No.398462

世界を渡る転生物語 影技7 【裏切りの白】

丘騎士さん

 【((暴猪|ボールボア))】を仕留めた俺達ではあったが、解体のためにやってくる【牙】族と合流するカイラと、戦いで服についた血をあらない流す為&【牙】族を避ける為に湖へと向かう俺。

 この湖に近づけないように誘導するという約束をすっかり忘れていたカイラにより、ロカさんに見つかりかけるという出来事をどうにか乗り越え、精神的に疲れてぐったりとなった。

 激しい修行を続け、もうすぐ一年という今日、修行中に聞こえてきた悲鳴の元に駆け出すと、小太りな男と、虎の毛皮を被った大柄のゼドーと名乗る男が、ぼろぼろになったロカさんと対峙していた。

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2012-03-26 22:57:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2766   閲覧ユーザー数:2630

ー疾 走 森 駆ー

 颯爽と森の中を駆け抜ける。

 

 カイラと分かれて数分、全力疾走によってかなりの距離を稼いでいた俺の背後から俺を照らす【暴猪(ボールボア)】の解体のために空へと上がるカイラの信号具。

 

(またね、カイラ)

 その光を肩越しに見て後ろ髪を引かれつつも、俺は心の中で再びカイラに別れの挨拶を告げ、ロカさんが不在のために警備が抜け穴になっている森の出口へと気配を殺しつつ向かい、カイラの示した通りに街道を目指してひた走る。

 

 気配感知で周囲の気配を捜索しつつ、俺の周囲に捉えられるのは小動物や植物特有の気配のみ。

 

 【牙】族や侵入者といった人の気配は捉えられることはなく……俺はそのまま加速を続け森を駆け抜けていく。

 

 そして、やがて森の濃い空気から乾いた土の匂いが混じり始める。

 

 その匂いを感じながら、さらに走りぬけると─

 

ー森 林 抜 出ー

「……道、だな。これが街道なのかな?」

 森を抜けた先にあったのは、土がむき出しになり、足跡が所々残り、所々馬車でも走ったのか、蹄の跡がついたりしている比較的広い幅の街道だった。

 

 久しぶりに踏みしめる人の通っている道の感覚を足の裏に感じつつ、俺は一路凄腕の【呪符魔術士(スイレーム)】が住むという方向を目指す。

 

(とりあえず……お腹も空いていないし、距離を稼ごう) 

ー軽 快 疾 走ー

 背中の荷物を背負いなおすと、やや前傾姿勢よりに駆け出して地面を蹴り上げ、街道を一路北へと向けた俺はその速度を上げていく。

 

 目に映る横を過ぎて行く景色を視界に納めながら、森の間に挟まれたこの街道をひたすら進んでしばし。

 

 俺の視線の先、街道の先にふと見える影。

 

(─あれは)

 ゆっくりとした足並みで街道をとことこと進む影に気配感知を行い、人一人分の気配と、動物……馬の気配を感じ、荷車を引いている姿で馬車だと判明。

 

 ゆっくりと進むその馬車よりも俺の走る速度のほうが圧倒的に早く、遠めに見えていた馬車はあっという間にその距離を縮め、すでに眼前へと迫っていた。

 

(……う~ん……行商でもしてるのかな? いろんなものがつんであるみたいだけど)

 馬車のホロの隙間から荷台を見てみると、箱詰めの野菜や天井から干してある乾物など、様々なものが積み込んであるのが見えた。

 

 気配を消したままそっと荷台を過ぎ、馬車を操っている人の顔を見に行く。

 

 年でいえば40代だろうか。

 

 憂鬱そうな顔をした無精ひげのおじさんが、旅なれた色合いの外套を羽織り、ぼんやりと先を見つめて荷台に座り、馬の手綱をもっていた。

 

(うん、ちょっとだるそうではあるけど、悪い人じゃなさそうだ。よし、声をかけてみよう)

 一旦視界から外れるように荷馬車の後ろ側に下がり─

 

「すいませーーーん!」

 

「……ん? おっと、どうどう~!」

 

ー馬 車 停 止ー

 俺が聞こえるように大きな声で話しかけると、俺の声に気がついたおじさんが手綱を引き、馬車の速度が徐々にゆっくりとなっていき、停止する。

 

「すいません、えっと、こんにちわ!」

 

「おう! こんにちわだ! いい挨拶じゃねえか。なんだ可愛いお嬢ちゃん、一人か? だれか一緒の大人の人はいねえのか?」

 

ー頭 撫 荒 手ー

 俺が近寄りながら挨拶をすると、おじさんがぼんやりとした顔を崩し、にかっと笑顔になって笑いかけながら俺の頭を撫でてくる。

 

「お嬢ちゃんって……俺、男なんだけど……」

 

「…………な、何ぃ?! 馬鹿な! 男なのに、う、家の孫娘より可愛い……だと?! いや、そんなはずはねえ! 家の孫娘は国一だ! いや、いやいやしかし……」

 

 お嬢ちゃんという言葉に若干むっとなりながらも俺が男だというと、信じられないとばかりに驚愕し、何故か落ち込みながらぶつぶつというおじさん。

 

「……ま、まあいいか。えっと坊主、それで一人なのか?」

 

「あ、はい。その……いろいろあって……一人になっちゃって。それで……自分の身を守る手段を得るために、この先にいるっていう凄腕の【呪符魔術士(スイレーム)】さんの所にお訪ねしようと思っているんですけど……」

 

 転生して独り身で、ついさっきまで【牙】族のカイラの世話になってました、などと本当のことも言えず、とりあえずぼかすように俺がおじさんに言うと─

 

ー悲 哀 肩 掴ー

「……そうかそうか……つらかったろうなあ、その年で一人なんて……。くうう~……泣けるぜ! よし、坊主! このおっさんの馬車に乗ってけ! さすがにその【呪符魔術士(スイレーム)】のところまでは送ってはやれねえが……この先にある酒場兼宿までなら送ってやれる! 旅は道連れ、可愛い()には旅させよってなあ!!」

 

「なんかまじってるよ最後の言葉?!」

 

 みなまで言うなとばかりに俺の肩を掴んでうんうんと頷くと、腕で眼を隠して泣くそぶりを見せ、自分の隣の荷台の椅子をぽんぽんと叩いて俺を乗せようと声をかけてきた。

 

