(群雄割拠編 其の二 乱世の始まり)
中央で華琳が勢力を伸ばしつつある中で、華北では名門袁家の当主である麗羽が白馬義従を中核とした白蓮率いる公孫瓚軍をあっさりと駆逐し勢力を拡大していた。
そしてもう一つ、江東で力を蓄えている者がいた。
先の戦いで功績をあげながらも袁術の属将であったために褒美を与えられなかった孫策だった。
袁術と江東に戻った後、雪蓮は盟友である冥琳が感心するほど、水面下で動いていた。
まず半ば人質にされている妹の孫権達と連絡を密にし、江東各地に散っている味方とも連絡をとっていた。
何よりも行動的になったのは天の御遣いである一刀を手に入れたことが大きな要因であることは冥琳や祭からみればすぐにわかった。
「一刀には悪いけどしばらくは服を違うのに着替えてもらうけどいいわよね?」
「そりゃあ、別にいいけどなんでだ?」
「あのね、公には行方不明なっていることを忘れてない?それなのに堂々と表なんかいたらそれこそ危ないわよ」
何がどう危ないのだろうかと聞こうとする前に、冥琳が軽く堰をして割り込んできた。
「つまりだ。北郷を狙う者達が未だ勢力を確立させていない我々に襲い掛かればひとたまりもないというわけだ。特に身近な袁術などに知られればそれこそ危ないということだ」
天の御遣いが無事だと広く宣伝しては皇帝が知ることなり、その皇帝を擁している華琳に攻める口実を与えてしまうことを恐れていた。
もちろん、その前に袁術に何かと差し出すようにと言われる可能性もあったため、堂々と表に出すのであれば他と対等に争えるだけの力を得てからでも遅くはなかった。
そして冥琳はうまく天の御遣いというものを利用できれば雪蓮の力を大きくさせることができるとも考えていた。
「一刀を無事に皇帝のところに戻すって約束を果たすためにはそれが一番、安全なのよ」
「なるほどね」
自分との約束を守ってくれていることに感謝する一刀がだ、疑問に思うことがいくつかあった。
「そういえば、袁術を叩くって言うけど、どうやるんだ?袁家っていえばかなりの力を持っているし、簡単にはいかないんじゃないのか?」
「すでに段取りはしている。あとは好機を待つだけだ」
軍の質からすれば孫策軍の方に有利だが、兵力を比べると話にならないほどの差が開いているため、慎重に事を進めなければならない。
いかに雪蓮や冥琳の才能が勝っていても兵力が足りなければただの蛮勇でしかない。
「外からと内からと攻撃をすればいかに袁家といってもひとたまりもあるまい」
「それに独立できたとしても当分は動けなくなるからそのことも考えないとね」
「珍しくまもとなことを言ったな」
「何よ、私だってそれぐらいのことは考えているわよ」
ぶーぶーと文句を言う雪蓮を冥琳は軽く受け流していく。
お互いを信じあっているからこそ、仲良くしているように見えるんだなと一刀は二人の友情が羨ましかった。
「一刀?」
気がつくと二人に見られていた一刀は思わず照れてしまった。
「い、いや、二人ともすごく仲がいいなあって思っていたんだ」
「それはそうよ。私達は断金の仲なのだから、ねぇ~冥琳♪」
「ただの腐れ縁でしょう」
「あ~~~~~冥琳のいじわる~~~~~」
「はいはい。それよりも北郷、お前に一つ聞きたいことがあるのだがいいか?」
「あら、冥琳ったら閨の相談でもするの?」
言った後に雪蓮の頭に冥琳の拳骨が容赦なく降り注いだ。
「いた~~~~~~い。何するのよ」
「お前が変なことを言うからだ。まったく」
「変なことじゃないわよ。ねぇ~一刀」
「いや、冥琳の言うとおりだと思う」
うんうんとうなずく一刀に雪蓮は子供が拗ねたように唇を尖らして抗議の声を上げた。
「一刀って知らない間に冥琳を真名で呼んでいるし、もしかして私が知らないところであんなことやこんなことしているんじゃ……いた~~~~い」
最後まで言い切る前に冥琳からの二度目の拳骨が雪蓮の頭に落ちた。
「かずと~~~~~冥琳が暴力振るう」
「いや、それは雪蓮が悪いような」
「一刀まで冥琳の肩を持つんだ~」
ますますいじける雪蓮を他所に冥琳は再度、一刀に話しかけた。
