Episode.07 トゥルー・ハート
その夜、デカベースへと戻ったバンの報告に、デカレンジャー一同は絶句し、沈黙するしかなかった。今まで謎とされ、捜査を進める上で重要な鍵とされていた魔法少女の正体。だが、その実態はその場にいた一同の想像を遥かに超えていた。
「魂を宝石に変えて、身体はただの抜け殻だなんて・・・」
「そんなの・・・あんまりだよ!!」
「ナンセンス・・・絶対に許せません!!!」
願いと引き換えに魔法少女として魔女と戦うと言う宿命までは、これまでの魔法少女を追う捜査の中で知っていた。だが、魔法少女となった少女達の在り様が、まさかゾンビ同然のものであるという真実は、皆にとって衝撃的であり、許せないものだった。
「だが、ただの人間が魔女などという存在と戦える筈もない・・・十分ありえた話だったのかもしれないな。」
「そんな、ボス!!」
だが、そんな中ドギーだけは魔法少女の魂の在り様に納得していた様子だった。それまで普通の生活を送っていただけの少女達が、即席で異形の存在と戦えるようになるには、何らかの非人道的な措置が取られているのだろうという事を、ドギーは予想していた。
「戦うための力を得る事がどれだけ難しい事なのか、デカレンジャーとして戦っているお前達もよく知っているだろう?」
「そうですね・・・・・」
「・・・ボスは、こんな風な事件をこれまで何度も見てきたんですか?」
「まあな。」
かつて宇宙で活躍し、『地獄の番犬』とまで恐れられた刑事だったドギー・クルーガー。数え切れないほどの犯罪者達の非道を目の当たりにしてきた彼にとって、魔法少女の一件は生ぬるいものなのかもしれない。渾名の『地獄の番犬』は伊達ではない。犯罪者の非道が作り上げたいくつもの『地獄』を歩んできたからこその二つ名なのだ。
「ボス・・・もう一度、彼女達に交渉させてください!!」
「だが、今日も結局拒絶されたのだろう?」
再度、魔法少女達と話し合いをさせて欲しいと訴えるバンだったが、ドギーの言葉に口ごもる。歩道橋の上での戦闘の後、魔法少女達はバンの言葉に耳を貸す事なくその場を立ち去ってしまったのだ。彼女達は、キュゥべえと呼ぶ存在に裏切られた事によって、もう誰も信用できないといった表情だった。
「これ以上彼女達を放っておくわけにはいかないな。やはり、ここは多少強引にでも俺達に協力してもらう様に迫るしかないな。」
「でも、それじゃあの子たちは!!」
魔法少女となった者達の行く末を考えると、もはやこれ以上放置するわけにはいかない。そう考えたホージーは、高圧的に出てでも彼女達をこちら側に引き込む事を提案する。だが、彼女達の心の内を知るバンは、難色を示す。
「確かに、これ以上放置するわけにはいかないだろうけど・・・」
「やっぱり、今の彼女達の心中を考えると、強引に迫るのはかえって危険よね。」
センとウメコもまた、少女達の精神状態を顧みて、ホージーの強硬案に難色を示す。
「俺だって、本当はこんな事したくないさ・・・だが、彼女達が心を開いてくれるのを待っていて、取り返しのつかない事になったらどうする?」
デカレンジャーのリーダーとして、常に冷静な判断を下して来たホージーも、この様な強硬手段をとる事には抵抗がある。だが、事態がこれ以上悪化すれば、彼女達の命に関わる危険が引き起こされるかもしれないのだ。これは、ホージーなりに魔法少女達の事を思いやっての提案でもあった。
「・・・・・皆頼む、もう一度俺にやらせてくれないか?」
皆が八方ふさがりの状態に黙り込む中、バンは改めて自分が魔法少女の説得に向かわせてもらうよう頼み込む。真剣な顔で頭を下げる姿に、ドギーが口を開く。
「・・・分かった。バン、もう一度彼女達の説得に向かえ。」
「ボス!?」
「でもそれじゃあ・・・」
バンを魔法少女の説得へ向かわせる事に許可を出すドギー。だが、ホージーとジャスミンは安易に納得できない。
「現状、彼女達は俺達警察を信用していない。魔法の存在を世間に公表できない以上、彼女達を説得するしか手段は無い。それに、キュゥべえと名乗る存在の裏切りで、彼女達はより一層俺達を警戒している筈だ。それに、彼女達だけに魔女退治をさせるわけにはいかない。彼女達を守り、尚且つ説得に迎えるのは、バンだけだろう。」
