No.421307

幻想の刀鍛治 4

izumikaitoさん

 今日も平和な日常が続いている幻想郷。
 そんな幻想郷を外の世界と分け隔てている存在――「博麗大結界」。そんな大結界を守護する存在である博麗の巫女。
 今代の博麗の巫女である「博麗霊夢」がいる。
 何故彼女は博麗の巫女としての力とともに、「空を飛ぶ程度の能力」転じて「あらゆるものから浮く程度の能力」という人の身に余る能力をその身に宿す事ができているのか。
 そこには知られざる者の尽力があったからこそそれが可能となっている。

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2012-05-11 06:15:22 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:557   閲覧ユーザー数:546

第4話 Suport―支え―

 

 雨が降る。

 雨は等しく大地に降り注ぎ、まるでシャワーのようにあらゆる物を濡らしていく。

 雨は大地に恵みを与え、世界を洗い流していく。

 雨に当てられる少年がひとり、両手に柄と折れた刀身を握り締めた上体で道をゆっくりと歩いていた。

 少年の名前は神代切継。幻想郷における刀鍛治のひとりだ。

 彼はまったく雨にぬれることを気にしている様子はなく、視線を地面に向けたまた人里へと向かう。彼の家はそこから少しはなれた場所にあるために、必ず人里を通る必要があった。

 時間的にも夜に近かったために家々の中から明かりは見えるが、あまり人が出歩いている様子は見られない。当然雨も降っているので好き好んで外に出るというのは酒場に用のある者たちくらいだろう。

 家々の中には両親がいて、子どもがいて、暖かな食事があり、楽しそうに話す空間があるのだろう。

 切継にも嘗てそのようなものがあった。

だが母は本当に幼い時になくなってしまい、もうほとんど顔は覚えていない。思いでも幼い頃であるために覚えていない。父もそれから数年後に亡くなった。原因は自分にあると理解していた。周りはあまりそれについて言及してこなかったが、心の奥底では非難しているのだろうというのが当時の彼らの視線からはっきりと理解していた。

 聖剣を打つことを使命付けられている。だが今日のことがあり、それが果たして可能なのかというような絶望感に打ちひしがれていた。

 折られた刀は今彼が打てる最高のものだった。それも自分が宣誓した少女ではなく、彼女の力よりも劣るものの境界すら断ち切れなかった。

 こんな状態で、近く行われるだろう儀式に間に合うだろうか。

 無理だ、このままじゃ……――。

 心は否にも砕けそうだった。もう諦めてもいいのではないかという思いになっていた。

 

「おいっ!」

 

 突然背中に向けられる声が聞こえた。

 面倒くさいというようにゆっくりと肩越しに視線を向ける。そこには近くの家から飛び出してくる女性――人里の守護者である上白河慧音がいた。

 雨にぬれるのも無視して彼女は慌てて切継の元へと駆け寄る。

 彼女の顔には当然のように心配の色が濃くある。雨ぬれた身体、折られた刀を両手に持っているのだから。

 引っ張るように慧音は切継ぐのことを自宅へと連れて行く。

 中に入るとようやく雨に打たれることがなくなった。雨水が服や髪の毛からとめどなく雫となって地面に落ちていく。

 玄関に立ったまま動かない。

 慧音は中に入るとすぐに奥へと入っていき、戻ってくるとその手には何枚か伸ばすタオルが抱かれていた。そしてすぐに切継のことを引っ張り寄せると頭にバスタオルを置き、力任せに拭き始めた。

 

「まったくこんな時間までどこに行っていたんだ!? それに傘も刺さずにずぶぬれで、あまつさえ真っ二つになった刀をそのまま手に持っているだなんて刀鍛治は手が大切じゃなかったのか!?」

 

 と昔の教え子はまったく変わっていないということに呆れながらも、心配しているように声をかける。

 されるがまま慧音に頭を拭かれている。

 一体どうしたというのだ? 今日は確か博麗神社の方に向かったはずだが、そこで何かがあったのか――?

