黒髪の勇者 第二編第一章 入学式(パート7)
「この後は入学ガイダンスね。」
入学式が終わり、大講堂から出たところでフランソワがそう言った。ビアンカの演説のせいだろうか、フランソワはすっかりと普段の明るさを取り戻していた。
「学科ごとに教室が分かれている様子だから、とりあえずここで一度分かれよう。」
続けて、手引書を眺めていたウェンディがそう言った。それに対して、カティアが答える。
「私たちは三階の教室みたいね。」
ウェンディとカティアは同じ魔道科であった。その二人を見送ると、詩音も自らが向かうべき教室を確認する。科学科は二階、法経済科はどうやら一階の講義室でガイダンスが開かれるらしい。
「私たちも別々の教室ね。」
詩音が手にした手引書を覗き込んでいたフランソワが、少し残念そうにそう言った。
「学科が違うのだから、仕方ないよ。」
詩音がそう言って目的とする講義室へと歩き出そうとした時である。
若い、張りのある男性の声が二人に響いた。
「フランソワ、久しぶり。」
その声に振り返ったフランソワは、直後に驚きを隠さないままで、興奮するように口を開いた。
「アレフ、ご無沙汰ね!」
その声に引かれるように、詩音もアレフという男の様子を眺めた、いや、観察した。鍛え上げられた肉体に、詩音よりも頭一つ高い身長。それになにより、恐れを知らない強い瞳。鋼鉄製の胸当てと腰に佩いた、どうやら太刀らしい刀から推測するまでもない。
相当、強い。
詩音の第一印象はそれであった。
「こちらこそ。三年ぶりになるかな。それから、君がシオン殿だろうか。」
続けて呼ばれた自身の名前に、詩音は驚きながら瞬く。
「どうして僕の名前を。」
「君の事はアウストリア公爵から聞いているからね。申し遅れたが、俺はアレフ=ロックウェル=ロックバード。ロックバード伯爵の養子であり、ビアンカ女王陛下近衛師団の隊長だ。」
ロックバード伯爵というと、ビックスに敗北したという軍務卿の事だろう。どうして養子なのかという疑問が僅かに詩音の脳裏を掠めたが、それには答えずに詩音はただこう答える。
「青木詩音です。宜しくお願いします。」
「うん。先日は海賊討伐にご協力ありがとう。その件で、ビアンカ女王がどうしても君にお礼を伝えたいとゴネていてね。」
少し毒のある口調に詩音は少しの違和感を覚えながら、こう答えた。
「そんな、当然のことをしたまでです。それに、僕みたいな平民がおいそれと女王陛下にお会いする訳には。」
「君は遠慮深い人間だね。ただ、それなら気にすることはない。まず一つ、身分に関しては俺も同じようなものだから。もう一つ、要件は礼を伝えたいというだけではない。君の事はアウストリア公爵から全て、聞いている。ここでは話しにくいようなこともね。」
アレフはそう言って僅かに瞳を細めた。
「でもアレフ、私たちはこれからガイダンスがあるわ。ビアンカ女王にお時間が無いことは重々承知しているけれど、欠席するならきちんと学校にご報告を入れなければ。」
「それならもう済ませている。フランソワとシオン君、二人は王命によりガイダンスは休講扱いだ。」
「相変わらず、用意がいいわね。」
少し呆れたようにフランソワがそう言った。
「そのくらい気が利かないと、女王陛下の近衛師団隊長なんて務まらないさ。」
アレフはフランソワの言葉に対して、肩を竦めながらそう言った。そのまま、言葉を続ける。
「面談は別室を用意している。俺に付いてきてくれ。」
言われるままに、詩音とフランソワは二人並んでアレフの後ろを歩きだした。向かう場所は大講堂の隣にある来賓室であるらしい。
「ビアンカ女王、客人を連れて参りました。」
アレフがそう言って来賓室をノックする。
「入って。」
続けて、先程大講堂で耳にした気品のある声が詩音の耳に届いた。僅かな緊張を自覚している間にアレフは遠慮なく扉を開けて、そして詩音とフランソワを来賓室へと招き入れた。ビアンカ女王はその中央にあるソファーに腰かけていた。近くで見ると、その整った顔立ちが更に際立っていることに気付く。フランソワに可愛らしさが先行している事と比べれば、ビアンカ女王はより大人としての魅力に満ちた女性であった。
そして、アレフが詩音の背後で扉を閉じた瞬間。
「フランソワ、久しぶりね!元気にしていた?」
ビアンカ女王はそう言って立ち上がり、フランソワに向かうと唐突にフランソワを抱きしめた。
「相変わらず、健康だけは自信がありますわ。」
フランソワも慣れた様子で、ビアンカの抱擁を受け止めながらそう答えた。
