No.404042

騎士協奏曲:言葉 Ⅱ惑わされる者たち-8

紡木英屋さん

騎士と王子、城に勤める者たちが織り成す、願いと思惑の物語。
第一章のⅡ-8です。

2012-04-07 09:23:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:468   閲覧ユーザー数:468

 

 城はまだ完全には活気だっておらず、細々と動く人たちが居るだけだった。イリルはポケットから金の懐中時計を取り出すと時間を確認した。まだ朝の五時半ばほどだった。

「それ、イリル大切にしてる、やつだよねぇー」

 うゆー、などと言葉を零しながら、クリスナはイリルの背から話しかけた。起きたのか、と思いながらイリルは肯定する。

「俺についての唯一の手がかりみたいな物だからな。これ以外に本当の親との繋がりなんて持ってないし」

 理由なんて後から付けたものだった。本当の親など、自分を捨てた人なのだから、知ったことじゃない。

 金時計はアリアヌが持っていなさいと言われたから所持しているだけで、イリルには時間を確認する道具以外の価値も無かった。

「その時計の金細工と同じの、昔見たことあるよ。いつ見ても、気高くて、綺麗だね」

 それきり興味を失ったのか、背中で寝息が聞こえてきた。イリルは眉を顰めて、起きたのなら自分で歩いてくれと愚痴を零した。

 聞こえた声をクリスナは無視して、すやすやと眠りについていく。それは、現実から逃れるようだった。

「……お前、重いんだけどな。剣を背負ってないだけマシだと思うべきなのか?」

 イリルはこっそり溜め息を吐いた。苦笑交じりの優しいそれは、朝の冷たい空気に溶けていく。

 その同時刻、城では国王が目を覚ましていた。

「うが」

「うが、って何ですか。鵜がどうかしましたか。それとも私の腕の中の書類を見ての感想ですか」

 まあ後者なんでしょうけど、と思いながらクライスは再び眠ろうとする陛下にお得意の蹴りを入れた。士官学校仕込の蹴りは脇腹付近に当たり、絶妙な力の入れ具合の効果は抜群だった。グラドフィースは呻きながら倒れる。

 気絶を装って眠ろうとする王の寝巻きを掴んで、ティス殿下にこれ以上の負担をお掛けしないでください、と言った。書類は片腕で落とさないようにバランスを取っている。

「お前の気持ちはよぉく分かる。だが、敬愛すべき王に蹴りを入れるのはどうかと思うぞ!?」

「貴方に蹴りの一つや二つ食らわせても何の処罰も無いことに、最近になってようやく気付きました。もう私も自棄です、はっきり言って疲れました」

 クライスはまた二、三発ほど蹴りを入れる。今はこんな王でもティス殿下が十の歳になるまでは、賢王として民から慕われていたものだ。その頃の民は皆、王に仕える事を至高のものと考えられていた。

 ただのふりだと分かっていても、クライスは納得できないでいた。

「陛下もそろそろ、殿下を試すのはお止めになられたらどうです。殿下は国を背負うだけの覚悟が有られます」

 そう言って、返ってくる言葉は変わらない。

「それは建前上だ。中途半端な覚悟であれば、王は傀儡と化し易い。どんな時でも優先されるのは国、どんな時でも感情に流されず、国が上手く動ける状況を作り出す。例え、どんな手段を使ってでも。――孤独であればあるほど、王として立てるには安心だ。だが、そんな息子に育てたくないからな」

 その為なら、国を危機を陥れることを厭わないのですか。そんな予感がしたが、クライスがその疑問を口に出す事は無かった。

 

 

「……ティス殿下、その様な身装で回廊で歩き回るのはどうかと思いますよ」

 城に帰ってきたイリルは、偶然出くわした王子の格好を見て思わず、声をかけた。

「仕方ないだろう。侍女が居ないからクローゼットの鍵が開かないんだ」

 王子の身装は純白の寝間着だった。薄い絹が何枚も重ねられた贅沢で上品なものとは言っても、寝間着は寝間着以外の何物でも無い。それで回廊を歩き回られては困るし、それに風邪を拗らせられては困ってしまう。

 イリルは手早く制服の薄茶の上着を脱いでティスの肩に掛けた。ティスは急に眉を顰める。

「そんな格好では風邪を引くぞ」

「貴方に言えた台詞ではないですし、貴方が拗らせるよりは良いでしょう。貴族でも無い騎士一人、戦争にはさほど支障は無いですよ」

 それを言ったら私のほうが支障が出ないと思うが、と反論してきたティスの頭を撫でて、言い聞かせるようにイリルは言う。

「貴方の御身は我が国の希望で未来です。近い将来に王となり得る者がその様に考えてはなりません」

 ティスは肩を落とす。その様子を見て、イリルはその場から去る。後姿を見送って、唇を震わせて、ゆっくりと彼は息を吐いた。

「私は、たったそれだけの人間か……?」

 ティスはぎゅっと握りしめていた掌を開いた。国章の装飾が施された釦(ぼたん)が一つ、ころりと転がっている。

 どうすれば、守りたいものを傷つけずに済むと言うの。教えてください。

 手放したくないものが多すぎて、何時も肝心なものを見失う自分だから。

 


 
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