さあて、親愛なる読み手の皆様方。
これにて迷子あちらのこの
別に彼は活躍という程の偉業をこの
ただ未来の英雄の雛鳥の悩みを聞き、周囲からズレた少女の愚痴を聞いただけです。
まぁ確かにあの訪問者との決着は彼がつけましたが、あの事態が起こってしまったのはカミサマの所為であり、カミサマ諸々の問題対処は司書の責務です。間接的に彼は司書助手としての責務を果した事になります。取り立てて褒め称える事でもありません。
あぁうっかり吸血鬼の呪いも切ってしまったんでしたっけ。
多少の誤差は有れど、彼らは正史通りの道程を歩んで行くでしょう。
―――ほんの少し、ほんの僅かだけ、正史よりも心の強さを持って。
そして迷子あちらは自身に芽生えた淡い感情に名前が付く前に、それが固まってしまう前にこの本から旅に出ました。想いが固まってしまえば自分の目的が達せられないと思ったんでしょうね。
互いに友情を誓い合い、まるで振り切るかのように旅に出ます。
それは永い永い終わりの見えない旅です。
これからも彼は自分の世界を求めて、また新しい
しかしながら無責任な立場《読み手》の私から一言言わせて貰うと
・・・この女泣かせめ。
あんなに優しくて思い遣りのある女の子を泣かせるなんて。
彼女自身は気付いていないでしょうが、想いはすでに昇華されて、名前を持ちつつありました。
―――しかし彼女はあちらの負担にならない様に、憎まれ口を叩いて彼を送り出します。
もし彼女がその一片でも想いを吐き出せば、必ずあちらは彼女に傾いた事でしょう。
二人は余りに互いを理解していたがため、互いの想いを言葉にしなさ過ぎた。
ただ一言、言えば良かった。
―――寂しい、と。
だけどその機会はもう消え去り。彼はいない。
これから彼女は時間をかけて、自分の想いと感情に折合いを着け、元の日常に帰って行くのでしょう。
―――おっとそこの貴方に貴女。いまちょっと思いましたね?想像しましたね?
二人が幸せに過す物語が読みたいと。
二人が共に歩んでいく物語が読みたいと。
え?思ってない?じゃ違う人かな。
まあそんな些事はどうでもよろしい!
読みたいと!思ったならば!!本を出すのが我らが大図書館!!!
あなたがふと物語を心に思い浮かべたのなら、それは
なればあなたが読みたいと願った
―――それではご案内いたしましょう。その
わ、私ですか?・・・コホン!これは失礼を。
申遅れました。私はこの図書館の館長を勤めております。以後良しなに。
▼その人は何処にいった?外伝
「あなたの隣で」
―――そして彼と彼女はどうなったのか―――
―――麻帆良学園祭最終日、中等部図書室
「ククク、超鈴音…。」
本当にやってくれる。
魔法をばらす?
強制認識魔法?
わざわざ此処で?
学園祭最終日に?
―――やっと決心が着き、あちらに告白しようってタイミングで!!!
未だに恋人同士じゃなかったのかという突っ込みは有るかもしれないが(周囲の人間は恋人同士だと思っている)、
千雨は焦っていた。
最近、茶々丸があちらを見る目が何かを含んでいるようで怖いし、何よりあちらがモテ始めた。
本人は気にしていないかもしれないが、司書見習いを辞めた頃からあの胡散臭い雰囲気が無くなった。
あちらはあの雰囲気が無くなると美形と言うほどでもないが、そこそこに見れる顔だ。それに加えあの物腰の柔らかさ。
未だ恋人同士とは言えない関係ではあるが(と本人達は思っている)、それでも互いの想いは同じだと思っている。あちらが他の女の子に靡くはずがないと理性は分かっていても感情が納得しない。
ではさっさと告白して恋人同士になれば良いと思うかもしれないが、千雨は元々あまり自分に自信が持てない少女である。億が一つにも在る筈が無いのに、振られたらどうしようと後一歩が踏み出せずにいた。
そこで耳にしたのが学園祭での世界樹の噂である。
そこで千雨は決心した。
別にデマでも良い。だが良い機会だ。
この学園祭期間中にあちらに告白するんだ。
そしてあちらとこ、こ、恋人同士にッッッ!!!
