No.400631

恋姫異聞録135  -点睛編ー

絶影さん

たいへんおそくなって申し訳ありません

只今、友人や知り合いにメールを送ることも出来ないような感じです
3月という時期は、新入社員やらなんやらで忙しくなる時期なんですね
やっぱり

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2012-03-31 18:42:04 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:7452   閲覧ユーザー数:5754

戦場に響く雷鳴

 

迫る沙和の双剣をいなす蒲公英の瞳に映るのは、櫓の中央で宙を舞い、床に投げ出される翠の姿

 

「フェイ、お願いっ!」

 

蒲公英の叫びに即座に反応した扁風は、素早く背に担ぐ竹簡を一つ取り出し、筆で大きく文字を書き示す

 

【囲】という文字に、兵は一斉に動き出す。左右から門を閉めようと動く魏の兵士を抑えつつ

開いた道の真ん中で、武器を振るう沙和を羌族の兵士達が囲み始めた

 

羌族の動きに合わせ、蒲公英は槍を一つ、二つ、素早く突き入れ、沙和の態勢を崩すと、騎馬を櫓へと走らせた

 

床に打ち付けられた翠は、追撃の矢を身体を捻り横に躱し、次に床に槍を突き刺し距離を取る

更に、身体を揺らして的を絞らせぬようにして態勢を整えた

 

くそっあれだけ警戒してたのにっ!お義兄さまにやられたっ!!

あたしの槍が止められた瞬間、殺気を切り替えたのはこういう事か

攻撃を繰り出す瞬間、夏侯淵の殺気に自分の殺気を切り替えて重ねあわせた。極寒の殺気に冷気の殺気

 

一瞬、あたしの手足が凍ったかと思わされたよ。たしか父様が言っていた

弓兵の戦い方は、あたしたちよりも殺気や覇気、気迫を使い、敵に与える圧力で敵を誘導して一撃を穿つって

 

確か、【遠当】って技だったか?

 

矢を番えなきゃならない分、敵を誘導する術に長けてるってことだよな

そうでもしなきゃ、外した時、危ないのは自分だから当たり前。でも、それは十分理解してた

違ったのはお義兄さま、あれが無ければあたしの槍が夏侯淵を貫いていた

 

だが、更に注目すべき点は、秋蘭は背後で舞う男と一度も言葉を交わさず、目線すら合わせず実行したこと

そして、凍った手足を無理やり動かして一撃目の矢を弾いた翠に対し、弓を横へ寝かせ躯を傾け態勢を低くし

腰の矢筒と番える手の距離を縮め、指の股を器用に使い瞬時に四発の矢を速射して見せたのだ

 

見たことのない射撃術。ガンマンのツイストドローからのファニング、スポットバーストショットとでも言えば良いのか

寸分の狂いも無く、複数の矢がまるで一本の槍のように心臓に向け速射され、翠は防ぐどころか威力に押されてしまい

肩に矢を一つ喰い込ませ、身体を浮かされ床に倒れ込んでいた

 

「あの撃ち方も厄介だな、ならっ!」

 

槍を中ほどに再度構え、矢の的を絞らせぬように動きながら辺りを見回し、いきなり攻めこまれ棒立ちになる鳳の腕を掴むと

櫓の端で指揮をしている風へと槍を向けた

 

「風っ!!」

 

がっちりと掴まれ、身体を引っ張られる鳳は、身動きが取れずなされるがままに、翠は片手で槍を構え風へと走る

秋蘭は弓を構えるが、射線に鳳を挟まれ舌打ちを一つ。弦を小指で引っ掛け音を奏で、弓から飛び出す弭槍を構え

風の元へと走る

 

「間に合うかっ!?」

 

鳳を引っ張っている分だけ、人一人分だけ速さが劣るなら捕らえられる

そう判断した秋蘭は、穂先を構え風の前へと槍を挟みこもうとすれば、眼前で翠は鳳から手を放し

地面を思い切り踏み込んで身体を止めて、急激に方向転換をする

 

穂先が狙うは風を守るため、自分へと槍を向ける秋蘭

 

ぶつかる槍の穂先と穂先

 