 いつも習いやがって自分でやろうとする切継がまったく抵抗もせずにされるがままになっているのが気になっていた。

 その後掌にできていたきり傷に対して塗り薬を塗り、包帯を巻く。

 ぬれたままでは風邪を引いてしまうということで、すぐさまお風呂に向かわせる。

 

「服は適当に置いておくぞ。ゆっくり浸かってくれ」

 

 風呂に向かって切継に対して声をかける。言葉は帰ってこなかったが、今の状態では無理もないだろうと思った。

 話を聞くのは後でもいいだろう。今は夕食でも作っておこうかな――。

 そう思い、まだ途中だった夕食作りへと慧音は台所に戻っていった。

 

 慧音に用意されていたお風呂に浸かる。

 温かなお湯が冷え切っていた身体を包み込む。思わず盛大なため息をついてしまう。

 ゆっくりと鼻先まで浸かり、ぶくぶくと息を吐く。水疱が発生し、飛び跳ねた水が切継の顔に当たる。

 身体を温めてくれるお風呂に浸かっていながら、やはり心はどうしてもゆっくりできなかった。

 諦めの思いと、自分がやらなければならないのだという使命感というものが心の中で鬩ぎあっていた。

 すべてを投げ出すこともできる。

 しかしそれは自分が刀鍛治であった父親を殺した罪から逃げることのようにも思えたのだ。

未だに生きていたらきっと霊夢のための聖剣を打っていたかもしれない。

そうしなくても、未熟な腕でしかない切継に対して何らかの技法を授けてくれたかもしれない。

だがどちらも今となっては不可能だった。誰でもなく、切継自身がそれを断ち切ってしまったのだから。

 あの時八雲紫の境界によって脆くも叩き折られてしまった刀はあの時の切継にとって最高のできの一振りであった。

しかしその一振りでさえ、紫の境界を断ち切ることができなかった。それはこのままではありとあらゆるものから浮いた霊夢に対して唯一対抗できる手段をとることができないことを意味していた。

 聖剣も打てない、それに対応するために刀も打てない。

 まだ齢十七という若さでその使命を背負うことは思いことかもしれないが、そうしなければいけなくなった状態にしたのは紛れも泣く彼自身であり、彼以上に重い使命に囚われている少女のことも彼は知っていた。

 そんな少女がもってしまった大きすぎる力。それは幻想郷の平和にとって必要なものであると同時に、危険なものでもあった。そのために聖剣を打たなければならない。彼女の人の枠を超えた力がいつ暴走するかも分からない。

 切継にとって聖剣を打つということは数年前、霊夢と口争った時、彼女から言われたナマクラという言葉を撤回させるためだった。

 彼女は聖剣無しで自分の力を扱って見せると言った。確かに今日の彼女はその力を使いこなしているようにも見えた。だがこれまで何度も彼女の修行を見てきていたが、その力を使ったのは今日が始めてあった。もともと使えたのを抑えていたのか、それともあの時初めて使えたのか。

 どちらにせよ不安は消えなかった。

 歴代の巫女の全員が聖剣による力、楔のようなものをそれぞれの能力にうたれていたと聞く。今代の巫女である博麗霊華もまた切継の父親の打った聖剣に楔をうたれている。なら彼女にも必要になるというのが筋だろう。

 そうなると本当にあの力に楔をうてるだけの聖剣を打つことができるのか。最終的にその疑問に戻ってしまう。

 今の自分の腕ではどう工夫しようにも打つことができるとは思えない。

 父親が残した遺物には彼が打った刀はない。必要最低限しか打たなかったことが逆に後代に必要な伝えるべきものをとぎらせてしまっていた。

 どうすればいいのだろうか。そんな答えの出ない疑問に頭を悩ませていた。

 

 食事を終え、今はゆっくりとした時間を過ごしていた。

 夜も遅く、さらに雨が降っているということもあり、今日は家に帰ることを断念せざるを得なかった。

 慧音から差し出された湯飲みに入ったお茶を飲む。入れた手であるために温かなお茶が身体を温めいていく。

 食事の時からずっとしゃべらない切継に対して慧音が

 

「博麗神社で何かあったのか? 口喧嘩くらいならいつものことだと思うが、とてもそれだけじゃないとは分かるぞ?」

 

 厳しく追求するような口調ではなく、いつもの教師として、生徒を心配する彼女らしい優しげなものだった。

 湯飲みを包むようにして添えられていた手がピクリと反応する。

 触れられたくなかったが、ひとりで考えていてもどうしようもないことだと頭の昔に理解していた。

 やはり生徒の事をよく見ている。子供がいくつになっても彼女からすればみな子どもなのだろう。それが少し悔しくも思うが、嬉しくも思った。絶対に口が裂けてもいえないことであるが。

