No.400861

真・恋姫†無双外史 「魏after 再臨」 第二章 御使い、蜀の新兵となり、華蝶仮面と出会う

テスさん

○序章
 道場で祖父に気絶させられ、突如魏に戻ってきた一刀が、暗殺されそうになっていた華琳を助ける。その後再び消えてしまう。

○第一章
 気付けばまた知らない土地に放り出されていた一刀。賊の討伐にきていた蜀の軍隊に拾って貰って活躍する。魏に戻るために路銀を蓄えようと、蜀の警備兵に志願するも、その面接官は関雲長だった。ちなみに今回の合格者は誰一人出ていない。

2012-04-01 00:59:50 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:19790   閲覧ユーザー数:13420

 真・恋姫†無双外史 「魏after 再臨」

 

 第二章 御使い、蜀の新兵となり、華蝶仮面と出会う

 

「では……、志望理由を聞かせてもらおうか」

 長く伸びた艶やかな黒髪と凛とした顔立ち。俺がどのような人物か。それを見極めようとする真剣な眼差しに心が震えた。

 この肌が粟立つような感覚は、本当に久しぶりだ。

「はいっ! 迷子になり途方に暮れていた私を、通りかかった蜀軍の方々が私を助けてくださいまして、何か恩返しができないかと考えたところ、警備兵なら前歴を活かすことができると思いまして志願致しました!」

「何故軍に志願しない?」

 ……まぁ、そうだよなぁ。

 軍に助けられた。なら恩は軍に返すのが自然な流れだ。

「戻らねばならない場所があります。今は旅の途中でして」

「ではいずれ蜀を離れるつもりか。だが路銀稼ぎなら警備兵でなくてもできるだろう?」

 ――あれっ? 思った以上に、普通の面接じゃないか?

「助けて貰ったときに、釜の飯を分けて貰いました。それは蜀の人々が苦労して収めた税です。できるなら蜀の人達のために働ける職場でその恩に報いたい。そう考えたときやはり警備兵が一番だと思ったんです」

「……ほう」

 相手は関羽将軍。下手な小細工はせず正面切って話をすることにした。無論、一文無しで寝る場所がなく、食べる物にも困っていることもだ。

 その時点で面接というよりも相談に近いのだが、

「難しい条件を入れたものだな。単に働き口だけなら伝手で紹介してやれるのに」

 と親身に俺の相談に乗ってくれた。

「路銀もなく、食と住に困って、過去の経験から警備兵に志願っと」

 関羽将軍が筆の柄で頭を掻きつつ、机に広げられた紙に筆を滑らせていく。

 書き終わると顔を上げ、俺に向かって言った。

「軍に救われたから民に従事できる仕事をしたい。そこまで分かっているなら文官にでもなれるだろうに、民と接する機会の多いこの仕事が好きときたか。……人材不足の蜀に嫌がらせに来たのか貴様は?」

「えっ? でも関羽将軍を筆頭にした五虎将軍とか、将の数では魏や呉より多くありませんでした?」

「確かに将の数では、な。だが誰しも文武両道とはいかん。私とて文官としてはまだまだ力不足の身だ」

「いやいやっ、関羽将軍がそんなこと言ったら、皆そうなっちゃうんじゃありません?」

 筆を置いて、机の上にうつ伏せになってしまった。

「…………」

 ――黙秘!?

「~~~~」

 塞ぎこんじゃったよ。首振ってるし……。てか何っ、この斜め上の展開?

「ちょっ、しっかり!?」

 蜀が心配になってきた!

 元の位置へと戻ってきた関羽将軍が肩を落として言った。

「少しでも将としての自覚を持って、自らを成長させる気概というものを持ち合わせて欲しいのだが、こればかりは本人のやる気次第というか何と言うか……」

 さすがに誰かとまでは聞けないよなぁ。

「人には向き不向きがありますし、最初から上手くできる人なんてそうはいませんよ。少しずつ、やれるところからやっていけば良いんです。そのうち仕事も覚えるでしょうし、長い目で、長~い目で見てあげることも大切なんじゃないでしょうかね?」

「そうだな。もう少し長~い目で見てやるか。おっと、すまない。変な方向に話が進んだな。話は粗方済んだのだが……ん~っ……」

 面と向かって話すことは終えたと、ため息交じりに声を出して考えを巡らせ始める。

 左肘で頭を支え、右手に持った書類を見据える姿が、窓から差し込む陽ざしと相まってまるで芸術作品のようだ。

 ――戦場ではおっかない人だけど、こうして見ると関羽さんって綺麗な人だよな。いつまでも見ていたいくらいだ。

 ちらっとこちらを横目で窺った彼女が、忘れていたと少し慌てながら質問してきた。

「そっ、そういえば、し、新兵を希望しているが、え~、以前警備に関する仕事をしていたと……言ったな?」

 あ、この質問きたか。嘘を吐く訳にはいかないだろうけど、でもこれって信じてもらえるのか?

