No.402415

〝ただいま・・・おかえりなさい〟魏 end after  second episode

kanadeさん

新約・魏エンドアフターの三作品目になります。
魏に帰り着いた一刀と華琳たちの再会を像ぞお楽しみください

2012-04-03 23:23:34 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:20245   閲覧ユーザー数:13800

〝ただいま・・・おかえりなさい〟魏 end after ~第二話~

 

 

 

――遠くから聞こえてくる、微かな賑やかさに、目が覚めた。

視界に入ってきたのは天井。軽く、靄のかかった頭で認識できたのは、自分が寝台に仰向けで寝ているということぐらい。

しかし、どこか見覚えがある気がするなぁ。なんて、ぼんやりとした頭のまま考えているうちに、意識が徐々にクリアになっていく。

「・・・・・・」

起き上がって周囲を一瞥。

――うん、すっげぇ見覚えがあるな。この部屋。

「もしかして、俺の部屋?」

なんて首をかしげていると、戸が開く音と共に、見覚えがある青年が入ってきた。

「お。意識が戻ったみたいだな。御使い殿」

「華佗?」

そう、大陸一の名医、華佗だ。

かつて、自分が消える兆候が表れた頃に、診てもらった。異常が見つけられず、申し訳ないと謝られたことを、今でもはっきりと思い出せる。

「どこか優れないところはないか?」

「いや・・・大丈、夫だけど・・・。え、と華佗、ここ何処」

そう聞くと、華佗はキョトンとして豪快に笑った。

「何処、とは、異なことを聞くのだな。ここは洛陽で、ここは貴殿の部屋だ」

そう言われて、なるほど、どうりで見覚えがある筈だ。自分の部屋なのだから当然と言えば当然なのだが。

――なんで俺、自分の部屋で寝てんの。

自分の部屋が、五年たった今でも残っていることには、素直に驚いた。

だけど、疑問として浮かんだのは、そんなつまらない事。

そんな感じで思考を巡らせていると、いつの間にか診察をしていた華佗が、うむ、と頷き。

「異常なし、健康そのものだな。動いても何ら問題はないぞ」

動いていいと言われても、はて、どこに行けばいいものだろうか。

と、再び頭を傾げてみると、華佗は、苦笑して一つ提案をしてくれた。

「今、魏の面々は謁見の間にいる筈だ。貴殿が、大事ないことを伝えに行くといいのではないか?」

なるほど、特にそれを拒否する理由もないし、何により、どういう結果になっても構わないから、みんなに会いたい。

ならば、さっそく行動するとしよう。

愛刀を腰に下げ、部屋を出ようとして振り返り、華佗に礼を言うと、彼は気にするなと言い、一刀はそう言った華佗に対し、次からは呼び捨てでいいからと言って、今度こそ部屋を出た。

 

 

その頃、謁見の間では、いつか一刀と流琉の提案で行った、立食パーティーの最中だった。

宴は盛り上がっているのだが、魏の面々はどこかそわそわして、落ち着きがなかった。

覇気を取り戻し、いつも凛としている魏の覇王様でさえ、落ち着きがないのだ。

いや、本人からすれば落ち着いているつもりなのだろうが、周りから見れば、落ち着いていないのは明らか。

「か~り~ん♪どうしちゃったのかしら?さっきからそわそわと♪」

「してないわよ。酔っ払いは、大人しく酒を飲んでいなさい」

「もぉ、ムキになっちゃってぇ、可愛いんだから♪」

この酔っ払い、分かり切っていても性質が悪いわね。

おまけに下手な反論は、かえって調子づかせてしまうから、なお始末に負えない。

――でも、そわそわして・・・か。

それは仕方がないのよね。だって、一刀がそこにいたのよ。落ち着けるはずがないわ。

特に凪は、今すぐにでも、この場を飛び出して一刀の部屋に向かいたいに違いない。

・・・違うわね。凪だけじゃない。私たち魏の者たちは全員が、同じ気持ちでしょうね。張三姉妹がいないのが、気の毒だわ。

 

私はどういう顔をすればいいのかしら。

 

