 

 「は、はい・・・・・」

 

少し慌てたように、桜香は返事をする。

そして治療を始める前と同じ様に大きく深呼吸をして、ゆっくりと瞼を上げた

 

俺も、始めて見た。

今まで閉じていた瞼の下から現れた桜香の瞳は、母親と同じ綺麗な青色だった。

 

 「桜花・・・・・?」

 

目は開いたが、桜香の視線はいまだにただ真っ直ぐ前を向いたままだ。

俺は本当に見えているのか不安になって声をかける。

 

すると、その声に反応して桜香の青い瞳が間違いなく俺に向けられた。

 

 

 「・・・・・こんな顔、してたんだね。 お兄ちゃん」

 

桜香はそう言って、優しく笑った。

 

 「桜花・・・・本当に、見えるんだな?」

 

 「うん。 ばっちり」

 

 「桜香っ!!」

 

 「きゃっ!?」

 

俺は嬉しくなって、桜香に勢いよく抱きついた。

 

 「ちょ、ちょっとお兄ちゃん。 恥ずかしいよぉ・・・・・」

 

桜香は恥ずかしそうに顔を赤らめているけど、そんな事は気にしてられない。

 

 「ははは。 どうやら劉禅本人よりも関平の方が喜んでいるようだな」

 

そんな様子をみて、華佗先生は可笑しそうに笑っていた。

 

 「華佗先生、本当にありがとうございます!」

 

 「礼なんかいい。 それよりも、早く皆に知らせに行け。 何度も言うが、効果は今日一日だけだ。 一秒でも多く、いろんな物を見てくるといい」

 

 「はい! 行こう、桜香!」

 

俺ははやる気持ちを抑えきれず、桜香の手を引いて歩きだす。

 

 「あ、うん! 先生、本当にありがとうございました!」

 

俺に手をひかれながらも桜香はぺこりと先生に頭を下げて、俺たちは急いで部屋を飛び出した。

 

そのまま俺たちが向かったのは、玉座の間だ。

他の皆には、治療が終わるまで玉座の間で待ってもらっている。

 

きっと皆、今か今かと楽しみにしているはずだ。

早く良い報告を聞かせてあげなくちゃ。

 

 「皆っ!」

 

俺は少し息を切らしながら、玉座の間に駆け込んだ。

俺の姿をみた皆は、少し驚いた様子だった。

 

 「兄上っ!? 治療は終わったのですか?」

 

 「ああ」

 

 「それでそれで!? 桜香姉さまの目は直ったの!?」

 

愛衣が期待に目を輝かせて聞いてきた。

他のみんなも、俺の返事を心待ちにしているようだ。

 

だけど俺は自分では答えず、後ろに立っていた桜香に前に出るように促した。

 

 「さぁ、桜香」

 

 「うん」

 

桜香は一度頷くと、ゆっくりと皆の前に歩み出た。

そしてその両目は、しっかりと皆の姿が見えているはずだ。

 

 「皆、はじめましてだね♪」

 

俺にそうしたように、桜香は皆に両目を開いたまま笑顔を向けた。

 

 「桜香・・・・見えているんだな?」

 

 「うん。 愛梨ちゃん、晴ちゃん、璃々お姉ちゃん、昴ちゃん、心ちゃん、涙ちゃん、うーちゃん、きーちゃん、向日葵ちゃん、愛衣ちゃん」

 

愛梨の問いかけに桜香はうなずいて、その場にいた皆の顔をみながら順番に名前を呼んだ。

 

 「皆の顔、しっかり見えてるよ♪」

 

 「わーい! お姉さまの目が治ったー♪」

 

 「きゃっ! もう、愛衣ちゃんったら」

 

嬉しさ余った愛衣が、桜香の胸にダイブした。

俺もさっき同じ事をしたと言うのは、恥ずかしいから黙っておこう。

 

 「愛衣。 嬉しいのは分かるが、少し落ちつけ」

 

