ロバート・C・ディサイズは、傾いたコクピットで悪態をついた。
「くそったれ、今日は本気で来やがったな」
砂色に塗られた彼のザクは、右足からオイルを吹き出して砂漠に跪いている。丘の向こうから撃ち込まれてくるロケット弾が、間断なく彼の周りに着弾していた。
「ち、調子に乗りやがる」
索敵範囲に、次々と敵影が浮かび上がった。機体を水平に戻せないまま、ロバートは反射的にマシンガンを構えた。
『大尉! 一先ず下がってください!』
右手から前に出ようとしたヨアヒム・”ファッティ”・キッファのドムを、ロバートは制止した。
「出るなファッティ! いくらお前でも、四個小隊は抑えられん!」
ヨアヒムは、脚部ホバーを憤ったように噴かせて戻ってきた。
『立てますか、大尉』
「すまん、ファッティ」
ドムは、ロケットバズーカを背中のラッチに納めると、ロバートのザクの腕を掴んだ。
「マリー、ビリー、各個に後退だ。アインスフラまで戻れ」
丘の稜線から、ジムの白い頭が見え隠れしていた。
グラナダで終戦協定が正式に調印され、戦争は終わったはずだった。
オペレーション・オデッサ以降、地球におけるジオン軍の勢力は衰退したが、終戦を迎えた今でも、北アフリカのアトラス山脈一帯では小規模な戦闘が繰り返されていた。中でも、激戦を勝ち抜いて生き残った四機編成の小部隊、彼らによって地球連邦軍ヨーロッパ方面軍のかなりのモビルスーツ部隊が撃破された。連邦内では、彼らをアトラスの剣と呼んで恐れていた。
「トレムセンもじき落ちるな」
連邦は、北アフリカに展開しているジオンの残存部隊を徐々に追い詰めてきていた。土壁の建物が並ぶアインスフラの町に一つだけある酒場が、彼らの最後の拠点でもあった。
「大尉殿、あのザクもうだめですぜ」
ビリー・ロックウェルが、視線の定まらない目で言ってきた。
「弾薬補給もろくにできないんだから、モビルスーツの補充なんか到底無理ね」
マリー・クアレンシアはテーブルに腰掛けて、絡まった赤い髪を指で梳いている。
「なあに、戦い方はいくらでもある。ラル大尉を見ろ。彼はゲリラ戦術であの木馬に一矢報いたじゃないか」
「無理ですよ大尉殿。俺らにラル隊みたいなことができると?」
ビリーの言葉に、ロバートはかぶりを振ってグラスをあおった。
「大尉、よろしければ、自分のドムを使ってください」
「だめよファッティ。あんたのドムはコクピット周りの油圧がいかれてるから、あんたのバカっ力でないと動かせないじゃないの」
ヨアヒムは、丸く大きな肩をすくめた。
「気持ちだけもらっとくよ、ファッティ」
「こうなったら、連邦のMSでもかっぱらいますか。へっへっ」
ビリーは、赤い顔をして酒を注いだ。
「大尉、俺達に支援してくれる物好きが、どっかにいませんかね」
ヨアヒムは冗談めかして言ったが、半分は本気のようだった。
「・・・投降、するか?」
ロバートのセリフに、しばらく間を置いてから一同は笑いだした。
「それが一番ばかばかしいわ、ねえビリー」
「へっへっ、連邦の野郎共を蜂の巣にするまでは、この手足がもげても戦うぜ。へっへっ」
「そのうち、その物好きがやってくるかも知れんな、ファッティ」
ヨアヒムは、ばつが悪そうに大きな下腹をさすった。
「・・・その物好きが、こっちに向かってるって話だ」
奥から出てきたマスターに、一同の視線は釘付けになった。アントニオ・ファラーナは、店の奥にある通信機を指差した。
「ま、わしもその物好きのうちに入るんだろうがな」
アントニオの話では、ア・バオア・クーから脱出した部隊の一部が、連邦の追撃を受けて地球へ逃れてきたというのだ。
「で、そのコムサイはこっちへ来るのか?」
「ああ、連絡は付けた。なんとかな」
