おじさんは恋の修羅場に巻き込まれました 後編
前回のあらすじ
『Hey, won’t you help me? See how much trouble I’m in? If I take the test like this, it’s certain I’ll get a zero(やあ、ソラウさん。今日もお綺麗ですね)』
『Alright. This fan,,, If we blew the school away, you couldn’t take the tests(雁夜さんは今日もワイルドで素敵ですわ)』
おじさんとソラウお姉さんは順調にラブラブ街道を突き進んでいます。
一方、それを快く思っていない葵お母さん、凛ちゃん、桜ちゃん。
3人はソラウお姉さんを始末し、おじさんにお仕置きすることを決定しました。
でも、そんな3人の前におじさんとソラウお姉さんの仲を成就させようとする邪魔が入ったのです。
『凛、桜。ここは私に任せて先に行って頂戴。遠坂家頭首、遠坂綺麗な時臣の相手は私が引き受けるわ』
『でも、楽には殺してあげないわ。肺と心臓だけを治癒で再生しながら、爪先からじっくり切り刻んであげる。悔やみながら、苦しみながら、絶望しながら死んでいきなさい』
『だから何故私が葵に殺されるという前提で話が進んでい……ア~~っ!?』
最初に現れたのは綺麗な時臣お父さんでした。世界最高峰の実力を持つ魔術師である綺麗な時臣お父さんに対して葵お母さんはたった1人で立ち向かい、娘たちの為に血路を切り開いたのです。
『私たちの明るい未来を邪魔するこの蟲ジジイは私が片付けるわ。桜は雁夜おじさんたちを追って』
『でも、楽には殺してあげないわよ。肺と心臓だけを治癒で再生しながら、爪先からじっくり切り刻んであげるわ。悔やみながら、苦しみながら、絶望しながら死んでいきなさい』
『後少しで魔力回路を持つ孫の顔が見られたのに……だが無念よ。いや、あと一歩だったのだがなあ』
次に現れたのは臓硯おじいちゃんでした。怪しげな術を扱い、これまた世界最高峰の実力者である臓硯おじいちゃんに対して凛ちゃんはたった1人で立ち向かい、桜ちゃんの為に血路を切り開いたのです。
そして桜ちゃんは遂におじさんとソラウお姉さんの元にたどり着いたのです。
でも、ソラウお姉さんは桜ちゃんの想像以上に手ごわい相手だったのです。
『桜ちゃんは今何歳かな?』
『いや~ソラウさんは子供好きで扱いにも慣れているんですね~』
『……これだから男って単純で嫌』
なんとソラウお姉さんは桜ちゃんに優しく接することでおじさんにポイントを稼ぎ始めたのです。
智略極まるソラウお姉さんに対して桜ちゃんも必死の反撃を試みます。
『おじさん、今度また一緒にお風呂入ろう』
『おじさん……今夜も一緒に寝ていい?』
桜ちゃんはアダルティー作戦に打って出ました。
『雁夜さんは子供の世話がお好きなんですね』
『雁夜さんはいつでもパパになれますわね』
しかし、桜ちゃんのお色気全開作戦さえもソラウお姉さんは軽くかわしてしまいました。
『いやぁ~。それほどでも。あっはっはっはっは』
そして、舞い上がっているおじさんは桜ちゃんの危機感を全く感じ取りません。
状況を打開できない桜ちゃんは遂に最後の手段に打って出るしかなくなりました。
『…………こうなったらもう、おじさんと淫魔をクスクス笑ってゴーゴーするしか……』
桜ちゃんの瞳から急激に生気が失われていきます。
でも、まだ桜ちゃんは気付いていなかったのです。
真の強敵が近くに迫っていたことを。
桜ちゃんは一生懸命おじさんにアピールしています。けれど、おじさんはヘタレ甲斐性なしなので気付きません。ソラウお姉さんも桜ちゃんをライバルと認めません。