「役職は?」

「えーと、警備隊の総隊長を少々……」

「警備隊の総隊長を少々……っと」

 順調に滑らせていた筆が、ぴたりと止まる。

「――――はぁっ!?」

 そうなるよなぁ……

 関羽さんの眉が吊り上がっていた。ふっざけるなと今にも雷が落ちそうだ。

 正直に話しても嘘を吐いても……万事休すか。

 だが予想に反して、意外な言葉が彼女から帰ってきた。

「ふふっ。まぁ嘘をつくなら、もう少しまともな嘘をつけ。北郷一刀」

 彼女から笑みが零れる。どうやら冗談と受け取ってくれたようだ。

「良いだろう。お前を都の警備兵として入隊を許可する」

 書類にドンッっと印が押された。

「誰かある!」

「はっ」

「この者を、警備隊の宿舎に連れて行け。新入りだ」

「了解しました!」

 ――これで華琳達の下へ帰る大きな一歩を踏みだすことができる!

「関羽将軍! ありがとうございました!」

「あぁ、しっかり励めよ」

 全力で頭を下げて、俺は部屋を後にした。

 関雲長との面接が終わった!

 

   *   *   *

 

 扉が閉まり、部屋が静寂に包まれていた。

 そんな中、愛紗は頬杖をついて思った。

 ――義理と人情に厚い男がきた。心も広い。

 入る部屋を自分達で決めろと言われ、緊張した面持ちで入ってきた青年は同い年くらいだろうか。

 一つ前の者が扉を開けたまま退出したため、外の会話は筒抜けだった。

 当然、聞き耳を立てた。

 二人して嫌がったが最後は自分から入ると、頑張れと相手を応援した。

 他人を思いやる彼の優しさが伝わってきた。

 このような場でなければ、もっとその人と形が分かっただろう。

 ……しかし私の部隊にほしいと思った者ばかり、星や紫苑の部隊に流れていくのはどうかと思う。だがまぁ、優秀なら骨抜きになる前に問答無用で引き抜くまでだ。

 それにしてもと、愛紗が呟く。

「この私を関雲長と知りながら、冗談を飛ばす男か。やはり新兵にはもったいないな――」

 

 一枚の書類を手に立ち上がる。その新兵の過去の経歴の欄には、美しい文字で警備隊総隊長と書かれ、大きく墨でバツと書かれていた。

「~~♪」

「ふむ。どうした愛紗よ?」

「おう、星か」

 目の前を偶然通りかかったのは、軍神と名高い関雲長こと愛紗である。何やら珍しくご機嫌ではないか。

 鈴々が真面目に仕事をしているのか、それとも桃香様が真面目に仕事をされているのか。

 ……まさか両方!?

 最近は平和な世が続いていることで内政に力を入れている桃香様は、隙を見て逃げ出すことができぬくらいお忙しい身になられた。

 それでもたまに逃げ……もとい、民と触れ合うことを決して忘れはしない。

 だがその面倒をみなければならない立場にとっては、気苦労が絶えないだろう。

 頭を抱えているその一人が、目の前にいる愛紗である。

 しかしあの関雲長が鼻歌交じりで歩いてくるとは、何か余程の吉報があったのだろうか?

