No.421482

世界を渡る転生物語 影技14 【キシュラナ流剛剣士(死)術】

丘騎士さん

 更新が遅れて申し訳ありません!

 かなり文章に詰まっていました……。

 前回の続きから、今回は剣を習う過程までを書いています。

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2012-05-11 21:11:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3489   閲覧ユーザー数:3352

 入国の際……懸念していた通り、聖王女様直々の身分書という事で国賓級の扱いを受けかけたところをお忍びという形で押さえてもらい、キシュラナの中でも有数の【キシュラナ流剛剣()術】名家、ザキューレ家で預かるという事で話をつけ、ザキューレさんやサイさんに護衛してもらうという形でザキューレさんの家へと案内されることとなった俺達。

 

 キシュラナ国内の和風な瓦屋根、そして独特な雰囲気は東洋文化の混じりあった……ジンにとってはどこか懐かしい感じの景色であり……心惹かれるものだった。

 

 武人然として口数の少ないザキューレさんとサイではあったが、景色を眺めていた俺を見てサイさんが建物や育てている作物に関しての情報を簡潔にガイドしてくれる。

 

 簡潔でありながら要点を抑えたガイドを聞きながら、しばしキシュラナ国内を練り歩き─

 

「……でけえ……」

 

「すごいわねえ……」

 

「大きいなあ……」

 

「ここが【キシュラナ流剛剣()術】・【左武頼(さぶらい)】・筆頭指南役ザキューレ家。我が師匠、ザル=ザキューレの住まいにして、この国でも一、二を争う才能のあるものを育てる道場だ。不肖、私もここで修練を重ねている」

 

「……武人とはその武を鍛え極めんとするもの。……此度の戦いは私の腕の未熟さを知るにはもってこいであった。私もさらに精進せねばな」

 

 そういいながら二人が足を止めたのは……右を見ても左を見ても、なが~い塀の続く武家屋敷風の大きな門の前。

 

 この国でのザキューレさんの権威を示すような大きさの屋敷を見て……今更ながらザキューレさんとエレさんの二人が本当に死合にならなくてよかったとほっとする。

 

 この世界の武を旨とする者達は総じて─

 

『武に生きるもの、戦いに生き、戦いに死すのであれば本望』

 

 と、戦う本人達はそう言う。

 

 しかし……その人物が仮に武の先達であり、師であったとするならば……そんな大事な人を討たれた弟子達がその言葉に従い、倒された相手を尊敬したり許したり出来るかといえば……そうなることはまずありえないだろう。

 

 いかに死んだ当人が満足できる戦いの果てにその命を散らしたとしても……近しいものを殺された周りの人々の感情的にはまったくの別物だからだ。

 

 尚且つ、武を競う……力を示すという点において、この聖王国では絶対不可侵の掟、【四天滅殺】が存在する。

 

 『四天滅殺交わること無かれ』

 

 この掟を破れば、流派断絶・及び国の壊滅を意味するとまで言われる絶対不可侵の条約。

 

 ……実際はもう既に戦っているので確実にアウトっぽいのだが、互いに死んでいなかったので……ギリギリセーフ、だと思いたい。 

 

 思えると、いいなあ……などと俺がそんな考えを巡らせている中、心配そうに俺の顔を覗き込むフォウリィーさんと視線がぶつかり……俺の表情がげんなりとし、エレさんとザキューレさんに視線を移した瞬間、俺の心情を理解したのか、そっと俺の肩に手を置いて一緒に深い溜息をつく。

 

ー『うっ』ー

 

 自分達を見てからの溜息に自覚し、言葉を漏らすエレさんとザキューレさん達が視線を逸らす中─

 

 ザキューレさんを発見した門番さんが『お帰りなさいませ!』という気合の入った言葉と共に、そのお屋敷の大きな門が開門されていく。

 

 そして……開かれた門の先の真正面には家の玄関。

 

 そして左手には立派な手入れのされた庭。

 

 右手には……試し切りに使うのか、塀の傍に積み上げられた丸太と、地面に突き立てられた丸太の数々。

 

 打ち込みように丸太が地面に刺さり、列をなし、地面には踏み込みの跡であろう、踏みしめ固められた足跡が残っていた。

 

 ここが、ザキューレさんやサイさんがいつも修練をこなす……【キシュラナ流剛剣()術】の修練場なのだろう。

 

 【リキトア流皇牙王殺法】では森の中。

 

 【呪符魔術士(スイレーム)】では地下修練場。

 

 【魔導士(ラザレーム)】も自然の中と、それぞれの修練場もまた違うのだなあ、などと思いつつも、本格的な武術を行う修練場に感心しながら場を見つめる。

 

「……さすが、キシュラナの修練場だな。設備も場所もきっちりと整ってやがる。あ~、ちっきしょう! 掟が無かったらここを使わせてもらうのになあ」

 

「ふっ……さすがにそれはまずかろう。それに……今ではただ広いだけで、私が直弟子と呼べるものは二人しかとっておらん。後は私の兄弟弟子が都市内で行っている【キシュラナ流剛剣()術】の道場に通っておるのだからな」

 

「お師匠様は、弟子を取る基準が厳しい方なのだ。故に……私も弟子になれたことを誇りに思っている」

 

 やや自嘲気味に口を吊り上げるザキューレさんではあったが、サイさんがそれをフォローするかのように自分の思いを口にしながら胸を張る。

 

 やがて背後で門が閉まる音と共に、玄関へと続く石畳を歩き─

 

「──お父様! サイ殿!」

 

「今帰ったぞリキュナ」

 

「ただいま戻りました、リキュナ殿」

 

 そんな俺達の一行、ザキューレさん達を見て、叫び声に近い声をあげた後、心底安堵した表情でザキューレさんに抱きつく女性。

 

 ザキューレさんの面影を感じさせるような凛々しい佇まいと、茶色い髪をポニーテールにしたその姿。

 

 着物のような薄い桜色の衣服を身にまとうその女性は、恐らくはザキューレさんが残していたのであろう、書置きのようなものを抱き締めながらザキューレさんの胸にすがり付いて泣きはじめる。

 

 そんな娘さんを抱き締めながら、無骨ながらも優しく頭を撫でて目を細めるザキューレさん。

 

 そして……それを見守るかのように、同じく目を細めながら、優しい笑顔を浮かべるサイさん。

 

 そんな心温まる景色を眺め、俺とフォウリィーさんは顔を見合わせて微笑みあい、エレさんは少し悲しそうな……それでいて安堵したような表情を浮かべながら俯いていた。

 

「──リキュナ……すまんが客がいるのだ。……そろそろ良いか」

 

「……え?」

 

「んん、立会いの後、お師匠様を治療してくださった方々なのだリキュナ殿。是非おもてなしをしたいのだが……」

 

 やがてリキュナさんが落ちつきを取り戻し始めた頃。

 

 さすがに気まずくなってきたザキューレさんが、申し訳なさそうな色を滲ませる声でリキュナさんに語りかける。

 

 『客』という言葉に呆然とするリキュナさんに、空気を読んでいたサイさんが咳払いで俺達のほうへと視線を促し、話を進めたい旨を伝えると─

 

「し、ししし失礼いたしました! ……そうですか、この怪我の治療を……まさか恩人を忘れてしまうとは……不覚! 申し送れました、私はこの【キシュラナ流剛剣()術】筆頭指南役・ザル=ザキューレが娘、リキュナ=ザキューレと申します。このたびは父を……お師匠様を助けていただき、感謝の極み。今宵は我が道場の粋を集めておもてなしをさせていただく所存。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ! 誰か! 宴の用意を!」

 

ー『畏まりました!』ー

 

 微笑ましい視線を向けられ、今までの行動を思い出したのか真っ赤になって慌ててザキューレさんから離れ、腹に両手を重ねて深々と頭を下げてお礼をするリキュナさん。

 

 玄関先で並んでいたこの家の使用人と思しき人々に、お客様のもてなしを指示し、その要請に答えて使用人の皆さんが散っていくのを見て─

 

「あ、いや──」

 

「すまんジン殿。好きなようにやらせてやってくれぬか、頼む」

 

「え? あ、はい……」

 

 慌ててとめようとした俺だったのだが、それをサイさんに遮られる。

 

 真剣な瞳で、『命の礼には足りぬが、せめてこのぐらいはさせてほしい』と改めて礼をするザキューレさんとサイさん、そして二人につられるように同じく頭を下げるリキュナさん。

 