火花を散らしながら、切っ先を押し合う翠と秋蘭。だが、翠は笑をこぼし、秋蘭は眉根にシワを寄せた

 

「軍師を狙うわけ無いだろう、武官は武官同士、狙いはアンタだけ。これであたしの距離だ」

 

やられた、コイツの性格から軍師を狙うなどあるはずがない。狙いはコレか、この距離では矢が撃てん

 

押し合いから動けず、一旦、距離を離そうとする秋蘭だが、翠は素早く踏み込み距離を潰し

更には躱す先まで誘導する。少しでも男から離れるように、離すように、櫓の端へと槍で道を潰していく

 

男との距離を離されるたびに、秋蘭の表情は焦りの色に染まる。このままでは男は無防備

陣の回りを見れば、羌族が囲むように攻撃を開始しているために、凪たちは動くことができない

 

「この陣形は凄い、でも此方にはフェイがいる。そして・・・」

 

槍撃を繰り返し、秋蘭の動きを封じる翠は叫ぶ。己が持つ槍と対を成す、金色の槍を手にするもう一人の妹に

 

「舞王を殺せる者はいるかあああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

叫び声に応えるように、開けた暗雲から差し込む光を背に受け、翠と同じように馬の背に立ち、宙を舞い

櫓の中心で舞う男へと金色の槍を突き出す蒲公英の姿。歌は片手で耳を塞ぎ、視界に入り込む男の舞を

声を上げる事でかき消し、無理やり己を鼓舞して勢いのまま槍を振るう

 

「此処に居るぞおおおおっ!!」

 

舞い踊る昭は、迫る槍を見るが、躱すことが出来無いと判断したのか、それとも義妹達の連携に圧倒されたのか

あるいは、武の無い男には反応出来る速度では無いのか、舞を止めること無く、剣から火花を散らし舞い踊る

 

お義兄様は反応できてない、いける!そう確信した瞬間、蒲公英の脇腹に衝撃が走る

 

「ゴフッ・・・」

 

【え?なに?】蒲公英の揺れる視界に写るのは、翆色の髪、白と黒の衣装、わき腹にめり込む蒼色の皮手袋に包まれた拳

空中で昭を狙う蒲公英に、地面を蹴って飛び上がった詠の渾身の一撃が突き刺さった

 

体勢を崩した蒲公英は、着地もままならず床に叩きつけられ、わき腹を押さえて蹲る

 

何が起こったか解らない、でも攻撃されたんだ、早く立ち上がらなきゃ

 

片手を着き、体を起き上がらせれば目の前まで詠が拳を構えて迫り、掬い上げるようにアッパー軌道の拳が蒲公英の顎を抉る

 

拳で体を伸ばされ、立ち上がった所に追撃のストレートが叩き込まれた。身長差の無い蒲公英に、合わせる為のボディブロー

は必要無いと、更に踏み込み突き出した拳は鼻を捕らえ、弾ける様に後ろへ転がる蒲公英

 

ぼたぼたと血の雨を床に降らせ、鼻を押さえながら体を起こせば眼前で血まみれの拳を構えて此方を見据える詠の姿

 

「馬鹿ね、もともと八風は風と僕だけで動かせるように作ってあるのよ」

 

詠の言葉で蒲公英は即座に理解し顔をゆがませた。自分達は嵌められたんだと

 

櫓の階段で座る司馬徽は、背後で繰り広げられる攻防に肩越しで視線を送り、口の端を笑に変えた

膝に座る李通は、一体何が起こっているのか理解できず、ただ様子を眼を見開いて見ているだけしか出来なかった

 

「ふふっ、教えてあげましょう」

 

膝の上で困惑する李通に、司馬徽は羽扇で仰ぎながら頭を撫でた

 

この陣形自体、元々の軍師であるあの子たち二人で運用できるように作るのは当たり前

 

では何故、三人で動かしたのか

 

いくら迎撃陣形の極みであろうと、数の力には勝てない。いずれ、兵を削られ滅ぼされる

最悪、赤壁で後退した蜀の軍勢が装備を整え、此方に合流するとも限らない

 

ならばどうするか

 