桜ちゃん大ピンチです。
「くすくす……笑って……」
俯いてしまった桜ちゃん。その全身から哀のオーラが発せられています。
桜ちゃんが絶望に浸るにつれて、彼女の下にある丸い影はますます大きくなります。
その影が5mほどの直径を得て、いよいよ何かが飛び出しそうになったその時でした。
「こっ、こんな所で……リアルもっかんを発見してしまったぁ~っ! ロウきゅ~ぶは実在したのだあ~~~っ!」
大人の男性の大声に桜ちゃんは我に返ります。
顔を上げてみると金髪オールバックの知らない西洋人なおじさんが桜ちゃんを指さしながら驚いています。アニメの幼女キャラクターがプリントされた痛い感じの紙袋を両手に下げた如何にもダメそうな人です。
桜ちゃんは知るよしもありませんでしたが、この男性こそが天才魔術師ケイネス先生だったのです。
そしてケイネス先生の出現はおじさんを巡る戦局を大きく変えることになりました。
「うっ、嘘っ!? 何で、何でケイネスがここにいるの……っ?」
ソラウお姉さんが先生を見ながら全身を震わせ始めました。先ほどまでの大人の余裕が感じ取れない動揺ぶりです。
桜ちゃんはそんなソラウお姉さんを見ながらピンと来ました。女の勘が走ったのです。
「…………この人、もしかしてっ!?」
桜ちゃんは黒い笑みを浮かべました。
この状況を利用すれば一発逆転の大勝利を収められる。桜ちゃんはそれを確信したのでした。
そして葵お母さんの娘である桜ちゃんがそんな千載一遇のチャンスを逃す筈がありませんでした。
「お母様、お姉ちゃん……。桜は2人の分まで幸せになるからね」
面倒臭いので脳内で過去の人にした2人を思いながら桜ちゃんはそっと涙を流します。そして次の瞬間、飢えた野獣のギラギラした瞳をソラウお姉さんに向けました。
「もしかして、こっちの金髪のおじさんはお姉ちゃんの恋人なの?」
子供らしいとても朗らかな声でした。飢えた野獣の瞳をしていても桜ちゃんはまだ幼い純真な女の子なのです。
「ちっ、違うわっ! こんな男、全然知らないわよっ! 道ですれ違ったことがあるぐらいよっ!」
ソラウお姉さんはおじさんを向きながら一生懸命否定します。
その必死な様を見て桜ちゃんは確信しました。この女はこの金髪とただならぬ関係なのだと。おじさんはこの女に騙されているだけなのだと。結婚詐欺師なのだと。ビッチなのだと。超ビッチなのだと。ハイパーデリシャスビッチなのだと。
桜ちゃんは慌てふためくソラウお姉さんを見ながら逆転勝利を確信しました。
「は、はあ。そうなんですか。他人のそら似ってよくありますからね」
一方でおじさんは事の重大さをまるで理解していません。
ケイネス先生のことも本当にただの知り合いなんだろうぐらいにしか思っていません。だから結婚できないんです。如何にも雁夜おじさんです。雁夜おじさん過ぎます。
一方で、現状の重大さをまるで認識していない男がここにもう1人いました。
「もっかん。君はどうしてこの三次元ワールドに現れたのだ? それとも逆か? 私の魔術は遂に二次元への扉を開くまでに至ったと言うのか? 私が天才だからっ! 私は遂に根源へと至ったと言うのだなっ!」
ケイネス先生は桜ちゃんに夢中です。ガン見し続けています。ソラウお姉さんの存在に気付いてもいません。まあケイネス先生だから仕方ありません。だってケイネス先生ですし。
「やはり女性は12歳以下に限るっ! いや、ランドセルを脱いだ老婆達を同じ女性と呼ぶのは私の目の前に降臨された女神を貶めることにしかならないっ!」
桜ちゃんを見ながらケイネス先生は瞳を輝かせています。
