No.423628

セブンスドラゴン2020「どうしてこうなった?」 /10.チャプター6 「洞穴探査①・ガトウの思惑」

渋谷解決後の新宿都庁。昏倒し、意識不明となっていたガトウが目を覚ます。彼はこの状況をどう考え、行動するのだろうか?

2012-05-16 01:27:31 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:877   閲覧ユーザー数:875

 

 意識が深層の底にへばり付いて離れず、身動きをするための僅かな思考ですら四肢には届かない。

 俺はただ、うっすらと感じ取れる時間だけが緩やかに過ぎている事を認識している。

 

 ───だが、それと共に激しい焦燥感に囚われているのを感じた。

 

 

 早く目を覚ませ! 一刻も早く飛び起きろ! このままじゃ間に合わない!

 

 俺がこうやってミジメな死体みてぇに横たわっている間にも、死者は数限りなく増えていくばかりだ!

 また戦友を失うのか? ナガレを見殺しにするのか?!

 

 

 思い出すのはあの日、竜という名のトカゲが現れた日。

 

 戦って戦って、そして何の成果も得られず躯(むくろ)と化す戦友、

 逃げ惑いながら、成す術もなく食われていく市民、

 親を失い、泣き叫びながら踏み潰される子供、

 命乞いをしながら瓦礫の下敷きとなる様々な者達…、

 

 すべては竜という傍若無人の悪鬼どもが犯した災いだ。

 あの巨大トカゲが全てを狂わせた。何もかもを奪っていった。

 

 

 脳裏に焼きつく現実という名の悪夢が幾度となく繰り返され、俺はほどなく…緩やかに覚醒する。

 

 一番最初に目に入ったのは白の天井。

 俺はベッドに死人のように横たわったまま薄く目だけを開き、意識もなく上を見続けていたようだ。

 

「ガトウさん! 気がつかれましたか? 大丈夫ですか? 意識はありますか!? 先生っ! 患者さんが!」

 白衣を着た女性がなにやら声を上げ、そして今度は白衣の男が飛んでくる。途端に周囲が騒がしくなってきていた。

 

 そうか、俺は重症なのか。

 

 薄目のまま、忙しなく動き回る状況を目の端で捉えながらも、まだ意識は深層にたゆたっている。

 俺はなぜ、ここで寝ている? どうしてだ?

 

 まばらに散った意識を集中させていく。だが、それを思い出そうとすると共に再び曖昧な焦燥が生まれていく。

 思い出さなければならない。それはきっと重要な事だ。

 

 それが俺が意識の底で感じていたモノの正体だ。こんなところで朦朧(もうろう)としている場合じゃない。

 どうした? 俺は何をしていた?

 

「ガトウさん、意識はありますか?! 僕です! 桐野です!」

 深い緑色の髪をした優男、桐野礼文。俺はこいつを知っている。こいつは俺自身も所属する”魔物討伐機関ムラクモ”の総長、日暈ナツメのお抱えだ。この都庁では総司令であるナツメの補佐として竜研究と難民対応、作戦立案など、ありとあらゆる分野を取り仕切っている。見た目は情けない印象があるのだが、こう見えて大したヤツだと俺は思っている。

 

 …そうだ。俺は桐野と話していた。

 だが、そうじゃない。その後に別のヤツと話していたはずだ。それが俺の焦燥の根幹だったはず…。

 

 思い出せ…、思い出せ! 正解を導き出せ! 意識を浮上させろ!

 俺ともあろう者が、いつまで呆けていやがる!?

 

「大丈夫ですか、ガトウさん?」

「あ、ああ…、桐野か。くっ…、視界が回る…」

 

「まだ動いちゃだめですよ! あなたは生死の境を彷徨っていたんですから! 一日半もの間、意識不明だったんですよ?」

「黙れ、そんな事はどうでもいいっ! …それより、なんで俺はここで寝ている?」

 五感が戻ってくる。身体に力が戻ってくる。声に魂が宿っていく。俺はやっと自分を自分として取り戻していく。

 

「倒れたんですよ! ユカリ君と二人で話すといってから、部屋を出てすぐに!」

「ユカリと…話してから? ユカリと……」

 

 

「ユカリ……、ユカリ…」

 乱れて飛び散った記憶を手繰り寄せ、その重大な手がかりを集約していく。

 焦燥の根源を感じ取るその名を反芻(はんすう)していく。

 

 そして…、全てを思い出した!

 

 

「な ん だ と っ ! ! 」

「はいっ!?」

 虚を突かれたらしき桐野がすっとんきょうな声を上げるが、そんな事に構わず、俺は質問を投げかける!

 

「被害は!? 死者はどれだけ出ている!? ヤツはいまどこだ!?」

「え? あの…ヤツ…というのは?」

 

「ユカリに決まってるだろうがっ!!」

 自分の目で見た方が早い! 俺は呆気に取られている桐野を放置し、猛烈な勢いで自分の身体を動かした。

 体中に激痛が走る。気分は最悪、苦痛に顔を歪ませると共に、全身から汗が噴出す。

 

 だが、それらは全て無視した。

 

 布団を跳ね除け、身体に取り付けられたチューブを力づくで引き剥がし、身体を覆う薄緑の衣を引きちぎって投げ捨てる! 周囲を見回せば、桐野を含む看護師やドクターが驚き戸惑い慌てていたが、それどころじゃない!