 改めてリキュナさんと自己紹介(エレさんは【影技(シャドウ・スキル)】という点を隠し)を交わし、ザキューレさんが俺とフォウリィーさんを指して『一週間、世話をする事になった大事な客人である』とリキュナさんにつげ、エレさんが今晩のみの客人であることを継げると、リキュナさん自身が俺達を案内すると息巻いて屋敷内へと案内していくれる。

 

「わあ……」

 

「あら……キシュラナはまた違った趣があるわねぇ……」

 

 玄関の一段高い場所へと履物を脱ぎ、案内されるままに庭が見える木製作りの木目の美しく、磨かれた廊下を歩く俺達。

 

 木の温もりと柔らかさ、さらに剪定された庭の風景に目と心を奪われながらも、リキュナさんに案内されるがまま、客間と思しき部屋に案内される。

 

「エレ様はこちらを、フォウリィー様、ジン様はこちらをお使いください」

 

 そういってリキュナさんに案内された先は……趣のある見事な和室の客間だった。

 

 部屋から見事に剪定され、調和の取れた庭を眺められる作り。

 

 青々とした畳の香りが鼻腔をくすぐる立派な一室。

 

「あ、えっと……いいんですか? こんないい部屋を」

 

「そうね……大丈夫なのかしら?」

 

「何をおっしゃいますか、あなた方は大切なお客人。こんな機会が無ければ使われない部屋なのですから是非お使いください。それに……我が家は武門という事もあり……お客様などこられませんしね。……まあ、たまに自分の実力を勘違いなさった道場破り(お客様)が来たりしますが」

 

 あまりにいい部屋なので躊躇する俺達を、さあどうぞどうぞと部屋に案内し、そう語るリキュナさん。

 

 ……確かに、ザキューレさんのあの口数の少なさであればお客人も早々きそうではないが……。

 

「……その道場破り(お客様)をリキュナ殿やサイ殿が撃退する、と。リキュナ殿、貴公…………強いな」

 

「ふふ、ありがとうございます。貴女のような武人にそういってただけるとは。しかし……いまだ至らず、日々精進ですよ」

 

 エレさんがリキュナさんの立ち振る舞いに興味を惹かれたように口元に笑みを浮かべながらにわかに闘志を沸き立たせるものの、リキュナさんはその闘志を受け流すかのように微笑みながらそう答える。

 

 俺達が『またか!』という思いを込め、折角【修練闘士(セヴァール)】であることを隠しているのにとエレさんをじと目で見つめ……その視線に気がついてはっとした後、すまねえと一言あやまって頬をかくエレさん。

 

「では、お食事の用意ができましたらお呼びいたします。それまではごゆるりとなさってください」

 

ー『はい! (ええ)(応!)』ー

 

 その言葉に三者三様、返事を返し、エレさんが隣の部屋へと行くのを見届けてから部屋の床へと腰を下ろす俺達。

 

 そして─

 

(──わあい! 畳! まずは何よりもこの感触を楽しまずにはいられない!)

 

 荷物を降ろし、真っ先に畳の上に横になって畳の感触を楽しむことにした俺。

 

 この世界に転生し、すでにこの体に完全になじんではいるものの……薄れた記憶ながら転生前は日本人だったこともあり、久しぶりに感じられる畳の感触に思わずだる~んとたれながらのび~と伸びる俺。

 

 そんな俺を見守るフォウリーさんも、俺を見て優しく微笑みながら、まねするかのように仰向けになって畳に寝転がり、体を伸ばして─

 

「……これ、いいわね」

 

「いいでしょ? 俺、この畳の感触好きなんだ~」

 

 全身に感じる畳の感触に嬉しくなり、何気にゴロゴロと転がってしまう俺。

 

 こうしてごろごろ~ごろごろ~と転がりながら畳の感触を楽しんでいると─

 

「──へ~、なんだ。出会った時からやたら丁寧で真面目で大人びた印象だったけど……きちんと子供らしいとこもあんだな」

 

「……へ?」

 

「ええ、そうよ。ジンはいつも大人顔負けな態度だし、実力も知識ももっているわ。でも、いえ、だからこそ時々本当に子供に戻った時の反応が、無防備さが又可愛いのよね~♪」

 

「あ~……なるほどなあ」

 

 一瞬呆ける俺の後ろ。

 

 なぜか隣で休んでいるはずのエレさんの声が聞こえ……それに答えるフォウリィーさんの声がその言葉に返事を返していた。

 

 俺は思わず固まってしまい、まさかと思いつつもギギギと音がするんじゃないかというほどぎこちない動きでそっと振り返る。

 

 するとそこには……いつもの勝気な表情をひっこめ、酷く優しい表情で俺を見つめるエレさんと、俺を見守るかのように優しい瞳で俺を見るフォウリィーさんの姿が……そこにあった。

 

 その瞬間、俺は─

 

「ぎ……」

 

ー『ぎ?』ー

 

「ぎにゃああああああああ!!」

 

 顔を羞恥で真っ赤に染め上げ恥ずかしさのゲージが振り切れた俺はごろごろと畳を転がって頭を抱えながら縁側からダッシュで逃げ出し─

 

ー『ぶふう』ー

 

 そして、そんなジンの姿を直視し、鼻から溢れるリビドーをどうにか押さえ、滴り落ちないようにと畳の上で仰向けになる二人。

 

「……っくっそ~……【修練闘士(セヴァール)】たるこのあたしが二度も不覚をとるなんて!」

 

「……戦わずして勝つとか……ジンってもう最強なんじゃないかしら……」

 

 自分達の状況に苦笑しながら、鼻を押さえて天井を見上げる二人は、遠くから聞こえるジンの絶叫を聞きながら─ 

 

「……なあ、やっぱり……父親を、師匠を倒したあたしの事……恨んでるか?」

 

「……まあ、そうね……恨まないといえば嘘になるわ」

 

「……そう、だよなあ……」

 

 二人きりの空間。

 

 初見で襲い掛かられたことを思い出したエレは、襲い掛かられた理由である彼女の師であり父であるオキト=クリンスとの戦闘について、どう思っているのかをフォウリィーに尋ね、消極的肯定を持って言葉を返すフォウリィー。

 

 静かにその言葉を受け止め、瞳を閉じるエレ。

 

 そして……閉じた瞳の中に思い浮かぶのは……先ほどのザキューレとリキュナの姿。

 

 無事帰ったことを涙ながらに喜ぶリキュナと、そんなリキュナに無骨な愛を注ぐザキューレ。

 

 自分が奪うかもしれなかった命と、その関係。

 

 強さを求め、がむしゃらに突き進んできた自分を……少し振り返るエレ。

 

 静かに時は過ぎ……視線を交わさないからこそ、話せる言葉。

 

 そんな心情を示すように……天井を見続けながら話し続ける二人。

 

「……でも……お父様自身は貴女の事を恨んでなんていないわ。勝負は勝負、負けは負け。あの戦いは同意の下の戦いであり、気持ちのいい戦いだったって、そうおっしゃっていたわ。……尤も……その怪我のせいで裏切りにあい、死に掛けたのだけど、ね」

 

「なっ?!」

 

 そう語ったフォウリィーの言葉に思わず体を起こしながら目を見開いてフォウリィーを見つめるエレ。

 

「……身内の恥よ。お父様が貴女に倒され、満足に動けない事を知った私の兄弟子……ルイ=フラスニールが流派の名とお父様を超えるために暗殺まがいの手でお父様に襲い掛かったのよ。……危うくお父様は命を失いかけたのだけれど……そんな時、偶然通りかかったジン、あの子が助けてくれたの」

 

「……その名前は知ってるぞ。あたしも以前そいつに襲われたからな。氷使いの【呪符魔術士(スイレーム)】だろ? 自信満々で襲い掛かってきたから返り討ちにしてやったけど……二重の意味であたしが……悪いのかもな……」

 

 天井を見ながら、顔を顰めて事の顛末を話すフォウリィー。

 

 そして……その相手の名を聞いて思い出し、同じく顔を顰めるエレ。

 

「そんな経緯はあれど、今はお父様の怪我もジンのおかげで回復し……【呪符魔術士(スイレーム)】協会の職務に戻れる程になっているわ。だから……この事に貴女に対する遺恨は無いといってもいい。……貴女に挑むのは私の個人的な我が儘よ、【影技(シャドウ・スキル)】エレ=ラグ。無論、お父様の敵討ちという気分も無いわけじゃないわ。でも……それ以上に私は、貴女を倒すことでお父様を超えたい。……いえ、少し違うかしら。……お父様がそんな窮地に立たされていたのに助けられなかった自分を超えたい……。というのが……理由かもしれないわね」