そう言って愛衣を諌める愛梨だが、その表情は嬉しそうな笑顔に満ちている。

 

 「桜香。 こんなめでたい時に水をさして悪いが、早速ひと仕事だ。 もう皆、城の前に集まっている」

 

 「うん。 わかってるよ」

 

 

――◆――

 

城の前には、すでに街中の人が集まって溢れかえるほどだった。

皆が集まった目的は、平和際の開催宣言を兼ねた王の・・・・・つまり桜香の挨拶を聞くためだ。

 

毎年祭りの前には、この国の代表である者が国民の前で開催を宣言する。

桃香様が亡くなってからは毎年桜香がやっているらしいけど、俺は桃香様の頃しか知らないので桜香の挨拶を見るのは初めてだ。

 

 「おお、劉禅さまだ!」

 

 「劉禅さまーーーっ!」

 

桜香が皆の姿を見渡せる城壁の上に姿を見せると、集まった群衆から大きな歓声が上がった。

これだけでも、桜香にどれだけの人望があるのかが分かる。

 

桜香は歓声を送ってくれる皆に手を振ってから一度軽く礼をして、静かに話し始めた。

 

 「皆さん、まずはこんな青天の下で今日の良き日を迎えられた事を本当にうれしく思います。

 今年も多くの苦難があり、争いがあり、多くの人の血が流れました。 しかしそんな幾多もの壁を乗り越えて、私たちは再びこの日を迎える事ができました」

 

皆の前で臆することなく、堂々と挨拶を続ける桜香。

その姿は、まぎれもなく国を統べる王のものだった。

いつもの様に、のんびりとして少しおっちょこちょいな桜香の姿からは想像できないくらい立派に見える。

子供のころの姿しか記憶にない俺としては、嬉しくもあり、少し悲しくもある・・・・・なんて、これじゃあまるで父親の心境だな。

 

俺がそんな心境で見守る中、桜香は変わらぬ調子で挨拶を続けていく

 

 「そして、今年はとても素敵な出来事がありました。 皆さんも知っての通り、私たちの兄である関平さまがこの国に帰ってきてくれました。 それだけでも私にとっては十分すぎるほど幸福な出来事ですが、もうひとつ・・・・・知っての通り私は盲目ですが、実はある方のお力で今日一日だけ、皆さんと同じ様にこの両の目に光を映すことができるようなりました」

 

 「おおおおおおおおおーーーーーーー!!!」

 

 「奇跡だーーっ!!」

 

桜香の言葉を聞いて、集まった人々はまるで自分の事の様に喜んでくれる。

本当に、桜香は皆に慕われているんだな。

 

 「だから私も、今年は皆さんと同じ様にお祭りを楽しみたいと思います。 この蜀という国がここまで栄える為には、これまでに多くの犠牲が出てしまいました。 もちろん私の両親も、ここにいる皆さんの家族もその中にいたはずです。 そんな先人たちの命を無駄にしない為に私たちは一年でも、一日でも長くこの平和を維持しなければなりません。 だから皆さん、これからのこの国の変わらぬ平和とさらなる繁栄を願い、今日だけは全ての憂いを忘れ、この平和を高らかに謳いましょう。 ここに、平和際の開催を宣言します!」

 

 「オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

桜香が祭りの開催を宣言すると、群衆から今までで最大の歓声が上がる。

大気が震えるほどの歓声が、蜀の国中に響き渡った。

 

 

 「ふぅ~。 緊張したよー」

 

 「お疲れ様、桜香。 立派な挨拶だったよ」

 

 「うむ。 毎年のことながら大したものだ」

 

挨拶を終え、気の抜けた様子で戻ってきた桜香を、俺たちは称賛の言葉で迎えた。

 

 「ありがとう。 よ~し、挨拶も終わったし、これで皆で思いっきりお祭りを楽しめるね♪」

 