と意気込んで学園祭を迎えたのは良いものの・・・・・・
よほどカミサマはあたしのことが嫌いらしい。
まあカミサマの天敵である元司書に告白しようとしているのだからあながち間違いではないが。
学祭期間中、コスプレイベントであちらが一騒動起し、古本市で働いているあちらに会いに行けば、ネギ先生のキス騒動に巻き込まれる。ネギ先生にあちらさんと見に来て下さいと言われて武道会に行ってみれば万国人間ビックリショー会場で、武道会後はネギ先生と茶々丸がくっ付いて来てデートも出来ずにマスコミに追いかけ回される。
挙げ句の果てにタイムマシンだァ?ぶっとばすぞ。
超鈴音はネギ先生の子孫?
事ある毎にあたしを騒動に巻き込むのは遺伝か何かかオイ。
ん?待てよ。
超鈴音がネギ先生の子孫ならば、もしネギ先生を殺してしまえば超は生まれず、あたしは告白できる。
よし
「ネギ先生を殺そう。」
「兄貴逃げて超逃げて!
千雨の嬢さん、後生だぁ!正気に戻ってくれ!」
カシオペアの時間跳躍による魔力不足で寝込んでいるネギに止めを刺そうと近づいていく千雨。
それを止めようと必死に千雨に纏わり付くカモとの不毛な攻防はしばらく続いた。
「ちッ。・・・ジョーダンだよ。」
嘘だ。
本当に残念そうだ。
はたき落とされたカモは自分の顔が恐怖に引き攣っているのが分かった。
ちょっと仮契約のためにハルナ達を外に出したのは早計だったかも。
「それでオコジョ。さっきのセリフがよく聞こえなかったんだ。もう一回言ってくれねぇか?」
「あ、ああ。あんたも知っての通り、今学園結界を含むシステム群が超一味に制圧されている状態だ。
この事態は兄貴達がこれから強制認識魔法の発動を阻止しようって時にうまくない。
そこで嬢ちゃんに兄貴と仮契約してもらって戦力を増強して、システムの奪還を担ってもらおうと思ったんだがぐべぇ!!??」
そこまで言ったカモは千雨に哀れ踏みつけられ、しかも足に力が込められる。
「ちょちょ嬢ちゃん!?何をぐえ!?・・・千雨の姐さん!?やめてぇ!!!???ぐりぐりしないでぇぇえ!!!!????出ちゃううぅぅぅ!!内臓とか魂的な物がはみ出ちゃう!!!!!」
「へぇ?仮契約(パクティオー)?つまり神楽坂や綾瀬みたくネギ先生とキスしろと?」
「ま、まぁ早い話がきゅ!?」
そしてさらにカモにかかる圧力は増していった。
「死んでも誰がするかボケェ!?」
「らめぇぇええぇぇぇ!!??出ちゃううぅぅう!!!???」
コントのようなやり取りはしばらく続いたが、カモが昇天しそうになると千雨は一旦圧力を緩めカモを冷たく見下ろしながら一言一言強調するかのように話した。
「い・い・か。よォく聞けオコジョ。
あたしは超鈴音の事はどうでも良い。いや、確かにぶん殴ってやりたいが。
あたしは非常識(ファンタジー)が日常に侵食してくるのを食い止めたい。
おまえは世界に魔法が公表されるのを回避したい。
互いの利益は一致している。協力もしよう。
だが"それ"はダメだ。許容できない。あたしの
アンダースタン?」
「・・・オ、オーケーオーケー。分かったよ姐さん。
あちらの旦那には散々世話になってんだ。俺っちも恩を仇で返す様なオコジョじゃねぇし、それにちょいと複雑だが他に手段が無い訳でもねぇ。」
「だったら最初からそれを言え!」
「いやそっちの方が面白そうだし楽だからげぷッ!!!??」
結局、余計なことを口走ったカモは踏み潰された。
―――さて。
―――話は少しばかりあの運命の分かれ目となる日へと巻き戻る。
長谷川千雨はこれからもちょっと変わった普通の一般生徒として生きていく。
迷子あちらはまたいつも通り、自分の世界を探して旅をする。
―――これまで通り。
「・・・・・・ぃゃ、だ・・・。」
―――これまで通り?
