その人は自転車を漕いでいた。
河原の草原で。
私は土手に腰を下ろし、その姿を眺めていた。
その自転車はとても奇妙な形をしていて、前面に風を受けて回るプロペラが、左右には漕ぐたびに上下する羽がついている。
そのせいか、その自転車の速度は全然速くならない。
随分と視線を遠くに送り、痛くなるくらいまでに首を回したときやっと、私の目に「速い」と形容できるスピードになった。
「あ…」
そしてそれは背後からの突風を受けて浮き上がり。
―ガシャン
落ちた。
「落ちた」
自転車を脇に止め、体についた草を払いながらその人、ロドニー・チェスカは言った。
ロドニーは私の幼馴染で、空にあこがれる冒険少年だ。
「落ちたね」
私の一言にロドニーはむっとした表情を浮かべ、そして隣に腰掛けた。
「もう少しなんだけどなぁ…」
呟くロドニーに、私は視線を送る。
心底悔しそうな顔。
「どこが?」
私は首をかしげた。
「どこって、浮いたじゃないか」
不思議そうな顔で私の顔を見る。
「シフォン、君は見てなかったのか?浮き上がって3mも飛んだじゃないか」
両手を振るって熱弁する。
「風に煽られて飛ばされただけだよ」
私の一言に、ロドニーは深いため息をつき、ヤレヤレといった感じに首を振った。
「わかってないな。人力でそんな飛べるわけないだろう?浮き上がるところまでは風に吹かれていいんだよ。それからが見せどころさ」
ロドニーは私の顔に指を突きつけながら、強い口調でそう言った。
やはり私はため息をつく。
「短い見せどころだったね」
「でも浮いた」
「昨日もね」
「20センチは余計に飛んだよ」
むっとした顔で視線をそらすロドニー。
私は空を見上げた。
強い風に、雲がどんどん遠くに追いやられていく。青が目立つ今日の空では、それがはっきりと見て取れた。
なぜ、空を飛びたがるのだろう。
飛行機は便利だけど、移動手段としては使うけど、自分で飛ばそうと思ったことはない。
「ねえ」
視線を外していたロドニーが、私の声に振り返る。
「なに?」
「どうして空、飛びたいの?」
核心をつく一言。
これまで何度も聞いてきたけど、答えてくれたことはない。
「知ってるだろ、シフォンも」
ロドニーは言うなり立ち上がり、自転車に乗って行ってしまった。
残された私はまた空を見る。
青く澄んだ空に意識を奪われかけ、強い風がそれを体に押しとどめた。
陽が暮れ、夕食の時間が過ぎた。
パンプキンスープは甘くてとても美味しいから大好きだけど、食べ過ぎるからちょっとだけ嫌い。
ココアのカップを手に、ぼんやりと窓の外を見る。
「どうしたの?今日は」
ふいにかけられた優しい声。
振り返ると、母が立っていた。
「なにが?」
首をかしげ、聞き返す。
母は私の隣の椅子に座った。
「今日はずっと外を見てるじゃない。どうしたのかなーって」
微笑みながら母が言う。
「なんでもないよ。たださ、なんで空を飛びたいのかなって」
私は思っていたことをそのまま口にした。
母は理解したように何度も頷いた。
「ロドニー君のことね?男の子はいつだって、空に憧れるものなのよ」
「そうなの?」
「ええ。でもあの子の場合、それだけではないと思うわ」
微笑みながら、自分だけ理解して何度も頷く。
「なに?教えて」
私の目線に合わせた母と視線を合わせ、私は聞いた。
「あなたは幼かったからあまり覚えてないだろうけど、好きだったでしょう?紙飛行機」
母はそう答えた。
そういえば、私は紙飛行機が好きだった。
だけど、いつしか作らなくなって、飛ばさなくなった。
ああ、そうか。
私は思い至る。
ロドニーはそうだ、だから空を飛びたいんだ。
その人はやっぱり自転車を漕いでいた。
河原の草原で。
私はやっぱり土手に腰を下ろし、その姿を眺めていた。
その自転車はとても奇妙な形をしていて、前面に風を受けて回るプロペラが、左右には漕ぐたびに上下する羽がついている。
そのせいか、その自転車の速度は全然速くならない。
随分と視線を遠くに送り、痛くなるくらいまでに首を回したときやっと、私の目に「速い」と形容できるスピードになった。
「あ…」
そしてそれは背後からの突風を受けて浮き上がり。
―ガシャン
やっぱり落ちた。
私はそれを見て、くすくす笑った。
ロドニーは自転車を起こし始めた。
羽ばたく羽が引っかかり、起こすのは苦労するようだ。
「そんなんじゃ、向こう岸まで着かないよー」
私は立ち上がり、両手を輪のようにして口に当て、大きな声で言った。
ロドニーの驚いた目がこっちを向き、そしてそれは笑顔に変わった。
「覚えてるんじゃないか!」
私の紙飛行機はよく飛んだ。
ロドニーが冗談で川に向けて飛ばして、 飛んで風に煽られて、河原の向こう岸まで飛んでいって消えた。
私は泣いて、泣いた私を慰めるためにロドニーはこう言ったのだ。
―いつか二人が乗れる紙飛行機を作るから、一緒に探しに行こう、と
だから今は待とう。
彼の紙飛行機が、私に追いつくその日まで。
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青春系ファンタジー小説
ところで人力のオーニソプターは不可能だそうですね。
僕は信じちゃいませんがね!!