「え、でも……本当にいいんですか? 乗っても」

 

「おうともよ! どうせこのおっさんも一人行商の旅だしな! なあに……男に二言はねえよ! それに、ここら界隈を縄張りにしている俺達行商人の中でもかなりきな臭い情報が出回ってるからな……ここで出会ったのも何かの縁ってやつだ!」

 

 元気で人のいい笑顔を俺に向けて話しかけてくるおじさんに、俺も嬉しくなりつつ─

 

「えと、じゃあ……遠慮なく」

 

「おう!」

 

 背負っていた荷物を荷台に置かせてもらい、荷台前の椅子におじさんと並んで座ると、おじさんが手綱をあやつり、馬を走らせて行く。

 

「それで……さっき言ってましたけど、山賊とか盗賊とかが出始めたんですか?」

 

 先ほど言いかけた言葉が気になり、おじさんに話しかけてみると……笑顔だったおじさんが先ほどみせた憂鬱な顔を見せてながら、いいずらそうに話をしだす。

 

「いや、そういうのじゃないんだがな。……う~ん、あんまり坊主にこういう話をしたくないんだが、まあ一人旅だってんなら仕方ない。坊主みたいに可愛いと人事じゃないだろうしな」

 

 少し悩むそぶりを見せた後、真剣な表情でおじさんが俺に話してくれたのは……この街道で起きているという、女子供を狙った人攫いの話だった。

 

 どうにか逃げ延びた人達の話では、街道を旅している最中に突然周囲を魔獣に囲まれ、そしてその獣から逃げ惑う先に何者かが待ち構えていて、旅の小隊の中から女性や子供を攫って行ったらしい。 

 

 そして、その話を聞いて思い出すのは……あの笛吹きゼドーと、脂ギッシュなあの小物。

 

 聞けば聞くほど、あの森で出会ったあいつらと類似した情報で、俺の表情が険しくなる。

 

(そういえば……あの小物、【牙】族や俺みたいな子供は高く売れるとかいってたな……ということは─)

 

「んでな、ここからは確定情報じゃないんだが……ここら辺を牛耳ってるがめつい小物野朗がいるんだが、そいつがどうも裏で人身売買をやってるって話なんだよ。ゴルチって名前で、身長が低くて小太り、そんでその小太りさ加減に見合ったような脂ぎった顔をしてやがるんだが……おそらく犯人はこいつだろうと誰しも目星はつけてあるんだ。だがな……ヤツは小物で小心者らしく、用心深くてな。なかなかしっぽを出しやがらねえ。……それに、いつも強面の『先生』とやら……傭兵をつれているらしいしな。それに……その証拠となる『獣』をけしかけるっていう方法も今一わからねえからなあ……」

 

(なるほどな……今日あの森に侵入してきた以外でもいろいろやってたわけだ)     

 

 俺はあいつらの顔を思い浮かべて再び怒りを感じながらも、しかしながらもう二度と事件が起こらないことに安堵し─ 

 

「─そっか……それならもう……人攫いは起こらないんだよな……」

 

 ほっと一息つきながら、俺はカイラやロカさんの顔を思い浮かべる。

 

 そして……追加の犯罪をも阻止出来た事で漏れたその一言。

 

 馬車の音にまぎれるようにつぶやいた俺の言葉は─

 

「ん? 坊主、そりゃ一体どうしてだ?」 

 

 ……どうやらその一言はおじさんの耳に届いていたらしく、俺のほうを向くと俺の言葉に疑問を呈してくる。

 

「あ~えと……その……さ、さっき途中でリキトアの森に迷い込んじゃって! 森の出口を教えてもらった【牙】族の人に、今日は人の出入りの多い日だって聞いて、そういう人相の奴が森に進入して来たから対処したよって教えてくれたんだ」

 

(ま、まさか俺が倒しましたって言うわけにもいかないしな……結構無理やりな言い訳だけど……)

 かなり苦し紛れではあったが、必死に考えて答えると─

 

「?! おい坊主! その話は本当か?!……【牙】族の戦士が情報を漏らすなんて珍しいな。……ここ最近、リキトアの森で【暴猪(ボールボア)】が異常発生して森が荒らされて【牙】族がピリピリしているってのは聞いていたが……そんな中に突っ込んで行くとはあの業突く張りめ。さては【牙】族までさらって売りに出そうとか欲だしやがったな?」

 

 俺の言葉に驚いたような表情を浮かべるおじさんではあったが、俺の言葉を聴いてその口元に笑みを浮かべる。

 

「……こりゃ、いい情報を聞いた。おっし、坊主! かなり揺れるからしっかりつかまってろよ! こんないい情報はとっとと届けるに限るからな! いくぞ相棒!」

 

ー嘶 声 鳴 響ー

 そういうが早いか、馬に鞭を打つように手綱を打ちつけ……その合図に馬が嘶き、その速度を上げる。

 

「う、うえええええええ?!」

 

 猛烈なスピードで土ぼこりをあげながら街道をひた走る馬車の座席で俺は─

 

(うよよよよよ、お、お尻いてえええええええ!)

 

「は~~っはっはっは! 急げよ相棒! 今日の酒はうまい酒だぞ!」

 揺れる馬車のひどさに顔をしかめ、お尻の痛さを我慢しながらも嬉しそうに馬車を走らせるおじさんの横で馬車に捕まるのだった。

 

 

 

 

 

 そして─

 

ー店 開 扉 入ー 

「お~い! ジェイク! 酒だ! いい酒をくれや!」

 

「……お前は静かに入ってこれないのか? ゲイン。まったく……」

 

 いい加減お尻の痛さも克服したあたりで、いかにも酒場といった造りの木造の建物にたどり着き、その荷を下ろすこともせずにその建物へと入っていくおじさん。

 

 そしてそのおじさんの入っていた先……【商人の止まり木(パーチ・マーチャント)】と銘打たれた古めかしい看板と、二階建ての木造の家屋。

 

 その開き扉をバンと音がするぐらいの勢いで開くと、この酒場のマスターと思われる渋い口ひげを蓄え、オールバックに茶色の髪を撫で付けた、いかにもバーテンダーといった服装の男性が手にもったカップを拭きながらため息交じりにおじさん……ゲインさんに声をかける。