 

 近くに俺の服、それに装備がまとめて置かれている。周囲の静止を振り切って手早く着替えるが、足に異常なまでの激痛が走るのに耐え切れず、着替えを済ますと杖をついて部屋を出た。くそっ、足が折れているんだったな。

 

 走る事はできないものの、出来る限りの速度で廊下を歩く俺は、焦燥の正体を完全に思い出していた。

 

 

 畜生! 畜生! 畜生っ!! なんてこった! 俺は気を失ったのか!

 

 ヤツとの会話で、まだヤツが身体を自由に使えないのを確認した俺は、ヤツを始末するための装備と人を集めようと思って部屋を出た。しかし、そこで意識を失ってしまったようだ…。

 

 それで丸一日以上も寝入っていたってワケか。くそっ、この俺が、あんなバケモノをあのまま放置しちまった!

 

 

 ユカリ…いや、帝竜ウォークライ!!

 

 

 一秒でも早くヤツは始末しなければならない。自由に動けるようになったら、もう終わりだ。誰も勝てるヤツなどいない。いくらヤツがまともに動けないとはいえ、それも長くは続かないはずだ。時間が経てばそれも克服(こくふく)されちまう。

 

「ガトウ君! 待ちたまえ! 君はまだ重症患者なんだぞ!」

「患者さん部屋に戻ってください! お願いですから!」

「落ち着いてください! どうしたっていうんですかっ! ガトウさん!!」

 

 ドクターや看護師、そして桐野が追いすがってくるが、俺は歩みを止めるつもりはない。

 そんなノンキな時間は刹那すらない! 呼吸する間すら惜しいくらいだ。

 

 俺が遅れた分だけ危険度が増す。ヤツが命を奪う。それだけは絶対に阻止しなくてはならない!

 この命が尽きたとしても、俺は行かなければならない!

 

 だが、身体が重い。折れた足や肋骨が軋(きし)む。胃の腑より血反吐がせり上がってくる。世界が揺らぐ…。 それでも俺は一つ上の4Fへ。ヤツがいるはずのムラクモ居住区へ行かねばならない。例えここで死んだとしても、ヤツさえ殺せるのなら、後悔など欠片もないのだ。

 上の階へ上がるため、エレベータへと歩み寄ろうとした来た時、左側の通路から叫び声が届いた。

 

 

「がるるるるるーー! こんちきしょーっ!! ふざけんなー!」

 

 なんだ? これは、あのユカリの声か? …いいや、ウォークライの声かっ!?

 くっ、とうとうヤツが───! そう確信し、見開いた目を左へと走らせる。

 

「先輩! せんぱい!! 待って待って待ってー!! 止まってくださーーいっ!!!」

「しゃんぷーヤダーーーー! くそ~! 目がしみるーーーー!」

 

 

 そして俺は見た。

 

 

 

 全 裸 で こ ち ら に 逃 げ て く る ユ カ リ (ウォークライ) と …、

 

 そ れ を 追 っ て く る タ オ ル 一 枚 の 女 の 姿 を ! !

 

「は…???」

 俺はその時、何事なのかさえ理解できず思考が停止する。

 

 長い間、様々な戦場を渡り歩いてきた。数多の死を見つめてきたせいか、少しくらいの奇行では揺らがない自信があった。そうやって生き延びてきたからだ。その判断力が俺をいままで生かしてきたからだ。

 

 だが俺は…、そんなどうでもいい事を考えている間もなく、

 

「ぐぶぁぁぁぁーーっ!」

 全裸ユカリの体当たりを、硬直したままマトモに喰らってしまった。

 俺の身体はアクロバテックに宙を舞ったかと思うと、そのまま受身も取れずに床へと落ち、無残に転がる…。

 

「あ、ガトウだ」

「ちょっと! せ、先輩っ!! なんて事をーーー! …と、とにかく先輩! タオル巻いてください!」

 

「ぬうっ! くそガトウめっ! また俺様の邪魔を…。ぐむー! 目がぁぁぁ~!」

「先輩! 早くタオル…ってあれ?? ガ、ガトウさんじゃないですかっ!」

 見覚えのある声がした…が、俺自身はそれどころの状況ではなく、もろに鳩尾(みぞおち)に入った体当たりのせいで、再び意識を遠のいていくのを感じていた。…一体なにが…どうなって…。

 

「てめ…ウォー…クラ……」

「うがー! くそー、ガトウめー! がるるるるるるー!」

 

「ガトウさん! しっかりしてくださいっ! あっ! でもこの格好じゃ…うう、どうしよう?」

「俺は…てめぇ…を……!」

「目がー! 目がいてーぞーー!!! うわーーん!」

 

 

 

 

「まったく…どうなっていやがる…」

 俺は自分の席で頭を抱えんばかりに苦悩していた。

 

 全裸ユカリの体当たりで気を失ってから、なんと四日が経過していた。意識は早々に取り戻したものの、新たに腰痛が加わってしまったため歩くことさえままならず、そのほとんどを病床で過ごさざるを得なかった俺は、桐野を通じて状況を理解した。そして絶句する。その全てが俺の予想を遥かに越える事態になっていたからだ。

 

 まず、あのウォークライが暴れていない。誰も殺していない。

 それどころか新たな帝竜まで討伐していた。

 

 渋谷へと出掛けたヤツは、人間の動きを己のモノとしたどころか、帝竜スリーピー・ホロウをも撃退していたのだ。しかもナツメが煙たがっている渋谷の不良グループ・SKYとも共闘し、和解に至っている。もちろん双方とも表層上の和解ではあるだろうが、それでもウォークライがそれに関わっているのが驚きだ。

 

 どういう過程で共闘したのかは、レポートによってある程度は把握したが、提出者の証言が曖昧な部分が多いため明確ではないのは残念なところだ。

 

 なぜあの凶暴トカゲが、動けるようになったにも関わらず、ほとんど暴れていないのか?