簡単なこと、敵将を手早く討つ。それこそが双方の被害が少なく、敵を抑え、なおかつ勝利することが出来る手

雨を降らせる儀式も、隘路を作り出したことも、舞を使って士気を下げたことも全て伏線

 

蜀が大軍で攻めているにも関わらず、まるで対等の戦いであるかのように思わせ、士気を下げることで将を前に出るように

いや、出ざる得なくした。下がりきった士気は、いずれ軍全体を覆い尽くすから

 

そして目の前にではなく、後ろに、隠すようにして大きな餌をぶら下げる。柔らかき風は目ざとく其れを見つけるはず

必ず此方の陣形の穴を突くはず。それは信頼にも似た確信

 

柔らかき風は、応えるように穴を突きに、餌に食らいついた。自分自身が出て、舞王の龍佐の眼を封じるために

 

「もう一人の軍師は餌、将を引き込む為のね。見てご覧なさい、馬家の三人は陣の中に取り込まれた。

いずれ八風の門は閉じ、退路は無くなる」

 

見れば鳳が先ほどまで詠の居た位置へと移動し、風と二人で八風を指揮する姿。しかも、三人で運用していた時よりも

ずっと動きが良いのだ。元々、八っに分けた陣を三等分する事自体がおかしい。どうしても一人だけ、指揮する兵が少なく偏る

だが、二人になることで半分に、兵達を均等に動かす事が出来る。更には四順、四違を一人で回すことが出来るのだ

 

「焦った~っ!急に私を引っ張って行くんだから。まあ、武人らしい性格なら私を殺してーなんてのは考えないっしょ」

 

鳳のネコのように細められる瞳、反対側では風も笑を作り急激に動きの良くなる陣形

更には外側で止まっていた一馬が凪の変わりとして外殻の指揮を取り

凪は陣の中を通って、何かに視線を送りながら扁風が押さえる後方へと走りだした

 

 

 

 

開いたはずの後方の道が、左右からの圧力の押されて徐々に狭く、羌族を飲み込もうと牙をむく

 

「その血、蒲公英の血じゃない。拳が壊れてる」

 

「そうよ、でも安いものだわ。軍師の拳一つと武官の将の首、比べるまでも無いわね」

 

血まみれの拳を握りしめ、盾のように両拳を口元に構えると地面を蹴り、態勢を低くして突撃を開始する詠

最初の一撃は、肋骨の一番下の一本を折り、痛みは蒲公英の動きを遅らせる

 

「風の真名を持つ将や兵じゃなくて、フェイが来てくれると信じてたわ。隙を突かれたと言っても、八風の圧力に

そこら辺の将の指揮じゃ持つわけ無いものねっ!!」

 

「くっ!!」

 

武器を持つ分、蒲公英の方が有利に見えるが、呼吸を乱され、肋骨を折った痛みで更に動きが鈍る蒲公英は

即座に距離を潰され、拳が砕けるのも構わず振りぬく詠の拳撃に翻弄されていた

 

「蒲公英っ!」

 

「よそ見をしていて良いのか?」

 

穂先を押し合っていた翠は、蒲公英が詠に迎撃去れる姿を見て表情を変える

だが、変えるのは一瞬だけ。穂先を絡め、下に叩き落とし、秋蘭の体勢が崩れた所に鋭い突きを放つ

 

眼前に迫る槍撃。秋蘭は躯を捻り、腹に翠の槍を掠めながら床に転がるようにして避け、腰の矢筒から矢をとりだす

 

「またかっ!?幾つ変則撃ちを持ってるんだっ!?」

 

先ほどと同じ横に構え、正中線に指の股を利用して弓をスライドさせながら撃ちこむゲットオフ・スリーショット

 

脳天、喉、鳩尾へと連続で放たれる矢に翠は思い切り上段から一気に叩き伏せ、そのまま振り上げると同時に突きを放つ

強烈な突きに秋蘭は弭槍を合わせるが、穂先は粉々に砕かれ、回転する槍が腕をかすめ、切り刻まれる

 

やはり分が悪い、この距離、あの槍。昭と共に戦ったほうが良い

 