 

「で、どうした? 何かいいことでもあったのか?」

 

「へへ! 最高にいいニュースだ! 実はな─」

 

 ジェイクと呼ばれたマスターが苦笑しながらゲインさんにビール(カイラの話だとエールという名前らしい)を出し、それを受け取りながらもゲインさんと呼ばれた馬車のおじさんが、俺から聞いた話をジェイクさんに話して聞かせる。

 

「……ほう! それが本当なら本当にいい話だが……その話の信憑性は?」

 

ー一 気 痛 飲ー

「か~~~! うめえ! 特に今日は……最ッ高だ! とと、それなら……おい、坊主!」

 

「え? あ、はい」

 

 二人のやり取りを所在無さげに入り口から見つめていると、唐突にゲインさんから呼び出され……ゲインさんの座ったカウンターへと歩いて行く。

 

「……ん、おい……ゲイン。お前いつから人攫いに転向したんだ? さすがにそんな下種はこの酒場には入れたくないし、力ずくでも追い出す事は辞さんぞ?」

 

ー筋 張 赤 腕ー

 そういって腕をたくし上げ、豪腕とも呼ぶべき筋骨隆々でありながら引き締まったその腕に力を込めると……その力を込めたその腕が赤く染まっていく。

 

「え?! ちょちょちょちょちょちょ?! ち、ちげえ! ちげえよ!? この坊主は一人旅してて、この先の【呪符魔術士(スイレーム)】に用があるっていうからついでに乗せてきただけだっつうの!」

 

「ふっ……わかったわかった冗談だ」

 

「タチわりいなおい?! し、死ぬかと思った……し、心臓に悪すぎだっ!」

 

 不適な笑みで腕まくりをやめ、冗談だというジェイクさんに挨拶をしつつ、俺がゲインさんに出会った経緯と、俺が聞いた話(という捏造)を聞かせる。

 

「……ほう……それが本当ならここ最近の人攫いの事件も解決となるのだが……何か裏付けが欲しいところだな。ここは酒場……情報の信憑性もまた、酒場には重要なのでな」

 

 そう険しい顔で俺の前に赤紫色の甘い匂いのする液体が入った木製のジョッキを置くジェイクさん。

 

 俺は手持ちのお金がないのでそれを断ろうとするが……いいから飲めと視線で促すジェイクさん。

 

「えっと……ありがとうございます。それなら……あ、そうだ!」

 

 俺は背中から下ろして席につき、バッグを開いて中の荷物を漁る。

 

 そして─

 

 その飲み物の御代代わりにとバッグの中から取り出したのは、岩塩をまぶして塩漬けにし、防腐効果のある大きな葉に包んで日持ちを意識した【暴猪(ボールボア)】の肉の大きな塊。

 

 包みをゆっくりと開くと、塩で余分な水分が抜け、その肉が締まっていい感じになっている肉の塊があった。

 

「む……これは……」

 

「お……おい……おいおいおいおいおい! これ【暴猪(ボールボア)】の肉なんじゃねえのか?」

 

 その肉を確認して驚くジェイクさんとゲインさん。

 

 ……それにしてもゲインさんは少し大げさなような気がしないでもないが……。

 

「あ、はい。さっきの情報を教えてもらった【牙】族のお姉さんに一人旅ならともらったんです。この飲み物の代金には足りないかもしれませんが……」

 

 と、微妙に嘘とも言えない事を話しつつ、ジェイクさんに肉を渡す。

 

(お……ぶどうジュースみたいなもんか。すっぱいけど甘みもあって……うまいな~)

 

 俺はジェイクさんに渡された木製ジョッキに注がれた赤紫色の液体ををあおり、その味に満足しつつ話を進める。

 

「ふむ……【暴猪(ボールボア)】はその食事の仕方から【森荒らし】とも呼ばれている……捕獲ランク上位の狂獣。ここ最近リキトアの【牙】族の森に頻繁に出没するとは聞いていたが……なるほど。その肉を持っているということは【牙】族とかかわったという話の信憑性が高くなるな」

 

 食材を吟味し【暴猪(ボールボア)】の肉であると確認すると、満足そうに頷くジェイクさん。

 

 早速俺からもらった肉にナイフをいれて、下味をつけ……準備をしていく。

 

「おい坊主わかってんのか?! 【暴猪(ボールボア)】ってのは【牙】族にとっては仇敵としてすぐに狩られるんだ! それ故【牙】族やリキトア王国国内以外では手に入らない貴重品! それ故高級食材として重畳されるんだ! く~! 今日はついてるぜ~! ありがとうな坊主!」

 

ー頭 撫 強 手ー

「あ! もう!」

 

 そう興奮した心底嬉しそうな顔で俺の頭を力強く撫で、髪をくしゃくしゃにするゲインさんに俺は抗議しつつ髪を撫でつけて直す。

 

「そうだな。この質、そしてこの大きさの肉なら……俺の宿に一ヶ月食事つきで泊まってもおつりがくるだろう。どうだ、一室借り切って泊まって行くか?」

 

「い、一ヶ月うぅぅ?! い、いえ、あ……えと、それなら……代わりに情報をください!」

 

(ま、まさかそんなにするとは……! あんだけ食べてたけど、まさかそこまでの高級食材だったとは……。もしかしてリキトアの王国に持っていくのは王宮料理とか、もしくは食材として売ったりするためなのかなあ? それなら照明弾まで使って解体する理由もわかるや)    

 

 【牙】族たちが解体作業という瑣末な出来事に召集される意味を理解し、内心で納得しつつ調理を続けるジェイクさんにそうお願いをしてみる。

 

「ふむ……情報か。……正直言えば、すでにかなり上質な情報としてゴルチの死という情報をもらってしまっているからな……この肉まで出されては対価的につりあわん。 まあ、確認は必要か……それで、どんな情報が欲しいんだ?」

 

「えっと、さっきゲインさんが言ってたとおりなんですけど─」

 

 そういって肉を調理しながら思案顔でジェイクさんが欲しい情報の内容を尋ねてくる。

 

 俺はカイラから聞いていた、凄腕の【呪符魔術士(スイレーム)】の居場所を尋ねることにした。

 