 その答えは、もう一つの要因にあったようだ。

 

 その要因とは、雨瀬アオイだ。あれがムラクモにいた事に起因する。

 渋谷での状況レポートを書いたのが、まさかアイツだとは…、なんという偶然だろうか?

 

 雨瀬アオイ。ヤツは昨年のムラクモ選抜試験に合格できる程の実力を持ってはいたが失格しており、その件で俺とは少なからずの面識がある。戦闘とは無縁に見える普通の一般学生のような娘だが、…ああ見えて順応性が高く、とにかく状況をよく見ている。この俺でも見逃しているような瑣末(さまつ)な、しかし重要な現状を把握していたりする事に驚いた。

 俺は失格者は元より、稀に出る合格者にすら興味を示さない方だが、雨瀬だけは妙に印象に残っていたのだ。

 

 だから、雨瀬がこの状況下で生き残り、ここに居るというのは意外でもありながら、当然とも思える気分であった。きっと、この過酷な世界で生き残るだけの運も持ち合わせていたのだろう。そういう素質のあるヤツだ。

 

 しかしその雨瀬に、あのウォークライが懐いているのには仰天(ぎょうてん)した。

 確かに雨瀬にはムラクモとしての素質は十分にあった。ウォークライもユカリがムラクモである以上、接点は出来る。

 

 だからと言って、中身が凶暴で残忍な竜と、ただの人間の娘が、ああまで仲睦まじくなるもんなのか? 俺が気を失っていた間の、たった一日であんなにも懐くもんなのか? 子犬だって少しは警戒するだろう。

 

 今、俺が座っているのは、この5F会議室の右列後方だ。ここからヤツと雨瀬が座っている左後方はよく見えるのだが、あのトカゲ野郎、やけに大人しくしていると思えば…、雨瀬の肩に頭をつけて夢の中らしい。幸せそうな寝顔をしてやがる…。まったく、どうしてこうなった。

 

 この状況を一言で満足できる答えなど、どこにもない事くらいは判別できる。

 ありとあらゆる偶然と幸運が入り混じった上での奇跡みたいなものなんだろう。

 

 だが、納得はいかない。ヤツがこのまま大人しくしている保障もないからな。

 

 考える時間があるというだけでも有り難いと考えるべきかもしれん。

 ヤツについては優先的に進めるべきだが…、いまはまず会議に集中しても良さそうだ。

 

 

 …とはいえ、この無駄な時間に意義があるとは思えんがな。

 

 現在行われているのは、アメリカ大統領と日本の犬塚総理との通信回線による日米会談。だが、あの無能総理ときたら情報交換をするでもなく、出来るはずもない救援要請を出して相手を失笑させている始末だ。安全保障という名の口約束でこの情勢をひっくり返せるとまだ考えている男を、無能と呼ばずになんと呼ぶべきか?

 

 状況も見えていない馬鹿は死んだ方がいい。

 ある意味、ウォークライより始末が悪い。俺だって安眠したい気分だ。

 

 

 とにかく、

 

 ウォークライのヤツはこの数日、常に雨瀬と行動を共にしているが、目立った破壊や殺害には及んでいない。それは事実だ。なんとも信じられない話だが、やはり雨瀬が手なづけていると解釈していいのかもしれない。俺がまともに動けない以上、現状を維持し、俺の方も準備を進める必要がある。

 

 誰もが失笑を抑えながら沈黙していた臨時日米会談が終わり、無能が肩を落とす中で、区切りがついたとばかりにナツメが議題を進める。ホワイトボードに映し出された映像は、新宿をを中心とした東京各所の帝竜分布勢力図である。

 

「…犬塚総理、議題を進めてよろしいでしょうか?」

「あ、ああ。構わない。続けてくれ…」

 お前の出番は終わりだ、とばかりに丁寧な退場を促したナツメは、さっさと次の議題へと移った。今日の会議はこれが本題だろう。俺自身も現在の状況は把握しておきたい。

 

「では、続いて戦況の確認に移りたいと思います。…桐野、報告を」

「はい」

 ナツメに促された桐野が、東京新宿を中心とした地図を伸縮指示棒(ペンの先が伸びるもの)で差し示し、解説していく。

 

「現在、開放された区域はこの新宿と渋谷の二箇所です。これにより同地区に生息していた竜達は逃げるように他の地区へ流れたようです。それにより竜支配区域の象徴とも言える植物、フロワロと称される赤い花も大幅に減少しています。楽観視はできませんが、竜支配より開放されたと見てよいでしょう」

 

「また、フロワロと竜の関連性の詳細は解明されておりませんが、ここでは割愛させていただきます」

 桐野は新宿と渋谷の上に貼られた半透明の赤色セロファンを剥がし、開放された地区だというように図解による理解を促(うなが)す。

 

 

「次に…、ドラゴン襲撃時は全部で七匹が確認された竜の指揮官敵存在である”帝竜”についてですが、現状で確認が取れている帝竜の反応は二匹まで減っています。四谷と国分寺です。討伐した新宿、渋谷を除くと他に五匹はいるはずですが…、この四谷、国分寺以外の反応は現在消失し、依然行方が掴めていません」