・・・馬鹿か私は。
これまで通りになどなるものか!!
分かっているだろう?察しているんだろう?
長谷川千雨の胸中を。
ならばなぜ、これまで通りとなんか言えるんだ?
こうなると分かっていただろう。迷子あちら。
あの曇天の日に彼女の姿を見たときから。話をしたときから。
このまま彼女の傍にいれば離れなくなると。だから深入りするなと。
それなのに居心地の良さからお前は考えるのを後回しにして。
彼女の心に根付いて。
いざその心が分かるとなると急に怖くなって。
一切合財有耶無耶にして。
他の世界に旅立つ?
彼女に友情を押し付けて。
友達だから見送ってくれと言って。彼女の想いを置き去りにして。
恐らく、そうしても彼女は見送ってくれるだろう。
自分の想いも何もかもを棚上げして、私が気負わないようにいつもの仏頂面で、悪態をつきながら。
今の言葉は恐らく彼女が意図しない最後の信号だ。
無視する事も出来る。それを聞かなければ友達同士として笑い会って旅立つ事も出来た。
―――だが無理だ。私はそれを聞いてしまった。
傷だらけになっても背筋を伸ばして歩く姿がかっこいいと感じたから。
自分もあの様になれたらと。
そんな彼女だから傍に居たいとも思った。
いつも学校や学園の愚痴や文句をいう彼女。
しかし弱音や泣き言は一度も吐かなかった彼女。
―――その彼女が言った、おそらく最初で最後の弱音/わがまま。
……無理だ駄目だ否だ。私には無視できない。
・・・あぁ、なるほど。
これが俗に言う惚れた弱みという奴か・・・。
くくくくくっと笑い始めた私を不審に思ったのか、千雨さんが気遣ってきた。
「おい、あちら。大丈夫か?気は確かか?」
「・・・いや。案外狂っているのかも知れません。」
何に、とは言いませんが。恥ずかしいですし。
私はなんでもない風を装って千雨さんに宣言した。
「やっぱり旅に出るのは延期します。」
「・・・はァ!?何で!?」
「おや。千雨さんはさっさと行って欲しいんですか。・・・泣きますよ?」
「そんな事は言ってねぇし!つーかいい年した野郎が泣くとか言うな。普通にキモいは!?」
「嘘です。ほら正直。私が旅立っちゃうと千雨さん、友達ゼロになっちゃうじゃないですか?
百人とは言わないまでも2、3人出来るまでは居ないと可哀想かなぁって。」
「理由が哀れみ!?余計なお世話だコラァ!!」
「だから、ほら。
・・・まだちゃんと傍にいますよ。」
私と千雨さん。この想いに決着がつくまではね。
「チッ。・・・そーかい。わかったよ。」
フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向く彼女。千雨さん、耳が真っ赤だよ。
「うるせーバカ。黙れ。」
「ふふふ。」
向こうのテーブルからネギ君が手を振っている。すると見慣れない少女が神楽坂明日菜か。
エヴァンジェリンさんや茶々丸さんもむこうでコーヒーを飲んで寛いでいる。
エヴァンジェリンさんは旅に出ると思っていた私がまだ居る事に不思議そうな顔をしていたが、理由が思い至ったのかまるで笑い猫の様にニタリと笑った。ええ、ええ。そうですよ。女に泣かれてやめました。
茶々丸さんは相変わらず無表情だが、その割には視線が強い。なぜ?
ネギ君たちのテーブルの方に歩きながら、さり気無く私は千雨さんに訊ねた。
「千雨さん。」
「・・・なんだ。」
「明日、例の約束も兼ねて遠出しませんか?原宿か新宿辺りに。」
「いいよ、付きやってやる。その代わり荷物しっかり持てよ。」
「了解いたしました。」
――――――ッ!!!!
