No.420619

三題噺『天気屋』『月光』『行商人』

投稿86作品目になりました。
前のと同様、文芸サークルの原稿です。構想期間が1週間くらいじゃこれくらいが限界だ……
是非とも感想の方、よろしくお願いします。

2012-05-09 17:45:45 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:5194   閲覧ユーザー数:4610

天は人に数多の恵みを齎す。晴れ渡る陽光は実り良き作物を育む糧となり、降り注ぐ雨粒は世に生きる全ての命に潤いを与える。吹き抜ける涼風は風車を回す動力となり、振り積もる白雪は見る者全てを魅了する。

しかしその一方で、天は人に数多の災いを齎す。晴天は旱害となって全てを干乾びさせ、雨天は洪水となって全てを呑み込む。暴風は竜巻となって全てを吹き飛ばし、寒波は吹雪となって全てを閉じ込める。

天恵と天災。切っても切り離せぬ表裏一体の天候と言う現象に、嘗ての人々は神々の姿を見た。彼等の喜びが、悲しみが、怒りが、空と言う媒体を以ってして具現化しているのだと。そして、抗う術を持たぬ嘗ての人々が思索の果てに行き着いたのは『供物』という手段だった。時には食糧を、時には芸術を、時には祈祷を、そして時には人命を、代償として捧げる事で、より良き恵みを、より良き実りを、より良き育みを希った。

しかし時は流れ、技術や文化の進歩と共にそのような信仰心は徐々に廃れ、その拠り所は存在すら曖昧たる神仏の宗教から確固たる証明に基づいた学問へと移行していった。当然、未だに信仰が残る地域は多々存在するが、それは辺境、辺鄙と表現して差し支えない地域がその大半を占めている。よりよい環境の土地を選び、よりよい土壌で田畑を耕し、よりよい作物で稼業を営む。高所得者は百姓を雇い、百姓は農奴を雇う。稼ぎを上納し、分配し、やがてそれは集落から市街へ、市街から大都へと姿を変え、気付けば大陸の中心には巨大な帝都が築き上げられた。雇用者と被雇用者のみであった階級社会は、やがて統率者たる王とその補佐たる臣下を生み出し、その下で帝都の施政をこなす中央貴族、帝都へと物資を貢ぐ地方貴族、その貴族達の土地で日々の糧を得る市井と、下へ向かうに連れて末広がりの様を示す金字塔を描くようになる。その様は、正に自然界の食物連鎖。下の者が税を納める代償として、上の者は彼等に権利を与え保護する義務を負う。技術を提供し、知識を提供し、安全を提供しなければならない。

が、結局は人間によって構成された社会である。万事が思惑通りにいく筈もない。先に述べた通り、人は天に逆らう術を持ち得ていない。この先、どれほど技術が進歩するかは不明だが、少なくとも現段階ではそうだ。度の過ぎた天候は先述の通り、作物を奪取するのみでなく、飢餓や疫病と様々な災害となって我々に降りかかる。

故に、人は足掻く。自らの領分で、自らの手足で、生き抜こうとする。より強い作物を開発し、より強い家屋を開発し、より強い環境を開発する。『開発』という行為は巨大なコミュニティと高い知性を持つ人間の特権と言えよう。そして新たに得た文武を以って、更に新たな領分を切り拓く。確信をもって革新を行う。

そして、人は遂に到達してみせた。天候を操ると言う、偉業とも大罪ともとれる、神への対抗手段を。

 

 

その村には、雨が降っていた。瀑布のように降り注ぐそれは土砂降り、豪雨、そう表現して差し支えなかった。通常では考えられない雨量。まだ暴風雨でないだけ、ましな方ではあるかもしれないが、問題はその雨がここ数日でなく、ここ数ヶ月に渡って振り続けている事にあった。

「また、今日も雨か……」

窓の外、曇天の夜空が染め上げる昏い景色を眺めながらの呟きは、少なからずの落胆を含有していた。最低限の白熱電球の射光と大きな暖炉によって眩しいとは感じない程度に照らされている室内は、嘗てに比べて金属加工の技術水準が遥かに進歩した現代においては所謂『懐かしい』と評されるようなものであった。無理もない。この村は山村であり、村人の多くはその生計を農業、畜産などの一次産業で立てている、俗にいう田舎である。作物や加工した商品の仕出し、そして物資の仕入れの大半を定期的に訪れる行商人に頼っているこの村は当然ながら帝都やその周辺地域ほど発達した技術が普及してはおらず、未だ自然との折衷を主軸に置いた生活を営んでいた。