ぐ~っと両手を伸ばしながら、桜香が嬉しそうに言った。

 

 「ああ、その事だが・・・・・桜香、お前は今日一日兄上と一緒にいろ」

 

 「え? 愛梨ちゃん達は?」

 

 「祭りの間は人が多い。 全員で行動したのでは、思うように動けないだろう?」

 

 「実はね桜香、昨日皆で話し合ったんだよ。 今日は桜香にとって特別な日になるから、なるべく章刀と一緒にいさせてあげようってね。 ボクたちはボクたちで祭りを楽しむさ」

 

愛梨に続いて、隣にいた晴が補足説明してくれた。

っていうか、皆で話し合ったって・・・・・その話し合い俺は参加してないんだけど。

 

 「そーいうこと♪ だから桜香ねえさまは兄さまと思いっきりお祭りを楽しんできて!」

 

この件に関して一番文句を言うだろうと思っていた愛衣も、笑顔で提案を促してくれる。

 

 「でも、皆だってお兄ちゃんとのお祭りは久しぶりなのに・・・・」

 

 「なに。 兄上と一緒のお祭りは、また来年楽しめば良いのです。 しかし、桜香姉上の目が見えるのは、今年だけでしょう?」

 

 「そうですよ桜香様。 皆には遠慮しないで、おもいっきり章刀さまに甘えてきてください」

 

まだ遠慮している桜香に、皆が思い思いの言葉をかけてあげる。

それでも少し悩んでいた桜香だったが、皆の気持ちを受け止めた様子で頷いた。

 

 「ありがとう、皆。 それじゃあ、お言葉に甘えて・・・・・!」

 

そう言いながら満面の笑みを浮かべた桜香は、急に俺の手を取って・・・・・

 

 「行こう! お兄ちゃんっ♪」

 

 「あ、おいっ!?」

 

桜花は俺の手を取ったまま、勢いよく走りだした。

いきなり手をひかれた俺は、されるがままに桜香について行くしかない。

 

 「ちょっと、桜香・・・・・落ち付けって」

 

 「ダ~メ! ホントは、ずっとこうしたいの我慢してたんだから♪」

 

 「は~、分かったよ」

 

やれやれ・・・・・。

どうやら、これは諦めるしかなさそうだ。

 

だってこんなに嬉しそうに・・・・しかも自分の足で走る桜香の姿なんて、俺でも初めて見たんだから。

 

 

 

――◆――

 

 「ねぇお兄ちゃん、これは?」

 

 「それは赤。 りんごだよ」

 

 「じゃあじゃあ、これは?」

 

 「それは桃色。 桃だからね」

 

 「へぇ~、これが桃色なんだぁ♪」

 

自分の髪の色と同じ美味しそうな桃を手にとって、桜香は御機嫌だ。

目が見えるようになった桜香が一番興味を持ったのは、街中に溢れる様々な“色”だった。

 

当然と言えば当然だけど、今まで言葉と触感でしか知ることのできなかった物の色を知ることが、とてもうれしいらしい。

 

桜香に手をひかれるまま街に来てから既に一時間近くが経つけど、ずっとこの調子だ。

店先に並んだ果物や花、装飾品だけでなく、店に使われているただの木の色でさえ、桜香にとっては初めて見る物なんだ。

その様子があまりにも嬉しそうで、俺は桜香から次々と来る質問に全部答えてあげた。

 

 「じゃあ、次はね・・・・・・」

 

 「おーかさまー!」

 

 「?」

 

目を輝かせて次の質問をしようとする桜香の後ろから、彼女の名前を呼ぶ声がした。

声のした方を見ると、数人の子供たちがこっちに走ってきているのが見えた。

この前、俺に声をかけてくれた子供たちだった。

 

 「おーかさま、かんぺいさま、こんにちは♪」

 

 「はい、こんにちは」

 

 「こんにちは、皆」

 

