囲め囲めと、抜けるような青い空に、雑音が響いた。
三成は眉一つ動かさず、敵の足軽たちを一掃した。意気揚々と声を荒らげていた男たちの声が一瞬で静まる。
それは命を沈められたせいでもあれば、己の力の及ぶ物ではない力を見せつけられ、戦き、恐れから声を失くしたせいでもある。
大半は前者であり、三成はわずかでも動く者に慈悲を与えず長刀の贄にした。
彼は自覚もないままに、焦っていた。
早く済ませてしまわねば、鳥が来てしまう。
何時何時(いついつ)にかは分からないままに。
石田三成は自身が鳥かごになるのを、認めたくはなかった。
あの鳥は、どれだけ飛ぼうとも籠を探すのだ。
「…………三成、やれ今日はやけに早う倒しよる」
「形部」
「まるで奴と競うようだ、ほれ、武田の若虎が吠えておる」
耳を済ませる必要もない。
遠くで鳥が鳴いている。だがそれは、鬨と呼べるような雄々しいものではない。
炎を舞い上げる様を、西軍の軍師を務める大谷吉継は“吠える”と表現したのだ。
「何を戦場で呑気に話しかける」
「囲まれたか。ぬしは真に不幸を呼ぶ男よの」
大谷は状況に似つかわしくない嬉々とした声で、包帯の上からでも分かる程に口角を上げる。
遠くに在った炎が、先程よりこちらに近づいている気配がした。
三成は無意識に一度、鯉口を切る。
「形部、私から離れるな」
「元より離れぬ」
不敵に笑う男は何もせず、三成の邪魔にならぬ位置へと下がった。
倒した足軽たちよりも倍の数に囲まれたが、西軍の総大将と軍師に恐れなど無い。
三成は煩わしさだけを宿し、頭の片隅に居座る鳥を追い払う。
早く片付けなければ。
凶王と呼ばれる男の心理を見抜く軍師は、人知れず眼を細める。
紅蓮の鬼と称される紅い鳥は、捕らえられて籠に入れられたのか。はたまた自ら籠の中に入ったのか。
いずれにせよ三成の自覚無き不幸に、大谷は戦場の真っただ中で声を上げて笑ってしまいそうになる。
炎の熱と共に駆ける音が、空気を伝って三成に知らせている。
早く殺してしまわねば。
何時何時(いついつ)どころではなく、すぐに出会うだろう。現に、ほら、と言うまでもない間で鬼が来た。
「石田殿ぉおお、ご無事でござるかぁっ」
三成の刃が敵将の首を討ち取ると同時に響いたのは、武田軍を率いる若き総大将、真田幸村に相違ない。
姿よりも先に聞こえる声に、今度こそ大谷は笑った。
「紅い鳥が来たぞ三成」
鳥籠だと一度揶揄されたことのある三成は、この戦場に立って初めて、眉を微かに潜ませた。
片足を一歩大きく前に出し、少し屈んだ姿勢を取る三成の横には、首なしとなった敵将の体で立っていた。支えを失った状態では、一寸もしない内に重い音を立てて地に倒れるしかない。
そして瞼も閉じられないまま胴と離された首は、ごろりと三成の背後へと、石ころ同然に転がる。
宿す者の無い眼球に映ったのは、大谷が言う所の赤い鳥、すなわち真田幸村の姿。
三成の真後ろである正面に立つ幸村は、息一つ乱していない。彼にはこの場の次に厳しい陣営を渡したが、一体どうなったのか。
問うまでもない。三成の作り上げた光景と、ほぼ変わらぬ世界を幸村も仕立て上げたからこそ、ここに来ているのだから。
「真田……」
三成とは違い幾重の返り血を浴びている幸村を、屈んだまま肩越しに一瞥くれてやり、後は何事もないかのように刀を鞘に収める。
互いに怪我をしていないのを悟り、安堵のため息を着く幸村とは対照的に、三成は黙って幸村から背を向けた。
「石田殿っ」
慌てて三成の元へ近づこうと、一歩前に出した足を止めさせたのは、戦場で幸村の背中を守り続けた、男の声だった。
「大将~、あんだけ突っ走って敵さん倒しまくったってのに、まだそんな元気なの?」
勘弁して、と間の抜けた声が、幸村から一番近い木から聞こえてきた。
付いてきていたのは承知していたから、当然気配も悟っていた幸村が、声のする方向へと顔を向ける。
「佐助」
猿飛佐助。忍隊の長を務めながらも、表に裏にと幸村を補佐する、武田軍は副大将だ。
幸村と同じく、佐助の声に反応した三成は、足を止めて視認する。感情の見せぬ眼差しは掠める程度で終わり、また歩を進めた。
名を覚えぬ三成が武田軍の中で唯一、幸村以外で名を知るのが、この佐助だった。
覚える気など無かったが、幸村がなにかと佐助の名を出すのだから仕方がない。挙句に当の佐助も、忍なのに忍ばない故に、否が応にも視界に入り込む。
この忍の存在が、三成の足を一寸でも止める存在になっている意味を、大谷だけが見抜いていた。
「良いのか」
主語を入れない質問に「何がだ」と聞き返す。
「鳥が籠に戻りたがっておるぞ」
いつか言った例えを持ち出したのは、それでも誰がという所を言うつもりがないからだ。三成にだけ意味が分かれば良い。
現に、三成は理解をしているからこそ、目線を変えずに一度目を閉じる。
「あれは…………」
この軍師が己に嘘をつかないという大前提を持っている以上、大谷の言葉を否定する気はない。
なら後は肯定しかないが、それを理由に思ったままを行動するには、いささかジレンマを抱えすぎていた。
だからあえて、もう一つの本音を吐露する事で是も否もしなかった。
「臭すぎる。下劣な血で秀吉様の守られた地に足を踏み入れるのは許さん。一刻も早く風呂に入れと言っておけ」
「あい分かった」
紅い鳥の影が、ちらりと大谷と三成を一瞥する。大谷は佐助の視線に気づかないふりをして、三成から承った言伝を持って幸村へ体を向けた。
復讐だけが今生に留まる術とする三成に、宿っているのは紛れも無く、幸村の影である佐助に対する嫉妬だ。
主君が入った鬼籍に、己の魂も入れ込めたとしか思えぬ生き様には、大層不釣合いなもの。
大谷は三成の持て余す感情を咀嚼してから、「真田幸村よ」と声をかけた。
やはり三成の傍は心地よいと、狂気の沙汰で笑う声ごと、飲み込んだ。
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三幸のゲスト付小説R18本(コピー)、「与える愛と返す恋」の中にある小説です。ゲスト付き32p。これの本文18p。 童謡のかごめかごめを端々に使ったせいか、我ながら抽象的表現が多過ぎるなと反省。