罠に嵌め、優位に立ったはずだが、やはりこの馬超だけは地力と心力が違うと秋蘭は顔をしかめた

本来ならば、此れほど近い位置で昭の舞を見て、張三姉妹の歌を耳にすれば動きが鈍るはず

現に、詠に動きを止められた馬岱の動きは驚くほど鈍く、詠の攻撃を受けるがままになっている

 

しかし、馬超だけは歌も舞もその強靭な心力で跳ね除け、槍を変わらぬ速度で

いや、今まで見たよりも素早く、鋭く放ってくるのだ

 

「御兄様が居ないとダメか?だが行かせない、まだアタシ達の攻撃は終わりじゃ無いっ!」

 

「・・・」

 

ギラツク翠の瞳。秋蘭は男へと振り向けば、舞い踊る男へと更に追撃の一撃を放つ将の姿

 

詠の拳を受けながら、眼を引き付ける蒲公英の頭上を越え、上段から振り下ろされる巨大な鉄塊

 

「はあああああああああっ!」

 

襲いかかる魏延の姿。前線で、翠の隣で矢を払う役目を受けた魏延は、その場で蒲公英からの指示を受け

兵の中へ紛れ、隠れていたのだ。自分と姉の連撃が決まらなかった時の保険として

 

「馬鹿ねっ!警戒してないとでも思ったっ!?」

 

「えっ!?」

 

「合わせなさい昭っ!!

 

詠の言葉に蒲公英は一瞬、思考が止まる。目の前で男へ振り下ろされる鉄塊の様な金棒

そう、【鉄塊】のような武器。巨大で、人一人よりもずっと大きく、武器を合わせるのに容易い

 

男はクルリと回転。雷鳴のようなステップをゆっくり、流れる様に止めると体勢を低く

足を開き、腰に佩く剣に手をかけ、瞳を魏延と合わせた

 

「演舞外式 鏡花水月 -春蘭-」

 

落下しながら武器を振りかぶる魏延も理解してしまう。あの手に握るのは、武器を破壊する宝剣

 

「天を貫く」という名を持った【倚天の剣】

 

このまま振り下ろせば、空中で体勢を変えられぬ自分は、武器と共に切り裂かれてしまうだろう

 

だが、今更体勢を変えることは出来無い。空中から攻撃している以上、振りかぶった武器を横薙ぎへ変える事すら難しい

いや、たとえ変えられたとしても、慧眼を持つ男の瞳に読み取られ、容易く合わせられて仕舞う

 

構うものかっ!この身を切り裂かれようと、無王に取り付き、必ずその首を取ってやるっ!

 

考えるのは一瞬。覚悟が決まった魏延は思い切り鈍砕骨を振り下ろす

 

男は迫る武器に、春蘭と同じ燃え盛る爆炎のような殺気を放ち、宝剣に手をかけ引きぬこうとした瞬間

男の両腕は消え失せ、袖がだらりと下がり、地面に包帯が落ちた

 

「もらったぁっ!!」

 

何が起こったのか解らない。だが、目の前の敵は自分の武器を迎撃出来無い。この機を逃すなと魏延は武器を振り下ろした

凄まじい音が辺に響き、衝撃で揺れ動く櫓。巻き上がる木片に、詠は男の名を叫ぶ

 

櫓の中央に風穴が空き、光景が眼に入った詠は構えた拳が下がり、戦う意志までも砕かれてしまう

 

「・・・うそ、嘘よっ!なんで、なんでこんな時にっ!!」

 

瞳から涙が溢れ、頬を伝う。大事な友だちを守れなかった。拳を壊しても守りたかった人

義妹達と戦う事になって苦しむ事になった、それでも戦う事をやめず、子供を守るために武器を持ち続けた友だちを

 

作戦は上手く行っていた、義妹達に直接手を下すことがないようにした作戦展開

昭は唯、武器を合わせて身を守るだけだったはずだ。後は、凪が此処で魏延を抑え、昭は秋蘭と舞いを

双演舞さえ使えれば、幾らでも馬超を捕らえる事が・・・

 

涙が溢れ、膝を床へ着けそうになった時、魏延の表情が変わり、武器を持ち上げ前へと走りだした

 

「おのれっ!邪魔をするなっ!!」

 

走りだしたその先には、左半身を血に染める地和

 