人生で、あの時ほど泣いたことはない。いつも、王として、人の上に立つものとして、感情を御してきた私だけど、一刀がいなくなったあの時、あふれ出る哀しみを、御することなんて、到底できなかった。

そして、私は泣いた。

幼い子供のように声をあげて泣いた。

大好きだったから。愛おしかったから。ずっと一緒にいてほしかったから。その約束を守ってほしかったから。

 

そんな彼が、二度と会えないとさえ思った彼が、確かにそこにいた。

 

「曹孟徳も彼の前では一人の少女ですか。可愛らしい事です」

 

からかうことを楽しむような声に、振り向いてみるとそこには似非占い師という通り名を持つ占い師だった。

「管路、貴女、まだいたの」

軽く殺気を込めてみると管路は肩を竦めて茶を啜った。

「彼に直接聞かねばならないことがありますから。もうしばらく厄介になりますよ。ま、

聞くだけ野暮なんでしょうがね。ですが、この問いと、彼の答えは、貴女方・・・特に、曹魏の方々は聞く必要があることです」

私たちが聞く必要がある?

どういう事かと聞こうと思ったら懐かしい気配を感じた。

 

 

さて、どうしたものだろうか。

謁見の間をのぞいてみたら、いつか流琉と考えてやった立食パーティをやっているではありませんか。

しかも規模がでかい。だって呉や蜀の皆さんがいらっしゃるんですもの。

あれ?呉の皆さんの中に黄蓋さんがいらっしゃるじゃありませんか。

ああ、そうか・・・そういうことなんだ。華佗・・・ありがとう。

ともあれ、現状、この俺、北郷一刀はどう振る舞うのが正解なのでしょうか。誰か正解を教えてください。

回答例『道に迷って・・・』

・・・ただの馬鹿だろう。さすがにそれはあり得ない

っていうか候補が浮かばないあたりマジで馬鹿なのかも知れない。

色々と視線を泳がせてみたら、管路が口元を抑えて声を殺して笑っている。・・・おい、笑ってないで助けろよ。

そうやって軽い脳内パニックを起こしていると、愛する覇王様が、力強い笑みを浮かべておられます。

――マズイ。

え、何がマズイって?

決まってるじゃないですか。華琳がああいう笑顔を浮かべている時は、確実に笑えない(※主に俺一人が)ことを企んで、それを実行に移すことを決定した時だ。五年経ったからといって忘れるはずがない。

どうか気のせいでありますようにと切実に願う俺だが、間違いなくこの祈りは、無駄に終わることだろう。

過去の経験がそれを裏付けてしまう。

そして、その祈りは、やっぱり無駄に終わるのだった。

内容はとても笑えないもので。

「春蘭!」

「は!」

「やりなさい」

「お任せを!!」

ああ、本当に笑えないなぁ・・・っていうか春蘭。

「少しは躊躇えええええっ!っていうかその大剣はどっからだしたぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

彼がいた。

間違いなく一刀だ。

別人?そんな疑問、挟むだけ無駄だわ。

だってわかるもの。陳留の外れで拾った時から、長い時を過ごして、肌も重ねた相手を、この私が間違えるはずがない。

こみあげてくる感情。

涙があふれ出しそうだ。本音を言うのならば、子供みたい泣き喚きたいぐらいだ。

だというのにそれを抑え込んでしまうあたり、やっぱり私はどうしようもなく王だ。

だったら、どうしたら私らしいかしら?

こんな風に考えるなんて久しぶりな気がする。一刀がいなくなる前、彼を困らせようと、意地悪をしようと思った時以来・・・随分と久しぶりね。

――楽しい。

ええ、そんな他愛のないことを考えることが楽しいと思えるのは久しぶりだけど、本当に楽しい。

さて、どうしようかと、改めて考えていると、不意に彼が腰に下げている細身の刀剣に目がいった。

――一刀が自ら帯剣してるなんて・・・よく見れば服で分かりにくいけど、肉体もしっかりしてる?