「北郷、お前は雪蓮と約束を交わした条件として皇帝のもとに戻ることを望んでいるが、そうまでして戻りたいと思わせるほどの人物なのか?」
華琳の傀儡になっている皇帝を救い出すというのは言葉では賞賛に値するものだが、実行するには洒落にもならないほどの問題が蓄積されていた。
ましてや今の自分達はそれらの問題を解決するためのスタートラインに立ってもいなかった。
「価値があるかどうかは俺と雪蓮達とでは違うと思う。でも、この世界に来て拾ってくれたのが彼女だ。恩返しをするのは当然だろう?」
「恩返しのためだけに戻るのか?」
「う~ん、それだけではないけどね。まぁこれ以上は秘密ってことで許してくれないか?」
両手を合わせて詫びる一刀に冥琳もそれ以上は言わなかった。
「どっちにしてもまずは孫呉の再建が先ね。そうしないと一刀の約束は果たせないもん」
「そうだな。でも雪蓮ならできると思うよ」
「ありがとう♪」
素直に感謝する雪蓮は嬉しそうだった。
「俺は俺の目的のために、雪蓮は雪蓮の目的のために協力しよう」
「そうね。そのためにはしっかり働いてもらうわよ。冥琳、いいわよね?」
「やれやれ。北郷、お前には時間があるときは勉強をしてもらう。いいな?」
「ああ。俺も今回のことで思い知らされたからね」
自分がとった行動で多くの者に迷惑をかけてしまった。
本当なら死ぬこともなかった者もいたかもしれない。
雪蓮から捕まった後のことを聞かされたとき、天の御遣いという名に自分が知らず知らずに溺れていたのではないかと思った。
何よりも月を討ち取られたと聞かされたとき、ショックが大きくしばらく食事もとることができなかった。
「しかし奇妙なものだな」
「なにが?」
「北郷の勉強を教えてもいずれ敵になるかもしれないというのは妙なことだと思ったのだ」
「あ~それは大丈夫じゃないかしら」
冥琳の不安に対して雪蓮はあっさりと否定した。
「一刀と私達は敵対することはないと思うわ」
「絶対という保障はどこにもないぞ?」
「勘よ」
雪蓮がそう答えると冥琳は言葉を失ったのか、しばらく雪蓮をじっと見つめた後、軽く息をついた。
「というわけだ。本格的に勉強を教えるのは事がなった後になるがよいか?」
「俺はいいけど、冥琳は雪蓮の勘を信じているのか?もしかしたら本当に敵同士になるかもしれないし」
「信用しろとは言わん。ただ、雪蓮に関しては嘘ではないことは言える」
よほどの信頼がなければいかに断金の仲といっても不安を感じるのは当たり前のことだったが、一刀からみれば雪蓮を本気で信頼しているのが伝わってくる。
「さあて、とりあえずそろそろ好機だ。数日中に我々は決行することになる。北郷、しっかり学ぶように」
「わかった。よろしくお願いします」
「じゃあ前祝いの酒でも呑みましょう♪」
「「……はぁ」」
一刀と冥琳はこの時初めて、同じ気持ちになったような気がした。
冥琳の言うとおり、孫呉の独立の好機はその三日後にやってきた。
朝から呼び出された雪蓮は欠伸をしながら歩いていき、袁術の前にやってきた。
「朝から呼び出すなんてまた何か面白いことでもあったのかしら?」
挑発的な言葉を投げつける雪蓮に対して袁術はこの上なく上機嫌に答えた。
「孫策、妾はよいことを思いついたぞ」
「よいこと?何かしら?」
どうせつまらないことでも思いついたのでしょうと毒づく雪蓮。
「妾は劉備を討とうと思っているのじゃ」
「劉備?何かちょっかいでも出してきたの?」
「この国の民が劉備さんのところに流れているんですよ~」
袁術の傍に控えている張勲は実に困ったといった口調で代弁してきた。
「初めは何かの冗談かと思っていたんですけど、このところ、民が次から次と徐州へ流れているんですよ。これっておかしくないですか?」
「確かにおかしいわね」
雪蓮の知るところでは先の戦の恩賞として徐州牧に就任した桃香はすぐに善政を布いていた。
徐州はそれほど豊かな土地ではなかったが、それでも桃香を慕う民が各地からというよりもそのほとんどが袁術の支配している江東から流出していたのだった。
すでに数千人の民がいなくなっており、さすがの袁術も異変に気づき慌てて対策を立てようとしていた。