男の躯の異変を感じた地和は、頭上から襲い来る魏延の武器を恐れず飛び込み、男の躯を直撃から救っていたのだ

だが、その代償は左半身。魏延の鈍砕骨を避ける事は出来たのだが、まき散らした木片が地和の躯に突き刺さっていた

 

「地和・・・」

 

「あんたは、自分の心配でもしてなさいよ。なにそれ?ちぃ達に偉そうな事言って、勝手に消えたら承知しないから」

 

再度、襲い来る魏延に地和はふらりと立ち上がると、歯を食いしばり足を開いて胸を張り、自分を心配して駆け寄ろうとする

姉と妹を強い目線でその場に留めた。そして、何時もの様に右手を横に伸ばして合図を送る

 

「喰らいなさい、私の魂をっ!」

 

発する声。それも空気を響かせ、躯を、魂を震わせる歌声

 

一瞬でその場を支配する地和の魂の叫び

 

声を合わせる姉と妹

 

 

 

 

歌うは少女の臆病な心、伝えたい想い

 

想いと言う名の武器を取れ 取り戻すは我が領土(心)

 

臆病という名の将に向け 勇ましき仲間と武器を取れ

 

手を伸ばせば触れられる 目の前に居るキミの事

 

想いを伝える一言が 気後れした心に塞がれる

 

さあ、想いと言う名の武器を取れ 四肢に伝われ我が想い

 

手を伸ばせば触れられる キミで領土(心)を塗りつぶせ

 

想いで躯を支配しろ 恐怖の覇者に屈するな

 

溢れる想いで打ち負かせ 温かいキミの手を取るために

 

明日もしれぬ日々を生き キミが今日と同じ顔で 

 

私の前に居るかなどは 誰にも解るはずがないのだ

 

だから私は武器を取る 想いで固めたこの剣を

 

脅かされし我が心 恐怖の覇者から取り戻せ

 

 

 

 

突撃する魏延は武器を振り下ろそうとするが、武器は何故か地和の目の前で止まり、それ以上動かすことができない

魏延自身も信じることが出来なかった。まるで鍔迫り合いをしているかのように、幾ら力を込めても目の前の地和に

振り下ろす事ができないのだ

 

歯を食いしばり、気合を込めて武器を押しこもうとするが、目の前の地和が声を強く発し、足を前へ進めていくたびに

逆に武器が押されていく

 

耳に入り込む強烈な歌声に圧倒され、いつの間にか膝が振るえ始めていた

 

だが、地和も同様に、先ほど受けた傷のせいだろうか、口から血を流し、躯を支える両足は小刻みに震え始めていた

 

「はあっ!」

 

櫓の階段を駆け上がり、地和の横を通り過ぎ、矢の様な拳を突き出すのは陣の中を通って来た凪

魏延は、目の前でガクリと膝を着き崩れる地和の歌に開放され、咄嗟に凪の拳を防いだ

 

「ううっ・・・ウガアアアアアッ!」

 

地和の消え去る歌声が目の前の凪の耳に、躯に響いた途端、眼を見開き獣のような怒りを爆発させ、魏延へ襲いかかる

まるで熱に浮かされたかのように声を上げ、四肢を鞭の様にしならせて靭やかに続く連続攻撃に、魏延は武器を振り回し

避けきれぬ攻撃を被弾させながら後ろへと下がってしまう

 

「ま、まだよ。まだ歌い終わってない。舞台はまだ生きてる」

 

膝の落ちる地和は、流れた血で意識を失いそうになると、腕に突き刺さった木片を掴み

更に自分の肉へと喰い込ませていく

 

「届け、私の歌よっ!この戦場にいる全ての者にっ!」

 

痛みで意識をハッキリさせると、消え失せた歌を再び響かせる。声を上げ、躯を使い、全てを捧げるようにして

 

「起ち上がれっ!天を冠する舞いの王っ!幾度消えても蘇る、その名の如くっ!」

 

天を仰ぎ、声を空へ響かせ歌い続ける地和

両腕が消え失せ、膝を着く男の姿に反応し、動いたのは翠

夏侯淵を引き連れてでも、今の義兄ならば獲れる。そう判断した翠は、目の前の夏侯淵に槍撃を牽制で放つ

 