「ふむ…………ヤツの元へ、か。……いいだろう、地図はあるか?」

 

「いえ……もってません」

 

「そうか。少し待て」

 

 そういって厚手にスライスした【暴猪(ボールボア)】の肉を炭火であぶりだすジェイクさん。

 

 その肉の具合を見て、子供のようにフォークとスプーンをもってテーブルを叩くゲインさん。

 

「……すこし落ち着けゲイン。やらんぞ?」

 

「え、おおおい! そりゃねえだろう?! お、おとなしくするからよう?!」

 

「やれやれ……お前は変わらんな……」

 

 丁寧に両面を焼き上げた肉を皿に盛り合わせると、先ほどのジュースをつかったと思われるソースを、盛り合わせの野菜と肉にかけるジェイクさん。

 

「ほれ」

 

「いやっほ~~い! ……うま! う~~ま~~い~~ぞ~~~!」

 

「やかましい!」

 

ー拳 骨 殴 落ー

 うまいうまいと連発するゲインさんにやれやれといった表情で拳骨を落とし、黙らせるジェイクさん。

 

 煙をあげて撃沈していたものの、復活して再び食べ始めるゲインさんを尻目に、ジェイクさんが本棚より地図を取り出した。

 

「これがこの【聖王国アシュリアーナ】の全体地図だ。現在地は……ここ。聖地【ジュリアネス】寄りの街道にこの酒場は位置している。そして、お前が……ぬ、そういえば名前を聞いていなかったな。失態だ……。お前の名前は?」

 

「あ、はい。ジン=ソウエンです」

 

「……そういや、俺も名乗っていなかったな。坊主! 俺はゲインだ!」

 

「俺はジェイクという。おい、ゲイン? 坊主とは失礼だろう。確かにまるで男の子のような名前─」

「お・と・こです! 男なんです!」

「─……そ、そうか……見えんな」

 

(ちくしょ~! ぼそっていってるけど聞こえてますから?!)

 

 地図を広げて指を刺しながら、名前を聞いていなかったことを思い出して俺に名前を尋ねてくるジェイクさん。

 

 俺が男だということに疑念を抱いているような顔をしていた。

 

「……まあいい。それで、この街道をこのまままっすぐ向かうと、左手に小高い丘が見えてくるんだ。その上にかなり大きい屋敷があるから、そこがここらへんの【呪符魔術士(スイレーム)】を束ねる長、オキト=クリンスの住まいだ。ただ……」

 

 そういって一旦言葉を切ると、食事に夢中なゲインさんに聞かせないよう、顔を寄せて俺に耳打ちするジェイクさん。 

 

 そして聞かされた話は─

 

 実はこのオキトさん、少し前にある決闘を受け激闘の果てに敗北し、今現在は屋敷で療養中であるとの事。

 

「(しかも……相手は、【クルダ傭兵王国】若手最強とうたわれる第59代【修練闘士(セヴァール)】……【影技(シャドウ=スキル)】エレ=ラグとの噂なのだ)」

 

「(【修練闘士(セヴァール)】……)」

 

 恐らくはその言葉もこの【世界】においては常識なのだろう。

 

 しかしながら俺自身がこの世界に対する基本的情報が欠落しているため、おそらくは強者対強者のぶつかり合いだったのだろうとしか予測できない。

 

 しかしながらそんな強者同士の戦い。

 

 それがどれだけひどい怪我なのか、そして会いにいっても大丈夫なのかと不安になる。

 

「まあ……その決闘からはすでに二ヶ月ほど経過している。それに……死んではいないという情報だったからな、話せないほどではないだろう。 それにヤツ……いや、彼は穏やかな人柄で有名だ。間違っても門前払いということはあるまよ。……ふむ、そうだな……少しまて」

 

 そういって黄色い粗雑な紙に羽ペンで文字を走らせるジェイクさん。

 

「……これでよし。【商人の止まり木(パーチ・マーチャント)】のジェイクからの紹介だといえば、彼も無碍にはすまい。会えたらよろしくいっておいてくれ」

 

「え?! あ、ありがとうございます!」

 

 そういて渡された封書を大事にバッグへと仕舞いこむのと同時に、【暴猪(ボールボア)】の肉を挟んだサンドイッチが木の皿に載せられて俺の目の前に置かれる。

 

 いきなり出されたその皿に驚いていると、フッ……と渋く笑って洗物をし始めるジェイクさん。

 

(……食べろって事だよね…………渋ッ!)  

 

 その渋さにしびれながらも……久しぶりにパンをほお張ってその触感に喜びながら、俺は食事を続ける。

 

 そして─

 

「ご馳走様でした!」

 

「フッ……礼儀正しい子だ」

 

 綺麗に皿の上の食事を平らげて手を合わせ、俺は地図とバッグを手に持って席を立ち上がる。

 

「ん? もういくのか? ジン」

 

「うん! お世話になりました!」

 

「……ふむ、そうか。まだ肉の代金にも、情報の代金にもまったく足りていないんだが……今度この酒場に来たとき俺の宿に泊まれ。サービスするぞ」

 

 食事をおいて俺のほうを向くゲインさんと、地図とお弁当、そして皮袋に入った飲み物らしきものを手早くまとめて俺に渡してくるジェイクさん。

 

 俺はそんなジェイクさんの心遣いを受け取りながら─

 

「ありがとう! もし機会があればまた会おうね!」

 

ー笑 顔 満 面ー

 カイラ以外にも出会えた、新しくよき出会いに喜び、いい人達に感謝の言葉を送りつつ俺は笑顔で手を振りながら酒場を後にして一路、オキトさんと呼ばれる【呪符魔術士(スイレーム)】の住まいを目指す。

 

ー『ぐっはあああ』ー

 

 飛び出した後ろ……【商人の止まり木(パーチ・マーチャント)】の閉じた扉の向こうに、何かの噴出す音と、喧騒を感じながら。

 

 

 

 

 

ー軽 快 疾 走ー

「それにしても……決闘をした後の怪我で療養中か~……。う~ん、そんな状況にお邪魔するわけだし、カイラからもらった薬草を使ってもらおうかな? もし、あまりにも具合がよくないようだったら、残念ではあるけどすぐお暇すればいいよね。別に無理してまで【呪符魔術士(スイレーム)】の技術を学ぶ訳にもいかないしな」

 

 これから行く先を思い、地図を片手に街道を疾走する。

 

(それに、薬草は自分じゃ使わないから、カイラからもらった分をフルに使っても大丈夫だしね!)