 こちらの呼びかけに足を止めて返事をしたあと、可愛らしい笑みを私に浮かべて言った。

「少し前に軍に助けられたからと、都の警備兵に志願してきた者がいてな?」

「ほぅ」

「文官になる器量を持ち合わせているにも関わらず、街の警備隊に入隊したいというのだ」

 そうか。つい先刻まで共に行動していた北郷殿は、どうやら蜀の警備兵に志願したようだ。

 ――だが面接官が愛紗とは運がなかったとしか言えんな。

 人は酒を飲めばどのような人物か良くわかるもの。

 桔梗殿やこの趙子龍を前にすれば、男とはそれと分かりやすい生き物なのだ。

 目の前にいるこの美貌の持ち主もその一人だというのに、一瞬でもそれを良しとしない堅者。

 だがそれを成敗したとて、関雲長が鼻歌を歌うまでには至るまい。逆に怒り心頭のはずだが……

「で?」

「で? とは?」

「いや、愛紗殿が面接官だったのなら、その豊満な乳房を眺めて誰もが泣いて逃げ出したのではないかと思ってな」

「そ、それでは私の胸がまるで化物のようではないか!」

 ええぃ、見るな! と言わんばかりに両手で胸を隠す。

「はて? 私は幾度となくそういう噂を耳にしているのだが、……違うのか?」

 だが予想に反して、とんでもない言葉が愛紗の口から返ってきた。さも当たり前のように、だ。

「世の中、そのような男ばかりではないだろう?」

 これにはこの趙子龍、少々驚いてしまった。

 鉄壁の愛紗ここに崩れる。いかなる策を用いたか、北郷殿に後々追及せねばなるまい。

「やれやれ。すべての男性志願者を蹴り落としてきた、関雲長殿の台詞とは思えませんな」

 瞬時に眼つきが鋭くなる。おぉ……怖いものだ。

「何が言いたい」

「そうかそうか。……警備隊に入隊か」

 普段なら覇気を含んだ愛紗の一言を流してそのまま遠ざかるのだが……

「星?」

「そうかぁ~。うむうむ」

「何故そんなに嬉しそうな顔をしている?」

 愛紗にした同じ質問が帰ってきて、つい立ち止まってしまった。

「ふふっ、何故だろうな」

 北郷一刀という人物を知ったとき、何も知らぬ愛紗は果してどのような反応を示すのか。

「私の顔を見てニヤニヤするな! 気持ち悪いっ」

 それまで、大いに楽しませて貰うとしよう。

「そう言えば、そやつの役職は? 警備隊の隊長でも任せるつもりか?」

「何を惚けたことを。……役職などない。新兵だ」

「……はっ?」

「だから新兵だ。何度も言わせるな」

「……ふむ」

「まぁ新兵にするのもどうかとは思った。だがこれは本人からの強い希望だ。それに――」

 愛紗が私の耳元で囁いた。

「この関雲長の前で、前役職は警備隊の総隊長などと冗談を言うものだからな、少々灸を据えてやったつもりだ」

 この私にだぞと、嬉しそうに笑う。

 立ち話は終わりだと、蜀の警備隊の総隊長が歩いていった。

 愛紗よ、それは冗談ではない。……などと野暮なことは口にしない。

 上機嫌な愛紗の背中を見送る。今宵の肴がまたひとつ増えたことに喜びを感じずにはいられなかった。

 宿舎に到着し注意点だけ告げられると、到着早々鎧を身につけて初出動することになった。

 警備兵と言えども、軍隊の一部だけあって規律は厳しい。だが雨風を凌げ飯も食えるだけあって、つい先ほどの状況から考えれば天国のような場所だ。

「張り切ってるな、新入り! 頑張りすぎて怪我するんじゃないぞ!」

 問題が起きた時は一人で対応するのではなく複数人で対応することなど、基本的な説明を受けたあと警備兵として成都に立った。

 まっすぐに伸びる中央の道は荷台や人が行き交い、その両脇は店や物で埋め尽くされている。この辺りは蜀も魏もさほど変わらないようだ。

 違うのは警備の仕組み。と言ってもやることは同じで、身周りだったりする。顔を覚えてもらうために、まずは街の人に挨拶していく。

「おっちゃん、新入りの北郷です! よろしく! 何か変わったこととかない?」

「おぅ、新入りか!? おかげさんで平和だぜ? 飯でも食っていくか?」

 さすがに勤務中なのでと断る。

 ――新人がいきなり仕事をさぼるわけにもいかないしなぁ。

 蜀の都はおっちゃんの言った通り平和そのものだった。子供たちが蝶の仮面をつけ、華蝶仮面参上! と、飛び跳ねている姿を見れば間違いなく平和な日常でしかない。

 しばらく警邏をしていて気がついたことと言えば、担当地域の境目が曖昧で漠然としていることだ。

 遠くから喧嘩していると一報を受け、いざ現場に到着してみると他の部隊が片付けた後だったりと効率が悪い気もする。

 だが蜀の警備兵は軍隊出身が多いようで、事態の収拾は迅速を極めていた。

 男が酒に寄って大暴れしているという一報があり、現場に向かっていると……

「華蝶仮面だ!」

「華蝶仮面ですって!?」

 叫び声を上げて指を指す男を見て、周囲に居た人達が走りだした。意味が分からず事情を聞こうと立ち止まると、後ろから人が雪崩れのように押し寄せてきて、一瞬で飲み込まれてしまった。

「――うわっ!」

 ……えっ、何? 何だこれ!?