 

「それに真っ二つに折られた刀……まるで争ったようだが?」

 

 慧音も目の前の少年が霊夢と争ったとは思えない。

 いくら二人が口喧嘩をする相柄だとはいえ、そこまでに発展させたことは今の今まで聞いたことがなかった。もしそうなったとしても強制的に止められるということもあり、あまり気にはしていなかった。

 だが今日の場合は様子からしておかしかった。

 まるで心の支えたるものを失ってしまったもののように、茫然自失の状態に見えたからだ。とてもこのまま言えに返すわけにもいかない。そう思ったから慧音は無理やりにでも切継のことを自宅に引きこんだのだ。

 

「話せないのなら別にいい。だが溜め込んでいても何の解決にもならないと思ったなら、少しずつでもいいから話してくれないか? 何年経っても私はお前の先生だからな」

 

 そう慧音が自身ありげに言うと、

 

「……相変わらずお節介だな」

 

 ようやくいつものように挑発を含めた口調で言葉が返ってきた。

 思わずホッとしてしまったためか頬が緩む。

 

「なあ慧音、あんたの力で親父のことを――」

「無理だ」

 

 と切継の言葉を遮るようにして一刀両断で慧音は無理だと言う。

 それに対して切継は、

 

「まだ言い終わってないだろ」

 

 少し苛立ちを込めて言う。

表情にもそれが表れており、眉間にしわが寄っている。

 

「聖剣のことだろう? 自分が打てないからといって、亡くなった親父さんに丸投げか? 死神や閻魔様の話では彼はあの時遠からず死ぬ運命だったそうだ。それが早かったか遅かったかの違いだ」

 

 切継が言いたいことを代弁する。

 同時に諭すようにして落ち着かせる。

 言葉にはしないが、彼自身が自分の犯してしまったことを今でも悔やんでいるのが分かる。それを何とか死体という思いで今まで刀を売ってきたが、どうやら今日の博麗神社にいったことで何かを見てしまったのだろうと推測する。

 それもいつもは憮然としている彼がここまで落ち込むくらいのことが。

 それに遠からず死ぬ運命だったとはいえ、その間に聖剣の技法を伝授していたかもしれないし、彼自身がそれを打っていたかもしれない。そう考えると死の運命を早めてしまったのは誰でもなく切継なのだ。

 だがそれから逃げるようなことは決して教師として、半分とはいえ人間として了承するわけには行かなかった。第一彼女の能力によってそれが可能だとしても閻魔たちがそれを許すとは到底思えない。それに生き返った彼の父親がそれを喜ぶとは思えない。

 だからあえて厳しく言うのだ。

 

「厳しいかもしれないが、確かに彼の死には君が大きく関わっている。あんなことをしなければ彼はもう少し生きながらえたかもしれないし、その間に何かしらの技法を伝授されたかもしれない。そうすれば今このような状態にもならなかっただろう。でもその「運命」を選んだのは君じゃないか? 選んだのならそれ相応の責任を負うべきじゃないのか? そして言った言葉にもだ。君は博麗の巫女に対して聖剣を打つといったのだろう? そして彼女は自らの力を発言させ、それを一時的とはいえ扱ってみせた……彼女は程度は違えどあの時の言葉を実現させたんだ。あんなまだ十になったばかりの少女がして、君はただ逃げるのかい?」

 

 真っ直ぐに視線を切継に向けて言う。

 ばつが悪そうに彼は視線を横に逸らす。

 だが無理やりに顔を掴んでこちらを向かせる。あれだけ意志の強かった瞳には弱さがにじみ出ていた。人なのだから当然だろう。だがそれが許される時とそうでない時がある。近く正式な博麗の巫女となるための儀式があるだろう。

 それまでにはもうほとんど時間はない。落ち込んでいられる時間などもう頭の昔になかったのだ。

 

「甘ったれるのもいい加減にしろ! 博麗の巫女とこの幻想郷を守れるのはもう君しかいないんだぞ! それを今更放棄する気か!」

 

 肩を掴み、激しく揺さぶる。

 うるさいと小さく呟く切継の言葉を無視してさらに、

 

「男なら言葉をはっきりと体現してみろ! 彼のようになれとは言わない、それでも君の納得のいく刀で誰かを守ってみせろ!」

 