 

 バッグに詰め込んだ薬草の種類と組み合わせなどを【無限の書庫(インフィニティ・ライブラリー)】で検索しつつ……俺は眼前に少しだけ見える建物を発見する。

 

 それは徐々に近くなるにつれて小高い丘、そこにそびえる小さい城のような屋敷へと一直線に進んで行く。

 

(うわあ……ほんとでっかいお屋敷だなあ。……使用人とかいっぱいいるのかな?)

 

 徐々に近くなってくる立派な屋敷を眺めながら、俺はまず第一印象を考えて挨拶の言葉を頭の中で整理し始めた時─

 

ー氷 山 陰 姿ー

「…………なんだあれ……。え? こんな氷山? こんな季節に? というか……この森に囲まれた場所に氷山って何?!」

 

 その行き先に突然【魔力】の高まりが感知された瞬間、突然屋敷の陰から漂う冷気と、屋敷の上からでも見えるような氷山が現れる。

 

 俺は速度をあげて近づきながら─

 

ー流 魔 踏 播ー

 踏み込んだ足から【魔力】を流し、【魔力】は瞬時に地面を伝い、電気信号のように屋敷を囲む森の木々へと伝播する。

 

❛【木門】【覚技】・【瞳葉(リーズァイズ)】❜  

ー周 囲 葉 眼ー

 

 気配感知から察せられる気配は……二つ。

 

 どちらも人であることは間違いなく、片方は非常に弱弱しい気配であり、片方はこの肌を刺す冷気と同じ波長の【魔力】を発している。

 

 そして、それを確認するために展開された【瞳葉(リーズァイズ)】からの感覚共有視野情報。

 

 そこには……目の前の男にやられたのか、体中に手傷を負い、尚且つその傷口を凍らせ、左手・左足も凍っている血塗れの黒髪ロングヘアーの男性が、白い息を吐いて苦悶の表情をとりながら地にひれ伏す姿。

 

 そしてそれを優越感満載の歪んだ顔で見下ろす、単発な白髪を持って、その両手に……符……恐らくは【呪符魔術士(スイレーム)】の両手の符から青白い【魔力】を発しながら、悠々と近づいている姿だった。

 

(黒髪の人の怪我……あのままだとまずいな!)

 

❛【土拳(サフィスト)】❜

ー荷 物 投 受ー

 俺はそう判断すると、瞬時に荷物を背中から降ろして【土拳(サフィスト)】を出し、荷物を受け取らせる。

 

 荷物を下ろし軽くしてなった分、俺は加速度をつけてその人達の元へと急行する。

 

 そして─

 

「く……ルイ、貴様……!」

 

「ふふ……どうしたんです? お師匠様! 貴方ならばこの程度造作もない事でしょう? なんとも情けない姿ですねぇ、お師匠様ァ! フフフフハハハハハハハ!」

 

 狂気を滲ませながら師匠と呼ばれる黒髪の男性を見下ろす白髪の男。 

 

「く……オキト=クリンスが符に─」

 

「──無駄ですよ! なんですかその蝿の止まったような動きはぁあ!」

 

「っ……ぐぁああ!」

 

ー倒 体 蹴 上ー

 黒髪の男性が辛うじて動く身を押して、右手で符を持ち、【魔力】を通した瞬間、白髪の男が男性を蹴り上げる。

 

 黒髪の男性はその蹴りを顔面に受けて口から血を撒き散らし、後方に吹き飛んでいく。

 

「ふふっ……ふふふふふふ! やはりその怪我では満足に動けないようですなぁ!! いやはや……実にいい情報をもらったものです! ……実に落ちたものですねぇお師匠様? 【呪符魔術士(スイレーム)】協会長ともあろうお人が……この程度の呪符を防ぎきれないとは! まあ、いいでしょう。お互い同じ【影技()】に敗れたよしみ。そのよしみで私に流派の最高位を明け渡して死んでいただきく事にしましょうか!! ……そうですねえ……あなたを殺したのは【影技(シャドウ=スキル)】という事にしましょう! そうすれば……貴方の愛娘! フォウリィーは【呪符魔術士(スイレーム)】の鉄の掟に従い、【影技(シャドウ・スキル)】を殺すための殺し屋として駒になってもらいましょうか!!」

 

「なっ?! る……ルィイイ! 貴様アアァ!!」

 

 狂気を加速させて高笑いをする白髪の男性……ルイと呼ばれている男性は自分の醜い考えを曝け出し、黒髪の男性……オキトと呼ばれる男性が、その顔に怒りを滲ませて叫ぶ。

 

「ア~~~ッハッハッハ! 実に、実にいい表情ですよお師匠様ァ! 我ながらいい考えですねぇ! 貴方の作り上げたあの【広域殲滅用特殊大型符(大アルカナ)】を形見として預ければ……あの【影技(シャドウ・スキル)】と相打ちにまで持っていけるでしょう! そうでなくとも……手傷を負わせれば……私の手で……そう! この私の手であの【影技(シャドウ・スキル)】を! 【修練闘士(セヴァール)】を倒す栄誉すら手に出来る! そして妹弟子であり、目障りな貴方の娘も仕留められるという訳だ! フフ……フフフフフ! ハハハハハハハ! ああ、いい! いい! この……醜い……醜い傷を負わされた汚名を晴らして余りある! フフ! そうだ! これでいきましょう! アッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

「く……! 貴様そこまで腐っていたのか……」

 

 ルイの言葉に、オキトが叫ぶが……その体はもう立ち上がる余力も……いや、動く余裕すらなく、悔しさを滲ませるその表情にも力が抜け落ちていった。

 

 それはまさに絶体絶命。

 

「おやおや……もうお休みになられますか? お師匠様。残念だあ……もっと……そうもっと! もがき苦しむ表情を見ながら楽しみたかったのですがねえ……フフ! フフフフフフ! せめてもの手向けですよお師匠様! 我が『白』の中で……お休みなさい!」

 

ー流 魔 呪 符ー

 その手を振り上げ、ルイがその手の符に【魔力】を通すと、その符は蒼白い輝きを持って輝き、冷気となり、氷という形になっていく。

 

(……やらせるかぁああ!!)