雰囲気もかなり変わっているわね。前以上に頼もしい感じというか・・・

ふむ、面白いことを考えたわ。

それじゃあさっそく実行に移すとしましょう。

我が魏の大剣を以て。

「春蘭!」

「は!」

「やりなさい」

「お任せを!!」

元気のいい返事。流石は私の春蘭だわ。

「少しは躊躇えええええっ!っていうかその大剣はどっからだしたぁぁぁぁぁ!!!」

ふふ、変わらないわ・・・ええ、そうよ。あの時のままの一刀だわ。

あとでちゃんと声で伝えてあげる。

(おかえりなさい、一刀)

 

 

迫りくる曹魏一の単細胞。

もとい、魏最強の武人、夏候惇――春蘭。危険極まりないことに本気で殺すつもりでいるから性質が悪い。

おまけにそれが華琳の命令とあっては、彼女の場合、全力で果たそうとするだろう。こうなったら、妹に助けを求めようと視線を向かたら、妹の秋蘭は微笑ましげに笑っているではありませんか、視線が合うと。

――まぁ自業自得だ。頑張れ

すごいな、アイコンタクト。付き合が長いせいか、言いたいことがよくわかる。自業自得、確かにその通りだ。だが、このままではシャレにならない。

三羽鳥は、敬礼してやがる(真桜と沙和の二人だけ。凪は困惑している様子だ)助ける気ゼロだ。

風・・・は寝てますね。ええ、いつも通りです

「寝るな!!どわっ!!春蘭、殺す気か!!」「当たり前だ!!」

「おお!流石はお兄さんですね。すぐに目が覚めてしまいました」

こっちは命がけで回避してるってのに完全に見て見ぬふりだ。

稟と桂花は助けてくれるはずもなく。

季衣と流琉は・・・季衣楽しんでるよ。流琉は・・季衣をたしなめるので精一杯のご様子。

他の二国の方々は・・・うわぁ止める気配ナシ。むしろもっとやれって勢いだよ。

結論――俺がどうにかするしかないわけだ。

まぁ、地獄のような鍛錬の成果を出すにはいい機会と思うことにしよう。

回避しながら、呼吸を、氣を整える。

落ち着いて、相手を見る。さて、腹をくくりましょう。久しぶりでこれって、なんか泣けてくるよ。

「まあ、このほうが“らしい”か。はは・・・」

「何を笑っている!大人しく死ね!」

「やなこった。来い春蘭!!」

「な・・・ふん、いい度胸だ!!」

本当にノリがいい。ああ、本当に命がかかっているけど、帰って来てるんだな俺、この魏に・・・みんなのいるところに。

それじゃあ帰ってきた記念ということで。一つ覇王様を驚かせるとしようか。

さらに勢いを増す春蘭の猛攻に、俺は回避ではなく見切りをもって対応することにした。

 

 

様子の変わった一刀と春蘭の攻防に周りは、はやしたてるのを止めて、黙って見始めた。

「なぁ凪・・・アレ、ホンマに隊長なん?」

「真桜・・・お前は、我らが隊長を、私たちが見間違えると思うのか?」

「それはないの・・・でも」

言葉を濁す沙和だったが、凪には言いたいことが分かっていた。

自分たちの知る、北郷一刀という男は、逃げに関しては優れていたが、ここまでのものではなかった。

だが、目の前にいる男の動きは、明らかに武人の動きだ。嗜んでいたという生易しいものじゃない。

本格的に武道を学び修めた者が成す動きだ。以前の彼からは想像もつかない。

「まぁ、驚くのも無理はないでしょうけど、彼、貴方たちを守れる男になりたいと、この五年、言葉にすると陳腐なものになりますが、血の滲むような努力を重ねたのですよ。アレだけの動きができるほどに・・・ね」

