No.425891

恋姫異聞録141 -点睛編ー

絶影さん

えーと、本来は大体600行に合わせているのですが
此れ以上書くと中途半端になってしまうので切りました

なので短いです。ゴメンなさい><

続きを表示

2012-05-20 23:33:36 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8871   閲覧ユーザー数:6617

 

 

再び静かに華琳の隣で跪き、頭を垂れて眼を伏せる昭に、皆は普段より落ち着いた雰囲気を感じ取る

今回の戦場で度々見せた、何処か余裕の有る振る舞いに気品や教養を感じてしまう翠と関羽

 

「私の考えをご所望ですか?」

 

「ええ、そうよ。貴方は統亞達の上官。考えを聞かせて頂戴」

 

何時もと雰囲気の違う昭に華琳は少々首を傾げてしまう。何時もであれば、荒々しい表情を見せるはず

仮面を被る事が出来るといっても、自分には表情から直ぐに解ってしまう昭の心が今は知ることが出来無い

 

此方を嘲るような言葉を投げる劉備に、昭は落ち着いた雰囲気を出すのみで、華琳は少しだけ混乱していた

 

「では、私の考えを述べさせて頂きます」

 

「ええ」

 

「劉備殿にお聞きしたい。劉備殿は、和平や和睦の話し合いで居らっしゃったのでは無いのですね?」

 

ゆっくり立ち上がり、見下ろす形は礼に反すると考えたのか、昭は階段を降りて

劉備と同じ地に立ち、目線を合わせてゆっくりと礼を取り、劉備は返礼をして迎えニコリと微笑む

 

肯定でも否定でも無い、無言の劉備に春蘭は眉根を寄せ怒りを顕にするが、昭は静かに頷いた

 

「戦になるのであれば郭嘉殿や荀彧殿の仰る通り、我が友を派遣する事に反対でございます

将三人と、劉備殿の軍師の回復により今後の戦で負傷する兵を考えれば、多くの兵を救うことが優先されるべきかと」

 

振り向き、頭を垂れる昭の口から信じられない言葉が飛び出す。どう考えても昭の口から出るような言葉ではない

妹の命と、部下三人の命を切り捨てる発言。此れには、関羽と蒲公英も予想をしていなかったのだろう

驚き、これでは扁風を救うことが出来無いと表情を固く強張らせていた

 

同様に魏の将達もざわめき、稟は何か違う道を模索しようとし始めたのか口を引き結びだまってしまい

桂花は、自分の発言を肯定されて何も言うことができなくなっていた。今、昭が言ったことを否定すれば

自分が先ほど華琳に進言した事と食い違ってしまう

 

何が起こっているのか、秋蘭ですら理解できなかったのであろう。初めて見る昭の様子に髪から除く顔が不安げになっていた

 

「ですが・・・」

 

将たちがそれぞれに顔を見合わせ、一体何があったのか、妹のことはあまりにも昭の心を傷つけてしまい

責任と妹を殺すことに囚われ、統亞達が見えて居ないのか?と考えてしまっていたところで、昭の言葉が割り込んだ

 

「今後、華琳様が蜀を治めた時、今回の事が傷跡となり、傷跡は癒されること無く腐り落ちる事になるかもしれません」

 

「・・・民の事を言っているの?」

 

「はい。賢き王は、民を想い民に情けを持って国を纏めます。例えそれが敵で有ろうとも慈悲を与え、怨みに対し誠実に有ることが

後に貴女様の治める国を支える大きな礎となりましょう」

 

深く頭を下げる昭に、将達はそれぞれ首を振り顔を俯かせ握る武器から力を抜き、殺気を収めた

それは何故か?簡単な事であった。昭の言葉に全てが含まれていたのだから

 

今、此処で劉備を殺す事も出来るだろう。逃げたとしても関羽か馬超を、二人が無理だとしても馬岱を殺すことが出来る

だがそれをした時、一体どうなるだろうか。答えなど決まっている。劉備を殺せば、劉備の仇だと何時終わるか解らぬ戦の

始まりの鐘となるだろう。関羽や馬超、馬岱を殺してもそれは同じ。何より、劉備は武器を持ったまま王の御前に居るとはいえ

礼を尽くした。敵である此方の将を保護し、治療まで施した

 

この話を聞いた民はどう思うだろう。敵を保護して治療し、態々王が出向いて返しに来たというのに

魏の王は、敵だからと言って誅殺した。覇王は我等が思っていた様な清廉な人間ではない

無慈悲で残虐で、武力をもって全てを手に入れる人物なのだと、魏国内からも反逆者や謀反が起こりうるかもしれないと考えるだろう

 