前と変わらない元気の良い挨拶をしてくれる子供たちに、俺も桜香も笑顔で応える。

すると子供たちの中の一人が、桜香の顔を覗き込みながら不思議そうに首を傾げて言った。

 

 「ねぇ、おーかさま。 どうしてきょうはおめめがあいてるの?」

 

 「ん? これはねぇ、神様にお願いして今日一日だけ魔法をかけてもらったの♪」

 

 「まほう? すごーい!」

 

桜香の答えを聞いて、子供たちは目を輝かせた。

魔法か・・・・・まぁ、あながち間違ってないかもな。

 

 「それじゃあおーかさま、きょうはいっしょにあそべる?」

 

 「うん! 遊べるよ」

 

 「ほんと!? あそぼー、あそぼー♪」

 

 「わーい! おーかさまといっしょー!」

 

桜香がうなずくと、子供たちは皆両手を上げて大喜びだ。

だけど・・・・・・

 

 「いいのか桜香? 他にもまだ見たいものがあったんじゃ・・・・」

 

 「ううん、いいの。 こうやって皆と遊ぶのも、私の夢だったんだ♪」

 

 「・・・・・そっか」

 

桜香がそう言うのなら、俺は精一杯それに付き合おう。

 

 「よーし! それじゃあ、皆で遊ぶか!」

 

 「わーーい!」

 

それから子供たちに囲まれながら、俺と桜香は祭りでにぎわう街の中を忙しく動き回ったのだった。

 

 

――◆――

 

 「ふぅ・・・・疲れたな~」

 

 「ホント。 子供たちは元気だね~」

 

出店の前に置かれた木の椅子に腰かけて、俺と桜香は息を吐いた。

子供たちが満足するまで遊んで、分かれた頃には既に夕方になっていた。

 

子供たちの元気には参ったもので、俺も少々息切れ気味だ。

普段の病弱な桜香ならこれだけ動くのは無理なはずだけど、華佗先生の治療のおかげなのか今日はかなり調子が良いようだ。

 

めいいっぱい遊んだ子供たちは、満足そうな顔でそれぞれの親の所に戻っていた。

理由は皆同じ。

そろそろ、この祭りのメインが始まる時間だからだ。

 

 「さて、俺たちもそろそろ行こうか」

 

俺は座っていた椅子から立ち上がり、桜香に声をかけた。

 

 「行くって・・・・・どこに?」

 

 「決まってるだろ? 花火を見にだよ」

 

 

――◆――

 

 

 「さぁ、着いたぞ。 ここだ」

 

 「着いたって、ここ・・・・・」

 

俺に手をひかれてこの場所まで着いてきた桜香だが、辺りを見回しながら少し不満そうな表情だ。

まぁ、無理もないか。

桜香にとってこれほどなじみの場所もない。

 

 「ここ、お城の城壁だよ?」

 

そう言って、桜香は頬を膨らませる。

どうやら俺にからかわれていると思っているようだけど、もしそうなら心外だ。

 

 「そうだよ、ここで良いんだ。 街中でここからが一番花火が良く見えるんだ」

 

 「ホント!?」

 

俺が答えると、桜香は表情をころっと変えて目を輝かせた。

 

嘘じゃない。

いや、街中で一番・・・・・かどうかは正直保証できないが、普通に街中から見るよりは間違いなく綺麗に見える事は確かだ。

現に、俺は子供の頃毎年ここから父さんや皆と花火を見ていた。

ここは、俺たち家族しか知らない特等席なのだ。

 

だけど、今夜は愛梨や他の皆の姿は見えない。

きっと、桜香と俺に気を遣ってくれているんだろう。

 

 「さぁ、もうそろそろ始まるぞ」

 

もうとっぷりと日は沈み、良い感じに空は暗くなっている。

俺は昔の感覚を頼りに、いつも花火が上がる方角の空へ目を向けた。

 

 「いよいよ、花火が見られるんだね」

 