――血の滲むような。

言葉にすると確かに陳腐に聞こえる。

だが、その言葉は非常に納得のいくものだった。

確かに、それぐらいでなければあの動きを手にすることはできないだろう。

「綺麗や・・・ええ動きするやん一刀。強うなっとるのがようわかるわ」

張遼――霞が楽しそうに言う。

生粋の武人である彼女は、どうにも春蘭と代わりたいご様子だ。

「あんな綺麗な氣・・・初めて見たで。鋭さは確かにある。気迫もちゃんとある。せやけど、それ以上に澄んで、綺麗や」

霞の意見に最も深く同意した魏の将は、恐らくは、氣功を用いた拳闘術を収めている凪だろう。彼女から見ても、一刀が纏っている氣は、美しく映った。

「一刀様・・・なんて綺麗な氣」

凪は、すっかり一刀に見惚れていた。

そんな彼女に、彼女の親友の二人は溜め息をして、肩を竦めるのだった。

そんな微笑ましい光景なのだが、一刀からすれば微笑ましいもへったくれもないので。

「お願いだから、そろそろ止めて~~!!」

力のこもった、魂の叫びが響き渡る。

「大人しく斬られろ、北郷ぉぉぉぉぉ!!!」

一刀は、徹底して回避に徹底し続ける。が、そこでようやく救いの手が差し伸べられた。

「春蘭、もういいわ。剣を収めなさい」

鶴の一声で、魏の大剣は吃驚するぐらい素直に剣を下げ、一刀は、ただただ安堵の息を吐くのだった。

 

 

――彼は、戦えないと聞いていたし、そのことは今更ながら、知っていた。

だが、目の前に広がっている光景は何?

私―孫策は息を呑むばかり。最初は、宴会の空気と、お酒の勢いに任せてはやしたてていたけど、途中からそんな気分も、酔いも覚めてしまい、私の中の武人の血が、軽く騒ぎ出した。

「ふむ、かなりの腕前じゃな。御使いは戦えぬと聞いておったが・・・中々どうして、流麗な動きをするのう」

母の代からの孫呉の腹心、黄蓋が、春蘭と相対する彼のことを褒めていた。

彼女の瞳の奥には、好奇心の光が、爛々と輝いているのがよくわかる。どうしてか、と聞かれたら、私も彼女の同族だからというのが根拠。

根っからの武将であるが故に、今繰り広げられている光景は非常に興味をそそった。

しかし、魏の将は慣れているのか、要された卓などを、被害が及ばないように早々に動かしたのはちょっと驚いた。

「ねえ思春、明命」

「なんでしょうか雪蓮様」

「任務ですか?」

恐ろしく的外れなことを言う子たちだ。二人とも生真面目なのは言うまでもなく知っていることだけど、ここまでくると、ちょっと気の毒になる。

「この状況で、任務なんてあるわけないでしょ?そうじゃなくて、貴方達なら、御使い君に攻撃を当てれる?」

どんな答えが返ってくるか楽しみで仕方ない。呉で、いや三国でも随一の疾さを誇る二人は、一体、どんな答えをくれるのかしら。

「正直に申しますと、不可能とは申しませんが、難しいでしょう」

「はい。私も、思春さんと同意見です。ああも見切りに徹せられると、中てるのは・・・困難を極めると思います」

やっぱり、ね。むぅ、予想通りの答えだわ・・・ちょっとつまんない。

とは思うものの、二人の言っていることは、正論よね。だって彼、徹底して見切っている。攻撃に転じるつもりがないのだ。恐らくは華琳が止めることを信じているからだろう。ま、この状況で本気で仕留めたりするわけないものね。

なんて思っていたら、案の定、華琳の声で、春蘭は先ほどまでの殺気やらなんやらを、いともあっさりと引っ込めた。

 

 

――まるで、舞のようだ。

私が、趙雲が抱いた感想だ。

華琳殿の一言で始まった、御使い殿と春蘭の攻防は、御使い殿が、終始、回避に徹していた。

これを素人が見たなら、御使い殿が、一方的に攻撃されているように見えるだろうが、実際はそうではない。

(・・・春蘭の動きをほぼ完全に見切っている)