答えが出た時、皆は劉備に視線を集めた。全てを知っていて、全てをわかっていて此処に来たのだと

自分は殺されない、無事に帰ることが出来る。それどころか、一方的に敵の王と交渉をすることができる

魏の人間に対しても、自国の人間に対しても、軍師を連れて行かないことで自分は腹黒い企みなど無く

誠実な想いだけで、魏に来たのだと解らせる。なんと強かなのだろうかと皆は劉備の胆力に驚いていた

 

「解ったわ、華佗には貴方から話してくれるかしら」

 

「御意」

 

全て、此処まで劉備の思い通りかと桂花は劉備を睨みつければ、何故か劉備の笑は余裕が無く硬い表情に見えた

理由は解らない、もしや昭と眼を合わせた時に、風達に聞いた氷塊の様な瞳をぶつけたのだろうかと考えたが

どうもそういった雰囲気は、男から一切感じることが無く、桂花は気のせいだろうかと視線を華琳へと戻していた

 

「劉備殿、どうか華佗の身の安全と治療が済み次第、此方に無事に帰す事を誓って頂きたい」

 

「心配症ですね、私が信用できませんか?」

 

「華佗は、私の数少ない親友です。友の身を案じる事は、おかしな事でしょうか」

 

「いいえ、少しも。ごめんなさい、ちゃんと誓わせてもらいます。華佗さんを必ず無事に此方にお返しします」

 

尤もだと、劉備は頷き華琳へ誓いを立てると、昭は一歩下がって「確かに」と頭を下げて

再び静かに華琳の側へ跪く

 

「では、戦の話をしましょうか」

 

「フフッ、随分と切り替えが速い。もう遊びは終わり?」

 

「はい、終わりです。此処からは私と貴女の戦い」

 

大きく柔らかい瞳がキュウッと細く鋭いモノに変わり、劉備は華琳に真っ直ぐ眼を向けた

研ぎ澄まされ、美しくはあるが血塗られた剣を思わせる殺気を放つ劉備に、華琳は口角を亀裂のように裂いて笑を作る

躯から溢れだす覇気に稟は額から汗を一筋流し、桂花は身を震わせ、将達もそれぞれ喉を鳴らしていた

 

「華琳様、此処は戦場ではありません。御心を静かに、王たる者が妄り心を波立たせるものではございません」

 

「昭・・・」

 

包帯で巻かれた手で、華琳の細く小さな手を優しく握る昭に華琳の覇気は霧散してしまう

だが、昭に手を握られた華琳は、代わりにドッシリとした重く威厳の有る雰囲気を躯から漂わせた

正しく王の畏怖、王の風格がそこにはあり、将達の眼には、劉備が華琳に対して小さい人物に感じてしまう

 

あれほど強かで自分達を驚かせ、先ほどまで礼を取ったとは言え華琳と同格のように感じて居たはずが

今では王の前に立つ、一人の将に映っていた

 

「そうね、悪かったわ。少々浮かれすぎたみたい」

 

「いえ、要らぬ口を挟みまして申し訳ありません」

 

皆は見たことのない華琳と昭のやり取りに戸惑い、司馬徽は「好」と呟いていた

 

「まだ足りぬと自覚しているのね、だけど貴女の道は既に舞王殿と離れた。気づいて居るでしょう?

今踏み出した道は、模倣できぬ道、誰も踏み出したことのない道。だけど貴女は踏み出した

だから、貴女は我が王と同格よ。支える者が居ると気付いたのだから」

 

ひとり事のように呟く司馬徽は、隠れるように柱に身を寄せて劉備の様子を伺っていた

彼女の眼には何が映っていたのだろうか、それは誰にも解らない。劉備の心を読み取っていたのだろうか

だが、華琳へ進言し、会話に入ろうとしない彼女の姿勢は、遠くから物語を楽しむ傍観者そのものだった

 

そんな司馬徽の呟きなど聞こえるはずもない劉備は、華琳の姿に人知れず拳を無意識に握っていたが

側に立つ関羽がそっと躯を寄せ、関羽の気配を感じたのか、劉備は鋭い瞳のまま握りしめた手を開き

顔を上げた

 

「失礼します、話を続けても?」

 

「ええ、私の方こそ悪かったわ。それで?」

 

「私の理想は既に曹操さんの耳に聞き及んでいると思います。どう思いますか?」

 

劉備の質問に、華琳は昭の右手を撫でながら頬杖を突き、足を組んだ

 

「悪くないわ、考えていることも理解出来る。貴女が真に望んでいる事もね」

 