「ボス・・・」
「こうなったら、とことんぶつかってみろ。“火の玉”が、お前の渾名だっただろ?」
「ありがとうございます!!」
「・・・そうだな。信じてるぜ、相棒。」
「うん、良いと思うよ。」
「そうね・・・バンなら、行けるかも。」
「彼女達に、優しくね。」
「先輩、頑張ってください!」
こうして、バンが引き続き魔法少女の説得に当たる事が決定した。言いだしたバンも、対応を任せてもらったが、不安は隠せない。契約者に裏切られた事により、彼女達の心は酷く荒んでいる事だろう。果たして、自分の想いは本当に通じるのか・・・それでも、やるしかないと心に決めるバンだった。
そしてその翌日。見滝原中学のまどか達の教室に、空席が一つあった。まどかから見て僅かに左側、さやかの席である。
(さやかちゃん・・・・・)
表向きは体調不良による欠席の様だが、真実を知るまどかは不安を隠せない。昨夜の一件は、さやかにとって相当な衝撃だったらしい。朝、三人で集まる場所にさやかが居なかった事で、まどかはさやかの事が非常に心配だった。
そして昼休み。普段誰も居ない屋上に、まどか、ほむら、マミの三人が集まっていた。
「ほむらちゃんは、知ってたの?」
何を、までは言わない。ほむらはまどかの問いかけに黙って頷く。
「・・・どうして教えてくれなかったの?」
「前もって話しても、信じてくれた人は今まで一人もいなかったわ。」
「・・・確かに、もし言われたとしても、私も信じなかったわね。」
魔法少女の真実を前から知っていたと言うほむらの言葉に、マミはほむらを恨むでもなく、そう呟いた。
「キュゥべえは、どうしてこんな酷い事をするの?」
「アイツは酷いとさえ思っていない。人間の価値観が通用しない生き物だから。」
キュゥべえの事情を知るとされるほむらは、淡々と自分の知っている事を述べるだけ。まどかは相変わらず不安そうに、マミは黙ってほむらの話を聞いている。
「何もかも奇跡の正当な代価だと、そう言い張るだけよ。」
「全然釣り合ってないよ!!あんな身体にされちゃうなんて・・・さやかちゃんは、ただ好きな人の怪我を治したかっただけなのに・・・!!」
俯いて、身体を震わせながら泣くまどか。そんなまどかに声を掛けたのは、マミだった。
「鹿目さん、それは違うわ。」
思わぬ人物が割って入った事に、まどかは戸惑いながら顔を上げる。
「願いがどの様なものであれ、それを叶えるために魔法少女になったのは美樹さんよ。確かに、キュゥべえは私達にソウルジェムの事に付いてなにも教えなかった・・・だけど、それを知っていたら、あの子は契約を断念したかしら?」
「どういう・・・意味ですか?」
「魔法少女の在り様がどの様なものであれ、命を賭ける戦いの世界に身を置く事に変わりないわ。魔法少女がどれだけ危険な事をするのかは、前もって知っていた筈・・・命を賭けてでも叶えたい願いだったなら、この秘密を知っていたとしても、あの子は契約した筈よ。それをキュゥべえの所為にするのは、御門違いよ。」
「そんな・・・マミさんだって、騙されてたんですよ!!」
「・・・分かっているわよ。でも、私はあの時他に選択肢は無かった・・・どんな形でも、生きていたいと、そう願ったのよ。あの時はカッとなったけど、今思えば当然の対価だったと思えるわ。」
こんな事を言ってはいるが、マミ自身も魔法少女の在り様を素直に受け入れているわけではない。ただ言える事は、自分は“生きたかった”と願っていた事。そして、歪んでいるとはいえそれが叶っている現実が、今にも折れそうな心を支えていたのだった。
だが、そんなマミの心中も、今のまどかには気付けない。自分達の理解者だと思っていた人物の言葉には、絶望しか感じられなかった。
「巴マミの言う通りよ。奇跡はね、本当なら人の命でさえ購えるものじゃないのよ。それを売って歩いているのがアイツ。」
「さやかちゃんは、元の暮らしには戻れないの?さやかちゃんは私を助けてくれた・・・さやかちゃんが魔法少女じゃなかったら、あの時私も仁美ちゃんも死んでたの・・・」
まどかの独白の様に告げる言葉には、ただただ、さやかを何としてでも救いたいと言う気持ちがあるのみだった。だが、ほむらとマミの態度は飽く迄冷やかなものだった。