ロバートは、いたたまれず外へ出た。真上から叩き付ける日差しの中、ロバートはずっと青白い空を見つめた。
「あれか?」
一筋の白い線が空にあった。やがて空気を切り裂く音が響き、遠くの山間からコムサイがその姿を現した。だが、不時着する際にバランスを崩して横転し、キャビンが岩場に叩き付けられた。
「どうだ、ファッティ」
一同は現場に駆け付けたが、ヨアヒムはただ首を横に振るだけだった。ロバートは、黙祷して敬礼を送った。
「モビルスーツですよ! 大尉殿!」
コンテナのほうで、ビリーが甲高い声を上げた。ロバートが駆け付けると、そこには見慣れないモビルスーツが横付けされていた。
「ゲルググだわ」マリーはそう呟くと、興味深げに近寄った。
「うへっ、キャノン砲まで背負ってるぜ!」ビリーは嬉しそうに跳びはねている。
「使わせてもらいましょうよ、大尉」
ヨアヒムの言葉に、ロバートは頷いた。
連邦軍は、北アフリカの地中海沿岸を制圧し、更なる残存部隊殲滅へ向けて動きが活発化していた。
『調子はどうですか、大尉』
アースカラーに塗られたゲルググキャノンは、両腕にオプショナルウェポンを装備して、ロバートの四台目の搭乗機となった。
『大尉はこれで全部乗ったことになるのね。ザク、グフ、ドム、そして、そのゲルググ』
真紅に塗られたマリーのグフは、浮上走行したままで両腕に仕込まれたヒートロッドを出し入れして調子を窺っている。
『いいなあ、大尉殿』
「替わるか、ビリー」
両手にマシンガンを持ったビリーのザクは、先頭を切ってまるで自分のことのようにはしゃいでいた。アインスフラを出たアトラスの剣は、ありったけの物資と一緒にアトラス山脈の只中へ移動を開始した。
「ふっ、わしも相当物好きだな」トレーラーの運転席で、アントニオは独りごちた。
「これだけありゃ、一ヵ月はもつな」
峠にキャンプを張った一行は、それぞれに整備を始めた。トレーラーのコンテナを覗きこんでいたヨアヒムは、水のボトルを一つ失敬して搭乗機へ向かった。
「何も、あんたまで付いてくることはないのに」
「そういうなよ、ロバート」
アントニオは、運転席から降りると眩しそうに辺りを見渡した。
「切り立った崖とガレ場、連邦の部隊が山脈を抜けるには、俺達を倒してこの峠を通るか、俺達に狙撃されながら谷を抜けるか」
「ゲルググにキャノンがなかったら、こんな作戦はできなかった」
アントニオに戦術はわからなかったが、それが対空戦力を指していることは理解できた。
「なあロバート、わしはあんたが好きだからここにいるが、あんたは何故ここにいるんだ?」
ロバートは、キャノンを背負ったゲルググを見上げてから、薄笑いを浮かべた。
「・・・さあな、何故なんだろうな」
「もう戦争は終わった。武装解除して投降すれば国に帰れるだろうに」
「マスター、もう俺達はジオンだのコントリズムだのという大義は背負っちゃいない。ずっと戦いを続けてきた俺達にとって、戦うことだけが全てなんだ。他には何もないさ」
「それが本意なのか、ロバート」
「・・・俺の目の前で、何百人も仲間が死んでいったんだ。だから俺も、戦いの中でケリを付けたい。それしかできないんだよ」
ロバートは、背を向けてゆっくりと歩きだした。
「・・・戦いに魅入られた兵士か・・・。まったく悲しいもんだ」
アントニオが仰いだ空を、連邦の哨戒機が飛んでいった。
「見つかった?」
「うへえっ」
マリーとビリーは、慌ててコクピットに潜り込んだ。
「野郎、逃がすか」ヨアヒムは、背中のロケットバズーカを構えた。
「待て、俺がやる」ロバートのゲルググが、肩のキャノンを下ろした。「各員は引き続き対空警戒を続けろ」
レティクルが機影に重なる。
「・・・これしか、ないんだよ」