ああ駄目だ。
意識し始めたらもう止まらなかった。
心臓が物凄い勢いで鼓動を打っている。これはまずい。
あくまでさり気無く、あくまでさり気無く、私は千雨さん側の顔を手で覆った。
物凄く顔が熱い。やばい。赤面してる。
すでに私はやられちゃてたんだな、としみじみ思う。
恐らくはあの曇天の日から。この長谷川千雨という少女に。
あちらは顔を覆っていて気付かなかったが、この時千雨もまったく同じ事をしていた。
二人とも相手に自分の顔が見えないように、まるでシンメトリーの様に掌で顔を覆っているが、傍目から見れば赤くなっているのが遠目でも丸分かりである。
それをテーブルから見ていた明日菜は、あぁ長谷川に恋人が居るってのは本当だったのね、と能天気な事を考えていた。
―――ある図書館世界、「あっち」方面書架群
「お久しぶりです。厚木さん。」
「あぁ、あちらさん。お久しぶりです。旅の方はどうですか?順調・・・では無さそうですね。」
「まぁ順調だったらとっくに本を見つけてますからね。」
ここは厚木やあちらが頻繁に利用している談話室。
そこには備え付けの備品以外にも厚木が持ち込んだ私物が置かれてある。
厚木は書き物をしていた手を止めてあちらの訪問を歓迎した。
いつも着ている闇色の三角帽子とローブは壁に掛けられていて、白いブラウスと紺のパンツの装いだった。
立ち上がった拍子に、彼女の櫛の通りが良さそうな、金糸の様な髪がさらりと揺れる。
周囲には乾いたインクと古書の薫りが漂う。
談話室に持ち込んだ茶器を使い、彼女はお茶を淹れ始めた。
「そういえばつい先日カミサマ被害があったんですが、あちらさん居た本はどうでしたか?」
「先日と言われても、ここと本では時間の流れが違うじゃないですか。
まぁ確かに
「・・・どうされたんですか?何かあったんですか?」
「いえ。実はその方と戦闘になってしまったんですが・・・。
ちょっと頭に来てしまって、その方の設定をはさみで切り取ってしまったんですよ。」
「あちらさんが?誰か個人に向けてはさみを使うなんて珍しい事も有ったものですね。
・・・あのカミサマ結構好き放題やってくれたみたいで。
結構な数の本が被害にあったので、まだ修復出来ていない本もあるんですよ。
たく・・・あのクソガミが。」
軽い寝不足なのか、簡単にスイッチが入ってしまっている厚木からあちらはカップを受け取った。
香る薫りは眠気を覚ます効果のあるハーブティーか。澄んだ薫りがした。
「美味しいお茶ですね。」
「ええ。こっそりお茶の美味しい
厚木はあちらにお茶を褒められたのが嬉しいのかニコニコしている。
あちらはその笑顔をこれから曇らせるのかと気が重くなった。
「厚木さん。お話があります。」
「はい。なんでしょう?」
軽い調子で答えた厚木は自分のカップに優雅に口を付けている。
だがそれもあちらの言葉を聞くまでだった。
「司書見習いを辞めようと考えています。」
「・・・辞める?司書見習いを?」
「はい。」
「・・・理由をお伺いしても?」
あちらは言いよどんだが、やがて意を決して厚木の目をしっかり見据えて理由を述べた。
「―――好きな人が出来ました。彼女と添い遂げたいと思っています。」
厚木はじっとあちらの視線を受け止めていたが、そっと視線を外した。
まるで自分を落ち着けるかのようにお茶を口に含む。
そして一息つくと話し始めた。
「特定本世界への定住申請・・・確かにそれだけで司書見習いの資格を剥奪する理由になります。
元々、司書見習いの資格もグレーゾーンを突いたものでしたからね・・・。
しかし、良いのですか?
別に資格を返上しなくても、今のあなたは仮とはいえ不老です。
その方と添い遂げるだけなら定住申請で無く、いつも通りの滞在で充分なのでは?
その方が天寿を全うされるのを待って、また旅を続ければ宜しいじゃないですか。
・・・あちらさんは元の世界に帰る事はもういいのですか。」
厚木の疑問にあちらはなぜか一瞬寂しそうな顔をした。
脳裏には記憶にない故郷が浮かんでいるのだろうか。
しかし、あちらははっきりと、何の迷いも無く断言した
「―――はい。」
軽く目を見開いた厚木にあちらは言葉を重ねる。
「今まで本当に永く旅をして来ました。
色んな場所にも行きましたし、色んな人にも会いました。
そして旅をしながら、考えていた事があるんです。
私は何のために旅をしているんだろう、と。
見知らぬ故郷に帰るためか?それとも思い出には欠片も残っていない人々に再会するため?
