第19話 唯先輩の気持ちを思い知る方法
「律先輩、ちょっと前出すぎじゃね?」
「フユがビビりすぎ、ガンナーだからって日和ってんなよっ」
「うおっ、あっぶね!律先輩は剣士なんですから、この尻尾ぶった切ってくださいよ、マジ危険だし」
「なっさけないコト言うなよなー。っていうか、お前狙われてるぞ」
「……あ、死んだ」
「ぶっはははっ、フユだっせーっ!」
「ちくしょう、このモンスター強過ンぞ……!」
今の会話の応酬で俺と律先輩の2人はナニをやっているか大半の人がわからないだろうが、俺たちは携帯ゲームで遊んでいる。襲い掛かる凶悪なモンスターを狩猟する感じの流行のゲームらしい。ポッチャリくんの勧めで、バイト代はたいて以前に買ったモノだ。みんなでやる分には楽しいのだが、ひとりでゲームをする気にならないため、俺の腕は一向に上達しない。さっきから俺のキャラは死んでばかりだ。
「ちょ、律先輩もっかいやろうぜ、もっかいっ」
「お前下手くそすぎだってば、ウケるなぁ」
いつもならポッチャリくんやナカミっちゃんに付き合ってもらうコトが多いのだが、今回のように律先輩に遊んでもらうコトも少なくない。
場所は律先輩の部屋の中、律先輩は自分のベッドの上に寝転びながら俺のゲームの腕を愉快そうにバカにしながら可笑しそうに笑っている。俺はベッドに腰掛けながら、ムキになってゲーム機のボタンを連打中だ。
ふらり、と律先輩は俺のバイト先に訪れてくれるコトがしばしばある。バイト終わったらどっか遊びにいこーぜ、と。大方遊び相手が捕まらなかったんだろうなぁ、なんて冷静に分析してしまうけど、やっぱり俺は嬉しく思ってしまう。今日もそんな感じで、金欠の律先輩の要望で珍しく俺たち2人はインドアで暇を潰しているワケだ。
「なぁ、さ。律先輩、ちっと聞いて欲しいコトあんだけど」
「え、ナニ?……っとぉ、あぶねっ」
「んー……全然大したコトじゃないんだけどさ」
「うわっ、喰らった、ヤバイヤバイっ!フユ助けて!」
俺はボタンを操作する。ゲームの中の俺のキャラが、モンスターの吐く火炎をまともに喰らって炎上している律先輩のキャラに向かって回復アイテムを使用した。
俺はため息をひとつついて、本当に何気なく言った。
「俺さ、唯先輩に惚れてるみたいなんだ」
「…………」
「―――って、律先輩やられてるって!つーか死んだし!もうナニやってんスか!?」
「…………」
ゲームの画面にはQUEST FAILED の文字が浮かび上がっている、またしてもクエスト失敗だ。
戦犯の律先輩に非難の声をあげてやろうとゲーム画面から視線を外して顔を上げると、律先輩はスゲエ顔をしていた。
「な、なんつう顔してるんですか」
「……あ、ごめん。アタシ聞き間違えちゃったかもしれないから、もう1度言ってくれない?」
「だからさ、唯先輩が好きになっちゃったよって話。俺がね」
「…………!」
驚きと動揺を顔のみで体現しているかのように、律先輩はそんな表情をしていた。口が半開きになっていて、マヌケだがドコか可愛い。
「じ、冗談……だろ?」
「いんや、それが本気だったりする」
「……い、いつから?」
「んー、いつからだろ?結構前からのような気もするけど、とりあえず気づいたんは昨日」
「昨日!?」
「う、うん。梓に言われてようやっと気づいた」
「梓に!?」
「そ、そんなにオウム返しせんでも……」
律先輩はベッドの上で転がりながら、うーんうーんと難しそうな顔で唸っている。
……やっぱり言うべきじゃなかったか。
「や、律先輩。そんなに深く受けんでいいってばさ。いつもの雑談と変わらないですって。『俺さー、こないだ町で3時間ぐらい迷子になったよ』とか『初めて職務質問くらったぜ』みたいな感じ。世間話世間話」
「お前、世間話にしちゃヘビー過ぎるって……」
つーかお前ナニやってんだよ、と呆れ顔で律先輩は俺を見てくる。
でも、俺が言った世間話というのはあながち嘘でも強がりでもなく、半分以上が本気だったりする。俺に好きな人ができてその上相手が唯先輩だというコトを知ったら、みんなはどういう感想を抱くのか、単純に興味本位レベルで知りたかったからだ。