 肩が何度もぶつかり転びそうになる。このままでは危険だと思い、人の流れに乗ってその場所へと向かう。

 てか、迷子になってしまった。だがまぁこの先で隊長達と合流できるだろう。

 それにしても華蝶仮面とは一体?

 近くにいた人に聞いてみた。

「お前、他国から流れてきた新入りだな。この蜀の都には華蝶仮面という正義の味方がいるんだよ」

 と、誇らしい顔で説明してくれた。

 人混みをかき分けて最前列にでたとき、華蝶仮面らしき人物と赤い顔をして手に剣を持った男が睨み合っていた。

 ……どう見ても趙雲さん。……だよな?

 あの白い服と際どい胸の晒し方、それにあの二股に分かれた赤い槍。間違いない。ただその美貌を覆うかのように蝶の仮面がついている。

 いや~、さすがにそれはどうかと思う。

「華蝶仮面、がんばれなのだー!」

 憧れの眼差しで華蝶仮面に声援を送る小さな女の子が、剣を持った男のすぐ後ろ側にいた。

 ――うわっ、あんな近くに!? もし人質にされたら大変だって!

 これは放っておく訳にはいかない。虎の髪飾りをつけた女の子の前で手を広げて制止する。

「危ないから下がって!」

「お兄ちゃん! いいところなのだ! 邪魔しないでほしいのだ!」

 一瞬、華蝶仮面と眼があったような気がしたが、仮面をつけた状態ではなんとも言えない。

「そろそろ茶番も終わりとしようか。懲りぬ悪党に、正義の鉄鎚をーっ!」

 槍で男の剣を撥ね除けると、がら空きになった腹に一撃を入れると男が剣を落として前のめりに地面に沈んだ。

「これに懲りたら、悪事など働かぬ事だ!」

 その瞬間一斉に歓声が沸き起こると、

「関羽将軍と、馬超将軍が来たぞ!」

 遠くから聞こえた声に肩を落として落胆した。

「華蝶仮面様、逃げて~!」

 その女性の一言に俺は耳を疑った。

 逃げる? 正義の味方が、逃げる?

「た、大変なのだ……。愛紗に怒られるのだ」

 虎の髪飾りをつけた女の子が呟くと、人ごみの中に紛れていなくなってしまった。

「そうするとしよう。では、ごめん!」

 ――あ、逃げた! 重要参考人が逃げたぞ!

「お、お待ちください!」

 俺は華蝶仮面と呼ばれる人の下へと走った。

「趙将軍なにやってるんですか……! 詰め所までご同行願いますよ」

「拙者、そのような天下に轟く勇将の名ではない。我が名は、華蝶仮面だ!」

 力強く名乗り、それから俺の刀を見て笑みを浮かべる。

「それにお主も蝶に魅せられし同志とみたぞ。縁があればまた。ごめん!」

 あっ、逃げた! てか、なんて身軽なんだ!