 

 そこで質問とばかりに、国防大臣である真壁氏が手を上げた。彼は総理以外の閣僚で唯一生き残った男で、年齢もまだ50代と若い。しかし、その手腕は有能であり、実務においては歴代でも屈指だろう。東京襲撃以前は政界のゴタゴタで実力を発揮できずにいたが、こういう状況になった事で頭角が現れてきた。皮肉なものである。

 

「すまない。質問させて欲しいのだが…、帝竜と呼ばれる指揮官の竜には、他の竜とは一線を隔した戦闘能力を持っているとは聞いたが、それ以外にも個体ごとの特殊な空間を生成する能力があると耳にしている。しかし、こちらの資料には載っていない。これについての情報があれば聞かせて欲しい」

 

「はい。資料に載せていないのは確定情報でない事、そして討伐した二匹のものしか判明していないからです」

 桐野はホワイトボードの端の空白に水性ペンを走らせる。WとS、ウォークライとスリーピー・ホロウを表しているようだ。

 

「まず討伐したウォークライについてですが、重力を操る能力、そして空間反転能力を有していました。先日の都庁奪還において、都庁自体の概観は変わらないにも関わらず、内部構造が上下逆転していたり、都庁とその周辺の破損により砕けた巨大な岩石、石柱などが中空で静止するなど、超常的現象が確認されています」

 

 …ああ、まったく異常だったぜ。実際に内部を探索した俺がそう思うんだからな。

 いま思えばよくあんなバケモノと戦えたもんだ。

 

 俺はウォークライの方へと視線を移すが、ヤツは自分の解説がされる中でも、やはりノンキな顔で安眠中だった。まあ、黙っているだけ面倒がなくていいとも言える…がな。

 

 しかし気にはなる。渋谷での戦闘について雨瀬が提出したレポートには、ウォークライがそういう能力を使ったという報告はない。あの姿で動けるようにはなったが、まだ能力は使えていない、という事だろうか?

 

 

「次にスリーピー・ホロウ。これは蝶のような翅を持つ虫型の竜で、その能力は───」

「ちょっと何それっ?! 花竜よ! 虫じゃなくて花! は な り ゅ う !! それ間違いよ! 間違い!」

 

 桐野の解説を遮って声を荒げたのは、…確かSKYから来たというニューハーフの男、牧シンイチロウ、というヤツだ。元々は歌舞伎町のとある劇場でサンバを踊ってたそうだが…、SKYに身を寄せてよりヤツらの協力者となった、というのが本人の談である。

 

 戦闘クラスはサイキック。電撃系を得意とした特異能力者だそうだが、飄々(ひょうひょう)としている風体がこの男の実力を覆い隠しているように見える。なんせスリーピー・ホロウ討伐後の渋谷において、たった数時間で二十以上の竜を一人で倒した程だからな。その、あまりに人間離れした強さは脅威と言えるだろう。

 

 もちろん竜からのみ取得できる結晶体Dzもそれだけの数を持ち合わせていた事から、フカシでない事は確認済みだ。

 

 …そんな男が味方であるのは心強い…が、どうにも気に喰わない。

 何が、とは言い表せないが、俺の勘はこの男を警戒しろと訴えている。

 

 それに、だ。

 

 SKY殲滅を命じたナツメが、表向きとはいえSKYとの和解を表明したのは、この男が持ち込んだ裏取引があったからだ。あのナツメを納得させられるだけの、したたかさがあるというのは警戒しなくてはならない。

 

 何を考えているのか読めないヤツだからな。そういう意味ではウォークライより厄介(やっかい)かもしれん。

 

「───い、以上がスリーピー・ホロウについての解説です。…牧さん、これで納得していただけましたか?」

「ええ、エクセレントよ。森林と喜びの美しき花竜、それこそスリーピー・ホロウって竜なの」

 

 しかし、なんでコイツはこんなにも虫竜にこだわっているのか? そして嬉しそうに、うっとり解説しているのか?

 …もしかすると、ただの変態という可能性もある。

 

 

「では、ここ数日で能力が判明したもう一匹の帝竜、ゼロ・ブルーについても説明しておきます。この帝竜は台場一帯を支配している竜なのですが、他の竜と同様に現在その反応は消失しております。こちらで捉えた最後の反応は四日前。残念ながらその姿は確認が取れていない状況です」

 

「四日前、というのはスリーピー・ホロウを討伐した翌日、という事になるな」

 真壁氏がそう付け加えるが、桐野はその関連性は不明だと質問を閉じる。こちらの監視網が、常に帝竜が確実に捉えられているというわけではないからだ。文明機器がまともに動いていない現在、その活動や生態を把握できるわけもない。

 

「この帝竜の能力はシンプルで、氷を使います。自身が氷を生み出し、熱を奪い凍結させるようです。まさに”氷竜”と呼ぶべき帝竜なのですが、その能力は凄まじく広範囲に及びます。台場一帯全てが氷界と化しているのは、このゼロ・ブルーという竜一匹が影響した結果なのです」

 

「そういう意味ではウォークライ、スリーピー・ホロウ以上の脅威となるでしょう。通常の経路から潜入が使えない可能性が高く、また、こちらの行動は著しく制限されるわけですから…」