ずっとずっと考えて。旅をして。引き止める人を振り切って。
けれど、やっと答えが分かりました。」
何故か少し顔が青ざめている厚木の目をしっかりと見据え、あちらは自分が出した答えを口にする。
「―――私は、私の居場所がほしい。
名も記憶も失って、無くした世界を求めて旅を続けたのは自分の立脚点が欲しかったから。
あの永遠の奈落を堕ちて行く様な孤独感はもうごめんです。
そして見つけた。
彼女の隣が私が帰るべき居場所。
今までの旅路も彼女と出会うための道程と考えれば愛しさも湧きます。
これから私は彼女の傍で生きて、共に歩み、そして老いていく。
・・・だから、私の旅もここで終わりです。」
「・・・そう、ですか。」
自分の想いを語ったあちらは喉を潤すためにカップに口をつけた。
黙ってあちらの話を聞いていた厚木は顔を俯かせていたが、しかしすぐに面を上げ、少し寂しさを含ませつつもいつもと変わらぬ調子で話し始めた。
「了解しました。迷子あちらさん。
貴方の見習い辞退を受理。それに伴い、貴方の自衛用権限と本世界渡航権限を剥奪。肉体時間を解凍します。
真名を迷子あちらとして世界に固定。これで貴方は正真正銘の『迷子あちら』さんです。
・・・サービスで適当な貴方のプロフィールを本に書いておきますからね。
貴方のアイデンティティが迷子あちらとして世界に固定される事で、もしかすると記憶喪失以前の能力が戻るかもしれないですが。・・・まあ元々無ければ関係ない話ですね。」
立ち上がった厚木は、初めてあちらが出会った時の様に闇色の三角帽子とローブを羽織った。
テキパキと厚木はあちらに処置を施していく。まるで何かを振り切るかのように。
あちらは何も言わない。言えない。
自分が此処に放り出され、右も左も分からぬ状態の時に助けてくれてた、一人の女性。
そして今、その恩も返さずに此処を去っていく自分。
ごめんなさいと、ありがとうと言うべきなんだろうか。
しかしどれも違う気がする。この思いを言葉にするとどんな語彙も安っぽく聞こえてしまう。
それでもあちらは何かを言うべきなんだろうが、その言葉が今のあちらには思い浮かばない。
やがて厚木の作業が終了する。
結局作業中二人は押し黙り、一言も話さなかった。
あとはあちらを
暫らく続いた沈黙を厚木が破った。
「・・・もう、お会いする事もないでしょう。
貴方はこちら側には来れないし、私はそっち側には行きません。」
「厚木さん・・・。」
「だから、これでお別れです。」
厚木がそっと手を翳すと、そこに一冊の本が浮かび上がる。
立派に装飾された背表紙に、見慣れない文字が書かれているソレ。
あちらが世界に潜る時に持っていた本だ。
風もないのにさらさらとページは捲れて行き、あるページで止まる。
そこの見開きは真っ白で何も書かれていない。それはこれから書かれるのだ。他ならぬ彼自身の手によって。
「あちらさん。」
「はい。厚木さん。」
恐らくあちらは酷い顔をしていたのだろう。
それを見た厚木が可笑しそうにふっと微笑んだ。
「
「え?」
ぱたん
あちらの疑問は言葉に成らず、ただ後には本を閉じた音だけが響き。
閉じた本を持った厚木だけが佇んでいた。
今本を開けば、先程まで白紙だった頁が埋まり、あちらの向こうでの生活を窺うことも出来るだろうが、もう厚木には
部屋の照明を絞るかの様に、談話室の闇が徐々に濃くなっていく。
しかし厚木はそれを気にも留めた様子が無い。
そうなるのが当然だと言わんばかりだ。
もし談話室に他に人がいれば、厚木の着ている闇色のローブが蠢き、拡がって部屋を覆っていくのが原因だと分かるだろう。
それは―――誰の声なのだろう?