「……俺がそういうのって、ヘン?柄じゃねえってのは重々承知してるんだけどさ。やっぱ、おかしいかなぁ」
「い、イヤイヤイヤ。チガウチガウチガウ」
律先輩は震えるように高速で首を横に振る。人形みたいなリアクションの律先輩だが、まだ動揺しているみたいだ。
「っていうか、唐突過ぎるわっ!アタシの頭の中一気にぐちゃぐちゃだしっ」
「いっつも律先輩の頭ン中はそんな感じじゃん」
「うるっさい、どさくさに紛れて失礼なコト言うなっ」
律先輩の放った枕を顔面でまともに受ける俺。鼻痛い。
律先輩は、はー、と深く息をついて、ベッドの上に胡坐をかいてこちらに向く。そして、無言で目の前のベッドのスペースをバシバシと叩く。正面に座れ、というコトだろうか。俺はのそのそとベッドに這い上がって、律先輩の正面に座った。
「1コずつ、いくぞ。1コずつ。フユ、冷静にな」
「部長よりは冷静だって」
「まず……、梓から言われたって、なんだそりゃ?」
「えーっと……」
コレは上手く説明する自信ねえな……、つうか未だによくわかってねえし。
「なんか昨日さ、いきなり出てきた梓に言われたんだ。アンタは唯先輩のコトが好きなんだって」
「……うん」
「梓にソレ言われたからっていうコトだけじゃないんだけどさ。俺、妙に納得しちゃって、唯先輩のコト異常なまでに意識しちゃうのってそーいうコトかぁ、って具合に」
「……うん」
「でも、梓は怒ってた」
「……うん?」
「梓曰く、俺は唯先輩じゃない別の人のコトが大切なんじゃないかって」
「……うん??」
「そんで、すげー心配してくれた」
「……うん???」
「いろいろなコトわかるよって」
「……うん????」
「そんでオールドファッション食って帰った。梓はポンデリング食ってた、苺のヤツ」
「…………。……フユ、ひとついいか?」
「ん、ナニ?」
「お前の言ってるコトさっぱりわからないのって、アタシだけ?」
「いや、俺もよくわかんなくなってきた。っていうか、わからん」
わかんねー、と律先輩が呟き、わかんねー、と俺が呟く。
馬鹿二人だ。
「でさ、結局フユ、どーすんの?」
「え、どうって?」
「いや、だからさ。お前、唯のコト……す、好きなんだろ?」
「うん、大好きだ」
「じゃあ、次は、こ、告白……って話になってくんだろ」
そりゃそうだ。ソレが自然な流れだよな。
「正直、告白とかはまだあんまり考えてないス」
「へ?なんで?」
「暗黙の了解っつったら大げさな感じだけど、軽音部のみんなってドコか意図的に恋愛事を避けてるようなフシがありません?」
「……うーん。フユの言ってるコト、わからないでもないけどさ」
「あるんだよ。みんな彼氏ができたら、軽音部のみんなでこれまでのように過ごすコトができなくなるってわかってるんだ。決して褒められたやり方じゃないけどさ、今の抜群に居心地のいい関係が壊れんのが嫌なんだよ、きっと」
「だからお前も、ってか?ソレおかしいじゃん、お前今ソレが褒められたやり方じゃないって言ったじゃんか」
「少なくとも部の雰囲気壊すぐらいなら、しねー方がいいでしょうよって話」
「ヘッタレ、超絶ヘタレ。これからヘタレフユと呼んでやろう」
「……っうぐ」
くっそう、反論の仕様がない。だって事実だもんなぁ。
しかししかし、ちょっと違う角度から反撃してやろう。
「……よお言うワ、律先輩だってこないだ告白されたらしいじゃんか、そんで振ったとか」
「っな、な、なんでフユが知ってんだ!?誰から聞いた!?澪かっ!?」
「ウッソです、カマ掛けただけー。いやぁ、単細胞な先輩を持って俺ぁ幸せだなぁ」
真っ赤な顔で問い詰めてくる単純な律先輩を見ながら、俺は楽しそうにくつくつと笑ってしまう。
律先輩ほどの女の子を、周りの男が放っとくワケねえっつう話だよ。
「律先輩はもうちょっとこう、考える力っての?そこらへん伸ばしてかねーと脳味噌ツルツルになっちまうぜ、うはは。IQ5ぐれぇしかないんじゃ―――って、あいだだだだっ!」
