雛里SIDE
「きっさまー!!!」
「!!」
「愛紗さん!」
「愛紗ちゃん!」
汜水関での戦いの後陣に戻ってきた愛紗さんが真っ先にしたことは、部隊の被害確認も、戦後報告でもなく、
自分の天幕でいつものように危うい姿勢で座っている北郷さんをぶん殴ったことでした。
「立て!今日という今日は許さん!」
「……上等だ」
反動で天幕の端にまで飛ばされた北郷さんは口から血を吐いて、何の迷いもなく愛紗さんに突撃しました。
「一回は一回!」
「くっ!」
「二人ともやめて!」
鳩尾に向かった北郷さんを蹴りをぎりぎりに塞いだ愛紗さんを見て、私と一緒に追いかけてきた桃香さまはそう叫びました。
「できません、桃香さま!今回ばかりは私もこいつの傲慢な顔を殴ってやらないと気がすみません!」
「…!」
と言いながら愛紗さんは再び北郷さんに殴りかかりました。
北郷さんは避けることもなく愛紗さんに殴られ地面を転びました。
「一刀さん!」
でも、そんなことなんともないかのように再び立ち上がった北郷さんは、愛紗さんの腹部を狙いました。
愛紗さんは一度北郷さんの拳を避けましたが、最初からそれは虚だったらしく、すぐに愛紗さんのお腹に北郷さんの膝が刺さりました。
咄嗟の痛みに愛紗さんは無防備で、姿勢を崩しました。
「ぐっ!」
「…これが軍神の全力か。武器がなければその程度か」
「ぐっ…ほざけー!」
でも、すぐに倒れたまま北郷さんの脚を蹴って倒しました。
北郷さんが立ち直ってる間同じく息を整って立ち上がった愛紗さんは腹を抑えながら北郷さんを睨みつきました。
その反面北郷さんはなんともない顔で愛紗さんを見ています。
「喧嘩を打ってきた割には大したことないな」
「…貴様が私に言ってたな。桃香さまが往く道は桃香さまが自身で決めることだ、お前が導くつもりで居るなと」
「……」
「なのに貴様は何だ!一体何様のつもりで桃香さまをあんな危険な場所に行かせた!」
「なら聞くが、お前の主は戦えるか?」
北郷さんは愛紗さんを見ながらそう言いました。
もちろん愛紗さんは呆れて叫びました。
「何を馬鹿なことを…桃香さまが戦うことが出来ないことぐらいこの場の誰もが知って」
「じゃあ戦場に立たせるな」
「!」
「命を賭けた戦いをすることだけが戦うってものじゃない。これからお前たちが行く道にあいつが思ってるような綺麗なことばかりがあると思ってるか。いつまで玄徳を温室の中の花のように育ててるつもりだ。お前たちのそういう過保護が玄徳の理想を砕けていることに何故気付かない。そんなに玄徳が大切なら玄徳は故郷に帰らせてお前らだけで天下とりに行け!」
北郷さんが低い声を愛紗さんも、私と桃香さまも、そして天幕の外で隠れて聞いていた星さんと朱里ちゃんも聞きました。
「……っ」
「お前に同じことを三回も言った。でもお前は未だに自分が正しいと思っている。自分は正しいのに俺が口だけうまいこと言いやがってるだけだと思っている」
「……そうだ」
愛紗さんも自分の悔しさのあまりに自分の本音を曝け出しました。
「貴様は変質者だ。貴様に我らの何が分かるというのだ!貴様が桃香さまが賊に襲われて死体累々の街を見て泣いた気持ちが分かるか!それを見ていた私や鈴々の気持ちが貴様に分かるか!私たちは、桃香さまはただもう二度とそんなことが見たくないと思ってここまで来たのだ!弱い人々が強い者たちにただ弱いから死んでいく姿を見たくなくてここまで来た!でも我々だけでは弱かった。でも、仲間たちの助けがあったからここまで頑張ってきたのだ!」
「!!」
その時、私は愛紗さんの言葉から答えを見つけてしまいました。
北郷さんがどうしてこんなことしたのかを。
どうして北郷さんが桃香さまを危険に迫らせてまで、自分の立場を追い込ませてまでこんなことをしたのかを。
「くだらない」
「!」
「…まだ俺に口で勝つつもりでいるか?」
「なにぃ!!」
「俺は貴様の希望事項に興味ない。俺を黙らせたいのならお前の拳でやれ」
「っ!!上等!」
北郷さんの挑発に乗って再び受けながすことも、防御するつもりもない北郷さんに駆けつけました。
そして、
「はあああっ!!」
「!!」
突然三つ編みの銀色の髪の人が愛紗さんと北郷さんの間を割ってきて、北郷さんを殴り飛ばしてなければ、私たちはきっとこの次桃香さまの夢のために何にも出来ない愚衆と化していたことでしょう。
