「馬鹿野郎!!」
姿を消した太陽が地平線から再び姿を覗かせて。
その朝日を背負うように近づいてきた高い影は開口一番そう罵声を飛ばした。
「……一本木先輩」
何故怒られるのかわからない。
無事に終えた。全員無事だった。
その安堵感と達成感で一杯だった空白の頭には、その言葉の意味はよくわからなかった。
呆然と立ちすくむ自分に向けて少し困ったような笑顔で軽く手を上げ、共に闘った菊地君が彼の先輩達の元へ駆け寄っていく姿が視界に入った。
青い制服の後姿を見送って、自分に向き直った一本木先輩が口を開く。
「~~あー、解ってる。言っても仕方ねーのは解ってる。だけどな! 俺の気がすまねぇんだ」
乱暴に髪の毛を掻き毟りながら怒鳴りつけてくるその表情は逆光でよく見えなかった。
「おまえ、あそこで死んだら、どうするつもりだったんだよ」
あそこ、というのは氷塊が落ちてきた時の事だろう。菊地君達を突き飛ばして氷に閉じ込められた。
「……それは、考えてもいませんでした。つい、体が動いてしまった反射行動的なものでしたし」
「お前、ああいう時だけ思い切り良すぎるだろ」
そうでしょうか? と首を傾げ、それでもやはり自分はどうあってもそうしていただろうと思えば特に返す言葉が見付からない。
はぁあああ、と文字にすればそうなるだろう、大げさに溜息をついて先輩が腰に手を当て凄む様に自分に説教する。
「団長に言われて俺がお前応援してなかったら、あの時皆が応援してくれなかったら、どうなってたと思ってんだよ。
――俺は、絶対死んでない、死なせねぇって思ってたけど」
その言葉に自分は一瞬目を丸くしたと思う。瞬きをして、言葉を継ぐために息を吸う。
「お言葉ですが、一本木先輩」
「あ、なんだよ」
「自分は、貴方がそうしてくれているのを知っていたから、何があっても絶対死なない、やり遂げられるってそう最初から信じていました。
皆さんから応援していただけたのも力になりましたし。
でも心配してくださったのは、嬉しいです。ありがとうございます」
そう嘘偽り無く素直に思っていたことを口にして、頭を下げた。
緑を取り戻し始めた地面と泥のついた靴先が目に入る。桜の花びらが風と一緒に頬を撫でていく。
それが自分に出来た事も、団長が自分を信じてくれた事も、先輩がそう思っていてくれた事も、嬉しかった。本当に。
様々な高揚感でほころびそうになる口元を噛み締めていると、頭上で呆れたようにまた先輩が溜息をついた。
「……まったく」
手が伸ばされる気配に身を固くすると、思いがけず学帽を取り上げられぐりぐりと頭をなで回されて困惑する。
「お前、頭いいけど、馬鹿だよな」
身体を起して先輩を見ると片眉を上げて少し笑っていた。
「それは――」
先輩に言われたくは、と言おうとして慌てて飲み込んだ。
貴方が馬鹿だと言うならそれでいいし、それなら貴方も自分も同じようなものだろうと思えて、なんだか胸がくすぐったかった。
面映い気持ちで目を伏せると先輩の声が聞こえた。
「もう、心配かけんな」
そう呟く声が、常になく真剣だったから。
「……押忍」
いつもより小さくなってしまった声で、自分はいつもの返事をする。
世界を明るく温かく照らす太陽の日差しが地面に長く伸びて、その眩しさに目を細める。
色々な物がない交ぜになった涙が自分の頬を伝って、我慢できなくなって。
僕はきっと見っともない顔で、泣きながら、笑いながら、
明日に続いていく新しい今日を迎えた。
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SSA後の一本木と田中の話。一田っぽいようなそうでも無いような。 あんな局面で新人だけに任せてるのもなんか不可解だったんできっとリーダーくらいは見守ってたりしてたんだろうなとか勝手に思い込んで書いたもの。 鈴木斉藤コンビに言及できなかったけど一番実力あるのはあの二人なんじゃないかなと思っていたりしています。