 

ー瞬 速 近 接ー

 俺は自らの両足に力を込め、【魔力】を流して強化を施し、その一歩を踏みしめる。

 

ー冷 氷 氷 刃ー

「……すまないフォウリー……私の眼は……曇っていたようだ……」

 

 殺気をみなぎらせてその両手振り下ろし、諦念の表情のオキトを殺そうとしたその瞬間─

 

 足に込めた力を解放し、一瞬でオキトさんの下へとたどり着いた俺が、オキトさんを持ち上げてルイの攻撃範囲から逃れるために後方に跳躍し、その間合いを開ける。

 

「?! いつの間にそんなところに?! ……お嬢さん……。何のつもりですか? まさか……私の邪魔をすると? ふふ、ふふふふ! 随分と面白いことをしましたね。まあ……ここにいるという事は一部始終を見られてしまったという事なのでしょう。 ああ、なら仕方ないですねえ! 実に残念です! そんな幼い命が失われるだなんて……まあ、いいでしょう。お師匠様もお一人では寂しいでしょうからねぇ! 我々の事情に手を出してしまった我が身を恨みなさい!」

 

 一瞬驚愕した表情をとりつつも、オキトさんを助けた俺が小さい子供であることを見てとると、さらに歪んだ笑みを浮かべて俺を見下ろす。

 

「や、やめろルイ! この子は関係ないだろう!」

 

「いえいえ、お師匠様。こちらとしては最優先で消さなければなりません! 情報とは命ですからねぇ! さあ……何も守れずに無力感を噛み締めてください、お師匠様ァ! 死になさい! お嬢さん!」

 

「やめろおおおおおお!」

 

 俺を見て庇おうとするオキトさんの言葉をせせら笑い、オキトさんの目の前で俺を殺すと宣言するルイ。

 

「ルイ=フラスニールが符に問う。答えよ! 其は何ぞ!」

 

ー流 魔 呪 符ー

 その両手に持った符に【魔力】を通しながらそう言葉にすると─

 

ー【発動】ー

❝『我は氷 穿つ氷』❞

 

 青白い光を発しながらその【呪符】に描かれた文字が変換され─

 

❝『氷の槍となりて 汝の敵を貫くもの也』❞

ー【魔力文字変換】ー

 

 そして、発動した青白い光を放つ【呪符】が俺に向かって投げられ─

 

ー【呪符発動】ー

ー氷 柱 変 符ー

 それは尖った氷柱の槍となって俺に襲い掛かってくる。

 

「……遅い!!」

 

ー氷 柱 回 避ー

 しかしながら、その襲い掛かってくる氷の槍は、カイラの動きで眼を慣らした俺にとってはひどく遅く感じ……余裕を持ってサイドステップでその攻撃を避けると、それは目標を見失って地面へと突き刺さり、刺さった地面を凍らせる。

 

「ほう! どうして中々! やりますねぇ……! では……これはどうですか? フフフ!」

 

 するとルイは、それを見て面白いといわんばかりに両手の【呪符】に魔力を通して呼びかけ、追撃とばかりに─

 

ー【呪符発動】ー

ー氷 槍 連 突ー 

 

 左右から弧を描くように俺に襲い掛かる【氷槍】の連突。

 

 俺はそれをバックステップで避け、俺の目の前にその【氷槍】が突き刺さる。

 

「なるほどなるほど! では……これはどうです?」

 

ー【呪符発動】ー

ー氷 槍 投 擲ー

 再び【氷槍】の【呪符】を発動させたルイは─

 

「ふふふ、お好きなだけ避けてください。まあ……先にお師匠様が死ぬだけですがね……!」

 

 一歩踏み込むのと同時に【氷槍】を横一線に放つ。

 

 そう……その射線軸に俺と……後ろのオキトさんを捕らえるかのように。 

 

(…………こいつ、自分の名声を得る為だけに……師や同門までも陥れるっていうのか!? 気に入らない! 理解できない! 認めたく……ない! なら……俺は……俺に出来ることは、このオキトさんを守り、こいつを倒す事だけだ!)

 

 目の前に迫る【氷槍】を見ながら、俺は─

 

ー魔 力 伝 播ー

 人が扱うということは異端であるとして、人前では使わないようにと決めていた技。

 

 左拳で大地を殴りつつ大地に【魔力】を通す。

 

 それは、形となって俺の前に顕現する──

 

 その名も【リキトア流皇牙王殺法】。 

 

❛【土拳(サフィスト)】❜

ー土 拳 連 打ー

 オキトさんの意識が朦朧とし、こちらを見る余裕もなさそうなところから、俺は覚悟を決めてこれを使用し、俺の視界をふさぐように【土拳(サフィスト)】が地面からルイへと向かい、真正面から【氷槍】とぶつかりあう。

 

「な?! 馬鹿な! 人間なのに【リキトア流皇牙王殺法】ですって?!」

 

 【土拳(サフィスト)】が壁となり、凍り、砕け……再び大地に戻って行く中、その場を避けて【土拳(サフィスト)】がルイを捉えんと迫る。

 

ー後 方 退 避ー 

「……驚きましたよ……唯の美しいお嬢さんだと思っていましたが……これは思った以上に骨が折れそうですね。……しかたありません。いたぶるのはやめて、まとめて葬ることにしましょう!!」

 

 それを見て優越感を浮かべた表情を一瞬厳しいものに変え、後方に下がることでそれを避け─ 

 

ー連 符 展 開ー

 ルイが【呪符】の束を取り出してその全てに【魔力】を通し、それは一連の動きをもって繋がり、空へと放たれる。

 

ー【発動】ー

❝『凍る 凍るよ』❞

 そしてルイが詩を口ずさむような口調で、詠唱らしきものを口する。

 

 しかし、それは先ほどまでの符の発動とは異なる発動の仕方で─

 

❝『真っ白に輝き』❞

 【呪符】から放たれる冷気同士が干渉しあい、その威力を増し、大地が凍り、氷柱が地面から突き出す。

 