 現場は大混乱だ。中には小さな子もいたりして、危険極まりない。

「お、落ち付いて! 危ないから走らないで!」

 場の収拾に部隊が翻弄されていると、関羽将軍が声をかけてきた。

「北郷、華蝶仮面はどこだ!」

「もう逃げました!」

 そう言うと、馬に乗ったもう一人の女性が残念そうに十文字の槍を肩に乗せた。

「ちぇっ、また逃がしちまったな……」

「そんなことより、この場の収拾お願いしますよ!」

「おっと、そうだった」

 蜀の武将二人は一瞬にしてこの場を収拾した。

 ……なんだったんだ。

 華蝶仮面。悪人を懲らしめる意味では味方ではあるのだろうけど、あれは危険だ。何が危険かって野次馬が凄い。その中には小さな子供たちも沢山いるのだ。

 もし人質にでもされたら大変だし、なにより将軍たちが来たときの皆の慌て様。

 一人でも躓いて倒れでもしたら沢山の怪我人がでるだろうし、死人が出てしまう危険だってある。

 否定はしているが、あの趙子龍を止められるのは、彼女に並ぶ将軍ぐらいでそこらの警備兵じゃどうにもならない。

 彼女たちがすぐ駆けつけられる機会なんて、そうそう恵まれてもいないだろうし……

 休憩所でそんなことを考えていた。

 新兵が対策など考えなくても良いのだが、職業病というやつだろうか。

「北郷というのはいるか? 関羽将軍がお呼びだぞ?」

 不意に名前が呼ばれた。

 俺を知ってる人たちが一斉にこちらを振り向く。何をしたんだと言わんばかりに不思議そうな顔で俺を見ていた。

 

   *   *   *

 

 会議室らしき場所に到着したとき、中では警備の関係者が集まって何か話し合っていた。

 関羽将軍が俺に気付くと、軽く手を挙げる。それだけでこの場は静まり返った。

「休憩中すまない。華蝶仮面と接触したそうだな。簡単で構わないので報告を頼む」

「あっ」

 と、どこからか声が聞こえたが、周りを見る余裕は無さそうだ。

「華蝶仮面の一報を受け現場に到着したところ、男と華蝶仮面が対峙していたところでした」

 そこでやっと俺は会議の面々を見渡した。

 厳しい目でこちらを見ているのは、関羽、趙雲、馬超、その他の将軍達だ。そして帽子を被った若干俯き加減の少女二人と、あれは……。

 あの現場にいた虎の髪飾りをした女の子だった。目が合うと一際大きな音をガタリと立てた。

「鈴々何をしている。会議中だぞ!」

「わ、わかっているのだ!」

 関羽将軍がこちらに視線を戻して言った。

「北郷は他国からきた新入りだ。華蝶仮面について率直な感想を聞きたい」

 ――感想?

「はぁ、それは個人としてでしょうか? それとも警備兵としてでしょうか?」

 関羽将軍が厳かに言った。

「もちろん警備兵だ」

「危険です」

 その台詞は関羽、馬超将軍を満足せしめる理由だったようだ。だが、その表情を曇らせた人間がいた。

 華蝶仮面その人であろう趙雲将軍である。

「――理由は?」

 抑えつけるような低い声。喉元を締め付けられそうな脅迫感に、俺は一瞬言葉を失う。

 ……と、とてつもなく怖い。

 しかしこの程度で怯んでいては話にならない。

「さ、最前列に小さな女の子の姿がありました」

「小さいは余計なのだ!」

 その突然の雄叫びに、馬超将軍が肩を震わせながら笑う。

「別に鈴々のことを言ったわけじゃないだろ? ……確かに小さいけどな」

「なんだとー!」

「お前達やめないか! 会議中だぞ!」

 一触即発な雰囲気を蹴散らして、関雲長が強引に話を進ませる。

「すまない。続けてくれ」

「えっと、女の子の姿がありまして、人質にされたり怪我をする危険性が――」

「鈴々が人質になったり、怪我をすることなんて絶対にないのだ! 鈴々を誰だと思っているのだ!」

 関羽将軍が少女を窘める。

「鈴々ならともかく、他の子はそういう訳にはいかないだろう?」

「追い詰められた輩は後先考えずに行動します。気をつけておくべきだと思います」

 静かになる会議室。趙子龍は目を細め、関羽将軍はほぉと感嘆した。

 俺はさらに大切なことを述べる。

「さらに関羽将軍と馬超将軍がやってきたときの、民の混乱具合があまりにも激しくて――」

「手を打たねば、死者が出るかもしれない……ということですね?」

 最後まで言えなかった。顔を伏せていたベレー帽子の少女が、真剣な表情で俺を見据えていた。

 素直に頷く。

「それは大袈裟じゃないのか?」

 と、馬超将軍が言うと、

「いえ、あの状況で誰かが倒れれば、被害をこうむるのは小さな子供達でしょう」

 場合によっては死にいたることもあると、彼女は事態の深刻性を説明する。

「だからと言ってあたしや愛紗が駆けつけなきゃ、話にならないだろ?」

 蜀の武勇を誇る将軍二人を相手にしても、逃げ果せる器量の持ち主なのだから。

「民に被害がでる危険性がある。……十分な理由だ。では、対策に移ろうか」

 自信満々な関羽将軍とは裏腹に、面白くなさそうな表情の趙雲将軍。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。