同じく、詠の攻撃が止み、躯を起こした蒲公英が金色の三叉槍を振り回し

其れを見た扁風が涼州兵をこじ開けた八風の門に流しこむ

 

「・・・貴女が来るのね、此処まで読むことは出来なかったわ」

 

司馬徽は微笑ながら振り向き、背後の涼州兵がなだれ込む真ん中に視線を向ければ

大小、二振りの剣を持ち、開かれた中央の道を突き進む劉備の姿

 

 

 

 

いける、今度こそ御義兄様を獲れる

 

そう、確信した翠の一撃。夏侯淵をその場に止め、兄へと向かうために出した牽制の槍

此れは避けられることが解っていて出す攻撃。兄から遠ざける為に、体勢を崩す為に

兄へと向かう足を一歩でも遅らせる為に向けた槍

 

だが、回転も威力も申し分ない一撃

 

「!?」

 

放った槍撃。右に避ける事を前提とした攻撃。しかし、秋蘭は男の姿を見て何故か微笑み、己に迫る槍に対して

先ほどの厳顔の攻撃を避けた男の様に足を水平に開き、槍の下を潜りぬけ、真下から突き刺さるような蹴りが翠の顎を貫く

 

そこから始まる秋蘭の足技。赤壁で見せた男の足技と全く同じ、逆立ちから足を開き、回転させるエアートラックス

頬を蹴り飛ばされ距離が離れれば、即座に秋蘭の重い矢が襲いかかり

 

槍で防げば、いつの間にか距離を詰めた秋蘭の蹴り技が襲いかかった

 

「なっ!?何だ急にっ!?弓兵じゃなかったのかっ!!」

 

延髄へと、美しく回転しつつ放つ秋蘭の蹴りを防ぐ翠は驚くが、秋蘭は笑を浮かべるだけ

 

「赤壁の昭を見なかったのか?私が誰の妻だと思っている?舞王の妻だぞ。

格技は得意では無いが、蹴り技だけに限るならば凪以上だ」

 

男とは違う、重い威力のある蹴りを抑えこむ翠は、槍を短く持ち替えた

 

「距離を潰した程度でっ!!」

 

響く猿叫、そして裂帛の気合いと共に放たれる零距離の雲燿の槍

俊敏に反応を示した秋蘭は、弭槍を合わせて身を翻して躱すが、腹を掠め、防具が破壊された

 

「ふぅ、危ないな」

 

「ちっ」

 

表情を固くする翠は、秋蘭の笑と蹴り技主体の攻撃方に変えた姿を見て意味を理解する

何故このようなことをするのか、それは自分を義兄の元へ行かせないため

足をとめるため。勝つ事は出来無い、だから自分を此処に抑える為だけに、攻撃方法を変えた

 

弓兵であるにもかかわらず、距離を潰して接近し、槍を自由に振るえないようにするためだけに

勝とうとしていない、抑えることだけを目的としている以上、此方の攻撃は余計に当たりづらい

 

まともに当たれば必ず勝てるのに

 

だが、翠には一つ疑問が浮かぶ。何故、抑える事に切り替えたのか、だ

兵は雪崩こみ始めた、劉備も空いた道を走り、義兄へと向かっている

そして、どういう理由かは知らないが、腕が消えてしまった義兄を見て、何故か笑を浮かべた

 

秋蘭の蹴りを受け止め、槍で押し返し、弾けるように距離を取る二人

 

「何を考えてる、御兄様のアレはなんだ」

 

「何も、考えては居ない。アレは気にしなくとも良い」

 

「なんで、そんなに余裕なんだよ」

 

問われた秋蘭は、一度瞳を瞑ると、ゆっくり開いて微笑を笑に変えた

 

「信じている。昭は私に嘘を吐かない」

 

ドキリとするほどに美しい笑に、翠は戦場であるというのに頬を染めてしまい

言葉を無くして仕舞った翠だが、入り込んだ涼州兵たちの声に我に返り、兵達のほうに振り向けば

 

劉備の進軍に気がついた沙和が、取り付く羌族の兵を蹴散らし、劉備に襲いかかるが

道を塞ぐ沙和を劉備は一瞥し、長剣の靖王伝家を思い切り投げつけ、体勢崩し横を走り抜ける姿

 