「あーら、先輩に対しての礼儀というモノを教えてあげますコトよ、フユくん」
コトもあろうか、このバカ女。いきなり俺に組み付いて、三角締めを強行しやがったのである。
普通の女の子の掛ける関節技じゃねえって。いや、そもそも普通の女の子はいきなり関節技をかけたりしない。
「ナニすんじゃバカ女っ―――痛い痛い痛いっ、ごめんなさいチョーシ乗りました、許して律先輩っ!」
「んー、聞こえませんなぁ」
律先輩はサディスティックな半笑いをしながら、実に楽しそうにしている。とんでもねぇ先輩である。
「うががががっ……ロープロープ!律先輩、相手選手タップしてますよっ!?」
「言ってなかったけど、フユ。田井中家のハウスルールにはタップ認められてないんだよ。律様スミマセンでした僕は貴女の奴隷です、と100回言わないと終わらないルールな」
「鬼ーーーっ!」
なーんて、俺と律先輩のいつもの阿呆な茶番である。
余談だが、このとき居間にいた律先輩のお母さんは、娘が後輩の男子を部屋に連れ込んで教育上よろしくないコトしていると本気で思っていたらしい。この夜、仰々しく赤飯炊かれたとか。
大恥かいたぞバカヤロー!と律先輩に後日殴られたのはまた別のお話。
「あぁ、まだ首イテぇ……。シャレになってないって」
「ナニ言ってんだよ、フユ。シャレに決まってんじゃん」
「俺たった今シャレになんねぇって言ってんだけどっ?」
律先輩としょーもないプロレスごっこをしていた所為で、あっという間に時間が過ぎてしまった。時間も時間なんでそろそろ帰ろうと律先輩の家の玄関で、また馬鹿な口論をしているワケである。
律先輩はゴメンゴメンと軽く笑いながらわざわざ運んでくれた俺のトートバックを手渡してくれる。俺はバックをさんきゅ、と受け取り、肩に提げる。
「フユ、今日は晩飯食ってかないのか?聡も母さんも喜ぶと思うよ」
聡というのは律先輩の弟のコトだ。律先輩によく似て、元気で素直で、すげえ良い子だ。今まで何回か一緒に遊んでやったらエライ懐かれたというか、仲良くしてくれるというか、まあとにかく良い子だ。
「あー、残念だけど今日はやめときます。妹のメシつくらなきゃだし。それに今日は珍しく父さん早く帰ってくるから、いろいろつくってやんねえとさ」
「ん、そっか。残念だけどわかった」
俺は玄関に腰を下ろして、デッキシューズに足を突っ込み、靴紐を結び始める。
「フユ」
「うん、ナニ律先輩?」
背中から、律先輩の少しトーンの下がった真面目な声が聞こえてきた。
「好きにやんなよ」
「……は?」
「お前みたいに、他人の為に頑張る生き方にカタルシス持ってるようなヤツには難しいかもしれないけどさ。軽音部の、アタシたちのコト気にせずに、自分の好きなようにやったらいい」
靴紐を結ぶ手が、思わず止まる。
「それで結果的に軽音部に影響があったとしても、アタシは迷惑だなんて思わないよ。いっつも人のコトばっかり立ててるフユだからこそ、今みたいなときにはワガママになんなきゃ割に合わないだろ?」
「…………」
「だからさ、頑張れ、フユ」
「……ん」
……まったく、ウチの先輩たちは隙あらば俺を泣かせにきやがる。マジで参るぜ。
俺はすげー嬉しくなって、お礼が言いたかったけれど、恥ずかしいからいつもの軽いノリで軽口を叩いてやろうと思った。
杖を握って立ち上がり、律先輩の方へ振り向く。
「ま、どーせフユのコトだから上手くいくワケねーけどなっ。あっはっはっは!」
どうやら恥ずかしかったのは俺だけじゃなかったようだ。律先輩に先手取られちゃったな。
当然俺もその軽口に乗らせてもらう。
「あーあーあー、面白ぇコト言うじゃん、律先輩。もし万が一、俺が唯先輩にフラれでもしたら、肝臓1ダースでもハーゲンダッツ1年分でも何でもくれてやらぁ」
「出た、フユの根拠の無い自信っ」
俺たちはいつものように、子供みたいに笑い合う。
律先輩たちは、みんな俺のコトをお人好しだとか、周りに気を遣ってばかりだとか、そんな風に言ってくれる。