幼女大好きな先生にとって20歳を越したソラウお姉さんはもうアウト・オブ・眼中なのです。ペドって嫌ですね。
「違うのっ! 違うのよ雁夜さんっ! あああ、あああああぁ……」
一方、ソラウお姉さんはケイネス先生とおじさんを交互に見ながら全身をガタガタと震わしています。錯乱状態に陥っているようにしか桜ちゃんには見えませんでした。
「……やっぱり、この男はあの淫魔にとってネックとなる存在なんだ」
桜ちゃんの鼻息が荒くなります。なら、と桜ちゃんは考えました。
この金髪オールバック男の興味を淫魔に向ければ、淫魔とおじさんの恋は終わるに違いないと。そして失恋の痛手を負ったおじさんは癒しを求めて桜ちゃんをお嫁さんにするに違いないと。
それは桜ちゃんにとってみれば最善の策でした。ソラウお姉さんが何を恐れているのか見誤らなければの話でしたが。
「ああっ! 聖処女リアルもっかんよっ! 是非この稀代の天才魔術師ロード・エルメロイに語り掛けておくれ~~っ!」
完全にダメな人丸出しで大声で叫ぶケイネス先生。桜ちゃんにとって見れば先生の注意が自分に向いているのはラッキーでした。
これなら簡単にケイネス先生の興味をソラウお姉さんに向けられると思ったからです。
桜ちゃんはおじさんに習った得意な英語を駆使してケイネス先生に話し掛けました。
「Aoi is Bitch Mother!! I’m pretty girl.(桜、おじさんにお願い事があるの)」
桜ちゃんは己の魅力を最大限に発揮してお目目ウルウル攻撃でケイネス先生の壺を刺激します。世間的にはあざといと言われるその動作ですが、ケイネス先生には効果絶大でした。
「おお~~っ! 聖処女もっかんが話し掛けて下さるとは何たる恐悦至極っ! このロード・エルメロイ。聖処女もっかんの為ならば全世界を敵に回すことも厭わない所存であります。むしろ男とBBAを滅ぼし尽くす所存」
ケイネス先生は恭しく片膝をついて恭順の姿勢をとっています。本格的に二次元と三次元の区別が付かなくなってしまっているようです。でも、その方が桜ちゃんにとっては好都合なのでした。
「Rin is Bitch Sister!! I’m cute girl.(後ろを向いてくれないかなあ?)」
「御意」
ケイネス先生は桜ちゃんの言うとおりに後ろを見ました。
「この極東の島国では比較的大きな川が見えますな」
ケイネス先生はその曇りきった瞳でソラウお姉さんとおじさんの存在を無視して川だけを見ていました。
「Tokiomi is Son of the Bitch Father!! I’m lovely girl. (川の他に何か見えない?)」
「川べりに黒い小石が見えます」
ケイネス先生の答えに躊躇は一切見られませんでした。今の先生にとってソラウお姉さんたちは小石以下の存在でした。
これにはけしかけた桜ちゃんも呆れ帰りました。でも、諦めずに桜ちゃんは訴え続けました。桜ちゃんはじっと我慢の努力屋さんです。
「Kariya is My Dandy Husband!! I’m Sexy girl. (小石の近くにお姉さんが見えるでしょ?)」
ケイネス先生は目を凝らして桜ちゃんが指差した地点をジッと見ます。
「言われてみると聖処女の言う通りに20過ぎたBBAがいるような気がします。会ったことがあるかどうかも定かではありませんが」
コイツもうダメでした。早く何とかしないといけません。でも、桜ちゃんは相手がこんなんでも不屈の闘志をもって挑み続けたのです。
「Shiro is My Lovely Husband, too!! I’m pure girl. (頑張ってそのお姉さんが誰なのか思い出してみて)」