「感謝と責任を混同してはいけないわ、鹿目さん。」
「引け目を感じたくないからって、借りを返そうだなんて、そんな出過ぎた考えは捨てなさい。」
二人からの容赦の無い言葉に、まどかの身体が一瞬硬直する。なんとか絞り出した言葉は、救いの手を差し伸べてくれない二人への八つ当たりに近い物だった。
「・・・ほむらちゃん、どうしていつも冷たいの?それに、マミさんだって・・・」
「そうね・・・きっともう人間じゃないから・・・かもね。」
ほむらの言葉に、まどかはもうこれ以上話をしても意味が無い事を悟った。魔法少女達の世界に、彼女は入って来られないのだ。まどかは二人に背を向けると、暗い表情で屋上を去って行った。
「・・・人間じゃない、か。人間を捨ててまで生きている私って、何なのかしらね?」
「意外に冷静ね。大抵の魔法少女は、真実を知ると発狂するものとばかり思ってたけど。」
「そうでもないわよ・・・ただ、こんな形でも生きていられる事を意識しているから、正気を保てるだけ。今にも不安で身体が震えそうなのよ。」
屋上に残されたほむらとマミは、そんなやり取りをしていた。ソウルジェムの真実を知ってなお、冷静でいられるのは、魔法少女として活動してきた年月の長さ故なのかもしれない。
「美樹さやかはどうするの?あなたの後輩なら、あなたがきちんと教育しなさい。このままだとあの子、遠からず“死ぬ”わよ。」
「・・・分かってるわ。私から何とか話してみるわ。それよりもあなた、まだ何か隠しているんじゃないの?」
「・・・さあ?言ったところで信じるかしら?」
皮肉を込めたほむらの言葉に、だがマミは動じない。数秒見つめ合っただけで、それ以上詰問することはなかった。
「まあいいわ。その内話してくれるわよね。」
「ええ、その内ね・・・」
それだけ言うと、二人は別れるのだった。一瞬だけ二人の心が通い合った瞬間でもあった。
「・・・・・さやかちゃんの家は、確かこっちか・・・」
陽も傾いた夕方。バンは徒歩でさやかの家を目指していた。目的は勿論、魔法少女関連の事柄についての情報提供をしてもらうための説得である。
「・・・大丈夫かな?」
昨夜、ソウルジェムを取り戻してから事情説明を受けたさやかの表情は驚愕と絶望に満ちた様子だった。バンは無理もないだろうと思う。そのケアも兼ねて、真っ先にさやかの家を目指すのも、昨日のショックから立ち直れているか心配だったからだった。
そうしてさやかが済んでいるマンションを目指すと、見覚えのある影が二つ、道の向こうに見えた。
「あれは・・・」
通りの向こうを歩いていたのは、これから会おうとしていたさやかと、魔法少女の一人である佐倉杏子だった。バンは二人のあとをそっと付いて行く。
二人が魔法少女関連のやり取りをしている様子を聞きながら歩いて行く事十数分。辿り着いたのは、廃墟となった協会。杏子は扉を蹴破って中へと入る。礼拝堂の祭壇には、至るところに木材が散乱し、壁や天井に張られたステンドグラスはほとんど割れ、汚れていた。長い間使われず、放置されていた様だ。礼拝堂の階段を上る杏子とさやか。ふと、杏子が後ろを振り向くと・・・
「居るんだろう。そんなところで突っ立ってないで、出てきたらどうだい?」
「!?」
杏子の言葉にぎょっとなるバン。さやかは誰かに付けられていた事に気付き、慌てて振り返る。
「・・・バレていたか。」
観念したバンは、教会の入り口から姿を見せる。そんな彼の姿を、杏子は鼻で笑い、さやかは驚くばかりだった。
「バンさん・・・どうして・・・?」
「君達魔法少女の事が心配だったもんでね。」
「どうかな?本当はあたし等を利用したいだけなんじゃないか?」
「ちょっと、あんた!!」
「俺達はそんなつもりはない!!」
杏子の言葉に心外とばかりに声を荒げるバン。さやかも、宇宙警察を信じ切っているわけではないが、バンを相手にここまでストレートに嫌疑をかける事は無いだろうと思っていた。
「ま、いいや。折角だ、あんたもちょいと来な。」
杏子の言葉に、一応警戒は解いてもらえたと思ったバンは、二人が居る礼拝堂の奥へと上っていく。バンがそばまで来ると、杏子は紙袋からリンゴを取り出す。
