春の穏やかな風がほのかに青竹の香りを鼻先に運び、柔らかな日差しが彼女を頬をやさしく撫でる。
天気は快晴。すっごく爽やか。
なのに彼女の表情はすっごく険しかった。
その理由は誰の目にも明らかだ。
だって……、ねぇ?
「ぬあんじゃこりゃあぁ!?」
真っ赤なジャージを着込んだ橘音の眼前に広がっていたのは、青々とした竹林……の地面に無残に転がる残骸だった。
ぷるぷると震える手で橘音がソレを拾い上げる。
それは春、そして竹林といえば言わずと知れた”アレ”だった。
皆さん、ご存じの『タケノコ』
橘音が拾い上げたのは、確かにタケノコだった。
但し一番、軟らかくて美味しい部分だけが食べられた……。
言い換えれば硬くて美味しくない部分が残った「残飯」。
握り締めたタケノコの残骸を橘音の右手が握りつぶす。
そして吼えた。
「覚悟せいや、猪ども!!」
ここに前代未聞のお稲荷様と猪の抗争が始まった。
「嘘を言わないの!」
すいません、調子に乗りました…。
「ほら、おばーちゃんも!食べられたものは仕方ないでしょ」
本気で地団駄を踏んで悔しがる橘音に蓉子は呆れた。
ちなみに蓉子も橘音とお揃いの赤いジャージを着ていた。
それにしても、せっかくタケノコを掘りに来てこれではガッカリもする。
だから気持ちはわからなくもないが、ちょっとオトナ気ないと蓉子は思う。
タケノコは探せばいいのだ、探せば。
「ほら、ちゃんと探す!」
「えぇ~!?」
盛大にぶ~たれる橘音を引きずって、蓉子は竹林をタケノコを探して彷徨うのだった。
・
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「見つけたぁ!!」
竹林に橘音の声が木霊する。
ついでにヤマビコも響き渡った。
何度も何度もしつこく。
「ホントに!?」
鍬(くわ)を担いで蓉子が駆けつける。
橘音がビシィィ!と指差した先にはタケノコの穂先が僅かに覗いてた。
ついでに、だいぶ離れた地点に80cmくらいの焦げ茶色の物体も見つけちゃってた。
「猪!?」
蓉子の声に反応したのか、ゆっくりと猪が方向転換。
そして、ロックオン。
もちろん標的は橘音と蓉子。
「後はよろしくね、蓉子ちゃん!」
「ちょっと!おばーちゃん!?」
一目散に逃げ出す橘音。
冒頭の威勢はドコヘ行ったのか…。
「ナレーションうるさい!」
あんたもな。
「喧嘩してる場合じゃないでしょ!!」
橘音に追いついた蓉子がツッコミをいれる。
その間も猪は猛スピードで突進中。
ふたりとの距離はどんどん狭まってゆく。
つまりは追いつかれそうになっている。
「おばーちゃん、何とかしてよ!」
蓉子がたまらず叫んだ。
「無理」
あっさり言った。
当たり前じゃんって感じでさらりと。
「こんの役立たずー!!」
平穏な山野に、蓉子の絶叫が響き渡った。
・
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西の空が茜色に染まる頃、とぼとぼ歩く蓉子の姿があった。
猪との壮絶なデッドヒートをあまねく全身で物語っている。
「し、死ぬかと思った…」
全身ぼろぼろの蓉子がポツリと呟いた。
「スリル満点だったわねん♪」
対照的に満面笑顔の橘音。
すごく、清々しいです。
お稲荷神社へ続く長い長い石段を登りきって我が家に到着。
そこには、すっかり顔馴染みの老人達がスタンバっていた。
ジョージとハチだ。
「おー!やっと帰ってきたか、お嬢」
「おかえりなサーイデス!」
「た、ただいま~……」
ハイテンションのふたりを相手にする気力もない蓉子。
「なんでぇ、バテバテじゃねぇか」
「ちょーどよかったデース!」
嬉々としてジョージとハチが見せびらかしたのは、獲れたて新鮮の猪。
「今夜は鍋だぜ、嬢ちゃん!」
「スタミナつきマース!!」
「肉!肉っ♪」
テンションMAXではしゃぐ老人達と橘音。
「もう、猪はイヤ……」
蓉子の呟きは、気紛れな風に掻き消されたのだった。
本日のお稲荷神社は宴会場と化しましたとさ。
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竹林へ筍を掘りに出掛けた蓉子と橘音さん。そこには山といえば名物のアレが居て・・・・・・?
第1話 http://www.tinami.com/view/403151
第2話 http://www.tinami.com/view/403636