ー【魔力文字変換】

❝『永劫に 冷たく』❞

 屋敷の陰から見えていた氷山のような巨大な氷柱が、その形を変え、ルイの四方八方を包み込むようにその形を変える。

 

ー【呪符発動】ー

❝『凍るよ』❞

 そして周りの木々も、大地も、そのことごとくが凍り、凍りついた事で霜が降り、視界に入る色が白一色に染まる。

 

「ふふふ……どうです? 自然を操る【リキトア流皇牙王殺法】も、その木々や大地! 自然も凍ってしまえば使えないでしょう! ……正直人間の貴女がどうして使えるのかはわかりませんが……これで貴女が頼りとするもの……切り札は使えない! さあ……どうです? よりどころとなった力が扱えなくなった絶望は! 恐怖なさい! 無力になった自分を包み込む……この純白で何者にも染まらぬ、冷厳で美しい……この私の【白】の世界で! 我が師とともにこの私の【白】に染まり! ……死になさい! フフフフフ! フフフフハハハハハ!」

 

ー【呪符発動】ー

ー吹 雪 乱 氷ー

 その宣言と共に吹雪が荒れ狂い、ルイの周囲を覆っていた氷から生み出されるかのように次々と氷柱が突き出してくる。

 

「く……はっ?!……いかん……! 私の事はかまわず……逃げ、なさい! 君のような……未来あるものが……私のようなものにかまって死ぬ必要は……ない! 逃げて……この事実を娘……に! フォウリィーに……!」

 

 その傷ついて凍りつかされた体を押してまで、俺を逃がそうとその苦しそうな顔を俺に向け、必死になって庇おうとしてくれるオキトさん。

 

 そう……見ず知らずの俺まで、巻き込んでしまったとして……自分で目の前の攻撃を受けとめ、その隙を作って俺を逃がそうとしていたのだ。

 

 その痛々しくも……決意に満ちた覚悟を決めた表情は─

 

「……大丈夫です。俺は死ぬつもりもありませんし……オキトさんも絶対助けて見せます! ……絶対……フォウリィーさんに会わせてあげますからね!」

 

 オキトさんの肩越しに見える、迫りくる氷柱軍を見ながら俺は両拳に力をこめ、オキトさんの前に出る。

 

「だ……めだ! やめろ!……く……ぅ」

 

 最後の力で体を起こしていたのか、俺が前に出た瞬間……俺に右手を伸ばしてとめようとしたものの……その瞬間、体に激痛がはしったのか、低く唸りながら凍った手足を支えとしたまま、その意識を失うオキトさん。

 

 俺は……そんなオキトさんの凍ってしまっている体をいたわるようにゆっくりと大地に横たえ、ルイに真っ直ぐ向き直る。

 

 そして……そんな俺の視線に移る……狂気と愉悦に染まって高笑いをする……【白】の中の王。

 

 自らの勝利を疑うことなく、広がる自らの世界……凍っていく大地を、そして凍りつく俺達を夢想してあざ笑う……その姿。 

 

「──お前まさか……俺が【リキトア流皇牙王殺法】だけ(・・)しか能が無いと思っているのか? 」

 

「フフ、フフフフ! 負け犬の遠吠えですか! まったく……弱いものほどよく吼えるものです! そんなに先に死にたいなら……その……その望み……かなえてあげますよ!」

 

 ニタリと口元を歪め、こちらを見たルイが俺に狙いを絞り、その右手の呪符をこちらに向け─

 

ー氷 槍 乱 立ー

 その右手を俺に指差すように振り下ろすと、その呪符から迸る【魔力】が真っ直ぐ俺へと進んできて、その通った道筋に氷柱が波のように大地から突き上げ、真っ直ぐ迫ってくる。

 

 俺はその波状攻撃を横に避けながら、オキトさんとの射線軸をずらしつつ、ルイの方向へと間合いを詰める。

 

(『【解析(アナライズ)】……【呪符魔術士(スイレーム)】の使用する術式の解析進行中。氷については物理的構成である為に破壊可能』)

 

(……なるほど、壊せるのか……それなら……!)

 

ー魔 流 強 環ー

「はぁあ!!」

 俺は眼前に迫る氷槍の波を見ながら、【魔力】を循環させる。 

 

 新緑を思わせる【魔力】が俺の体内を駆け巡り、満たし……俺の肉体を強化する。

 

 そして─ 

 

「はっ!」

 

ー氷 槍 連 破ー

 俺はルイに生み出された氷槍を、拳を、脚を、肘を、膝を。

 

 カイラと過ごした日々で培った格闘能力と魔力強化を用いて次々と破壊する。

 

「ふふ……何をするかと思えば。無駄ですよ! その程度では私の【白】は止まりません! 実に無駄なあがきですね……弱者のもがき苦しむ様は……実に無様で滑稽ですね! ふふふふ!」

 

 悦に入った勝ち誇った表情で宣言するルイ。

 

 そんなルイを見てさらに氷槍をへし折る速度をあげる俺。

 

 そして─

 

「──準備は整った。さあ……いくぞ!」

 

ー氷 柱 流 擲ー

 眼前でへし折られ、空中に舞う氷柱群。

 

 俺はそれを手に取り、【魔力】を流して自らの戦力へと変え、次々とルイの元へと投げつける。

 

「なっ!」

 

ー氷 防 砕 槍ー

 俺の行動が予想外だったのか、あわてたように目の前に氷柱を壁にして出し、相殺するルイ。

 

 予想通り(・・・・)当たらなかった氷柱を連投し、それは本当に氷の壁を作り出すルイによって阻まれる。

 

「く……何をするのかと思えば……無駄ですよぉ!」

 

 徐々に落ち着いてきたのか、氷の壁の層をより厚くし、確実に俺の氷柱の一撃を防いで行くルイ。

 

 そしてこちらの氷柱はルイの氷の壁に穴を穿つものの、確実に貫通することができないでいる。

 

 【解析(アナライズ)】をしながらルイのその様子を見ていたのだが……どうやら相殺した直後に氷柱の壁を作り直してその厚さを保っているようだった。

 

 俺の投擲する氷柱が、ルイの氷の壁にぶつかって砕け、それは雪渋きとなって空中にきらきらと輝きながら漂う。

 

 それはさながら霧のように。

 

 それはさながら輝く煙のように。

 