「ま、とりあえず・・・食うかい?」
そう言って、杏子は二人にリンゴを投げ渡した。
「お、リンゴか。」
「・・・・・」
バンはどこか子供っぽくリンゴを受け取り喜んでいる様子。一方、さやかは受け取ったリンゴをしばらく見つめると、床に捨てた。そしてその行為に真っ先に反応したのは、杏子だった。
「食い物を粗末にするんじゃねえ・・・殺すぞ。」
猛獣の様な敏捷性で跳びかかり、さやかの首を締めながら脅しをかける杏子。その様子に、バンは止める事さえ出来ずに立ちつくしていた。
やがて、冷静になった杏子はさやかを解放すると、落としたリンゴを拾い、紙袋に戻した。
「ここはね、あたしの親父の教会だった・・・」
独白の様に、自身の事を話し始める杏子。さやかとバンは、黙ってその話に耳を傾けていた。
「正直過ぎて、優し過ぎる人だった。毎朝、新聞を読むたびに涙を浮かべて・・・真剣に悩んでるような人でさ・・・」
「良い人じゃないか。」
「ああ、本当にそうだったよ・・・『新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だ』って、それが親父の言い分だった。だからある時、教義に無い事まで信者に説教するようになった。勿論、信者の足はぱったり途絶えたよ。」
徐々に暗くなる杏子の表情。ここが、杏子の人生が絶望へと向かった瞬間だったのかもしれない。
「本部からも破門されて、誰も親父の話を聞こうとしなかった・・・当然だよね。傍から見れば、胡散臭い新興宗教さ。どんなに正しい事を、当り前の事を話そうとしても、世間にはただの鼻つまみ者さ。」
自嘲気味に言っているさやかの言葉には、哀愁が感じられた。世間や教会から見放された父親であっても、杏子にとってはたった一人の父親であり、誇りだったのだろう。
「私達は一家そろって、食う物にも事欠く有様で・・・泥を喰って生きていたぐらいだよ。ホント・・・納得できなかったよ。親父は間違った事なんて言ってなかった。ただ、人と違う事を話しただけだ。」
杏子の言葉に、自分や父親の辿った運命に対する悲しみと、怒りが込められていた。
「5分でいい・・・ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しい事を言ってるって、誰にでも分かった筈なんだ。なのに・・・誰も相手をしてくれなかった。悔しかった。許せなかった。誰もあの人の事を分かってくれないのが、私には我慢できなかった。だから、キュゥべえに頼んだんだよ。」
ここが、魔法少女・佐倉杏子の始まりなのだと、バンとさやかは理解した。杏子は、魔法少女としての願いに付いて話し始める。
「皆が親父の話を、真面目に聞いてくれますようにって。翌朝には、親父の教会は押しかける人々でごった返していた。毎日おっかなくなる程の勢いで、信者は増えていった。」
杏子の声に明るさが若干ながら戻る。その時だけは、僅かばかりの希望があったのだろうと二人は思った。
「あたしはあたしで、晴れて魔法少女の仲間入りさ。いくら親父の説教が正しくったって、それで魔女が退治できるわけじゃない。だからここは、あたしの出番だって、馬鹿みたいに意気込んでいたよ・・・あたしと親父で、表と裏からこの世界を救うんだって。」
その言葉から感じられたのは、先程よりも明確な“希望”だった。バンとさやかは尚も黙って話を聞いている。杏子はリンゴを一かじりすると、話を続けた。
「でもね、ある時からくりが親父にバレた。大勢の信者が、ただ信仰のためじゃなく、魔法の力で集まって来たんだと知った時、親父はブチ切れたよ。娘のあたしを、人の心を惑わす魔女だって、罵った。」
場の空気が、一気に冷めていった。杏子の言葉に、バンとさやかは杏子にかける言葉が見つからず、内心で戸惑っている。そんな二人の様子など気にも留めず、杏子は続ける。
「笑っちゃうよね。あたしは毎晩、本物の魔女と戦い続けて経ってのに・・・それで親父は壊れちまった。最期は惨めだったよ。酒に溺れて、頭がイカれて・・・とうとう家族を道連れに無理心中さ・・・あたし一人を置き去りにしてね。」