 

「……師を超える……か。まあ……分からないでもない、かな。あたしも──」

 

 フォウリィーはそう独白しながらも、じっとエレと視線を交わす。

 

 ふと視線を逸らし、フォウリィーの言葉に何か感じるものがあるのか、悲しげな表情でそう言葉を漏らしながら言葉を切るエレ。

 

 沈黙と二人の息遣いが響く室内。

 

 やがてどちらともなく、再び天井を見上げるかのように仰向けになった時─ 

 

「──失礼します、宴の用意が整いました。……おや? お休みであらせられましたか」

 

「っと、悪い、いや、すいません」

 

「あら、すみません。ジーーーーーン! ご飯よ~~~~! いい加減そろそろ戻ってらっしゃ~~~い!」

 

 膝をつき、廊下側の襖を開けて現れたリキュナに、寝ていた体を起こす二人。

 

 ご飯と酒という言葉に目を輝かせつつ、自分の口調を直すエレと、苦笑しつつ逃げていったジンに声をかけるフォウリィー。

 

 やがて、いまだに恥ずかしいのか顔を赤くして部屋へと戻ってくるジン。

 

 戸口に隠れ、上目遣いでこちらを伺うように顔を出すジンに、初見のリキュナだけでなく、エレやフォウリィーも轟沈しかけるなど……紆余曲折ありながらも……四人は連れ立ってリキュナの案内する中、大広間と向かう事になった。

 

 そして─

 

「今宵の出会いに、良き日に、恩に、絆に。乾杯!」

 

ー『乾杯!』ー

 

 黒塗りの膳の上に載った和食と中華の入り混じったような料理が並び、俺達がその席に着くと……家長たるザキューレさんが盃を持って乾杯の音頭を取り、唱和と共に一献を傾ける俺達。

 

 そして、早速目の前の料理の攻略に取り掛かる俺達。

 

「あら、おいしいわね」

 

「おいし~……おっこめ~おっこめ~♪」

 

「……やだ、何この子可愛い……」

 

「……貴女は話の分かる人だわリキュナさん!」

 

「え? ええ! もちろんです! やはり女子に生まれたら……可愛いものは大好物ですものね!」

 

 久しぶりに米食という事で、一口一口を堪能しながら思わず鼻歌を歌ってしまう俺と、それを見て周囲の人たちが実に微笑ましく暖かい瞳で見守る中、リキュナさんが頬を緩めながらジンの食べっぷりに悶え、フォウリーさんがそれに意気投合する。

 

「ふむ、ジン殿は米が好きなのだな。何、おかわりは沢山ある。存分に食べてくれ」

 

「……ジン、こちらの魚もうまいぞ、どうだ? 食べるか?」

 

 実においしそうに食べるジンに反応したのは何も女性陣だけではなく、ザキューレさんやサイさんもまた、自分のおかずや米びつなどを準備させて俺に食べさせようとしたり─

 

「……ジンを肴に一献、か。へへ、こういうのも悪くねえな」

 

「……ふむ……なるほど、悪くない。ならばこちらで勝負といこうか、エレ=ラグ殿?」

 

「……へへ、いいぜ? セ……っと、あっぶね。あたしは誰の勝負も受けるからな!」

 

 粗方料理を食べ終わったエレとサイさんが、日本酒と思われる透明な米を使った酒に舌鼓をうっていたかと思うと、なぜか飲み比べとなり……酒器である盃かやがて徳利そのものをあおるようになり、そして樽からひしゃくですくって飲みあうという豪快な勝負へと変わっていった。

 

 ちなみに、勝負の結果はというと─

 

「……しゃいどの~! 浮気、浮気でしゅか! そんながしゃつもののどこが気に入ったのれしゅか! わたしがこんなにお慕い申し上げているというのに、わたしのどこが気に入らないというのでしゅか! だいたいあなたはいつも修行ばかりでわたしにかまわなすぎなんです! もっとわたしにきがついてもいいじゃないでしゅか! まったく、たしかに剣術にかけるあなたは美しくかっこよくほれぼれとしてしまいますが、その気持ちをもうすこしわたしにむけてくれてもいいとおもうのでしゅ!」

 

 俺の事で意気投合し、リキュナさんとフォウリィーさんが酒を飲み交わしたのだが……どうやら酒に弱かったらしいリキュナさんが、酒の勢いにあっさり飲まれ、普段不満に思っていたのであろう、サイさんに絡み倒して自分の気持ちを大暴露しながらサイさんの膝の上に座るという大胆な行為に及んでいた。

 

「え、いや、その……り、リキュナ殿!? 気、気を確かに! お、お師匠様! リキュナ殿を─」

「後は任せたぞサイ」

「お、お師匠様~?!」

 

 らしからぬリキュナさんの行動にしどろもどろになってどうにか引き剥がそうとするサイさんではあったが、女性とは思えぬ腕力でサイさんを掴んでおり、且つ力いっぱい引き剥がせば怪我をさせてしまうかもしれないという葛藤からザキューレさんに助けを求めたサイさん。

 

 しかしながらザキューレさんは口元に笑みを浮かべて盃を傾けながら『娘を頼んだ』風味にばっさりとサイさんの力量に任せるという態度をとった。

 

「あ~……悪かったなリキュナ殿。心配しなくてもあたしはあんたの恋敵じゃないさ。というか……ご馳走様って感じか? まあ、そのなんだ。あたしもさすがに馬に蹴られたくねえからな。がんばってくれサイ殿」

 

「しゃ、しゃどっ……いや、エレ殿まで?!」

 

「しゃい殿~!」

 

 そんな二人のやり取りに当てられたかのように、手に持っていた徳利を持ったままサイさんから逃げるように離れていくエレさん。

 

 思わずエレさんに手を伸ばすサイさんではあったが、その手をあっさりとリキュナさんに掴まれて封じられるサイさん。 

 

 こうして飲み比べはお流れ……いや、むしろリキュナさんの一人勝ちという形で幕を下ろし、最終的にサイさんがリキュナさんに当身をして気絶させ、部屋へと連れて行くという形で決着をつけ、宴会はお開きとなった。

 

 飲み比べで5つも空いた酒樽や倒れまくる徳利を見て、二人の……いや、むしろエレさんのザルっぷりに戦慄しながらも、後ろから抱き締めてくるフォウリィーさんに流されるまま、俺は部屋へと戻る。

 

 部屋に戻り、敷いてあった布団にフォウリィーさんを寝かせようとしたのだが……ポレロさんの名前を寝言でいうフォウリィーさんにガッチリホールドされてしまい……フォウリィーさんに抱き枕にされたまま、俺は精神的な疲れもあってそのまま流れに身を任せて眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 ──そして翌朝。

 

 かすかに響くまな板を叩く包丁の音が響くような、明け方の太陽が眩しい朝日の中。

 

 フォウリィーさんの腕をそっと抜け出し、いつもの日課である基礎鍛錬・魔力循環・気力循環をこなす。

 

 一通り鍛錬が終わった時、俺の鼻腔をくすぐる……ここの料理の匂い。

 

 俺はそんな匂いに釣られるかのように一目散に台所へと足を運び─ 

 

「─あら、ジン殿でしたか。どうされました?」

 

「あ、えっと……実は俺、料理が大好きなんです。だから……このキシュラナの料理のレシピを教えてもらおうと思って」

 

「……こんなに小さいのに……家の旦那様を助けてくれたことといい、本当に偉いわね……ええ、いいわ! ちょっと待ってもらえるかしら? 今会場を片付けて朝食の準備をしないといけないから」

 

「あ、手伝いますよ」

 

「あ、いえ……お客様にそのような事はっ! って早?!」

 

 使用人のまとめ役と思われる妙齢の女性にレシピを尋ねてみた俺だったが、今は昨日の会場の後片付けの真っ最中との事で、俺はレシピを教えてもらおうと使用人の皆さんが大広間の片付けをするのに混じりながら、クリンス家で磨きあげられた家事スキルを余すところなく発揮する。

 

 驚く使用人の人々を差し置いて、次々と膳を片付け、指示を出されたとおりに酒樽をキッチン横の勝手口から外にならべて……皿類を手早く洗って拭きあげる。

 

 もう後は使用人の人たちで出来るという段階まで持っていった後、先ほどの女性がレシピを教えてあげると俺を呼ぶので早速とばかりに台所にお邪魔し……まずはと米のとぎ方から教わり、米を流さないように手を網代わりにして米を通さないで水を通しながら2~3回釜の水を変え……米と水の分量の基本を教わり、日々の天気と空気の湿り具合で変わるちょっとした水分調整のコツを教わりながら釜を窯にセットする。