でも、俺から言わせたら、律先輩たちこそお人好しなんだぜ。いつもいつでも俺のコト支えてくれてさ。
俺は、みんなに恩返しができているんだろうか。俺がみんなから貰っている優しい気持ちのほんの少しでもいいいから、返せたらいいなって思う。
「じゃ、頑張ってこい!平成のジョン・レノンくん!」
「押忍、頑張ってきます!平成のリンゴ・スター先輩!」
俺たちは互いにニヤリと笑い、ふざけ合うように互いの腕をぶつけた。
俺は高揚した気分のまま律先輩の家を後にする。
「ちぇっ、唯のヤツいーな……」
扉を閉める直前、律先輩はナニか言ったような気がしたが、その内容を聞き取るコトはできなかった。
律先輩に話してよかった、って俺は思う。
俺は温かい気持ちでいっぱいになりながら、夕焼けで真っ赤に染まった道を歩いている。さっさとスーパーで買うモン買って家に帰ろう。気分が良いから、晩御飯はちょっと豪華にしてやろう。ハルの大好きな特製パスタサラダつくってやろう。父さんにはなんか酒のツマミになるようなモンだな、たまには安モンだけど刺身でも買ってやろう、アジ安かったらアジフライとかさ。
俺はなんだか楽しい気分になってきて、今晩の献立を考える。
結構な量を買い込みそうだったので、家にいるはずの妹のハルに荷物持ち手伝ってもらうか、とケータイのボタンをプッシュしようとしたとき、道の角からある人物が歩いてきた。
「アレって……唯先輩じゃん」
唯先輩だった。
スゴイ偶然だ。もし俺に尻尾が付いていたならば、俺は尻尾が引きちぎれんばかりにブンブンと振っていたコトだろう。
俺は柄にもなく珍しく幸運を与えてくれた神様に感謝して、まだこっちに気付いていない唯先輩に声を掛けようとした。
「おーい、唯先輩っ。こんにち―――――」
唯先輩は、若い男の人と仲良さそうに2人で歩いていた。
唯先輩は、本当に楽しそうにその人と笑いながら歩いていた。
唯先輩の笑顔。その男の人に向ける笑顔。今まで見たことない笑顔。
そんな笑顔を見ただけで。
俺はなんとなく、悟ってしまった。
「あーーーっ!?フーちゃんだぁ!」
唯先輩が俺に気付く。そして、大声を上げながら小走りで俺の方へ走ってくる。その男の人の腕をしっかりと掴みながら。
「フーちゃん、なんで今日部活来なかったの?今日来るって言ったじゃんっ」
「や、バイト長引いちゃって……」
少し怒ったように問い詰めてくる唯先輩。でも俺はそんなコトより、隣にいる男の人が誰なのか気になってしょうがなかった。
「あの唯先輩、そちらの人は……?」
「あっ、そーだね、紹介しないとっ。光くん、このコがフーちゃんだよ、散々話したでしょ?うちの部の後輩っ!」
その男の人は光さん、という名前らしい。俺に、じゃなくて先に光さんとやらに紹介しているところに地味にショックを受けたが、まあそんな小さなコトはどうでもいい。
「それでねフーちゃんっ、こっちが光くん!私の幼馴染でご近所さんでね、大学生で一人暮らししてるんだけど夏休みの今だけ帰ってきてくれてるんだっ」
幼馴染、ずいぶん前にそんな話を聞いた気がする。
「はじめまして、フーちゃん、だよね?唯から話はよく聞いてるよ。唯がいつもお世話になってるみたいで。ほんとにありがとう」
そう言って、光さんは優しそうに笑った。
俺は、そんなゼンゼンっす……、と蚊みたいなか細い声で返答する。
光さんは、身長も180センチ以上あって、下手なジャニーズなんかよりもよっぽど格好良いイケメンだ。その上、とても人当たりがよく、礼儀正しくて、優しそうな雰囲気がにじみ出ている。
唯先輩にドコか似ているな、と思った。いや、唯先輩が光さんに似てるのか、幼馴染だもんな。
「ホントにいろいろと話は聞いてるよ。キミと梓ちゃんの話ばっかりするんだぜ、唯は。可愛い後輩ができたってさ。でも、コイツが何かキミたちに迷惑かけてないか、心配だ」
「むーっ、ひどいよ光くんっ!私迷惑なんかかけてないしっ」
「どうだか。僕の見た感じじゃ、そんなコトないような気がするけど」