話が終わる事には、いつの間にか杏子は手に持っていたリンゴを食べ終え、芯のみを残していた。杏子はそれを床に捨てると、魔法少女としての在り方について自身の考えを締めくくる。
「あたしの祈りが、家族を壊しちまったんだ。他人の都合を知りもせず、勝手な願い事をした所為で、結局誰もが不幸になった・・・その時、心に誓ったんだよ。もう二度と他人のために魔法を使ったりしない、この力は全て自分のためだけに使い切るって。」
「「・・・・・」」
「奇跡ってのはただじゃないんだ。希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる。そうやって差引をゼロにして、世の中のバランスは成り立ってるんだって。」
杏子の話には、十歳代の少女の言葉とは思えない説得力があった。宇宙警察として活動してきたバンも、様々な人種を知っていたが、こんな事を話す人間は初めてだった。そしてさやかも、言葉が見つからない程に困惑した様子だった。
「何で・・・そんな話を私に?」
必死に探して、絞り出せた言葉はそれだけだった。杏子は目を逸らして話し続ける。
「あんたも開き直って好き勝手やればいい・・・自業自得の人生をさ。」
「聞き捨てならない言葉だな、それは。」
「あ、そうか・・・あんた刑事だったんだな。」
バンの存在を忘れ、思わぬ失言をしてしまった事に、杏子はさらに目を背ける。バンは腕を組みながら杏子を睨みつける。
「どんな事情があっても、やって良い事と悪い事があるだろうが。それに、好き勝手な人生なんて、君達の年齢で語るもんじゃないぞ。」
「バンさんの言う通りだよ。それに、変じゃない?あんたは自分の事しか考えてないのに、私の心配してくれるわけ?」
さやかの皮肉に、目を逸らしたままだった杏子は改めて向き直る。その目は真剣な物だった。
「あんたもあたしと同じ間違いから始まった。これ以上後悔する生き方を続けるべきじゃない。あんたはもう、対価としては高過ぎるもんを支払っちまってるんだ。だからさ、これからは釣銭を取り戻す事を考えなよ。」
「・・・・・あんたみたいに?」
「そうさ。あたしはそれを弁えてるが、あんたは今も間違い続けてる。見てられないんだよ、そいつは。」
「・・・あんたの事、いろいろと誤解してた。その事はゴメン、謝るよ。」
先程までとは全く違う雰囲気を纏うさやかに、杏子とバンは改めて向き直る。
「でも、私は人のために祈った事を後悔してない。その気持ちを嘘にしないために、後悔だけはしないって決めたの。これからも・・・」
「さやかちゃん・・・」
「私はね、高過ぎる物を支払ったなんて思ってない・・・この力は、使い方次第でいくらでも素晴らしいものに出来る筈だから。」
強い決意の籠った瞳で言葉を紡ぐさやか。杏子は自分の想いが通じていながら、説得しきれなかった事に硬直し、バンはただただ黙ってさやかの言葉を聞いていた。
「それからさ、あんた。そのリンゴは、どうやって手に入れたの?お店で払ったお金はどうしたの?」
「なっ・・・!!」
「・・・杏子ちゃん?」
痛いところを突かれて動揺する杏子。そんな彼女に、バンも冷やかな視線を向けていた。
「・・・言えないんだな。」
「そっか・・・なら、私はそのリンゴは食べられない。貰っても嬉しくない。」
そう言って、階段を下りて行くさやか。杏子には、リンゴの拒絶が自分自身に対する拒絶の様に思えて仕方が無かった。バンは、さやかを引き留める事もせず、ただただその背中を見つめている。
「馬鹿野郎!!あたし達は魔法少女なんだぞ!!他に同類なんていないんだぞ!!」
「・・・あたしはあたしのやり方で、戦い続けるよ。それがあんたの邪魔になるなら、また殺しに来ればいい。あたしは負けないし、もう・・・恨んだりもしないよ。」
歯を食いしばりながらさやかの背中を見送る杏子には、拒絶された事に対する怒りだけでなく、悲しみもあった。そんな杏子に、バンが声をかける。
「今は、何を言っても無駄だ。」
「あんた・・・!!」
「俺も、あんな風に突っ走ってた事があったから、分かるんだ。自分で自覚するまで、さやかちゃんの意思を変える事は誰にもできない。」