「そうだ、ビックスは来ていないのかしら。ロックバードに・・オルスに伝言を頼まれていたのだけれど。」
「昨晩学校から離れてしまいましたわ。アリシアで一泊の後に、シャルルに戻るとのことです。」
「もう、相変わらず平民気質が抜けないのね、あのお爺さんは。まるでアレフと一緒。」
抱擁を解きながら、ビアンカは至極残念そうにそう言った。予想以上にフレキシブルな態度に詩音が驚いている間に、更に驚く言葉をアレフが口にした。
「俺はどうせ平民だからな。お前と一緒にするな。貴族の慣習は相変わらず肩が凝る。」
「あたしだって好きじゃないわよ。本当、伝統なんて嫌になるわ。」
まるで昔から慣れ親しんでいる幼馴染のように、そう、丁度詩音と真理のようにお互いの遠慮が無い言葉のやり取りに、詩音は思わず息を飲んだ。この二人、単なる主人と従者という関係ではないらしい。
「それよりビアンカ、折角客人を連れてきたのだから、挨拶くらいしてくれ。」
まるで諭すようなアレフの口調に詩音は笑いを堪えながら、ビアンカに向き直った。
「そうね。突然素を出してごめんなさい。人がいる場では抑えているのだけれど、全員が幼馴染なモノだから、堅苦しいことはちょっと出来なくて。」
ビアンカは一度そう前置きをすると、こほん、と一つ咳払いをしてからこう言った。
「初めまして、アオキ=シオン殿。この度はバルバ海賊団との戦闘にご協力頂き、本当に感謝しておりますわ。それから、貴方のことはアウストリアから報告を受けております。異世界から来られたそうね。勇者殿、とお呼びした方がいいかしら?」
悪戯っぽく笑いながら、ビアンカはそう言った。先程ふざけ合っていたような態度はそこには微塵も見えない。
「勇者という称号は、僕にとっては貴族の肩書と同じくらいに肩の凝る言葉ですね。」
先程の様子を見ていたせいだろうか、リラックスした口調で詩音はそう答えた。
「ユーモアのセンスは重要だわ、シオン。なら私も普段通り話しましょう。そっちの方が気楽でしょう?」
「ご配慮感謝いたします、女王陛下。」
「こちらこそ、宜しくお願いするわ。さ、二人とも座って。」
ビアンカはそう言いながら、フランソワと詩音の二人をソファーへの着席を勧めた。そして二人と、向かい合ってビアンカが腰を下ろす頃に、凛とした女性が来賓室の別室から二人のメイドを従えて現れた。メイドが手にするトレイにはティーポットと三杯分のティーカップ、それから茶菓子が載せられている。
「お久しぶり、フランソワ。それから初めまして、シオン様。」
先頭に立った女性はそう言いながら深々と二人に向かって頭を下げた。その様子に腰を浮かせかけた詩音を制しながら、女性が言葉を続ける。
「私はビアンカ女王の侍従長を務めさせていただいております、フレア=ロックウェル=ロックバードと申します。アレフの義母ですわ。」
年の頃は三十の前半だろうかと思いながら、詩音は腰かけたままで丁寧に頭を下げた。年齢を感じさせない程に美しい女性である。
「フレアさん、お久しぶりです。フレアさんの紅茶を飲めるなんて幸せですわ。」
続けて注がれた紅茶を眺めながら、フランソワがそう言った。
「フランソワに喜んでもらえれば嬉しいわ。それからね、私の娘も今日から王立学校に入学したの。」
「セリスも?でも、あの子私より一つ年下なのに。」
「フランソワが今年から入学すると聞いて、居ても立っても居られなかったみたい。猛勉強して一年前倒しでの入学を認めて貰ったのよ。」
ふふ、と嬉しそうにフレアはそう言った。やがて紅茶が注ぎ終わると、フレアが再び口を開く。
「失礼致しました、ビアンカ女王。それでは私どもは控えさせて頂きます。」
「ありがとう、フレア。」
ビアンカが少し恐縮するようにそう言った。その後、フレアとメイドの二人が別室へと立ち去って行った所で、フランソワが溜息交じりに口を開いた。
「あれで四十歳を過ぎているなんて、信じられませんね。」
思わず紅茶を噴き出しかけた詩音は軽くむせながら、こう言った。
「嘘!?」
「一説にはフレアは美容の魔術が扱えるとか・・。」
続けて、ビアンカがそう言った。
「三年前より若くなっている気がしますわ。」
フランソワがそう言いながら、落ち着いた動作で紅茶を口にした。
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第二編第七話です。宜しくお願いします。
黒髪の勇者 第一編第一話
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