No.404397

華の一面

今回もpixivの企画投稿で書いたものです。 中二な雰囲気とのことですが……中二になりきれなかったなー……。 ここ最近はこんな風にちょくちょく企画目録漁っては面白そうな企画があれば書いてます。そのうち自分も何か企画考えるかなー。

2012-04-07 21:03:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:507   閲覧ユーザー数:507

「あー、もうぜんぜんだめ……」

 三条朝霞(さんじょうあさか)は黒髪を振り乱して嘆く。これでもう5回目だ。

目の前には机の上に広げられた教科書とノート。書いてある字は丁寧だが、大半が内容と関係ない落書きだらけであった。

 顔にかかった髪をかきあげる。その横顔は凛々しく、艶やかで、中学生とは思えない魅力があった。

実際、朝霞は学校では男女問わず非常に人気が高い。

性格はあまり表に出ないお淑やかなものだが、部活は剣道部に所属し、県大会でも優勝を狙えるほどの実力を持っている。

その慎ましい性格と美しさから「クールビューティー」という称号まで獲得し、そして勉強もできる……となれば、まさしく完璧であった。

 天は二物を与えなかった。

「3X+2=8のXを求めなさいでしょ……まず2を8のとなりに持ってきて……なんで答えが3.3333……で続いちゃうの?」

 彼女の成績は低い。下から数えた方が格段に早いくらいに低い。

中間・期末のテストでは常に赤点を貰い、補習の常連客として名を連ねていた。

先生からはいつも「おまえは竹刀ばっかり握ってないで少しは鉛筆を握れ」と言われ、クラスの友達からも「脳まで筋肉になる前になんとかした方がいいよ」と揶揄される始末。

だが、そんなことは彼女にとってはどうでもよかった。

剣の道が己の生きる道と定め、竹刀を振るう。竹刀さえ握れるのであれば他は何もいらなかった。

そう。それまでは……。

「明日は和光君も来るっていうのに……」

 この春、彼女に恋人ができた。

その彼の名前は、真田和光(さなだかずみつ)。剣道部の後輩だ。

彼女が補習で居残っていたとき、帰る前に軽く稽古をしようと剣道場にやってきたとき、彼が一人で居残り練習をしているのを見つけた。

その時に稽古をつけてあげてから仲が急進し、晴れて2人は恋人となったのだ。

そしてある日、部活が終わった後に和光を含んだ後輩達と話していたとき、こんな話題になった。

「先輩。明日勉強会やりませんか?」

「え!?」

「来週数学の小テストあるんですよ。それで明日皆と一緒に勉強しようってことになったんです。で、先輩に教えてもらえればと思いまして」

「あーそれいい。先輩頭よさそうだもんねー」

「先輩に勉強教えてもらえるなんて、俺らスゲー幸せじゃん!」

「え、あの……わたしは……」

「ぜひ来てくださいね、先輩!」

 朝霞を「クールビューティー」という色眼鏡でしか見れない後輩達の声に押され、結局彼女は勉強会に講師として出席することになったのだ。

そして、今に至る。

「もうだめ……頭痛い」

 頭を押さえながらちら、と視線を机の脇に移した。そこには愛用の竹刀が入った袋が立てかけられている。

剣道を始めた頃から使っていた竹刀だ。身長が伸びるのを考慮して長めの竹刀を使っていたから最初は竹刀に振り回されるばかりであったが、今では自分の体の一部のように使い慣れしている。

おもむろにそれを取り出した。すでに外は暗闇に包まれているものの、部屋からの明かりがあれば庭で素振りする分には困らないだろう。

「気分転換に汗でも流そう」

 勉強はその後にでも……そう思って部屋を出ようとした。

その時である。

”いけません”

「え?」

 どこからか聞こえた声に驚きの声をあげる。気のせいかと思うも、再び”いけません”という声に足が止まる。

”もう時間がないのでしょう?今やらないと明日後悔しますよ”

 ふと、人の気配を感じて後ろを振り向く。先ほどまで部屋には朝霞以外誰もいなかった。それは部屋の主である彼女が一番良くわかっている。

なのに、そこには女の人が立っていた。

美しい長髪を垂らし、着物を着こなす大人の女性である。

「……どちらさまですか」

 手にした竹刀に力を込める。自分の知らないうちに部屋に入り込まれるのもさることながら、見ず知らずの人に後ろを取られたということが彼女の警戒心を呼び出し、いつでも切りかかれる体制を整えていった。

「わたくしの名前はチクと申します。初めまして。とは言っても、わたくしはあなた様をよく存じておりますわ」

「わたしを……?」

「ええ」

 にっこりと笑うチクを他所に、朝霞は眉を顰める。

親戚にチクのような女性がいた覚えはないし、そもそも今日は来客が来るということも聞いていない。第一、知らぬ間に部屋へと入り込んでいた時点でかなり怪しい。

「そう怖い顔をなさらないでくださいな。わたくしはあなたを助けに来たのですから」

「助けに?」

「そう。たとえばこれ……」

 そう言って、チクは朝霞の机に広げられたノートを指した。

「移項の仕方が違ってますわ。『左辺の2を持ってくる』と覚えているから、+2のまま右辺に持ってきてしまうのです。正しくは『両辺を2で引く』と覚えてくださいまし。そうすれば答えが導けますわ」

「……」

 おいでおいで、と手招きするチクに警戒しながら朝霞はノートを覗き込んだ。

3X+2=8。鉛筆を持って言われたとおりにこれの両辺を-2すると、3X=6となった。

「あ……」

「あとは3で割れば終わり。ね、簡単でしょう?」

「……」

 言葉が出なかった。絡まってまったく解けなかった糸がするり、と抜けていくように心に隙間風が通り抜けた。

「こんなに簡単なことだったんだ……」

「というより、去年やってるはずなのですけどねぇ。どこまでお馬鹿なのだか」

「え?」

「なんでもありません。残りの問題も似たようなものですわ。さ、続けましょう」

 そう言って朝霞を椅子に座らせたチクはすでに家庭教師よろしく教科書を片手に持ち、どこから取り出したのか襷で和服の袖を括った。

その気合の入れように朝霞は戸惑いつつ、どうしても聞かなければと思い「あ、あの」と声をかけた。

「はい、なんですか?」

「あなたは何者なんですか」

「わたしですか?ふふ……」

 言って、朝霞が左手に持つ竹刀の袋を見やった。

「わたしはただ、主人に恥をかかせたくないだけですわ。さ、続けましょう」

「主人?」

「なんでもありませんわ。さ、早く」


 
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