(でも、流出しても仕方ないわよね)
名門袁家といっても善政を布いている訳でもなく、かといって悪政を布いているわけでもなかったが、平たく言えば何もしない採取するだけの存在でしかなかった。
税率が高いというわけでもないが、豊作凶作関係なく一定の税をとられているため民からすれば不安でしかたなかった。
そこへ徐州牧に就任した桃香の評判を聞いて民が流れるのもある意味ではあってもおかしくないことだった。
「それにですね、先の戦の敵将を匿っているっていう噂があるんですよ」
「敵将?」
「呂布さんです」
「へえ~」
雪蓮も呂布の強さは聞いていた。
一人で数千ものの敵兵をなぎ倒した天下無双の武人でありぜひ手合わせをしてみたいものだと思っていた。
そんな天下無双の武人が桃香のところにいるの理由はわからなかった。
「そんなわけで妾は劉備を攻めるつもりじゃ」
「そう。頑張ってね~」
「何を言っておる。孫策もいくのじゃぞ」
「私が行っても役に立つのかしら?」
今の立場を考えての発言ではなかった。
ここに冥琳がいればこめかみを押さえていたに違いなかったが、雪蓮しかいなかったのが不幸なのか幸運なのかわからなかった。
「もし手柄を立てれば望みを叶えるぞ?」
「あら、ずいぶんと気前がいいのね」
「当然じゃ」
その当然を何度も覆したことをここで並べてみようかと意地悪なことを考える雪蓮だが、徐州へ出兵するということは当然、江東が手薄になる。
それならば一部の兵で参加して残りで留守を狙うことも可能だった。
「いいわ。貴女の指示に従うわ」
この好機を逃しては孫呉の独立は果たせないと直感した雪蓮は参加することを快く受け入れた。
「これで徐州は妾のものなのだ」
「よかったですね、お嬢様♪」
袁術の喜びように同じように喜ぶ張勲。
どこまでも能天気な二人を見て雪蓮も自然と笑みが浮かんでいた。
「一つ私からお願いがあるんだけどいいかしら?」
「何じゃ?」
「うちの兵をいくらか返して欲しいんだけど。返してくれたらしっかり貴女のために働いてあげるわ」
「おお、よいぞよいぞ」
自分のために働くから兵を返せと言われた袁術だが、上機嫌にそれを受け入れた。
勇猛果敢な孫呉の兵士も先代の当主である堅を失ってから袁術に無理やり組み込まれていた。
無論反発したものもいたが、圧倒的な兵力を擁する袁術軍の前になすすべもなく駆逐させていった。
そして組み込まれた者達も雪蓮がいたからこそおとなしく従っているだけであって、志は雪蓮とともにあった。
「話はそれだけじゃ。七乃、ハチミツを持ってきてたもう」
「わかりました♪じゃあ孫策さん、途中まで一緒にいきましょうか」
「そうね。それじゃあ出陣の日を楽しみに待っているわ」
礼をとり雪蓮は張勲とともに部屋を出て行った。
扉を閉じると張勲こと七乃は笑顔を崩すことなく雪蓮に話しかけてきた。
「孫策さん、実はお返しする兵なんですけど」
「あら、今になって返さないって言うの?」
「いえいえ。そんなことは言いませんよ。ただ、返すのは一千だけにしてもらえませんか?」
予想していた数よりも多少は多かったことに雪蓮は驚いたが表情には出さないで聞き返した。
「一千でも十分ありがたいけど、何か気になることでもあるようね」
「わかっちゃいますか~。じゃあ隠さずお話しますね」
ゆっくりと歩きながら七乃は雪蓮に話していく。
「実は江東で妙な動きをしている人が幾人かいるみたいなのですよ」
「へえ~。それで?」
「お嬢様がいない間にその人たちがよからぬ事を考えているのではないかな~って思ったんです」
自分達の企みをまるで見透かしているかのような発言にさすがの雪蓮も一瞬ひやっとした。
「まぁ大丈夫だと思いますけどね」
「えらく自信があるのね」
「そんなことないですよ~。ただ、そうなったらいろんな意味で面白いかなって思っただけです」
七乃の笑顔に油断できないものを感じながら雪蓮はふと足を止めた。
「どうかしましたか?」
「あんた、もしかして袁家なんてどうなってもいいなんてことは考えてないわよね?」
「はい?」