 ウォークライが及ぼした特殊能力圏内は都庁とその周囲のみだった。スリーピー・ホロウは渋谷全体が森林化していたが、行動が制限されるような状況にはなっていなかった。…だが、この氷竜ゼロ・ブルーは台場全てを極寒と氷の世界で埋め尽くしている。攻め手として、その攻略は至難と言えるだろう。

 

「質問があります」

 そこで真っ直ぐに手を上げたのは、堂島リン。残存する自衛隊の隊長を任せられている赤毛短髪の嬢ちゃんだ。意志の強い眼光と揺るがない信念、そして少しばかり入れ込み過ぎな感がある仕官候補生である。気が強すぎる面はあるが、俺と同じ体育会系として見れば、そのノリは嫌いじゃない。…まあ、未熟者の割には良くやっている。

 

「四谷の戦況と、帝竜の情報を教えていただきたい」

 堂島は誰よりも張りのある声を会議室に響かせた。熱のこもった腹からの声。それに圧倒されるかのように、腰が引けた桐野が答える。

 

「すまない。…四谷へ向かった橘(たちばな)隊については、この二週間一度も連絡は取れていない。途絶したままだ。帝竜自体もその反応はフロワロの存在を確認する事で捉えてはいるが、竜自体は一度も姿を見せていないんだ。…それに機械監視による方法がなぜか通じない。四谷方面へ向けた計器類は全て反応がおかしくなってしまう。だから帝竜がどんな能力を持っているのかすら検討がつかないのが現状だ」

 

「だからって、救援を送らないんですか?! 見捨てるっていうわけですか? 橘隊はまだ救援を待っているかもしれないというのに!」

 これが無駄な問いだという事はきっと堂島自身も理解している事だろう。都庁奪還とその整備だけでも手一杯だというのに、そちらへ回す余力などあるはずがない。

 

 しかしながら、堂島はそれを声に出さずにはいられなかったのだろう。本来なら自身が出向くはずの四谷方面調査に手を上げたのが、堂島の上司である橘だった。自分の代わりに橘が死んだのだと理解できれば叫びたくもなる。それはきっと堂島だけではなく、いま都庁に従事している自衛隊各員の声なのだ。…その気持ちをぶつける場所がない、だから堂島は無駄だと理解はしていても声を上げずにはいられなかった…。

 

 戦争とはそういう、やるせないものなのだ。

 本人の意思を問わず、な。

 

 納得しながら戦えるなんて事は一度だってありはしない。

 

 

「しかし、新宿と渋谷という足場が固められた事は私達にとってプラスなのよ。着実に前へ進めているわ。だから、ここから反撃の狼煙(のろし)を上げられる。そのために自衛隊は新たな任務を遂行してもらうわ」

 

 そこでナツメが発言する。これが思いやりからくる発言であるか、ただ単に順序としての作戦行動なのかは別として、自衛隊にとっては慰めでもあり、反撃のための新たな指針となるモノである。なんにせよ、彼らにとっての救いとなるだろう。

 

 まさか、その任務”地下鉄道の探査”で、あの帝竜と遭遇するなど、この時は考えもしなかったが…。

 

 

 

 

 その日の晩、二十二時を過ぎた頃───。

 

 電力供給が心持たないこの新宿都庁は、二十二時以降は灯火管制による消灯が義務づけられている。魔都と化した新宿周辺は非常に危険であるのは言うまでもないが、幸いにも夜間帯は竜も魔物も襲撃してこない事が判明している。人間にとって夜だけが唯一安心できる時であった。

 

 そしてこの都庁も眠りにつく時間である。必要最低限の非常灯だけが通路を照らし、歩き回る者もほとんどいない。

 そんな中、俺はあのトカゲ野郎の部屋から雨瀬アオイが出てくるのを待っていた。

 

「…先輩、おやすみなさい…」

 声を潜めて扉から出てきた雨瀬。きっともうあのトカゲ野郎は寝ているのだろう。たかが爬虫類が人間様のベッドで寝るなどおこがましい、とは思うものの、いまは作戦行動の方が重要だ。俺はそのためにここにいる。

 

「雨瀬、待っていたぞ」

「あ、ガトウさん! …起きてて大丈夫なんですか? まだ満身創痍って感じがしますけど…」

 昼の会議前にも少し話したが、こいつの性格は相変わらずのようだ。ゆるい口調ではあるが核心はついてくる。くそったれ、まったくその通りだ。正直言って立っているのも辛い。看護師や桐野は騙せてもコイツには通じないらしい。

 

「どうしたんです?」

「ちょっと俺の部屋に来い。ここで…、というわけにはいかんからな」

 

「…いまから…ですか? お部屋に?」

「そうだ。付き合ってもらうぞ」

 

「つきあって…もらう…って…」

「なんだ? 不満なのか?」

 

「あの…いえ、もしかして…あの…、どういう意味…ですか?」

「どういう意味も何も、その通りの言葉だ」

 俺が真剣な顔でそう言うと、なぜか雨瀬が顔を真っ赤にして大慌てしだした。

 

 

「え、ええ? えええ!? ちょっと、そんなっ! ガトウさん、具合悪いんじゃないですか?! いまからって…、その、付き合うって…」

「…不都合でもあるのか? お前はそんなにハッキリしねぇヤツだったか?」

 

「えっと、その! そりゃあ…こんな状態で、いつ死ぬか分りませんけど、いきなり付き合えって…しかも、いまから部屋でって、そんなワイルドな…」

「は?」

 雨瀬は両手を大きく振って、恥ずかしそうに取り乱している。コイツは一体、何を言っているんだ?

