黒髪の勇者 第二編 第二章 王都の盗賊(パート1)
王都アリシア。
アリア王国の伝統的な王都であると同時にアリア王国では最も人口の多い都市である。
創立の歴史は古く、アリア王国が設立された紀元前600年頃には王都として整備されたという文献が残されている。以降現在まで1500年もの間、大陸戦争の短い期間を除いて、アリシアは王都としてアリア王国に君臨し続けたのであった。
そのアリシアに詩音とフランソワが到達したのは入学式から三日後、入学以来初めてとなる土曜日の午後を越えた頃であった。
「流石に、人が多いね。」
チョルル街道の延長に当たるメインストリート、通称カリーナ通りと呼ばれている街区に入った所で、馬上にある詩音は周囲を見渡しながらそう言った。通り沿いということも関係しているだろうが、詩音の視界に入る建築物は殆どが商店に類するものであった。煉瓦作りの建築物が大半を占めるものの、木造建築や石造りなど、多種多様の建築物がカリーナ通りをある程度の一体感を保ったまま構成されている。詩音が述べた様に人通りはすこぶる多く、普段着で買い物を楽しむ庶民たちが通りを埋め尽くしてしまう程であった。
「一応王都だからね。人口もシャルルに比べると三倍以上違うし。」
馬の手綱をしっかりと握りしめたフランソワが詩音に向かってそう答えた。ちゃんと手綱を握っておかなければ、街を歩く人々との接触事故を起こさないとも限らない。
「商店が多いね。」
フランソワと同じように慎重な乗馬を心がけながら、詩音がそう言った。
「そうね。シャルルとは違ってファッション関連のお店が多いのかな。書店も多いけれど。」
「シャルルは殆どが鮮魚店と貿易店だったからね。」
「そうね。でもここでは鮮魚は期待できないわ。加工魚ならいくらでもあるだろうけれど。」
フランソワに言われるままに、食料品を扱っているらしい店舗に視線を送ると、確かに生魚は一つとして見当たらない。酢締めのような魚や、燻製にした魚などが陳列している限りである。
「冷蔵技術って貴重だなぁ・・。」
どうやら刺身は暫く口にできそうにないな、と感じながら詩音はそう呟いた。
「冷蔵技術?」
「いや、なんでもない。でもここなら、フランソワの好きな書物も大量に手に入るんじゃないか?」
詩音がそう言った直後、フランソワが口元を緩めた。
「本当にそうね、シャルルは書店が少なかったから、ここなら新書、古書を問わず好きな本が手に入るわ。」
「少し寄っていくか?」
詩音がそう訊ねると、ん、とフランソワは小さく頷き、少し考えるように人差し指を口元に当てた。
「いいわ。書物はいつでも買えるから。それよりも、アリシア城まで急ぎましょう。」
フランソワはほんの少しだけ勿体無いというような表情を見せながらも、そう言った。
アリシア城は、王都アリシアの中央部に位置している。近年星型城塞へと改築されたアリシア城の敷地面積はチョルル港が丸ごと一つ収まってしまう程度の広さを有しており、またアリシア城と城下には街区の区分けと防衛時の都合から十ヤルク程度の幅を持つ堀で周囲を完全に囲まれている、難攻不落の名城として設計されている。当然ながら警備体制は厳重であり、入城するには堀に掛けられた幾つかの橋にそれぞれ設置されている検問所を通過しなければならない。
その検問所の一つが、カリーナ門と呼ばれている門扉であった。そこで入場許可を取得したフランソワと詩音は、警備兵に導かれるままにアリシア城内へと足を踏み入れた。アリシア城内は適度に配置された森林と、複数の建築物で校正されている。
その中でもひときわ巨大な敷地を持つ、三層建てのバロック建築物こそが、王族が住まうシャトー・リッツ宮殿であった。
「よく来たね。」
シャトー・リッツ宮殿の玄関口に到達すると、二人の来訪を先に知らされたものか、アレフと数名の部下が待ち構えていた。
「こんにちわ、アレフ。」
下馬しながら、フランソワがそう答えた。その馬は衛兵達が引き取り、詩音の馬と合わせて厩舎へと連れて行った。
「とりあえず、ビアンカに会ってほしい。こちらだ。」