魏武の大剣と謳われた春蘭の攻撃をああも躱し続けるというのは、私といえど、困難を極めるだろう。――不可能と言うつもりは、毛頭ないのだがな。

――「寝るな!!どわっ!!春蘭、殺す気か!!」

――「当たり前だ!!」

――「おお!流石はお兄さんですね。すぐに目が覚めてしまいました」

思考を切り替えると、他愛のないやり取りが聞こえてきた。

何処構わず寝息を立てることが出来る才能の持ち主である風に対し、御使い殿がそれを叱咤し、風が目を覚ますのだが。

驚いたな。風がああも安堵の表情を見せるとは。御使い殿が去ってから風はもちろんのこと、魏の将から、どこか影を帯びていた。

それが、感じられない。ふむ、少し話を聞いてい見ようか。

思い立ったら即行動。そうして友の隣に立つ。

「星ちゃん、どうかしましたか?」

「いやなに、友人が晴々とした表情をしているのでな」

「まぁ、仕方がないのですよ。お兄さんが、ああしてちゃんといるのですから」

だから嬉しくて仕方がないのだと、友は言った。晴々とするのは至極当然だと。

「風たちは、お兄さんのことがどうしようもないくらい好きなのです」

視線を御使い殿と春蘭とのやり取りに集中したまま、風は、そう語った。

しかし、見ていて面白いやり取りは、今も続いているが、はてさて、止めなくてもよいものだろうか。

などと思っていたら、そんな思考を先読みしたかのように風は言う。

「まぁ、心配しなくても、華琳さまは本気でお兄さんを殺したりしませんから・・・春蘭ちゃんは・・・本気だとは思うのですが・・・・そろそろ」

 

――「春蘭、もういいわ。剣を収めなさい」

 

華琳殿の一言で、春蘭の攻撃は、驚くほどあっさりと止まった。

 

 

俺、北郷一刀は自分が生きていることに心から安堵した。

「はあ~~」

力が抜けて、へたりと腰を下ろしてしまう。どうにも緊張しすぎていたようで、緩んだ途端に脱力してしまったようだ。

いくら見切りにってしていたとはいえ、春蘭に追い掛け回された経験があったからとはいえ、大陸でもトップクラスである武将の彼女の攻撃を避け続けるというのは、どうにも生きた心地がしなかった。

なにせ、冗談抜きで本気なのだから始末に負えない。かと言って、攻撃に攻撃で応じたならそれが引き金。春蘭は張り切ってしまって、危険度が増すだけだ。

その点からも、回避に徹した自分の判断は、正しいと思える。

二度目になるが、生きた心地はしなかった。

「ふふ、随分と頼もしくなったのね」

「人が悪すぎだよ・・・冷や汗ものだったぞ」

真正面に彼女が立っていた。

正直な話、ここに来るまでにも色々と、再会のプランを浮かべていたわけだが、それが全部台無しになってしまった。

不満はないから特段気にすることでもなかったのだが。

「五年ぶりね。勝手に去っておいて今更何のつもり?」

「・・・・」

何のつもり、か。まあ、当然の意見だ。あれこれいろんな約束をしていたのに、周りの意思をぶっちぎって勝手に去ったのだから、こう言われても仕方がなかった。

「帰ってきたかったから。追い出されたくはないけど、それも仕方ないって思ってた。それでも、もう一度、みんなに会いたかった。みんなの顔を見たかった・・・声を聴きたかった」

そう、どうしても会いたかった。もう一度、ここで暮らすことが叶わないとしても、その望みだけは捨てれなかった。

「また去ってしまう可能性がある人間を、私が手元に置いておくと思うのかしら?」

「ああ、そのことなら――」

今の自分のことを話そうと思ったら、それまで傍観していた管路が、口を挟んできた。

「さて、北郷一刀。話の途中で申し訳ありませんが、最終確認を取らせてください」

管路の問いに、華琳がわずかに眉をひそめた。

 

 

管路の問いに、一刀は黙って続きを促した。華琳の方はというと、どう言う事なのかと怪訝そうに一刀に対して、目を以て訪ねていた。

「問の内容は、察していますね?ええ、その通りです。ですが聞かねばならぬことですので、声にさせて貰います」

一呼吸置いた管路の口から出た問いかけは、一刀からすればやはり予想通りのものだった。

 