 

「わ、分りますよ? 男の人ですもんね、そういうのありますよねっ! いえ! でも…ちょっと突然すぎるというか、年齢だって私の父と同じくらいの差がありますし…、あー、いえ! そんなに高齢じゃあありませんよね! えと、でも…ナイスミドルという選択肢もない事はないんですが、でもですねー、うえええ~! あう~…」

 

「おい、雨瀬! …お前一体、さっきからなんの話をしてんだ?」

「な、なな…何と言われましても、ガトウさんが…部屋で付き合うっていうから…、その…カマトトぶってるとかじゃなくてですね! あーもうー、どうしよう?」

 

 この慌てぶりと錯乱にも近い態度。一体何を言っているのかと思い、

 首をひねると…俺はその”答え”に到達した。

 

 俺は静かな、それでいて猛烈な怒りに震えながら、いまこの身体に残っている全てのパワーを振り絞り…、

 

 

 デコピンした。

 

 

 

 

「ア ホ か テ メ ー は ! ! 」

 

「いたぁい!! 痛いですよっ! ふるぱわーはやり過ぎです! なんでです? どうしてなんです?」

 

 

「誰がテメーごときガキンチョに欲情するってんだ! どこがどうなれば、そういう答えが思いつく?! この淫乱娘がっ! 恥を知れ、恥をっ!」

「ヒドイですよー! ガトウさんが変な言い方するからで、私は何も悪くありませんよぅ!」

 

 俺は杖を持っていない右手のひらで顔を拭うようにして思い出していた。そういえば、雨瀬は少々間の抜けた事をするときがある。状況はよく見ているくせに、慌てた時に妙な失敗をした事があった。昨年の試験でもそうだったっけな。…まあ、コイツらしいっちゃ、コイツらしいが。

 

「とても痛いです。横暴ここに極まれりです」

「まったく…、テメーも成長しねーな。本気でよく今まで生き残ってたもんだ」

 涙目で額を押さえている雨瀬に対し、張り詰めていた気が途切れたのを感じた俺は、懐からタバコを取り出し火をつける。肺へ流れ込む煙を味わうように大きく吸い込み、…天井に向かって大きく吐き出した。

 

 もしかすれば、俺がこれからする話にとって、いまの緊張緩和は功を成すものかもしれんな。

 そんな思いを抱きながら、雨瀬を部屋に招いた。

 

 そこは俺が所属しているムラクモ第十班のために用意された部屋だ。しかし、この都庁に来てからは病室暮らしだったせいで一度も使っていない。人通りの生活用品は一応揃えてあるものの、人が立ち入らない部屋というものには、やはり違和感がある。生活の香りがない。

 

 だが、それでいい。

 これからする話にはちょうどいい。

 

 

「……このムラクモ居住区に一般人がいないのは助かったな」

 

 廊下で騒いだ割りに誰かに気取られた気配はない。ウォークライも目を覚まさなかった。…しかし、俺のその殺意にも似た憎悪を悟ったのか、雨瀬もその和やかなになっていた気配を断ち、いまはもう真剣な顔つきで俺を注視している。それと共に場の空気が急激に冷え、やがて俺の心も冷え切った鋼鉄のように熱を感じさせない戦士のそれへと変わっていく。

 

「それで、お話というのは…?」

 さきほどとは打って変わった雨瀬は緊張した面持ちである。だが、その表情には真剣さと共に強い意志も垣間見える。きっとこの強さが、この俺を信頼させるに値するモノなのだろう。雨瀬ならば迷いなく決断を下せるはずだ。

 

 俺達は腰を下ろしたテーブルに向かい合い、視線を交わしている。

 この提案に躊躇(ためら)いはない。迷う時間などないからだ。だから俺は、間を置かずに切り出した。

 

「お前、なぜあの多村ユカリに肩入れしている?」

「…なぜって…、言っていることの意味が理解できませんけど」

 

「レポートは読ませてもらった。ヤツとは渋谷で共闘したそうだな。だが、お前は途中で気を失ったため帝竜との戦いは見ていない」

「はい。その通りです」

 

「それはいい。問題じゃない」

 いまのはヤツと雨瀬の関係性を事実を確認しただけだ。本題はここから…。

 

 

「おかしいとは思わなかったか? ヤツの行動、言動、思考、反応、戦闘。それらに行動の全てに何か違和感を感じた事はないか?」

 

「…もちろん、十五の娘だ。多少の世間知らずはあるかもしれん。だが、十五であるにも関わらず、会話がかみ合わないと思った事はないか? 知らない事が多いと感じた事はないか?」

 

「……………」

 俺がそう述べると、雨瀬は少しだけ驚いた様子を見せてから視線を下へと投げる。心当たりはある、という事だな。

 

「渋谷から戻ってからは毎日一緒だそうじゃねぇか。それを確認した上で聞くが、ヤツが普通ではない行動を取る事も一度や二度ではないんだろう? 俺にも色んな話が届いてくる。その辺りの関係は聞いている」

「…………」

 俺だってここ数日、ただ安穏と寝ていたわけじゃない。それなりに情報は集めていた。多村ユカリが都庁攻略前には嫌っていなかった注射を嫌がったり、蛇口の使い方を聞いてきたり、…人とは思えない力で階段を破壊したりした事も調べた。そして会話面でも妙な会話や意思疎通が困難な反応があった事も耳にしている。そりゃあそうだろう。中身は別モノなんだからな。