首をかしげる七乃から真意がなかなか読み取れない。
雪蓮はまっすぐに七乃を鋭い視線をぶつけていたがそれに怯んでいる様子がまったく感じられなかった。
「そんなことないですよ~。きちんとお嬢様のことは考えていますし」
「お嬢様のこと……はねぇ」
今の言葉でなんとなく七乃の考えていることに触れたかなと思い、雪蓮はそれ以上追求はしなかった。
「とりあえず残りは返せないので、一千だけは返しますね」
「ありがとう」
理由を聞き出せなかったが、兵を返却されたことで行動に移しやすくなったことに感謝をした。
それから一月ほどして出兵の準備が整った。
袁術はもはや勝利を疑うことなく上機嫌で毎日のように蜂蜜水を飲んでおり、その仕草を見て七乃は幸せな表情を浮かべていた。
その傍らで雪蓮達はもう一つの計画について最終確認をしていた。
「遠征についていくのは私と祭、あと明命。残りは冥琳の指示に従うように知らせてあるわ」
「私がついていかなくても大丈夫かしら?」
「今回は冥琳には後ろでいて欲しいのよ。それに余計な人数をこっちに割く余裕なんてないわ」
ただでさえ少ない兵力で事を成功させようとしているのだから、限られた力で最大限の効果を得ることが最低条件だった。
「一刀は冥琳のそばにいること。勝手なことはしないでね」
残留組に回っている一刀の行動に釘を刺す雪蓮。
「わかっているよ。勝手なことはしない」
「よろしい♪もしした場合は冥琳の鞭が問答無用で飛んでくるから気をつけなさいね」
「鞭で打たれる趣味はないよ」
一刀の返事に雪蓮は笑みを浮かべた。
「それよりも雪蓮の方が心配だよ」
「あら、どうして?」
「陣中で酒を呑み過ぎないか不安なのさ」
ましてや付いていく将は酒豪の黄蓋こと祭では余計に心配であり、そんな二人を抑える役に周泰こと明命が出来るかどうか不安だった。
「なんじゃ北郷。儂らが戦場でも酒を飲み明かしておると言いたいのか?」
「そ、そんなことはないけど」
「安心せい。戦場では酒に溺れるようなことはない」
溺れることはないかもしれないが結局、呑まないとは言わない祭。
「それに、今回は儂も策殿も酒に現を抜かしては堅殿の叱られるわ」
祭自身も今回がどれほど自分達にとって重要なことなのかしっかりと理解していた。
いつになく真剣な表情の祭に一刀も冗談を言えなくなった。
「儂らの心配よりもお主らの方が心配じゃ」
「ご安心を。すでに手はずどおりに動き始めております。あとは出陣して空城になるのを待つだけです」
緻密な計画を練っている冥琳だからこそ言える言葉だった。
「江東の各地に潜伏している者達も今か今かと待ち望んでいることじゃろうな」
「そうですね。しかしあせりは禁物……ゲホッゲホッ」
話をしている途中で冥琳は口を押さえて咳き込んだ。
「冥琳、大丈夫?」
「ええ、少し咳き込んだだけ。大丈夫」
息を整えて冥琳は雪蓮に向けて笑みを浮かべた。
「体調管理はしっかりしておくのじゃぞ。まだまだお主には働いてもらわなければならんのじゃし」
「わかっております」
はっきりとした口調で祭にも答える冥琳。
「それじゃそろそろ行ってくるわ。帰ってきたら皆で祝いの酒を酌み交わしましょう♪」
「ああ。雪蓮達も気をつけて」
雪蓮と祭が部屋から出て行くと、一刀はふと冥琳の方を見た。
「冥琳、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「最近、身体で変な感じがしなかった?」
「変な感じ?」
一刀の言葉に冥琳は最近の自分の体調について考えた。
ここ最近になって孫呉の独立のために多忙な日々を送っていただけに眠る時間を削っており、時折、咳き込むことがあったが少し休んだらなんともなかったためあまり気にしていなかった。
「まぁたいしたことはないだろう。それよりも今はわが身よりも大切なことがある。そちらを優先する」
「冥琳……」
それでも一刀は不安で仕方なかった。
もしかしたら冥琳は病気にかかっているのではないかと思った。
彼の知っている人物であれば、冥琳が自覚していない間にも病魔が彼女の身体を蝕み始めているのではないかと考えた。