「はわわっ! しょの前に、貴方の個人的な意見を聞かせてもらえませんか?」

「――必要なかろう」

「ですよねー……。はわっ、はわわーっ! た、他国の方ということなので、華蝶仮面がどのように映ったのか、ぜひとも意見をですねっ!」

 関将軍に一刀両断されて引きさがろうとするも、趙将軍の怨念籠った視線に気付いて早口で捲し立てる。

「あわ、あわわわ……」

 はわはわ言っている女の子の隣に座っている、魔女のような帽子を被った女の子が、あわあわ言って失神しそうだけど、大丈夫なのか!?

「はわわっ!」

 今の、もしかして急かされた?

「えっと、都の老若男女に慕われいるようで、あの人気っぷりは素晴らしいと思います」

「その通りです!!」

 ビシィィッッ! っと思いっきり指を差された。無駄に力強い。

 趙将軍も納得なのか、何度も頷いている。

「この都の人達は華蝶仮面のことを厚く信頼し、受け入れています。犯罪、娯楽それに教育にも一役買っているのでしょうね」

「確かに! 小さな子供たちにとって、大きく影響を及ぼす存在ですねっ!」

「あわわ……朱里ちゃん、落ち着いて!」

 反華蝶仮面派に、はてなマークが一斉に浮かんでいた。

「なぁ、愛紗?犯罪や娯楽はわかるけど、教育はどういうことなんだ?」

「わ、私に聞くな! 北郷に聞け!」

「おや、関羽殿は分からぬとお見受け致す」

「くっ……」

「で、なんで華蝶仮面が子供の教育になるんだ?」

 場超将軍が聞いてきた。

「親の背中じゃありませんが、華蝶仮面を見て育つというやつです」

 足りない部分は、はわわ少女が補足してくれた。

「悪は必ず滅ぶ。故に善を持って生きよという、一種の教えも含まれているということです」

「鈴々、華蝶仮面大好きなのだ。かっくいいのだ!」

 関羽将軍ががっくしと肩を落とす。

「鈴々……、そうはっきりと言うな。都の平和と秩序を守る我等には、立場があるんだ」

 嗜めるような一言に、趙雲将軍が持論を展開する。

「だがすでに乱世の時代ではない。国の未来を担う民の教育も施さねばなるまい」

 反撃の好機とみるやいなや、ここぞとばかりに正当性を主張する。

「それに、民が娯楽に飢えているは一目瞭然。楽しみのない人生など、生きる気力も湧くまい。なぁ雛里殿?」

「あわわ、取り除くにしても、民からの反感を買うことは目に見えてますし、警備にも至らぬ点があるため、声を大にして言うことは避けたほうが無難です」

 帽子を深く被って恥ずかしそうに話す。

「両者とも連携が取れればいいんですが・・・」

 と、俺に質問してきたはわわ少女が考え込んでしまった。

「無下に抑え込むことはできぬ、か。だが華蝶仮面となんぞ連携を取れるとは思えん」

 そういう関羽将軍は分かりやすかった。たぶん面白くないのだ。

「まぁ、深く考えずに、お互いを上手く利用すればいいと思いますけど?」

 最善の策というわけではないが、利用できるものは利用する。

「簡単に言うな!」

 関将軍が少し怒った。

「あ、混乱しない方法を思いつきましたよ」

「即席っぽいので期待はしないが、言ってみろ」

「関羽将軍が仮面をつけて、華蝶仮面の味方であることを示せば、混乱はもっと小さくなるのでは?」

 ガタリと音を立てて立ち上がったのは、赤髪の少女だった。

「おぉぉーっ! お兄ちゃん凄いのだ! 愛紗、やって! やって!」

「ちょ、や、やめないか! 鈴々!」

 関羽将軍の腕を引っ張りだした。

「妹のおねだりには大層弱い愛紗であった……」

 この状況についていけない俺にか、趙雲将軍が分かりやすい説明をしてくれた。なるほど、あの虎の髪飾りの女の子が張飛だったのか。

「愛紗も都を守る正義の味方なのだ!」

「こ、これ! 鈴々~」

 少し照れくさそうに、そして皆の手前、恥ずかしそうにしている関羽将軍がとても新鮮だった。