アレフはそう言うと、詩音とフランソワの二人を連れてシャトー・リッツ宮殿へ二人を案内した。玄関ロビーは相当に広く作られており、そのまま社交ダンスの会場としても利用できる程度の面積を誇っている。そこから三階までの吹き抜けとなっている玄関ロビーの奥には上昇する螺旋階段が設置されていた。床には当然の如く毛の深い赤カーペットが全面に敷かれており、内壁を覆う装飾も豪奢と華美を重ね合わせたかのよう。アリア王国に名だたる職人が丹精を込めて作り上げた宮殿であった。一体、どれ程の資金をつぎ込めばこれ程の建造物が作れるのだろうか、と詩音が嘆息を漏らす間にもアレフとフランソワは慣れた様子で螺旋階段を上りはじめた。
案内された場所は宮殿の三階であった。今日は儀式、祭事ではなく打ち合わせである為に謁見の間ではなく、応接間が用意されたのである。
「少し待っていてくれ。今からビアンカを呼んでくる。」
応接間に詩音とフランソワを通したところで、アレフがそう言うと足早に扉から出て行った。その間、詩音は何ともなしに応接間を眺め回す。玄関ロビーと比べて遜色のない調度品がそこには用意されていた。一方フランソワは宮殿には既に慣れているものか、詩音に比べて格段に落ち着いた様子でソファーへと腰を降ろしている。
やがて、ビアンカ女王が応接間に姿を現した。
「ご苦労さま、フランソワ、それにシオン。」
労いの言葉を与えながらビアンカ女王はそう告げると、フランソワと向かい合うように腰を降ろした。それに合わせて、詩音も漸く席に着く。
「なんだか、懐かしさがこみ上げて参りますわ。」
ゆるやかに、フランソワがそう言った。
「何年振りになるのかしら?」
「十になるまではこちらにお世話になっておりましたから、もう六年になります。」
「もう六年も。時の経過と言うものは本当に早いわ。まるで昨日の出来事のように覚えているのに。」
過去を思い起こす様に、ビアンカがそう言った時、応接間の扉がノックされた。フレアが紅茶を用意してきたのである。
「フレア、今日は貴女にも同席して欲しいの。」
フレアが紅茶の配膳を済ませた所で、ビアンカがそう言った。
「私でお役に立てることがあれば。」
そう答えながらも、その口調は満更でもない。侍従長と聞いているが、この自信はなんだろう、と詩音が考えた所で、フランソワが詩音に向かって口を開いた。
「フレアさんは王立学校を首席で卒業して、つい最近まで内務官として大活躍していたのよ。侍従長に就任したのはビアンカ女王が即位してからなの。」
「フランソワ、それは持ち上げすぎよ。」
悪戯っぽい笑みを見せながら、フレアがビアンカの隣に腰を下ろす。
「信頼していることは事実よ、フレア。」
続けて、ビアンカがそう言った。
「では、早速作戦会議といきましょうか。アレフ、お願い。」
「とりあえず、この間も見せたものだけれど。」
ビアンカの言葉に、アレフはそう言いながらテーブルの上にアリシアの街区図を広げた。王立学校で見た、盗賊ジュリアンとタートルの襲撃地図である。
「海の聖玉の簒奪を予告してから今日で一週間が経過している。この一ヶ月間は戦時中並みの警戒をしてはいるが、だからと言って市中の警備を疎かにする訳にはいかない。そこで、今日はフランソワとシオンに市中警備を手伝ってもらおうと考えている。それがここだ。」
アレフはそう言うと、地図の一点を指差した。王宮から南側に広がる、ミンスター街である。
「この地区、ミンスター通りを中心とした街区は貴族や富裕層などの館が密集している高級住宅街だ。襲撃図を見てもらえば分かるように、被害もこの地区に集中している。奴らの傾向からして一度襲った館は二度と手を付けない傾向があるから、警護対象は未だに襲撃を受けていない、かつ上流階級の館という事になる。」
「具体的には、何をすればいいのかしら。」
フランソワが、そう訊ねた。
「日が沈んでから夜半22時頃までの巡回警備を手伝ってもらいたい。勿論それには俺も同行する。そこで何か気付いた事があれば、些細な事でも構わないから俺に教えてくれ。勿論、今晩襲撃があった場合は盗賊団の捕縛を最優先する。その時はシオン。」
アレフはそこで言葉を区切ると、シオンを見て楽しむような笑みを見せた。
「君の剣術を遺憾なく発揮してほしい。」
その言葉に、詩音は強く頷くと、力強くこう言った。
「了解しました。」
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第十一話です。今回から第二章になります。
黒髪の勇者 第一編第一話
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