「では、戦を止めて私の理想を元に、共に歩むことは?」

 

「フフッ、其れが出来無い事は貴女も理解しているはずよ」

 

この期に及んで、自分達に降れと言い放つ劉備に言葉を無くす将達。だが、稟は全ての流れを理解したのか

想像が全て最後まで構築できたのか、眼鏡の位置を直し腕を組んで静観していた

 

「例えばだけれど、今私が貴女に降っても、貴女が私に降っても、戦の火は治まらない」

 

「はい、何方かが降るにしても、私や曹操さんに着いて来てくれた人達は納得しないはず

その答えは、西涼の盟主であった馬騰さんが既に答えを出していた」

 

「そう、怨みの連鎖を止めるには生贄が必要。それも王と言う名の生贄が」

 

「血を流し、何方かの勝利という決定的な理由が無ければ、矛を治める事が出来無い」

 

「そして、何方の理想が正しいのかぶつけ合わねばならない」

 

「最早問答はいりません。言葉で解決出来る時は、遙か昔に過ぎ去ってしまった」

 

「そうね。それで、貴女は私に何を望むと言うの?」

 

ただ、このような解りきった事を話すために来たのでは無いだろうと問う華琳に、劉備はより強い瞳を返し

華琳と同じような風格を纏い始めた。それは隣に関羽がいるからであろうことは誰の眼にも明らか

華琳の側に昭が居るように、劉備の側には関羽居る。彼女が鋼鉄の柱のように劉備を支えて居ることが見て取れた

 

「はい、時間を下さい。此方は五胡の兵が集うまで、まだ時間がかかっちゃうんで」

 

だが、そう感じるのは束の間。また柔らかい眼差しに変わり、ニコリと笑を作り

言い出すのは敵に時間をくれとふざけたもの。武官達は、何を言い出すのかと顔をしかめるが

軍師達にとっては、そうでもなく寧ろ有り難い申し出であると捉えられた

 

まだ、呉を飲み込んだとは言え呉の兵を自分達の兵として組み込んだわけでもなく

手中に治めたとはとても言いがたい。呉に従っていた豪族や、民達が負けましたからといって素直に従う訳でもない

 

そんな中で、勝利したが兵力が減った魏にとって、基盤も兵力も財力もそれほど整ってはいないとはいえ

統率のとれ、後から後から増える大軍を有する蜀と戦うには、あまりにも面倒だと思っていた所であった

 

周瑜の言葉では、五胡の兵力は二十万、火計などで兵数を減らしたとはいえ蜀の兵と合わせれば約三十万

此方は呉と合わせてようやく同数の兵力になる。どう考えても、呉の兵力無しでは不利と言える

 

確かに呉の軍が素直に魏に従い、今すぐ統率のとれた状態で戦をするならば蜀など簡単に潰す事が出来るだろうがそれは無理だ

糧食も、財力も、装備も優れている魏にとって、呉を吸収し兵を整える時間が出来る事は願っても居ないことだった

 

華琳は、軍師二人が頷こところを見て「ええ、良いわ」とだけ伝えた

 

「あと!」

 

「?」

 

「お金くださいっ!」

 

ニコニコと笑いながら、これから戦うという相手に援助を要求する劉備

 

将たち全員が口を空け、劉備の馬鹿ともいえる強かさに呆けてしまい

軍師の桂花どころか、流石に此れは予想外だったのか、稟まで口をあけて劉備の笑顔に染まる顔をポカンと見詰めていた

 

そんな中、大声で笑うのは華琳。よほど面白かったのだろう、腹を抱えて蹲るようにして笑い続けていた

 

「クククッ・・・ダ、ダメ。お腹が痛いわ」

 

「ふふふっ、だめですか?」

 

「フフッ、ダメよ。そのくらいは自分で何とかなさい。そんな義理はないわ」

 

「えー、良いじゃないですか。なら糧食でもいいですよ、魏は毎年作物が豊作だって聞きます」

 

「本当に貴女、面白くなったわね。本気で言ってるでしょう?」

 

「はい。だって、曹操さんは互角の戦いを望んで居るんでしょう?私は自分の道を見つけた時、曹操さんの考えが解っちゃって」

 

「そうよ。でもダメ、私に納められる糧食も、金品も、全ては民の願い。それを軽々と貴女に送れるわけがないでしょう」

 

貴女も解っているはずよと言う華琳に、劉備は、それなら華佗さん返さないで蜀に居てもらおうかな

などと言い出す。まるで昔なじみが酒の席でからかい合うように話しだす二人に、遂には平静を装っていた

関羽や翠、蒲公英までもが驚いていた

 