凪SIDE
流琉が帰ってきた後、私たちは一刀様がもらったという華琳さまの手紙が華琳さまが書いたものでないことを証明する方法を四方八方で探しました。
だけど、そういう努力が無駄なものになってしまいました。
当時劉備軍に使者として行った者が現在軍に居たのですが、私たちが行った時では、既に居なくなった後でした。
脱営した可能性も探ったのですが、他の兵士たちから彼の行跡を聞いた私たち三人に帰ってきた言葉はあっけないものでした。
最初からそういう者は居なかったというのです。
兵を管理する帳簿にはたしかに徴兵した記録があるのに、今この場にはその者の行方を知る者が誰も居なかったのです。
脱営とか、そういうものでもなく、最初から誰もその者の顔も、存在すらも覚えていませんでした。
「どういうことなん」
「最初から帳簿が間違ってたのかもしれないの。本当はこの戦に来てないのかも…」
「いや、そんなはずはない」
何かおかしいと感じました。。
帳簿が間違ってる可能性もまずないですが、軍では毎日死傷者や人員の確認のため帳簿を使います。
なのに帳簿に居るのに陣内に居ない人が見つかったら、脱営の報告があったはずなのに、今までそういう報告は上がってきていません。
「何か話が釣り合わない…私は華琳さまに報告しに行くから、二人はもう一度他の兵士たちの中で彼の身元を知る人を探してくれ。脱営を手伝ったと思われることを恐れて口を開けないのかもしれない」
「りょーかい」
「わかったの」
二人に続けて調査を任せて、私は華琳さまの元へ行こうとしました。
が、
それ以前に私にはある違和感がありました。
どこか妙な力が働いているようなこの状況。
一刀様を嫌う群れの仕業と言えば利には適っていますが、本当にそんなことなら、一刀様がそれを見抜けないはずがありません。
確かに一刀様はそういう人の信用みたいなものを信じない方でしたが、それでもその人を見る時はしっかりその人の出来を見計ります。
私の時だって、私を部下にするため一刀様がどれだけの犠牲と苦労をしていたかを考えると、一刀様が我々のことを信用していないから戻ってきて居ないという理屈は、どう考えてもおかしいです。
それに、私の頭に浮かんだもう一つの考え、
とても不忠な考え…だけど、それならば全てが噛み合います。
「……」
そう思った私は脚を他の所に運びました。
向かい先は、劉備軍の陣営、汜水関攻略の真っ最中の連合軍最前線です。
・・・
・・
・
劉備軍陣営に後方からの伝令という言い訳をして通してもらったのですが、驚くことに既に汜水関の攻略は済んでいる頃。
あんの難攻不落と呼ばれる汜水関を半日も経たずに落とすなんて…劉備軍の力も侮れない模様です。
それとも…これも一刀様の策なのでしょうか。
もし、一刀様が居る場所が劉備軍ではなく我々の側であったなら……
「きっさまー!!!」
「!!」
その時、陣営に響く程の大声が近くから聞こえていました。
驚いた私が直ぐにそっちで向かうと、そこには天幕の周りに将らしき者たちが集まっていて、そしてその中を覗くと、
「一刀様…!」
武将らしきで女と一刀様が武器もなく手足で殴り合っている姿がありました。
そして、しばらく相手を罵倒する言葉が続いていました。
これが、劉備軍での一刀様の扱い方だというのですか。
一刀様……そのようなものなら何故…
何故私たちの所に帰ってくるのをそこまで拒むのですか。
能力も認められずに、異質さだけで見下され、罵倒されるぐらいなら、我々と一緒に居た方が……
「貴様は変質者だ。貴様に我らの何が分かるというのだ!貴様が桃香さまが賊に襲われて死体累々の街を見て泣いた気持ちが分かるか!それを見ていた私や鈴々の気持ちが貴様に分かるか!私たちは、桃香さまはただもう二度とそんなことが見たくないと思ってここまで来たのだ!弱い人々が強い者たちにただ弱いから死んでいく姿を見たくなくてここまで来た!でも我々だけでは弱かった。でも、仲間たちの助けがあったからここまで頑張ってきたのだ!」
一刀様と喧嘩していた将の叫びは如何にも切実で、己の信念がこもっているものでした。
そして、その『仲間』という言葉に、一刀様が含まれないということが確信させてくれる声でした。
「くだらない…まだ俺に口で勝つつもりでいるか?」
!