「この世界に留まるのか―――去るのか。選んでください」

 

その問いに、魏の少女たちは全員が息を呑んだ。そんな彼女たちを他所に、管路は話を続ける。

「留まることを選ぶのであれば、二度と故郷に帰ることは叶いません。去るのを選ぶのであれば、二度とこの地を訪れることはできません。故に問います・・・北郷一刀」

 

「貴方は、どちらを選ぶのですか?」

 

「待ちなさい!!」

 

一刀の返事を前に口を挟んだのは、魏の王・曹操――華琳だった。

しかし、声を挟んだのは魏の王でも、覇王でもない、かつて大切な人を失った、一人の女の子だった。

管路は、何も言わず、ただ一瞥だけを華琳に向ける。

「故郷に帰れなくなるって・・・どういうこと!?」

声を荒げる華琳だったが、一刀が見渡せば、魏の者たちが同感だと管路を睨み付けていた。

「実を言うと、彼をこの世界に戻すだけでも、かなりの無理を強いています。同じ無理ができるのは、あと一度が限界なんですよ。これ以上、無理を強いてしまうと、この世界の事象があちらに流れ込んでしまい、歴史が破綻しかねません。このことは、貴方には一度説明しましたね?」

その説明に、一刀は黙って肯いた。

「その結果、この世界に行くことを選択した。ですが、あの時こうも言いました。あと一度だけ、選択して頂く・・・と。そして、この場こそその時だと判断します。貴方は・・・この世界に帰りたいと言った。彼女たちに会いたいと言い、願い、そして選択した。しかし、どうやら、貴方の居場所はないようです。さて、どうしますか?」

管路は、腰を下ろす一刀をじっと見据え、ただただ平淡な声で問いかける。

 

「だとしても、俺はこの世界にいるよ」

 

 

――「だとしても、俺はこの世界にいるよ」

 

一刀は、立ち上がると、ニッと笑って、躊躇うことなく、そう答えた。

「この場に留まれのないのなら、大陸中を旅するのも悪くない。いつかどっかに落ち着くかもしれないし、落ち着くことなく野たれ死ぬのかもしれない。正直なこと言うなら、ここでみんなと生きていたいけど、華琳が言うように、俺は一度・・・彼女の、彼女達との約束を破ってしまっている。それで帰ることを選択してもいいのかもしれないけど・・・それを選んだら、きっと俺じゃなくなるから」

だから帰ることを選ばないと一刀は言った。自分の居場所はこの世界なのだと。

管路は、一刀の決断を非難することもなく、ただ優しく微笑むだけだった。

一度目を閉じると、管路は次に華琳へと体を向ける。

「彼は選択しました。ですが、貴女は如何します?貴方が彼の選択を望まないというのであれば、強制送還も可能ですが」

己の問いに、華琳の瞳が揺れるのを確かに見た。

やれやれと管路は軽く嘆息した。

 

(まったく、この手の人間は面倒この上ない。きっかけを与えなければ意地ばかり張るのですから)

 

自身の立場もあるのだろうが、ここはそんな意地を張るべき場所ではない。周りに誰がいようと関係なく、己の気持ちに素直になるべき場所だろう。

現に、彼女以外の魏の少女たちは、彼の強制送還の言葉を聞いた瞬間、明らかに表情が変わってしまったのだ。

これが、王ではなく、彼女達へと向けた問いであるのならば、彼女達は、わずかな躊躇もなく首を横に振ったことだろう。

だが、どんな選択をしようとも、決定権を持つのは、王である華琳に他ならず、他の少女たちは、彼女の部下でしかない。

だからこそ、管路は華琳に問いかけたのだ。

「・・・・・・」

管路はわかっていた。

華琳が、彼が去ってしまうことを望むはずがないことを。

だが、ここは素直になる場だと考え、管路は彼女に暗にこう言っているのだ。

 

素直な気持ちを晒せ、と。

 

 

「一刀・・・貴方は誰のもの・・・」

声は、震えていた。

違う。聞くべきはそんなことじゃないし、言うべき言葉でもない。

分かっている。何を言うべきなのかなんて分かっている。

そして、思い出した。

 