そして、その呟きの主は窓硝子に浮かび上がる水滴を拭いながら一向に止まる気配のない黒雲を見上げていた。その指は白く細く、対して髪は黒く長く、そして艶やかだった。明らかに、女性のそれであった。

「本当に、いつになったら止んでくれるのかしら……」

雨は天然の如雨露である。作物に水分と地中の栄養を届ける為に必要不可欠だ。が、しかし、過ぎた水分は根を腐らせたり、時には田畑ごと全てを押し流してしまう事すら有り得る。何より、このまま雨天が続くようでは、その地に暮らす住人達の気も滅入るというものだ。実際、彼女もこうして溜息混じりの言葉ばかりが口を衝いて出るのだから。

と、

―――どちゃっ

「……?」

それは泥濘の飛沫が飛び散った音。決して小さくも軽くもない何かが地面を叩いたという証拠。それも、これほどはっきりと聞こえたということは、

「何の、音?」

無言で玄関口へと向かう。ランタンを片手に戸をそっと開け、隙間から外を覗いて、

「……え?」

彼女は絶句する。室内から漏れ出す射光の先で、まるで糸の切れた操り人形のように四肢を投げ出し俯せに、一人の男性が倒れていた。

「っ、だ、大丈夫ですか?」

暫しの茫然の後、我に返ってすぐさま駆け寄る。男は外套を纏っており、その下の衣服も日常生活のそれとは違い、長期間に渡る移動や環境を変化を前提とした出で立ち。この村で生まれ育ってきたが、見覚えのない意匠であった。どうやら村の外から来たようだ。

「あ、あぁ……」

「どうされたんですか? どこかに怪我を? それとも、何か持病が?」

薄らいではいるものの、男の意識は未だ覚醒しているようだった。舌の根すらまともに動かせないほどに衰弱しきっているらしく、途切れ途切れの音を繋ぎ合わせながら、何かを自分に伝えようとしているようで、

「何ですか? 何を伝えようとしているんですか?」

口元に近づき、少しでも多くを聞き取ろうと耳を澄ませて、

「は、は、」

「『は』、なんですか?」

 

―――腹、減った……

 

それは、実に肩透かしな願望であった。

 

 

「いやぁ、有難うお嬢さん。今回は流石に死んだかと思ったよ」

「はぁ、どういたしまして」

数十分後。汚れ、草臥れきった外套と衣服を洗濯機に放り込み、風呂に入れてさせ着替えを終えると、弱々しかった印象は完全に逆転していた。年頃は自分よりもかなり年上、恐らく三十前後。彫りの深い顔立ちは、手入れの届いていない無精髭も相まって中々の貫禄を醸し出していた。雨粒に濡れ凍えんばかりに冷え切っていた血色は湯船と暖炉で見る見るうちに回復し、今は有り合わせの材料で作った食事に、実に美味しそうに舌鼓を打っている。

「あの、もしかして兵隊さんですか?」

「ん? どうしてそう思う?」

「その、表のあれは新しい小型の戦車なのかと。違うんですか?」

『表のあれ』というのは、彼が倒れていた際にすぐ後ろにあった、大きな円筒状の突起が目立つ無骨な台車である。見るからに金属製のそれはそこらの牛馬よりも大きく、となればまず間違いなく重い。それも後部には蒸気機関らしき火炉と排気口が視認できる。どうやら、本来であればその台車は搭乗し運転する事も可能なようだ。

「あぁ、確かに傍目はそう見えるかもしれないな。けど、そんな物騒なものじゃない。俺の商売道具なのは当たってるけどね」

「では、あなたは軍人さんではない、と?」

「あぁ」

初見であれば十中八九、誰もが兵器だと思うであろうそれは、それ自体が商品でない限り、商売の道具にはとても見えなかった。大砲と言えば打ち出す以外の用途が思い浮かばず、何かを打ち出す商売で砲兵以外となると、

「花火、とか?」

「……まぁ、そんなものだと思ってくれて結構。ここに来るまでに燃料が切れちまってな、こういう時はこいつもただのお荷物になっちまう」

どうやら正解ではないが、あながち遠くもないらしい。微かな沈黙は返答に対する驚嘆なのか、逡巡なのか。

「煙草、吸っても?」

「えぇ、どうぞ」

「どうも……げ。時化ってて全然点きやしねえ」

どうやら最後の一本だったのか、苦渋に歯を噛み締めながら握り潰し暖炉へと放り込んでいるのを見ていると、随分と感情の起伏が大きい人だと思う。少なからずの湿り気を帯びた燃料は蒸発の音を立てながら緩やかに灰へと還っていく。