 ダイヤンモンドダストというべき美しさでもって視界は埋め尽くされ、あのルイのいう【白】に染まっっていく。

 

 やがて─

 

ー投 擲 中 止ー

「ふふふ……、どうしました? もう終わりですか? それとも……もうあきらめてしまったのですか? ふふふ!」

 

 愉悦に浸った表情をしながらも、警戒のために氷の壁に四方を取り囲ませ、自分の安全の確認をしたルイは、お前の攻撃は効かないとばかりに勝ち誇る。

 

 そして、うっすらと視界が晴れ、俺と氷の壁の間からルイの視線が交差する中。

 

ー振 向 背 向ー

「──ああ。もう必要ないからな。大した氷の壁だが……いいのか? ()ががら空きだが」

 

「なぜ背を…………何……?」

 

 俺が背を向けてそういいながら上を指すと、訝しげな顔で俺を見つめていたルイが、はっとした顔で俺が指差した空を見上げ─

 

ー落 下 胸 貫ー

「……え?」

 

 白く、ただ白く。

 

 その白い輝きをもって色のある俺とルイ、そしてオキトさん以外をその白の中に閉じ込め、視界を遮っていた世界は、空から去来した物体によって引き裂かれる。

 

 呆然とした表情で空を見上げていたルイのその胸に突き刺さり、大穴をあけて地面につなぎとめるのは、俺が上空に投擲し、ルイめがけて落ちるように計算していた氷柱。

 

「な……ぜ、一体……なに……が」

 

「……最後の最後、直線の中に一射だけ放物線を描くように投げたんだよ。ルイだっけ。あんた……俺が次々投げる氷に気を取られ、防御に手一杯でそんなこと見てなかったろ? だからイメージ通りに当たるんだよ」

 

ー口 吐 血 塊ー

 そんな俺の説明を聞きながら、ルイが遅れたように口から血を吐き出す。

 

 そして……【魔力】が途切れたことにより、ルイが展開していた【呪符】が消失し、大気に舞う白き輝きが収まり、冷気がその力を霧散させていく。

 

 苦痛に顔を歪めたまま気絶してしまったオキトさんの様子を伺う為に、オキトさんの傍でしゃがんだ瞬間、ふと肩越しにルイを振り返えり……俺の視界に映ったのは……ルイの言う極寒の【白】の世界が、ルイ自身が吐き出し、胸に突き刺さった氷柱を伝ってその大地を真っ赤に染めあげていく光景だった。

 

「……馬鹿……な、……私の……何者にもそまらない……【白】……が…………」

 

「……自分の生み出した【白】で命を落とす。……名声に眼がくらみ、怪我で動けぬ師を襲い、同門を利用しようとした。実に卑劣なあんたらしい結果じゃないか。因果応報、さ」

 

 俺がその言葉を言い切るのと同時に、ルイの体の小刻みな振るえが収まり、その体から力が抜ける。

 

 その眼の光をなくし、空を仰ぎながら。

 

 こうして……もうすぐ六月という暖かい季節に似合わない氷の数々と、凍った世界に鮮やかに彩りを添える……鮮血の赤という二色に彩られていた世界で、オキトさんの弟子であり、その命を奪うことで名声を得ようと画策した【呪符魔術士(スイレーム)】は、その生涯を閉じたのだった。

 

(うわ……オキトさん、これ凍傷も入ってるぞ! 早く屋敷に運ばないと) 

 

 傷が凍り、痛々しい様を見せるオキトさんを背負いながら、【土拳(サフィスト)】でバッグを玄関先まで運んだ所で、ふと気がついた。

 

「……しまった! アイツの『お嬢さん』って言葉を否定するの忘れてた!! …………まあ、いいか。今はオキトさんの怪我が先だ」

 

 激戦を終えた中で気がついた、己のアイディンティティーを揺るがすような忘れ物。

 

 だが、今はそんな事に気を取られている場合じゃないと自分を鼓舞し、内心では肩を落としながらもオキトさんに治療を施す為、屋敷の門を開くのだった。

 

 

 

 

 

『ステータス更新。現在の状況を表示します』

 

登録名【蒼焔 刃】

 

生年月日  6月1日(前世標準時間)

年齢    7歳

種族    人間?

性別    男

身長    114cm

体重    29kg

 

【師匠】

 

カイラ=ル=ルカ 

 

【基本能力】

 

筋力    BB 

耐久力   B  

速力    BBB

知力    B- 

精神力   BBB

魔力    BBB

気力    BBB  

幸運    B

魅力    S+ 【男の娘】補正

 

【固有スキル】

 

解析眼   S

無限の書庫 EX

進化細胞  A+

 

【知識系スキル】

 

現代知識  C

サバイバル A 

薬草知識  A

食材知識  A 

罠知識   A

狩人知識  A- 

魔力操作  A-

気力操作  A- 

応急処置  A

地理知識  B-  NEW

 

【運動系スキル】

 

水泳    A 

 

【探索系スキル】

 

気配感知  A

気配遮断  A

罠感知   A- 

足跡捜索  A

 

【作成系スキル】

 

料理    A-

精肉処理  A

皮加工   A

骨加工   A

木材加工  B

罠作成   B

薬草調合  B+ 

 

【戦闘系スキル】

 

格闘         A- 

弓          S

リキトア流皇牙王殺法 A+

 

【魔術系スキル】

 

呪符魔術士 D NEW (呪符のみの解析)

 

【補正系スキル】

 

男の娘   S (魅力に補正)

正射必中  S (射撃に補正)

 

【ランク説明】

 

超人    EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS 

達人    S ⇒SS⇒SSS⇒EX- 

最優    A⇒AA⇒AAA⇒S-   

優秀    B⇒BB⇒BBB⇒A- 

普通    C⇒CC⇒CCC⇒B- 

やや劣る  D⇒DD⇒DDD⇒C- 

劣る    E⇒EE⇒EEE⇒D-

悪い    F⇒FF⇒FFF⇒E- 

 

※+はランク×1.25補正、-はランク×0.75補正

 

【所持品】

 

衣服一式

お手製の弓矢薬草一式 

薬草一式     

食料一式     

簡易調理器具一式 

お弁当      NEW

ジェイクの紹介状 NEW

皮素材

骨素材 


 
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