「華琳様、そろそろその辺で。統亞達がこのままでは余りにも」

 

「そうね、では期間は三ヶ月でどうかしら」

 

「はい、分かりました。では、期間内に必ず華佗さんをお返ししますね」

 

華琳と劉備の話が終わらぬと判断した昭は、階段を再び降りて統亞を抱き上げて華琳を諌め

近くの兵に、先に華佗の元へいって全てを伝えてくれと指示を出した

 

「では、私は此れで失礼します。行こうかみんな」

 

「はい、桃香さま」

 

礼を取り、振り向きざまに鋭い視線と殺気を華琳にぶつける劉備に

華琳は劉備達が出ていくまで鋭い瞳と亀裂のような笑を送っていた

 

緊張の解けた将たちの前で、縛られたままの統亞達を開放すれば

猿轡を外す縛が解けた瞬間、統亞は自分の舌を噛み切り自殺を図ろうとした所で昭に額を弾かれた

 

「駄目だ、華琳は既に命じた。死んだら無駄死だぞ」

 

「た・・・大将っ!俺はっ、俺はっ!」

 

「良いんだ、全て解ってる。何も言うな、よくやったぞお前たち」

 

眼の奥である程度の事情を読み取った昭は、統亞を強く抱きしめていた

元々、命は捨てる気だった。だが、劉備がしたことは治療、そして統亞達を普通に開放しようとしていた

だが、扁風が負傷を負ったことで事情は変わり、劉備は即座に判断したのだ。己が魏へ赴き、扁風の提出した竹簡にあった

神医、華佗の治療を受けさせることを。それも、統亞達を利用して

 

軍師も今は良い案が出せるような状態では無いところまで追い詰められている。ならば、自分が出来る事をと

考えたか、もしくは蒲公英と共に考えたのだろう

 

統亞達は、そんな屈辱など受けたくはなかった。自分達を裏切った扁風を道連れに死んでやると考えた

だが、それは魏に連れてこられて不可能となった。何故ならば、そんなことは昭が許すはずは無いのだから

 

「申し訳ありません、必ずや戦働きにて報います」

 

苑路と梁は跪き、華琳へと深く頭を下げて泣いていた

 

「期待している。次の戦が最後となろう。皆の者、次の戦に備え存分に励め」

 

【御意】

 

統亞達に慰めの甘い言葉など吐かず、ただ期待しているとの言葉をかけ、統亞達は拳を握りしめ礼を取る

慰めなど要らぬ、王の恩義に報いるには、王の望みを叶える事のみと三人は、そして将たちは声を上げた

 

「秋蘭、華佗の所に行ってくる」

 

「あ、ああ」

 

「どうした?」

 

「いや、なんと言ったらいいか、陛下にお仕えしていた時の曹騰様のようだった」

 

歳を摂り過ぎたと言う昭は、秋蘭の頭を撫でて、一人玉座の間を後にした

 

 

 

 

 

 

兵に診療所に案内された劉備達は、自分達の国にある診療所とは何もかもが違って居ることに驚いていた

特に、蒲公英は想像以上に整備され、揃えられた薬と医師、そして設備にキョロキョロと眼を泳がせていた

 

「話は聞いたぞ。義妹とは言え昭の妹だっ!俺に任せておけっ!」

 

「はい、よろしくお願いします。それで、何時出発することができますか?」

 

「直ぐにでも問題は無い。時間が惜しい、早く案内してくれ」

 

診療器具の入った頭陀袋を背負い、扉を開けば外には昭が立っていた

 

「昭っ!話は聞いた、少し出てくる」

 

「ああ、頼むよ」

 

「頼むだなんて言うな、お前の気持ちは此れでも少しは理解してるつもりだ親友」

 

己が手をかけた義妹を救うために、親友に頭を下げる。そんな複雑な心を俺は理解していると

華佗は昭に拳を突き出せば、昭は己の左拳をつきだして華佗と合わせ、腕を引っ掛けるように絡める

 

「こうして酒を酌み交わしただろう、友よ」

 

「有難う、華佗」

 

「良いさ、また酒を呑みにお前の家に行く、その時は夏侯淵の美味い飯をたらふく食わせてくれ」

 

では行こうかと、華佗は劉備と関羽を連れて城門へと向かっていった。昭の指示ににより、兵が数名華佗達の後に着いて行く

城門で用意された馬車へと乗り、武都へと向けて直ぐに出られるよう指示が出されていた

 

姿が見えなくなるまで劉備と関羽を見送る昭、その隣には翠と蒲公英

 