「それで、あなたはどうしてこの村へ?」

「ヒョーマ」

「……はい?」

「ヒョーマ。俺の名前だよ。まだ名乗ってなかっただろう」

「そういえばそうでしたね。私はフィーノです。この村で村長を務めさせてもらっています」

「ほぉ。随分若いのに、大したもんだ」

「名前だけのお神輿ですよ。昨年、前の村長だった父が亡くなって、私が跡を継ぐ事になったというだけです」

「そう、か。そりゃ不躾な事を聞いたかな」

「気にしないで下さい。それで、ヒョーマさんはどうしてこの村へ? 花火を見せに来たのでしたら、この村では商売にならないと思いますよ?」

「……そりゃまたどうして?」

尋ねるヒョーマにフィーノは再び窓へと歩み寄り、カーテンを開け放って言う。

「ここ数ヶ月、私達は太陽を一切見ていないんです。ここら一帯の空はずっと分厚い雨雲に覆われ、一向に晴れる気配を見せてくれません。おかげで作物はまともに育ちませんし、氾濫した川じゃ魚もまともに取れません。……それに、体調不良で動けない人も、少しずつ出てきてるんです」

「定期的に来てくれていた行商人の皆さんも危険だからと近寄らなくなってしまって、今は蓄えを削りながら何とかなっていますが、いずれは底を尽きるでしょうし」

「……なのに、態々俺にメシを分けてくれたのかい?」

「だって、困っている人は放っておけないじゃないですか」

柳眉を下げ眉根を顰め、しかし笑うと言う表情は他ならぬ翳りを帯びていた。そこからありありと窺える彼女の心中は、

「山向こうの領主様が、私が嫁ぐなら村の皆の面倒を見てくれると、そう言ってくれているんです」

「……で、受けるのか?」

「はい。村人を守るのが、村長の役目ですかた」

「……嫌いだな、そういうの」

「……はい?」

「何もかも、諦めてるだろう。しょうがない。仕方がない。どうにも出来ない。出来やしない。その顔が何より物語ってる」

「……だったら、私にどうしろって言うんですか? 相手は自然なんですよ? 神様にでも祈れって言うんですか?」

私だって、何とか出来るものなら何とかしたい。今でこそ何とかもってはいるけれど、このままでは今年の収入は0に程近いし、そうなれば外から食糧を仕入れる事もままならない。それに、この空が晴れるという保証もない。はっきり言って、この大雨は近年稀にみる異常気象だ。もし、この雨が二度と晴れる事のないものだとしたら。そんな馬鹿げた想像が脳裏を過ぎるくらいに、私はもう参ってしまっている。後はもう、祈るぐらいの選択肢しか、私には残されていない。

「祈る、ね。それが悪いとは言わないが、本当に神様が何かしてくれた事があるかい?」

が、どうやら彼は違うようだ。頬杖をつきこちらを見る視線は呆れ、嘲り、蔑み、それに類する何かを帯びていて、

「祈るだけなら簡単だ。神様に全部の責任を擦り付けるだけなんだからな。勝手に贄を差し出して、勝手に望みを押し付けて、叶わなかったら勝手に恨んで。それで何が変わる?何が生まれる? 何も変わらない。何も生まれない。残るとすれば、ぶつける先のない怨嗟だけだ。その矛先をこじつけるように国や先祖や商売敵に変えて、苛立ちを発散しようとする。俺はそういうのを、今までに何度も見てきた」

口を噤むしかなかった。思う所はあったが、口に出せなかった。だって、それを語る彼の眼は酷く暗んでいたから。

「……やれやれ、最初からその積もりだったけど、こりゃ今すぐにでも見せてやった方がいいかもしれないな。電話、貸してくれるかい?」

「え、あ、はい。どうぞ」

暫くの沈黙の後、ヒョーマは嘆息と共に肩を落とすとそういって受話器を持ち上げ、見知らぬ番号のダイヤルを回して、誰かと話し始めた。小さい声だったので上手く聞き取れなかったが、時折『調査』だの『許可』だの、そんな堅苦しい単語が鼓膜に届いて、フィーノは更に首を傾げる。やがて、

「表に出な。見せてやるよ、抗い方ってやつを。あぁ、あと燃料になるものをありったけ用意してくれ」

ヒョーマは不敵に笑いながら、玄関口を指差してそう言った。

 