 

 火のついた窯に薪をくべて火力調節をしつつ……ご飯の釜の隣にあった沸騰したお湯に水洗いしたほうれん草等、葉ものをさっと湯通し、水にさわして締めた後、具となる野菜を煮込み、味噌を溶かした後、掌の上で豆腐を切って鍋にほうりこんでいく。

 

 先ほど湯通しした野菜を綺麗に盛り付け、炊き上がったお米の匂いと味噌汁の具合を確かめ─

 

「む……早いなジン殿」

 

「おはようジン殿」

 

「……おはようございます、ジン殿」

 

「おはようございます、ザキューレさん、サイさん、リキュナさん。えっと……呼び捨てでかまいませんよ? 俺は子供で……まだまだ若輩者ですし」

 

 使用人さんに褒められながら朝食の用意が万全に整った大広間。

 

 そんな中、他の使用人の人が呼びに言ったのかザキューレさんたちが俺に挨拶をしながら上座へと座る。

 

 ……尤も、昨日の出来事を思い出したのか、サイさんを禄に見れずに縮こまるリキュナさんがそこにいたわけではあるが……。

 

「お連れいたしました」

 

「失礼します。……もうジン、起こしてくれたっていいじゃない」

 

「お~? 朝もうまそうだな~」

 

 使用人さんに案内され、やってきたフォウリィーさんとエレさんの二人。

 

 俺を見てそう一言文句を言うフォウリィーさんと、どかっとあぐらを書いて座るエレさん。

 

「うむ、ではいただこう。いただきます」

 

ー『いただきます』ー

 

 こうして、始まった和風の朝食。

 

 レシピを教えてもらいながら作り上げた料理に舌鼓を打ち、出来栄えに満足しながらも食を進める俺。

 

「……やっぱおいしいわねえ」

 

「ああ……うめえ。まあ、この箸ていうのが使いにくて食いにくいのが難点だけどな」

 

 ガツガツと、箸を横から掴んでスプーンのように使ってご飯を、そしてフォークのようにおかずの漬物やおひたしなどを突き刺して食べていくエレさん。

 

 そんな様子を苦笑しつつ、箸を使って食事を食べ進めていく俺とフォウリィーさん。

 

「ふむ……そういえばお二方は箸の使い方がお上手ですな。キシュラナの料理を食べたことが?」

 

「ええ、私は夫の関係で何度か」

 

「俺も以前(前世)お世話になった所で何度(ほぼ毎日)か」

 

「なるほど。それはすばらしい」

 

 普通に箸を使う俺達に対し、賞賛を送るザキューレさんと、同意するサイさん、リキュナさん。

 

 大抵、他の国から人が来た際、箸が扱えずにスプーンなどを使って食べるのが普通な光景なのだとか。

 

 それ故こうして最初から箸を使いこなして食べられる人のほうが珍しいらしい。

 

 その言葉に納得しつつ、ご飯を食べ進めていく中で─

 

「……ねえ、今日のご飯、いつもと味が違うけれど、どうしたの?」

 

「ああ、お嬢様。今日の朝食と、この大広間の後片付けをジン殿が手伝ってくださいまして。それで一味違う感じなのです」

 

ー『!!』ー

 

 リキュナさんがいつも食べている味とは少し違うと首をかしげながらそう言葉を漏らすと、使用人さんがその問いに答えてそう話す。

 

 そして……その言葉に驚愕を見せる一行。

 

 特に、上座の三人はやや顔を険しくしているのが見え─

 

「あ、えと……料理のレシピを教えてもらうののついでに、俺が無理矢理お手伝いさせてもらったんです。こっちが勝手にやったことで、別に使用人さん達は悪くないですよ?」

 

 慌てて使用人さんたちのフォローに入る俺。

 

 ついうっかり調子にのって手伝ってしまったが……よくよく考えればおもてなしをする側の人間がされるがわの人間に手伝ってもらうなど前代未聞な事なのだろう。

 

「……そうか。それならば良いが」

 

 案の定、お客様に何を失礼な事をさせているのかと思ったのであろう、ザキューレさん達が俺の言葉を聴いてほっと一息をつく。

 

 こうして朝食が終わり、食後のお茶を飲み終えた後。

 

 エレさんがフォウリィーさんとの勝負まで国境沿いで修行と勝負をするといい、ザキューレさん達に挨拶を交わしつつ、俺とリキュナさんが付き添いで国境まで足を運ぶ。

 

 昨日と同じ国境警備兵さんが、俺の顔を見て顔パスで通してくれて─

  

「んじゃ……あたしも他んとこで傭兵とかとヤリあってくる。約束通り、六日後の早朝、遺跡で会おうってフォウリィーに伝えといてくれ」

 

「うん、わかりました。では……一週間後に!」

 

「ああ、リキュナもまたな!」

 

「ええ、また」

 

 リキュナさんにも、一週間後にフォウリィーさんとエレさんの試合があるんだよと伝えながら、挨拶を交わす俺達。

 

 背中を見せて手を振りながら去っていくエレさんに手を振って見送りつつ、国境警備兵の人に再び挨拶を交わしてザキューレ邸への帰路に着く俺とリキュナさん。

 

 ……なぜか国境とザキューレ家の間を行き来する間……リキュナさんに手を繋がれて歩くことになったのだが……まあ、リキュナさんが嬉しそうだったのでよしとしておこうと思う。

 

 やがてザキューレ邸へとたどり着き、リキュナさんと別れてあてがわれている客間へと足を運ぶと……そこには呪符作成道具を広げているフォウリィーさんの姿があり─

 

「おかえりなさいジン。彼女……なんて?」

 

「あ、うん。約束通り六日後に遺跡でって」

 

「そう……」

 

 俺が部屋に入ると、エレさんが決闘に関して何かいってこなかったかを尋ねてくるフォウリィーさん。

 

 俺はエレさんから言われたことをそのままフォウリィーさんに告げ、一度目を閉じて考え事をするフォウリィーさんが─

 

「……ジン。私はこれから対【影技(シャドウ・スキル)】用の呪符の準備をするわ。申し訳ないのだけれど……しばらく一人にさせて頂戴」

 

「ん、わかったよフォウリィーさん……無理はしないでね?」

 

「ええ、わかっているわ。また後でね?」

 

 俺はそう言葉を交わし、早速とばかりに呪符作成をし始めるフォウリィーさんを邪魔しないようにそっと襖を閉め……『自由に歩いてもらってよい』とあらかじめザキューレさんに屋敷の中を散策させてもらえる許可を貰っていたので、この時間を使って屋敷の中と庭をゆっくり廻ることにした。

 

 大きな屋敷に面する縁側の廊下を歩きつつ、よく手入れをされた庭を眺めながら外周を廻り、やがて修練場付近へと差し掛かった時。

 

ー『はっ!』ー

 

ー剛 剣 激 突ー

 

 俺の耳に聞こえてくる……裂帛の気合と共に金属と金属がぶつかり合う音。

 

 俺はその音に惹かれ、角を曲がり、修練場へと足を運ぶと─

 

「やあ!」

 

「むっ!」

 

ー剣 戟 打 火ー 

 

 剣閃が走り、剣戟と共に火花が散る……そんな剣の戦いが俺の目に飛び込んできた。

 

 そして、そんな二人の傍でその動きをじっと見つめるザキューレさんの姿。

 

 俺は邪魔をしないようにと気配を出来るだけ消しながらそっと縁側に座り、リキュナさんとサイさんの勝負、そしてその動きを、【解析(アナライズ)】を駆使しながら見つめ続ける。

 

 一撃に重きを置くサイさんの直線的で早い剣閃と、手数と曲線的な動きでサイさんの剣を受け流すリキュナさんの剣閃。

 

 剛と柔ともいえるその二つの動きが、剣舞となって繰り広げられる。

 

 唐竹からの一刀両断せんとするサイさんの一撃を、右薙で横から叩きながら、叩いた勢いで跳ね上げるリキュナさんの剣閃。

 

 それを後ろへ下がることで避けながら、腕を返して右斬上に切り返すサイさん。

 

 その一撃に対して受け止めるかのように切っ先を下にし、剣を縦にして迎え撃つリキュナさん。

 

 サイさんの一撃を受け止めた瞬間に右斬上の剣閃に沿うように剣を斜めにし、剣の表面をサイさんの剛剣が滑りながら火花を散らしていく。

 

 やがてその剣先が剣の鍔へと到達せんとした瞬間、剣を絡ませるかのように回転させ、剣が戻らないうちに攻撃に転じようとするリキュナさんではあったが─

 