桜香も俺と同じ方角を見ながら、声を弾ませる。

 

だけど・・・・・・・

 

 「・・・・やっぱり、怖いか?」

 

 「へっ!?」

 

俺の突然の質問に、桜香は少し驚いたように声を上げた。

 

桜香の顔は、確かにうれしそうだった。

けれど、その表情とは裏腹に先ほどから小刻みに震えている両肩を、俺は見逃せなかった。

 

 「怖い・・・・のかな? 自分でもよくわからないんだ。 花火を見るのは楽しみなはずなのに、勝手に身体が震えちゃうの」

 

桜香は震えを抑えるように自分の両肩を抱きながら、申し訳なさそうに苦笑した。

 

きっと桜香自身、心と体の整理がついていないんだろう。

 

心では受け入れていても、幼いころの経験が反射的に身体で拒絶しようとしてしまう。

幼いころからの十数年間、毎年感じていた恐怖は、それほどまでに桜香の傷になってしまっていたんだ。

 

だけど、もう桜香は怯える必要はないんだ。

今日、生まれて初めて自分の目でこの世界を見て、花火の美しさを知って、これから先の平和際も一緒に楽しめるようにしたい。

たとえ、今日一日で彼女の光が失くなってしまうとしても。

今日のこの日は、その為にあるんだから。

 

俺は桜香の右手を取って、優しく握りしめた。

 

 「大丈夫。 俺が一緒にいるよ」

 

 「お兄ちゃん・・・・・。 うん、ありがとう♪」

 

 

俺に握られた手を見つめながら、桜香は笑った。

その肩からは、もう震えは消えているようだった。

 

その時・・・・・

 

“ジャーン! ジャーン!”

 

 「お、始まるぞ!」

 

街中に、花火の開始を知らせる銅鑼の音が響き渡った。

毎年この音を合図に、街中の人々が夜空を見上げる。

 

“ヒュ~~・・・・・”

 

静かな夜の空に、一粒の光の玉が甲高い音を上げて打ち上げられた。

光の玉は尾を引きながら、高く高く空を登っていく。

 

 “ギュ・・・・・”

 

その光の玉を見つめながら、桜香は反射的に目を閉じてしまった。

俺の手を握る右手にも、力がこもる。

 

俺は、その手をもう一度握り返した。

 

 「大丈夫。 目を空けて」

 

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

俺の囁きに答えるように、桜香は俺の手を握りしめながら、閉じていた目をゆっくりと空ける。

 

そして・・・・・・

 

 

 

 

“ドオォォォォーーーーーーーン!!!!!!”

 

 

 

 

 

雲ひとつない漆黒の夜空に、大きな大きな一輪の光の花が咲いた。

堂々と咲き誇った光の花は強く、それでも優しい光で蜀の街を照らす。

 

 「!・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

初めてその光を見た桜香は、言葉もなくただただ目の前に咲いた光の見つめていた。

 

 「これが・・・・花火・・・・・・」

 

少し驚いた様な表情のまま、桜香は自然とこぼれたように言葉をもらした。

その後目を細めて、目の前の光を慈しむ様な優しい表情に変わる。

 

 「すごく、綺麗・・・・・・」

 

心の中を、そのまま口に出すように呟く桜香。

俺は、その言葉に対してあえて何も答えなかった。

 

どうだい桜香。

綺麗な光の花だろう?

これが、父さんたちが勝ちとった平和の象徴なんだ。

 

お前が、子供のころからずっとずっと怯えていたものは、本当はこんなに素敵なものなんだ。

だからもう、怖がる必要はないんだよ。

 

・・・・なんて、本当はいろいろと言いたい言葉はあったけれど。

今は言葉で語るよりも、ただ桜香と一緒に、この平和の象徴を眺めていたかったから。

 

 

“ドオォォォーーーーーン!!”“

 

“ドドオォォォーーーン!!”