 

「お~お~、派手に降ってるな。こりゃ風呂に入った意味なかったな」

「あの、ヒョーマさん。一体何をする気なんですか?」

「見てりゃ解る」

再び外套を纏い、降りしきる雨の中に出る二人。ヒョーマは何やら例の砲台を天を衝かんばかりに持ち上げて直立させ、

「まさか、この天気で花火ですか?」

打ち上げた所で時化って不発に終わるのが精々ではないだろうか。

と、

―――ガゴン

突如、大きな装填音。燃料を補給された火炉は真紅に燃え上がり、

「雲ってのはよ、言うなりゃ氷の塊なんだな。風で浮いちまうくらいに軽い氷の粒が空の上で成長してああなる訳だ」

「は、はぁ……」

「で、だ。本来ならその成長には凄え時間がかかるんだが、その成長を無理矢理促進させるヨウ化銀という物質がある。そいつを燃やして発煙させ上空まで昇らせると、その氷の粒が成長しやすくなる。つまり、雨が降り易くなるという訳だ」

「……人工的に、雨を降らせる事が出来るって事ですか?」

「そうだ。だが、ヨウ化銀は弱いが毒性を持っていてな、大量に摂取すれば人体に悪影響も出て来る。村人の体調不良の原因は恐らくそれだろう。で、その物質が昨日、君がさっき言った隣の領主の城の保管庫から大量に見つかった」

「っ!?」

「どうやらこの村の作物を根絶やしにして自分とこのを売り込む積もりだったらしい。で、あわよくば君を娶ってしまおうと、そういう算段だったんだと。神様に祈った所で、君の運命は何も変わりはしなかった訳だ」

この人は、何を言ってるのだろう。

「で、昨夜の内にその物質は処分したし、燃やしていた発煙炉も全部ぶっ壊してきたし、奴等の所業は帝都にも報告しておいた。放っておいても数日中に雨は止むだろうから、メシだけ食わして貰ってとっとと次の街に行こうかと思ってたんだがね……気が変わった。今、ここで、君に見せてやる」

舞い込む情報量の多さに混然としつつ、何やら準備に勤しんでいる彼の横顔から目が離せない。台車の側面、一際大きなレバーを引いたと同時に排気量がぐんと増え、吐き出される度に何かが軋むような音が砲塔の中から轟いて、

「さ~てお立会い! 今宵の演目は真夜中の空に並び立つ大輪の日月にござい!」

仰々しく掲げた右の手は、彼女の視線を空へと促したその直後、きつく握り締められ、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああ!!」

満身の力と共に振り下ろされ、台車の後部、打ちかけの釘のように突出したボタンを叩いて、

―――ドゴォォォォォン!!

轟音と共に上空へと昇る一陣の恒星。炎の煌めきを纏ったそれはやがて黒雲の中へと消え、

 

その、次の瞬間であった。

 

―――ズドォォォォォン!!

「た~まや~!! はっはっは!!」

それは正に、夜空に輝く太陽であった。空の中心、爆風と爆音があれほど鈍重に圧し掛かっていた雨雲を吹き飛ばし、ぽっかりと開けられた穴の中に姿を現したのは満点に飽和する星々と真丸の満月、そして巨大な一輪の橙色。言葉を失うほどの絶景。それは確かに、実に花火に似通っていた。

「ナトリウムって物質を知ってるか? 非常に燃えやすい性質でな、水に放り込むだけで発火するデリケートな柔らかい金属だ。粉末状のそいつを真空中に閉じ込めて打ち上げ、爆薬で空にぶちまける。そうすりゃ雲そのものと反応して炎上。爆発とも相まって雲は蒸発、霧散するって寸法だ」

つまり、あの大輪の花はその物質が雨雲を燃やしている真っ最中だと、そういう事か。

「……あれ? と言う事は、」

そう思った、次の瞬間だった。

―――ドッパァ!!