「ッ!」

 

ー剣 回 天 宙ー 

 

 サイさんの剛剣が、リキュナさんの剣が絡んだ瞬間、跳ね上げられて剣を空中へと弾き飛ばし─

 

 やがて……リキュナさんの剣が空中で回転しながら地面へと突き刺さる。

 

「……まいり、ました」

 

「……ふ~……腕をあげられましたな、リキュナ殿」 

 

 そして、視線をサイさん達に戻すと……剣の切っ先を首元に突きつけるサイさんと、その剣になす術も無くうなだれるリキュナさんの姿がそこにあった。

 

「……ふむ、二人共良き動きであった。……互いに煮詰める動きは理解しておるな? 努々精進を怠らぬように」

 

ー『はい!  ご指導ありがとうございます!』ー

 

 剣を腰に刺した後、互いに一礼、そしてザキューレさんに一礼した後、一息入れようとザキューレさんが声をかける。

 

 タオルで汗を拭きながら、リキュナさんとサイさんが二言三言会話を交わす中。

 

 リキュナさんがふとこちらに視線を向けた際、俺と視線が合い、小さく手を振ってくる。

 

 そんなリキュナさんを見てこちらに視線を向けるザキューレさんとサイさんが、俺を見つけて顔を見合わせた後、こちらにくるようにと手招きをしてくれる。

 

 俺自身、暇だったこともあり、素直にお招きに預かるために玄関でブーツを履き、練武場へと足を運ぶ。

 

「ねえジン君、もしかして……ずっと見てた?」

 

「え? あ、はい。途中からですけど」

 

「む……そうか」

 

「……剣に興味があるのか? ジン」

 

 俺が三人の下へと足を運ぶと、リキュナさんが先ほどの負けた姿を見られたのが恥ずかしかったのか、やや赤い顔で俺にそう尋ねてきて、サイさんとザキューレさんが少し考えるそぶりを見せながら俺にそう問いかけてきた。

 

 一瞬、この国のものではないものに門外不出であろう【キシュラナ流剛剣()術】の太刀筋や修練を見られた事に何かしら咎められるかと覚悟をしていたものの……むしろ、俺が二人の戦いを見ていた事で、剣に関心があると判断したらしく……なにやら友好的な感じだった。

 

「はい。すごい綺麗な太刀筋でしたし……俺自身、弓以外の武器というのは振るったことがないので。無手ならば少し戦えるのですが」

 

「……なるほど、出会った時から感じていた重心のブレのなさ……やはりジンは戦いを知るものなのだな」

 

「こんなに小さいのに……私がジン君の年のときなんて……まだ読み書きの勉強をしていたような気がするわ……」

 

「……そうか」

 

 俺が素直にそう答えると、サイさんが感心したように、リキュナさんが何かを思い出すように……そしてザキューレさんがしばし顎に手をあてて考え込んだ後─

 

「……ジンよ。もしお前がいいのならば……我が【キシュラナ流剛剣()術】、習ってみる気はあるか?」

 

「……え? いいんですか?!」

 

ー『お、お師匠様(お父様)?!』ー

 

 俺を真っ直ぐ見つめてそう声をかけてくれるザキューレさん。

 

 驚く俺とサイさん、リキュナさんを置き去りに、大小さまざまな剣が立てかけてある剣置き場から、柄を含めて全長が俺の身長と同程度の剣を持ってきてくれる。

 

「まず握り方からだな。いいか? こう……小指から握るように……そうだ、いいぞ?」

 

 両手でしっかりと握りこみ、すっぽ抜けないように固定させた後、足の位置、そして剣を構える位置を【正眼】で整え、剣を振る体制を整えてくれる。

 

 ……何気に丁寧な指導に驚きつつも、俺は両手に感じる武器の重みを感じながら次の指示を待つ。

 

「うむ……実戦を知っているだけはあるな。隙のないいい構えだ。次は剣の振り方だが─」

 

「はい! お父様! 私が! 私が教えます!」

 

 俺の構えに満足げに頷いた後、剣の振り方を伝授しようとするザキューレさんではあったが……未だ自身の体調が完全でない事から弟子である二人を振り向く。

 

 師の期待に答えようと一歩を踏み出そうとしたサイさんではあったが、それを遮って元気良く手をあげてザキューレさんにアピールをするリキュナさん。

 

 一瞬、ザキューレさんから『良いのか?』という感じの視線がサイさんに送られるが、苦笑を浮かべつつ頷き、リキュアさんに譲る旨を示すサイさん。

 

「……そうか……ならばリキュア。【一突八閃】、太刀筋の基礎を見せてあげなさい」

 

「はい! んん! いい? ジン君! 太刀筋というのは基本的に九つの太刀筋で構成されているの」

 

 意気揚揚と胸を張って俺にそう言葉をかけてくるリキュナさん。

 

 ……この道場の順番的に……ザキューレさん>サイさん>リキュナさんといった感じで、恐らくは弟弟子が欲しかったのだろう。

 

 などといかにもお姉さん然としてやる気に満ち溢れながら俺の前に立つリキュナさんにそんな事を考えつつ、俺と同じく正眼の構えを取るリキュナさんの一挙手一挙動を見逃すまいと【解析(アナライズ)】を駆使しながらじっと見つめる。

 

 すると、俺の目の前で……リキュナさんの流れるような太刀筋が舞うように披露されていく。

 

 真っ直ぐ剣を振り上げ、頭から一直線に剣を振り下ろす……【唐竹】。

 

 右上から左下へと振り下ろす……【袈裟斬】。

 

 右から左へと薙ぎ払う……【右薙(胴)】。

 

 右下から左上へと振り上げる……【右斬上】。

 

 手首を返し、真下から頭へと真っ直ぐ振り上げる……【逆風】。

 

 左下から右上へと振り上げる……【左斬上】。

 

 左から右へと薙ぎ払う……【左薙(逆胴)】。

 

 左上から右下へと振り下ろす……【逆袈裟】。

 

 切っ先を相手に向けて突き出す……【刺突】。

 

 一つの刺突と八つの太刀筋で構成された基本の太刀筋。

 

 是即ち【一突八閃】。

 

 剣の基礎にして奥義也。 

 

「──ふう……こういう感じなんだけど……わかった? ジン君」

 

「……はい、綺麗な太刀筋ですね……」

 

「! ふふ、ありがとう! まあ、姉弟子といてこのぐらいできないと! じゃあ一緒に剣を振ってみましょうか!」

 

「はい!」

 

 リキュナさんが俺の素直な感想に頬を一瞬緩めるも、顔を振って俺の横に並び、一緒に正眼の構えから唐竹・袈裟斬・右薙・右斬上・逆風・左斬上・左薙・逆袈裟と素振りをする。

 

 【進化細胞(ラーニング)】が動きを修正・強化していく中、リキュナさんが横合いからアドバイスを送ってくれる。

 

 リキュナさんの剣の動きは【流円】といい、あらゆる動作に円・螺旋を取り入れた動作だと説明しつつ、剣構えから剣を振り上げ、踏み込みから腰を回し、肩を回し、肩を起点にして円を描き、遠心力で振り下ろされるという剣の動作をゆっくりと、やがて流れるような動作で早く行っていく。

 

 そんな中、俺達に触発されるように並んで剣を降り始めるサイさん。

 

 サイさんの動きは【剛閃】といい、力の分散を押さえ、最速の一手で剣の振り下ろしの力を直接相手に叩き込むという剣だという。

 

 両者の動きを模倣し、【流円】の滑らかな太刀筋と、【剛閃】の最速の剣の振りを自分の中に取り込んでいく俺。

 

「……驚いた。ジンは筋がいいな。【キシュラナ流剛剣()術】は元来、剛剣の気質。一撃必殺を旨とする剣術なのだが……その剛柔一体の剣捌き……過去、【キシュラナ流剛剣()術】最強と名高かった【左武頼(さぶらい)】・【剣聖】殿を彷彿とさせる剣筋だ」

 

 サイさんとリキュナさんの間で、両者の動きを統合した太刀筋を見せる俺に関心を示すザキューレさん。

 

 過去、剛柔どちらをも極めたとされる【キシュラナ流剛剣()術】至上、最強と謳われた人が、そういう太刀筋をしていたと感慨深げに語り─

 

 やがて数多くの素振りをする中、剣を握った手の中でマメができ、つぶれるものの……【進化細胞(ラーニング)】の効果がそれを治療し、即座にマメが出来ないようにと新化させていき─