地球署の勤務になった頃のバンは、激烈かつポジティブな正義感の持ち主だったが、それが災いして時には致命的なミスを犯す事もあった。スワットモードの訓練を受けていた頃、仲間の事を忘れて一人で突っ走った事もあった。そんな経験を積んで来たからこそ、今のバンがあったのだ。
「あの子にも、譲れない物があるんだ。だけど、それだけじゃない。」
「どういう事だよ?」
「さやかちゃんは、きっと無理をしているんだと思う。今自分が進んでいる道が、自分の信じていた物と違っていて・・・後悔したくない一心で、あんな事を言っているんだと思う。」
「・・・・・」
バンの言葉に、杏子は沈黙するしかない。自分はただ、さやかに自分と同じ過ちを犯してほしくなかっただけなのに、想いは空回りするばかりで、伝わらなかった。
「・・・あたしも、あたしなりのやり方でやらせてもらう。あんたの手は借りない。それだけは覚えておきな。」
それだけ言うと、杏子は教会を去って行く。バンはその後ろ姿に目もくれず、ただただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
その日、デカベースのオフィスへと戻ったバンの表情はひたすら暗かった。椅子に座り、デスクに肘を付いた状態で数時間も考えに耽っていた。
(今の俺に、何が出来るんだろう・・・・・)
魔法少女の存在を知った当初は、年頃の少女達が危険な戦いに身を投じると言う事はなんとしても防がなければならないと思っていた。だが今日、二人だけとはいえ魔法少女達の話を聞き、それぞれ覚悟を持ってその世界に身を置いている事を知った。そして、彼女達の決意は自分が考えていた程薄っぺらな物ではないと言う事も。
(考えてみれば、さやかちゃんが戦う理由って、俺達と同じなんだよな・・・)
魔法少女が魔女から人を守る事は、デカレンジャーがアリエナイザーから市民を守るのと同じである。人知の及ばない異形相手の魔の手が自分の周りに迫っており、自分がそれに対抗できるというのならば、間違いなくその力を手に取り戦うだろう。そして、それが使命感を強くしているともいえる。
(だけど、このまま放っておくわけにはいかない・・・)
市民の安全は、本来ならば警察である自分達が守らねばならないものである。ましてや、少女達に危険な真似をさせて守るなど言語道断。本来ならば即座に止めさせなくてはならないが、彼女達の決意を知った今となっては、その難しさを知って八方塞の状態に陥っている。
「どうしたんですか?先輩。」
そんなバンに声を掛けたのは、彼の後輩にして、トッキョウ――正式名称、特別指定凶悪犯罪対策捜査官に所属するテツこと姶良鉄幹だった。
「ああ・・・今日会ってきた、さやかちゃん・・・魔法少女達の事でな。」
「説得は難しいんですか?」
「・・・啖呵を切ってはみたものの、想像以上にデカい壁にぶち当たってる。」
「ナンセンス。らしくないですよ、先輩。地球署に居た頃は、自分の事を“火の玉”だって言ってたじゃないですか。」
「・・・そうだったな。」
テツの言葉に、自嘲気味になるバン。ファイヤースクワッドで経験を積んで来てからは、地球署時代よりも落ち着いた態度が取れるようになったが、それに伴い以前の様な勢いが削がれてしまっているのかもしれない。
「俺にとっての先輩は、いつだって脇目も振らずに勢いよく飛びこむ“火の玉”でした。今回だって、今までやってきたみたいにとことんまでぶち当たって見ればいいじゃないですか。」
目の前に立ちふさがるどんな難題にも果敢に挑み、見事その壁をぶち破って来たその姿こそが、バンの真髄だとテツは信じている。だからこそ、こんなところでいつまでも悩んでいるのではなく、がむしゃらにでも動いて欲しかった。
「・・・そうだな。俺らしくもなく、悩んじまったぜ。ありがとな、テツ。」
「いえいえ。それでは、俺はこれから行かなきゃならない所があるので。」
「トッキョウの任務か?」
「いえ、ボスからの頼まれごとです。これからデカバイクで、第二ハザード星へ向かう所です。」
「第二ハザード星?なんだって、そんなところに・・・」
第二ハザード星とは、宇宙暴走族の暴挙によって花火となったハザード星の壊滅から生き残ったハザード星人達が、辺境の惑星に移住・開拓して作り上げた惑星である。