「やっぱりダメだ。一度だけでいいから医者に診てもらってくれないか」
「なぜそこまで医者に診せようとする?お前からすれば我々は皇帝から連れ去った敵なのだぞ?」
「確かにそうだけど、それでも協力している以上、少なくとも敵ではないよ。それに冥琳に何かあれば雪蓮が悲しむ」
自分がいなくなって不安にさせてしまっている百花のことを思い出しながら、一刀は冥琳に自分のことだけではなく雪蓮のために診てもらって欲しいと思っていた。
「わかった。医者に診てもらう。だが、それは孫呉の独立がなってからでよいか?」
「本当は今すぐに診てもらって欲しいんだけどね」
「こればかりは譲れん」
「わかった。でも、独立ができればすぐに連れて行くから」
一刀の自分に対する心配に冥琳は目を細め、やがて薄っすらと笑みを浮かべた。
「なるほど。雪蓮がつれてくるわけだ」
「うん?何か言った?」
「いや、お前はお人好しだなといっただけだ」
冥琳は雪蓮がなぜ目の前の男を戦場の中から奪ってきたのか初めは理解できなかった。
しかも戦下手で本当に天の御遣いなのか疑ったこともあった。
だが、江東に戻ってから何度か質問をしているうちに、自分達とは違った考えの持ち主だと思った。
天の御遣いという存在がもしかしたら雪蓮にいい効果を齎すかどうかもう少し見てみる価値があると思い、今回の遠征に行かせなかったのが彼女の本音だった。
「そういえば北郷、雪蓮が言っていたことは実行するのか?」
どことなく意地悪な笑みを浮かべる冥琳に一刀は顔を赤くしていた。
「冥琳まで……。勘弁してくれよ。孫呉のために協力はするとは言ったけど、孫呉に天の血を混ぜるだっけ、要するに閨をともにしろってことは悪いけど断るよ」
「だが、孫呉のためというのであれば協力するのが当然ではないのか?」
「そこまで言わない雪蓮が悪いよ」
「そこまで聞かなかったお前も悪い」
意地悪を言われて一刀は顔を手で覆いたくなる気分になる。
正直なところ、一刀から見ても雪蓮や冥琳、それに祭は十分に魅力的な女の子だった。
約一名ほど女の子というべきなのだろうか真剣に悩んだが、それでも一刀からすればそう見えるのは色んな意味で重症なのかもしれなかった。
そんな彼女達やまだ会っていない孫権達と交わり、孫呉に天の血を混ぜようと雪蓮に言われた時、一刀は驚きと同時に即座に否定をした。
「しかも断る理由も皇帝が怖いからだとは」
「俺が無事に戻って万が一、誰かが子供を産んでいたら間違いなく俺、怒られるじゃすまないんだよ」
「そんなに怖いのか?」
「一度、侍女の話をしていたときに可愛い子だねって言ったら足を思いっきり踏まれた」
「ほう、それはまた興味深いな」
冥琳は興味を示すだけですんでいるが、実際踏まれた一刀は涙が出るほど痛く二、三日ほど足を引きずるはめになった。
「まぁそんなわけでお断りしているんだ」
「本音は?」
「我慢するのって命がけだなあって思ってます」
思わず本音を漏らす一刀に冥琳は呆れているのか、それとも馬鹿正直に感心しているのかわからなかったが笑みを崩さなかった。
「せいぜい頑張ることだ」
「冥琳が守ってくれるとありがたいんだけどなあ」
「私が?どうだろうな」
それだけを言い残して冥琳は部屋を出て行った。
袁術動く。
その報は徐州の桃香達に伝わってきた。
「ど、ど、どうしよう」
桃香は就任して平和な日々を送っていた中でいきなり攻めてこられて混乱していた。
「まずは落ち着いてください、桃香様」
慌てる義姉を力強い口調で落ち着かせようとする愛紗だが、桃香はそれどころではなかった。
「だって袁術さんの大軍が攻めてきているんだよ」
「わかっております。だからこそ冷静になって対処するべきなのです」
桃香の慌てる気持ちも愛紗はわからなくもなかった。
十万という大軍を聞けば誰でも浮き足立つのは当たり前だったが、だからといっていつまでも何もしないわけにはいかなかった。
「愛紗さん」
そこへ朱里と彼女の親友である龐統こと雛里が入ってきた。
「どうだった?」
「やはり十万以上いますね。それとその中に孫の軍旗もありました」