桜ちゃんは満面の笑みを浮かべながらケイネス先生を応援します。後ろで黒いタコさんウィンナーがにょろにょろと激しく動いています(伏線)。
「そう言えばこのBBA、親同士が決めた私の婚約者だった気がします。名前は確か……なか卯だった気がします」
ケイネス先生の中でソラウお姉さんと某牛丼屋が合併を果たしました。コイツはもう本当にダメです。綺麗な時臣お父さんと同類の最低の屑です。
でも、ケイネス先生が放ったその一言は大きな波紋を投げ掛けたのです。
「そっ、そっ、ソラウさんはこちらの男性と婚約なさっていたのですかぁ~~っ!?」
おじさんが超ウルトラショックな表情でソラウお姉さんを見ています。
膝はガクガク、足はフラフラ。今にもぶっ倒れてしまいそうです。いえ、体から魂が抜け出していきそうです。
おじさんが大ショックを受けるのも無理はありません。
せっかくソラウお姉さんとお知り合いになれて人生で初めて春が来た。もしかするとこのまま関係が進展して結婚なんてことも。
そんな人生初のハッピーマリッジ展開を夢見ていた矢先にソラウお姉さんはもう先約済み宣言。おじさんは人格が崩壊しそうな程に激しくショックを受けています。
「Sorau is the worst Bitch in the World. I’m the most innocent girl in the world(よっしゃ! 期待以上の大戦果っ!)」
今にも川に飛び込んで自殺しそうなおじさんを見ながら桜ちゃんはしてやったりと思いました。今こそ、最強の敵を一気呵成に攻め立てる時です。
「おじさんはこのお姉ちゃんに騙されているんだよっ! もう婚約者がいるのにおじさんに近付いて、結婚詐欺を目論んでいるんだよっ!」
桜ちゃんは胸を反らせてとても誇らしげです。自分の男に手を出した報いを今ソラウお姉さんに与えようというのです。
「ちっ、違うっ! 違うのよぉ~~っ! 婚約は親同士が勝手に決めただけ。私はケイネスと結婚する気なんてこれっぽっちもないのよっ!」
ソラウお姉さんは髪を掻き毟りながら必死になって反論します。でも、桜ちゃんは怯みません。
「結婚する気がなくても、婚約を解消してもいないのにおじさんに近付くなんて悪女のすることだよっ! ううん、ビッチのすることだよっ! 葵お母さんや凛お姉ちゃんと同じだよっ!」
桜ちゃんは全身に黒いオーラを纏いながらソラウお姉さんの道徳観念を責めます。
婚約どころか婚姻状態すら破棄していない葵お母さんがおじさんに迫っている点はこの際無視です。
「違うのっ! 私は、本気で雁夜さんと……」
「婚約者がいることも知らさなかったのに、そんな言葉信じられる訳ないもんっ!」
指を絡めて俯きながら小声で喋るソラウお姉さん。
10年後にはきっと立派になるに違いない胸を反らしながら息巻く桜ちゃん。
桜ちゃんの大攻勢によりソラウお姉さんは大ピンチです。
「ソラウさんに婚約者がいたなんて…………考えてみればそうだよな。俺みたいな冴えない男が女性に本気で相手にされる訳がないよな……あの川に入れば俺の人生もこの虚しさから解放されるかなあ……?」
一方おじさんはすっかり廃人モードです。魂が3分の2以上抜け出しています。桜ちゃんとソラウお姉さんの争いも全く耳に入っていません。
でも、この場で最も危険な人物は頭を捻りながら情報を整理している段階でした。
「そう言えば、このそば湯とかいう女、確かにこの天才魔術師ロード・エルメロイの許嫁だ。間違いないっ!」
ケイネス先生の中で今度はソラウお姉さんとおそば屋さんの食後のサービスが合併しました。そば湯は体に良いのでおそば屋さんに入った時は出来る限り飲みましょう。