「おっと、こんなところに華蝶の仮面が……」

 と、言って趙雲将軍が張飛将軍に投げ渡した。

 はい! はい! と、猛獣のごとき勢いに負けた関羽将軍。

「わ、分かったから。え、えぇぃ! 離れないか、鈴々! ……こ、これで良いか?」

「はわわ~、こんなところからも華蝶仮面二号の仮面がぁぁ~っ」

 今度ははわわ少女が張飛将軍に色違いの仮面を手渡すと、一気に場が和んだ。

「仲の良い姉妹ですな~」

 と、他の将軍たちが微笑みを浮かべつつ、少し困った顔の華蝶仮面一号と、満面の笑みを浮かべる二号が会議室を和ませていた。

 ……二号もいるんだ。と俺はその仮面を取り出したもう一人の女の子を見た。

 目が合うと、慌て出す仕草がとても可愛かった。

 仕事が終わったその日の夕刻、夕食を取るために街に足を運んだ。

 給金はその日に支払われるので、ご飯が食べられるくらいの手持ちはある。

 ――もちろんお酒は飲めないけど。

 取り敢えず、今は節約である。でなければ魏に帰る日が遠いていく。

「北郷殿!」

 ――あれ?

 声を掛けられる知り合いが蜀にいただろうか。

 辺りを見渡せば、ラーメン屋の屋台に見知った顔を見つけた。

「あっ、趙雲将軍じゃないですか!」

 手招きされ、ぽんぽんと椅子を叩いて席を空けてくれる。喜んでその隣に腰を下ろした。

「このような場だ。趙雲で構わぬ。店主、もう一つラーメン追加だ」

 親父さんの威勢の良い返事が返ってくる。

「ここのラーメンは美味いぞ」

「それは楽しみだな」

 親父さんがせわしなく動くのを眺めながら、趙雲さんが言った。

「それにしても、こんなところで北郷殿と夕食を共にできるとは嬉しい限り」

 まま、一献と徳利を傾けてくれる。

「お酒って結構高いだろ? 手持ち少ないし……」

「遠慮はいらん。この場合、私は遠慮される方が傷つく」

「それじゃ、お言葉に甘えて……」

 盃にお酒が注がれる。今度は俺が趙雲さんに注ぎ返して乾杯だ。

 彼女がくっと一気に飲み乾したので、俺もそれに倣うと、くつくつと笑いながら話し始めた。

「それにしても、今日の会議での愛紗っ、関羽が可笑しくて仕方なくてな」

「そんなに可笑しかったですか? 良いお姉さんだと思ったけど?」

「あぁ、それはそうなんだが、あれほど嫌っていた華蝶仮面の面をつけていたのがな」

 傑作と言わんばかりに、上機嫌で酒を盃の上で転がす。

「そういえば、趙雲さんはどうして華蝶仮面なんて?」

「おやおや、何のことやら」

 どうやら自分の正体を隠せていると思っているらしい。

「ではなぜ私が華蝶仮面だと?顔でも見たのか?」

 その槍とか服装とか、いろいろ突っ込みどころがあるんだけど、……顔ときたか。

「顔の一部を隠しているだけなのに、どうして皆にばれていないのか不思議で仕方がないくらいだよ。てか、何でバレてないの?」

 俺の質問に肩を竦めて言った。

「そのような理由では納得できぬな」

「なら、騒ぎがあったとき、どこにいて誰かといた?」

「部屋で書類を片づけていた。無論一人だ」

 そう言って、空になった俺の盃に酒を入れてくれると、溜息を吐いた。

「それにしても華蝶仮面も可哀想だ」

 ――華蝶仮面が可哀想?

「邪魔者扱いされていたではないか。私の隣にいる北郷殿も危険視している模様」

 じと~っと、目で俺を責める趙雲さん。

「か、華蝶仮面が邪魔者とか、悪者とか思ったことないから。ただ危ないと思っただけだって!」

「愛紗と連携し、この街を守る華蝶仮面を陥れようなどと。それに感謝されるならまだしも、新兵にまであそこまで言われるとは我慢ならん。よいか? 華蝶仮面というのはだな、街の警備兵が間に合わなかったり、人質を取る凶悪事件などに身を呈して防いでくれる正義の使者で……」

 今日の華蝶仮面のことで、お説教されてる?