「どうした、行かないのか」

 

「ん?叔父様の御参りと、御兄様の家でご飯食べようと思ったんだけどダメかな?」

 

頭の後ろで手を組み、躯を伸ばすようにして首を傾げる翠

隣では、蒲公英が握った手を口元に当ててくすくすと笑っていた

 

「フェイが危険なんだろう、それに俺はフェイを刺したんだぞ」

 

「それは仕方がないよ。お父様が言ってたじゃないか、戦う時は容赦はするな。あれに従っただけだ」

 

「そんなに簡単に割り切れるのか?」

 

「御兄様だってそうだろ?でも、今を逃したら御兄様と食事するなんて事、出来無いかもしれないからさ」

 

落ち着きはなつ昭の隣で、頬を染めながら笑を作る翠とうんうんと頷く蒲公英

 

「それに、御兄様の親友ならフェイは絶対に大丈夫」

 

「仕方が無いやつだ、家で待っていろ。秋蘭には・・・そうだな、此れを持って行け」

 

そう言うと、昭は外套を脱ぎ翠へと手渡した。この服が有るならば、家に二人が居たとしても

秋蘭は昭の許可を得て此処に居ると理解出来るからだ

 

「これ着ちゃダメかな。何時も御兄様が此れ着てるの、格好良いなって思ってたんだ」

 

「えー!お姉様珍しい。服とかあまり興味が無かったのに」

 

「興味無い訳じゃない、蒲公英が選んでくるやつは全部こう、ヒラヒラしてて恥ずかしいんだよ」

 

ギャアギャアと言い合いを始める二人に昭は苦笑し、二人の頭を撫でる

 

「済まない、それは魏と華琳の心だ。俺が帰るまで大人しく、家で待っていてくれ」

 

「ちぇっ、じゃあ仕方ないか、あたしも外套作ろうかな」

 

「じゃあ蒲公英が型を考えてあげる」

 

素直に諦め、理由を知った翠は大事そうに抱きしめ、蒲公英とまた言い合いを始めながら昭に聞いた屋敷へと足を向けた

 

 

 

 

 

二人を見送り、昭は一人城壁へと向かい、階段を一段一段登っていく

落ち着いた昭の雰囲気に、兵たちは昭の姿に安心感を覚えてそれぞれ眼を奪われた

 

城壁へ登れば、一人の少女が城門の上で遠ざかる劉備達が乗る馬車を見送っていた

 

「そんなに嬉しいか?」

 

「勿論よ」

 

座る少女の背後に背中合わせで座れば、少女は躯を預けるように昭へ背を持たれかけた

 

「お前の望みだったからな、天に己を問うことは」

 

「それだけじゃないわ」

 

昭にもたれかかったまま、華琳は拳を握りしめて眼をギラつかせていた

 

「ようやく、ようやく叶うのよ。願っても願っても叶うことのなかった事、願ってはいけなかったこと」

 

「そんなに戦いたかったのか?」

 

華琳は力強く頷く、望んではいけないこと、だが心の奥底では望んでいたこと

叶うことは無いと思っていたこと、叶う時は全てが壊れる時だと思っていたこと

 

目の前にありながら、欲しいと手を伸ばしても届かない。だからこそ人は思いを馳せ

諦めることができず、それを夢と呼ぶように。華琳にとっては昭と戦うことこそ望んでいたこと

 

「そうよ、私は貴方と戦いたかった。私の全てを賭けて貴方と戦い、天に自分の存在を問いたかった」

 

「随分と嫌われたもんだな」

 

微笑む昭に拳から力を抜き、頭まで昭に押し付けるように躯を預ける華琳

 

「逆よ、逆だからこそ出来なかった。逆だからこそ、戦いたかった」

 

「そうか」

 

「憎たらしいわね、【そうか】で済ませるの?」

 

再び遠く、劉備たちが通ったであろう道に視線をあわせ気持ちよさそうに陽の光を浴びていた

 

「劉備はお前の望む姿だったのか?」

 

「うん、貴方そっくりよ。あれは、貴方が王になった時に近いはず」

 

「王になんてなったことはないのに良く解るな」

 

「解るわよ。私を誰だと思っているの?」

 

王になる気も無いからこそ、劉備はあの理想なのだろうと言いたげに、華琳は掌をかざして太陽を見上げていた

 

「次が最後だ、思う通りに戦え」

 

「ええ、側にいてね」

 

淋しく一輪で咲く華でも、空を見あげれば必ず雲が居ると思わせてくれと言う華琳に、昭は静かに頷いた

 

 

 


 
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