それはともかくケイネス先生はソラウお姉さんとおじさんを交互に見ながら更に考え込んでいます。
「何故ラオウが他の男と一緒に出掛けているのだ?」
ケイネス先生の中で今度はソラウお姉さんと世紀末覇者が合併しました。婚約者の名前さえ覚えられない先生は最悪です。というかウしかもう合っていません。
でも、その最悪は己の醜悪さを無視してソラウお姉さんに非難の視線を向けました。
「つまり小鳥遊ソラは、この私という完璧を極めた婚約者がいるのにも関わらずそこの冴えない男と浮気したというのか?」
ケイネス先生は美少女アニメキャラとソラウお姉さんを合併させました。一番先生らしい間違い方ですが。
「ち、ちち、違うわ。雁夜さんは何も悪くないっ! 雁夜さんは何も悪くないのっ!」
焦りながら必死に弁明するソラウお姉さん。
でも、ケイネス先生はプライドが高くて頭も嫌な方に早く回るのでソラウお姉さんが当初危惧した通りの方向に思考を偏らせていったのです。
「婚約者が浮気……この天才魔術師ロード・エルメロイの栄光に泥を塗るようなマネをしてくれたなぁあああああああぁっ!!」
自分が幼女にうつつを抜かしていることはすっかり棚に上げてケイネス先生は怒りを爆発させました。最低ですね、この人。
「アマタ・ソラっ!! アーチボルト家⑨代目頭首ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの栄光に傷を付けたこと。その罰をたっぷりと受けてもらうぞぉおおおぉっ!!」
ケイネス先生の魔力が急上昇していきます。先程までは魔力5でゴミだった先生が今では53万まで上がっています。
ケイネス先生は考え方だけでなく、魔術師しても危険レベルに達しました。
「恐れていた事態が……起きてしまった。ケイネス……」
期待しない未来を当ててしまったソラウお姉さんの顔面は蒼白です。
「頑張れ~。金髪のおじさ~ん♪」
一方で桜ちゃんは超ご機嫌です。ケイネス先生がソラウお姉さんをやっつけてくれることを期待して先生を応援します。
自分の手を汚さずに済むので桜ちゃんにとっては理想的な展開です。でも、そう考えていた桜ちゃんの読みは甘かったのでした。
「罰として貴様の浮気相手をこの場でぐちゃぐちゃにして殺してやろう。つまらぬことをしでかした報いをその目に焼き付けるがいいっ!」
「えっ?」
先生を応援していた桜ちゃんの動きが止まりました。ケイネス先生の怒りの視線は廃人になりっ放しのおじさんに向いています。
「そして浮気相手を誅罰した暁には、私は聖処女もっかんにこの生涯の全てを捧げることを誓おう」
ケイネス先生は熱の篭った瞳で桜ちゃんを見ました。その瞬間、桜ちゃんの全身に激しい寒気が走りました。
「さあ、聖処女もっかんよ。私と共に新しい栄光の日々を築きましょう」
ケイネス先生は恭しく一礼を取ります。でも、その瞳は明らかに犯罪者が幼女を狙っている時のものでした。
「そして私の栄光に泥を塗ったそこの男よ。醜く朽ち果てるが良い」
ケイネス先生は右手で魔術を発動させる準備をしています。おじさんを吹き飛ばすつもりで間違いありません。
「ああぁ……パトラッシュが俺を迎えに来てくれている。天使がやけに黒い翼を持って鋭利な尻尾を生やしているのがちょっと気になるなあ……」
ソラウお姉さんの婚約者の存在を知って不抜けたままのおじさんは命の危機にも関わらず魂が半分飛び出しています。
ケイネス先生と戦える状態にはとてもありません。戦えた所でジャーナリストのおじさんが天才魔術師であるケイネス先生に勝てる訳がないのですが。
つまり、おじさんは今絶体絶命の大ピンチです。だけどそんな王子様のピンチにお姫様達が応じない筈がありませんでした。