「うはっ!!」

「きゃっ!!」

突如、バケツをひっくり返したかのように降りかかる水飛沫。そう、つまり氷の塊である雲を無理矢理溶かして晴らしているのだ。溶けた氷が水に変わり、一気に降り注いできたのである。

「こればっかりはどうしようもないんだよなぁ」

「解ってるなら先に教えて下さいよ、こういう事は!」

「こらこら、あんまり動くな。濡れて下着が丸見えだぞ?」

「へ? ……きゃっ!」

指摘されて初めて気付いたのか、瞬間的に屈み込むフィーノを見てヒョーマは高笑いをする。既に深夜の太陽は霧散し、晴れ渡る夜空の月明かりが彼を後光のように照らしているのを下から見上げて、

「……ヒョーマさん、貴方は、何者なんですか?」

思わず、フィーノは尋ねていた。何故、このような技術を持っているのか、知っているのか。何より、これが彼の商売だというのなら、

「天候を操るのは、重罪の筈ですよね?」

雨を降らせると言う事は、本来他の地域で降るはずだった雨を奪うという事になる。雨を晴らすと言う事は、本来その地に降る筈であった雨を奪うという事になる。それはやがて豪雨や干天へと変わり、人間へ牙を剥く。それを意図的に起こすのは、罪として裁くには十分過ぎる所業なのだ。

だが、彼は先程『これを商売にしている』とも『帝都に報告した』とも言っていた。そんな事が許されるとなると、

「さてね。俺は天気屋だからな、俺のやりたいようにやってるだけさ」

「てん、きや……」

「で、どうだい、お客さん?」

「……はい?」

 

―――頭の上は晴らしてやったぜ? 心の方は、ちっとは晴れたか?

 

それは、子供のような無邪気な笑顔で、

「……ふふっ」

「そうだ。やっぱり女の子はそうやって綺麗に笑ってなくちゃあな」

「……私、女の『子』なんて歳じゃないですよ?」

「んな子供っぽい下着しておいて何言ってんだ?」

「こ、こらあああああああああああああああああああ!!」

気付けば私は久し振りに、本当に心の底から笑っていた。

 

 

その昔、旱魃に苦しめられている村があった。作物は干乾び、河川は渇き、飢餓と疫病が人々を苦しめていた。やがて、年老いた村長は言った。

『神様がお怒りじゃ。供物を捧げにゃならん』

しかし、村には差し出す作物はない。差し上げる程の芸術を拵えられる職人もいない。で、あれば、残るは人命のみであった。

村の為に死ね。その命を差し出せ。当然、誰もが拒んだ。苦しかろうと、辛かろうと、死にたくはない。そこで手段として選ばれたのが『階級』であった。彼の一家は、農奴だった。

『どうか息子だけは』

両親は必死に頼み込み、最終的に未だ物心もつかぬ幼い息子のみは助命が認められた。そして、彼は幼くして両親を失う羽目になった。その息子こそが、他ならぬヒョーマであった。

成長し、その事実を知った彼は、村を出る事を決意した。

『二度と自分と同じ思いをする者は出さない』

その為に学び、試し、彼は若くしてヨウ化銀に人工的に雨を降らせる事が出来る性質がある事を発見し、後にも様々な天候を意図的に生み出す方法を開発し、帝都において高い地位と名声を得る事となる。

『これで、二度とあのような事態は起きるまい』

しかし、包丁が調理器具にもなれば殺人の凶器にもなるように、道具は持ち主次第で如何様な手段にも用いられる。先に述べた通り、天候の操作が重罪とされるのは、自然災害を意図的に起こせる部分にある。そして、彼の発見したヨウ化銀は弱毒性をも持ち合わせていた。つまり、今回のように意図的に村を滅ぼそうとする事すら可能にさせてしまったのである。

『俺は、そんな積もりじゃなかったのに』

彼は後悔した。自らの生み出したもので、自らと同じ苦しみを背負う人が生まれてしまう。自分のした事は本当に正しかったのか。迷う彼に救いの手が差し伸べたのは、余りに意外な人物であった。

『お主の研究は正に偉業であった。お主に折り入って頼みたい事がある。宮殿に来てはくれまいか』

彼の下に届いた書簡には、王族のみが使う事を許された印が押されていた。宮殿を訪れた彼を待っていたのは、まさかの国王陛下であった。

『旱魃に苦しむ民は、降り注ぐ雨に歓喜した。豪雨に苦しむ民は、降り注ぐ光に涙した。お主の力を、儂に貸してはくれまいか。儂はより多くの民の笑顔を見たいのだ』

儂の直属となって全国を放浪し、天候技術の悪用を懲罰してくれ。ヒョーマはそれを一も二もなく引き受け、国王直属の密使となった。

日頃は花火の行商を装って大陸中を気儘に渡り歩き、悪用の噂あらば直ぐ様駆けつけ元凶を断つ。この世界で唯一、天候技術を自由に行使する事を許された者。その名を『天気屋』ヒョーマ。今日も彼はこの世の何処かで、空を見上げて笑っている。

 


 
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