「孫策さんもいるの!」
連合軍で共に戦いその実力を知っているだけに桃香の恐怖心はさらに膨れ上がっていく。
「それでこちらの兵力はどれぐらいだ?」
「もともといた州兵と徴兵した兵、それに義勇軍時代の兵と白蓮さんの白馬義従の生き残りを合わせて三万ほどです。あとは訓練の終わってない兵二万だけです」
すべてを合わせても五万と、袁術軍の半分の兵力しかなかった。
しかも徐州という土地は攻めるには易く守るには困難なところであり、数でこられたらどうすることもできなかった。
「今すぐに兵を配置して罠をしかけられないか?」
「無理ですね。すでに先遣隊が国境を越えています。今からではもう手遅れです」
「篭城するにしても食糧がそれほどありません」
偉大な天才軍師二人を持ってしてもこの危機をどう乗り越えるか難しかった。
「城な後方部隊は訓練が終わっていない兵でどうにかするとして、十万を三万で抑えるのは難しいです」
正直、ほぼ無理だと朱里は思っていたがそれを口に出すわけにはいかなかった。
最悪の事態の中で最良の選択をしなければ自分達は全滅してしまい、この国の民を守ることができなくなってしまう。
「愛紗」
そこへ真紅の髪の少女が入ってきた。
「恋、どうかしたのか?」
先の戦いで捕虜にした恋を見て愛紗は何事かと思った。
捕虜というよりも保護をされた恋はしばらくの間、ほどんど何も口に出来なかったため憔悴しきっていた。
だが、同じく保護された月と詠と再会をしてようやく食事をすることができるようになったが、徐州に来て以来、食べるか寝るかボーッとしているかでかつての武人としての面影が薄れていた。
「敵がきた?」
「ああ。それもとんでもない数を引き連れてな」
愛紗はここで自分達が負けるわけにはいかない理由がもう一つあった。
それは月達をどんなことがあっても守らなければならないというものだった。
「だが何も恐れることはない。我等は勝つ」
「大丈夫?」
じっと愛紗を見つめる恋。
その瞳に愛紗は戸惑いながらも頷いた。
「まぁ苦しい戦いになるとは思うけど、なんとかなる」
「じゃあ恋も戦う」
「恋?」
今まで戦うどころか武器を手にすることすらしなかった恋が自分から戦う意思を表した。
誰よりもそれに驚いているのは愛紗自身だった。
彼女は出来れば恋には戦わせないようにして無事に元の主のところへ連れて行ってあげたいという気持ちがあった。
自分達のために振るうべき武ではないということは十分に承知していた。
「気持ちはありがたいが、これは我らがどうにかすることだ。お前は月達を守ることだけを考えてくれ」
「でも桃香を守れば月達も守れる」
口数が少なくとも恋は相手が困っていることぐらいすぐに気づいていた。
「だから戦う」
「恋……」
たしかに恋の武は桃香達にとって喉から手が出るほど貴重なものだが、愛紗だけではなく桃香も戦わすことに戸惑いがあった。
「桃香、ダメ?」
「え、えっと……」
恋の願いを受け入れるべきかどうか桃香は散々迷った。
虎牢関での恋の強さは愛紗達から聞いており、頼もしいものだが兵力の差がありすぎる中で恋にお願いしてもし何かあった場合、彼女の主に謝って済む問題ではないと思っていた。
「大丈夫。恋、負けない」
戦う気の恋に桃香達はとうとう折れてしまった。
「だが、一つだけ約束してくれ。決して無茶だけはしないでほしい」
「大丈夫。恋、ご主人様に会うまで負けない」
恋は月達を守りながらいつかきっとどこかで一刀と再会できること信じていた。
だからどんな困難があっても自分の武で切り開いていき、一刀に元に必ず帰ると固い決意をしていた。
「では恋さんの協力のもと作戦を考えましょう」
朱里も恋が加わることで多少の余裕ができたのか、口調をしっかりと作戦を考えていく。
「現在の状況からして私達は篭城よりも打って出るべきだと思います」
「しかし兵力の差が大きすぎる。すぐに囲まれはしないか?」
「そうならないように白蓮さんと恋さんにお願いをしたいのです」
朱里の作戦は白蓮の白馬義従と恋の武で左右から攻め立て相手を混乱させ、そのすきに兵力を集中して正面から攻撃するものだった。
