本来なら溌剌としていただろうその目はどんよりと濁り。
その身体からは精気を感じない
俺が数度見た彼女とはあまりに違いすぎた
あの理想と希望に満ちた優しい王・・・
覇王と戦った彼女とは思えないほどに・・・
阿~とは日本では~ちゃんを意味する、即ち阿備とは備ちゃんと言う意味であり。
村の人はこの女の子の事を劉さんのところの阿備と言っていた。
と言うことは、姓が劉 名は備となる。
この年齢では、字はないらしいがここまでくればこの娘が誰なのか・・・。
いくら鈍い俺でもさすがに気付く、この女の子は将来の蜀の大徳 劉玄徳。
しかし、本当にこの世界は俺の常識が・・・いや俺の世界の常識が通じないと思った。
名が普通に呼ばれてるとか・・・いやまあ真名というもっと神聖な名前があるということを
考えれば俺の世界ほど重要視されてないっていうところなのだろうか・・・。
そして俺が今いるのはあの時代から10年ほど前のということになる。
どうしてこんな事になっているのか、おれは項垂れてそっと溜め息を吐く。
ふと・・・頭に人形を乗せた飴をなめている少女が見えた気がした。
『お兄さん下手な考えはやめるですよ~、今目の前にあるそれが真実なのですから~。』
妄想の中で妙に間延びした独特な喋り方をする少女に脳内で突っ込みされた・・・。
真・恋姫無双 魏アフター 簡雍伝 第二幕 決意と覚悟
あの後、俺は村長さん宅に連れて行かれ阿備の事に冠してお礼を言われた。
俺としては当たり前の事をしただけなので礼を言われるまでもなかったのだが。
阿備は器量良し、性格良しで村でも人気者らしい・・・らしいとは村長から聞いた話で俺が見たわけではないからである。
そして、肝心の阿備だが・・・。何故か俺の膝の上に座り寝息を立てている・・・。
「ほ・・・随分と懐かれましたのう。」
ニコニコと微笑みながらこちらを見る村長・・・。いやこれ話しづらいんで助けてください・・・。
膝の上の阿備をどかすわけにもいかず俺はその状態で村長に話しかける。
「村長、できれば村長の知りうる限りのこの国の情報を教えていただけませんか?」
「とは言っても・・・わしもそれほど国の情勢に詳しいわけではないのですが・・・。」
「構いません、知りうる限りで結構ですので。」
俺の真摯な視線を受けた村長は静かにこの国の事を教えてくれた。
色々な話を聞き、俺が出した結論は・・・保留だった、とりあえずはだが。
黄巾の乱も霊帝崩御もまだ起こっていない、時代的なものである程度の予測がつくのは阿備の年齢
だけと来たもんだ。この子があの劉備さんなら・・・、ここは確かに10年前の世界ということになる。
そして俺が村長さんから聞いた情報でこれが一番の本命だ、そして俺にとっての死活問題に関わる。
今この時代には天の御遣いの予言がされていないことだった。
あの予言がないことには俺の立場は『とても怪しい奴』につきる・・・。
そして何より・・・俺がこの大陸に再度降り立った意味がまだ理解できていないのだ・・・。
以前の時は消える直前になってやっと俺自身の役割というものが把握できた。
だが今回俺がここに戻ってきた意味、俺の役割がまだ見えてこないのだ。
俯き考え込んでしまった俺の耳に村長さんの声が聞こえてくる。
「うむ・・・なにやらお困りの様子ですな。」
「正直・・・困っています。行くところも行く宛てもないんで。」
「旅人殿・・・よければこの村に滞在しませんかの?」
「え?」
そんな村長さんの渡りに船な発言に俺は驚いてしまった。
「ふふふ、そんな怪訝そうな顔をしなくても大丈夫ですよ・・・。ちゃんと理由ならあります故。」
そう言って慈愛に満ちた目を俺ではなく俺の膝の上で寝むる阿備に送る。
「両親が死んでからの阿備はほとんど睡眠も取らず、食事も取らず。毎日泣いておりました・・・。」
「私達は阿備の為に色々な事をしたが・・・結局元気を取り戻すことはなかったのですよ・・・。」
「その阿備が初めて会った男性にこれほど心を開く・・・どれほどの驚きだったか・・・。」
そういって村長は机に頭をこすりつけるような勢いで下げる。
「どうか・・・貴殿が旅に再度出るその日までこの娘の父となり兄となり見守っていただきたいのです・・・。」
俺は村長の言葉を聞き、そっと阿備の顔を見る。
「村長・・・その話少し考えさせていただいてよろしいですか?」
「ごゆるりと考えるがいいでしょう。どちらを選ぶにせよ、しばらくは村に滞在するといいでしょう阿備も喜びますゆえ。」
「ありがとうございます。」
俺は居場所をくれた村長に深々と頭を下げたのだった。
村に滞在を許されて数日が過ぎた。
その間俺は村人の畑仕事を手伝ったり、自警団の男衆に警備隊長としての経験を活かした戦い方を教えてみたり
また、子供たちに文字や剣を教えたりして過ごしていた。
それはそれで充実した日々で・・・。楽しい日々でもあった。
当然阿備とも一緒にご飯を食べたり遊んだりした。
だが俺はまだ皆に名前を許してなかった。
別に教えたくないわけじゃないのだが・・・『北郷一刀』という名前がこの世界にどんな影響を与えるのか
正直に言えばそれが怖かった。
それでも村長をはじめとする村の皆は笑って気にする事はないと告げ親しげに話しかけてきてくれた。
そんな日々を過ごしてきた俺は、今一人夜空を見上げていた。
「月・・・出てないな。」
元の世界にも戻れず・・・あの世界にも残れず、俺は今ここにいる。
決して悲観的になってるわけじゃない、あの世界では悔いのない生き方をしたと自負してる。
なのに何故今俺はここにいるのだろうか・・・答えの出ない疑問が胸奥から溢れ出てくる。
そして自嘲気味に笑う。
「馬鹿だな俺・・・あの訳の判らないところで俺自身が選んだんじゃないか。泣いてるあの子を支えると。」
答えが出ない?違う・・・答えなんて最初から分かっていた、すると驚くほど胸が軽くなった気がした。
俺は星の光の中不敵な笑みを浮かべ呟く。
「華琳・・・俺はここであの子を支えるよ・・・。それがきっとこの世界での俺の役目なんだ・・・。」
それが何を意味するか・・・今の俺にわからないはずがない。
ふと不敵な笑みを浮かべる彼女が見えたような気がした。
『面白いじゃない・・・手なんて抜かないわよ。』
きっとそれは俺の意思が産んだ幻聴・・・
だけどあいつなら本当にそう言いそうで俺は声を出して笑ってしまった。
そんな俺と俺の決意と覚悟を祝福するかのように星々は夜空に燦燦と輝いていた。
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皆さんコメントありがとうございます。
今日も少し遅い時間の投稿となりましたが・・・。
急ぎすぎず、遅すぎず話を進めていくのがこんなに大変だとは・・・。
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