「なにぃ!!」
「俺は貴様の希望事項に興味ない。俺を黙らせたいのならお前の拳でやれ」
……そうか。
そういうことですか。
「っ!!上等!」
脚に力が篭りました。
今自分にできることただ一つ。
「はぁーーー!!」
一刀様、お許し下さい。この愚昧な部下を……
貴方様のことをこんな風でしか説得できない私を叱ってください……!
「はあああっ!!」
「!!」
直ぐ近くに居た、一刀様を殴ろうとする将の拳が一刀様に届く前に、
自分の入魂の一撃が一刀様を胸に届いた時、私はやっと気付きました。
最初から、流琉が来た時も、一刀様はこれを望んでいたのだと……
自分のことを本当に必要だと思ってくれるのだったら、例えそれが他の軍の君主だろうが、剛健な己の意志だろうが、
『自分』のことがそれ程欲しければ、己の力でそれを手にしてみせろと。
それが覇王としての、覇王の部下としての当然の心がけ。
「何者だ!」
「……我が名は楽文謙。『一刀様』の第一の家臣」
ですが、一刀様、一つだけ訂正させてください。
私は覇王の部下としてここに立つことを決めたわけではなく、貴方様のその姿を見てここに居ます。
ですから、ここは…
「我が『主』を返して頂きます」
桃香SIDE
何がどうなったのかまったく判りませんでした。
愛紗ちゃんは私のいうこと聞いてくれないし、他の子たちも誰もこの喧嘩を止めようとしてくれない。
どうすれば良いのかわからなくなった所で突然一刀さんを殴り飛ばした人が投げた言葉に、私は自分の立ち位置を察しました。
間違えていた。
周りを見ると、誰もが新しく登場したその人の存在に驚いている中、
たった一人だけ、
全てを見通しているかのような娘が居ました。
「雛里ちゃん」
「……」
誰もがその突然現れた人が一刀さんを殴ったことに対して驚いている中、雛里ちゃんだけは、まるで全てを察したかのように、何かを諦めたかのようにため息をついていました。
間違えていた。
私は一刀さんがこの軍に居てくれることが、私たちが思う理想に最も早く辿りづく道になってくれると信じていました。
でも、他の皆はそう思ってなかった。
そもそも前提が違っていた。
私は皆が私と同じ所を見てくれていると思っていました。
『仲間』として、私と同じ理想を目指してくれる娘たちの集まりが、ココだって……。
間違えていました。
誰も、私と同じ所を見てはくれない。
誰も私と同じ思いをしていない。
ただ私がそう勘違いしていただけ。
ただ私が皆そうであって欲しいと思っていただけ。
そんな思いが、私が自分の『義務』を疎かにするようにしていたのです。
私の義務。
『君主』としての義務。
理想を貫くこと。
自分が思う高みを目指すこと。
私はまた忘れていたのです。
仲間たちに恵めれて、自分と同じ夢を持っている皆が居るから、きっと一緒にいけると思っていた。
でも、結局各々が見る夢は皆どこかが違っていて、様々になっていた。
だから、どこにも行けなかった。
誰もが自分は前に進んでいると思っていたこの船は、実はどこにも動いて居なかった。
そして、一刀さんがその船を前に進めようと船の舵を握った瞬間コレです。
そこはお前の位置ではないと、皆もが叩く。
何故ならそこは、
私が立つべき場所だから
『主』が立つべき場所だから……
「……兵士さんたち」
私が自分の義務を放棄しているうちに、みんなバラバラになっちゃった。
「今直ぐ関羽将軍を捕縛してください」
「お姉ちゃん?!」
「桃香さま?!」
皆の驚きの視線が私に集まる。
でも、私は気が狂ってもないし、寧ろ今までで一番冷静。
「何のケジメもないだろうと思ってこんなことしたとは言わないよね。大人しく捕まって」
「桃香さま、私は…!」
「愛紗ちゃんへの処罰は後で決める。それまで私に一言も言わないで。愛紗ちゃんと鈴々ちゃんとの契りを破りたくないから」
「……!!」
「お姉ちゃん……」
私のせいです。
私が……無能だってことを言い訳にただ立っている間に、一刀さんに全ての荷を持たせていました。
ごめんなさい。
「雛里ちゃんはその人と一刀さんの介抱を。他の皆は軍議場に来て」
「は、はい」
私はそう言ってその場を去りました。
凪SIDE
女の子が一人残って、先に帰っていった君主劉備に付いて行った他の将たちは居なくなりました。
こんな真似をした私をこのまま置いて行くとは、一体どういうつもりで……
「あわわ、北郷さん、大丈夫でしゅか?」
!そうでした!