 逃げるな――その案に言っている言葉が一番切継の胸に刃となって突き刺さる。

 もうどうすればいいのか分からず、先の見えない霧の中を歩いているような状態から早く抜け出したいと思っている。

 先の見えない、未知の大地を踏むことを、一歩踏み出すことを恐れている。

 今の切継ではどうしようもないから。ひとりではもうどうすればいいのか分からないから。

 何か道標が欲しかった。確かな何かをその手に欲していた。

 

「ひとりで無理なら私も協力する。私だけじゃない、友だちにだって協力を頼んでみるさ。もうひとりですべてを背負い込むような虚勢はやめろ、人ひとりでできることなんて限られているのだから」

 

 誰かを頼れと言う。

 父親を殺してしまったという罪悪感とその原因となってしまった彼に対する人々からの無言の避難の視線から逃げるように人里を離れて早数年。

 そのようなことがあったために周りに頼ることを忘れていた。

 だが逃げてもその事実は変えられない。

 戻ることもできないし、ましてや立ち止まることすら許されない。

 ならどうするべきか――先に進むしかない。地面を這ってでも、何度転んでも。泥臭く進むしか選択肢はない。

 

『わたしは自分の能力を完璧に扱ってみせるわ』

 

 そう言ってのけた少女がいる。

 それに対して馬鹿にされたのに腹を立てていた自分も言い返したのは忘れられない。それを見返すために今まで刀を打ってきたのだから。

 博麗霊夢がそこまでの力を手に入れたのは修行の成果である。その修行もただひとりでできたものではなく、必ずそこには今代の博麗の巫女が指南役としていた。

 嘗て切継が剣術を習うようにと父親に言われた時、ただひとりで身につけたわけではない。必ず隣には指南役として魂魄妖夢がいてくれた。

 自分とそう変わらない背丈の少女に教えられるというのに何度も抵抗感を覚えた。

 だが彼女がいなかったら今の剣術にまで腕をあげることはできなかっただろう。

 思い出す。

 それは大きな背中を持っていた父親がいつも周りに感謝していたということを。

 今よりも人里の方に近かったということもあり、今は自分で必要な材料を集めたりしているが、当時は向こうの方から材料を持ってきてくれていた。廃材や鉄屑、上等な錫鋼などだ。

 思い返す、今の自分は果たしてすべてを自分でしてきただろうか。

 廃材や鉄屑は? 

チルノや大妖精、ルーミアにミスティア、リグルたち寺子屋に来ている妖怪、妖精たちが拾ってきてくれるからだ。

 今生活できているのは?

 決して多いとはいえないが、切継に注文をくれる人里の住民たちがいてくれるからだ。

 何をなすにも人はひとりではない遂げることはできない。

 それを一番近くで見てきたはずなのに。

 俺は、本当に大馬鹿だ……――。

 ようやく今になってそれに気づくことができた。

 切継の瞳から雨のように涙が零れ、テーブルに小さな湖を形成した。

 

後書き

 始めましての方は始めまして、第1話から読んでくださった方はありがとうございます。泉海斗です。

 突発的に生まれたネタから書き始めたこの作品ですが、楽しく執筆させていただいております。

 前回よりも短く、あまり聖剣完成までに必要な要素を出せませんでした、すいません。

 しかし停滞していた鍛治にもようやく新しい炎が灯ります。

次回は今までの刀の構造に新しい変化が生まれる回にしたいと思っております。誰かに頼ることは決して悪いことではない。それは当たり前でありながら、どうしても一歩引いてしまうというのはよくあることだと思います。

主人公の切継は他人をあまり近づけさせないようにしていたのでそれを忘れていたという設定にしました。

少々強引な展開になってしまったかもしれませんが、楽しんでいただけたのなら嬉しいです。

いよいよ話も中盤に差し掛かろうとしています。聖剣の完成までにひとつだけ異変について書きたいと思っています。オリジナルですが、聖剣完成には必要な要素、確かな手ごたえを切継が得るためには必要な話です。

ほとんどない霊夢との絡みもそろそろ入れていきたいと思っています。

まだまだ終わりは先ですが、完結を目指して頑張りたいと思います。

 次回も読んでくださる皆様に楽しんでいただけるような作品にするということをモットーに私自身も楽しく執筆して行きたいと思います。

 今後ともよろしくおねがいします!

 それでは!!


 
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