「ハザード星人には魔法文明があるそうです。恐らくボスは、今回の魔法少女絡みの捜査に役立てるための資料が欲しいんだと思います。」
「魔法関連の資料なら、小津家の人たちに用意してもらえばいいのに・・・」
「参考になるデータは多い方が、いろんな角度から分析できますからね。それでは、失礼します。」
そう言ってオフィスをあとにするテツ。その後ろ姿を見送ると、バンは席から立ち上がり、気付けに自身の頬を叩く。
「さて・・・俺も、俺に出来る事をやらなきゃな。」
そう言ったバンの目には、先程までの迷いから一転、強い決意が宿っていた。関わると決めた以上はとことんまでに関わる覚悟を持ち、彼女達としっかり向き合おうという決意を胸に、デカベースを後にするのだった。
その夜、魔法少女となってからの習慣となった夜の見廻りに向かうべく、さやかは自宅のあるマンションを出て行く。だが、その表情は優れず、心ここにあらずといった様子だった。そして、エントランスの外を見てみると・・・
「まどか・・・バンさん・・・」
入り口の傍に、親友であるまどかと最近知り合った宇宙警察のバンが居た。二人とも、さやかを待っていた様子だった。
「こんばんは、さやかちゃん。」
「あの・・・私達も、付いて行って良いかな?」
その言葉に、さやかはぽかんと呆けた顔をする。バンは笑みを浮かべており、まどかはどこか遠慮がちな態度だった。
「言っておくけど、俺は勝手に付いて行くからな。刑事として君達だけに魔女退治なんて危ない真似をさせるわけにはいかない。」
「さやかちゃんに一人ぼっちになってほしくないの・・・だから。」
まどかは心から親友の心配をしながら、バンは仕事にかこつけているが、やはりさやかの事を気遣っている様に見えた。そんな二人の想いやりに、さやかは涙声になりながら震えだす。
「あんた達・・・なんで・・・なんでそんなに優しいかな?私にはそんな価値なんて無いのに・・・」
「そんな事無い!!」
さやかの言葉を否定したのは、バンだった。断じてそんな事は無いと言い切ったのだが、さやかの声はますます震えるばかり。
「私ね、今日・・・後悔しそうになっちゃった・・・あの時、仁美を助けなければって。ほんの一瞬だけ思っちゃった。」
涙ながらに自分の気持ちを話すさやか。そしてその言葉の意味とさやかの心中を悟り、バンとまどかはまともに声を掛ける事が出来ない。
「正義の味方失格だよ・・・マミさんにも、顔向けできない。」
涙を流し、震えながら立ちつくすさやか。そんな彼女を、まどかは黙って抱きしめる。そうする事しか、自分には出来る事が無いと思ったから・・・
「仁美に恭介を取られちゃうよ・・・!!でも私、何も出来ない!!だって私、もう死んでるんだもん!!・・・ゾンビだもん!!」
さやかが口にした恭介という人物が誰なのか、バンは知っていた。さやかが好意を寄せていた少年で、さやかは彼の左腕を治療するために魔法少女としての契約を交わしたのだ。
「こんな身体で抱きしめてなんて言えない・・・キスしてなんて言えないよ!!」
ゾンビ同然の身体になってしまった事で、自分の気持ちを打ち明ける事すら叶わない。それどころか、魔法少女となって助けた親友に好きな少年を取られてしまうという現実が、魔法少女となったさやかの心を痛々しく締め付けていた。
そんなさやかの心中を理解したバンも、まどかの隣に立ち、さやかを抱きしめる。助けを求めている人に手を差し伸べるために刑事になった自分が、目の前の少女一人救う事が出来ないと言う現実に、バンは自身の無力さを痛感していた。
「そんな事言っちゃだめだ・・・さやかちゃんはゾンビなんかじゃない!!」
「うぅ・・・バンさん・・・うわぁぁあああ!!!」
普段表に出せない悲しみを吐き出し、さやかは泣き続けた。バンとまどかは、ただただ行き場の無いその気持ちを受け止めていた。
やがてさやかは泣き止むと、バンとまどかに感謝し、泣いてすっきりしたと言って魔女退治へと繰り出す。だが、その表情からは未だ暗さが抜け切らない様子だった。
工業地帯の作業用の足場に腰かけ、眼下で繰り広げられている、この世の理から外れた空間の戦いを見下ろす少女が二人居た。杏子とほむらである。
「黙って見てるだけなんて、意外だわ。」