「うー、光くんのイジワル……」
拗ねるように頬を膨らませている唯先輩の頭を楽しそうに笑いながら撫でる光さん。
「学校でも、キミには憂や和と仲良くしてもらってるみたいで。それに憂の命の恩人だしな、フーちゃんは。ホント頭上がんないよ」
光さんはそう言って、本気で俺に感謝してくれているみたいだった。温かな笑い方が、本当に唯先輩に似ている。
「う、はは……」
俺は、ナニも言えなかった。
頭の中がぼやける感じで、安っぽい愛想笑いを顔面に貼っ付けている。どうやら無意識のうちに全握力で杖を握り込んでいたらしい右手は、もう感覚がしなかった。
楽しそうに笑っている唯先輩を見て、俺はあるコトに気付いた。
「……俺もきっと、こんな顔してたんだ」
誰にも聞こえない音量で、そう呟く。
俺は唯先輩と話すとき、きっとこんな顔をしているんだな、と思った。楽しくて、嬉しくて、幸せで、今の唯先輩の笑顔みたいに笑ってしまう。
「おっとゴメン、電話だ――!僕、ちょっと外すね。2人で話してて」
光さんは、少し慌てながらポケットからバイブするケータイを取り出す。
「や、いいですよっ、俺もう失礼しますからっ」
「そんな寂しいコト言うなよ。僕はフーちゃんと全然話し足りないぜ。ちょっと待っててよ」
そう言って、光さんはケータイを耳にあてがって、俺と唯先輩から離れた場所で通話を開始した。
……良い人だ。間違いなく良い人だ。
「まったく、失礼しちゃうよねー。光くんっていっつも私のコト子供扱いするんだよ?」
「唯先輩」
「え、ナニー?」
一瞬、このまま訊かずにいた方がいいんじゃないかって思った。
うやむやのままにしていた方が、傷つかずに済むんじゃないかって。
でも、やっぱりちゃんと訊いとかねーとさ。
俺みたいな人間は、前に進めないんだ。
「唯先輩ってさ……、あの人と、付き合って、るの?」
紐無しバンジーするぐらいの勢いで、俺は訊いてやった。
冷や汗をかきながら。嫌な予感を感じながら。
「え、……ヤダな、もうっ。そんなんじゃないよー」
唯先輩は顔を真っ赤にしながら、続ける。
今まで見たことが無い表情だ。
「でも、片想いなんだ」
恥ずかしそうに、でもドコか幸せそうに、唯先輩はそう言った。
俺はソレを聞いた瞬間、言葉では説明できないような妙な感覚を覚えた。
この感覚は、絶対言葉なんかで伝えられるモノじゃない。
俺は、そう強く感じたんだ。
「そう……なんだ」
「えへへへ、言っちゃった。なんかハズカシーね」
ほどなくして、光さんが戻ってきた。
それから俺たち3人は結構長い間、世間話をしていたみたいだけど、俺はちっとも覚えてなんかいなかった。
人形のように相槌を打って、ただただ肯く。
なんだかふわふわして、まるで夢みたいだ。
「じゃあな、フーちゃん!唯のコト、よろしく頼むよ!」
「また明日ね、フーちゃん!次の部活はゼッタイ来なきゃダメだからねっ!」
2人はそう言って、俺の前から去っていく。
光くんっ、今日は私がサイコーにおいしー料理作るから期待しててね!
どーせ憂に泣きつくんだろっ、目に見えてるよ。
今回はゼッタイ私がやるもんっ!
期待しないで待っとくよ。
そんな、楽しげな会話を繰り広げながら2人歩いていく。
俺なんかには決して追いつけないスピードで。2人は去っていく。
俺は、そんな2人の後ろ姿を見ていた。
いつまでも見ていたんだ。
「そっか……、そっかぁ」
俺は、唯先輩と光さんの後ろ姿を見つめながら呟く。
「唯先輩、好きな人いるんだ」
そっかそっか、と俺は他人事のように呟く。
とんでもない虚無感の中、俺はほとんど無意識でケータイのボタンをプッシュした。
「あ、もしもし、律先輩?ハーゲンダッツ何味がいい?」
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勢いとノリだけで書いた、けいおん!の二次小説です。
Arcadia、pixivにも投稿させてもらってます。
よかったらお付き合いください。
首を長くしてご感想等お待ちしております。