「……一時休戦だね」
「そうね」
桜ちゃんとソラウお姉さんは顔を見合わせてコクンと頷きます。そして2人はおじさんの前に立って壁となりました。
桜ちゃんとソラウお姉さんはケイネス先生を倒す為の共闘することにしたのです。
「フム。その男を庇うというのか。ならばヨスガノソラよ。貴様もその男同様に滅してくれる。そして私はリアルもっかんと生涯を添い遂げるっ!」
「「……………っ!!」」
身震いする桜ちゃんとソラウお姉さん。
桜ちゃんとソラウお姉さん対ケイネス先生の命を賭けた決闘が今ここに始まりました。
「ろくに魔術の修練も積んだことがないBBAと女神幼女が組んだぐらいでこの天才魔術師ロード・エルメロイに敵うと本気で思っているのかっ!? はっはっはっは」
余裕の笑みを発するケイネス先生。
その油断はどう見ても負けフラグです。でもそんな負けフラグが何も気にならないぐらいに圧倒的な実力差があるのも確かです。
「私は魔術の初歩しか習っていない。桜ちゃん……魔術の修練は?」
「私は間桐魔術を習ったことがないの」
本来蟲蔵に入れられて無理やり間桐魔術を習わされる筈だった桜ちゃん。でも、蟲蔵に入れられたのが綺麗なワカメだったので、桜ちゃんが魔術を習う機会は失われました。
それは桜ちゃんの身体にとって良いことなのですが、現在のような場合には大ピンチを招きます。
「だから私にはくすくす笑ってゴーゴーしか出来ないの」
「くすくす笑ってゴーゴー?」
聞き慣れない単語にソラウお姉さんは首を捻りました。
「こういうこと」
桜ちゃんが強く念じます。すると、桜ちゃんの後ろに黒と赤で出来た巨大なタコさんウィンナーのような存在が出現しました。
「やあ、僕。聖杯くん」
桜ちゃんが強く願えば召喚出来る本物の聖杯でした。
「えっ? 聖杯っ? 本物っ!? だって、聖杯が現れないから聖杯戦争は中止になったんじゃないのっ!?」
ソラウお姉さんはテンパっています。でも、そんなお姉さんを無視して桜ちゃんは聖杯に向かって問い掛けました。
「ねえ、聖杯くん。あの変態をフルボッコに出来る?」
桜ちゃんはケイネス先生を指さしながら尋ねました。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ。媚びろぉ~~媚びろぉ~~っ!」
「…………っ」
聖杯くんはごま塩のようなつぶらな瞳で先生を見ています。そして答えを出しました。
「生理的に無理」
聖杯くんは首を横に振りました。
「やっぱり無理、だよね」
桜ちゃんはがっかりします。でも、そこで聖杯くんはちゃんとフォローを入れました。
「代わりに僕の穴に落として閉じ込めることは可能かな?」
「聖杯くんの……穴?」
桜ちゃんはバレンタインの時のことを思い出しました。
綺麗なワカメが聖杯の穴を内側から閉じて桜ちゃんを守った時のことをです。
「綺麗なワカメお兄ちゃん……っ」
聖杯の穴は綺麗なワカメがその命を賭けて閉じたものです。
それをまた開けるということは大変なことです。でも、開けなければおじさんが、そして桜ちゃんたちの命も危ないです。
「私にもう1度力を貸してっ!」
桜ちゃんは聖杯の穴を開くことに決めました。
「今の桜ちゃんの力で開けられる僕の穴は直径が精々5mぐらいだよ。あの生理的に無理を僕のすぐ側まで連れてきてね」
「連れてきてと言われても……」
ソラウお姉さんは生理的に無理な人を見ます。
「はっはっはっはぁ。私は天才だぁ~~っ! 誰よりも早くどんな魔術も習得することが出来るのだぁ~~っ! そしてどんな幼女にも深く愛される人格者なのだぁ~~っ」
自分自慢に忙しい人ですが天才魔術師であることには違いありません。