 

激しい音を立てて打ち上げられた花火は、次々に夜空に咲き誇っては静かに消えていく。

 

今、桜香はこの花火を見ながら何を考えているのだろう?

いったいどんな気持ちで、花火を見つめているのだろう?

 

俺にそれを知る術は無いけれど、少なくとも今までの様に桜香にとっての恐怖の対象ではなくなっているはず。

毎年、母親の腕に抱かれながら耳を塞いで震えていたあの音とは、きっと違うものに感じているはず。

 

それは、俺の手を握ったままの桜香から伝わる優しい力で確信が持てた

 

“ドドドオォーーーーン!!”

 

“ドオォーーーーーン!!!”

 

 

 

そうしている間にも、空には次々と花火が打ち上げられていく。

時間というのは無限じゃない。

特に楽しい時間ほど、残念なほどに早く過ぎていく。

この幸福な時間も、少しずつ終わりに近づいていた。

 

 「・・・・・ねぇ、お兄ちゃん」

 

 「ん?」

 

そんな中、桜香は手を握ったまま静かに俺を呼んだ。

俺が返事をすると、桜香は花火から俺へと視線を移した。

 

そして知らぬ間に頬を流れていた涙をぬぐうこともしないまま、彼女は笑った。

 

 「私ね・・・・・・。 今日見た事、一生忘れないよ♪」

 

この時の桜香とよく似た笑顔を、昔見た事がある。

これは確か・・・・・桃香さまが父さんに向けた時の様な、優しい笑顔。

 

 「・・・・・ああ」

 

この時だけは、俺も花火から目を反らして桜香と向き合った。

 

青い瞳から涙を流して笑う桜香の笑顔は、俺には今目の前で光る花火よりもずっと眩しく、そして暖かく思えた。

 

 

 

 

“ドドオオォォーーーーーン!!!”

 

 

 

その後も、俺たちは最初と同じ様に何も言わぬまま、最後の一発が終わるまで夜空を見つめていた。

その間、桜香の瞳から涙が止まる事はなかったけれど、俺は何も言わないまま彼女の手を握り続けいていた。

 

 

 

今日、この一晩の奇跡を――――

 

 

 

夜空に咲いた花束を――――――――

 

 

 

きっと桜香は、その心に刻みつけてくれたと信じて――――――――――――

 

 

――◆――

 

 「はぁ~、今日は本当に楽しかった♪」

 

 「ああ、そうだな」

 

無事祭りも終わり城に戻った俺は、桜香と一緒に彼女の部屋に来ていた。

部屋に入るなり桜香は寝台に仰向けに倒れこみ、両手を投げだして大の字になった。

 

昼間あれだけ賑わっていたのがウソの様に辺りは静かで、桜香の軽い体重で寝台が微かに軋む音さえやけに大きく聞こえた。

 

 「なんだか、今日一日夢を見てたみたい」

 

仰向けに寝転び、天井を見ながら桜香が言った。

まだ興奮が収まっていないのか、その声は少し弾んでいるようだった。

 

 「夢なんかじゃないさ。 今日桜香が見たものは、全部現実だよ」

 

そう言いながら、俺は寝ている桜香の横に腰かける。

 

  「うん、そうだね。 街の景色も、花火も、お兄ちゃんたちの顔も、皆本物だった。 ・・・・・・私以外のほとんどの人は、毎日こんな素敵な世界を見てるんだよね」

 

 「ああ・・・・・」

 

少しだけ寂しそうな桜香の言葉に対して、俺は頷くことしかできなかった。

 

当然、目が見えると言う事は良いものばかりが見える訳じゃない。

大切な人の死や、たくさんの戦いや、見たくないものだって見なければならない事もある。

 

けれどそんな事を言ったとしても、今の桜香には気休めにもならないだろう。

 

 「やっぱり、少し後悔してるか?」

 

その質問を口にしながら、俺は桜香の顔を見る事が出来なかった。

『後悔してる』・・・・・その答えを、桜香の口から聞くのが怖かった。

 