更に、劉備は「囲えっ!」と一言、指示をし、背後から追いかけようとする沙和を封じてしまう

 

その様子に翠は、此処は劉備に任せるべきだと判断し、秋蘭に攻撃を繰り返しながら回りを把握する

魏延は敵将の攻撃で動けない、蒲公英は夏侯淵と同じように、目の前の軍師を抑えることに集中し始めた

 

今の状態なら、武器を持つ劉備に義兄は抗えないと確信する

 

「・・・風も信じていますよ」

 

攻撃を受け流しながら反撃に転じる中、聞こえてくる一人の軍師の言葉

呟きの様な言葉が、武器を構える翠の耳に入る

 

「遂に雲は、水を生み出した。此れにて五行、木火土金水の完成。木は春である春蘭ちゃん、火は夏侯の三人

季節の変わり目であり、中央を意味する土は華琳様、金は秋である秋蘭ちゃん」

 

八風を指揮しながら男を一切見ること無く、まるで願いの様に言葉を紡ぐ

 

「水を産み出す冬の雲はお兄さん。同じ火を持ち比和となり、金と水の交わりにより相生、金生水となる」

 

古き知識、五行思想を口にする風。秋蘭を金属のように冷徹・堅固・確実な性質を表す金行に当てはめ

男を泉から涌き出て流れる命の水、胎内と霊性を兼ね備える水行へ当てはめる

 

「さあ、秋蘭ちゃんと一緒になってから数々のものを生み出してきたように、お兄さんをこの世界から引き離そうとする者から抗う術を、力を

新たなモノを産み出す雲を風に見せてくださいっ!支えるものがあるからこそ強くなれると言うことをっ!」

 

瞳から大粒の涙を流し、風に似合わぬ大きな声を、叫び声を上げる

 

「・・・」

 

膝を床に着く男の両腕は消え失せ、上半身までも希薄に

身にまとう蒼天の外套までもが床に落ち、顔までも侵食されていくように薄くなっていく

 

だが、男の頭で、心で流れる数々の出来事。秋蘭と契り、涼風が生まれ、二人で共に数々の舞を創りだし

娘と妻を想い、みなと共に知識を新たな物を街へと還元したこと。そして新たな錬鉄にて春蘭へと贈られた大剣を

 

瞳は思い起こすたびに冷たく、氷塊のような瞳へと変わっていく

 

次に心を埋め尽くすのは、先ほどの恐怖。武器を振り下ろされ、もし地和が助けに入らなかったら

自分はあの鉄塊で粉々の肉片に変わっていただろう。二度と日を見ることはない、大切な者と再び言葉を交わし

愛する者の姿を見ることすら出来無い。手が振るえ、膝が崩れる。歯は小さく音を立て、飛んできた木辺が足に刺さり

ジクジクとした痛みが広がる

 

バキバキと音を立て歯が噛み締められ、四肢を震わす恐怖は、何時しか怒りへと変わる

 

負ければどうなる?死ねばどうなる?消えればどうなる?

 

こんな思いを、こんな想いをっ!こんなおもいを娘にさせるのか?

こんな恐怖を、こんな痛みを、こんな悲しみを、俺の娘に味合わせるつもりなのかっ?

 

許せるものか、許すことなど出来るものか、甘んじて受けることなど出来るはずもない

 

「貴様らに己(オレ)を殺させる(消させる)ものかァッ!!」

 

氷塊の様な瞳は炎を纏い、氷と炎を携え揺らぐ

 

立ち上がる男の希薄な躯。回りの者たちの眼に写るのは、男の躯のある場所に見える反対側の景色

今にも消えてしまいそうな希薄な躯

 

だが、空間に小さな亀裂が浮かび上がる。小さな亀裂は一つ二つと次第に増え、無数の亀裂が男の腕を型取り始めた  

 

無数の亀裂は、まるで男の躯をこの場に止めようと、縫い付け、押し止めようと、男の両腕を覆う

そう、無数の亀裂は男が力を、戦神と言う力を生み出した時に作られた傷

 

