No.401524

真剣で私たちに恋しなさい! EP.14 修羅道

元素猫さん

真剣で私に恋しなさい!を伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2012-04-02 02:19:21 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:7118   閲覧ユーザー数:6720

 榊原小雪は、深夜の街を彷徨い歩いていた。その日の夜、いつも一緒に夕食を食べるはずの葵冬馬と井上準が来ず、代わりになぜか九鬼家の従者が迎えに現れたのである。

 大切な二人に何があったのか、案内された極東本部の一室で悲痛な顔の九鬼英雄がすべてを包み隠さず語ってくれた。

 信じられないという思いは、なぜか湧き上がらなかった。

 

(ああ、ついに来たのか)

 

 そんな、諦めに似た感情が熱を帯びかけた心を急速に冷ましてゆく。

 覚悟をしていたわけではない。あの二人が何かをしていたことは、知っていた。重く、暗い闇を背負い、もがいてもがいて逃げようとしていたのだ。自分には見守ることしか出来ない。だからいつか、進む道を別つときが来るのだろう。

 

(みんな、行ってしまう)

 

 大好きなもの、大切なものほど儚いのだ。すくい上げた水のように、指の隙間からこぼれ落ちてしまう。

 

「私は、幸せにはなれない……なっちゃいけないんだ」

 

 悪さをすれば叱られる。叩かれ、蹴られ、食べるものすら与えられない。

 そう、これは自分に対する罰なのだ。だから宝物を奪われてしまう。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 幼い頃、泣きながら謝った母はもういない。幻影に怯えるように、小雪は与えられた部屋を飛び出した。

 

「少し一人にさせてやろう」

 

 英雄なりの優しさだった。だが彼は後々まで、この事を後悔することとなる。

 最近は物騒だとはいえ、小雪の実力はしっていた。並の者では、乱暴を働くことなど出来はしない。そう思ったからこそ、一人で街に出るのを止めなかったのだ。だがそれが、彼女の運命を大きく変える事になるとは思いもよらなかったのである。

 

 

 ふらふらと夜の街を歩く小雪は、何度か声を掛けられた。ガラの悪い連中だった。気安く肩に手を掛けた男を、回し蹴りで気絶させると他の連中が怒りながら襲いかかってきた。

 

「消えてよ」

 

 冷たく言い捨て、小雪は容赦なく自慢の脚力で蹴り倒す。やがて力の差を思い知ったのだろう、無事だった連中は毒づきながらも逃げていった。冷めた眼差しでそれを見つめ、小雪は再びふらふらと再び歩き出す。

 

「トーマ……準……」

 

 心を許せるたった二人の家族。その二人を同時に失った小雪は、生きる意味を失っていた。色褪せた世界に、もう自分の居るべき場所はない。絶望が侵食する中、小雪はふと、何かに気づいて足を止めた。

 路地の暗がりに、異質な気配を感じたのだ。肌を刺す強者のものとは違う、地肌を這う虫のような気配だった。

 

(何……?)

 

 さすがの小雪ですら、思わず不気味に感じる気配。距離を置き様子をうかがっていると、暗がりに人の姿がぼんやり浮かび上がった。じっとこちらを見る目には、生気が感じられない。

 ゆらりと揺れた人影が、「消えた?」と思った直後、小雪の目の前に現れた。

 

「――!」

 

 驚いた小雪のその顔面に、強烈な拳が決まった。咄嗟に顔を上げたため、拳は彼女の口元に当たる。よろめきながら後ろに距離を置いた小雪は、口の中の痛みに顔を歪め、「ぺっ」と何かを吐き出した。

 地面に落ちた血溜りには、折れた前歯が混じっている。指先で血を拭った小雪は、改めて目の前の人物を見た。隈取をしたような目のその男は、直江大和であった。少なくとも、小雪が知る直江大和の顔をしている。ただ、まとっている気配はまるで別人のようだ。

 

(気持ち悪い)

 

 動物の本能が感じるような、そんな不安感を煽る不気味さがある。苦手なモノを凝視しているような、背中が痒くなる感覚だ。

 大和は風にそよぐ柳のように、ゆらゆらと揺れていた。目は爛々と輝いているにも関わらず、生者の生々しさはない。じっと小雪を見て、無表情のまま瞬きすらしなかった。

 

(来る!)