 ……意外と根に持つ人なんだな。

 この調子だと華蝶仮面を永遠と語られそうなので、無理やりでも話を変えることにした。

「か、華蝶仮面が危険人物なら、俺も危険人物かな?」

「はて? 突然可笑しなことを……」

「華蝶仮面に仲間扱いされたからね」

「ハハッ! 仲間とな? ……それは面白い」

 耳を傾けてくれる。助かったかも。

「今日の騒動で詰め所にまで同行してもらおうとしたときに、言われたんだよ」

 俺は酒を飲み、腑に落ちないと愚痴のように呟く。

「納得できないなぁ~。そんなつもりは全くないのに……」

 すると趙雲さんは、何を寝ぼけたことを言っているのだと俺を見て言った。

「それは無理があるだろう」

「どうして?」

「その剣鞘の見事な蝶の彫刻。それを見て、蝶に魅せられていないなど――」

 どの口が言うかと大声で笑う。

 だが俺は今確信した。小声でその核心を突く。

「どうして趙雲さんが華蝶仮面との会話で出てきた、”蝶”に魅せられた話、知ってるの?」

 ぴたりと、固まる趙雲さん。

「それは……」

「ちなみに、これを腰に佩いて警邏に当たったのは今日が初めて。だけど盗賊の討伐のときも、今のように剣鞘は刀袋に入れていて、外見が分からないはず。さて、ここで問題です。一日中部屋にいた趙雲さんが、なぜこの事実を知っているのでしょうか?」

「不覚を取ってしまったか。北郷殿、このことは……」

「もちろんだよ。そんな野暮なことするつもりはないさ」

「ならばよい」

 刀を袋から出すと、蝶に魅せられし一輪の花である趙雲こと華蝶仮面は感嘆する。

「それにしても素晴らしいな。名のある剣とみた」

「胡蝶之舞っていう、俺の家に伝わる家宝なんだって」

「ふむふむ、いや、これはまた・・・」

 ラーメンが目の前に置かれても、彼女は鞘をじっと眺め続けていた。

「脇差、もう一本あるんだけど、たぶん華琳……、曹操のところにあるのかもしれない」

 ――かもしれない? と、不思議そうな顔をする趙雲さん。

「確信がもてないんだ。もしかしたら夢だったのかもしれない・・・」

「夢とな?」

「夢で華琳が襲われてるところに出くわしたんだ。そのとき、彼女に脇差を持っていかれたんだけど、目が覚めたら脇差しが道場から消えていたんだ」

 ほら、あの鎌じゃ狭い場所で相手するのに不便だろ? と補足を付け加えておく。

 趙雲さんは何も語らず、突拍子のない俺の会話に耳を傾けてくれた。

「曹操の無事を確信したら、急に意識が薄れて、気付けば道場だった。で、夜寝て起きたら、趙雲さんと再会したあの場所にいた」

「不可解な話だ。確かにそれを説明しても誰も信じぬだろうな」

 出し渋りしていた理由が分ったと、趙雲さんが酒を見ながら小声で呟いた。

「……だが北郷殿。曹操殿は実際に襲われている。少し前のことだ」

 俺は驚いた。そして、思った疑問を口にした。

「どうして?」

 真剣な眼差しで趙雲さんが答えてくれる。

「分からん。ただ桃香様、我が君にも危険が及ぶかもしれないと、早馬で用心せよと伝えてくれた」

「そっか……」

 三国が平和へと歩むその道を、邪魔しようとするなんて……

「いったいどんな思惑があるのかわからんが、用心しておけば恐れるに足りぬさ」

 と、突然趙雲さんがこちらを見てニヤリと笑った。

「それにしても、曹操を助けたと噂される仮面の男が北郷殿だったとは。まるで華蝶仮面のよう……」

「ぶっっ――けほっ、けほっ!」

「他国にも同士がいたとはな」

 我が目に狂いは無かったと頷く。

「いや、あれは成り行きで……」

「まぁ、飲め飲め」

 酒で言葉を封じられ……俺は魏の華蝶仮面、もとい仮面男にされてしまった?

 まぁその言い訳も説明できるようなことではないのだが。

 あとがき

 

 夜も遅いので、手短に。

 魏アフターの続きです。そうそう、あのエイプリルフールネタで正解です。

 華蝶仮面ネタで、ちょっと思ったことをお話にしてみました。

 ちょっと見直す時間が無かったので、誤字脱字が多いかもしれません。ごめんなさい。

 続きは、しばし待て!(この辺りがエイプリルフール?)

 


 
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