 

 三者三様に最後の唐竹からの振り下ろしを行い、再び正眼の構えへと戻ると同時にザキューレさんが手をあげて一時停止を促しながら俺達に頷く。

 

「見事だジン。……よもや初見でここまで出来るようになるとは……正直予想外だ。これが我が【キシュラナ流剛剣()術】、その基本となる剣術だ。あとはただひたすらに振りを早く、無駄をなくし、一撃を鋭くしていくのだ。そして……磨き上げる中、自らの中にある、相手を打倒する意思、殺す意思を明確にし、殺気という名の【牙】を研ぎ、相手に突き立てる。それが【キシュラナ流剛剣()術】の真髄だ」

 

 ザキューレさんが低く唸り声のような声をあげながら俺を見つめ、自分の流派である【キシュラナ流剛剣()術】の概要を話してくれる。

 

「……ねえ、ジン君。貴方……本格的に【キシュラナ流剛剣()術】、やってみない? 貴方ならきっと……」

 

「……確かに。飲み込みの早さが尋常ではない。しかも……武の基本となるべき基礎と肉体がきちんと出来ている。……なるほど、お師匠様が教えるといいった言葉、今なら分かる気がします」

 

 そんなザキューレさんの様子を見て、俺の両肩に置かれるリキュナさんとサイさんの手。

 

 真剣な面持ちのリキュナさんと、感心したようなサイさんの声が俺にかけられ、褒め言葉にむず痒くなりながらも俺は苦笑を浮かべてしまう。

 

 俺自身、【解析(アナライズ)】と【進化細胞(ラーニング)】の絶大なる効果により、【リキトア流皇牙王殺法】・【呪符魔術士(スイレーム)】・【魔導士(ラザレーム)】という三種の流派ともいえるものを会得している。

 

 そんな中、この道を究めんとしているサイさんやリキュナさんに対し、俺がこの【キシュラナ流剛剣()術】を習得する事は不義理なのではないかと考えたのだ。

 

 そんな俺の内情を察したのか、ザキューレさんが俺の前にやってきて─

 

「ジンよ。お前の事情があるのは知っている。そして……その体捌き、例の件(魔導士)から、他の流派を会得していることもしっている。だが、あえて私はお前というすばらしい素質を持ったものに私の、私達の武を、技術を『教えたい』のだ。私自身……武にしか生きられぬ無骨者。お前に助けられた恩を返すのもまた……お前自身の身を守るための武を教え、返すのが筋といえるだろう。どうだ……私に、【キシュラナ流剛剣()術】を伝授させてくれまいか」

 

ー『ッ…………!』

 

 真剣な瞳で、膝をついて俺と視線を合わせながらそう語りかけてくるザキューレさん。

 

 命の礼を、自らの秘伝の武術で返そうというその心意気に胸を打たれ、ただ息を飲む俺と……その覚悟を知って絶句するリキュナさん、サイさん。

 

「……ザキューレさんがそこまで言ってくれるなら……未熟な身の上ではありますが……是非、お願いします!」

 

「……承知! サイ、リキュナよ。ジンは他国の人間故、正式な門弟ではないが……お前達の弟弟子とする。異論はないな?」

 

ー『承知!』ー

 

 俺がそういって頭を下げると、その瞳にやる気を滾らせたザキューレさんが、師の威厳を持って弟子である二人にそう告げ、二人はそれに答えて膝をつきながら頭を下げる。

 

 こうして……本格的で濃密な【キシュラナ流剛剣()術】の修行が……今幕を空ける。

 

「よし! 基本は出来ているのだ! まずはその手の武器を自らに馴染ませ、自分の体の一部とする事が先決だな! サイ、リキュナ、アレをもて!」

 

「はっ!」

 

「はい!」

 

 気合の入ったザキューレさんが、サイさんとリキュナさんの二人に何かを取りにいかせ……剣置き場の奥から、その手に持って帰って来たのは─

 

「……え~っと……これは一体……」

 

 そういってサイさんが、俺の目の前に突き刺した……それ。

 

 幅20cm、刃渡り1m、持ち手40cm、厚さ5cmほどの……分厚く、長方形な鉄の板に持ち手をつけた……何かだった。 

 

「これは【キシュラナ流剛剣()術】における剛剣・剣速の修練法の一つ、【剛剣武法】でつかう剛剣だ。……もてるか?」

 

 俺の両サイドに立ったサイさんとリキュナさんが、同じ大きさ、重さの剛剣を両手でしっかりと捕まえて持ち上げ─

 

ー剛 剣 素 振ー

 

 ブン! という重い音を立てて振りぬかれる剛剣。

 

「いい? ジン君。これもコツがあるの。力の流用をもってすればこの程度問題にもならないわ」

 

「え? あ、はい……重っ!」

 

 そうリキュナさんが俺に告げ、素振りをするのを見ながら目の前の剛剣に手を伸ばしたのだが……持ち手をこちらに向け、斜めに突き刺さっていた剛剣が俺に倒れこんできて、思わず掴んではみたもののその重さで手から取り落としてしまいそうになる。

 

「うぎぎぎぎぎぎ、おりゃあ!」

 

 気合一閃、しっかりと柄を握り締めて剛剣を持ち上げる俺。

 

(重っ! ていうかリキュナさんもサイさんもよくこんなの振れるな?!)

 

 俺の両サイドでこの剛剣を振るう二人に戦慄を覚えつつも、俺自身もまたその領域にたどり着かねばと覚悟を決め、ゆっくりとその手の剛剣を振り上げ、振り下ろす。  

 

 当然の如く、振り上げた際には後ろに倒れそうになり、振り下ろした際には地面に突き刺してしまったりと、まともに触れない時間がしばし続くが、やがて【進化細胞(ラーニング)】によって体の最適化がなされるに従い、地面につかず、そして重心を乱されないようになっていく。

 

 重心と剣の重み、遠心力、踏み込みの力、腰の回転など、自分がいつも朝にやっている格闘基本動作と剣を使う動きをすり合わせ、最適化をさせていき─

 

 

 

 

 

 ……信じられない。

 

 私……リキュナ=ザキューレは今、『剣の才能』等と言う言葉では言い表せないほどの才能を目の当たりにしている。

 

 私の横で……私とサイ殿に挟まれながら素振りをする……美少女にしか見えない美少年、ジン=ソウエン殿。

 

 お父様の提案で【キシュラナ流剛剣()術】の剣術を教える事となり、弟弟子という響きに率先して【一突八閃】の太刀筋を見せ、共に素振りをする中……何かしらの武の下地があったとはいえ、剣を始めて握ったといっていたジン殿。

 

 しかし……その武に対する成長速度は驚くべきものであった。

 

 我々が鍛錬に培った日々を置き去りにし、瞬く間に我等の隣に立つレベルまでに成長していくジン殿。

 

 額に汗して剛剣を振るうその美しい横顔に見蕩れつつも、その剣速、威力、そして……自分よりも重いはずの剛剣を振りながらも重心をブレさせないバランス感覚。

 

 大地を掴んでいるようなどっしりとしたその足捌き。

 

 かつて……この国で【剣聖】と謳われ、私が見た書物を書き記した【キシュラナ流剛剣()術】の礎を作った方を彷彿とさせる……私の動きとサイ殿の動き、【流円】と【剛閃】を併せ持った【剛柔合一】の動きを見せ始めるジン殿に、私も、サイ殿も……そして師であり、父であるザルもまた内心の驚きを隠せなかった。

 

 一緒に素振りをしつつ、ジン殿の横顔を眺めながら……私は昨日一日を振り返る。

 

 お父様……ザル=ザキューレが『果し合い』をしてくる、と書置きを残し、見極め役にサイ殿を連れて早朝に去っていったあの日。

 

 置き去りにされ、朝から落ち着かない心を静めるため、そして……立会いに連れて行ってもらえなかった悔しさを滲ませながら素振りを続けていた。

 

 お父様の子供として生まれ、【剛剣()】を志して10年。

 

 訓練の末見につけたこの【キシュラナ流剛剣()術】。

 

 ……言いたくはないが、女の身である私は……力に、そして剛剣の素質に恵まれなかった。

 

 それ故、剛剣としての【キシュラナ流剛剣()術】に煮詰まった私はお父様に相談をしつつ……家の書庫にあった先代達の剣術に関する記載から、体全体、そして周囲の力を流用して戦う剣術【流円】を使うに至った私。

 

 ……元々、剣術を志した動機が、その……お父様に褒めてもらいたい、そして……一番弟子たるサイ殿に近づきたいなどという邪なものであった事は否めないが……今はしっかりと自身の剣を確立させるまでに至っている。

 

 それなりの腕を持つと自負してはいるものの……いまだ、お父様やサイ殿には及ばない我が身。

 

 それ故、果し合いの場に連れて行ってもらえなかったのだと理解は出来たが……納得は出来なかった。

 

 やがて……夕刻に差し掛かる最中、開門を告げる声と共に門が開き……その先に見えた包帯姿のお父様とサイ殿を見て、私は恥も外聞も無くお父様に抱き着き……まあ、その……ジン殿たちに出会ったわけだけれど……。

 

 ……一々動作が可愛い!