その声は酷く冷めて、渇いていた。
しかしそれを確認しようにも、すでに談話室に拡がる闇黒は新月の夜よりもなお深く、暗く、冥い。
すでに五寸先の物の判別さえつかない。
―――まぁいい。
今度こそ、次こそ。
あぁ、貴方を・・・私の、私の――――――。
談話室は完全に闇黒に沈み、誰かが発した声も途中で闇黒に溶けて消えていく。
・・・ここから先はもう語られる事はない。
ここでの物語は終わりを迎え、その舞台は暗幕の中に消えていく。
もしその物語の続きが語られるとすれば、それはここではない分岐を迎えた、また別の物語で。
―――■■■。
真相は文字通りに闇の中へと沈んでいった。
―――麻帆良学園祭最終日、後夜祭
「はぁぁぁ・・・・・・。」
手にジュースを持ち千雨は疲労困憊といった様子で草原に座り込んだ。
疲れた。本当に疲れた。
今日は色々な事がありすぎた。
あの後ネギ先生と仮契約を交わしてアーティファクトを得て、電子の海でまき絵と委員長と共に学園結界復旧のためシステム奪還に乗り出したが、待ち受けていた茶々丸との情報戦になってしまった。
いや、それはいい。
予め茶々丸本人からもネギ側に付けば敵同士になると忠告を受けていたし、情報戦になるなら茶々丸になるだろうと何となく想像もついていた。
順調とは言い難かったがシステムを掌握して行き、学園結界を復旧させていく。
だが最後の最後、強制認識魔法発動阻止に後一歩言うところで、茶々丸からの一言で揺れてしまった。
私はあちら様の事を 。
それが耳に入った瞬間。
後は実行キーを押すだけとだいう時に、動揺してしまった。
しかし持ち前の冷静さから千雨は一瞬で動揺を鎮めるとキーを叩く。
―――結果から言えば強制認識魔法は発動してしまった。
しかし魔法を世界に認識させるのではなく、『今日一日ぐらいは世界が平和であれ』という祈りを込めて。
すべてが終わった安堵感と茶々丸との戦いが無駄骨だったという徒労感で、どっと一気に疲れが出てしまったのだ。横目で元気に乱闘をしている連中や楽しく騒いでいるクラスメイトを見やり、今日はあちらと会っていないなぁと疲れた頭でぼんやりと考えた。
・・・結局、告白できなかったなぁ。
なにか無性に悲しくなってきて。
あの時の茶々丸の声が脳裏に響く。
正直に言って、素直に言葉に出せる茶々丸が羨ましくて仕方なかった。
溜息をつき、一人だと気が滅入るからネギ先生たちの所に行こうとした時、千雨に耳慣れた声が聞こえてきた。
「探しましたよ、千雨さん。」
「あちらか。」
草原に座り込んだまま千雨が首を後ろにめぐらすと、そこには彼女の想い人が、迷子あちらが立っていた。
なぜか他の連中と同じく服はボロボロだった。
「よくあたしが此処に居るとわかったな?」
「クラスメイトの皆さんが親切にも教えて下さりました。」
「そーかい。」
またあの連中にからかわれるのかと少し憂鬱になる。
あちらはよっこいしょとあたしの隣に座り込んで、持っていたコップをちょびちょび傾け始めた。
何処となくアルコール特有の甘い香りがする。
てめぇそれは酒か。
「・・・大変だったようですね。お疲れ様です。」
「ああ、疲れた。もう
・・・それよりもあちら。何でお前、そんなにボロボロなんだ?」
それを聞いてあちらはにやっと笑った。
すこし心拍数が上がる。畜生が。このたらしめ。不公平だ。
「ふふ。何と・・・。
防衛戦の上位ランカーに入賞しました!学食五十人分です。儲けました。」
「てめぇ、あたしが必死になってる時に暢気に遊んでたのか!?」
「違います。戦ってました。」
「違ぇよ!?そういう意味じゃねぇよ!!」
あたしのときめき返せ!!