ビームの束は、哨戒機を貫いて空に消えていった。
「ロバート、何か来るぞ!」
アントニオが、トレーラーに積んだ近距離レーダーを食い入るように見つめている。
「空か?」
「いや、地上だ。真っすぐこちらに・・・、一機だと?」
「一機だけ?」
機影がただ一つ、まるで何も知らないかのようにロバート達の許へ近付いていった。
「へっへっへっ、俺が出迎えてやりますぜ、大尉殿」
ビリーは、両手のマシンガンを掲げてゆっくりと動きだした。
「へっへっ、来やがれ、連邦のクソ野郎」
機影がまだ黙視できないうちに、ビリーは両手のマシンガンを撃ち放して前進した。狭いフィールドで、クレイジービリーのダブルマシンガンを浴びれば、モビルスーツは跡形もなく破壊されてしまうだろう。
マシンガンの射撃音が止み、辺りに薄いスモークがたちこめた。
「敵ながらガッツのある奴だ。称賛してやるぜ」
ヨアヒムのドムが一歩踏み出したとき、スモークの中で何かが動きだした。
「ビリー、殺ったんじゃないのか・・・」
ヨアヒムは身構えたが、スモークの中から現われたのは、上半身を失ったビリーのザクだった。
「ビリー!」
少し離れた所にいるロバートは、様子がおかしいことに気付いた。
「ファッティ、何かあったのか?」
『ビ、ビリーの奴が・・・、うわっ!』
「ファッティ!」
レシーバーから聞こえてきたヨアヒムの声は、むしろ音のようだった。ロバートは、キャノンを跳ね上げてバトルフィールドに向かった。
「な、なにぃっ!」
下半身で立ち尽くしているビリーのザクの傍らに、真っ二つに縦割りされたヨアヒムのドムがあった。
「マ、マリー!」
両腕を失ったマリーのグフの腹から、薄赤いプラズマが突き出てきた。制御不能になったヒートロッドが、まるで蛇のようにのたうちまわっている。
「た、たった一機で?・・・」
ロバートは、マリーのグフの残骸を押し退けて跪いているモビルスーツを見た。
「し、白いモビルスーツ? ま、まさか、あのアムロとかいう連邦のニュータイプが乗っていた・・・」
ロバートが見たのはそこまでだった。メインモニター一杯にプラズマが広がって、ゲルググは頭をはねられた。
「まだだ!」
ロバートは、左腕に装備したソリッドマシンガンを撃ちながら、右腕のヒートクローを突き出した。乱れるサブモニターは、それらを悉く跳ね退ける白いモビルスーツを映しだした。
「まだだと言っている!」
ロバートは、ペダルを床一杯踏み付けた。一瞬の浮揚感の後に、鋭い衝撃がコクピットを襲った。
「ロバート!」
アントニオは、二機のモビルスーツが組み合ったまま谷底へ落ちるのを見た。小さな爆発が聞こえて、アントニオはかぶりを振った。
連邦ヨーロッパ方面軍から、北米のオーガスタNT研究所へ一件の報告が上がった。新型サイ‐コミュシステム実験の成功もそこそこに、素材の消失が詫びられていた。だが、難航を極めていたアトラス山脈一帯のジオン残党を一掃したという功績は、やはり称賛に値すると報告は締めくくっていた。
「まあいい、素材はどこにでもある。問題は、素材の実験の場がいつまであるかってことだ」
ローレン・ナカモト研究主任は、報告を一笑に付した。
copyright (c)crescent works 1999
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1999年作品。
当時、再販していたMSVをモチーフにして書いたものです。実際にゲルググとドムは作りました。
シリーズ化しようと思ったこともありましたが、やめました。
書いた作品の中で、一番戦闘シーンが出てくる回かもしれません。
気が向いたら、今の技術をもってもう一度モデル化してみようかなあ。