 

 特に……何か恥ずかしいことがあったのか、庭の戸口からこちらをうかがうように顔を出し、上目遣いをされたときなんてもう!

 

 宴の席でも、口に物を詰め込んでもきゅもきゅと小動物よろしく食べる姿といい、私の心を刺激するには十二分だった。

 

 お客人のエレ殿が翌日、国を出奔する際もジン殿とふれあいたくて立候補をしたが……ただ手を繋いで歩くだけで心が満たされるのを感じていた。

 

 そして……こんな小さな可愛い子がお父様の怪我を治療し、窮地を救ってくれたのだと……朝の稽古を始めた際、サイ殿とお父様から伺ったときは心底驚いたものたっだのだが……今、横で剣を振るいながら目に見える速度で急成長を遂げていくジン君を見て、それが事実なのだと実感できた。

 

 すでに実戦と覚悟を持って拳を振るう心の強さを持っており、気力や殺気を身にまとっているという……まさに鬼才ともいえるジン君。

 

 しかし、その心根は真っ直ぐであり、それ故素直にどんな技術でも真綿に水が染み入るように吸収していくその姿。

 

 まさに羨望を持って見守るしかないほどである。

 

 お父様から聞いた限りでは、【呪符魔術士(スイレーム)】であり、格闘戦もこなせるという逸材であるとの事だったのだが……うかうかしていると私も一瞬で抜かされるほどの成長を見せ付けてくれていて、私自身、彼の成長は励みとなるだろう。

 

 より一層、剛剣を素振りする手に力をこめながら……ふと、サイ殿とジン君を挟んでいると、まるで夫婦のようだな、などと考えてしまう私。

 

 自然とにやけてしまう私に、お父様から困ったような視線が送られてきて慌てて気を引き締めなおす。

  

「それまで! そろそろ昼になる。湯浴みをしておくといいだろう。サイ、ジンを頼んだぞ」

 

「承知! さ、ジン。風呂に向かうとしよう。リキュナ殿もまた後で」

 

「はい! リキュナさん、又ご飯のときに! サイさん、ここのお風呂ってどういう感じなんですか?」

 

「ああ、男女別になっているのだが……木造でな。ヒノキという香りのいい木を使っている風呂になる」

 

「ぁぁ……檜風呂とか……!」

 

 ……うう……二重の意味でうらやましいとか……思ってないんだから!

 

 

 

  

 

 なぜか泣きながら去っていったリキュナさんに首を傾げつつも、サイさんと一緒にお風呂に入り裸のお付き合い。

 

 お互い、長い髪なので髪の洗いっこをしながら、お湯につかって修行内容についての会話を交わす。

 

 元々、剛剣を使った修行というのは普通の剣で【一突八閃】を出来るようになった時、任意で行う修行だったようなのだが……俺がキシュラナに留まらず、旅をするのであろう事を見越して短期集中で鍛え上げるための無茶な修行だったらしい。

 

 正直、いきなり剛剣を出すのはサイさんも予想外だったらしいが……俺が剛剣を扱えるようになったのをみて、ザキューレさんの先見に驚くばかりだ、と言葉を漏らす。

 

 ……うん、正直こっちも予想外でした。

 

 確実に【解析(アナライズ)】と【進化細胞(ラーニング)】なかったら振れなかったよ!

 

 などと考えていると─

 

「恐らく、午後からは先ほどの修行に加えて……【キシュラナ流剛剣()術】の要たる……殺気の修行になるとは思うが……心構えをしておくようにな。お師匠様の殺気と殺意は……並のものでは耐え切れずに意識を飛ばす。逆にアレに耐え切れば早々殺気で怯え竦むことはないともいえるが」

 

「……なるほど、ありがとうございます、サイさん!」

 

「何、弟弟子に対するささやかな助言だ」

 

 お風呂からあがりながら、二人でお互いの髪を柔らかい布地で叩いて水分を取りながら部屋へと向かい、丁度お昼ご飯の声をかけに来た使用人のお姉さん、そしてある程度呪符を作り終え、一息ついていたフォウリィーさんと一緒に食堂へと向かう。 

 

「わあ、鍋だ~!」

 

「ふふ、喜んでもらえて何よりだ。さあ、食べるとしよう。いただきます」

 

ー『いただきます!』ー

 

 小さい土鍋がぐつぐつと野菜や鶏肉などを煮込んでいる鍋を見て、喜びをあらわにしつつも、ほふほふと覚ましながら口に入れ……和風だしの味を堪能する。

 

 鍋を集中して食べている中、なぜか暖かく微笑ましいものを見るかのような視線で、鍋の中身が増えたり、お代わりをよそわれたりしていたが……おいしかったので平らげてしまった。

 

 やがてお昼ご飯を食べ終わり、お腹が落ち着くまでの間しばし歓談をする。

 

 フォウリィーさんが俺との出会い、過ごした日々などを三人に語って聞かせ、三人が微笑みを浮かべてそれを聞く。

 

 そして、今度は三人が俺と行った修行の事を話し、凄まじい速度で剣術を習得していると聞くと、俺を見て納得したように頷いてみせるフォウリィーさん。

 

「……やっぱりジンね。この子は【呪符魔術士(スイレーム)】の技術を吸収するときも、理論や使用法、技術の吸収を一瞬で行い、後はそれをいかに効率よく最適化させていくかに時間を費やしていたもの。……それが全てにおいて、というのだから……まさに天に与えられた才能よね」

 

「…………」

 

 何気なくいったのであろう、フォウリィーさんの言葉。

 

 『天に与えられた才能』に心当たりが在りすぎて、思わず動揺を浮かべて困惑した表情になってしまう俺。

     

 そんな俺の表情を見て不思議そうな顔をするサイさん達ではあったが─

 

「よいかジン。【キシュラナ流剛剣()術】、その名の通り、要たる【剛剣士(死)】を出すためには、相手を倒すという思いを研ぎ澄まし、牙として相手に突きたてるため、心を殺意で満たす……【殺】の一文字を心に抱かねばならん」

 

 お腹も落ち着いたという事で、フォウリィーさんを見学に向かえながらも始まった午後の修練。

 

 そして、リキュナさんとサイさんが見守る中……正眼に構えた刀をこちらに向けて語りかけるザキューレさん。

 

 ザキューレさんの体の怪我は、眼以外には【神力魔導】を使っていないので自然治癒と俺自家製の傷薬で治している。

 

 当然、無理に動けば傷が開くため、俺自身に指導できないのが歯がゆいとザキューレさんはそういっていたが、それならばと【キシュラナ流剛剣()術】、【剛剣()】に繋がる【心技】の極意。

 

 【殺】……殺気の修行を行う事となった。

 

盗賊団【牙】(例の件)でジンの殺気も相当なものがあるのは理解している。我等はさらにそれを研ぎ澄ませ……より明確な意思を持って相手に叩きつける。思考するのは相手を斬り捨てる過程。想像するのは相手が地面に倒れ付した姿。自らの持ちえる技を持って理念を形とする、それが【剛剣()】。そして……それを修める課程において、心に抱く【殺】文字。これが─」

 

 そう、ザキューレさんが言葉を切った瞬間─

 

ー殺 気 圧 倒ー

 

「う……ぁあ」

 

 冷たく、鋭く、明確な死を持って、俺にたたきつけられる……カイラやルイを上回る、圧倒的な……殺意。

 

 瞬間、俺の体が細切れになって血の海に沈む明確なイメージが思い浮かび、冷や汗が背中を流れ落ちていく。

 

 本能が逃走を選び、殺意に怯える身体が重圧で動かなくなっていく。

 

「引くな!引けばその分隙ができよう! 恐れるな! 恐れは刃を鈍らせる! 身体が鈍れば撃ち負けて、その先に待つものは……」

 

ー殺 意 増 大ー

 

 ザキューレさんの背後に、死神のような黒いオーラが幻覚となって見えるほどの威圧感。

 

 思わず座り込み、後ずさりしたくなる気持ちが俺の心を支配する。

 

「……【死】だ……!」

 

 より鋭く、手にもった剣から放たれる圧倒的な剣気。

 

 殺気を超える……鬼気ともいえる殺意がたたきつけられる中。

 

(逃げるな! 負けるわけにはいかない……! これを乗り越えられなければ俺は……この先、どんなことがあっても逃げるようになり、戦えなくなる! それは……文字通り【死】へと突き進む道だ。そんなの……認められない! 認めるわけにはいかない!)