彼を失った、あの夜の光景を。

 

あの時の喪失感は、過去、一度も味わったことのないぐらいの痛みを伴った。彼を失えば、あの時の喪失感と痛みを、また味わうことになる。

それは、嫌――。

「・・・そく、したでしょう」

涙が流れる。

最悪だ。他の二国の人間もいるというのに、もう自分を律することが出来ない。

「ずっと傍にいるって言ったじゃない!!いなくなるなんて絶対に許さないわ!!旅なんてもってのほかよ!!私たちと生きなさい!!傍にいなさい!!」

これじゃ、ただの子供だ。

でも構わない。彼を繋ぎとめるなら、もう何でもいい。

いてほしい。声を交わしたい。ぬくもりを感じたい。

だから――お願い。

「いなくならないで・・・ここにいてよ。一刀・・・もうどこにもいかないで」

これまで積み上げてきた覇王としての自分が崩れてしまっている。これでは今後の国交に問題が生じてしまうだろう。

でも、それでも――。

 

もう二度と、彼を失いたくなんてない。

 

「いなくなんてならないよ」

 

懐かしい温もりが、私を包み込んだ。

 

 

管路はその光景に微笑むばかりだった。

ようやく、素直になった華琳に安堵を覚える。

「華琳が、みんなが望んでくれるなら、もういなくなったりしない・・・傍にいる。泣かせるつもりなんてなかったんだけど・・・ごめんな」

「――」

華琳にとってそんな謝罪はどうでもよかった。傍にいると言ってくれた。いなくならないと言ってくれた。

彼の選択に深い深い安堵を覚え、彼の温もりに身を任せる。

「さて、選択はなされました。私はこれで満足しましたので、去るとしましょう。・・・最後に・・・熱いですね」

ぼそりと呟いて管路は去って行った。

去り際の一言に静かになる一同。ややあって。

「――」

一刀と華琳はお互いに見合い、周りを一瞥し、顔を最大に紅潮させた。

現状を認識した周囲は、いっきにイジリムードに突入。特に孫策がにんまりと意地の悪い笑みを浮かべているではありませんか。

終わったと、華琳は確信した。

ああなったときの彼女はもはや手の打ちようがない。が、それを代償というのならば、甘んじて受けよう。彼を失うことに比べたら、安いものだ。

そうしてもう一度、一刀の顔を見ると、彼は優しく微笑んで、こう告げた。

 

「華琳・・・ただいま」

「ええ・・・一刀、おかえりなさい」

 

そうして宴会は、再び賑やかさを取り戻した。

同時に、この瞬間は、魏の面々が、かつての輝きを取り戻した瞬間でもあった。

 

 

 

Another

 

 

 

洛陽を後にした管路は、道中、振り返り。

「徐晃・・・宴会場にいないと思ったら・・・・隠れていたんですか?」

背後に立っていたのは、魏の新参の将。徐晃だった。

「管路様・・・私は」

彼女の問いかけに、管路はやれやれと呆れた。

「まぁ五胡との戦に参戦した以上、否定者ではいられませんしね。どうしますか?このまま魏に留まり、生きるか。それとも私と一緒に放浪の旅でもしますか?」

「ありがたい申し出ですが、遠慮させていただきます。このまま魏に留まり、骨を埋めようと思います」

「“否定者”であることを、神仙であることを放棄しますか・・・ふふ、それもまたよいでしょう」

管路はその選択を、祝福した。

 

 

あとがき

 

 

 

御無沙汰です

スローペースが定着しつつあるkanadeです。

孫呉伝に引き続き、新約・魏アフター第三弾をお届けさせていただきます。

今回の話を以て、この新しい魏アフターは全体的な意味での序章を終えたことになります。次の話となる第三話から、第一章という区別になります。

次回予告ですが、祭り編です。

武闘大会を書きたいと思います。

孫呉伝共々、私――kanadeの作品をどうぞよろしくお願いします。

それではまた次回――。

Kanadeでした

 


 
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