「ふう…」
人気のない部屋の中、紫穂は小さなため息をついた。
ブーストによって超能力を使い果たした三人はひとまずバベルへ運ばれた。
薫によって大分破壊された施設だったがそれでも大半の機能は問題なく使えていたからだ。
薫と葵は疲労のため寝てしまっていたが紫穂だけはどうにも寝付けずにいた。
原因は接触能力者対策を施した人間を透視したからだった。
一瞬とはいえ、透視してしまった映像は口では表現しがたいほどの醜悪なもので、たくさんの情報を手に入れようと深くまで入り込んだ紫穂は危うくその幻覚に引きずり込まれそうになるものだった。
「センセイが止めてくれなきゃ危なかったかも…」
ぽつりとつぶやき、その映像を頭から消そうと楽しいことを思い浮かべるが強烈なイメージのそれはなかなか消えず紫穂は苦悩の表情を浮かべた。
一人になろうとみんなのいる部屋から出てきたのだがこれはかえって逆効果だったのかもしれないと思い始めていた。
「紫穂ちゃん?いるのか?」
コツコツと扉をたたく音がした。賢木だ。
「いるわ。着替え中よ。入ってこないで。」
今の自分の様子を見られたくなくて嘘をつくが、同じ接触感応者の賢木にそれが通じるはずもない。
「具合悪いのか?」
医者の顔をした賢木が部屋に入ってくる。
こういう時に一番会いたくない相手だ。とじろりと賢木を睨みつける。
「こえー顔して。少し休んだらどうだ。他の二人はぐっすりお休みだぜ。」
「センセイこそ。…私のことはほっといて。」
賢木は何も言わず紫穂の前にしゃがみこんだ。
真剣な顔に一瞬どきりとしたが額に手をあててきたので診察なのだと悟る。
「…熱はないな。…透視るまでもなさそうだな。あれか。」
賢木の言ってることがわかり、ぐっと息を飲む。
血なまぐさい事件をいくつも見てきた特務エスパー様があれごときの透視で弱音かとからかうつもりなのか。と無意識のうちに身構える。
「…大丈夫か?」
だが帰ってきたのは予想外の優しい言葉で紫穂は虚を突かれた。
「え…?」
「初めてだろ?あんなの透視するの。気分も悪くなるよな。安定剤…っても子ども用ってあったか?」
「センセイは透視たことあるの?」
「あ、ああ、まあ一応な。薬物中毒の患者とかな。」
「ふーん…。」
自分にない経験が賢木にはあると知り、なんだか面白くない気分になる。
まあ、今後を考えればこういうことも慣れていかなければならないのだろうと冷静な頭で考えた。
「強い薬だからなあ…お、そうだ。」
思案を巡らせていた賢木は何かを思いつきぽんと手を叩いた。
紫穂の横に座り、日に焼けた骨ばった手を差し出してきた。
「ほれ、透視なよ。ヒーリング…まではいかないけどイメージを読んで忘れちまいな。」
「私…ブーストで能力そんなに使えないんだけど。」
「なおさらちょうどいいだろ。感覚だけ伝わりゃいいんだ。」
ん。と無造作に差し出された手にそっと手を伸ばす。だが素直にその手をとってしまうのもなんだか悔しい気もする。
「センセイ、いやらしいイメージ透視せないでよ。」
「透視せるか!その前に余計なとこまで透視るなよ。」
「…そこまで元気ないわよ。」
そう言い、そっと手に触れる。触れた手は暖かくそこからじんわりと熱が伝わってくる。
予想以上に自分の手は冷たかったようだ。その熱が熱いくらいに感じられる。
「いいか?いくぜ。」
そういうと賢木は目を閉じた。
意外にまつげ長いのね。とぼんやりそんなことを考えた。
「あったかい…。」
消耗したせいで紫穂の超能力レベルはかなり下がっていた。だがそれが幸いして賢木の送るイメージを感覚で感じることができた。
柔らかい色、心地よい響き、あたたかい光、どれもすべてが紫穂には心地よかった。先ほどまでの嫌な気分も和らいできたようだ。
「…。」
少しほころんだ紫穂の顔に賢木も安堵の表情を浮かべた。
もう少しイメージを送ろうと重ねるだけだった手をそっと閉じ、小さな手をそこに収めた。
「センセイ…。」
「ん?」
「あったかいね…。」
緊張も解けたのか眠そうな声で紫穂がつぶやいた。
「そうか…じゃあもっと…。」
「違うの。」
「ん?」
「…手…。」
そう言うとその呟きはそのまま寝息に変わった。
「…。」
賢木は小さな手を握り締めたまま、まだあどけない少女の無防備な表情を見つめていた。
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絶チル 賢木×紫穂小説です。
ガガガ文庫を読んだ後に書きました。