すこしずつ日が伸び、冬の終わり、春の訪れが
感じられるようになってきたある日。
いたずらのタネを求めてうろついていたチルノは、
草原(くさはら)と木立の境目に佇む、レティを見つけた。
「おーい、レティ! なにしてるんだぁ?」
好奇心に駆られたチルノは、レティの元へと宙を飛ぶ。
「うわっ …… 」
レティの足許を見て、チルノは絶句する。
少し前までの、寒さが厳しい時期に絶命したと思しい
狐の親子の亡骸がそこにはあった。
充分に餌が採れなかったのか、間の肉を感じさせぬ、
骨の形に張り付いた毛皮が痛ましい。
レティは、傍らにやってきたチルノに教えた。
「この子たちを見つけたから、弔いの儀をしてたのよ」
神でも、チルノのような妖精ですらないレティだが、
その寒気を操る力の高さ故に、冬を統べる立場にあった。
だから、この狐たちが冬の寒さに命を落とした事も、
彼女に属する事柄なのだった。
「弔いの儀は、好かん」
拗ねたように、チルノが言う。
「冬は、楽しい。雪はきれいだし、レティとだって遊べるし。
川や滝も、おもしろい格好で凍りつくし」
楽しい事を言うだけでは足りない、と思ったのか、
チルノはその場で、くるりと回転して見せた。
氷の羽根が陽光に煌き、雪の白さで縁取られた、
空色のワンピースの裾が軽やかにひるがえる。
「あたいが、夏でも冷気を出すように、
みんなも、自分で冬でも熱を出せばいいのに。
そしたら、冬でも、ひもじくならずに暮らせるのに」
詮無いことを言っている、という自覚があるのか、
チルノの口調は、だんだんと遅くなった。
「冬の寒さで、この狐らが死んだら、
なんか、あたいがいじめてるみたいで、好かん」
レティは、優しい目でチルノを見つめた。
夏の者にこそ相応しい、天真爛漫さを備えた妖精が
冬に連なる者として生じた不思議を思う。
そして、再び狐たちの骸に目を戻す。
儀は終わっており、最早この場に念は残っていなかった。
微かな、だが消えることの無い縁(えにし)のみを刻み、
輪廻の輪の中に戻っていったのだ。
そして、残された骸は、腐臭を発しながら微生物に分解され、
やがて清浄な土となる。
もっとも、その過程は、リリーホワイトの機嫌を、
激しく損ねることだろうが。
「寒い冬を過ごすからこそ」
レティは、チルノに教える。
「生き物たちは、春に芽吹き、夏に栄え、
秋に実りを手にする事ができるのよ」
「そうなのか?」
自分の言葉を、単純に「冬は大事」という納得に置きかえて
たずね返すチルノに、優しく微笑むレティは頷いて見せた。
「レティはものしりだな」
相変わらず単純に、尊敬のまなざしを投げかけてくるチルノに、
相変わらず優しい笑みのレティは、首を横に振って見せた。
「そんなことないわよ。分からないことなんて、いっぱいあるから」
そうなのかな? と、チルノは考える。
あたいの「分からない」と、レティの「分からない」は、
なんだか、種類が違う気がする。
考え慣れない物事に悩んだためか、眠たげな顔になったチルノを
レティは少し離れた場所にいざなった。
椅子代わりの倒木に腰掛けた途端に、チルノはレティにもたれかかり、
すやすやと寝息を立て始める。
鮮やかな緑色に芽吹く草原を見渡すと、風に舞う一羽の蝶が見える。
「あぁ、今年の冬も終わったのね」
寂しさとも安堵ともつかないレティの独り言を、
チルノは夢の中で聞いていた。
レティの姿が、居そうな場所のどこにも見当たらないことに
チルノが気づくのは、それから二日ほど後のことである。
~了~
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
東方二次小説 約 1,500 字。500 字/分で読み取れば、読了には約 3 分を要します。