「一刀様!」
「………うぅ」
飛ばされて地面に倒れこんだ一刀様はまだ意識があるようでした。
私も一刀様の側に跪くと、一刀様は苦しそうな声を出しました。
「北郷さん、私の声聞こえますか?」
「…ニ、三本折れたな」
「…一刀様、申し訳ありません」
「立てますか?」
「…いや、無理に動きたくない。このまま話そう。文謙、こっちはここの軍師、鳳士元だ」
この娘が軍師…?
「楽文謙、曹操軍の警備隊長だ」
「『代理』です。あくまでも」
「……」
鳳士元という、季衣ほどでしかなさそうなその娘は、私をちょっと見つめて、直ぐ様一刀様の方を見直しました。
「ごめんなさい、私、北郷さんのこと守れませんでした」
「お前に守ってくれとも言ってないし、そんな気遣いこっちから願い下げだ」
「……」
「でもこれで伝えるべき事は各々確かに分かったと見える。妥当な犠牲だった」
「じゃあ、一刀様は戻って来てくださるのですか」
私は先走って一刀様の手を握りながら言いました。
「そこまで言っていない」
「あ…」
「俺はまだ劉玄徳に興味がある。彼女がちゃんと己の夢を見て、その夢を築く責任が誰でもない自分にあるという基本的なことに気づくとしたら、そこからがやっと玄徳の見所だと言えるだろう」
「では…ですが華琳さまと我々は…」
「………」
「…やはり、信じてもらえないのですか?」
「必要か?」
「必要です!少なくとも私は…あなたに認めてもらいたかったのです!」
「俺はお前を認めている」
「そういう意味での問題では……!」
「ならここに残るか?」
「…はい?」
一刀様、今なんと…
「孟徳の所から出て俺の元へ来るか?」
「それは……」
「お前はいつもお前自身を俺の部下だと言っていた。孟徳でも誰でもない俺に認めて欲しいと言った。ならここに残るか?」
「……」
一刀様のとんでもない言葉に私は答えに迷いました。
分かっています。
ここで迷っていることこそ、一刀様を思うツボ。私を突き放したいのです。
一刀様を取り戻すつもりなら、ここで迷いもなくはいと答えるべき。
ですが……
「真桜と沙和は……」
「俺は最初からお前だけが欲しかった。それはお前に何度も言ったはずだ」
「……」
「その二人が無能とは言わない。だが、今お前に言っているようなことを言う程の興味はない」
「そんな…」
「分からないか、楽文謙」
「?」
「俺が何を言っているのか、分からないのか?」
一刀様の意中がわからなくて、私はただ一刀様の顔を見ているばかりでした。
「俺はお前が俺のことを結局は信じてくれないだろうと分かっている。お前も俺がお前に対して、お前が李典や文側らにするような信頼感を持つことはないだろうと思っている。だが、今俺は助っ人が要る。この軍は今崩壊寸前だ。俺がそうしたのだがな」
「どういうことですか?」
「……鳳士元、お前は分かるか」
「……」
鳳士元は軽く頭をうなずきました。
一体、一刀様はこの軍に何をしたというのですか?
「この軍には『君主』が居なかった。底を知らない器は、底を知らないんじゃなくて底が最初から居なくてどれだけの大徳を注いでも地面に捨ててしまうばかり。器を砕けて造り直さなければ、この軍は何も出来なかった。だから俺はその『器』を砕けてしまった。その責任をとらなければならない」
「……」
「もしお前が俺を手伝ってくれるのなら、お前たちがアレほど大事にしていた『信頼の証』を、この場で認めてやる」
しばらく、また一刀様の思惑が理解できず……そして、
「!!」
「……」
一刀様はきっと、さっきから顔に何の変化もなく、最初からその顔で私を見ていたのだと思います。
ずっと無表情な顔で、何の興味もない顔で、後少し苦しそうな顔で……
なのに、私はその顔で、初めてこの方の笑顔を見つけた気がしました。
それが例え幻にであるとしても、ここに賭けてる価値が……
この方に拾われた恩をここに来て初めて晴らせるというのなら……
主を捨て……
親友を捨て……
外道の道を歩もうが……
「楽進文謙、真名は凪、改めてあなたにこの生命を忠義を誓います」
「精々俺の期待に答えよ、『凪』」
喜びと共に、一瞬額にに一刀様の長指がぶつかって少しの痛みを感じました。
「後、一回は一回だ」
「……ふふっ、はい」
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大徳とは何か。
大器とは何か。
今までそこにあると信じていた大きな器は
実は大徳という光でその脆さと欠落を隠していただけではないのか。
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