 

「…本来の多村ユカリは、どちらかといえば臆病な性格だった」

「そう…なんですか? いえ、初耳ですけど…」

 雨瀬は俺が何を言っているのか分っていない。気になっていた事を指摘されて動揺はしているが、それが何に繋がっているのかを理解できていない。

 そう、渋谷以降からヤツと知り合った雨瀬には分るはずがないのだ。以前の多村ユカリといまのアレが違うという事が。

 

「俺が知っている多村ユカリは、あんな性格じゃなかった。戦闘に対しては臆病な面があったが、年齢の割りに常識と礼儀を弁(わきま)え、思慮深い知性を窺(うかが)えた娘だった。確かに俺もそんなに深く知ってたわけじゃない。…だが、いまのユカリとは、まったく別の人格だというのは知っている」

 

「別人…って事ですか…? そんな事あるわけが…」

 雨瀬が思いがけない話に動揺している。だが、俺はそのまま話を続けていく。

 

「桐野はウォークライとの戦いの際、頭部を攻撃された事で記憶障害が起こったのではないか、と言っていた。それでガラリと性格が変化した、と考えているようだ」

「…そういう事を考えた事もありませんでした」

 

「そうだろうな。多村が元々ああいう性格だと思っていたお前は違和感など抱かない」

 

 

 

「だが、俺は知っている。あれの中身が、なんであるか、を」

 そこで一度区切る。

 

 雨瀬に考える時間を与える必要があった。いま考えている事を整理するためのほんの少しの時間を与える必要があるからだ。そしてこれまでの生活で感じた違和感の正体というモノを考えるようになる。いやがおうにも。

 

「なんであるか…って、ガトウさん。日本語がおかしいですよ。他人に対して、あれ、なんて言い方は失礼だと…」

「いいや。あれ、でいいんだ。人間じゃないんだからな」

 雨瀬の表情が固くなる。そういう顔をするのは、心のどこかで違和感を持っていなければ有り得ない。

 

「お前はあのユカリに違和感を持っていた。だが、それを深くは考えてはいなかった。そうだな?」

「………そういう…事はあります…けど、だからって中身が、だなんて…突拍子もない事を言われても…」

 

「だから俺が正解を教えてやる、と言っている」

 雨瀬が息を飲む。まるで死刑宣告を待つ囚人であるかのように表情を曇らせながらも、その回答を求め訴え、拒否する事ができないでいる。その聴覚を次の言葉に注いでいる。

 

「あれは本来の多村ユカリじゃない。帝竜ウォークライだ。死に瀕したあの竜は、倒れたユカリの身体に吸い込まれるようにして消えた。その瞬間から中身はユカリではなくウォークライになった」

 突然、そんな突拍子もない事を言われれば、誰だって戸惑う。しかし雨瀬はそのような態度を取る事なく、質問を返してくる。

 

「…ガトウさん、私をからかってません? さっきの付き合うとかみたいに、冗談みたいな話を言ってませんか? そんな事あるわけないですよ。竜が、人の中に? いまどき子供だって信じませんよ? 私が信じると思いますか?」

「思わないね」

 

「…だったら!」

「だが、今の俺が嘘を付いていると思うか?」

 

 少しだけ青醒めて見える雨瀬が反論する。もちろんそれは正論だ。常識から考えれば、こんな事を言い出す俺の方が気違いで、精神科病院に送り込まれる立場だろう。

 

 

 だが、

 

 

 

 だが、

 

 

 事実は揺るがない。

 

 

 

「これが気違いの妄言だとしても、ドラゴンが東京を襲った事まで否定できるのか? 誰もが嘘だと思っていた冗句(じょうく)みてえな状況が、いままさに人間を絶滅の危機に陥れている事は紛れもない事実だ」

 

「そして、その冗談みてぇな化物が、ドラゴンという生命体が人間の中に入り込まない、と誰が断言できる?」

 

 

「お前は違和感を覚えていた。ユカリは人格が変わっている。そして俺はウォークライが吸い込まれるのを見ている」

 

 

 

 

「それでもまだ、性質の悪い冗談だと言い切るのか?」

 

 

 

 長い沈黙。

 雨瀬が息を飲み、思考を巡らせているのが分る。

 

 しかし、雨瀬。…俺は今、確信したんだが、───お前、気づいてたんじゃないのか?

 

 お前ほど状況をよく見ているヤツが、あのユカリの行動の異質さから、そういう事態になっているかもしれないと、感じていたんじゃないのか? ウォークライとは断定できなくとも、竜のような何かであるという確信は持っていたんじゃないのか?

 

 しかしそれを口にはしなかった。アレを好いてしまったから言い出せなかった。

 俺には、…そう見えてならない。

 

「お前が一日中ヤツと一緒にいる事を考えれば、あのユカリをどう思っているのかは分る。だが、思い出せ。あれがウォークライであるなら、ヤツに殺された人間は途方もない数に登るという事実を。この新宿を壊滅させたのはヤツだという事を」

 

 

「思い出せ! 何千、何万という屍の山は、ヤツが築いた骸(むくろ)だという事を」

 

 

 

「そして認識しろ! あれが人類の敵だという事をっ!!」

 

 

 

 

 

「…そんなの、確実な事実と言い切れない推論です。私に、それを認めろっていうんですか?! ユカリちゃんを無理矢理に悪者に仕立て上げて、それで憎めと言うんですか?!」