「今日のアイツは使い魔じゃなくて、魔女と戦ってる。ちゃんとグリーフシードも落とすだろうぜ。無駄な狩りじゃないよ。」
「そんな理由であなたが獲物を譲るなんてね。」
ほむらの言葉に不機嫌そうな表情を浮かべてアイスをがっつく杏子。そして、眼下に広がる結界の中では、戦いは熾烈を極めている様子だった。
「チッ・・・あの馬鹿、手古摺りやがって。宇宙警察の刑事も役に立たねえな・・・」
魔女の張った結界の中、太陽の様な塔に何かを祈り続ける影の魔女へ目掛けて、攻撃を仕掛ける二つの影――魔法少女へと変身したさやかと、デカレッドへと変身したバンは、連携を駆使して魔女のもとへと接近しようとしていた。
「さやかちゃん、俺が援護する!君は魔女のもとへ!!」
「分かりました!!」
その行く手を阻むように現れる触手状の使い魔達が、さやかへ襲い掛かる。さやかは自身の視野でカバーできる範囲の使い魔を切り裂き、バンはさやかの死角から現れる使い魔を二丁拳銃で撃ち抜いて行く。その精密な援護射撃により、さやかと魔女の距離はどんどん短くなり、遂に魔女に一太刀浴びせる所まで追い詰める。だが、
「何っ!?さやかちゃん!!」
突如魔女の背中から召喚された木の幹が、斬り掛ったさやかを絡め取ったのだ。気の幹はさやかを呑みこんだ状態で伸びて行く。
「さやかちゃん!!」
「まどかちゃん、さがるんだ!!」
このままではまどかまでもが木の幹に巻き込まれると感じたバンは、まどかを抱き上げて一度魔女の元から後退する。安全圏にまどかを連れて行き、再び戦いへ戻ろうとしたその時だった。
「全く、見てらんねえっつーの。」
さやかを呑みこんだ部分の木の幹に斬撃が走ると同時に、魔法少女姿の杏子が、さやかを脇に抱えた状態で現れた。バンとまどかはさやかのもとへ駆けつける。
「良いからもうすっ込んでなよ。手本を見せてやるからさ。」
「おい、だけど・・・」
「ああ、あんたはまだ戦えたか。そんじゃ、引き続き援護を・・・」
杏子がバンに援護を頼んで魔女のもとへ槍を構えて突撃しようとする。だが、先程まで負傷していたさやかが、杏子を無視して再び魔女へと斬りかかろうとしていた。
「おい!!」
「さやかちゃん!?」
「邪魔しないで・・・バンさんも。一人でやれるわ。」
そして、再び魔女目掛けて突撃するさやか。凄まじい速度で繰り出された一太刀は、遂に魔女本体へと通った。それと同時に、使い魔の反撃がさやかに直撃する。
「さやかちゃん!!」
まどかが思わず叫ぶ中、バンと杏子は何とかさやかのもとへ近付けないかと警戒しながら接近を試みる。そしてそんな中・・・
「ふっ・・・うふふっ・・・あはっ・・・あははっ・・・」
不気味な笑みを浮かべながら立ちあがるさやか。その姿に、まどか、バン、杏子は戦慄する。使い魔の直撃を受けた以上は、こんな風に笑っていられる筈など無いのだから。
「あんた・・・まさか・・・」
杏子が半ば恐怖しながら呟くも、それは魔女の最期の抵抗によってかき消される。斬られた魔女の身体から、無数の木の幹が飛び出し、さやかを絡め取らんと攻撃を仕掛ける。だが、さやかはそれらの一部を身体に受けながらも切り裂いていく。そして魔女本体のもとへ辿り着くと、狂気の笑い声と共に魔女を切り刻む。
「ホントだ!!その気になれば痛みなんて完全に消しちゃえるんだ!!」
魔女の攻撃を浴びて血まみれになりながらも、狂気の笑いと共に魔女の斬撃を浴びせ続けるその姿には、人間の面影など無かった。そんなさやかの姿を見て、バンとまどかは叫ぶ。
「やめろ・・・もうやめろぉー!!!」
「やめて・・・もう、やめて・・・!!!」
だが、二人の声は、狂戦士と化した少女の心には、届く事は無かった・・・
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見滝原市にて、謎のエネルギー反応が続発する。一連の現象について調査をすべく、見滝原市へ急行するデカレンジャー。そこで出会ったのは、この世に災いをまき散らす魔女と呼ばれる存在と戦う、魔法少女と呼ばれた少女達。本来交わる事の無い物語が交差する時、その結末には何が待っているのか・・・
この小説は、特捜戦隊デカレンジャーと魔法少女まどか☆マギカのクロスオーバーです。