躯に刻まれた関羽に受けし刀傷ですら男は、この地との絆、繋がりとするかのように浮かび上がらせ

希薄な男の体は傷でこの地に存在を残す

 

黒く浮かび上がる傷は一つ一つが重なりあい、まるで心の中で取り込んだ無数の黒い手が繋ぎあうように

 

だが、それでも傷のない場所へ侵食が進み、頬の傷を残し顔と足が侵食されつつある中、心に響く一つの声

 

【負けるな】

 

美しい凛とした秋蘭の声に、湧き上がる感情のまま眼を見開き、男は再び声を上げた

 

消える顔の半分。だが、額に小さな傷が浮かび上がり、心に新たな声が響く

そして、何かに突き動かされるまま、腰の袋から傷で象られた指で小さな薬箱を取り出した

 

額に浮かび上がるのは真名を授かりし時、風に着けられた傷

 

【我が血潮を飲み干し者よ、我に示せ。この地との繋がりを】

 

心に響く声のままに、薬箱から金色に輝く塗り薬を、娘二人が集め、友の作りし絆を腕に塗りつければ

亀裂と亀裂の隙間の開いた場所を埋めるように、腕が金色に輝き出す

 

それは次第に体に広がり、侵食され希薄になった全ての場所を覆い尽くす

 

最早、男を消す事など出来はしないと無数の黒い傷が吠えるかのように一斉に金色に輝きだし

代わりに肉体を埋める金色の光は消え失せた

 

「昭さまっ!」

 

元の体を取り戻し、気が気では無いと兵を指揮しながら見続けていた鳳は、胸を撫で下ろして安心するが

その安心は直ぐに緊張へと塗り替えられる

 

何故ならば、鳳の眼に映ったのは、戦場になれた動き、機を逃さぬ行動、元いた位置から一切息を切らさず走り続けられる程の体力を持つ

一人の将となった劉備

 

目の前で中腰で待機する兵の肩に足をかけて、一気に櫓へと舞い上がると、体を元に戻した男に目掛け一直線に、剣を構えて櫓を走る

 

体を戻した男を援護するために、詠は蒲公英の顎を掠めて戦闘不能に追い込もうとしたが

蒲公英は殴られるままに詠の体に組み付き放さない

 

迫る劉備を止めることが出来ず、顔を歪め秋蘭に視線で合図を送れば

翠は秋蘭の前に立ち武器を構えて素早く射線を塞ぎ、それらを把握した鳳は小銭を飛ばそうとするが

全て投げ切っていた事を思い出し、体をはって防ごうと前へ出ようとする

 

「このっ!邪魔っ!!」

 

しかし、魏延が無理やり凪を引き込んで、鳳の前へと体をずらして塞いでしまう

 

「だれにも、やらせないっ!」

 

誰もあの攻撃を防ぐ事はできない。そう感じ取った地知は、今度は体を男の前へと

迫る劉備の前へと体を盾のようにして、両手を広げた

 

地知の瞳に映るのは、遠くで自分へと届かぬ手を伸ばす姉と妹の姿

 

ごめん、ちぃは此処までみたい・・・もう少し、歌いたかったな

 

ゆっくり瞳を閉じれば櫓に響く、湿った音。閉じかけた地知の瞳に映る真っ赤な鮮血

 

雨のようにポタポタと落ちる、温かい赤い雨は頬を濡らす

 

「・・・?」

 

落ちた血が地面ではなく頬に落ちる。その不思議な感覚に気付き、眼を開けば自分は地面に倒れ

真上では男の掌を刺し貫き、首に切っ先が浅く突き刺さる光景

 

そう、男は、劉備の剣が迫ると同時に地知の体を引き込み、倒し

劉備の剣を右の掌で受け止めていたのだ

 

だが、それだけには留まらず、男は左手を劉備の首へ喰い込ませ、力の限り握りしめていた

 

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

喉を握られながらも、絶叫、悲鳴、叫喚とも言える叫び声を上げる劉備

同じように、獣のような咆哮で吠える男

 

二人の剥き出しの殺気、解りやすい程の闘争、人間らしい殺し合いの光景に、地知は言葉を無くし

 

唯、単純な命の奪い合いを、恐怖で見つめて居ることしか出来なかった

 

 

 


 
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