魔術合戦をして1歩でも動かせる自信はソラウお姉さんにはありません。変態ですがとてつもなく強いことだけは確かです。
「幼女のことしか考えていないロリペド野郎で、大人の女性が近づくと生理的に拒絶して遠ざかっていくけれどケイネスは天才。どうすれば動かすことができるの?」
「ロリペドで大人の女の人が苦手」
「「あっ!!」」
2人はケイネス先生攻略法を思い付いたのです。
それは至極簡単な攻略法でした。
2人は早速実行に移りました。
そして1分後──
「20歳超えたBBAめぇえええぇっ! そして愛らし過ぎて生きるのが辛い幼女よぉおおおおおぉっ! これが人間のやることかよぉ~~~~っ! うわらばぁああああああああああああああぁっ!!」
桜ちゃんに誘惑されて近付いてきて、横から突如現れたソラウお姉さんに驚いて飛び退いたケイネス先生は聖杯の穴の中へと落ちていきました。
2人が立てた作戦が見事的中したのです。
「「やったぁああああああぁっ!!」」
手を叩きあって喜ぶ2人。何だかちょっと呆気なさ過ぎる気もしますが、桜ちゃんとソラウお姉さんの大勝利です。
2人はそう思っていました。
でも、ケイネス先生は桜ちゃん達の予想を遥かに超えた天才だったのです。そして変態だったのです。
その予兆はすぐに聖杯くんに現れました。
「うっ! くっ、くっ、苦しいっ!」
聖杯くんは触手を人間で言えば胸に該当する部分に当てて苦しみ始めました。
「うううっ!? 頭も、痛いっ! 僕の意思がどんどん粉々に砕かれていくようだ!」
聖杯くんは頭に該当する部分も触手で押さえながら座り込んでしまいました。
「大丈夫、聖杯くんっ!?」
桜ちゃんが近寄ろうとします。
でも、それを制したのは聖杯くんでした。
「僕に近寄っちゃ駄目だ、桜ちゃんっ!」
「聖杯……くん……」
聖杯くんが強い口調で言うので桜ちゃんはそれ以上近寄れません。
「桜ちゃん……一刻も早く僕から離れて。でないと僕は、僕は……っ」
聖杯くんは苦しみながら再び立ち上がります。
桜ちゃんたちには聖杯くんの身に何が起きているのかまるで分かりません。
「こうなったら、乗っ取られる前に穴の中を水で一杯に満たして溺死してもらうよ。生理的に無理な人っ!」
聖杯くんは大きくジャンプして川の中へと身を投げました。大きな音と共に聖杯くんの体が川の水の中へと没していきます。
「一体、どうしちゃったの?」
桜ちゃんにはまるで訳が分かりません。
でも、桜ちゃんたちはその理由をこの後すぐ最悪な形で知ることになるのでした。
「よろしい。ならばひときわ色鮮やかな慟哭と絶望でこの幼女達の庭を染め上げてやろうではないか。娯楽の何たるを心得ているかのは幼女だけではないということを天上の演出家に知らしめてやらねばっ!」
川の中から声が聞こえてきました。
ビクッと身体を震わせながら桜ちゃんとソラウお姉さんが川の中央を見ます。
「今再びっ! 我らは救世の旗を掲げようっ! 見捨てられたる者は集うが良いっ! 私が率いる。私が総べる。我ら貶められたる者の怨嗟が必ずや二次元幼女にも届くっ!」
川の水面が突然激しく波打ち出します。
それと共に巨大な黒い物体が川の中から迫り出して来ました。
「聖杯……くん?」
それは、桜ちゃんのお友達である聖杯くんと同じ形をしていました。
でも、大きさが桁外れでした。
普段の聖杯くんはソラウお姉さんの身長と同じぐらいの高さです。
でも、水面からグングンと伸び上がってくるそれはどう控えめに見ても50mを超えています。
「おおっ! 異次元の幼女よっ! 私は糾弾をもって御身を称えようっ! 傲岸なる幼女をっ! 冷酷なる幼女をっ! 我らは御座より引きずり下ろすっ!!」