 雨瀬が初めて見せた激しい感情。否定したい気持ちがありながら、事実も認めてはいる。しかし、確証がないという事だけでそれを否定している。それだけを救いとしている。

 

「雨瀬、その言い方であればヤツが悪魔だという確証さえあれば裁かれても仕方がない、という事になるぞ」

「──っ! そんなのっ!」

 

 敵は倒さなくてはならない。罪は償わなければならない。

 ならば、その罪を償う方法は、人間が竜に与えられる罰は、一つしかない。

 

「お前の戦闘クラスはトリックスターだったな。銃を使うスペシャリストだ」

 俺は腰のホルスターから一つの銃を取り出し雨瀬へと差し出した。鈍い銀色と黒いグリップのそれは、使い込まれて傷が目立つ品だ。雨瀬はそれを受け取るでもなく、ショックを受けたような顔で見下ろすだけだった。

 

「この銃は、都庁での決戦において、俺の相棒ナガレが使っていたものだ」

 そして下部より弾倉を引き抜き、その一番上に装填された銃弾を取り出す。それは通常弾とは違う、黒く塗られた薬莢(やっきょう)が目を引く弾丸だ。弾はこの一発だけしか込められていない。

 

「この弾丸は竜の動きを止める事が出来るシロモノだ。しかも、どんな竜にも効果を発揮する第二種・特殊強化DK鋼弾。今はもうこれを精製するための施設がないため、新しく弾の補充はできない。…これが最後の一発だ」

 

「元々は対魔物用として開発された試作品でな、多くは作られなかった。俺とナガレがあのウォークライとの戦いまでに全て使い切っちまってな。最後の一発もヤツに打ち込む前にナガレが殺されちまった」

 あの戦いで残り三発になっていたこの弾丸。一発はヤツの装甲に弾かれ、もう一発は左足に命中させたおかげで、動きを封じる事に成功した。もしもあの時、この弾丸をウォークライの頭部に命中させられていたら、ナガレが死ぬことはなかっただろう。

 

 これはあのウォークライをも拘束できる銃弾。その最後の一発。

 

「俺は銃自体を扱えない。そっちに関しちゃまるでシロウトでな、無理に使っても外すのが関の山だ。…だが、お前は本職だ。そしてそれ以上に確実に命中させられる状況にいる」

 

 

「…なんでです? どうしてそう言えるんですか? なぜ、私がこれを命中させられるって…」

 雨瀬は苦々しい表情で下を向いている。だが、こいつは賢い。その答えもすでに知っているはずだ。ただ、それを明確に言葉にしたくないから抵抗している。それがコイツの優しさであり、甘さというものなのだろう。

 

 だから俺が言ってやる。

 

「お前はヤツにまったく警戒されていない。殺そうと思えばいつでも殺せる状況にある。いかに中身が竜であろうと、いまのヤツは人間だ。頭部に当てれば全て吹き飛ばせるだろう」

 

「ヤツが防御を考える前に殺せるはずだ。たとえ死ななかったとしても、動かなくなればトドメは刺せる」

「あの子を…殺せって…言うんですか? それを私がやれ…と?」

 

 

「納得しろとは言わない。むしろする必要はない。…だが、選択は間違えるな。あれは人間じゃない」

 

「ヤツを殺すことは同時に本来のユカリも殺すことになるが、やむを得まい。たった一人の代償で全てが救えるのなら迷う事は無い。ただちに殺すべきだ。…犠牲が増える前にな」

 呼吸を荒げ、満足に息もできずにいる雨瀬。こいつにとって、ウォークライであるあのユカリを殺せというのは、酷な話なのかもしれん。何も知らなかったとはいえ、仲睦まじい姉妹のように親しげにも見えた。あれが危険でないというなら、殺さなくてもいいのかもしれない。

 

 だが、あれが竜に戻ったらどうする?

 ここで生活できると思うのか? 大切な者を殺された人間達が納得するのか?

 

 

 

 

 

 殺すしかないんだよ。

 

 

 

 

 

「…私にはできません。いいえ、確証もないのにそんな事…、絶対に出来ません!!」

「なら、確証を得てからでいい」

 

「ヤツはまだ人を殺してはいないようだが…、もし、人を殺したら…、その時は決断しろ」

 

「出来ませんよっ!」

「いいや、出来るな。お前は選択を間違えない」

 

 俺の言っている事は暴論。まともな精神の人間が考える事じゃないんだろう。だが、間違ってもいない。順序というものを鑑(かんが)みるならば、正論でさえある。それで多くの人命を救えるというなら、まともじゃなくとも構わない。

 

 俺のそういう意思が理解できているから、雨瀬は言葉に詰まっている。

 納得などしていなくとも、正論を正論だと判断している。お前はそういうヤツだ。

 

「どちらにせよ、お前は渋谷で自分の銃を失っている。だからこれを使え。…この弾丸をどうするかは任せる」

 俺は強引に銃を握らせ、足早に部屋を後にした。

 

 

 

 憎むなら憎めばいい。狂っているのだと思えばそれでいい。目的を達成するためなら、悪役でもなんでもやる。そういう男だ。自分には出来ない敵討ちを他人に頼むような情けない男だ。

 

 ナガレ、…あの世で安心して見ていろ。どんな手を使っても、俺がドラゴンをこの世界から一掃する。

 それが俺の戦い、生きる目的だ。

 

 

 

Next→チャプター7 『洞穴探査②・インテリヤクザ、横山』


 
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