「大丈夫だと思ってましたからね。ネギ君や千雨さんなら問題ないと。
防衛戦に参加したのは・・・まぁ超に対する八つ当たりです。」
「それってどういう・・・」
その時、周囲を圧倒的な光りの奔流が包み込んだ。
その光は世界樹の発光にも引けを取らず、夜を幻想的な明りに彩る。
何事かと思いそちらを見てみれば、超鈴音が光の渦の中心部へと浮かぶ上がって行く。
恐らく未来とやらに帰るのだろう。
ふと周囲を見渡していた超と目が合った。
超はあたしの傍に誰が居るのかを確認すると、ニヤリとした悪人顔で笑いかけてきた。
うるせぇ文句あるか。大体てめぇの所為で予定が丸潰れだ。
まぁ二年共に過ごしたクラスメイトの誼だ。これで勘弁してやるよ。
あたしが超に中指を突き立てると、超は可笑しくて仕方ないといった風に呵呵大笑している。
横を見るとあちらも超に向けて手を振っていた。
「あちら、超の奴と知り合いだったのか?」
「ええ。何度か話したことがあります。」
「ふーん。」
面白くない。超といい茶々丸といい。
あたしがあちらを横目で睨んでいると幻想的な光は一層強くなり、瞬いた光が消えた後には超鈴音はもうそこには居なかった。
さようなら。ロマンチストな火星人。
・・・終わった。これで本当に全部。
少し先で
あの超が自分が消える無用なリスクを置いて行くとは考えにくい。
まぁあちらに言わせれば
とにかく疲れた。
その時、一体どの様な悪戯か。
極度の疲労感からか、千雨の体がふらつき、ぽすっと隣に座っていたあちらの膝に頭から倒れこんだ。
「?――――――ッッッ!!!!????」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった千雨だったが、いま自分があちらに膝枕をしてもらっている事実に跳ね起きようとした。
だが、あちらに肩を押さえられてそれは叶わなかった。
「ちょ待!?あち―――」
千雨の苦情は最後まで言葉にできず、千雨の唇は、あちらのそれでそっと塞がれた。
甘い痺れが千雨の体を支配して、焦る事も緊張する事も無く、自然にそれを受け入れた。
―――それはあちらの千雨に対する想いを万遍の言葉よりも正確に伝えていた。
しばらくしてあちらは重ねていた顔をそっと退かす。
下に隠れていた千雨の顔は憮然としていた。すこし頬が赤く色付いている。
「・・・ずるい。」
「はい。」
「・・・あたしが先に告白するつもりだったのに。」
「私がこの世界に残る切っ掛けを千雨さんが与えてくれたんです。
ですから次は私の番です。これは譲れません。」
「・・・ばかが。」
「ふふ、はい。」
あちらは力を抜いて頭を膝に預けてくる千雨をそっと撫でた。
それがあまりにも心地良く、体に疲労が溜まっていた事もあって、じわじわと眠気が襲ってくる。
だがここで寝てしまう訳にはいかないと千雨が起きようとすると、あちらが掌で千雨の目を覆った。
「疲れたでしょう?眠たければ眠りなさい。
―――ちゃんとそばにいますから。千雨さん。」
「―――そうか。」
そばにいてくれるのか。あちら。
ならちょっとだけ休ませて貰おう。
ふっと体に込めていた力を抜き、まどろみに身を委ねる。
眠気に乱された思考で千雨はぼんやり考える。
起きたらどうしよう?
何をしよう?
どこに遊びに行こうか?
あちらにコスプレさせてイベントに行くのも面白そうだし、あちらの賞金を使ってご飯を食べに行くのも悪くない。
―――たぶんそれはとても楽しくて幸せな事に違いない。
意識が段々と眠りの中に沈んでいく。
あぁ、一言だけ言わないと
「おやすみ。あちら。」
「はい、おやすみなさい。―――千雨。」
なにかとても幸せな事を言われた気がしたが、意識は持たず千雨は夢の中へと旅立って行った。
あとに残されたのは、幸せそうな寝顔の千雨とそれを穏やかな表情で見下ろすあちら。
遠くの方から楽しげな喧騒が聞こえてくる。
後夜祭はまだまだこれから。
幻想的に輝く世界樹の葉が楽しげに拍手を送っていた。
―――HAPPY END.
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千雨編分岐エンディング。
あり得たかも知れない、本世界のもう一つの結末。
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