だけど桜香は寝ていた体を起して、そっと俺の手をとって笑った。

 

 「後悔なんてしてないよ。 言ったでしょ? 私は目が見えなくたって十分幸せだって。 ただ、今日一日がいつもより飛びぬけて幸せだっただけ。 明日元の私に戻っても、また普通の幸せな日が続くんだよ♪」

 

 「桜香・・・・・・」

 

“普通の幸せな日”、か・・・・・・・なんていうか、桜香らしい。

きっと桜香は、これからも変わらず笑って毎日を過ごして行くんだろう。

そしてそんな笑顔に、俺たちは何度も勇気をもらうんだ。

 

 「桜香は強いな。 どんな時だって、笑ってられるんだから」

 

 「強くなんかないよ。 ただ、笑って自分をごまかしてるだけだもん。 今だって、本当は少し寂しいんだ」

 

そう言いながら、俺の手を握る桜香の手の力が少しだけ強くなった。

 

 「・・・・今夜で、もうお別れなんだよね」

 

その顔に、さっきまでの笑顔はなかった。

華佗先生が言っていた治療の効果は、今日一日。

つまりこのまま眠って朝目が覚めれば、きっと桜香の目に俺は映っていないだろう。

 

だけど俺は、うつむく桜香の頬に手を当てて、そっと顔を上げさせた。

 

 

 「お別れなんかじゃないよ」

 

 「え?」

 

 「確かに、もう顔は見えなくなっちゃうかもしれないけど、桜香の傍から俺がいなくなるわけじゃない。 桜香が俺の名前を呼べば返事をするし、手を伸ばせば触れることだってできる」

 

 「お兄ちゃん・・・・・」

 

当たり前の事の様に感じるけれど、これはとても大切なことなんだ。

俺が未来の世界にいた間、桜香は俺の声を聞く事も、触れることだってできなかった。

それに比べれば姿が見えないくらい、別れの内になんて入らない。

 

 「約束するよ。 俺はもう昔みたいに、黙って桜香の傍からいなくなったりしない。 これからは、ずっとここにいるよ」

 

 「・・・・うん。 ありがとう♪」

 

頬をなでる俺の手に自分の手を重ねて、桜香は目を細めた。

 

 「ねぇ、お兄ちゃん。 最後にひとつだけ、わがまま言ってもいい?」

 

 「ん?」

 

そう言うと、桜香は俺の手をとったまま再び寝台に横になった。

 

 「今日はこのまま、一緒に寝て欲しいの」

 

 「ああ。 今夜はずっと一緒にいるから、ゆっくりお休み」

 

 「ありがとう。 おやすみ・・・・・お兄ちゃん」

 

 「ああ、おやすみ」

 

母親譲りの桃色の髪を撫でてやると、桜香は気持ちよさそうにゆっくり目を閉じる。

きっと、今日一日動き回って疲れたんだろう。

それからすぐに、小さな寝息が聞こえて来た。

 

 「どうか明日になっても、幸せな桜香のままでありますように・・・・・」

 

髪を撫でながら俺はそう呟いて、しばらく桜香の気持ちよさそうな寝顔を眺めていたのだった――――――――――――――――――――――――――――

 

―――――――――――――――――

 

――――――――――

 

 

 

・・・・次の日、目が覚めた桜香の目は、やっぱりもとに戻ってしまっていた。

 

けれど桜香の顔から笑顔が消える事はなく、むしろ今までよりもその笑顔が明るくなったのではないかと兄妹たちの中で話のタネになっていた。

 

俺の自己満足なんかではく、今回の一件は桜香にとっても、皆にとっても良いものになったはず。

 

ちなみに余談だが・・・・・・・この先もずっと毎年平和際は行われ、そこで皆と一緒に笑顔でお祭りを楽しむ桜香の姿が見られるのは、まだもう少し先の話だ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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