 

 何かを感じ取った小雪は、思わず身構えた。一瞬の衝撃、そして息が詰まるような激痛が腹部を中心に広がった。体が吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激突する。

 

 

 骨が軋んで、強烈な吐き気がこみ上げてくる。だが、休んでいる暇はない。間髪を入れず大和の攻撃は続く。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 まるで何かに取り憑かれたように、息を荒げながら大和は拳を叩き込んでくる。数発を受けながら、小雪は強引に回し蹴りを放った。

 確実に中心を捉える。そのまま振り切ろうとするが、大和はがっちり掴んで受け止めたのだ。勢いを殺され、掴まれた足を引っ張られる。片足でバランスを崩し、小雪はよろめいた。倒れそうになった瞬間、不意に彼女の体が宙に浮いた。

 

「うそっ!」

 

 驚いて思わず声を上げるほど、信じがたい光景だった。足を掴んだ大和が片手で、小雪の体を持ち上げていたのである。そしてそのまま、叩きつけるように地面に小雪を落としたのだ。

 息が詰まり、声が出ない。小雪の体は激痛に痙攣し、一瞬だが意識が遠のいた。そんな彼女の上に、大和は馬乗りになる。

 

「ハァ……ハァ……アハハハハ」

 

 苦しげに呼吸をしながらも、大和は笑った。笑いながら、小雪を馬乗りのまま殴りつける。何度も何度も、顔、体と関係なく、まるでそう決められているかのように拳を握って叩きつけてくるのだ。

 何度も何度もそうして殴り続け、やがて大和は両手の親指を小雪の目に押し当てた。瞼の上からだったが、圧迫される感じに小雪が呻き声を漏らす。眼球を押し潰すように、大和は力を込めていった。

 

「あっ……ぐっ……」

 

 容赦のない攻撃に、小雪はもうどうすることも出来なかった。その気力も失われている。

 

(もう、終わりでいいかな……)

 

 冬馬も準もいない。灰色の世界に、自分の居場所はない。すべてを諦め、心が折れかけた時、変化が起きた。眼球を潰そうとしていた大和の手が、突然離れたのだ。

 何が起きたのかとゆっくり瞼をあげると、馬乗りになったまま大和は自分の頭を抱えていた。まるで何かに怯えるように、目を見開き、歯をガタガタと鳴らしている。

 

 

 気配が変わった気がした。大和は震えながら、ゆっくりと小雪から離れてゆく。立ち上がり、よろめいて壁に寄りかかった。

 

「あっ……俺……」

 

 信じられないといった表情で、大和は自分の手を見た。そして小雪と目が合うと、自分の行為を否定でもするかのように何度も首を振る。

 小雪は当然知らない事だが、少し前の大和は竜神に支配された状態だった。だがそんな事など知らない小雪には、突然の大和の変貌が理解できない。

 

「榊原……小雪……。俺が、やったのか?」

 

 大和は苦しそうに頭を抱え、そう呟くと慌てて逃げるように走り出した。その姿が夜の闇に消えるまで見つめ、やがて小雪は体を起こしてその場に座り込む。

 

「痛っ!」

 

 どことは言えぬほど、体中のあちこちが痛かった。顔が何倍にも腫れているような気さえする。

 

(何だったんだろう……)

 

 当然の疑問が浮かび、少しずつモヤモヤしたものが胸に溢れてくる。あまりに理不尽な行為だった。

 冬馬と準がいなくなり、孤独の中で生きる希望すら失った。それすら最悪の状況なのに、さらに酷い目に遭わなければならなかった自分。なぜなのか、小雪は歯をギュッと噛みしめた。

 

(どうしてボクばっかり、こんな目に遭うの? 何か悪いことしたのかな?)

 

 やり場のない気持ちがグルグルと駆け巡り、頭の中で嫌な記憶を呼び覚ます。

 

「あの時もそうだった」

 

 勇気を振り絞って仲間に入れてもらおうとしたあの時、自分を変えたいと願ったあの時、希望の一歩を踏み出そうとしたあの時――。

 

「直江大和……いつも、いつも、いっつも、ボクの邪魔をする!」

 

 怒りが、ずっと隠し続けて来た思いと結びついて、憎悪を生み出した。全部、彼のせいだ。そう思うことで小雪は、ようやく立ち上がることが出来た。

 もう自分が帰る場所などない。ならば、この憎しみの炎に身を預けてもいいのではないか。小雪の目に、暗い炎が灯る。自分がすべてを失ったように、直江大和のすべてを奪う。

 よろよろと歩き出した小雪の姿は、夜の街に消えた。彼女は修羅の道に進み、九鬼の元に再び戻ることはなかった。


 
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