 

 全身から噴出す冷や汗。

 

 俺は殺気と殺意に圧倒されながらも、後ろにあった重心を前へともって行きながら……自分の体の中、下っ腹に力を込める。 

 

「前を向け! 脅威を打ち破れ! その先にしか生きる道がないのなら……推し通れ! 己の内に刃を抱け! 決してくじけぬ刃を! 困難を斬り裂く刃を! 刃をもって牙をとぎ、相手に突き立てるのだ! 相手が殺気で押しつぶさんとするならば! 殺気で牙を穿ち! 刃で敵を討つのだ!」

 

 幾度となく、ただ目の前で構えているはずのザキューレさんの刃が俺を切り捨てるイメージが俺の脳内にて再生され、『お前を殺す』という凝縮された殺意が刃となって見えるほどの圧倒的で濃密な死の気配を俺に運ぶ。

 

「くぅう……おおおおおおおおおオオオオ!」

 

 心を奮い立たせ、気を体に巡らせる。

 

 殺気を殺気で相殺し、殺意を殺意で切り倒す。 

 

 【殺】の一文字……心の刃。

 

 それがザキューレさんの【殺】一文字と剣戟を交わす。

 

 ─負ければ失うのは……己の命。

 

 ─折れて、命が失われれば、自分の背にあるものを守れなくなる。

 

 ─守るためには……今よりも前に一歩進む意志をもち、己が内の【恐怖】という名の敵を─

 

 ─【殺】一文字……殺意の刃で殺し……ただ、目の前の相手を打倒する!

 

ー殺 気 相 殺ー

 

 目を見開き、俺からあふれ出す気迫が殺気となってザキューレさんの殺気を相殺する。

 

 物理的影響のないはずの殺気がぶつかり合い、空気を震わせ、草木がざわめく。

 

 お互いがお互いに殺意をもって応じ、殺気で威圧感を押しのけ、殺意で恐怖を殺し、ただ目の前にあるのは─ 

 

 己が心の刃と……打倒すべき敵のみ。

 

 肌を刺し貫かんとする互いの殺気が相殺し、はじけとぶ。

 

「─見事。よくぞ……我が殺気を撥ね退けた」

 

 低く、静かな声が未だ覚めやらぬ殺気の中で俺に投げかけられ、ザキューレさんが頷いて見せる。

 

 互いにたたきつけられる殺気と殺意の中─

 

「……ジンよ。貴公の心の刃は何のために【殺】の一文字を抱いたか?」

 

「……俺自身の大事な人たちを守るためです」

 

「!……その歳でもう『背負って』いるのだな……」

 

 その刹那、眼を閉じたザキューレさんが、剣を鞘に収めるのと同時に殺気を抑える。

 

 再び目を開き、俺を見つめ返したその瞳は……真っ直ぐに俺の心を見透かすようでもあった。

 

 俺も殺気を納めながらザキューレさんと見詰め合うと、その表情に笑みを浮かべて再び『見事』とつぶやくザキューレさん。

 

「…………きゅう」

 

「え? あ、あれ? フォウリィーさん?!」

 

「え? あ、嘘!」

 

 不意に物音がして縁側を見ると……俺とザキューレさんとの殺気のやり取りの余波をくらい、目を回して倒れるフォウリィーさんの姿がそこにあった。

 

 慌てて駆け寄る俺とリキュナさんが介抱する中─

 

「……お師匠様。これからは私とリキュナ殿との……実戦による手合わせも考えたほうがいいのではないですか?」

 

「うむ、我が殺気に耐えられるというのであれば……恐らくは実戦経験さえ積めば『高み』にまで上り詰めるやもしれん。……ふふ、心躍るなサイよ!」

 

「は! ……ここまでの才を見ることが敵うとは……自分を高めるための良き指針となるでしょう。これで……我等もまた、一段『高み』へと昇ることが出来るやもしれません」

 

 そんな会話を聞きながらも……目を回したフォウリィーさんを部屋へと運ぶリキュナさんと俺。

 

 やがて再び修練場へと戻った俺達は、【一突八閃】をなぞらえて剛剣での素振りを繰り返し─

 

 やがて叫び声と共に起きたフォウリィーさんの声を聞いて今日の鍛錬はお開きとなった。

 

 部屋へと走って向かい、扉を空けるといきなり涙目のフォウリィーさんに抱き締められ、いつもとは逆に慰めながら……お風呂、夕飯と常にフォウリィーさんにどこかしらをつかまれるという状況に苦笑する。

 

 徐々に落ち着いては来たものの……あの濃密な殺気が大分応えたのか、俺がフォウリィーさんの頭を抱き締めながら寝ることになったのだった。

 

 翌日、復活したフォウリィーさんが、昨日の自分の行動に頭を抱え、畳の上をごろごろと転がる姿がとても可愛かったです。

 

 

 

 

 

『ステータス更新。現在の状況を表示します』

 

登録名【蒼焔 刃】

 

生年月日  6月1日(前世標準時間)

年齢    7歳

種族    人間?

性別    男

身長    122cm

体重    30kg

 

【師匠】

カイラ=ル=ルカ 

フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー 

ワークス=F=ポレロ 

ザル=ザキューレ New

 

【基本能力】

 

筋力    BB  ⇒AA+ New   

耐久力   B   

速力    BBB

知力    S 

精神力   S  ⇒SS+ New 

魔力    SS+  【世界樹の御子】補正  

気力    B+  ⇒AA+ New

幸運    B

魅力    S+   【男の娘】補正

 

【固有スキル】

 

解析眼   S

無限の書庫 EX

進化細胞  A+

 

【知識系スキル】

 

現代知識   C

サバイバル  S  

薬草知識   S  

食材知識   S  

植物知識   S    

動物知識   S    

水生物知識  S    

罠知識    A

狩人知識   S    

応急処置   A

地理知識   S  

医療知識   A+  

人体構造   S      

剣術知識   A New

 

【運動系スキル】

 

水泳     A 

 

【探索系スキル】

 

気配感知   A

気配遮断   A

罠感知    A- 

足跡捜索   A

 

【作成系スキル】

 

料理     A+   

精肉処理   A

家事全般   A  

皮加工    A

骨加工    A

木材加工   B

罠作成    B

薬草調合   S  

呪符作成   S

ガーデニング S 

植物栽培   S 

 

【操作系スキル】 

 

魔力操作   S   

気力操作   AA 

流動変換   C     (魔力を気力に、気力を魔力に操作する能力。【自然力(神力)】解析において習得)

 

【戦闘系スキル】

 

格闘         A- 

弓          S   【正射必中】(射撃に補正)

剣術         B+  New

リキトア流皇牙王殺法 A+

キシュラナ流剛剣()術 B+ New

 

【魔術系スキル】

 

呪符魔術士  S   

魔導士    EX  (【世界樹】との契約にてEX・【神力魔導】の真実を知る)

 

【補正系スキル】

 

男の娘    S (魅力に補正)

正射必中   S (射撃に補正)

世界樹の御子 S (魔力に補正) 

 

【特殊称号】

 

真名【ルーナ】   【呪符魔術士(スイレーム)】の真名。 

            自分で呪符を作成する過程における【魔力文字】を形どる為のキーワード。

 

【ランク説明】

 

超人   EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS 

達人   S⇒SS⇒SSS⇒EX-  

最優   A⇒AA⇒AAA⇒S-   

優秀   B⇒BB⇒BBB⇒A- 

普通   C⇒CC⇒CCC⇒B- 

やや劣る D⇒DD⇒DDD⇒C- 

劣る   E⇒EE⇒EEE⇒D-

悪い   F⇒FF⇒FFF⇒E- 

 

※+はランク×1.25補正、-はランク×0.75補正

 

【所持品】

 

呪符作成道具一式 

白紙呪符     

自作呪符     

蒼焔呪符     

お手製弓矢一式

世界樹の腕輪 

衣服一式

簡易調理器具一式 

調合道具一式

薬草一式       

皮素材

骨素材

聖王女公式身分書 

革張りの財布     


 
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