桜ちゃん達の目の前に超巨大な聖杯くんが出現したのです。
「ああ……ああ……っ」
普段とは全く異なる“モノ”になってしまった聖杯くんを見ながら桜ちゃんが全身を大きく震わします。
「あの、化け物をケイネスが……っ」
ソラウお姉さんは確かに感じていました。
聖杯くん全体から増幅されたケイネス先生の魔力が放たれていることを。
即ち、あの化け物を操っているのがケイネス先生であることを。
「これはまた、随分と派手なことになっているわねえ」
「こんな大きなタコさんウィンナーはグロテスクなだけですね」
桜ちゃん達の横に葵お母さんと凛ちゃんがやって来ました。
「お母様っ! お姉ちゃんっ!」
桜ちゃんは2人が来たことでちょっとだけ安心しました。
「あの、貴方たちは?」
「通りすがりの正義の味方で桜の母親の遠坂葵よ」
「通りすがりの正義の味方で桜の姉の遠坂凛です」
ソラウお姉さんを私怨から殺そうとしていた過去をサラっと捨てて葵お母さんたちは格好よく名乗りました。
「ソラウさん。ここは共闘してあの聖杯を破壊しましょう」
殺そうとしていた過去をなかったことにして葵お母さんは爽やかに握手を求めました。
「はい。お願いします」
ソラウお姉さんはそんな過去の経緯を知らないので純粋に援軍が来たと思い喜んでいます。
「ほらっ。雁夜くんもいい加減にしっかりしなさい。男の子でしょ」
葵お母さんはおじさんに見事な腹パンを決めました。
「ぶべぇっ!? はっ? 俺は一体……?」
桜ちゃん達が葵お母さんの躊躇ない暴力に震える横でおじさんは復活を果たしました。
「聖杯が暴走したの。破壊するから雁夜くんも協力して」
「聖杯がっ!?」
おじさんは皆の視線の先を見ました。特に注視するまでもなく、巨大な聖杯がニョキニョキと触手を伸ばしているのが見えました。
「……えっと、こういう時こそ冬木の管理人である時臣と臓硯の出番なんじゃないのか?」
そのあまりの巨体ぶりにおじさんはちょっと日和見しました。
でも、そんなおじさんの期待は叶うことがありませんでした。
「時臣は逝ってしまったわ。円環の理に導かれて」
「臓硯おじいさんも逝ってしまいました。円環の理に導かれて」
顔に返り血の跡をちょっぴり残しながら葵お母さんと凛ちゃんは答えました。
「肝心な時に使えないな。冬木の管理人たちは……」
おじさんとてもガッカリです。
「だからこの5人で聖杯を破壊しないと冬木が滅んでしまうかも知れないわっ!」
「お父様の分まで遠坂家の魔術師として私が一生懸命に戦いますっ!」
「おじさんっ! 桜達の手でこの世界を守ろうっ!」
「そうよ、雁夜さん。アレとだけは私達の手で決着を付けないとっ!」
4人の美女と美少女に促されるおじさん。1人でも勇気100倍になれる美女に、しかも4人から励まされては幾らヘタレ極まるおじさんでもやる気を出さない訳にはいきませんでした。
「魔術を捨てたとはいえ、俺も冬木の管理人の一族の人間。この危機を放って逃げるわけにはいかないよなっ!」
おじさんも遂にケイネス先生に乗っ取られた聖杯くんと戦う決意を固めました。
「あらゆる時代っ! あらゆる場所っ! あらゆる時空っ! あらゆる次元っ! 全ての美しき幼女を私の元に~~~っ!」
猛り狂う聖杯を乗っ取ったケイネス先生。その体は禍々しく、その内部は生身の人間では決して扱うことができない強大な魔力に溢れています。
でも、それでも桜ちゃんたちはケイネス先生と戦う道を選んだのです。
いよいよ、最終決戦の刻がやって来たのでした。
完結編に続きます
Tweet |
|
|
3
|
0
|
追加するフォルダを選択
前回は中途半端に良い話を作ろうとした失敗を糧に突っ走る道を再度。
続きを表示