No.406512

酔い、闇

蒼フロ・自キャラの過去に関わるようでよく分からないSS。

2012-04-11 10:34:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:582   閲覧ユーザー数:582

 薄暗い部屋、光源となるのは、窓から差し込む蒼い月明りだけ。

 その男は、グラスに入った琥珀色の液体を傾けていた。

 時折、グラスと氷がぶつかる乾いた音が響くだけで、それ以外には音一つない。

 男の目の前には、琥珀色の液体が入ったボトルが乗ったテーブルと、

 それを挟んでもう一つの椅子があるが、そこには誰も座っていなかった。

 

「これ、オススメだからよ」

 と言い、親友がボトルを持ってきたのは半日程前か。

 飲兵衛の彼が持ってきたそれには、芳醇な香りのする洋酒が入っていた。

「ありがたいが…貰ってもよいのか?」

「お前なら数日で全部飲み干したりはしねーだろ? まぁ後で二人で飲もうぜ」

「ああ、まぁ確かに飲み干す事はないが…」

「俺が持ってたらアイツに没収されちまいそうでよ」

 アイツ、とは彼のパートナーの事か。きっとそれが本音なのだろう。

「まぁ飲み干さない限りは適当に飲んでいいぜ? じゃあな」

 と言葉を残し、親友は早々に去っていった。

 

 男は飲兵衛というわけではないが、下戸というわけでもない。

 こうやって一人で飲むのも悪くない。

 そう思いながら、グラスをまた傾ける。

 口の中に広がる芳香と、深みのある味わい、そして微かな酔いが、とても心地よかった。

 

 そして月明かりの中、酔いに包まれながら、色々な事を思い出していた。

 パートナーと出会い、このパラミタの地に来て、色々な事を経験し―――

 そしていつもそばには、パートナーが……彼女がいた。

 

 今の自分は、彼女を守るためだけに生きている。

 恋愛感情も含まれている事を彼は自覚しているが……それ以上に。

 “彼女を守るべし”という、使命という名の強迫観念、

 もしくはその使命に対しての依存に近いものがある事に、彼は気づいていた。

 昔の……過去の自分はどうだったのだろうか。

 彼は、今のパートナーに出会うまでの記憶がない。

 それ以前の自分が、一体何を目指し、何を信条としていたか、全く持って覚えていなかった。

 覚えていたのは、ただ「ディートハルト・ゾルガー」という名前のみである。

 

 彼は、昔の自分へ思いを馳せる。

 やはり、誰か一人を守るために身を挺していたのだろうか。

 それとも、もっと大きなものを守ろうとしていたのだろうか。

 喪われた過去に執着は無いつもりだが、それでも、ふと考えてしまうと、思考は止まらない。

 …ふと、視界が歪んだように見えた。

 飲みすぎたか。そう、思ったが。

 向かいに位置する椅子に、誰かの姿が見えたように感じた。

 いや。気のせいではない。

 確実に、目の前に誰かの姿が浮かんでいるのだ。

 だがその姿は、まるでピントのあっていないスクリーンのように、

 まるで揺らめく水の表面に映るかのように、

 揺らめいて、ぼんやりして、はっきりと明確にはならなかった。

 女か男か、何となく見えている体格だけではいまいちよく分からない。

 黒い長い髪は、彼のパートナーの姿を一瞬連想させたが、

 雰囲気は彼女と似ても似つかなかった。

 その人物は、彼と同じように手にグラスを持ち、恐らく彼に語りかけている。

 だがその声はとても遠く聞こえて、何を喋っているのかはっきりとは分からなかった。

 

 あぁ、もしかして、これは―――

 

 過去の記憶ではないのだろうか。

 彼は、そう確信した。

 明確な理由はないが、それでもそう感じたのだ。

 

 少しずつピントが合ってきたように、その人物の表情が分かるようになってきた。

 その人物は、至極愉快そうに話を続けている。

 おそらく、彼と話す事が楽しいのであろう。

 それでもまだハッキリと見えるわけではない。

 必死に過去を観ようとしている彼の耳に、声が届いた。

 

「…だろう? なぁ、Zeu――」

 ぷつり、と。

 

 そこで目の前に浮かんでいた幻想も幻聴も、途絶えてしまった。

 目の前の椅子には、もう誰も座っていない。

 あの幻覚は、酔いのせいか。

 酷く曖昧だったその人物も、今は存在すら疑わしい。

 

 そして、あの人物が発した言葉は。

 聞いたことの無い言葉。聞いたことの無い響き。

 確実に、彼に向けて放たれた音。

 まるで、誰かの名前を呼ぶような……

 

 彼は、そこで思考を停止した。

 考えても意味は無い。

 過去がどうだったかは分からない。

 だが。

 少なくとも今は。

 今の彼は“ディートハルト・ゾルガー”であり、

 彼の使命は、パートナーを守る事である。

 ―――今の自分には、その事実があれば十分だ。

 そう、言い聞かせる。

 

 静寂が辺りを支配する中で、カラン、とグラスと氷がぶつかる乾いた音が響いた。


 
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