この場合、下手な策を講じるよりも正攻法で攻め立て中央突破を図るべきだと朱里は思った。
「それでも三万すべてを中央突破させるのは危ないのではないか?」
星もいつになく真剣な表情で朱里の策に疑問を投げつけた。
「そうかもしれません。しかし寡兵をもって大軍を打ち破るには相手の意表を突くことも大切だと思います」
「もし突破できなければ?」
「その時は……負けます」
もっと余裕があればそれなりの対応策を講じることができたが、今回はあまりにも時間がなさすぎる。
さらに要害のない徐州では守るのは危険でしかない。
それならば守りを捨てて攻撃に転ずるしか生き延びる手段がなかった。
「桃香様、いかがでしょうか?」
全員の視線が桃香に集中する。
危険が迫る中で桃香は自分なりに考えた。
その中で雪蓮のことがどうしても気になって仕方なかった。
「桃香様?」
「えっ?あ、う、うん」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだから」
「桃香様が考え事?」
これには愛紗達も驚いた。
「孫策さんのこと」
「孫策殿がいかがしたのですか?」
「愛紗ちゃんは前に孫策さんと会ったよね。その時、孫策さんが言っていたことって気にならない?」
「孫策殿が言ったことですか」
雪蓮が言った言葉、
『まぁいつまでも今の状況でいるつもりはないわ』
袁術の下でい続けることを良しとしない。
それはいずれ独立して勢力を拡大するという意味が含まれていることに愛紗は気づいた。
もしそのことを考えているのであれば今回、何かしでかすのではないかと思った。
だが、それはあくまでも愛紗の想像であり、必ずしもそうなるとは思えなかった。
「桃香様、今は孫策殿のことを考える余裕はありません」
振り切るように愛紗が言うと桃香も諦めたのか、素直に頷いた。
「とにかく、今はこの危機を乗り越えましょう」
すべてはそれからだと誰もが思った。
「ではすぐに出陣する。各自、準備に取り掛かれ」
愛紗の言葉にその場にいた全員が出来る限りの速さで出撃の準備を始めた。
「桃香様」
「なに、愛紗ちゃん」
「何が何でも生き残りましょう」
「うん。愛紗ちゃん達の迷惑にならないように、私も頑張るから」
「あまり頑張り過ぎないようにお願いします」
桃香には城にいてほしいのは愛紗の本音だったが、桃香にそれを言っても納得するとは思わなかった。
だから後方のできるだけ安全なところで万が一にそなえてすぐに逃げれる場所にいるという条件で許した。
部屋をでた愛紗は空を見上げると、そこには憎たらしいほどの青空がただ広がっていた。
劉備軍、迎撃。
その報告を聞いた雪蓮達は細く笑みを浮かべた。
「あら、ずいぶんと勇猛なことね」
「しかしこれは面白くなりそうですな」
「そうね。まぁ劉備にも頑張ってもらいましょう」
雪蓮は桃香達が篭城するのではないかという考えもあった。
そうなればその時の方法も考えていたが、出撃してきたとあれば篭城よりも行動しやすかった。
「さて、私達も劉備軍に負けないように動きましょう」
さも楽しそうに雪蓮は祭達に言った。
こうして徐州攻防戦が開始することになった。
(あとがき)
群雄割拠編といってもほとんどが雪蓮メインで進みそうな予感がしてならない今日この頃です。
雪蓮と桃香のあたりが落ち着いたら華琳をメインにしようと思っています。
それにしても、今になっても思うのは孫堅までいたら一刀って呉ルートはいろいろと大変なシナリオになっているなあとふと思いました。(今更ですけど)
孫堅→孫策→孫権と悲しい話が続きそうですが、それでもいろいろと想像を掻き立てられます。
横道にそれましたが、では次回、群雄割拠第三回をお送りいたします。
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群雄割拠編第二回です。
今回から2、3回ほど雪蓮、桃香あたりのお話中心になる予定です。
いよいよ動き出した雪蓮。
彼女の動きによって江東に乱世の風が吹き始める。
最後まで読んでいただければ幸いです。